![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/26/04/c652908b43b615f17dde4c8f0b0f0e36.png)
「ジョバンニ!」
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「ラッコの上着が来るよ!」
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ザネリが、からかうように言うと、他の子供達も言いました
「ジョバンニ!ラッコの上着が来るよ!」
そう言われるたび、ジョバンニは、バッと胸が冷たくなり、
そこらじゅうキィーンと鳴るように思いました。
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ラッコやアザラシをとる船に乗ったまま、ずっと帰ってこないジョバンニの
お父さんのことを、
遠くのさびしい海峡の町で、なにか悪いことをしたために
監獄に入っていると、みんなは噂するのでした。
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「ザネリは、どうしてぼくが何にもしないのに、あんなことを言うんだろう
ぼくのお父さんは、悪くて監獄に入っているんじゃない。
お父さんが悪いことなんてする筈ないんだ。
それに去年の夏、帰ってきた時だって
腰を抜かすほど珍しいお土産を持って来てくれたんだ。
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最初に見たときはビックリしたけれど、あの荷物を解いた時ったらどうだ。
鮭の皮でこさえた大きな靴だの、トナカイの角だの。
どんなにぼくは、喜んで跳ね上がって叫んだかしれない。
それを学校へ持って行ったら、みんなも大喜びだったし
先生まで「珍しい」と言って見たんだ。
それなのにザネリはあんまりだ。
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…今夜町はケンタウルス祭で
夜の町の空気は澄み切って、まるで水のように、通りや店の中を流れていましたし、
街燈はみな、まっ青なもみの枝で包まれ、
電気会社の前の六本のプラタナスの木など、中に沢山の豆電燈がついて、
本当にそこらは人魚の都のように見えるのでした。
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子供らは、みんな新しい洋服を着て、星めぐりの口笛を吹いたり
「ケンタウルス、露(つゆ)を降らせ。」と叫んで走ったり、
青い灯りを点した烏瓜(からすうり)を川へ流したりして、
楽しそうに遊んでいるのでした。
けれどもジョバンニは、独り深く首を垂れて、
そこらの賑やかさとはまるで違ったことを考へながら町外れの方へと
歩いて行くのでした。
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お母さんは、本当に気の毒だ。
お父さんが帰ってこないことを毎日心配しながら働いて
とうとう病気になってしまった。
あの晩、お母さん倒れた時、ぼくは、必死で看病したけど
お母さんは力なく
「もう、いいよ」と言うだけで
ぼくはどんなに悲しかったかわからない。
今日届かなかった牛乳も、お母さんに飲ませるために
町まで取りに来たけど、それも売り切れてしまっていた。
あぁ、なんだかぼくはもう、空の遠くの方へ、たった一人で飛んで行ってしまいたい。
いつしかジョバンニは、町を外れ
丘のふもとに来ていました。
空に瞬く北大熊星の明かりに照らしだされて、頂上までの小さな道が、一筋、白く続いていました
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ジョバンニは、露の降りた小道を、どんどん登って行きました。
道端の草の中には、ぴかぴか青びかりを出す小さな虫もいて、
青く透かし出された葉っぱが、さっきみんなの持って行った烏瓜の灯りのようだと思いました。
その真っ暗な、林の道を越えると、にわかにガランと空がひらけて、
南から北へ渡っている天の川が白々と見え、
また頂の、天気輪(てんきりん)の柱も見わけられたのでした。
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頂上に着くとそこは、夢の中からでも香り出したというように
つりがね草か野菊かの花が、そこら一面に咲き、
鳥が一疋、丘の上を鳴き続けながら、低く飛んで行きました。
ジョバンニは、汗で火照った体を、冷たい草に投出し
じっと天の川を見ながら考えました。
(お母さん倒れてからぼくは、学校の前には新聞配達をして
学校が終わったあとも活版所で仕事をもらってる。
だから、もう誰もぼくと遊ばなくなってしまった…。
それどころか、みんなお父さんのことを悪く言う。
ぼくはもうみんなから離れて、どこまでもどこまでも遠くへ行ってしまいたい。
でもカムパネルラだけは決してぼくをからかったりしない。
もしカムパネルラが、ぼくといっしょに来てくれたら、どんなにいいだろう。
カムパネルラが、本当にぼくの友達になって、決して嘘をつかないなら、
ぼくは命をあげたっていい。)
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遠く、町の方から汽車の音が聞こえました。
その小さな列車の窓は一列に小さく赤く見え、
その中では、みんな、
苹果(リンゴ)を剥いたり、笑ったり、楽しげにしているだろうと思うと、
もう何とも言えず悲しくなって、また眼を空に上げました。
琴星の青い光が、涙でにじみ出し
その光は三つにも四つにもわかれ
蕈(キノコ)のやうに脚が長くなって、ちらちら忙しく瞬いて見えました。
すると、どこか遠くの遠くのもやの中から、チェロのような轟々(ごうごう)とした声が聞こえて来ました。
(光というものは、一つのエネルギーだよ。)
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気付くと、さっきまでの琴星の青い光の足は、三角標の形になって
鋼青(はがね)色の夜空のに、真っすぐに、すきっと立っていたのです。
(変じゃないか。光があんなチョコレートででも組みあげたような三角標になるなんて。)
ジョバンニは思わず誰へともなしにそう叫びました。
(お菓子も三角標も、みんなエネルギーで出来ている。
だから規則さえそうならば、光がお菓子になることもあるのだ。
たゞおまえは、今までそんな規則のとこに居なかっただけだ。
ここらはまるで約束が違うからな。)
すると今度は、どこからともなく不思議な声で、
「銀河ステーション、銀河ステーション」と聞こえました。
おかしなことに、その声は、ジョバンニの知らない国の言葉なのに、
その意味はちゃんとわかるのでした。
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…ふと気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、
ジョバンニの乗っている小さな列車が走り続けていたのでした。
ジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄色の電燈の並んだ車室に、
窓から外を見ながら座っていたのです。
そして、自分のすぐ前の席に、
濡れたようにまっ黒な上着を着た、背の高い子供が、
窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。
にわかにその子が頭を引っ込めて、こっちを見ました。
(あゝ、そうだ。カムパネルラだ。
ぼくはカムパネルラといっしょに旅をしていたのだ。)
ジョバンニが思った時、カムパネルラが言いました。
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「ザネリはね、ずいぶん走ったけれども、追いつかなかった。」
ジョバンニは、
(そうだ、ぼくたちは今、一緒に誘って出掛けたのだ。)と思いながら、
「次の停車場で下りて、ザネリを来るのを待っていようか。」と言いました。
「ザネリ、もう帰ったよ。お父さんが迎えにきたんだ。」
そう言いながら、何故かカムパネルラは、少し顔色が青ざめて、
どこか苦しいというふうでした。
するとジョバンニも、なんだかどこかに、忘れ物をしたような
おかしな気持ちがして黙ってしまいました。
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カムパネルラは、円い板のようになった地図を、
グルグル回しながら、ジッと見ていました。
それは、停車場や三角標や泉や森が、
青や橙(だいだい)や緑の美しい光で散りばめてある天の川全体の地図でした。
ジョバンニは何だかその地図をどこかで見たような気がして。
「この地図はどこで買ったの。黒曜石で出来てるねえ。」
ジョバンニが言いました。
「銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの?」
「あぁ、ぼくは銀河ステーションを通ったのだろうか…
…今、ぼくたちのいるとこって、ここだろう?」
ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指しました。
「そうだよ。
おや?あの河原は月夜だろうか。」
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そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀色の空のすすきが、
もうまるで一面、風にさらさらさらさら、揺れ動いていて、
波を立てているのでした。
「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」
ジョバンニはカンパネルラと一緒なことが急に嬉しくなって、
足をことこと鳴らし、窓から顔を出して、
高く高く星めぐりの口笛を吹きました。
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「ぼくたち、どこまで行くんだったろう。」ジョバンニは
窓の外のすすきを見ながら、カムパネルラに聞きました。
「どこまでも行くんだろう。」カムパネルラはぼんやり答えました。
「この汽車、石炭たいていないねえ。」
ジョバンニが窓から前の方を見ながら言いました。
「きっと、アルコールか電気なんだよ。」
その時、あの懐かしいチェロの静かな声がしました。
「ここの汽車は、スティームや電気で動いていない。
ただ動くように決まっているから動いているのだ。」
「あの声、ぼく何遍もどこかで聞いた。」
「ぼくも、林の中や川で、何遍も聞いた。」
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「…お母さんは、ぼくを許してくださるだろうか…」
いきなり、カムパネルラが、思いつめたように言いました。
「ぼくはお母さんが、本当に幸せになるのなら、どんなことでもする。
けれども、いったいどんなことが、お母さんの一番の幸せなんだろう。」
カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生懸命堪えているようでした。
ジョバンニはビックリして言葉を詰まらせたまま
カンパネルラを見ました。
「誰だって、本当に良いことをしたら、一番幸せなんだ。
だから、お母さんは、ぼくを許して下さると思う。」
カムパネルラは、何か本当に決心しているように見えました。
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「ハルレヤ!ハルレヤ!」
急に前後から声が起り、
振り返って見ると、いつの間に乗って来たのか
車内は大勢の旅人たちで、
みな、前方に見えて来た白鳥座の十字架に祈りを捧げているのでした。
聖書を胸にあてたり、
水晶の珠数(じゅず)をかけたり、
どの人も慎ましく指を組み合せて、一心に祈っているのでした。
思わず二人も真っすぐに立ちあがりました。
カムパネルラの頬(ほほ)は、まるで熟した苹果(りんご)のように
美しく輝いて見えました。
そして十字架が、だんだんうしろの方へ移ってゆくと
旅人たちは静かに席に戻り、
二人も胸いっぱいの悲しみに似た気持ちをいだいたまま
席につきました