私がカクテルを何杯かと、健一さんがビールを何本か飲んだ頃、私は随分と久しぶりに自分がくつろいで陽気な気分でいることに気がついた。たったこれくらい飲んだくらいで、酔っ払うほどでもないのに。
「私、本当を言うと、あの時、健一さんに駅まで送って頂いて車を降りたとき、 どうしてアドレスを聞いておかなかったんだろうって、すごく後悔したんです。」
言いながら、それほど自分では酔っていないと思っていたけれど、口は軽くなっているなあと感じた。
「僕もそう思った。」
健一さんは穏やかな顔でそう言った。私は少し、意地悪な質問をしたくなってしまった。
「もしかしたら、わざわざこの日を狙ったのですか?クリスマスイブなら、誘いに乗るかなあと。」
「いや。特にそんなつもりはなかったのだけれど。香織さんから電話が架かってくるなんて、正直思わなかったから。それにもっと早く何か送ろうと思っていたけれど、ちょっと忙しかったので、クリスマスの物なのに、ぎりぎりになってしまって。」
私はそんなことはどうでもいいのかもしれないと思った。どんな経過であれ、今日こうして楽しい時間を持てたのは私にとってはよいことだったのだから。
「女の人って、どうなのかな。仕事で忙しいとか、そういうことって理由にならないんだよね。」
「え?」
それから健一さんは、長い話を始めた。もっと若いときに付き合っていた人が、自分が長期に海外出張して放ったらかしにしていたら、ノイローゼのようになってしまって自殺未遂をしたこと。私と仕事のどっちが大事なの、とヒステリックに詰め寄られたこと。
「僕は、女の人の心理っていまいちよく分からないのだけれど、彼女は僕が彼女か仕事のどちらかを取るのってことは、他に選択肢がないことのように思っていたみたいなんだ。僕は今より若くて、正直その頃は仕事のほうが大事だと思っていた。彼女のことは好きだったし、それなりに大事にしていたつもりだったけれど、仕事は仕事、恋愛は恋愛で、どちらかを選択する、なんて意識はまったくなかった。どちらも別のこととして存在しているものと思っていた。でも、彼女は、多分恋愛がすべてだったんではないかなあと思うんだ。」
話を聞きながら、それはまるで少し前の自分に言われているように思えた。
「ああ。でも彼女の気持ちは、分かるかもしれないです。」
私のからっぽのグラスを見て、「おかわりは?」と健一さんは尋ねた。
「私も健一さんと同じやつ飲んでみたいな。」
先ほどから健一さんの飲んでいる、テキーラのグラスを店員さんがボン、と叩く飲み物がとても気になっていた。
「大丈夫なのかな?」
「大丈夫。」
万が一泥酔したら、タクシーでここから帰ろう、と頭の隅で思った。
「恋愛に対する依存度が、女のほうが高いのかもしれませんね。」
お酒を飲んでいるせいか、私はいつもよりずっと饒舌だった。
「そうみたいだね。」
「頭では分かっているの。仕事で忙しいんだろうなあ、とか。仕事と私どちらが大事なんて、そんなことは馬鹿げていると。それに仕事に燃えている男の人って、素敵だと思うわ。多分恋愛にうつつを抜かしている腑抜けた男よりも、仕事に一生懸命な男の人のほうが格好いいと思う。でも、そう分かっているんだけれども、恋愛をしているときの精神構造って、そうじゃないのよね。何を差し置いても、その人と会うことしか考えていないっていうか。まず第一番に、何よりも先にその人のことを考えている。常に。毎日普通に生活しているし、仕事もちゃんとしているし、家族ともコミュニケーションきちんととっているし、友達とも付き合うし、でも、それでも意識のいちばん最初には、好きな男の人のこと、考えている。」
私は話しながら、なんで健一さんにこんなことべらべら喋っているのだろうと、半ば客観的にそう思った。健一さんはそんな私を見て、やはりニコニコと微笑んでいた。
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「私、本当を言うと、あの時、健一さんに駅まで送って頂いて車を降りたとき、 どうしてアドレスを聞いておかなかったんだろうって、すごく後悔したんです。」
言いながら、それほど自分では酔っていないと思っていたけれど、口は軽くなっているなあと感じた。
「僕もそう思った。」
健一さんは穏やかな顔でそう言った。私は少し、意地悪な質問をしたくなってしまった。
「もしかしたら、わざわざこの日を狙ったのですか?クリスマスイブなら、誘いに乗るかなあと。」
「いや。特にそんなつもりはなかったのだけれど。香織さんから電話が架かってくるなんて、正直思わなかったから。それにもっと早く何か送ろうと思っていたけれど、ちょっと忙しかったので、クリスマスの物なのに、ぎりぎりになってしまって。」
私はそんなことはどうでもいいのかもしれないと思った。どんな経過であれ、今日こうして楽しい時間を持てたのは私にとってはよいことだったのだから。
「女の人って、どうなのかな。仕事で忙しいとか、そういうことって理由にならないんだよね。」
「え?」
それから健一さんは、長い話を始めた。もっと若いときに付き合っていた人が、自分が長期に海外出張して放ったらかしにしていたら、ノイローゼのようになってしまって自殺未遂をしたこと。私と仕事のどっちが大事なの、とヒステリックに詰め寄られたこと。
「僕は、女の人の心理っていまいちよく分からないのだけれど、彼女は僕が彼女か仕事のどちらかを取るのってことは、他に選択肢がないことのように思っていたみたいなんだ。僕は今より若くて、正直その頃は仕事のほうが大事だと思っていた。彼女のことは好きだったし、それなりに大事にしていたつもりだったけれど、仕事は仕事、恋愛は恋愛で、どちらかを選択する、なんて意識はまったくなかった。どちらも別のこととして存在しているものと思っていた。でも、彼女は、多分恋愛がすべてだったんではないかなあと思うんだ。」
話を聞きながら、それはまるで少し前の自分に言われているように思えた。
「ああ。でも彼女の気持ちは、分かるかもしれないです。」
私のからっぽのグラスを見て、「おかわりは?」と健一さんは尋ねた。
「私も健一さんと同じやつ飲んでみたいな。」
先ほどから健一さんの飲んでいる、テキーラのグラスを店員さんがボン、と叩く飲み物がとても気になっていた。
「大丈夫なのかな?」
「大丈夫。」
万が一泥酔したら、タクシーでここから帰ろう、と頭の隅で思った。
「恋愛に対する依存度が、女のほうが高いのかもしれませんね。」
お酒を飲んでいるせいか、私はいつもよりずっと饒舌だった。
「そうみたいだね。」
「頭では分かっているの。仕事で忙しいんだろうなあ、とか。仕事と私どちらが大事なんて、そんなことは馬鹿げていると。それに仕事に燃えている男の人って、素敵だと思うわ。多分恋愛にうつつを抜かしている腑抜けた男よりも、仕事に一生懸命な男の人のほうが格好いいと思う。でも、そう分かっているんだけれども、恋愛をしているときの精神構造って、そうじゃないのよね。何を差し置いても、その人と会うことしか考えていないっていうか。まず第一番に、何よりも先にその人のことを考えている。常に。毎日普通に生活しているし、仕事もちゃんとしているし、家族ともコミュニケーションきちんととっているし、友達とも付き合うし、でも、それでも意識のいちばん最初には、好きな男の人のこと、考えている。」
私は話しながら、なんで健一さんにこんなことべらべら喋っているのだろうと、半ば客観的にそう思った。健一さんはそんな私を見て、やはりニコニコと微笑んでいた。
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