星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

今年は・・・

2007-12-31 22:50:40 | ごあいさつ・おしらせ
今年こちらを訪れていただいたすべての方、私の拙い文章を読んでいただき、ありがとうございました。

このブログを作ってからもう二回目の年の暮れです。この一年でアップした作品は本当に少ないものでしたが、文章を作ることの難しさを、分かってはいるのですが改めて痛感した一年でした。

また自分の書いた何かが誰かに読まれ、そして感想をいただけるという幸せな思いもさせていただきました。

感謝いたしております。

相変わらずのペースの更新ですが、また来年もどうぞよろしくお願い致します。

皆様良いお年をお迎えください。

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天使が通りすぎた(14)

2007-12-29 03:17:59 | 天使が通り過ぎた
 暗くなりかけた道をやや早足で歩いてホテルまで戻ってくる。秋の日暮れは早く、辺りが暗くなり気温も下がってくると、実際はそれほどでもないのに相当遅い時間のような気がしてきた。

 フロントに寄って鍵を受け取る。近代的なホテルではないので部屋のロックはカードではなかった。チェックインのピークの時間はもう過ぎているようでロビーに人はほとんどいなかったが、フロントデスクでゲストカードを記入している人が一人だけいた。スーツを着た男性だったのでビジネスかなと一瞬思う。こんな場所にビジネスで泊まる人がいるのだろうか、と思いながらちらとその男性を見ると、スーツは黒いフォーマルで白いネクタイをしていた。大きい紙袋が足元に置いてありそこから一厘の花が見えている。結婚式にでも出席したのだろうか。こんなところで、と思ったが近くに披露宴をやるようなホテルか旅館もあるのかもしれない。

 自分の部屋に戻ると、窓からはもう光は差し込んでおらず部屋は寒々しく感じた。暖房のスイッチを入れる。ちょっとその辺を散歩しただけなのに、軽い疲労感を感じた。お風呂に入ろうかと思ったが夕飯を食べるために食堂に下りていかなければならない。連れがいるのならともかく、ひとりで夕食を食べるのに浴衣と素顔で行くのは気が進まなかった。
時間的にももうあまり余裕がない。結局そのままの格好で食事に行き帰って来てからお風呂に行こうと決めた。

 夕飯は綺麗に配膳がされた女性好みの繊細な和食だった。山の中の土地らしく山菜や秋の野菜をふんだんに使った、あっさりとした味の料理が並んだ。見た目も美しく少しずつ様々な種類のものが芸術的にお皿に載っていた。朝からろくなものを食べていなかった私は、相手がなく一人だということもあってひたすら食べることに熱中していた。ホテルのサービスでお酒がついてきたので、少しそれも飲んだ。

 最初にテーブルに並んでいるものを食べ次の料理を待っている間、同じ座敷にいる他の宿泊客が嫌でも目に入った。夫婦と思われる男女と若いカップルが数組、小さい子供や赤ちゃんが一緒の家族連れが二組くらいと親子なのか若夫婦にその親夫婦なのか分からないが大人の家族連れが一組いた。一人でいるのはおそらく私だけに違いなかった。若いカップルにどうしても視線が行ってしまう。彼らは揃いのホテルの浴衣を着て崩して座っていた。おそらくお酒が入っているのだろう。何かを話しては女の子のほうがにこにこと顔を崩して笑っていた。新しい料理が運ばれてくると女の子がデジカメで写真を撮った。そのついでに自分たち自身にカメラを向け、くっついて写真を撮っていた。彼女らを見ながら、料理を待っている間なんとなく間が持たないので必要以上にお酒を飲んでしまった。私と通彦もああいう風に端から見えたのだろうか。少し酔いが回って気分が緩んでくると、自分が一人でいることがどうでもいいことのように思ってしまった。仕事帰りに一人でも酒を飲んで帰るサラリーマンを、そんなにまでしてお酒が飲みたいのかと日頃思っていたが、もしかしたらあの人達はお酒を飲むことでそうしたことを紛らわせ、さらにどうでも良くなってしまうのかもしれない、とほんの少し同情できるような気がした。

 出されたものを食べ終わると、特に長居もせず早々に部屋に帰った。一人でいるときは一人だけの場所が落ち着く、そう実感した一日だった。体感的に寒いと言うわけではなかったが、気分的に寒いという感じがして早くお風呂に入りたかった。

 大浴場は数人の人がいるだけでがらんとしていた。あらかじめ部屋で化粧を落とし浴衣に着替えてきたので素早く髪と体を洗い湯船に浸かった。今日一日の緊張がここで一気にほぐれたかのように、体が緩んでいくのがよく分かった。少し温まると外の露天へ向かった。そちらは誰もいなく、ひとりいた客は丁度出て行ったので私一人だけとなった。

 露天風呂の淵に寄りかかり足を伸ばして入った。真っ暗な外の景色は何も見えなかった。床に置かれたランプも控えめな光で薄暗かった。だが却ってその暗さが落ち着いて長く風呂に浸かれるような配慮なのかもと感じた。ふと思い立って首を思い切り伸ばし空を見上げた。星が見えた。満天の星、とか降るような星、というほどではなかったが、明らかに自分の住んでいる地域から見る星空よりは遥かに沢山の星が見えた。たったそれだけのことなのに、私はここに来て良かったと思った。そして飽きずに星空を見た。首が少し痛くなったので深くお湯に浸かった。体がじわじわと温まってくるのを感じた。

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夜の海

2007-12-27 00:01:04 | つぶやき
窓から見える景色は、冬の、今にも日が落ちそうな寒空の夕暮れ。

あっという間に夜になった。

どんどん走って、夜の、真っ暗い海が見えた。

真ん丸い月が、黒い海の上に浮かび、その下に月明かりが反射していた。

あんなに綺麗な海の上の月を、見たことがなかった。

今日はイブでもあり、そして満月の夜だった。



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天使が通り過ぎた(13)

2007-12-25 18:11:10 | 天使が通り過ぎた
 結局、ひとりでいる長い時間を有意義に過ごせそうもなかった私は、ちょっと付近を散策しようと思い立った。いつもの私なら一人でいるのが苦にならない。静かな空間も好きだし、喧騒の中にいるよりは静まり返った場所にいるほうが好きだ。色々な音が混じると落ち着かない。だが今日は何をするにも集中力に欠けていた。今日だけでなく、通彦にあの宣言をされた日からずっとそうなのだった。気持ちが落ち着かない。物事を上手く考えられない。

 小さなショルダーバッグだけを肩に掛け、上着を着て部屋を出た。身につけているものが少ないせいか、歩き出すと何となく気分が軽やかになった気がした。先ほどの坂道を下りもと来た道を歩くと、時折みやげ物店がぽつりぽつりとあった。みやげ物店というよりも、普通の土地に当たり前のように存在するような酒屋さんとか食料品店という佇まいだった。特に何を買うつもりもないけれど、店先をのんびり覗きながら歩いた。乾物とか地酒とか民芸品などが軒先に並んでいた。こうして何も考えず物を眺めたりするのが今の私には適しているようだった。一応メインと思われる道を歩いていると昔の小さな駅舎のようなバス待合所があった。その中にみやげ物や団子や飲み物などが売っていた。店の軒先に木製のテーブルと椅子が出してあり、そこで買ったものを数人の観光客が座って飲食していた。バスを待っているのだろうか。この先が通行止めになっているせいか車はほとんど入ってこない様子で、余計な雑音がない静かな雰囲気の中が、日常から離れた場所にいることを改めて思い出させた。

 もう少し道を山のほうに向かって歩いていくと散策コースがあった。いちばん近いコースだと30分くらいで戻ってこれるようだった。木々の中をひとり静かに歩いた。私のほかにも中年の女性数人や年配のご夫婦や若いカップルなども歩いていた。一人で歩いている人は見掛けなかった。木々の鬱蒼とした森の中は日陰で少し寒かった。少しだけ葉が色づいているところもあった。ひんやりとした空気の中を黙々と歩く。何も考えていなかった。ただ足元の石や砂利や、木の根っこや幹や枯れた草を見て歩いた。ここでも通彦がいたら、と考えずにはいられなかったが、それはだんだんと通彦がいても楽しくなかったのではないか、という否定的な見方に変わっていった。通彦と歩いても、私は今の気持ちと似たように、少々重い気持ちでいたのではないか、そんな風に思えるのだった。すると、もしかしたら通彦とここに来ていたら、私たちの関係はもっと良い方向に変わっていったのではないか、と密かに思っていた私だったが、そんなことはやはりなかっただろうとも思った。だとしたら、通彦と来るよりは、こうして自分だけで自分の世界に浸りながらこの素朴な風景の中を歩いたほうがよかったのだろうと、そう思えてくるのだった。

 日がどんどん傾き始めてきて、遠くの空がうっすらと紫色になってきた。山があるので夕日はさらに木々に遮られ暗さを増した。少し急ぎ足で散策コースの後半を歩いた。夕暮れの空を見ていると、なぜだが分からないけれど無性に寂しいという気持ちが湧き上がってきた。そして涙が訳もなく滲んできた。自分でどうしていいか分からなかった。ただ、隣を歩いている人はいないし、私の感情が乱れたからといって誰に迷惑をかけるという状況ではなく、そのことが少し心地よいと思った。別に、今なら、泣いてもよい。私は今淋しいのだから。淋しいという気持ちを、街中の雑踏の中で感じるものとは、違う風に感じていた。それは、淋しいに違いがないのだけれど、人ごみの中で感じる淋しさとは、若干違っっていた。一人でいるということが淋しいということと同時に、自由であると、自分の内面の感情を自由にして放っておいてもよいのだと、そういう風に感じた。

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天使が通り過ぎた(12)

2007-12-20 02:22:06 | 天使が通り過ぎた
 緩やかな坂道を少し登っていくと、坂の途中に予約をしていたホテルがあった。ホテルという名前が付いているが和洋折衷のモダンな雰囲気を持った旅館という趣だった。綺麗に手入れをされた庭の石畳を玄関まで進んだ。フロントにいた男性に笑顔で迎えられチェックインをする。目に飛び込んできたロビーはガラス張りの中庭が見渡せる静かな空間だった。和風の生地でできた心地よさそうなソファがゆったりと配置してあり、天板の黒光りした大きなテーブルや数箇所に置いてあるアンティークの和箪笥やランプなどが落ち着いた印象を与えていた。私はひと目見てこの雰囲気が気に入ってしまい、知らない土地をひとりで来たという緊張がほっと緩み、そのせいか急に体に疲れを感じた。

 案内された部屋はそれほど広くはないがロビーと同じ趣の落ち着いた部屋だった。私は数日前電話を入れて、ダブルの部屋からシングルに変えてもらったはずなのだが、どう見てもこれはダブルの部屋だった。
「あの、連れが来られなくなってしまったので、シングルでお願いしますとご連絡したはずなんですが・・・。」
 私は部屋の真ん中に配置してある大きめのベッドを見ながら言った。
「ええ。ご連絡いただいておりましたがお部屋が空いておりましたのでこちらをご用意させて頂きました。このままお使い頂いて結構ですので。料金はシングルで申し受けておりますので、気になさらないでください。」
部屋を案内してくれた女性がにこやかに答えた。もしかしたら他の部屋が満室で変更しようがなかったのかもしれない。
「そうですか。ありがとうございます。」
「お部屋の備品はお一人様しかご用意しておりませんので。よろしいですか。」
「わかりました。」
 女性は一通り部屋の設備や夕飯や翌朝の食事の場所などを説明して部屋を出て行った。ドアを閉める音がすると、その後はまったく物音ひとつしなかった。

 静まり返った部屋にいると、自分がひとりでいるということを急速に意識しだした。通彦と一緒だったらどうしていただろう。ふたりでくっついてああだこうだと話をしていただろうか。私はもう通彦のことは抜きにして旅行を楽しむのだ、と半ば強引に思い込もうとしていたが、それはやはり不自然なことだ。行く先々でここに通彦がいれば、と想像せずにはいられなかった。まして今回は初めてきちんと行けるはずだったお泊りの旅行だった。まるまる二日間一緒にいられる、ということはそれまでになかったことだったし、一晩中一緒にいるということも、今までになかった。表には出さなかったけれども、遠足を翌日に控えた子供のように、私は特別な期待感をもって今回の旅行を楽しみにしていた。それなのに。私は今日1日の間だけでも何度も何度も思ったように、やはり自分がひとりで勘違いをしていたことが恥ずかしかったと思った。通彦が私とどう別れようかと算段しているとき、私はお気楽な想像をして浮かれていたのだ。通彦が私と一緒にいてもつまらないと思っているなんて露知らずに。

 窓の外を見ると、日はやや傾き始めていたがまだ夕暮れには少し早い時間だった。とりたてて何をすることもないので、そうすると夕食までの数時間がひどく長い時間のように感じられた。ライティングデスクの上にあったパンフレットやら冊子やらをぱらぱらめくってざっと目を通した。すぐ近くを散策しようかなという気がちょっと起きたが、気疲れしていたこともあって何だかどうでもよくなってしまった。私は一人用のソファに深く沈んで目を閉じた。正直に言えば、楽しめる、という状態からは程遠いという気分だった。

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天使が通り過ぎた(11)

2007-12-17 00:10:06 | 天使が通り過ぎた
 少しだけ気分が上向きになってきた私は、乗り換えた電車に乗ってからは外の景色をのんびりと楽しむ余裕がそこそこ出てきた。見ず知らずの小さな駅に停まる度に私はじっくりとその場所を眺めた。緑が多く、ごちゃごちゃとした色彩のない田舎の風景は心を落ち着かせた。秋の空は高く澄んでいて、車窓から見える山々は、まだ紅葉には少し早いけれども目には心地よかった。時折見える川の水は濁りのない色をして流れ、どこを見ても時間がゆっくりと流れているような感じを受けた。

 だがやはり、この風景を通彦と一緒に見れたらもっと良かっただろう、という気持ちも同時に湧いてきてしまった。こんなのどかな景色の中を、通彦のあの心地よい車で走りぬけたら、それはそれでもっと楽しかったのだろう。私は通彦の運転する車の助手席に乗っているのが好きだった。彼は切れのいい運転をした。私は男の人を信頼する基準のひとつに、なぜか車の運転の仕方を参考にしてしまう変なところがあって、安心して車に乗っていられる人はまあまあ信頼できると思ってしまう。通彦はその点安心できる人だった。私は通彦が運転するのを横から眺めているのも大好きだった。邪魔をしないように、いつもその横顔をそっと盗み見た。たいていは真剣な顔をして運転していた。時々私という人間がここにいるのを忘れているかのように運転に没頭しているときもあった。考え事をしていたのかもしれないし、運転がなにより好きだったのだから、私が邪魔に感じたこともあったのかもしれない。それも私の僻みかもしれないけれど。

 車内は時折、観光客が乗ってきたり、また地元の学生が乗ってきたり降りたりした。当たり前のことだけれど、私にとっては遠い場所であるこの土地は、そこに暮らす人にとっては普通に生活する場所の一部なのだった。私がこんな風に、何の目的もなく、自分にしか分からない感情にふらふらしながら旅をしている最中にも、ここに暮らしている人々は普段通りの生活をしている。私にとっての非日常がここの人々にとっての日常である、ということが、当然のことだけれど私の心情を徐々に平常に戻していった。

 電車は同じような風景の中を1時間ちょっと走り、目的の駅に到着した。駅を降りるとすぐ目の前がバス乗り場になっていて、方向音痴の私でも迷わずそこに行き着くことができた。1時間に1,2本しかないバスは、電車の到着時刻に合わせてあるのか、しばらくすると発車をした。先ほど車窓から見えた景色の、もっと山の奥を走っているという感じの風景の中をバスは走った。どんどんと山の上を上っていき、両脇を木々が生い茂る中を通り抜けていった。バスの窓から見える景色は、緑と空と、そして時折見える民家や川だけだった。

 30分ほど走るとぽつぽつと旅館やホテルの看板が見えるようになってきた。そこからややしばらくすると目的の温泉郷に到着した。私の他に10人近くの乗客が降りた。予想していたより静かな、のどかな温泉地だった。一ヶ所にホテルや旅館が乱立しているわけでなく、ぽつんぽつんとそれほど大きくない旅館が点在しているようだった。バス停に立ち止まってまず地図を確認した。地図も大雑把に書いてあるので一体どっちがどっちなのか分かりづらかった。何となくこっちだろうという方向を歩きだすと、みやげ物店がありそこに店の主人らしき人が出入りしていた。私は近づいていって宿泊先のホテルの名前を言った。坂を少し上ったところにあるとのことだった。お礼を言って言われた道を歩き出した。

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天使が通り過ぎた (10)

2007-12-14 02:38:18 | 天使が通り過ぎた
 コーヒーを飲んで少し落ち着いた私は、とめどなく通彦のことばかりを考えている自分に少し飽き飽きとしてきた。どう考えても通彦とやり直すことはできないだろうし、もしやり直すのだとしても、あそこまで言われた人となんの感情のもつれも無くこれまで通りの関係を続けていくのは不可能だと思われた。今まで何となく抱いていた通彦への屈折した感情が、さらに大きくなり益々卑屈な態度に出てしまうのは目に見えていた。

 時が解決してくれる、とよく言うけれど、時というのはどれくらいの期間を指すものなのだろうか。1ヶ月か1年か、それとも一生ずっと心に引っかかるものなのか。私が他に夢中になれる人が現れたら、もう通彦のことなんて、過去にあった沢山の出来事のひとつとして、何の感傷もなく記憶に残っているだけなのだろうか。思い出す時、ほんのちょっと胸がちくりとする程度の思い出として、残るだけなのだろうか。今こうして通彦のことばかりを考えてしまって、こういう結果にならなかったためには自分はどうしていれば良かったのだと、後悔やら情けなさやら悔しさやら様々な感情ばかりが自分の内部で渦巻いていて、それでも通彦を恋しく思っている自分を認めないわけにはいかないが、こんな状態から脱せられる日がいつやってくるのだろうかと、自分でさえ予想することは出来なかった。

 窓の外に目をやると、ふとこれからの予定を考えていないことを思い出した。とりあえず目的地にたどり着いたら夕方近くになってしまうので、そのままホテルにチェックインして、そのあとは一人でぼんやりと過ごそうと思っていた。暖かい温泉に入って体の芯から温まりたい。体を思い切り伸ばして、疲れを取りたい。流れる景色を目で追っていると頭がくらくらするようだった。座席に深く腰掛けて目を閉じる。列車の適度な振動が心地良く、私はそのままいつの間にか眠ってしまった。

 アナウンスに目を覚ますと、隣のビジネスマンはいつの間にかいなくなっていた。列車がもう少しで次の停車駅に到着するとアナウンスしていた。私は3,40分眠ってしまっていたらしい。目が覚めると意外と頭がすっきりとしていた。車内は下車をする人が通路に並び少しざわざわとした雰囲気が漂っていた。私が降りる駅はその次なので、もうそれほど時間がかからないと思うとやや緊張感が生まれた。この後乗り継ぐ在来線は初めて乗る電車だった。見知らぬ場所に行くのは大好きだし期待感もあるのだが、方向音痴な私は知らない土地では特に移動に時間がかかるのだった。慎重に行動しないととんでもないところへ行ってしまうという不安も少しあった。いつもは誰かしら連れがいるので、その人と行動をともにしていればまず間違いないと安心しきっているが、今日はひとりだった。頭を切り替えないといけない、と無理やり自分に言い聞かせた。

 次の停車駅で列車を降りると、それまで旅気分とはかけ離れた気持ちでいた私は、少しづつ旅行をしているという雰囲気に馴染んでいった。ホームに降りるとひと目で旅行者と分かる人ばかりが歩いていたし、お土産やお弁当やなどの店が並ぶ構内は、やはり旅先に来たのだという感覚を呼び起こした。私はホテルへのアクセス方法をプリントアウトした紙を手にしながら、自分の乗るべき電車のホームを目指した。またここから1時間半ほどかかる場所まで行くはずだった。

 駅構内をきょろきょろしながら歩いていると、急に空腹感を感じた。よく考えたら朝からコーヒーしか飲んでいなかった。新幹線に乗る前に買ったサンドイッチは食べていなかった。先ほどまであれほど陰鬱なことばかり考えていた自分が、急に色気より食い気のような気分になっていることを、自分でも少し滑稽に感じた。そして改めて、思い切ってひとりでもこうして計画通り旅行を実行して良かったのだと思った。通彦なんてもういいではないか。私はこれからもっと自分を充実させよう。通彦に寄りかかっていた部分が大きかったから、私はつまらないと言われたのかもしれない。自分から積極的に行動し、自立した行動が出来る女、そんな人が通彦は良かったのだろう。私の受身的な行動がきっと通彦をうんざりさせたのだと思うと、やはり何でも自分から行動できる女にならなければ、と反省の意味も込めてそう思うのだった。

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天使が通り過ぎた(9)

2007-12-09 21:34:33 | 天使が通り過ぎた
 売店で買った雑誌をめくりもせず、結局はこの一週間と同じように、思考に隙があると通彦のことを考えてしまっている。四六時中携帯の着信ランプを確認しては、もしかしたら通彦からメールが来ているんじゃないかと思ったり、やっぱりやり直そうと電話が架かってくるのではないかと思おうとした。当然、通彦からメールが来るはずはなかったし電話が来るはずもなかった。いっそのこと彼の電話帳を削除してしまおうかとも思ったが、そこまで決断することはできなかった。それどころか、今となっては取っておいても仕方の無い、彼から受信したそれまでのメッセージさえも消すことが出来なかった。小さな子供が、大人から見ればくだらない宝物を小さな空き箱に大事にとってあるように、ひっそりと携帯に保存してある古いメッセージを表示し、ああ、こんな気持ちの頃だってあったのだと、小さな画面に再現されたやりとりを眺めた。そしてそれはまるで10年も前のことであったかのように感じられた。彼から電話やメールが来ることがなければ、私の方からすることは決してないだろう。それはしたいのはしたいに決まっているのだけれど、あの最後の日の通彦の冷たい態度を思い出すと、そんな衝動もなんとか抑えることが出来たのだった。

 車内販売がやってきたのでコーヒーをお願いする。朝起きたとき飲んだきりなので無性に飲みたかった。紙コップに注がれたコーヒーはあまりおいしいとは思わなかったが、考えすぎで脳が疲れているように感じていたので、最初の一口に少しほっとした。外の風景は次第に遠くへ来た事を実感できる景色に変わってきたが、いつものように単純な旅行気分にはなれなかった。目に映る景色はただ映っているだけであって、そこに何かを感じるという過程が欠けていた。脳が判断を停止しているみたいに、私は他のあらゆることをあまりうまく考えることができなかった。

 隣の席に座っているのは、スーツを着た若いビジネスマンだった。ラップトップのパソコンをひざに乗せ、熱心に画面を眺めたり打ち込んだりしていた。これからどこか出張へ行くのは明らかだった。このビジネスマンと私の間は、とてつもなくかけ離れた世界だと思った。男に振られ、傷心の旅の途中の女。仕事真っ最中の若い男。なんとなく視界の隅に入ってくる隣の男のカタカタとキーボードを打つ音や、画面をじっと凝視している様子を見ていると、私のこの個人的な問題なんて、ほんの些細なことのように思えてきた。仕事に打ち込んでいる男の人にとって、所詮恋愛なんて人生において二の次のことなのだろう。例えばこの隣の男の人が昨日彼女に振られていたとしても、やはりこんな風に何事もなかったかのように仕事をしているのかもしれない。そうしたら通彦だって、多分今頃は先週の今日より以前の、とある一日とまったく同じように過ごしているだろう。付き合っていた女を振るということが、人生において何ら特筆すべき事項ではなかったかのように、淡々と仕事をしているのだろう。私のように、男に振られたことが人生の最大事のように、一大悲劇のように思っているなんて、余程お目出度い人間なのかもしれない。

女にとって恋愛というものは、人にもよるかもしれないけれど人生においてかなりの比重を占めているはずだ。私も、仕事のことでこれほど何日も何日も頭を抱えることは無いが、通彦とああなってから早一週間、ずっと通彦のことばかりを考えている。だがそれは私がたいした仕事もしていないからであって、男並みに仕事をこなすキャリアウーマンなんかだったら違うのかもしれない。仕事は仕事のことで人生のかなりのウェイトを占めているのだろうし、それと同じくらいに恋愛に関しても重大に思っているのかもしれない。

 隣のビジネスマンと比較したせいか、自分を少しだけ客観的に観察することができたような気がして、私は却って冷静になれた。少なくとも、何もやる気のなかったこの一週間を振り返って、こうしてたった一泊にせよ、旅行の支度をして家を出てくることができたということが、私にとってはものすごく思い切った行動だったと思った。電車に乗り、切符を買い、新幹線を待つ、その行動のひとつひとつをする度に、ああ、通彦が一緒だったはずなのに、とことごとく思った。だが家にいて、家族と普通に会話をするのも辛かった。通彦とこうなったことを言ってしまってもよかったのだが、いちいち説明するのが億劫だった。私の交際に家族は関係ないとも思っていたし、もっと落ち着いてから話そうと思った。そんな状態だったことを考えると、こうして一人で誰も知らない場所に行くということは、今の私にとって精神衛生上いちばん安らげるように思った。

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天使が通り過ぎた(8)

2007-12-04 01:41:40 | 天使が通り過ぎた
 窓の外に見える景色が飛ぶように遠ざかっていく。見慣れない風景と、自分のいた場所から遠ざかる、という感覚はなぜか気分を落ち着かせた。もっと遠くへ行きたいと思った。誰もいない遠くのどこかへ。ひとりで。

 通彦とあんなことがあって、旅行の話どころではなくなった。彼と行く予定のホテルは、ぎりぎりキャンセルとしようと思えば間に合う日にちはあったが、そんなことを気に掛ける精神的余裕はなかった。通彦から宣告を受けた翌日の土曜と日曜日、ただやる気もなく、放心状態で一日を過ごした。本当に何をする気も起きなくて、昼過ぎまでベッドに潜っていた。涙を流しては洟をかみ、そしてまた涙を流す、を繰り返していた。家族の前に出たくなかった。泣いている顔を見せれば詮索されるのは分かっていた。化粧もせず一日中自分の部屋に閉じこもっていた。そして自分の振る舞いが通彦に相応しくなかったのだということに悔しさと不甲斐なさとやるせなさを感じていた。

 私は通彦にどう接していればよかったのだろうか。私のこの後ろ向きな性格のせいなのだろうというのは分かっていたが、もっと努力すべきではなかったのか。通彦がもっと早く私にそれを気づかせてくれれば良かったのだ。私は通彦に相応しい女となるために、もっと頑張れたのではないか。通彦は私の話はつまらないと言っていた。会話がつまらないということは中身がつまらない人間だからなのか。通彦の求めていた女性像はどんなものだったのだろうか。行動的、自分からどんどん話しかける、いつも明るく屈託の無い女の子、そんな感じなのだろうか。もっと話題性があってそれを朗らかに話すことができる如才ない人が好みだったのだろうか。でもそれは、私には無理だったと言うことなのかもしれない。通彦に合わせようと、自分の持っている性格を無理に変えてまで付き合うなんて、それは私の本来の姿を言えるのだろうか。

 通彦にお前といてもつまらない、と言われたのは、お前は魅力のない女、と烙印を押されたのも一緒だった。一緒にいて疲れる、とも言っていた。私は自分のどこがそれほどまで通彦を疲れさせていたのかが正直よく分からなかった。私はただ、通彦についていきたいと思っていただけだった。通彦のやることに何でも興味がわき、同じ時間を共有したいと望んでいただけだ。自分がこうしたいというのはあまりなかった。あまりにも彼に興味を持ちすぎていたというのが、彼を疲れさせたということなのか。

 同じような思考が、一日の中で何度も何度も繰り返された。ただ言えるのは、もうどっちにせよ過ぎたことということだった。これからやり直すこともできないだろう。つい昨日まで自分のものという認識でいた人間が、もう何の関係もないただの他人だということを、うまく理解することができなかった。日常の中で、ふと何か感じたことを気軽にメールしたり、寂しくなったら会いたいと言って会ったり、そして抱き合って寂しくないと感じたり、それが当然のように手をつないだり、キスをしたり、そういったことが昨日まで当たり前のように出来ていたのに、今日、今、この瞬間には当然やってはいけない行為に変わっていて、過去のそういった行動が現実にあったことではなかったかのように、まるで嘘みたいに思える、その感覚が自分でも不思議だと思った。結婚もしていないのだからもともと他人に違いはないのだが、感覚的には自分の家族よりも近い存在であった人間が、今はもう、雑踏の中ですれ違うまったくの赤の他人と同じ距離の人間になってしまったことが、どうしても受け入れがたい事実のような気がした。

 そうして何もしない週末が過ぎると、普段の月曜の憂鬱よりも100倍近い憂鬱な週明けがやってきた。私は当然仕事に行かなくてはならなかった。通彦と職場恋愛でなくよかったと心底思った。これで同じ職場などと言ったら、目も当てられない。学生時代の友人の中に職場恋愛を密かにしている者がいたが、週1.2回程度しか通彦に会えなかった私はその子が羨ましくて仕方がなかった。毎日仕事中も顔が見られるなんて。だが、今となってはそういう関係でないことが唯一の救いだった。そして仕事に行かなくてはならないということが、私の麻痺した日常を正常に戻してくれた。小さな会社の事務員として働く私は、他の社員に腫れた目を見せようものなら、あれこれ詮索されるのは分かりきっていた。出勤してから退社時刻になるまでは、仕事以外のことは考えないようにした。自分でも驚くほど普通に過ごせることができた。だが、退社して無表情で電車に揺られ家に帰ると、どっと疲れが押し寄せた。

 週も半ば過ぎ、旅行のホテルをキャンセルしていないことに気が付いた。あわてて予約をしたネットを確認すると、もうキャンセル料金が発生する日になっていた。私が予約をしたので、私が解除しなくてはいけないのだ。だが、よく考えて、通彦がいなくても旅行に行こうと思いついた。私はこの日常から逃げ出したかった。それがたった1泊二日という短い間でも、ここでぐるぐると、考えても意味のない過ぎたことを考えているより数倍ましだった。私はキャンセルはせず、ホテルに電話をして予約した部屋をダブルからシングルに変えてもらうよう伝えた。

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