星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

早過ぎる

2024-03-15 14:42:41 | クリーム色の家

 職場の50代の男性が亡くなった。トイレで倒れたのを家族が発見して救急搬送されたらしい。この間お通夜に行ってきた。

 その方とは違う部署だったので一緒に仕事をしていた訳ではないのだが、たまに仕事で接触することがありその時は同じくらいの年齢で子供の年も近いこともありちょっとした話をすることはあった。倒れたと聞いた数日前も普通に働いている姿を見かけたので倒れたと聞いたときは信じられなかった。

 人って簡単に亡くなってしまうんだ、と昨日まで一見健康に普通に働いていた人が倒れたきりもう意識が戻らなくなることなんてあるんだ、と思った。

 私はその方よりちょっと年上であるし、私にもそういうことが起こってもおかしくないのだろうと他人事とは思えない感じがしてくる。ご家族も、まだお子様も成人していない子供もいるようだし奥様も大変だろうなと思う。

 一昨年は同期が亡くなって、その子は同期の中で仲良くしてもらったので本当にショックで、亡くなるにはあまりの早さに信じられない気持ちだった。

 やはり同年代の人が亡くなるのは色々と考えさせられる。

 でもそういう年齢になってきているのだなあという実感もする。

 私も家の断捨離とか、いざ何かあってもいいように子供達に分かるようにしておかないといけないのだろうな。

 

 

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クリーム色の家(7)

2012-03-24 16:17:45 | クリーム色の家
「切迫早産です。取りあえず安静な生活を心がけて下さい。」
土曜日、2週間ぶりの妊婦健診に行くと、担当の医師はカルテを見ながらそう言った。早産、という言葉に反応して言葉が口を出ないでいると、医師はそのことに気付いたのかやや穏やかな顔になり「しばらく安静な生活をして、それでも早まりそうなら臨月になるまで入院して点滴になりますかね。」
私は生まれてこの方入院をしたことが無かった。大きな怪我もしたことが無い。このままあと数か月穏やかに妊婦生活が送れると思っていた私は事態が急変したことにどうしていいものか途方に暮れてしまった。
「仕事は?デスクワークなんで大丈夫ですか?」
真っ先に仕事のことが気になった。
「とんでもない。安静ですから仕事は当然だめです。お休みしてください。」
「お休み・・・。」
ただでさえ妊婦になったことで色々と迷惑をかけているのに、いきなり休みます、と言うのはいささか気が引けた。上司は割と情が深い人なのでいいよいいよ、と言ってくれるのだろうが、一緒に机を並べている独身のお姉さんのほうの反応を思うと気になった。
「まあお仕事もあるでしょうけれど、子供が無事生まれてくることが今いちばん大事ですから。今生まれてしまってもまだいろいろな機能が完全に出来てませんから。」
「・・・はい・・・。」
「ご主人は、今日は一緒に来てます?」
夫は今日は仕事があると言って出掛けて行った。
「いえ。今日は一人で来ました。」
「そうですか。ご主人にも協力してもらわないと。」

結局、次の週の検診で入院することが決まってしまった。今回の検診はさすがに夫が車で送り迎えをしてくれた。
「入院だって。ご主人にも話をしたいって。」
俺に?、と言いながら夫は診察室に入っていった。担当医は私に話したこととほぼ同じ説明を夫にした。
「わかりました。」
私は何となく、頻繁にお腹が張る感じからおそらく入院と言われるのではないかと予想していたので、やはり、という感じだった。夫は顔つきこそ神妙にしていたが、私に対して何か気遣うようなセリフは特に無かった。私は何となくそのことが淋しくなり、「月曜はタクシーで行くからいいわ。」と口走っていた。月曜日が入院する日だった。
「いいのか。仕事午前中だけ休んで連れてくよ。」
「いいよ。別に大したことじゃないから。」
前回の検診から2週間、夫は特に生活態度が変わったわけでも無かった。私は最低限の家事をし、昼間はほとんど座ったり横になったりしていたが、夫は食事を作ってくれるわけでもなく掃除をしてくれるわけでもなかった。安静にしていればと言っても、普通の家事程度は普通にしてもいいのだと思っているようだった。私がだらだらと家にいるのが鬱陶しく感じているのではないかと思わずにはいられなかった。
もしかしたら私が入院してしまうほうが、好きなことをしていられる、と思っているのだろうか。何時に家に帰ってきてもどこへ行っても、誰も咎める人はいない。そんなことを思っているのではないかと疑ってしまう自分がいた。



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クリーム色の家(6)

2012-03-10 11:32:57 | クリーム色の家
結局レシートはしばらくそのまま取っておいたけれども、私はその件を切り出す勇気がなかった。結婚式を挙げ、まだ1か月ほどしか経っていなかった。もし浮気だとして、それだからといってどうしたものだろう。ついこの間親戚友人関係者の前で結婚を誓ったそのたった一か月後に、その結婚を破断させる勇気はその時の私には無かった。
あの結婚直後のレシートの件を思い出すと、やはり今回もかなり疑わしいとしか思えなか
った。

私が相変わらずじっと空を見て佇んでいると、夫は台所に行き、冷蔵庫からミネラルウォーターを出しコップについだ。
「どこって御殿場だよ。場所はお前に言ったって分かんないだろう。泊まったのは箱根。」
夫はまくしたてるように言い、箱根の私も一度行ったことがある旅館の名前を言った。
「誰と行ったの?会社の人?」
夫はグラスを流しに置くとそのまま居間へ行きソファにどかっと座った。
「会社のほかの課の人とだよ。会社の人に決まってるだろう。いつものメンバーとちょっと違うけど。」
私が今度は夫の顔をしつこく視線で追いかけていると、夫は私と目を合わさないようにテーブルにあった新聞を手に取り、眺めていた。
「正直に言って。誰と行ったの?」
私は視線を外さなかった。横を向いている夫の顔を凝視していた。
「誰とだっていいだろう。お前に関係ないじゃないか。」
「関係なくないでしょう。昨日だって仕事の件で佐藤さんから電話が掛ってきて、私いつものように佐藤さんと行ってるものだとばっかり思っていたからそう言ったら、佐藤さん、えって感じだったわよ。電話掛ってきたってどこに行ったのかも誰と泊まっているかもわからなければそういう時困るでしょう。」
私の話をさえぎるように「佐藤から家に電話掛ってきたのか?」と夫はこちらを向いて言った。
「そうよ。携帯が繋がらないって困ってた。急な仕事があるからって。恥ずかしかったわ。何も聞いていなかった私も悪いけど。」
佐藤さんは夫と会社で同期の、私が唯一何度も会ったことのある人だった。
「誰と泊まったの?」「誰か、女の人と泊まったんじゃなくて?」
「佐藤たちと違うメンバーだったんだ、今回は。中には女の人もいたよ。だけどそれは浮気じゃない。」
私は昼間電話を掛けてきた佐藤さんの、泊まりで、と言った時の困惑ぶりを思い出した。
「こんな時期に、ちゃんと連絡とれるようにしてくれないと困る。もうすぐ8か月なんだからそろそろいつ生まれてもおかしくない。私も呑気だったけど、だいたい妻が妊娠中だったら遊びに行かないよね。」
私はまた視線を外さなかった。夫はソファから立って今度は荷物を持って部屋へ行こうとした。
「遊びじゃないよ。これだって人脈を作る仕事だろう。」
吐き捨てるように言って、居間を出て行った。
「分かった。もういい。」
私は疲れてしまった。またお腹が張ってきて息苦しくなった。



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クリーム色の家(5)

2012-01-31 17:01:20 | クリーム色の家
あれは結婚して、2か月経ったころだった。クリーニングに出そうと夫のコートのポケットを点検していると、紙屑が出てきた。レシートだった。
最初は特に気にもせずそのままゴミ箱に捨てようと思った。ふと思いつき、もしかして会社で必要なものだったら困ると思い丸められたレシートを広げてみた。ホテルのレストランだった。そのホテルが結構有名なホテルだったので、つい中身を子細に見てしまった。確かそのホテルの最上階にあるフレンチかイタリアンのお店だった。会社の人と行ったのだろうか?それほど疑問には思わなかったが日付を見ると思い当たる節があった。つい一週間ほど前、夫が珍しくひとり実家に帰って急に泊まって帰ると言った日だった。

頭の中にさまざまな疑問が浮かんだ。誰とそこへ行ったのか。実家に帰るというのは嘘だったのか。私とはこんな高価な店には滅多に行かないのに会社の接待の関係か何かで行ったのか。土曜日なのに?食事だけなら何も泊まってこなくても、家に帰ってくればよかったのではないのか。それともそのホテルに誰かと泊まったのか。会社の人?それとも他の誰か?

私はクリーニングに出す予定のないスーツやコートまで、ありとあらゆる洋服のポケットの中を探りだした。ホテルそのものの領収書は出てこなかったが、どこかの店らしいレシートは数枚出てきた。名前と金額から、そこそこいいお店のディナーの領収書だと思われた。よくよく日付を見て思い返してみると、飲み会があるから、と言って遅くなった日だった。

レシートを床に並べ、その前で茫然とした。あの人は、私の知らないところで私の知らない行動をしている。私に嘘をついてまで。仕事絡みなら嘘なんかつく必要ないだろう。浮気なのだろうか。今までそんな素振を見せたことが無かった。毎日きちんと家に帰ってくる。あの実家に帰って泊まった日以外は。仕事で遅くなるときはしょっちゅうだが、それは仕事をしていればそういうこともあるだろう。

しかし私は、家にいるとき以外の、彼のいったい何を知っていると言うのだろう。職場結婚したわけでもなく、彼の同僚や上司のことなんてほとんど知らない。彼のオフィスにどういう女性がいるのかも分からない。家にいるときは私と、喧嘩も滅多にせず怪しい行動もせず、まさか浮気をしているなんてこれっぽっちも感じられなかったが、でも、会社にいるときの彼の行動なんて私は何も知らないのだ

この3年間、私は彼の何を知ったというのだろう。職場の上司から取引先の相手の部下だと紹介され何となく付き合うようになり、それからはどんどん打ち解けていったけれども、週に数回合い、いろいろなことを喋り、いろいろなところへ出かけ、そうして3年も過ぎたらお互いを深く知ったつもりでいたけれど、本当は何も知らなかったのではないのか。

私は目の前の、積み重なったコートやスーツと、数枚のくしゃくしゃになったレシートを見つめながら、自分の肩を抱くように身をすくめた。寒い部屋でクローゼットを引っ掻き回していたので体が冷えてしまったのもあるが、急に孤独を感じたからだった。



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クリーム色の家(4)

2012-01-29 12:53:23 | クリーム色の家
誰とゴルフに行ったのか分からない夫は、夜遅くに帰ってきた。その日帰ってくると思っていなかった私は、とっくにベッドに入って眠りに落ちていた。玄関の鍵穴がガチャっと言った瞬間、びっくりして目が覚めた。泥棒かと本気で思った。
「俺だ。開けてくれ。」
夫だと分かって、驚いたのとほっとしたのが同時だった。ドアチェーンがしてあったので鍵を開けただけでは入れなかったのだろう。私は重い体を物憂げに起こしながら玄関に向かった。チェーンをはずすと夫の顔が間近にあった。私は目を逸らした。
「会社から連絡があってさ、どうしても急な用事だって言うんで俺だけゴルフ途中で止めて帰ってきたよ。会社に寄ってきたから遅くなった。」

夫は部屋に入ると持っていた荷物をどさっと床に置き、上着を脱ぎ始めた。
返事をする気にもならなかった。
「あいつ俺がゴルフに行くの知ってたはずなんだけどな。あいつとは違う連中と今日は行ってたんだけどさ。携帯も、電波のつながりが悪いのか全然分かんなくて。」
私が何も聞かないのに夫は一気に説明をし始めた。
「電話で済ませても良かったんだけど面倒くさかったから取りあえず会社に直行しちゃったけど。仕事の内容自体は大したことはなかった。」
夫の顔は、何の後ろめたさもないようないつもの顔だった。この人は、こういう顔で嘘をつく、そう思った。
「出先で事故にでもあったのではないかと思ったけど・・・。まあ違ったんだから良かったけど。」
私は言葉とは裏腹にうんざりした目で視界にあった夫の荷物を見つめていた。前からあったかどうかは分からないが、ちょっと夫の趣味とは思えないようなクラブのカバーがかけてあるのに気が付いた。私がそのカバーをじっと凝視しているのを、夫が伺うように見ているのが感じられた。
「まあ、心配させて悪かったよ。」
私は頭の奥に、黒い雲のようなものがどんどん湧いてきて、頭全体を覆っていくような感覚になった。
「誰と、どこに、泊まったの?」
顔も見たくなかった。相変わらずクラブのカバーを凝視していた。
「会社の、誰と?どこのゴルフ場で?とこのホテル?私もあなたを信用して何も聞かなかったのが悪かったけど、もし私が産気づいたらどうするの?連絡も取れず生まれてしまうわよ。」
私は視線を動かせずに、ただ目に入っている荷物を見ていた。涙が浮かんできた。そして嫌でも同じような場面を繰り広げた数年前のことを思い出した。


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クリーム色の家(3)

2011-10-23 13:25:26 | クリーム色の家
駅の改札を抜けるとバスターミナルに向かった。あまりバスには乗りたくないのだが、今日は時間が遅くなってしまったので歩いていくよりはバスのほうが早いだろうと思った。バスはすでに停まっていて、あと数分で発車するようだった。混雑したバスの奥まで進む。すぐそばの二人掛けの席に隣の係の見知った顔の後輩がいたので軽く会釈する。私は鞄から文庫本を取り出して読み出した。バスは10分もしないで到着してしまうし、ターミナルの中に停車しているバスの中は薄暗いので無理に本を読むこともないのだが、この時間のこのバスには必ず会社の人が乗っている。朝はあまり口を利きたくないのだ。読んでも読まなくても、本を開いていると誰も話しかけてこないから好都合だった。

二人掛け席の子は、隣に座ったほかの部署の子とお互いの上司の愚痴を言い合っている。その上司がどうも若い部下の一人と仲が良すぎて、怪しい関係じゃないかと疑っているという話ぶりだった。
「えー、でもあの係長そんなにもてる感じじゃないよねー。」
もう一人の子がやや声を大きくして言った。
「でもさあ、結構家庭円満タイプっていうの?、ああいうまめな人って優しそうって感じで案外いいんじゃないの?」
「癒し系、みたいな?」
そんな声で話していたら、他にもうちの会社の人間が乗っていたら丸聞こえなんじゃなかろうかと、聞いているこっちがはらはらしてしまう。
「でも怪しいよね。しょっちゅうメールチェックしてたりね。私用携帯なのにさ。」
「うちのお父さんなんか、メールできないし。メールっておじさんでもそんなに使うものなのかな?」
私が本から視線をずらしてちらと彼女たちのほうを見た。それに気づいてなのか急に声のトーンが低くなった。
「相手はあの係長でいいのかなあ。あんなにかわいい子なのにねー。彼とかいないのかねー。」
さすがにその彼女の実名は言わなかったが、私を気にしてかそれから二人は黙り込み、外の景色を見ていた。

私はぼんやりと10年前のことを思い出した。あの時夫も会社で、部下の女子社員にこんなことを言われていたのだろうか、と思った。夫は私が龍を妊娠している最中に、会社の部下と浮気をしていた。私達はそれぞれあまりお互いに干渉されるのを嫌うので、私は彼の行動に無頓着だった。共働きのせいかお金にも比較的不自由していない彼はゴルフだ飲み会だとよく出かけるのには慣れていた。あの日も泊まりでゴルフに行くといって出掛けていった。携帯があるので連絡は取れるし、特にどのゴルフ場だとかどこのホテルに泊まるのかなど聞いていなかった。妊娠中だったので正直夫が家にいないほうが楽ができた。一日ごろごろとしていられると思った。まだ産休前だったので私は週末になるとぐったり疲れて暇さえあれば横になっていた。

夕方、テレビを見ながらソファーで横になっていると、電話が鳴った。夫の会社の同僚だった。その人は夫のゴルフ仲間の一人なのでてっきり一緒にゴルフに行っているものと思っていた。出先の夫の身に何かが起きたのだろうかと最初は思った。
ゴルフに一緒に行っていたと思ったその人は、休日出勤をしていたのだと言った。どうしても彼に仕事のことで聞きたいことがあったので携帯に電話をしたが、電波がつながらないので自宅に掛けたのだと詫びた。
「え、ゴルフに行った、ですか?泊まりで?」
私が夫は朝早く出かけて行って明日帰る予定だと言うと彼はそう答えた。
「分かりました。どうもお休みのところすみませんでした。」
「いえ、こちらから○○さんに折り返しご連絡するようにこちらからも掛けてみます・・・。」
私は体が熱くなり、汗が滲みでてくるのを感じた。

不意な電話は、それでもまだ、その人と違うメンバーで行っているのだろう、という気持ちも半分あって、それほど重くない気分で私は夫の携帯に電話を掛けた。
電話は何度掛けても「電波の届かないところにいるか、電源が入っていないため・・・」を繰り返した。
胸の中になにかが蓄積されていくのを感じた。
気がついたら、何十分も立ちっぱなしで電話を掛けていた。お腹が収縮していくのが分かった。あと1ヶ月で産休に入ろうという私のお腹は、その頃ちょっと無理をするとすぐに張ってきていた。お腹が張るときは自分でそれが分かった。どんどんお腹の皮膚が余裕がなく張り詰めていく感じがして、息をするのが苦しくなった。
私はまたソファに横になって、もう電話を掛けなおすのを諦めた。
どこに行ったのだろう。誰といるのだろう。
考えなくてはいけないし、考えたくない気もした。


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クリーム色の家(2)

2011-10-16 22:39:18 | クリーム色の家
目覚ましが鳴っている。ベッドサイドにおいてある携帯を手探りで掴んだ。無意識に適当なボタンを押す。
しばらくしてまた耳障りな音がする。握っていた携帯を開いて再びボタンを押す。静かになった。

さきほどよりもだいぶ時間が経ったような感覚がする。薄い布団の中で丁度いい温かさだと思う。辺りはまだうす暗かった。何時だろう、とぼんやり考えているとまた手の中の携帯が音とともに振動している。咄嗟に時計を見る。5時40分。
がばと起きあがる。30分も過ぎている。慌ててパジャマ代わりのTシャツを脱いで下着を着け用意しておいた服に着替える。

体中がだるい。重い足取りで階段を下りた。私が居間に駆け込むのと同時に夫が出て行く。すれ違う。でも体はぶつからない。

何も言わずに夫は玄関に向かう。車の鍵を持っている。また出勤に車を使うのだとぼんやりと思う。私も何も言わず洗面所へ向かう。鏡の中の自分を数秒じっと見てから顔を洗った。覇気のない顔だと思う。夫が使った整髪料の香料の匂いが立ちこめている。吐きそうになる。洗面所の窓を全開にした。外は曇っている。風はない。

洗った顔に化粧水をパッティングすると少しは張りのある顔になったような気がした。髪を梳かす。洗面所の蛍光灯のランプの下で白髪が光ったのが目に入る。最近白髪が増えたと思う。これ以上増えてきたらさすがに染めないといけないのだろう。

手早く化粧を済ませたせいかコーヒーくらいは飲む時間がありそうだ。一人用のパックを取り出しコーヒーを入れた。時間が無いので立って飲む。その傍ら子供用のおにぎりを2個作った。時計を見る。6時。子供を起こさないといけない。

「りゅうー。起きて。るーちゃん。」
子供部屋に入ると、かすかに寝息を立てて龍は気持ちよさそうに眠っている。毛布をはがし、体を揺さぶる。横向きに丸まって寝ている姿を見ると、ほんのまだ1、2歳の頃、この体勢とまったく同じ姿で寝ていたのを思い出す。サイズが違うだけでほとんどあの頃と変わらないように思える。体を揺さぶっても起きないので軽くたたく。
「起きて。学校だよ。るーちゃん。起きて。」
このまま起こさないでおくときっと私が仕事に出た後、寝過ごしてしまうだろうと思うと何が何でも起こさないといけないと思う。「起きて。ほらー。起きるよー。」
「うーん。今起きるよう。」
寝ぼけた顔で言うが一向に起き出す気配がない。仕方ないので腕を引っ張って無理やり起こす。
「ほら。いい加減にして。起きるよ。」
なんとか起きあがったのでお尻を叩いて階下へ行くように促す。
「ママもう行くからね。おにぎり食べて行くんだよ。ちゃんと歯磨きしてね。鍵だけは絶対ちゃんと掛けて行ってね」
「わかった。」「いってらっしゃい。」
大丈夫だろうか。また職場に行ったら確認コールをしなくては、と思いながら慌てて玄関を飛び出した。バス停まで歩きながら、空を見上げる。雨は降りそうもない。今日は傘を持って行きなさい、と言わないと持っていかないので、雨が降りそうな日は傘を玄関に出しておく。今日は時間が無くて天気予報を見ていなかった。置傘をしておけばいいのに、一度持って帰ってくると二度と持っていかないから困る。こうして朝は、子供のことを考える余裕があるけれど、いったん仕事に行くと子供のことはあまり考えない。例え雨が降って来たからと言って、雨が降ったから会社を早退する訳にはいかないのだし、と思う。

バスに乗るとメールをチェックした。私にメールをしてくる人などほとんどいないのだが、また仕事になると日中はメールを見ている暇がない。昨晩誰かから電話が入っていた。着歴を見ると見なれない番号だった。咄嗟に、この間の知らない誰かからの電話と同じ人かと思うが、この間の番号は消してしまったのだから確認しようがなかった。とりあえずまた携帯を鞄にしまった。


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クリーム色の家(1)

2011-02-23 16:48:08 | クリーム色の家
隣の部屋のドアが、カチャリと音を立てる。
最近の夫は、出かける時声も掛けずに家を出て行く。この家の中に、誰か一緒に住んでいる者などいないかのように、すたすたと階段を下りる。その音は、それは誰とも違わない夫だけの足音とリズムなのだけれど、その音を聞いていると私自身が家にいないかのような錯覚を起こす。そして私の部屋はその振動で少しだけ揺れる。静かな家の中で、このちょっとした振動に、私はどきりとする。

玄関の鍵が閉まり、車が出て行く音がすると、私は胸をなでおろす。夫が居ても居なくても、もはやたいして違いはないのだけれど、居なくなったことにほっとする。こんな夜遅く、どこへ行くのとか何の用があるのかなど、今はもう一切訊ねない。正直そんなことはもうどうでも良くなってしまった。仕事ではないのだろう。かといって誰か女の人と会っているということでもないようだ。車で出かけて行くので飲みに行くのでもないのだろう。もしかしたらゴルフの練習かジムにでも行っているのかもしれない。

私は居間に下りて行く。居間のソファに座るとテレビのリモコンを手に取る。ニュース番組をやっている。夫がここを占拠しているとき私は居間に近づかない。まるで家庭内ひきこもりのように、私は自分の小さな空間から、他の部屋になるべく出ない。必要な家事や掃除の時だけ他の場所にいる。ニュース画面をしばらく見ていたが何も感じることは無かった。最近は静かな空間に居ることに慣れてしまって、テレビの音さえうるさく感じてしまう。鬱陶しくなって電源を切る。それからソファの横に投げ出された新聞を手に取る。

 新聞を手にダイニングのテーブルに座った。コーヒーをひとり分だけ入れる。新聞を丹念に後ろから読む。私は変な癖で新聞をいつも三面の方から読んでしまう。どこかのコンビニで強盗があった話、幼稚園児が被害の交通事故、それから人生相談、そんなものを丹念に読む。読んだからと言って、ただ文字を追っているだけのような気もする。頭の隅のほうで、何か別のことが浮かんできそうな気配もしているが、それが何なのか分からない。不安、とかそういったものか。でもそれとも違う気がする。

 政治欄、国際欄そしてあまり興味のない経済欄、それから趣味の悪い雑誌広告欄も、すべて丹念に読んでしまった。私は新聞の隅をきちんと揃えてそれを二つに折る。それからさらに二つに折る。時計を見ると10時を少し過ぎたところだった。熱いお風呂に入って寝ようかどうかと考えているところに、鈍い音がなった。

 耳を澄ませてみると、それは二階の自分の部屋に置いてある携帯電話の振動音だった。静まり返った家の中で、案外それはよく聞こえた。こんな時間に私に電話を掛けてくる人などいない。こんな時間でなくても、電話をしてくる人なんて皆無だ。私はたぶんそれはメールだろうと見当する。今日職場で、何か後で問題にでもなることがあっただろうかと思い返してみるが特に心当たりがない。明日の仕事で何か引き継ぎ事項があっただろうかとも思うが、こんな時間に電話するほどのこともないだろうと思う。そんなことを思いながら二階の部屋に向かう。

 通勤鞄の中で、紫の光が蛍のように点滅していた。開いてみると予想外に電話が入っていた。だが表示された番号を眺めていても一向にそれが誰であるか分からなかった。そもそも知り合いなら最初から電話帳に登録してあるはずなのだ。昼間仕事の件で電話したお客さんだろうかと一瞬思うがそれは職場の電話を使ったのだからここに掛けてくるはずもない。いったい誰なのだろうと訝しく思う。だがまったく心当たりがなかった。きっと間違い電話であろうと思い、そのまま履歴を消去した。



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