Rosa Guitarra

ギタリスト榊原長紀のブログです

「T-2」

2009-12-25 | 「T」



ゆっくり…





ゆっくりと、たった一回の瞬きをする間に

何千キロも進んだような感覚。




演奏が始まれば、現実にそこで鳴っている音は直に聞こえなくなる。






視界に入るものは、その形がグニャリと崩れ出し、一つの大きなスライムのようになってゆっくり波打っている。

その体内の深いところから表面近くにまで伸びている無数の神経節と、
その先に付いている「目」が、茶色のジェリーのように半透明な皮膚を通して
こちらの一挙手一投足をじっと見ている。


「一定」という名の真っすぐな線をゆっくり描くのを辞めて、
大きな感情を吐き出した途端、無数の目が一斉にこちらを向く。


出来る限りこちらを向かさぬよう自分の気配を消すことだけが
Tに出来うる可能なことであり、それが彼の「奏でる」ということ、
相手と一心同体化になるということ、それがすなわち彼の音楽だった。

ただ彼の潔癖は、現実で周りとの調和を妨げ、よく彼は自暴自棄に陥った。



楽器を手にする力が出ない時は、女を抱いた。
欲望に任せた身勝手なセックスだった。


Tの奏でる悲しみ色の強い音色に惹かれた女は、
彼がどんなに身勝手なセックスをしても、どこかで彼を許した。


その仕組みを知っているTは
自分の音色を聴かせたことの無い女には、絶対自分からは近付かなかった。


Tは穏やかなまま女に接近した。
そして女が安心した頃を見計らって
いきなり自分の凶暴性の1割にも満たない毒を使って無礼な口をきいた。

そのやり方で大抵の女がTの腕の中に落ちた。



交わる中で女が動物に戻り
優しさより激しさを求める頃になって初めて
Tは自分の心が安らぐのを感じた。

その感覚は、
彼が女を純粋に愛せるのは、「その時間の中だけ」だと
そう彼に思わせていた。







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「T-1」

2009-12-25 | 「T」



東京湾の海水の上を歩いて何処に行くんだよ?


そっちの沖の方で俺を呼ぶ奴は誰だ?




そう呟きながら立ち上がりざま自分の両腕に
鳥が羽ばたくような動きをさせた、
その途端、自分の両腕は巨大な麻色の羽となり
大型の渡り鳥が、長く水面を滑走路として飛び立つように
バサバサと羽ばたきながら一気に東京湾の中へ走り出し、
そして離水した。







飛び立ってみると、大きな麻色の羽はじっとりと湿り気を含んだ毛布のようで、
高度が上がらず海面すれすれをずっと飛行することになった。
そしてその息苦しさから、
「今」という時空を生きてることにまで後悔が及んだ時、Tは目が覚めた。




夢の中で自分が広げた羽には「名前」が付いていた。

Tは目を瞑ったままでその名前を滑舌の悪い声で口走った。



女が「何?」と訊いたが構わず
東京湾がどうしたこうしたと重ねて呟いた。
そして夢の中の風景に出て来た幾つかの建物の名称を呟くうち「羽の名」のことはもう忘れてしまった。



Tが寝起きざまに、今見ていた夢のことを話す癖は昔からで、
それは覚醒し、現実の世界に引き戻される時間を、
ほんの少しでも引き延ばしたい気持ちの表れだった。

Tは明らかに潜伏性現実逃避人間だったが、
彼はそんな自分に気付いていたし、
そのことに関して逆に持論を持っていた。



「現実」と呼ばれるものは全て「無」で
観念の中、心が動いてる状態だけを指して「生きている」と言える、
「命」の意味を、そう彼は捉えていた。


だから自分の中の怒りの炎
誰にも気付かれない憤りの噴火は
彼にとってはむしろ「生きている」という証であり
これらが現実で外に流れ出さない限り
むしろ「良いこと」と捉えていた。


ただ時たま、だけど確実に
身近な人間のところに溢れ出てしまう。
その結果、相手から恐れられ、自分との距離を置かれようとされることをまた恐怖に思っていた。


人との会話に使われる「言葉」
そんな道具では、本当の会話になどなり得るわけが無いと
常々感じている彼は、日常の大半を自らの内側とばかり対話している。
そしてそのことはあたりまえのように彼を孤独に追い込んでいる。

孤独という名の激しい枯渇感に苦しむTが
恋人に求めるものには独特のものがあり、
それゆえ、それに応えられる女は少ないはずだった。

このことは彼を、女と向き合わせるのに慎重にさせるはずだったが、
女という生き物と、男という生き物がこの世から無くならない限り、
こんな歪な形をしている自分のことでも必要とする女はこの世から居なくならないとTは思っていた。

そのことから得られる安心が
彼に初めて、女に対して甘えることをさせる。

甘えと傲慢の区別が出来ていない男だった。



そして、この甘えと勘違いした傲慢が
普段彼が隠し持っている「誰にも気付かれない憤り」を
恋人の前で噴出させることに繋がっていることに
不幸なことに彼はまだはっきり気付いていないのだった。



Tが恐れていることとは
彼が甘えられる女が、この世にたった一人も居なくなること、そのことたった一つだった。

それは逆に言えば、たった一人の女が傍に居て
Tの甘えを甘受していてくれさえすれば、他に誰一人も必要とは思わない、ということでもあった。


こういう価値観は彼の気付けぬ部分で「固執」を生み、
恋人である女に重たい加重をかけてゆく仕組みにも彼は上手く気付けてはいなかった。


幾重にも気付けないことが彼の苦しみだったし
その苦痛が破壊してきた関係性が、いったい幾つ貯まったかなんて忘れてしまったが、
今度の恋人は彼の傲慢をある程度見抜いていた。



食器を洗う音が小さく隣りのキッチンから漏れ聴こえてくる。

どこか遠くの建設中のビルから、鋼鉄を打つ音が聴こえる。

その場に居たら耳を塞ぎたくなるであろうその破壊的な音は、
冬の乾いた空気の中を何キロも伝ってくるうちに角を削られ、
最後にこの部屋のサッシを通り抜ける際に決定的な打撃をこうむり、
もう鼓膜を殺傷する能力が皆無になった状態でポカンと間の抜けた音を空虚に響かせた。


睡眠から覚め、現実での時間が再開することを一番嫌っているTは、
人を傷つける力の無い微弱な音達を聞くともなく聞きながら、
不安定な中に奇跡的に生まれた僅かな均整の中に恍惚としていた。

サッシの硝子に付いた細かい埃が、太陽の光を乱反射させるから、ここから見える空は白い。


白だけで…良かった…
雲が流れてゆくのが目に入ってしまったら悲し過ぎる。
悲しみに浸っていること自体はTにとって嫌悪することではなかったが、
もしその領域に留まるのだとしたら、何人からも邪魔されない、という確約が欲しかった。


いつか見たフランス映画の黄ばんだ空と、そこに飛んでいた一羽の海鳥の黒い影を思い出した。

大きな柱時計の針が逆に廻るのを見た。

女の泣く声がフラッシュバックし、その残像が長い尾を引いてゆく。

逃げ込む場所と、そこに入り込んではいけないという思いが交錯し鼓動が早まる。

遠くでパラパラというヘリコプターの乾いた音が聴こえる。

その音には30msecほどのショートディレイがかかっている。

そのことが、自分を含むこの街ごとが巨大なプラネタリュームの中に格納されているかのごとく
錯覚を起こさせる。

廃品回収車のスピーカーから押し出された暴力的な音量が鼓膜をヒビ割れさせた時、
Tはうつつから覚め、不愉快という名の着地点に降り立った。







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崩壊

2009-12-25 | ギターの栄養




強い想いが注ぎ込まれたものとは




その文体は崩れ

音符は五線紙からはみ出



言葉は喉元でつかえて出て来ない







学校で教わったものは全て


崩壊する






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青梅今井城学園

2009-12-25 | 過去のライブ後記




23日に青梅今井城学園という児童養護施設のクリスマス会の演奏に行って来た


タカシさんに誘っていただいて






詳しいことはよくわからないまま行って来た








ただ、訊いてたのは
子供達はこの施設で暮らしながら学校に通ってるってこと
幼児から高校3年生までの幅があるってこと
幼児虐待とか経済的な理由とかで自宅に居られなくなった子供達が暮らしてるっていうこと

行ってみて知ったのは
全部で50人の生徒が居るってこと
そのうち36人が本施設に暮らして
残りの子達は、2つの一軒家に何人かずつ共同生活をしているってこと


幼児から中学高校生までの違う年齢の子達が一つのグループを組んで
そういうグループがいくつもあって
彼等は手作りのステージでパフォーマンスをしていた


すごく明るい子供も居た
パフォーマンスが単純に恥ずかしいって感じの子も居た
瞳の光が暗い子も居た
負い目を持ったような子も居た



僕は、いつも通りのギターを弾いた

こういう場所だからって、何も特別な気持ちじゃなくて
いつも通り


そして自分のギターが焦れったいと思った

今日ばかりはギタリストを辞めてコメディアンになりたいって思った



何故って
無償に彼等に笑って欲しくてしかたなかったから


こういう気持ちってある意味、自分の傲慢かと思った


でも

やっぱり

笑って欲しかった




どんな理由かわからないけど
自分の家ではなく、この施設に暮らしているという「釈然としない想い」は
必ず彼等の中にある

瞳の暗かった子だけではなく
明るく振る舞っている子の中にも
出し物のダンスを楽しそうに踊っていた子の中にも
独りになって心の中を見詰めたとき必ず釈然としない思いがある

それが痛いほど彼等の中から溢れてくる



だからその「固さ」を解きほぐしたくて
それには涙か笑いかどちらかだと思ったから...




でも、いろいろ事情があってここで暮らしてるんだ

そんな簡単に泣けないよな

もしかしたら意地でも泣きたくない、よね



だから僕は
コメディアンになりたかった...







全ての演目が終わり片付けている時
さっきステージでパフォームした後、高校3年生だと自己紹介した男の子が話しかけて来た

「何のギターを使ってるんですか?」って

彼は、自分もギターをやってることや
学校でBZのコピ-バンドやってることなんかを話してくれて
最後に「ギター良かったです」と言ってくれた

彼は来年、高校卒業とともにこの施設も卒業するのだそうだ


彼の瞳の奥には暗い光が見える
彼に対して特別な同情をしない僕と彼の会話はとてもギクシャクして
一言喋って妙な間が出来、また喋っては間が出来る
そんなふうだった



帰りの車で、ずっと今日一日のことを思い出していた



自分のギターがこの子達の心にどれだけ届いたか、なんて
もう考えないことにしよう

笑って欲しい、っていうのも考えないことにする

だってそれは、彼等が笑ってくれないと僕が苦しいからなんだもの


彼等は今の姿そのままでいいんだもの
うまく笑えなかったとしても、そのままでいい
その輪の中に今日一日、ちょっと混ぜてもらって過ごせたことだけでいい

ギターの話をしてくれた高3の子の瞳の奥に影を見たことは
僕の心に、ものすごく何かを焼き付けた

そして、暗い目をした彼のことを今思い返しながら
彼のことを好きだと思える...





人の瞳の奥にある暗い光と
今回初めて、僕はしっかり向き合えたのかもしれない

簡単に優しい言葉もかけず
大胆に笑わせることも結局出来ず
いつも通りの自分の言葉、ギターを奏でて来ただけ

もし気の利いた優しい言葉をかけることが出来たり
彼等をゲラゲラ笑わせられることが出来ていたなら
僕は今、もっと楽だろう...


じっと静かに彼等の瞳の奥を見て
今僕も一緒に、答えの出ない思いを感じている

そのことが苦しいけど
でも嬉しいのだ










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