Rosa Guitarra

ギタリスト榊原長紀のブログです

T

2017-02-16 | 「T」


自転車で目的地に向かってるうち
どこで川を渡るか解らなくなって
進むに連れて道路の右側に平行している土手はどんどん高くなってしまった

橋を見落とした自覚は無いのだが
もういい加減この辺りでとにかく渡らなければと
高さ5メートルほどにもなった土手を自転車に乗ったまま越えようとしたが
斜面が急で登れない

仕方なく自転車を降りて手押しで登ってみると
意外にも呆気なく簡単に登れた


土手の上に立ってみると川は見えず
草の生えた河川敷がまるでアフリカのサバンナのような広大さで
眼前に横たわっている

遥か彼方に小さな樹林が幾つも点在していて
きっとあの辺りに川は流れてるのだろうと思った

向こう側に降りる斜面はもっと急だったので
先に自転車だけ滑り落としてから自分も慎重に斜面を降りて行った

普通に草の生えた土だと思ってた斜面は実際降りてみると
マットレスのような材質で一足ごとに沈みこむので
歩き辛いがそれはかえって滑らずに降りることが出来た


降りる途中
斜面の中程に直径3メートル深さ1メートルほどの大きな穴が空いていて
その中に茶色の毛布のような物があり
それは少し動いてたので
巨大なウミウシのような生物なんだろうと思った

よく判らないものに関わらないに越したことは無いと
やりすごして下まで降りた


降りてみて初めて解ったことは
そこは何とかいう部族の自治区で治外法権だということだった

その何とかいう部族は首猟り族で
自治区に侵入して来る者は誰彼構わず問答無用で首を跳ね食ってしまう

一刻も早くこの自治区から出なければと自転車に股がり
左右どちらに行くか考える

右はさっきまで土手の向こうの道を来た方向
左を見ると草原は限りなく続いており
橋も無く自治区が延々続いてるのがわかる

気付けば右手遠方には河川敷の上を渡る橋らしき物が小さく見えた

あの橋を渡るはずだったのを見落としたんだな
とにかく一刻も早く右に戻るしかない

必死に自転車を漕ぎ出した
しかし間もなくその首猟り族に遭遇してしまう

4〜5人居た彼らは協力し合いながら
長さ2メートルくらいある竹を裂い棒を繋いで
長く伸ばしてるところだった

竹には白い布が巻いてあるものと何も巻いてないものがあり
1つだけ細いやつには赤青緑黄白の紐がカラフルに巻き付けられていた

渓流用の釣竿を太い方から細い方へ差して繋ぐように
彼らは長い丈の棒を繋いでいる
きっと何かを釣るための道具を組み立てているのだと思った

何かを釣る…
それは間違いなく
人間の首を狩る道具に違いないと思った

ただ何処かで昔聞いたことがある
道具が組上がるまでは彼らは至って温厚で社交的だという特性があると

やばい
あの巨大釣竿のような道具が組上がる前に
彼らの横をすり抜け自治区の外に出なければならない



道具を組み立てる彼らは前方、土手の斜面近くに居る
僕はなるべく土手から距離を取りながら進むが
彼らとの距離はどうしても近づいて来る

彼らの真横を通る前に本当に彼らがまだ温厚で社交的かを確かめるべく
こちらからにこやかに手を振りながら
「こんにちは〜」と言ってみた

彼らは全員 人懐っこい笑顔で
「こ〜ににちわ〜」みたいに応えた


まだ大丈夫みたいだ 急がねば

しかし自転車で真横を通り過ぎる時に
その道具は組上がってしまった

しまった間に合わなかったか、と焦った時
たまたまそこに
僕より彼らに近いところを違う部族の人間が2人通りかかっていたことに気付いた

首猟り族は全員で雄叫びを上げながら
何かの儀式のようにその巨大釣竿を上下に動かしながら
飛び跳ねるような踊りを始めた

首猟りの道具だと思っていたその長い棒は
儀式のための道具だったようだ

飛び跳ね踊りながら一人が腰に差していた刃渡り1メートル強の薙刀のようなものを抜き
後ろからたった一振りで通行人の首を跳ねてしまった

血も出ずポーンと数メートル首が飛んで行くのが見えた


やばいやばいやばい始まってしまった

彼らがあと一人を狩ってるうちに逃げなければとペダルに力を込め
こちらを襲って来ないか事の成り行きを確かめながら走り出した


連れが首を跳ねられたのを見たもう一人は猛然と逃げ出したが
その逃げる後ろから薙刀は振り下ろされる

動いていたから首には当たらずドカッという音を立て背中に食い込む
背中の幅の3分の1くらいが割れるがほとんど出血しない

逃げる者があまりの恐怖に
全身の血管が収縮し切っているから出血しないのだ

右肺は真っ二つに割けただろうが心臓は外れたのだろう
致命傷にはならなかったようで
速度は弱まったがまだ逃げようとしている

そこへ首筋を狙ってもう一打振り下ろされるが
逃げる方も必死に動くから首を跳ね飛ばすことが出来ない
半分ほど食い込んだ状態でまだ逃げようとしている

3打目は後頭部に食い込みカパッと大きな口を開けた
脳という臓器にはこんなに血液が溜まっているのかとビックリするくらい
初めて滝のような血液が流れ出る

もう意識も無いのだろうが
命の残像として僅かに残っている生存本能だけで
まだヨタヨタと立っている

ナマスのように切り刻まれフラフラしているとこに4打目が振り下ろされ
遂に首はポーンと数メートル飛んでいった


やっとこれで彼は痛みから解放されただろう
一発で首が飛ぶならまだしも
首が繋がっている間は大変苦しかっただろう
くわばらくわばら

次はこちらの首を捕りに来るはずだ

逃げ切れるか
一か八か
とペダルにあらん限りの力を込めて踏み込んだが
前方にはいつの間にか沢山のゴミが散乱している
あのゴミの間を避けながら逃げるのではスピードも出せない



危うし榊原先生...



というところで目が覚めた







長い夢を見せるなら
もう少し艶のある夢にしてもらいたいものだ





















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老人

2012-01-08 | 「T」


化石のようなその老人の顔に深く刻まれた皺の
一番大きな割れ目の奥に埋まっている彼の瞳は
涙を湛えた象の目のように穏やかな表情に見えた







その瞳がチラッと僕を見た時

その瞳の奥深くに
肉食獣が獲物を狙う鋭い光が一瞬走った





僕が身震いする間もなくすぐにその光は消え
また化石の象に戻った





幻かと思う時
天と地を合わせたような大きな波動がやってきた



それは現実には
老人のかすれた静かな声だった






それは僕の耳には
こう言ってるように聞こえた







幸せを諦めてる人が苦しいのは
不幸せだからじゃなくて

幸せを諦めたくないという命の声に逆らっているからかも知れないね













狼の牙の
本当の意味を知っているかな?




そう言って老人は緩慢な笑顔を見せた









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夢の続編

2010-06-28 | 「T」


僕は演奏のためにこの山の頂上付近まで行く

平地にある寂れた乗り場からタクシーに乗り込むと
木炭のように黒い平屋ばかりの並ぶ寂れた田舎街の間を走り出す


僕はやめたはずの煙草を取り出して火を点けてから深く吸い込んだ

運転手の他に知らないオジサンが助手席に乗っていて
後ろを振り返りながら馴れ馴れしくこう言った

「緊張した時だけは喫煙を自分に許してるよ」
そう言いなが全開にした窓から腕ごと出して吸った煙草を捨てた


僕は何も答えなかった



タクシーは徐々に山道に入り、勾配を登り始める

気付いた時には9番目くらいになっていたのだが..
時々バス停があり、麓から順に番号がふってあるようだった



バス停は屋根の付いた小さな待ち合いになっており
毎場所必ず20人くらいの人間が居た

彼らは、タクシーに便乗したいらしく
必ず全員が、通過する僕の目を見てそれを訴えていた

僕はその人達の物欲しそうな表情を見る度に気分が悪くなり
反対の窓から外を見た




何処かまで来たところでタクシーを降ろされたらしく
そのあとバスに乗ることになる



その手前に演奏家の知り合いと合流する


彼は僕とは別の地からこの山に入って来て
これから一緒に演奏することになっている

彼は僕の近況を訊いた後、自分のことを話し始める



彼は複数の女性と関わりを持っていて
最近更に新しい恋人が出来たことを僕に伝えてから
「ふぇ~~ん」と嬉しそうに泣いてみせた

そして僕のスケジュールを訊き
僕の家に泊まることにしてアリバイ協力を頼んだ

僕は、ただ勝手に使ってもらう分には構わないと言う


そこにバスが着いたらしく僕等は乗り込む




席は結構埋まっていて僕等は並んで座れない
まばらに空いた席を探して
知り合いは、後ろから3番目の席に座った

僕は一番後ろの一つだけ空いた席に座る


僕が離れた席に座ったことに気付かない知り合いは
躁状態のままで「ふぇ~ん」を繰り返している




僕の座った席は左右に女性が座っている間の1席だった

わざわざ1席空けてるんだから彼女達は他人同士なんだろうと思って座ったのが
走り出してから彼女らは僕を挟んだ状態で話し始める


僕は肩身が狭くなり、上半身を前に起こして彼女達の会話に挟まれないようにする


左に一人、右に二人
計3人が知り合いらしい


知り合いの「ふぇ~ん」や、左右から挟まれた会話から逃れたい僕は
前傾姿勢になったまま自分の世界に入っていこうとしていた



...そのうち静かな世界に入る


どれくらい経ったか...
数分しか経っていないのかもしれない
ふと気付くと..
僕の左脇腹を、左側の女が摘まんでいる


左右の会話は止んでいた



僕は少し黙って様子を伺っていたが
おもむろにその手を掴んで軽く払いのけた


邪険になり過ぎず、そして甘やかさぬ程度の加減で



手は怯まずまた触れてくる

僕は前傾姿勢のまま、前を向いたまま、また払いのけると
また触れてくる


その攻防が静かに繰り返された後バスは終点に着く




降りるために立ち上がった僕は
何度目かの攻防のため掴んだ女の手をそのまま引っぱり上げ
自分の横に立たせ
初めてその美しい横顔を見た時
既に自分が恋に落ちていたことを知った


















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白い犬

2010-05-29 | 「T」


僕が「彼」と出会ったのは
こんな経緯だった...



永遠という限りない時の長さを
今という瞬間で切断したその断面の粒子の密度を眺めて

それが自分の音色の密度と同等か
心の中で比べてみる

それは「合意の現実」から一歩だけ離れた場所での行為


比べるまでもなく僕の音色の分が悪いように思われるが...
...そうでもない




音色を見詰める

その実体が崩れ出し、その正体が何者か解らなくなるまで見詰め続ける


...と
その粒子の一粒の中に無数の粒子を含んだ内的宇宙が観えてくる
その宇宙がまた副次的な宇宙をも含んでいることも含め


こうして、音色という媒体を入り口にして
僕は命の源泉へと向かう旅に出る

その宇宙旅行は
僕が行こうと思う間ずっと続けることが出来る

過去から現世、そして未来まで

そして未来の行き止まり(のような場所)に立った時
また始まり(のような場所)に戻り
何事も無かったようにただ進み続ける

ちょうど丸い地球に始点も終点も無いように
行きたいだけ進む

もう少し付け足すなら
行きたいと思わないでも進む

もう少し補正するなら
僕らのインスピレーションは
行きたいと思わないわけが無いのだ



もしこの旅路の道中で出会った魂の同胞が居たなら
その友情も永遠ということになるだろう
(そして愛情も)




このツアーに定員は無い
無限に乗客を収納出来る列車に乗っている

なのに...
ガラガラだ

まるで賢治の銀河鉄道のように...




僕はこの列車の中で出会った
ある白い犬の話しをしたい




彼の耳はピンと立ち
毛足の長い真っ白な毛で覆われ
屈託ない様子で舌をたらしながら人懐っこい顔で僕を見た

初めて会った時、彼は
自分の少し長い話しを聞いて欲しいと言った

僕は「聞きましょう」と答えた

彼は、「今すぐには話せない
自分がこの列車の中を一回りしてくる間に
あなたより相応しい聞き手が現れなかったらここに戻ってくるから
その時は聞いて欲しいのだ」と言った

僕はただ「あなたを待ちましょう」と答えた




それから数日経って白い犬は僕のもとに戻って来た
そしてこう言った

「これから長い話をします
あなたがこの話しに、もし詰まらなさを感じ時は
わたしは自らそのことに気付き、直ちに話しをストップします
何故ならこの列車に乗ってる者達に
耳を塞ぐ、という行為は存在しないのですからね」
と言って笑った

僕も少し微笑んだ


それから白い犬は
自分の子供のうち2人が病気にかかったこと
そしてそのうち1人は、大変症状が重かったことなどを話した

まるでそこに聞き手など居ないかように
彼は自分のペースで話し続けた

いたって真面目な話しをしているわりに彼の話し方にはある種のリズムがあり
その感じが、言葉には出来ない心地良さを生み出していたため
僕は飽きること無く聞き続けることが出来た

聞きながら時々
この心地良いリズムを自分の静寂のプレイに取り入れたらどうだろう
などと考えたりした

そういう時
僕の頭が彼の話しを「聞く以外の行為」に走っていることを
彼は「知っているよ」とでも言いたげに、更なる愉快な視線を僕に投げかけながら
それでいて諭すことも無く軽やかに話し続けた


彼の話しは最後に
彼がこの列車に乗ることになった彼の内的経緯を含みながら終わった

僕は清々しさを覚え、彼に握手を求め
僕等は隣同士の席に座って旅することになった


それからまだ2ヶ月くらいしか経っていないが
地球時間ではもう何年も過ぎているだろう

僕らはこの永遠という名の列車に乗り込む意味に付いて
いつも話し合っていた

ここの乗客が少ないことや
この列車に乗るまでに僕らお互いに周りから随分揶揄されたことなど

時間はいくらでもあった

そして話しの腰を折る要素はここには何も無かったから
僕らは寝てる時以外はずっと話し続けた



彼との会話は
お互いの世界を思ったままに話すことで十分に成立していた

時に擦れ違うことすら
対話として成立していることを感じることが出来た


彼の生み出す(僕が何も手をくだしてない)波長は
僕の生み出す(彼は何も手をくだしていない)波長と
時にフェイズ効果を生み出したり、時には同調した

フェイズ効果の中では互いを打ち消し合い
僕らは「休符」となり、静寂の中で音楽的な対話を続けた

同調した時は、波の高さは(倍ではなく)二乗となり
思いもかけない大きな揺さぶりを生んだ

それはそれで言葉など要らない
激しくも静まり返った豊かな世界だった


僕はこの波の満ち引きの絡み合いによって
自分の精神がオーガズムをも迎えることが出来ることを知った

それはまさに永遠という名の列車の中でだけ起こりうる現象だった



この列車には、時々別の乗客も乗り込んでくるようだが
列車内が広いせいか顔を会わすことはない

僕らが隣同士の席に座ったのは
この宇宙の中の奇跡のように思えるが
僕らはこのことについても話し合い
必然だったことをお互い直感を以て合意していた



僕と白い犬は
今もまだこの列車に乗っている
僕も白い犬も(彼の名前を僕は知らない)
いつでも途中下車出来るというのに
一向に降りる気配も見せず、どこまでゆくのかお互いに確認もし合っていないまま


時間ならいくらでもある


限りない時を使って
永遠という真理に添う命の営み方を
僕らは会話し続けてゆくのだ

















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夢を見ない男

2010-05-23 | 「T」


ろくでもない神様が作ったこの世界には
見い出す夢が無いと、遂にそう判断した男は
夢を追うことを放棄した

実際に自分がそれを放棄してみると
この世界には夢を追う者ばかりで溢れてることが見えるようになった

夢など興味が無い素振りを見せて嘯いている者も
実は喉から手が出るほど夢を掴みたいと欲していることも知った


人の行動の裏側にあり、同時進行してゆくそれらの背反性に気付いた時
男はそのことを相手に告げてみた

すると、相手のうちの男性の大抵は不愉快を露にした
まるで自分の弱点を暴かれたとでも言わんばかりの顔をして



男が友達になれる相手とは
この背反性の指摘にニュートラルに応えられる同性だけだった


そして相手のうちの女性とはむしろ近い距離が生まれた
そして近い距離が生まれていることに、男は気付かぬ振りをしながら振る舞った

だから男には同性の友人がほとんど居なかった
そして男は、よく疑似恋愛に陥った

そういうことを何度も飽きるほど繰り返した後に男は
現実の摩擦を避け、擬似的な妄想世界にだけ暮らすようになっていった


その場所で男は孤独だったが
欲しいものは何でもそこに在った




匂い

温度

想い

潤渇



そして男にとっての「思想」とは
そこの内に留まるか外に出るか、ということに他ならなかった

何故ならそこには愛すら存在していたから




男はしだいにそこから出なくなって行った

初めはそこに入り込んでいることを相手から見抜かれてしまったが
これも繰り返してゆくうち見破られなくなった

男のことを、この世に沢山居る少しボーッとした人間だと
周りが勝手にそう思ってくれるようになった



男はその後、どうなったか...





もちろん「そこ」で暮らしている

何の不便も無く
男にとっての夢の国はそこにある


もし現実での不便が少しだけ生まれたとしたら
それは最近、男が眠っている間に夢を見なくなったことぐらいだろう


男が暮らしてる場所が既に夢なのだから
そんなことは取るに足りない話しだが...









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のるぅえーののるぅえーのもり

2010-04-30 | 「T」

わたしね

離れてないとダメなの

そうしないと全然、心が動かないのよ

手に入ったものは急に見えなくなっちゃうみたい




離れてる間だけ自分の中に愛情が湧いてくるの


でも、それってホントの愛じゃないでしょ?

それって手になんか入ってないってことじゃない?




その存在はね

わたしの伸ばした指の

僅かに届かないところに、ずっと見えてるのよ





それってどう思う?

それならいっそ見えない方がいいと、あなた思うでしょ?




でもね

その見えてるものが見えなくなるほうが怖いのよ

わかる?






僕はいろんなことが思い浮かんだが

それを口にするのが億劫で

ただ黙って聞いていた






こういうわたしのこと

あなたどんなふうに見える?






僕は慎重に考えてからこう言った







変わり者だって、言われることが多いんじゃない?







そうなの

よくそう言われる

だけどね

それを言う人の方が仮面の内側にいるのよ


だから言われることは何の気にもならない







そう言って彼女は僕の瞳の奥をじっと覗き込んだ


僕は、覗き込んだ彼女の瞳の奥に

重たい液体が微かに渦を巻いているのを見た













その夜 僕は

月が3度、姿を変えるのを見た




最初は右上が3分の1ほど欠けた赤い悲しい月だった

次は左斜め下の欠けた青白い月

そして真左が欠け、最後には丸く整っていた



最後の白く丸い月と、その周りに流れる雲の影を
公園の中で見上げた時
いつかどこかで聞いたことのあるような言葉が浮かんで
そしてすぐ消えた















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欲望という名の電車

2010-04-27 | 「T」







こんなときは家族とも距離をとったほうがいい














自分の中で固まってしまってるものが呼吸を苦しくさせるから
溶かす力を持った存在を探し続けた


随分探したよ..

やっと出逢えて溶け出して
ほんの少し、身体に酸素が巡って行くのが感じられる

このまましばらくいよう

もう少し酸素が巡ってくれるまで





ところがその開けた扉の向こうから
もう、一気に沢山の乱暴者たちが乱入してくる


僕は呼吸どころか傷だらけになり慌てて扉を閉じそうになる



でも、せっかく開いたんだから閉じたくないんだ...





痛みを抱えたまま後ずさり

一目散に逃げて
ずっとずっと遠くまで距離をとる

ここまでくればもう見付からない場所まで





そして今ここで独り、自分の傷を舐めているのだ






安全地帯を用意せぬまま扉を開くことは危険だった

こんなに怪我をして...しまって...






この僕の姿が見える人はいる?



いるなら

いつかどっかで逢うんだろうね

僕たち...






「欲望」という名の電車に乗って、「墓場」という電車に乗り換えて、
六つ目の角でおりるようにいわれたのだけど・・・「極楽」というところで


そう言いながらキミがここに降り立つのをいつまでも待っていることにしよう








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深度

2010-04-23 | 「T」


僕が今居るところはね

かなり深いよ



頭の遥か上の方で誰かが何かを言いながら通り過ぎるけど
全然耳に入ってこないもの





隣りの部屋で小さく鳴っているテレビの音を聞きながらでも
「ここ」に居られるのって、そういうの、もうなんとなくわかるでしょ?



そしてずっと以前から
僕がこんな場所に来てるってことも
きっと今ならわかるはず




ここはきっと僕の安全地帯

何があっても大丈夫な





だってね、もうここ以上に深い場所は無いからさ

これ以上
堕ちようがないじゃない?







栗鼠が...


小さな栗鼠がさ

向日葵の種なんかを両頬に詰め込んで
巣に持ち帰ってからゆっくり食べるみたいに

僕も、愛とか恋とかの欠片をね
その場所ですぐは食べずに
この深度まで持ち帰って来て

それから用心深く、誰も居ない事を確認してから
そっとこの掌に広げてみる






何故そんなことするのかは...

おいおい判ってくるから...







そしてその輝きを初めてゆっくり見入ったとき

あぁ...綺麗だ、

と思っても
そのことを話し合う相手はここには誰も居ないんだ






もし


キミが


ここまで降りて来てくれたらね


...









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微熱

2010-04-23 | 「T」




何かの作用で僕の心の内部が熱を帯びてくるのを

音に表現出来ると思う...?






それはね

音に表現なんて出来ないんだよ






そのかわり

音自体が熱を帯びてくるんだ






熱を帯びて来たらどうなるの?






そしたら音が滑らかになる






それは、微熱で分解された音が
細かく細かくなって
狭い網の目もくぐり抜け
キミの心にもっと届くようになるんだよ






そうなったら、その先はどうなるの?






その先は...

それは言えない...








何故?








言ったら、その瞬間に
消えて無くなってしまうものだからだよ
































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2010-04-14 | 「T」


人はカイロスを生きる間クロノスを感じない


浦島太郎だ




音楽はカイロスでしか在り得ない

恋も同じ




キミの人生が早く感じたならそれは幸せだよ







時が分割されることなど気にせず

ずっと連続した恋をたどってゆけば良いのだ



連なった時の横軸をただ泳いでゆけば良い

どうせ時間切れなど無いのだから





ここに来てみないか?

もっと






キミは反射神経だけで車の運転が出来るだろう?

キミのカイノスの外のことは全部それで片付けちゃえばいいのさ



封建のシモベが、時を乱暴に分断しても
反射神経だけでかわす






必ず
人の精神は自由でなければならない


そしてここなら自由を奪われない




何故なら

封建のシモベ達には、この場所が見えないのだよ








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T

2010-04-14 | 「T」


いや...



そうじゃない        ...と、思った




もっと沈んでいるし

そしてもっと慈しんでいる



字体から連想するような享楽的なものじゃない





根底の方から限りなくゆっくり沸騰してくるような喜びなのだ






幾つも細い路地を曲がって
今自分が何処にいるのか、座標軸を見失った頃
「それ」と出逢った

スッと重なった次の瞬間、一瞬で融け出す

重なっている刹那だけ...






自分の心は独りで旅をしていたのだと感じられる

家族を持っても、友と語らっても、
根本の孤独を今、心地良く感じられている


そういう「者」同士が、どこかの辻で
フッと...
重なり合う、のだな、と感じられる




仰向けになって底の抜けたような夜空を見上げている

薄雲のかかった細い三日月を超えた向こう側まで...



宇宙に漂うダークマターが
自分の身体を包むこの場所にまで伸びて来てる事を感じる


その、何者をも否定し得ない空間が、暖かく自分を包んだ時
やっと涙が溢れてくる



その涙と、空間と、重なり合いとが
こんなに柔らかい暖かさがあるのか、という夢の中に自分を置く


死後の世界とは、こんなものだろうか...





生きながら死に

この場所でほんの一瞬

感じ尽くす













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2010-04-07 | 「T」


何も特別な感動も無い部屋の中で、街の中で、人の中で
渇いた心が感動を探しているが見付からない

だから諦めることにする

感動が無いのは自分のせいで誰のせいでもないんだから

自分の心が今、そういう風向きなだけなのだ



諦めるとすぐ、無意識に力んでいた顔の表情筋が弛みだす

弛むとすぐ、目の前に宇宙が感じられ始める

そのことを喜ぶと宇宙はフッと消えた



それがあまりに悲しくてRalph TownerのCDをかけた

複雑な音色が頭の中を駆け回り涙が出そうになる


時計の針が逆回りするような場所へ連れてってくれる





「好き」の色は
白いセルロイドの色

好きな人は露草の紫色




何千万光年先まで広がる宇宙の風景に重なって
その心の色が半透明に見えている



こうして内側に向かって、ものの仕組みが解き明かされてゆくごとに
いろんなものが決して別々のものではなく
一つのもので
だからこうして重なり合って見えるんだな、と思う



砂の一粒一粒の中に、命の火が赤く燃えていることを思い出した




誰か今、この場所に来て

この砂粒を僕と一緒に掬い上げてほしい


そして赤い火を合わせて、そのまま目を閉じてほしい





























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「T-5」

2010-01-21 | 「T」



「ねぇ、秒針の刻む音が嫌なの
せっかく買ったけど…」


「うん、やめてもいいよ
でも、そんなの買う前からわかってたじゃない?
秒針が付いてること」


「うん、ごめん、ぼーっとしてたみたい」




Tは黙って時計から電池を抜き取り、時計自体をテーブルの一番端に置いた




この時計はこれから先、ずっとここに置かれたまま
きっとその存在は風化してゆくだろう


ここに座る度に目に入りながら
目に入っている事も認識されなくなり
その形状だけが空虚な骸となって


そして骸となったはずのそれから発っせられる信号は
それが時計として存在していた時より
むしろ何倍もの強い切なさとなって自分に届いてくるであろうことまで
一気にTには想像出来た



物言わぬそれを眺めながら
しばらくの間、Tは美しい光景の中を漂った

夢の中で様々な美しい者達に出逢い涙した



そしてこう思った



あぁ…ガラス窓になりたい

一点の曇りも無いほどに磨き抜かれ、それ自体の存在も感じさせないくらい透明なガラス窓

美しい風景を映しながら、冷たい風を遮る

自らの役割を果たすほどに、その存在を忘れ去られるようなものに






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「T-4」

2010-01-18 | 「T」


暮れてからどれくらい経っただろう…


T が今立っているこの場所から真っすぐに長く伸びた路地、
その先に女が立っている。


民家であるはずの両側には、輪郭の取り除かれた得体の知れない黒い固まりが
無秩序な形をして連なりあっている。

その固まりの間を細く走った路地の50メートルほども先に女は立ち、
Tが気付いた時には既にこちらを見ていた。



街灯も無い青白い月明かりの中のぼんやり浮かんだ女の姿は朧であるにも関わらず、
何故かその視線だけがじっとTを見据えていることがはっきりわかる。


明らかに何か意図があるその視線をTの脳裏に強く焼き付けたまま、
しばらくすると女は、フッと辻から右の方へ消えた。

消える手前に女の視線が僅かに下へ落ちるのをTは見た。



その瞬間、Tの意識のスクリーンいっぱいにズームインされたその漆黒の瞳が、
Tから離れ落ちてゆく光景を、Tは地球最後の日を眺めるようにスローモーションで見た。


そのどこか他人事のような悲劇の中で慟哭し
非現実な感覚の中で茫然自失に陥った時
その微弱な波動がTに与えた波紋こそが
届けられたメインメッセージだったのだと気付いた。




現実で日々、Tが受け続けるメッセージとは
異なる複数の意味を含んだ信号が、
人間の言動という一つの伝達方法に括られて一気に押し寄せてくるようなもの。

その一つ一つ、一瞬一瞬を分解し、項目ごとに整理してから体内に取り込まなければ、
彼はパラドクスを起こし、
一生かかっても亀を追い抜く事が出来ないアキレスとして
答えの出ない生涯を終える事になっただろう。


Tの生存本能は、この夢に出た女からのメッセージを、
分解整理することの必要性に気付いていた。


睡眠と覚醒の差を、ほとんど感じない、
つい先ほどまでこちらを見詰ていた女の残像を辿るともなく天井を見詰めながら
Tの脳内は彷徨っていた。


夢の女の艶なる大きな濡れた瞳を
ほとんど無意識に自らの脳内スクリーンにいっぱいに映像で映し出しながら
もう一つの...
いや
もう幾つもの次元を同時にTは見ようとしていた。

それは、酷使し過ぎた崩壊寸前のハードディスクの空き部分を
ヘッドが飛び飛びに読み回るようなものだった。

内蔵のファンでは追いつかず
HD本体は異常に熱を発し
ある時突然フリーズして
二度と立ち上がらなくなる危険をはらんでいた。




「ねぇ、起きてる?」

「うん…」

「また何処かの街に行ってた?」

「いや…」

「じゃ、また海の上…」

「違うよ…路地…」

「路地?」

「路地の向こうに立った女がこっちを見てた」

「その女の人は美人?」

「わからない…」

「その人に欲情した?」

「してないけど、でもしたのかもしれない」



現実の女は何も言わずベッドから滑り出た。

その時、長い髪が揺れたから、空気が小さく渦を巻いて、
その匂いの粒子は動いた空気と混じり合いながらTの嗅覚の周りをそっと包み込んだ。


彼女のキッチンへ消えてゆく後ろ姿を何となく目で追いながら、
Tはこの一連の動作全てを愛していた。



俺は今、この女との関わりを愛しながら、夢の女に欲情している。
それも、いつ何時フリーズしてもおかしくないほどに発熱しながら…。


それは、欲情という本能が、決して現実に於かれた肉体などに対して起こるものではなく、
もっと生に関わる能力の栄衰にまとわりつくようにして起こってくるものだという証だと、
そうTは思った。







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「T-3」

2010-01-13 | 「T」




これから出かけるというのにとても眠い


ソファに深く座り
部屋に差し込む夕暮れの茜色に包まれているうちに本当に眠りの入口まで来た






今生が終わる時はこんな感じだと良いな、とTは思った






うつつの中で
そういえばあと10分足らずで出かけなければならなかったことを思い出した途端
砂浜から一気に水分が蒸発するような不快な感覚とともに覚醒した


Tの中のOn/Offスイッチが
眠りの快楽という本能の承諾を得る前に
社会性から溢れ落ち、孤立することを恐れて
急激なスイッチングをしたために起こった電流のショートだった



オフ感覚の名残を手繰り寄せながら、やる気のない表情で車に乗った


車内の空気は冷たく、今度は本当に体が覚醒する



影絵のような街をナビにまかせて無意識に走らせながら
また徐々に瞑想に戻ってゆく


「孤立するとこまで行ってしまうならまだいい...
俺にとってはそこまで辿りつく間の摩擦が煩わしいのだ 」

まだ暖まりきらない車内の空気が体がを冷やし思考が途切れる


途切れる途端
見知らぬ街に放り出されたような感覚に襲われる



限りなく黒に近い茜の背景に滲む街灯の灯が悲しくてしかたなくなる

孤独だと感じられぬほどすっぽりと孤独の中にいる

繋がっている誰かの顔を思いだそうとしても誰も何も浮かばなかった




もう暗くなった空をゆっくり夜間飛行のジェットのランプが
点滅しながら飛んでゆく
その点滅の行き着く先にはもっと知らない土地が待っているように思えて
もっと淋しくなる


いっそ月明かりさえ無い漆黒の夜にまで暮れきってくれたら
闇が暖かく包んでくれるだろうに
とTは思った








まもなく車は目的地の立体パーキングにスーッと入って停車した

エンジンを切った後も車からなんとなく降りたくないのは
やはりさっきから理由無きナーバスに陥っているからだろうか…


パーキング内を通過するカップルの女の方が発した高笑う声が
Tの深い傷のあたりに危うく届きそうになる


息を出来るだけゆっくり深く吐いた後
Tは思い切って車を降りた







今日は
…というより今
……
というより
ついさっき陽が暮れるあたりからのTの羅針盤は
ただ静かに過ごしたがっていた



外にも出たくない
人にも会いたくない


ほんの少しでも角のあるものなら
「音」も聴きたくない


ほんの少しでも「奢るもの」が感じられるなら
奏でることもしたくない


それらの危険なものを鎮めるエネルギーが今の自分に有るか無いか判然としない
その不安から
もし可能なら、この後の演奏から逃げ出したいとTは思った







音楽を扱う場所は、得てして音楽を派手な祭りのように扱う


今日も会場は
Tにとって空虚な華やぎにしか見えなかった




客を煽る対バンの大きな演奏音が、Tの鼓膜から遠ざかってゆき
最後には何も聴こえなくなった







…音楽は
その時奏でる人の心そのままが投影されてこそ、ならば
今の俺はこの後どんな音楽を奏でることが出来るのだろう


もし奏でることを失敗するとしたらそれは
こんな精神状態のままで人前に立ってはいけない、と
自らが思ってしまうことからだろう

誰に言われたのでもないのに
言われて傷付くことを回避するために
人はよく自らを卑しめるから...

それさえしなければ
人里離れた森の奥にある静かな湖のような美しい画を描くことが
きっと出来る



会場は、必然性の感じられない組み合わせを余儀なくされた複数の演奏者達が
よくある風景のように、愛を唱え
そして華やいだ色彩を描こうとしていた

Tは吐き気を治めるのに苦労しながらこう思った


この華やいだ色彩に、今日の俺が上手く染まれなくても
頑なに今の自分の色のままで居ることは
長い俺の人生の中ではむしろ
純度の高い自分を紡ぐことが出来ることへと繋がってゆくだろう

それは音を扱う人間が決してなおざりにしてはならない誠実なのだ



その自らの想いに支えられてTは貝になった

頑なな貝になった


そして自分の知らない何処かの街で
貝になっている知らない誰かのことを想い
さっきからの孤独感から初めて解き放たれた





自分の心に嘘をつかずに生きてる人なんてほとんどいない

多かれ少なかれ嘘をつき
…いや
群れからはぐれないために他人に合わせ
その分、自分に少し嘘をつく

群れからはぐれないために...


そして結局、自分の心が迷子になる





その屈折の中で

閉ざしてしまった貝の中

その中でひっそり息をしてる人は今も何処かに無数に居るだろう




俺には今
その呼吸音が聞こえてる




もう現実にそこに居る誰の声もTには届かなかった










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