星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
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眠り男(5)

2013-04-20 15:41:34 | 眠り男

 秋が深まると、僕の食欲はさらに加速を増して行った。ちょと前、妻に幸せ太りを指摘されたが、こうなると最早幸せ太りの域を超えていた。  風呂から上がり、脱衣所に置いてある体重計に乗ってみる。僕の体重はいつの間にか80を超えていた。それほど身長も低い方でもないが、いちばん痩せていた頃から20キロ近く増えている。

 洗面台に映った自分の上半身を見ていると、顔つきさえ痩せていた自分とは違っているような気がした。何というか、人の良いおじさんのようである。鏡越しに妻が洗濯物を持って脱衣所に入ってくるのが見えた。僕は一瞬悪いことをしているかのようなバツの悪さを覚え、そそくさと体重計を足で棚に押し込んだ。妻は鏡越しにちらっとこちらを一瞥し、何も言わず扉から出て行った。  

 元々僕はそれほど大食漢な訳でもない。旨いものは好きだが、食に執着する質ではないと思っていた。だがここ最近の食欲のありようはどうだろう。涼しくなるにつれて僕は食べるものが全て美味しく感じられ、食に対する欲が増していくのが分かった。最初は妻の料理の腕が上がったためとか、またちょっと太りだしたので休みの日はジムに通うようになり、その反動でますます食欲が湧くのでは、とも思った。しかし、そういう程度ではなく、僕のこれまでの人生で最も食欲があると言ってもいいくらいに異様な食欲なのだ。中高生の頃も食べても食べても食べられる時期がいっときあったが、あの頃は体の成長のためにエネルギーを欲する理由があったのだろう。だがこんな30も半ばになってこの食欲はどういったことかよく分からなかった。特にカロリーの高いものを好むようになったのも太る原因であろう。なぜか太るようなものばかりを食べたいと思ってしまうのだ。

  妻はそんな僕を、文句こそ言わなかったがたまに憐れむような目で見ているときがあった。ジムのプールに行く時はたまに付いてきて一緒に泳ぐこともあったが、週に1日や2日ジムで泳ぐくらいでは僕の体重増加には何の効果も無かった。

  「ねえ、夜一緒に走る?」 

  ある日の夕食の後、妻はこう言いだした。

 「なんかあなた、最近はご飯食べるとさっさか寝ちゃうし、食べて寝るのが余計いけないんじゃないの?」

   僕は確かに、ここ最近夜はものすごい睡魔に襲われた。数ヶ月前、妻が社員旅行でいなかった時の、空白の一日というほどではないが、目覚ましをかけないと確実に起きられなかった。夜早く寝るので朝早く目覚めるのかと言えばまったくそうではなく、寝ても寝ても眠くなるというのが正直なところだった。

   「そうだな。ちょっと何とかしないといけないよなあ。」 僕はしぶしぶ承知した。

  妻はそれと同時に、食事の際カロリー制限をするようになった。あまりにも太りすぎてきたので、見た目はともかく成人病が心配だというのだ。夕食時妻は成人病、とくに糖尿病の恐ろしさについて延々と30分ほど僕に説明をしだした。遠い知り合いで糖尿病の人がいるが食事制限が大変であるとか、失明などの合併症が怖いとか、これから子どもをつくるかもしれないのに親がそんなでは困るだろうとか。僕は正直うんざりした。そんなことは僕だって分かっている。病気はともかく僕だって自分がどんどん醜い姿に変わっていくのは嫌だ。洋服だって何度買い直しているのだろう。 「あなたのこと心配だから言うのよ。」 最後には決まってこう言った。

 分かってるよ、僕は毎度心の中でそう思った。この感じ、何だかこういう感じはどこかで感じたことがある、そうだまるで母親みたいなのだ。妻というのは可愛い存在ではなかったのか。いつから彼女は恋人のような存在から母親のような存在になってしまったのか。僕たちにはまだ子供さえいないのに。僕は成人病の怖さをずっとしゃべり続ける妻を、まるで赤の他人を見るようにまじまじと見つめた。

 

 

 

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