早いもので今日で5月も終わりですね
本当は人間が余計な干渉をしない方が良いのでしょうが
シジュウカラの雛がちゃんと生きてるか
ついつい毎日チェックしてしまうのです
動画
雛が大きくなってきてるので頻繁に給餌
凄い勢いで飛び込んで
凄い勢いで飛び出して行きます
今日の雛
昨日より羽の模様(白色部分)がはっきりしてきてます
孵化から巣立ちまで大体17日だそうなので
1日の変化が大きいんですね
今日のオナガ図鑑
窓の外は深い緑で満ち
微風に揺らぐ木の葉で
木漏れ日がチラチラ揺れて
今日は大変気持ち良い
今年はたまたまオナガがうちの前に来てるけど
毎年同じ光景にはならないんですよね
むしろ毎年違う鳥が来る
多分来年はもう
オナガをこんなに沢山観れないでしょう
なので今年は沢山
オナガを撮り溜めておきます
オナガ図鑑
7羽、確認出来ました
昨日より黒っぽい羽毛が増えてます
1日の成長が早いんですね^^
今日のシジュウカラの雛・動画1
動画2
昨日と打って変わって
今日は最高の晴れ日
そして私は仕事お休み
今日はもう楽器を弾かないで体を休めよう
と思ってましたが
昼までたっぷり寝たら多少疲れが取れたので
結局楽器の練習をしてしまってます
この先のお仕事で難曲が控えてるので
長期記憶で出来る限り身体に入れなきゃです
想定外に仲良しになった
シマドジョウとカマツカ
ベランダの巣箱からは親を呼ぶヒナの
チーチーという小さな声が
聞こえるようになってます
親鳥は天敵や同種のオスの縄張り争いなど
多くの危機があるので
ヒナの居場所を知られないよう
安易に巣箱に戻って来れないような感じがします
だからヒナはお腹を空かせて鳴いているようにも感じます
たまにツミの声も聞こえてますし
なかなか親鳥が戻って来ないと
どこかで天敵にやられたのではないかと
心配になります
けっこう巣箱の中から鳴き声が聞こえ続けてるので
今、母親は居ないと思うので
覗いて動画を撮ってみました
動画
先日こっそり撮影した時に
先に孵化したヒナと卵とで8羽居たはずですが
5羽しか見当たらない気がします
まだ孵化してない卵が底の方にあるのか
後から生まれたヒナが小さくて
底の方に埋もれてるのか
上手く孵化出来なかった卵があったのか
孵化した後に亡くなってしまったのか
いろいろ想像しますが
結局は判ろうはずもないですね
昨年は猛禽類のツミがこの団地に住み着いたのを
喜んで撮影してましたが
巣箱に入ったシジュウカラの天敵だったと知ってからは
もう住み着かないででほしいなどと
勝手なことを思うわけです
人間は勝手ですね
巣箱に入ってくれたことで
愛しい気持ちを感じさせてもらってますが
情が湧いてしまった分
ハラハラと胸が痛むことも
合わせ鏡のように背負ってしまいました
なんにせよ無事巣立って欲しいと
ただ願うばかりです
少し目が開き始めてて
羽毛が生え揃ってないので
耳もはっきり見えます
近くのケヤキの大木に
オナガが営巣を始めたようで
巣材をせっせと集めてます
昨年はうちの棟の方には来なかったけど
昨年の営巣場所はツミに覚えられてしまったので
今年は場所変えしたのかな
オナガが近くに来ると捕食しにツミも来るし
オナガの卵を狙いにカラスも来るので
今はやっぱりシジュウカラが心配になっちゃいます
動画
正面からだとまるでペンギン
今日はギターの先生の日
出かける時にちょうど雨
その雨に濡れた子供のカラスが
負傷して植え込みの中に居ました
可哀想に
上手く成長出来ると良いのですが...
今の時期、自然界は繁殖期で
同種同士もテリトリー争いしてるみたいで
幼鳥に与える餌の虫を咥えてきたメスのシジュウカラが
うちのベランダの手すりにとまったところを
ツガイではないらしいオスが交尾しようとして
後ろからそのメスに乗っかったりするんですよ
生物はどうして(自分もも含めてですが)
こんなえげつない進化を遂げたのでしょうね
油断したらやられるのがこの世界なら
どうしたって戦争もなくならないでしょう
だって誰でも
自分に与えられた命が愛おしいですから
関わりやタイミングが掛け違ってしまったら
どうしたって自まず分の命を
最優先にしてしまう
怖れは不調和を生み
不調和はマイナス感情になり
マイナス感情が争いになる
日常の私の周りも
そんな小競り合いばかり目に入ります
(それらを私は笑って俯瞰するよう努力してますが)
でも
そんな不調和も
音楽は調和に向かわせてしまう力がある
ギターの先生の日
私が老弱男女の生徒さんたちに
ギターを通じて伝えたいことは
詰まるところ
「調和しましょう」
っていうことに尽きるのだと思います
。。。
スタジオに到着
空き時間に自分練習
私は幸せ者だと思うんですよ
ギターの先生という立場を通して
ローコードの「G」の6弦に
まだ指が届かないような小さなお子さんから
80歳超えのご年配の方までさまざまな方々と
ギターとか音楽というツールを介して
コミニュケートを取ることが出来る境遇にあるわけです
音楽は自然界に存在する全てを
調和に導く力がありますから
極論
私はギターレッスンを通じて
「調和」を教えてることになるのです
調和を教える場には当然
調和が生まれます
私のレッスンの場は
調和の中にある
だから幸せ者だと思うわけです
今日は
演奏疲労による酷い肩凝りの私の肩を
80歳過ぎの生徒さんが
肩揉みをしてくださいまして
申し訳ないので
早々に「もう大丈夫ですから、ありがとうございました」
と言ったのですが
こんな有難い時間があるかな
って思いました
まだ自立心が整ってない小さなお子さんとのレッスンは
まるで遊んでいるよう
だけど
遊びの中に生きる知恵を学ぶポイントが沢山隠れてるし
お子さん自身が既に知恵を持っている
その使い方の手助けを私はするだけ
思春期のお子さんとのレッスン時間は
私自身の思春期が
大人を信用しないような屈折が強かったものですから
大人の都合だとか
常識だとかモラルだとか
そんな上辺の正論を振り翳して
思春期の青年の心を裏切らないようにしたい
思春期であまり笑わなくなってる青年が
レッスン時間内にフッと笑顔になると
私は嬉しい
まぁ
今日は
そんな
嬉しい1日だった
ってことです
先日の豊橋公演までは
そこでの選曲を最優先して練習してきたので
他のレパがだいぶ体から抜けてしまってます
豊橋終演後
十分に休息が取れてないので
レパを体に入れ直すのに少しガソリンが足りませんが
数日前から仕込みをして
何とか十数曲は思い出しました
豊橋の選曲と合わせれば二十数曲になるので
3時間弱の演奏時間にも
何とか耐え得るでしょう
今日は大変心地良い気候の中
生BGM
開け放ったカフェの中をきっと
心地よい風が通り抜けてるはず
外の眩しい光に目を細めながらのんびり弾こう
出かける時間が来て
カーテンを閉めようと窓辺に行くと
シジュウカラが声もなく手摺に留まってました
餌を咥えて給餌に戻ってきたところなんでしょう
人間に驚いて飛び去ってしまうかと思いましたが
予想に反して全然逃げない
レースのカーテンを閉めても逃げないし
思い立って、逃げない姿を写真に撮ろうかと
もう一度レースカーテンを開けたけどそれでも逃げないんです
巣作り途中の時期に人間が巣箱を覗いたりとかしてると
巣箱を捨てて居なくなってしまうことがあるそうですが
孵化したら親鳥はもう腹が座って
たとえ巣箱に中に居るところを人間に覗かれて
目が合っても逃げないそうなので
孵化したヒナが餌を待ってる今の時期
このオスももう腹が座ってるのかもしれません
運んでくる餌が
数日前までは小さい芋虫だったのが
昨日あたりから少し大きな物になってきました
ヒナの体が育ってるということだと思うのです
人間と目が合っても逃げないなんて
演奏の前に良い光景に遭遇したな
到着
12時ちょっと過ぎから15時まで
ずっと弾いてます
今日は賑やか
それらの風景を眺めながら
平和な気分でのんびり弾こうと思ってましたが
やはり独奏のコントロールはそんなに甘いものではなく
体に戻りきれてないレパたちの演奏に
少しでも油断するとミスするので
指板をガン見しながら
音に激集中しながら
外の風景など見る余裕もなく
ただただ弾きました
それでも今日はずいぶんミスった曲もありましたが
体に入ってる曲はずいぶん上手だった場面もあるよ^^
15時過ぎて演奏が終わると
素敵なプレゼント
画家のおじさまが描いてくださってました
今日も頑張って弾きました
演奏する場がある時は
その時々やれるだけのことをやって
80歳くらいになった時
今の1.5〜2倍くらいの演奏スキルに成長してることが
私の演奏家としての今抱いてる目標なんですよ
そんで90歳になったら
宙に浮きながら弾けるようになり
100になったら
楽器に触れなくても音楽が奔り出る
人間だか妖怪だか訳のわからない存在になって
それで満足して寿命を終える
^^
ということで
今日も耳を傾けてくださった皆様
ありがとうございました
朝起きて
出かけるまで少し
今日のmosottoの練習してるんですけど
もしかして
聴いてる?
。。。
出発
リハ
開演
↓
爆笑
↓
終演
↓
帰宅
今日もダラダラ配信にお付き合いくださって
ありがとうございました
^^
一応
次回は6/19(日)
19時から
またきっと少し手前から音声だけ流すと思います
今朝は明るい日差し
ちょうど気持ち良い風が木の葉を揺らし
木漏れ日がチロチロ揺れてます
水遣りのためにベランダに出る
給餌するシジュウカラが出入りするだろうからと
極力気配を消して
静かに水遣りをしていると
近くの木で警戒音を出さずにメスを呼ぶ優しいオスの声
やったぁ
今の私は野鳥から警戒されてないようだ
虫なんかも
こちらの殺気を消して指先を近づけると
逃げなかったりする
鳥も警戒しない今の私はきっと
風にそよぐ木々のような存在なのだ
自然が私をこういう感じで受け入れてくれる時が
一番嬉しい
鎮まった心なのにウキウキし
華やかで満ち足りた気分になるのだ
今日のmosottoもこんな気分なら上手くいきそう
いや
上手くいかないわけがない
いやぁ嬉しい嬉しい
鳥も私を怖がらない
私は風にそよぐ木だもんね
なんて心の中で調子に乗って水遣りをのんびり続けていると
しまいにメスの方から警戒音を浴びせられました
お前がそこにいると
いつまでも給餌が出来ないじゃないか
ということなんでしょう
はいはい
すみませんでした
己が風にそよぐ木だと思えたのも束の間
そそくさと屋内に退散したのでした
シジュウカラのメスが
虫を咥えて巣箱に入って
そしてすぐに出ていきました
ということは?
オスは抱卵しないのだから
メスが抱卵せずに給餌をして
すぐに出ていったということは
ということは...
もしかして
孵化してるってこと?
メスが出ていった今なら
戻ってくる前に
巣箱の蓋をそっと開けて
中を撮影しちゃえるかも
急いで脚立をベランダに出して
そっと巣箱に近づくと
中でゴソゴソと小さな音と
小さな鳴き声
これは!
と
急いで蓋を少し持ち上げ
隙間からスマホで撮影
孵化してました
^^
3羽
そしてまだ孵化してない卵が5個
全部で8個産んだんですね
まだ目が開いてないのでしょう
スマホを親の給餌だと思って
1羽が口を開けてますね
最近まで猛禽類のツミが近くに住みついてたんです
シジュウカラはツミの獲物なので心配してましたが
ちゃんと生き残って産卵してたんですね
良かった
早速オスが小さな緑色の芋虫を運んできました
しばらくベランダ手摺の上で周りの様子を伺ってます
今日は雨なので
葉っぱの中の虫を探すのに
頭の羽毛が濡れちゃうんですね
お父さん頑張ってます
父親の自覚の表情
お父さん
巣箱を見上げて
飛び上がり巣箱に入っていきました
給餌してはすぐに飛び立ち
間も無く今度は赤い虫を運んできました
忙しい
巣箱を見上げて飛び上がり
ヒナに与えて
すぐにまた餌探しに出かけます
これから親鳥は給餌と抱卵で忙しくなりますね
。。。
正面の地面にオナガ
飛び立つオナガ動画
仕事前の支度も済ませて
ベランダの花に水やりをしていると
シジュウカラのオスが何処かから戻ってきて
目の前のコナラお枝に留まって
ジュクジュクという警戒音を発するわけ
ナワバリの主張と
巣箱の中で放卵してるメスにも
危険を知らせてるんでしょうね
今出てきちゃだめだよ
みたいな
小さい生き物が健気に生きている姿に心を動かされつつ
私は
はいはい今すぐに家の中に入りますからね
と
そそくさと退散するわけです
今朝の空気は凄い爽やか
近くの木で芋虫を咥えたシジュウカラのオスが呼んで
巣箱からメスが出かけていきました
まだ孵化してなくて
オスは抱卵中のメスに餌を運んで来たけど
メスも抱卵を休んで一緒に食事に出かけたのだと思う
この5月は寒い日が多かったから
産卵とか孵化とかが遅れたのかな
とか想像してるんです
今日は27度まで上がるようなので
卵も育つだろうな
。。。
18時
シジュウカラのオスが餌を咥えて来て
メスを呼んでますが
巣箱の中からメスの返事がありません
どうしたのでしょうね
オスはだんだん不安になってきたのか
呼ぶ声がだんだん小さくなって
しまいには消え入りそうなか細い声になってしまいました
メスはどうしたんだろう
巣箱の中で寝ているのか
それともオスの給餌が遅くて
空腹に耐えられず1羽で食事に出てしまったか
まさか...猛禽類に襲われたりしてないよね
【動画】
朝起きてカーテンを開けると
目の前の低木にオナガ
何食べてるのかな?
しばらく1羽で静かに小枝の間を
ちょんちょん飛びまわってましたが
そのうち飛び立ちました
今日は晴れて気温も涼しく
湿度の低い心地良い微風が流れてます
近くの木でオナガの声
さっき見たのかな
そして近くの木からシジュウカラのオスが
巣箱の中のメスを優しく呼んでる声がしてます
。。。
20時半
mosottoの練習中
歌声喫茶は今日でもう33回目になりました
歌っても良いし
歌わずに聴いてても良いし
大きな声でも良いし
小さな声でも良い
例えば誰かが曲にまつわる思い出を語る時
それを聞いて同調するのも良いし
周波数が違うならスルーしても良い
ただ人それぞれが
それぞれにとっての音楽というものにまつわる
思い出などをお持ちだということを知るだけでも
生き物としての共有感を感じることができる
それだけでも孤独の渇きは癒される
私にとって音楽は
人生の羅針盤であり杖であるが
さらに
誰かと自分を繋ぐ
電波塔のようなものでもある
有線ではないので目視できないが
周波数が合えば必ず相手の思いが伝わる
周波数が合わなければ
同調はしないが
そこに違う周波数が飛んでいることはわかるから
大きな意味では
共有が在る
何故なら人は
誰かと繋がるために必ず電波を飛ばしているから
貴方が電波を飛ばしてること
感じて受け取ってますよ
と
私や誰かが電波で応えた時
応えたメッセージがまた
その相手に届き返される時と
届かない時がある
そこに電波は存在していても
届かなければ
その人にとっては存在しないことと同じ
だから枯れてゆく
たっぷりの潤いや光を受け取りながら
小さな花をたくさん咲かせたり
潤いと光が届かず
静かに萎んでいったり
次々にさまざまなドラマが生まれる
そこには喜びも痛みも両方が混在し
それらは生まれては消えることを
ずっと繰り返している
33回目となった歌声喫茶という広い宇宙の中
そんなような風景が
私には観えます
電波を放つ幾つもの小惑星たちが
真理という太陽の周りを
ぐるぐると回っている
ただ
回っているんです...