星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

悲観主義、楽観主義

2016-10-16 09:24:17 | つぶやき
 3年前の今頃、私は多分今まで生きてきた中で最大のピンチを迎えていて、今思い返すとよくあの中できちんと仕事に行き家事をしていたなと思う。仕事はともかく家事は最低限しかせず、家の中はひっちゃかめっちゃかではあったけれど。

 母が倒れホームが見つからず、入院している病院のソーシャルワーカーさんや市役所の窓口にも相談したがまったく頼りにならないと思った。同時に離婚に絡む調停の真っ最中で、裁判所の待合室では他の人はほぼ弁護士やら付き添いの家族やらが一緒にいる中、じっと一人で座っていると泣けそうになってきた。でも意地でもこんなところで泣けないと思った。そんな時普段風邪一つ引かない私が高熱を出した。その時の職場は忙しくて有給なんかで休めない。母のことも調停も気が滅入ったが、もう一つ発生した問題がいちばん堪えた。仕事中はもちろん、家でも常に子供がいる、誰にも愚痴は言えない。ベッドに入って寝るときにどっと涙が出てきた。一人車で運転しているときも涙が出て止まらなかった。

 あれから3年が経とうとしている。色々な問題は一応(満足なかたちではないが)片が付き、職場もその後2度変わり、落ち着いてきた。精神的にもあのときが辛いピークで、今はもう穏やかになりどっと涙が出てくるということは無くなった。

 私は子供のころから泣き虫でよく泣いていた。人見知りであったのと家庭の事情が事情だったのでからかわれることも多く、けれど言い返すほど気が強くなく悔しくて泣いてしまうのだ。そのことをあの3年前はつくづくと思いだしたなと思った。ああ子供の頃よく泣いてたな私、と。

 しかしこの3年で、なんというかかなり自分で言うのも何だけれど強くなった気がする。強くなったというか図々しくなったのか。何かあってもどうにかなる、と思うようになった。子供の頃や若い頃は、起こりうる一番悲惨なことを想定して、ああやっぱりそうなる、という思考回路だったようなきがするが、今は、どうにかなるだろ、と思ってしまうことが多い。

 しかし昨日母のころである事があり、私は3年前を思い出し久々に楽天主義から一気に悲観主義に逆戻りしてしまった。あまりのショックに夕食の支度をする気もなくなり、子供たちに仮病を装って部屋に閉じこもりふて寝してしまった。すごく久しぶりに、一気に涙が出てきて止まらない。多分悔し泣きなのだろう。けれど泣いたら翌朝怒りやら不甲斐なさやら訳の分からない感情は少し収まった。

 やっぱりそんなに強くはないのかもしれない。
 

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電球と柿の木と私

2016-10-10 10:32:32 | つぶやき
 離婚をするには物凄いエネルギーがいるとよく言われるが、私はあまりそうは感じなかった。色々調停やら役所や銀行の手続きやら職場の上司に説明やらあったけれども、自分が想像しているほどではなかった。まあ自分で決めたことなので自分で解決するしかないのだからそうするより仕方ない。

 しかし、日常生活の細かいところで、ああ男手が無いって、と思うことはある。まあ男は一応大学生の息子がいるのであるにはあるのだが、何か「これやって」と頼んで嫌な顔をされると腹が立つのであまり頼らないようにしている。

 で、ある日玄関の電球が切れた。玄関の外のである。椅子を置いても届かないし、うちの脚立に乗っても届かない。玄関の中の電気がつくからまあいいだろう、と思いそのままにしておいた。別のある日、玄関の内側の電球が切れた。これは下駄箱に乗ってかろうじて私でも届いたので交換できた。そしてまたある日、今度は1階の廊下の電球が切れた。これもまた椅子でも届かず脚立でも届かない。1階はもう母もいないし誰も使っていないので諦めた。息子は私よりは背が高いがそれほど高くはないので、おそらく届かないだろう。この電球を変えるためには高い脚立を買わなくてはいけないのだろうか。

 家には私が小学1年の時に植えた柿の木があるが、2階に届くくらい伸びていて2階ベランダの半分を伸びた枝が占拠していた。おかげで洗濯物を干すスペースが半分ほどになってしまっている。小さな枝はなんとか切れるがこうたくましく育っているともうこれは植木屋か何かに頼むしかないかもしれないと思っていた。ある日思い立ってホームセンターに行き、園芸用品のコーナーで鋏を買ってきた。家に帰り、一緒に買ってきたフマキラー(庭に蚊がたくさんいる)を振りまき、長靴長袖帽子日焼け止め、の完全防備で鋏を片手に柿の木と格闘した。脚立に乗り、塀に乗り、木に登り半日枝を切りまくった挙句、ベランダは明るくなり洗濯物は以前のように干せるようになった。隣家にはみ出していた枝も切れた。

 私でもやれば出来るんだ、大袈裟かもしれないが本当にそう思った。硬い枝を両腕に力を入れ切ったせいか翌日の筋肉痛が半端なかった。全身筋肉痛。しかし、この達成感は何とも言えないもので、私はその後1週間くらいはベランダの見える窓に立ち、ああきれいになった、と一人悦に入っていた。

 たぶん、何とかなるんだ。何事も。20年かもっと昔の私は、人に依存しないと生きていけない種類の人間だと思っていた。いや、人に依存しないで生きていける人間なんて多分いないので、今でもそれはあるに決まっているのだけれど、でもひとりでも何とかなることはたくさんあるんだ、と思うことは多くなった。

まあただ単に図太くなっただけかもしれない。
 

 
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