星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

知り合ったときには・・・(5)

2006-09-28 01:15:34 | 知り合ったときには・・・
(5)

 会社の最寄り駅に到着すると、読んでいた小説を鞄にしまった。通勤で使っている電車内では、いつも本を読んでいるが、今日はまったく集中することができなかった。そのせいで追っている文章を何度も読み返した。何度も読んだのに、何が書いてあったのか、考えてみてもどうしても思い出せない。
 昨晩の彼との会話を、もういちど頭の中で反芻してみる。あの時彼が、母親と会ってくれと強硬に主張していたなら、もしくは私が、お母様に会ってもいいが結婚までは考えられない、と言ったことに関して、彼が私を裏切り者のように言ったならば、私はもう、彼とは別れようと決意しただろう。けれども昨日の彼は、いつもよりは寛容で、少し大人の余裕すら感じられた。あのような反応が返ってきたことで、却って私は彼から自由になれた様な気がしていた。結婚というものに縛られない交際、それを宣言し受託されたのも同じことだと思った。彼が帰った後、彼と一緒に生活することをぼんやりと想像してみた。容易に想像することができたけれども、それは結婚生活というよりも、ただの共同生活という気がした。結婚というものが、好きな者同士が離れられずに一緒になるという単純な理由でなく、あらたな家庭を作る、ということがその意義として重要視される制度ならば、それは今の私にはまだ現実味のないものだった。彼と一緒に毎日を暮らすことは、それなりに楽しだろうし、きっと優しい彼ならそれほどの苦労もなく人生を歩んでいけると容易に予想ができるが、例えば子供を作る、ということを考えると、私は彼の子供なんて欲しいのだろうか、と思った。欲しくないということは、それほど彼のことを、人生の中で必要としていないのではないだろうかと思えるのだ。要するに愛している、というまでには達していないのではないか、と思った。本当に愛している人となら、自分からそういう気分になるのではないか。それは女の、単なる感傷のようなものなのか、実際にそんなことを、ドラマじゃあるまいし思う人なんているのだうか、とも思うのだが、それはきっと、そういう人が現れたら分かることなのかもしれない。
 私はどうしてこんなに醒めているのだろう、と自分で自分を冷ややかに見つめてみた。結局私は、きっとそこまで、彼のことを思っていないのだ、という結論にいつも達する。でもそのことを、はっきりとは彼に言えないし、自分でも、結婚すると決意するに至るような愛情、というものがどんなものなのか、良く分かっていないのも確かだった。それとも・・・。私は自分の心の中に、考えようと思ってもいないのに、勝手に浮かんできてしまうあることがあるのを感じていた。でもそれを考えるのは、馬鹿げていると思って、そのことに気がつかないように無意識にしている自分も分かっていた。自分の思い込みだけで、想像の羽を広げるのは、自由なことだと思うが、それを現実に直面している事案と比較して考えるのはおかしいと、そう思うからだった。
「おい。」
 不意に後ろから声がした。会社の主任の彼だった。朝のせいか、いつもより爽やかな印象だった。たった今頭の中で考えていたことを、まるで見透かされたかのように、数秒間こちらを見つめていた。それで、急に恥ずかしい気分になった。実際に頬が熱くなるのを感じた。
「おはようございます。今日は早いですね。」
 慌てて挨拶をしてごまかした。いつもは足早に通り過ぎる並木道を、少しだけゆっくりした速度で歩いた。周りの人が、私たちをどんどん追い越していく。
「朝から元気ないな。」
 彼はいつも、悠然と歩いているように見える。大きな歩幅で、ゆっくりと歩いているように見えるのだ。
「そうですか。元気ですよ。」
「男と喧嘩したか。」
 ぎくりとした。彼が不意に現れたことで、完全にいつものペースを失っている私は、こんな発言にまたも顔が赤くなりそうだった。彼がこういう話をすることは、滅多にないことだった。この間の昼食で、見合いの一歩手前のような話を上司にされたとき、彼がいます、と言ったことを、聞いてないようで聞いていたのだなと思った。
「いえ・・・」
 まさか昨日あったことや今朝たったいま頭の中で展開していたことを赤裸々に話すわけにもいかず、私は言葉を濁した。
 やや下を向いて歩いている私の視界には、右を歩く彼の、二の腕から鞄を持つ手の辺りが見えていた。ごつごつとした左指には、当たり前だけれど結婚指輪がしてあるのが確認できた。
「結婚する時の決めてって、なんなんでしょうねえ。」
 私は別に、答えを求めて言ったのではなかったが、なぜかこういう言葉が口から出てしまった。まして自分のこととして言ったのではなく、あくまで一般論として疑問に思うという意味で、それがつぶやきのように口からこぼれ出ただけだった。けれどもいったん口から出た言葉は、取り消すことができず、言ってしまった以上その反応が気になった。
「さあな。」
 一言彼は言った。はぐらかされたと思った。「俺も知りたいね。」
 彼のことに関しては、一を聞いたら百ぐらいことを想像をしてしまう私は、この言葉の意味することを頭の中で考えていた。これは一体、どういうことなんだろう。けれども、見えない彼の私生活と、あくまで私の想像でしかない彼の結婚生活からは、この言葉の意味なんて、見出すことはできなかった。また私は、この次の言葉をどう繋げたらいいかを、見失いそうになった。
「お前はいいな。」
 車道の車が勢いよく走っていて、その言葉は半分しか聞こえなかったけれど、多分、彼はそう言ったのだ。私はますます、頭の中が混乱した。歳を取ると、若いというだけで、若くていいね、とよく言われるように、既婚者から見たら単なる独身であるというだけのことで、いい、ということなのか。それとも既婚者となると世間やら何やら色々とあるけれど、独身の私は能天気でいいということなのか。とにかく、どういった意味で言っているのか、さっぱり分からなかった。分からないのだから、どういった返答をしていいのかも分からず、「そうですか。」と曖昧な顔をしながら、曖昧な返事をした。
「お前みたいなのと結婚したら、いいんじゃないか。」
 目の前の信号は赤だったので、そこで少し立ち止まった。立ち止まったので、彼はこちらをちょっと向いて、少し微笑んだ。数秒だった。私は何も考えることが、できなかった。

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知り合ったときには・・・(4)

2006-09-26 02:35:56 | 知り合ったときには・・・
(4)

 アパートに入ってくるなり、彼は「あー、疲れた。」と言って、ごろんと上半身だけ寝転がった。やっぱりこの調子だと、今日は泊まっていくのだろうか、と思うと、何故だか急にこの人が憎たらしいような気分になった。
「何か飲む?」言いながらさきほどの電話に続く自分の冷たさに、少し嫌悪の気持が湧いてきた。どうして今日は、こんなに彼のことを面倒臭く感じるのだろう。
「いいよ何でも。今日はすぐ帰るから。」
 私のいつもとは微妙に違う態度に、敏感に気が付いたのか、彼はまたすぐ帰ることを強調した。「ちょっと話したいことがあるんだ。」
「話?」
 私がさっき意味もなく訊いたら、今日は特に用はないと、確かに言っていたはずなのに、何なのだろう。ここ最近喧嘩や言動のすれ違いをした記憶もないので、何のことを言っているのだろうと思った。そう言えば、最近と言わず彼とは喧嘩らしい喧嘩など、今まで一度もしたことがないことに、今気付いた。
「今度の日曜に、うちの母親がちょっと用があって田舎から出てくるんだけどさ。」
 言うと同時に、彼は寝ていた上半身をまた起こした。小さなテーブル越しに、顔と顔は近くになった。
「そう。」
 素っ気無く答える。もう意図は見えていた。お母様に会わせたいというのだろう。そしてその先は、結婚を意識してほしいと言うのだろう。私が目線を下げようとするのを、彼は食い止めて何とか自分の目から逸らさずにした。おふくろに会って欲しい、か、結婚してほしい、という言葉を予想した私は、次の言葉で一瞬不意を突かれた。
「お前俺のことどう思ってるんだ?」
 今こんなことを聞かれるとはまったく思っていなかったので、意識的にしていた、今までの素っ気無く冷たい態度が、瞬時に狂ってしまった。逸らせなかった瞳を、どこに向けようと、何秒間か視線が宙を彷徨った。私の顔を見つめながら、その一瞬の迷いのようなものを、目の中に見て取った彼は、自力で回答を見つけ出したかのように、自分のほうから視線をずらした。
「あなたは?あなたは私のことどう思っているの?」
 本心を見抜かれたように感じた私は、そのことに少し慌てて、こう言いながらも自分がずるいということを、充分承知していた。私は卑怯だ。分かっているのに、なぜか口を出てしまった。こうして答えもせずに逆に同じ質問を繰り返すことで、時間を稼ぎ、そして相手の反応如何で自分の答えを出そうと思っている。自分でそのことに嫌気が差した。
「ごめん。そんなことはどうでもいいのよね。私があなたを、どう思っているかを知りたいのよね。」
 素直にこの言葉が出てきたことに、自分でも驚いた。彼は私がいつもの私に戻ったので、少し希望を持てたようだった。
「いや、俺は、」彼の目は、私の、目と口の中間辺りを見ていた。
「俺はお前のことが好きなんだ。」「ずっと一緒にいたいと思ってるんだよ。」
 言い方によっては、随分ときざな言葉だと思った。けれども、今の彼はさらっこの言葉を口にした。そして今の彼のこの言葉は、決して陳腐なセリフには聞こえなかった。私たちは日頃、好きだとか愛しているだとか、そんな言葉は滅多に口にしなかった。
「私も・・・」
 後に続く言葉を、どうしていいか分からなくなった。彼のことは、勿論嫌いではない。好きだと思う。けれども、愛しているのかどうかは分からない。一緒にいて楽しい。自分が自然体でいられる。多分一緒に暮らしてもそれほど違和感もないだろう。けれども、この人でなければだめだと、そんな確信が、どうしても得られないのだった。この人でないと私は生きていけない、この人でないと私はだめだ、そんな風にはどうしても思えないのだった。けれどもそれは、そんなことは、所詮現実味のない小説やドラマの話であって、この人でないとだめだという当てのない確信なんかよりも、生活して生きていくという現実の中では、この人となら衝突もなく生きていけるということの方が、もしかしたら大切なのかもしれないと、そんなことも思っていた。ただ、毎日の生活の中で、そんなことをぼんやりと考えてみることはあっても、彼と結婚する、ということについては、何故だかまったく頭の中になかった。そういう想定も、したことがないわけではなかったけれど、それはひどくぼんやりして、どうしても、自分に実際に起こる将来という風に、考えることができなかった。
「私も、好きだと思うの。一緒にいて、落ち着くし楽しいし自分が楽にいられる。でもね・・・。」
 期待されている言葉は言わなくても、正直に言うことのほうが、大事だと思った。先を言おうとして、彼は私の代わりに続きを言った。
「でも、結婚までは、まだ考えてないか。」
 声に出す代わりに、頷いた。彼はなぜか、ふっと微笑んだ。3歳年上の彼を、普段は特に年上と感じることもなかったが、今の彼は、自分より少しだけ大人の男に見えた。
「お母さんに会うのなら、会ってもいい。でも、それで即結婚とは、決められない。」
「いいよ。わかったから。」
 それは投げやりな言い方でなく、すっきりとした表情だった。期待していた答えと、違う答えを言われて落胆しているという様子は微塵もなく、もしかして彼は、前から私の本心を見抜いていたのかもしれないと思った。
「あ、アイスが!」
 彼は慌てて、部屋に投げ出したコンビニのビニールを床から持ち上げた。頼んだアイスが、少し溶けていた。彼が買ったのは、なぜか宇治金時だった。
「ごめんね。頼んでおいて忘れてたね。」
 私は咄嗟に、先日のキャラメルバニラを思い出した。それから連想ゲームのように職場の彼のことを思い出し、彼の柔らかい笑顔を思い出し、そして半分どろどろになった宇治金時を見つめた。
「もう、これじゃだめだね。」
 言いながら台所に溶けたアイスを捨てにいった。彼に背を向けたキッチンで、私は胸が締め付けられるのを感じた。

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知り合ったときには・・・(3)

2006-09-25 07:01:11 | 知り合ったときには・・・
(3)

 キャラメルバニラを食べて以来、あの日のように昼食を食べる機会は度々訪れた。それは同じ事務所で同じ仕事をする者同士の、特別な理由のない習慣となっていった。たいていは、彼と一緒に仕事をしている上司と、彼、私の3人だった。社食のときもあったし、外へランチに行くこともあった。女子同士で連なって昼休みを取るのが嫌だった私だが、さすがに上司では断れないというのと、男の人の場合は人の噂やだらだらしたゴシップをあまり聞かなくていいし、食事という目的が終わればさっと引き上げてくるので、連れ立って行く事はあまり気にならなかった。それに相も変わらず、込み合う蕎麦屋や定食屋で、あっという間に平らげて帰る、というパターンだったので、女同士の優雅なランチタイムとは少し違っていたのだった。話をするにしても、彼と彼の上司が二人で喋っているのを、横で黙って聞いていることが多かった。ある日、洋食屋でハンバーグ定食が出てくるのを待っていると、彼の上司が唐突に、中村さん付き合っている人はいるの?、と聞いてきた。
「ええ。いちおう。」
 この手の質問は会社に入ってから聞き飽きるほど聞いてきたのだが、あまり私生活を詮索されたくない私は、素っ気無く答えた。その時私には付き合って2年になる彼がいた。友人の紹介で付き合い始めたのだったが、正直、熱烈な恋愛とは言えないような感情しか持てないでいたのだった。一緒にいれば落ち着くのは確かだが、それ以上の、特別な熱い思いというのは、どうしても持つことができなかった。人から聞かれた時は、特に隠しもせずに彼がいると表明するが、自分から進んでその存在を人に言ったりすることはしなかった。
「そうか。そうだよなあ。いないわけないよなあ。いえね、前にいた支店の部長さんからね、誰か息子にいい人がいないかなと訊かれててねえ。中村さんなら、控えめで、しっかりしてるし、もしあれなら、いいかなあと思ったんだけどね。」
 プライベートなことを聞いて悪かったと言いながら、上司はそんなことを話した。そんな話なら尚更、彼がいると言っておいてよかった、と思った。人の紹介というのは、もううんざりなのだ。その話をしている間、私は彼の反応が気になって仕方がなかった。私に付き合っている人がいることを、どう思うのか。そして上司がどこかの部長の息子の嫁候補に、私はどうかと言っているのを、どう思うのか。だが彼はその話をしている間中、特に変わった表情もせず、テーブルに置いてあるメニューをちらちらと見たり、他のテーブルの人達をぼんやりと眺めたり、運ばれてきたコンソメスープを飲んだりしていた。つまり私の私生活や恋愛事情のことなんかには、まったく興味を示していないのだった。

 私もまた、依然として彼の私生活は闇のままだった。ただ私は、毎日彼を観察することができたので、ほんの些細なことから、彼の家庭でのあり方を想像してしまうことがよくあった。スーツの下のシャツが皺だらけのときは、奥様がアイロンを忘れたかクリーニングを忘れたんだろうと思った。喧嘩か何かして、家事を放棄されたのかなとも思った。ごくたまに手作りのお弁当を持ってくることがあると、きっとお子さんの遠足の日なんだろうと思った。またどんなに残業が遅くなっても、一切電話をしたりしないので、家庭での彼は、尻に敷かれている、という訳ではないのだな、と思ったりした。たまに奥様から電話が入るときがあって、その時はぶっきらぼうに答えていた。職場に電話を掛けられるのを、非常に嫌っているようだった。奥様が仕事でどうしても残業を外せないときがあるらしく、そういう時は彼が上司に理由を言って残業を早めに切り上げて帰ったりもしていた。そんな時、当たり前だけれども、私はまったくの部外者だと感じた。そういう時は、せめて私に出来る作業はないかと申し出て、早くお帰りになってください、と言うことくらいしかできなかった。と同時に、彼の奥様のイメージが、仕事も育児もばりばりとこなすキャリアウーマン、というものに近くなっていった。そんな風に想像が大きくなってくると、逆に私という存在はどんどんと小さくなってくるように感じられた。

 奥様からの電話で、残業を早めに切り上げて彼が帰ってしまうと、まだ数名人が残っているにも関わらず、事務所の中は急に寂しい場所に感じた。私は切りのいいところで作業を終わらせて、帰り支度をすると外に出た。駅までの道を歩いていても、電車に乗っていても、ずっと彼のことを考えていた。知りもしない彼の家庭のことについて、勝手に想像を膨らませていた。家に帰って、小学1年生のお子さんと、一緒にご飯を食べたり、お風呂に入ったり、宿題を見てやったりするのだろうか、と考えた。お子さんといるときは、あの柔らかい細めの目で、子供を見つめているのだろうかと、考えた。その顔を想像すると、胸が締め付けられる感じがした。例えば、今付き合っている彼のほうは、あんな目をすることはなかった。表面的には、付き合っている彼は優しい人だと思う。言葉でも、態度でも、優しいことは間違いない。けれどもあの、彼のする表情の、あの何とも言えないあの目のような、こちらの胸がぎゅっと締め付けられる感じのあの目ほどの顔は、決して付き合っている彼からは見ることができなかった。あの目で真正面から、至近距離から見つめられたら、どんな感じがするだろう。どうしてあんな表情をするのだろう。あの目をしているとき、彼はどんなことを考えているのか、どんな気持でいるのだろうか。奥様を見つめるときは、あの眼差しなのだろうか。考えたからといって、特にどうなるわけでもないことなのに、ずっと頭を離れなかった。

 アパートに帰ると、付き合っている彼から電話があった。なんとなく会いたくなったので、これから行ってもいいだろうか、という内容だった。週末も半ばを過ぎ、残業の多い週だったので疲れのたまっていた私は、いつもなら絶対に断ることなんてしたことがないのに、今日は彼に会いたい、というよりも面倒くさいという気分が先にたってしまった。
「今日は少し頭が痛くて。早めに帰るのならいいけれど。」
 言ったあと、冷たかったかな、と思ってしまった。何となく会いたいから会おう、という理由は、会うのに目的なんていらない恋人同士にとって、至極当然の理由といえばそれまでなのだが、続けて「何か特に用があるの?」とさらに冷たいことを言ってしまった。「用って用はないけれど・・・。」と少し困惑したような調子が返ってくると、少し後悔の気持がしてきた。けれど、その気持は、きっと来ればそのまま泊まっていくに違いないのだから、もっときっぱりと断ればよかったかも、という気持に、瞬時に変わった。
「じゃあ行くけど、今日はすぐ帰るよ。何か買ってくものはない?」
 結局来るのか、と思いつつ冷たいものが食べたかった私は「アイスを買って来て。」と頼んだ。「いいよ。」と言って彼は電話を切った。比較的家の近くから電話をしてきたようで、彼は15分もしないでやって来た。一応電話を入れたけれど、最初から来るつもりだったのだろう。ゆるりした部屋着のワンピースに着替え、玄関立った私は、仕事の後はいつもそうだが、今日はなぜだか余計にだるさを感じた。

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知り合ったときには・・・(2)

2006-09-24 10:21:00 | 知り合ったときには・・・
(2)

 彼は仕事中、ほとんど私語をしない人だったので、当然私生活がどうであるかはまったく想像もつかなかった。ただ先輩が勝手に教えてくれたところによると、共働きの奥様と小学校に上がったばかりの息子さんがいて、会社から1時間くらいの町に住んでいるということだった。奥様が仕事をされているせいか、生活臭さというものをまったく感じさせない人だった。かといって、着るものや持ち物が洗練されて、隙がなく、独身のようだという意味ではない。そういった意味では、むしろかなり無頓着であるように思った。だが何と言うか、生活の匂いがしないのである。言葉で喋らなくても、何となく見え隠れするその人の家庭での姿、というのがまったく想像できないのである。ときどきこの人は、別居生活をしているのではないかと思うときがあった。それくらい妻や家族というものの影が、見えないのだった。職場では一匹狼といった風情があるが、私生活でも一匹狼なのではないか、と思うこともあった。そういう私も、OLにありがちな、女子社員で派閥を作る、とか、グループで固まって行動する、ということに抵抗があった。時々周りを恐れず単独行動をする私に、表面では普通に接してくれるが、陰ではきっと色々言われているに違いないと思っていた。この支店は女子が少ないので、あまりそういった行動を取っていても異色と思われないが、本社にいたときは昼休みを皆と一緒の行動を取らないというだけで、随分と嫌味を言われたり、変人扱いされた。一日パソコンに向かって、雑用に追われている身では、昼休みぐらい一人でいたいと思っていた。入社した当初は皆でランチを食べに行ったり、社食にぞろぞろと一緒に行ったりしていたが、そういうのが嫌になってしまった。何をきっかけにかは忘れてしまったが、だんだんと行動をともにしないようにしていった。終いには誰も何も言わなくなった。

 いつものように仏頂面で仕事をしていた彼は、今日は外に出ないでオフィスで一日仕事のようだった。頼まれた書類を印刷し渡しに行くと、お昼は?と聞かれた。
「今日は、上の食堂に行こうかと・・。」
 びっくりして答えた。ビルの最上階にある社食に行く時は、上の食堂、と言っている。
「じゃたまには外に行くか。」
 それは私と一緒にという意味なのだろうか。たまにはって、しょっちゅう外でランチくらい食べているだろう。それはたまには私とという意味で、言ったのだろうか。短い何秒かの間に様々な疑問が頭に浮かんできた。どう反応したらいいのだろうと体が固まったままでいると、「行くぞ。」と言って椅子に掛けてあるスーツの上着をつかみ、出口に向かって歩き出した。
「中村さん借りてちょっと昼行ってきます。」
 彼は私の係長にひと声掛けると、ほら、とばかり背中を押した。慌ててデスクから財布を取り出し、駆け足で後に続いた。最近は彼の係の仕事の手伝いが多いので、私の直属の上司は、特に何も言わず、ああ、とだけ言った。

 ここでいいか、と入った店は、取り立ててなんの特色も無い、スパゲティ専門店だった。本日のランチを頼み、私は緊張のあまり、何も自分から話すことができなかった。昼時で回転の速い店だったので、出されたスパゲティはあっと言う間に空になり、氷の多いアイスコーヒーはあっという間に飲み干された。終始無言で食事を終えた私たちには、下手に時間のかかるフレンチの店なんかではなくて、却って良かったのかもしれないと思った。だが降って湧いたような二人だけで食事ができるという状況を、こんなスピードで終わらせてしまったのが悲しいような、そんな相反する心境にもなった。食事時間が正味15分ほどで終わってしまい、昼休みはまだ30分ほど残っていた。昼休み中のサラリーマンやOLが行き交う、大通りの並木道を歩きながら、不意に、アイス食おうか、と彼が言った。ジェラード屋が数軒先にあった。こんな大人の渋い顔をした人が、食後のデザートにアイスを食べるだなんて、と思うと、何だか可愛らしくなり、少し緊張が和らいだ。ガラスケースを覗きながら、何を頼むのかを横目で伺っていると、キャラメルバニラと、ナッツ入りチョコレートという、甘い組み合わせのものを頼んでいた。アイスの好みがまったく同じだったので、つい同じのを、と言ってしまった。
「真似すんなよな。」
 普段あまり言わないような口調だった。私はつい正直に、「だって好みが同じなんですもん。」と答えた。彼は日頃あまり見せないような口元をして、にっと笑った。私は眼鏡の奥の、すこし細くなった柔らかい目を見て、どきりとした。こういう目を見たのは、初めてだった。

 その日以来、私はあの時の目に、たまに出くわすときがあった。それは頼まれた仕事をやり終えたことを報告したときだったり、少しお酒が入った飲みの席だったり、朝ばったりと改札の外で出くわしたときだったりと、不意な時が多かった。帰社しない彼をじっと待っていて、事務所に入ってきたところで視線が交差することがたまにあった。だがそういうときは決して笑顔を見せず、むしろ意識的に視線を外すのだった。向けている視線に気付かれないようにと、慎重に注意していたはずの私は、むしろ視線に気付いてほしいと思うようになっていた。頭の中では、いけないと思いつつも、目が勝手に、彼の姿を執拗に追ってしまうのだった。

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知り合ったときには・・・(1)

2006-09-23 10:18:09 | 知り合ったときには・・・
(1)

 私が彼と知り合ったとき、すでに彼は結婚していた。もう小学校に上がるくらいのお子さんもいて、当時20代前半だった私にとって、その人はとっくに落ち着いた、大人の男だった。私は初めて彼を見たときのことを、よく覚えている。曜日は忘れたけれど、仕事の暇な昼下がり、スーツではなく普段着で事務所に入ってきた。ベージュ色のポロシャツに、カーキ色のパンツを履いていた。そういう出で立ちの人も来客としてやってくるので、その人は上司の知り合いか何かの、お客だと思った。その事務所でいちばん下っ端の社員だった私は、すぐさま席を立って来客用のお茶を用意した。

 お茶を出して戻って来ると、私の隣に座る先輩が、そっと耳打ちをした。「あの人はうちの支店の人よ。」驚いてその人を見たが、まったく顔に覚えがないのだった。私がこの支店に転勤となり、2週間が経つが、その人は1ヶ月間の研修に参加していて、最近事務所には顔を出していなかったと、先輩が教えてくれた。

 傍目には、決してスマートで、洗練されているという印象はなかった。身長も低くはないが特別に高いということもない、中肉の、見ようによっては、ややずんぐりした体つき、色黒で顔のそれぞれのパーツが大きい。それで存在感があるように思った。例えば電車に乗っている大勢の人の中でも、彼の容貌だったら容易に見つけられるような感じがした。今30代の私だったら、その当時の彼を見て、中年、とは決して思わないだろうが、当時の私には、もう既に見た目はおじさん、という範疇に入っていた。かといって、だらしのないくたびれた中年という印象では、決して無い。格好いい、と女性が騒ぐタイプの外見ではないが、その容姿からは、何かわからない、強烈な個性が、顔や体からにじみ出ているような気がした。研修先に戻るというので、退席しようと席を立ったとき、出口のドアに近い私の席の前を通ろうとして、目が合った。大きくてぐるんとした目が、眼鏡の奥から覗いていた。睨んでいるような目つきだった。全体の印象は濃い顔、がっしりした体つきという感じだったが、表情だけは冷淡な、クールな感じがした。その目に吸いつけられるように、私は視線を外せなかった。

 私はその事務所に転勤してきたばかりだったので、彼に何か挨拶をしなければならないと咄嗟に思って、あの、と言いかけた。その瞬間その人は目線をそらして私の隣に座る先輩の方を向き、何か冗談めいたことを言った。先輩は、研修はどうですか、というような社交辞令的なことを訊ねて、その返事に、どうってことない、まあまあだよ、というようなことを返されていたように思う。そんなやりとりをしながら、笑いながら出口に進んで行った。

 一目惚れ、ということがあるのだとしたら、多分あれは一目惚れだったのだろう。今にして思うと、その時、私があの人に夢中になるという、根拠なんて何もなかった。たまたま電車に乗り合わせた人と、理由もなく恋に落ちてしまうように、私はその人に、一目惚れをしたのだった。特別に洒落た会話もなく、どう考えても惹き付けられるような外見的要素もなく、また事前にその人について何の情報も持っていなかったはずの私が、なぜあの日以来、あんなにあの人のことが気になるようになりだしたのか、どうしても分からなかった。ただ、何故かわからないけれど、強烈にその存在が印象に残ってしまったのだけは、確かだった。

 次に彼に会ったのは、その事務所の歓送迎会だった。私は転入者として、上座に座らされた。そして、ちょうど研修から戻ったばかりの彼も、慰労も兼ねていたその会で、上座に座らされていた。私の右隣だった。

「あの、」
 初めて会った時に、挨拶しそびれていた私は、これはいい機会だと思って、話し掛けた。支店長の挨拶も終わり、上司の乾杯の音頭も終わって、出されたものに箸をつけ始めたところだった。言いながら、手にビール瓶を持って、お酌の意思を表明した。
「どうも。」素っ気無く彼は言った。
「この間の異動でこちらの支店に参りました、中村と申します。よろしくお願いします。」半分空になったグラスにビールを足すと、彼はすぐに一口飲んだ。私はその様子を見ながら、続けて言った。
「ずいぶんとご挨拶が遅れてしまって、申し訳ありません。ちょうど研修でいらっしゃらなくて、この間お目にかかったときは、私主任だと知らなくて。すみませんでした。」
 隣の席だったので、真横を向かない限り、正確な表情は見て取れなかった。テーブルの上のお刺身に箸をつけながら、「いや、別に。こちらこそ。」と短い返事をされた。
「俺はこの会社の社員ぽくないのかな。」
 ぼそっと呟くのが聞こえた。その時はそれが、どういう意味かは、よく分からなかった。来週から事務所に復帰して、通常業務に戻るのだそうだけれど、営業の彼は、きっと昼間はほとんど事務所にいないのだろう。挨拶が済むと私は会話の続きを、どういう風に持っていっていいのか、分からなくなってしまった。彼はもくもくと料理を食べ、ビールを飲んでいた。空になったグラスを見て、私がビールの瓶をもってお酌をしようとすると、さっと自分で瓶をつかみ、「そんなことはいいから。」と言ってビールの瓶を卓上に置いてしまった。
「すみません。」
「いいんだよ、女に酌をさせようなんて思ってないから。」言いながら、逆に空になった私のコップに注いでくれた。「それに、お酒はあまり飲まないんだよ。」そしてまたもくもくと料理を食べている。女の社員が少ないこの会社で、たいていのおじさんは、私くらいの歳の女が隣に座ると、彼はいるのかとか、なんだかんだと話題を振ってくるものだが、この人はそういったことは一切聞いてこない。そのうち反対に座った上司と話を始めて、お酌の必要もなくなった私は、自分の料理を食べ始めた。

 一応転入者である私は、座を一通り廻って、支店長をはじめ上司の上の順からお酌をした。お酒の席で、酒が強いとアピールする女性がよくいるが、私はそういうことをしないので、酒が好きではないと思われている。お酒の強い人は、たいていおじさんの受けが良いが、私はお酒は好きだけれどもそういうアピールはしたことがなかった。上司の受けを良くしたいなんて思わなかったのと、職場の上司と飲んでもちっとも楽しくなかったこと、宴会という場が苦手だからだ。若い子でなんの抵抗もなくおじさんと話ができる人を、うらやましいと思う。私はこういう場になると、てんでだめだ。おじさん向けの話題、例えば野球とかサッカーとか政治とか、それから職場の上司の悪口やら愚痴やら、そういうことにまったく興味がないのだ。かといって、自分のプライベートを話すのも嫌いなのだ。彼がいるくせに、いい人紹介してくださいよ~、と調子よくいう人もいるが、そんなことも絶対に言わない。会社の人に紹介してもらうなんて、考えただけでも嫌だ。

 次の日から、彼は私と同じ事務所に、出勤してきた。営業だったので、よく外に出てしまうが、私がその事務所でいちばん年下の女子社員だったので、朝の始業前や営業から戻ってきたときなど、コーヒーを入れたりしていた。たいてい彼は、あまり無駄口や調子のいいおしゃべりはせず、もくもくと仕事をした。そのため彼のまわりは一見近づきがたいオーラが漂っているように見えた。

 もともと男性社員と話をするのが苦手な私は、彼に近づくときはいつも、軽い緊張を伴った。人を近づけないオーラを放っていることと、仕事が出来ると評判の人だったので、私からは遠い存在に思えたのだった。それに私も、自分から調子よく話し掛けることができなかった。最初の数ヶ月、ほとんどまともに口を利いたことがなかった。朝顔を見たときの、おはようございます、や、お茶を入れるときの、失礼します、など、最低限の会話だった。

 ある日、職場で新しいプロジェクトを立ち上げるという話になった。立ち上げると言っても試験的な段階で、当初は2名の体制で始めることとなった。その2名のうちの一人が彼だった。それほど多くない支店の人員からは2名がやっとのようだが、雑務を含めて2名ではきついというので、私はそのメンバーではないけれど、忙しいときは雑用を手伝うことになっていた。それからは、必然的に彼と接する機会が多くなった。彼らが外に出ているときの電話受け継ぎ、資料作りその他雑務という内容だったけれど、毎日何かしらの連絡事項や引継ぎがあり、当然話す機会も多くなった。私の持っていた適度な緊張感は、毎日の雑務を通しての接触で薄れていくものと思っていたが、逆に余計に緊張するばかりだった。今まで部外者の目で、挨拶程度の会話しかしなかったが、この人にできないと思われたくないという一心から、たとえ雑務でもきちんとした仕事をしなければという気持が強くなった。以前より身近に見る彼の仕事振りは、確かに他の社員と違った面も多かった。特に対人関係という面で見ると、彼は保身ということをまったくしなかった。相手が誰であろうとそれが正論であれば真正面からぶつかっていくのだった。問題点はそれが微妙な人間関係が絡んでいてもきっぱりと指摘した。それによって自分の出世や社内の風評が悪くなるということは、一切構わないようだった。あくまで仕事は仕事で、合理的に、情けをかけずに仕事を進めていくのが、彼のやり方だった。そのため社内の人には、彼を協調性の無い奴という人もいた。けれども彼の口から、上司や部下の悪口を聞いたことがなかった。また直接仕事とは関係ないような、所謂ゴシップ的な内容の他人の話も、聞いたことがなかった。そして、仕事の出来ない人にありがちな、自分の能力のなさを環境や他人の所為にすることは勿論、どうってことない仕事の愚痴などの類も、一切聞いたことがなかった。私はそういう姿勢を、他の人達とは違って、好ましいと感じていたが、そういう話を一切しないということは、それは職場においてほとんど話すことがないのと一緒だった。それで、身近な場所にいるようになっても、結局、純粋な業務の話や挨拶程度の会話しか、することはなかった。

 それなのに私は、日に日に彼のことが気になって仕方がなくなった。外回りに出てしまうと、何時になったら帰って来るのだろうといつも時間が気になった。私が退社する前に帰って来ると、顔を見れたことにほっとした。奥様も仕事をされているようなので、たまに家庭の事情で仕事を休むときがあった。そんなときは、あんなに無口で無表情な彼でも、実は家庭思いの一児の父親なんだと思ったりした。仕事で頼まれごとをされると、嬉しいと思う気持が強くなり、急いで仕事を片付けた。それがたまに残業にまで及んで残ることがあったが、業務時間より人の減った事務所で彼と一緒に仕事ができるのは、密かな楽しみとなるようになった。支店内の誰にも気付かれてはいなかったと思うが、私は自分の離れた席から彼の動向を目で追うようになっていた。でも決して、彼と目線がぶつかることはなかった。そうならないように、慎重に見つめていたからだった。その頃には、犬が飼い主の足音を遠くから聞き分けるように、外回りから帰ってくる、彼の廊下を歩く足音で、帰ったことを敏感に察知できるようになっていた。朝出勤してくるときも、大抵私のほうが早いのだが、ときどき駅で鉢合わせになることがあった。その時間では業務前の雑務をしなくてはならない私には遅いのだが、遅れてはいけないと思いつつ、もしかしたら一緒になるかもと思ったりした。私はそういう心理状態になっている自分を、まるで中学生の頃の恋愛のように感じた。片思いだった男の子の、後をひっそりとつけているような、そんな感覚だと思い、少々恥ずかしくなった。けれども、私のこの気持を知っている人は誰もいない。そのことが唯一の救いだと思った。

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コメント

訳もなく

2006-09-22 07:25:17 | つぶやき
理由なんて何も無い。感情に、自分の思いに、なぜそうなったのという、理由なんてない。

気が付いたら、私は夢中になっていた。気が付いたら、私はいつもそのことばかり、考えている。ひっそり息をしているけれど、心の中で喘いでる。心の中では、苦しくて、息が出来ない。

私がこんなに苦しいのに、誰も、そのことに気付かず、毎日はただ同じように通り過ぎる。同じように私に話しかけ、同じように笑い、そして同じように私も笑う。

私は、誰にも知られないように、この息苦しさを、宝物のように隠している。
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何もかも

2006-09-21 21:06:22 | つぶやき
覚えておこうと思う。何もかも。

二度と会えなくなる日が、来るかもしれないから。

いつでも思い出せるように、何もかも。
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