星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

眠り男(8)

2019-02-03 13:25:09 | 眠り男
 「ごちそうさま。」
 夕食が終わり食器を片付けようと席を立とうとすると妻がちらとこちらを見て言った。
「ねえ、変なこと聞いていい?」
僕は少々どきっとしながらも平静を装って「なに?」と答えた。
「あなた、浮気してる?」

僕は妻の顔をまじまじと見た。最近の僕の体重増加のことや、陰で大量に食べ物を食べているのを疑っているとは思っていたし、そのことで健康を害するからとまた小言を言われるのだろうと覚悟していたが、浮気を疑われるとは夢にも思わなかった。
「いや、浮気なんてしてないし、なんでそんなこと聞かれるのかとちょっと驚いてる。」
僕は正直に言った。
「じゃあなんで最近朝一緒に家を出ないで私を避けるの?」
ああ、そのことか。僕はこの辺を正直に言ったものかどうか考えたが、つい先日もう朝の寄り道と朝食を二度食べることを止めなくてはと決意したばかりだったので、これは言わなくていいものだと判断した。

「電車が混むのが嫌なんだよ。少しでも早い時間に行けばちょっとは空いてるし。」
苦し紛れの言い訳だった。10分やそこら早く出たからと言って、さほど空いている訳でもない。
「私を避けてるんじゃなくて?私と一緒にいるのが嫌なの?なんかちょっと待ってくれれば一緒に出れるのにさっと行っちゃうし、夜だって一緒にジョギングしようと思って帰ってくると何だかんだと嫌がってしないし。」

僕は妻がどんどん太る僕に小言を言うためにこんなことを言いだしたのかと疑ったが、この口調からはそういった風でもなく、本当に僕に避けられているのを不安に思っているのを感じ取ることができた。僕は逆に痩せた以前の自分からこんなに太ってしまったことにいつか愛想をつかされるんじゃないかと思うこともあったので妻に逆にそう思われているのが意外だった。
「こんなに太ってしまってモテるわけないよ。」
ちょっと自虐的だが本当にそう思って言った。こんな風貌じゃ浮気なんて出来る訳がない。まあする気もさらさらないのであるが。僕が妻の顔を見ながら情けない顔でほほ笑むと妻は大真面目な顔で続けて言った。

「会社の上司で不倫してるって噂の人がいて、こう言っちゃ何だけどまるで格好良くないのよ。年も50過ぎてるし背も低くて特に格好言い訳でもない。お金持ちという訳でも無いし普通に奥さんと子供二人いるおじさんよ。でも噂だと隣の係の若い子と不倫しているらしいのよ。」
妻は僕の浮気否定をそのまま信用したのか、深刻な問い詰めるムードではなくなりシンクに食器を下げながら話した。
「まあ、そんな話は良くあるよ。なんであんなのとって言うのはさ。僕の会社でもちらほらそういうことはあるらしい。」
僕も何故か少々後ろめたい気分になりながら、食後の片付けを手伝おうとテーブルを拭きながら答えた。

「あなた結構私が言うのも何だけど優しいじゃない?見た目は最近あれだけど。だから割と若い子でほんわかした子から好かれたりするんじゃない?」
妻はちょっとおどけながら言った。いつもの妻の口調だった。しかし僕の係はデスクの前に女子社員がいるが彼女は意識高い系で僕なんかには目もくれないだろう。多分彼氏がいそうだし。その他には関わりのある女子社員なんていなかった。外回りに出て取引先の女性と関わることもあるが、取引先の女性とそういった関係になるなんてどう考えてもあり得ない。
「いや無いな。だって対象者がいない。」
僕は本音を言った。
「そう。」
妻は洗い物をしている手をエプロンで拭いてから僕の首に抱き付いてきた。
「そうならいいけど。」
彼女のいつもの癖で僕の首のあたりのにおいをくんくん嗅いでくる。
「あなたのことが好きだから心配するのよ。浮気も、体のこともね。」
そう言って僕の腰回りに腕を回して「あら」と一言言った。
「だいぶやっぱり太ったわね。」
僕は浮気疑惑が晴れたことよりもウエストあたりの脂肪を指摘されたほうが後ろめたくなり、それを隠すかのように妻をぎゅっと抱きしめて言った。
「こんなんじゃこっちが浮気されちゃうな。」
妻の体は相変わらず余計な脂肪は無く、今までどおりの肉付きだった。それはまあそうだろう。こんな短期間で僕のように太るほうがおかしいのだろう。
やはりカフェへの寄り道はもう止めよう、と心の中で再度決心した。



 

コメント
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