星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

夕凪(6)

2006-11-01 02:57:53 | 夕凪
バスを降りバイト先であるコンビニまで歩く。今日は天気がよかった。水色の空に、薄い雲がところどころに散らばっていた。風は少し冷たいが日差しがあるので、歩くと少し暑いくらいだった。この天候の良さに比べて、私の体は、まるで鉄の重りがぶら下がっているように重く感じられた。絶えず頭がぼんやりとして、だるい。このまま生理が来なかったら、今度は吐き気が始まるのだろうか、と頭の隅で思った。このだるさは生理前のだるさなのか、それとも別の原因のものなのだろうか。そんなことばかり考えていると、自分の体の感覚が信じられるような信じられないような、もっと大袈裟に言うと自分が信じられないような気がした。自分の体の中で、何かが起こっているのかもしれないと、そのことに対する恐怖心もあった。だが、これから起こりうる体の変化より先に、このことを俊に話さなくてはいけない、そう思ってもいた。明日は俊と会う約束になっている。その時話したほうがいいだろうか。彼はどういう反応を示すのだろうか。恐らく、否定的な反応だろうと思った。もしくは、決定的な事実が確認出来るまでは、楽観的に、いい方に考えようと言うだろう。まだそうと決まったわけじゃないのだから、気にするなと、そういう答えが返って来る様な気がした。俊は私に対して優しいことは間違いないが、時に優柔不断なところがあった。何かを選択したり決定しなくてはならないとき、いつも私の意見を優先させた。優先させると言ったら聞こえはいいが、いつも私に決断させるのだった。そういう時、私はどこか物足りなさを感じていた。私は物事を悪い方悪い方に考える、何事につけても最悪な場面を想定しがちだった。まだ起こってもないことを、あれこれ想像し、その予想に落胆し慄き、そして失望した。何事にも、期待というものを抱かなくなっていた。それは、期待を裏切られた時、自分を防御するためかもしれなかった。期待を裏切られるくらいなら、最初から期待しないほうがましだと、そういう諦念のような考えが物心ついた頃から根付いていた。そう言う風に、小さい頃から生きてきた。そんな私が、俊のように深く考えずに楽観的なものごとの見方をしているのを見ると、何か不安のような、またその反面羨ましさのようなものを感じずにはいられなかった。そして大抵の場合は、俊の考えているように物事は進行していくのだった。私の杞憂は、いつも徒労に終った。そんな私を見て、お前は考えすぎだよと、俊は口癖のように言った。

 今日はパートの50代のおばさんと二人で仕事についた。この人は悪い人ではないのだが、話し好きなのが参ってしまう。自分の娘さんが私より少し年下とあって、私を娘の友達か何かのような感覚で扱った。今日も少し客足が途絶えると、しきりに話をしてくるのだった。今も散々娘の話をしている。愚痴のように聞こえるが、実は自慢なのだろうかといつも思うのだった。
「一緒に暮らしてるくせに結婚する気はないのよねえ。今の若い子ってそうなのかしらねえ。同じじゃないのかしらね、一緒に住むのと世帯持つのって。」
「そうですねえ。」
 私は適当に相槌を打つ。
「どうなの?玲ちゃんは、彼氏と一緒に住もうとか、思わない?」
パートさんは、時々ここまで迎えにくる、俊の存在を知っていた。
「いえ、父がうるさいですからね。家出るなんて言ったら、殺されちゃいますよ。」
 冗談でなく、父は本当にそうしかねない人だった。
「ああ、でもそうねえ。お父さん男手ひとつで育てた娘を、よその男にやりたくはないわよねえ。まして同棲なんか、させたくないわねえ。」
 私に母親がないのも、会話の端々で何となく知っているようだった。しかし、私が父子家庭だと知ると、大体の人が、まるでそれがキーワードのように、男手ひとつで育てた、と言うのだった。そしてそれが当たり前のように、男手ひとつで育てた娘イコール溺愛、というイメージに、なっているらしかった。
「私は家を出たいんですけどね。」
 ぽつりと本音を言ってしまった。
「あらでも、お父さんそれじゃ寂しいわよー。おうちのことだって、男ひとりでは中々ねえ。」
 ここでもお決まりの言葉が出る。お父さん寂しいわよと。実際のところ父は寂しくなんか無いと思った。娘がいなくても、勝手に自分の人生を生きる人だと思っていた。若いときから、父はそういう風に生きてきて、それを当然と考えていた。家族より自分の会社や会社の付き合いや、自分のやりたいことを優先している人なのだ。父が私を必要としているのは、それは家事をやる人間が家に必要だからなのではないかと思っていた。それから、保守的な考えの人なので、結婚せず家を出るのは論外だと思っているようだった。勿論、娘なのだから、そこに少しの愛情もあるとは思うが、それは世間で抱いている大切な一人娘とその父、というイメージとは、程遠いのではないかと思った。
「まあでもねえ、うちの娘なんて勝手に家を出て男と暮らしているけれど、都合のいい時ばっかり頼ってくるしねえ。いつまでも子供なんだから仕方がないわよねえ。」
 パートさんは、口では仕方ないわよねえ、と言いながら、それを楽しいことのように話した。実際苦でも何でもないのだろうと思った。この人から娘さんの話を聞くと、私はいつも自分に母親の存在がないことを、思い知らされた。年頃の娘さんとパートさんの、無防備に交わされる会話の内容を聞いていると、自分の味わったことのない、母と娘の関係というものを想像してしまうのだった。口調とは裏腹に、そこには他人の入ることのできない、深い愛情を感じずにはいられないかった。そして、例えば父とは絶対話さないような会話を、年頃の娘さんとパートさんは、ごく普通の会話として日頃話しているというのが驚きだった。そしてそんな存在を、やはり羨ましいと思った。父親だって親に間違いはないのだが、父と私の間には、パートさんと娘さんの間のような、何と言ったらいいか、同盟関係のような関係は結ばれていないような気がした。同じ親子、という間柄でも、女同士とそうでないのとは、決定的に何か違うような感じがした。若しくは、母親というのが、その子供にとって何か特別な存在であるのかもしれなかった。だがそれは、私には終生分からないであろう感覚なのだと思った。

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2 コメント

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会話もばっちり。 (だっくす史人)
2007-12-06 00:00:57
地の文による心理描写だけではなく、会話の部分もばっちりですね。
なんだか、私のすぐ隣にいる人のことが書かれているみたいで、妙な感じです。
女性から観た男性像。女性と父親。女性と母親。
この辺の書きわけと、心の揺らぎがいいです。
また、明日が楽しみです。
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ありがとうございます (sa0104b)
2007-12-06 02:08:54
だっくすさん、お忙しい中、いつも読んでいただきありがとうございます。
女同士の会話はいいのですが、男女の会話の描写が苦手です・・・
あ~、こういう時、文章を書くのは経験ってやはり大事と思います・・・
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