星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

天使が通り過ぎた(3)

2007-10-30 01:25:11 | 天使が通り過ぎた
 通彦は大股な足取りでこちらに近づいてきた。いつもの歩き方だった。スーツの上着を脱いで壁の隅にあった帽子掛けに掛けた。私は無言でその一連の動作を見守っていた。椅子に座ると「悪かったな、遅れて。」とひとこと言った。
 「別にいいの。仕事忙しかったのね、ごめんね。」
通彦の顔を除きながら静かに答えた。先ほど心の中に発生した黒い雲のようなもやもやとしたものは、通彦が現れたことでそれほど気にならなくなった。

「お腹空いたね。何食べようか。」
言いながらメニューを開いた。こんなに待っている時間があったのだから先にオーダーするものを考えておけばよかったのだと、今気が付いた。私はこんな風にいつも手際が悪い。

私がメニューを広げて眺めていると、通彦が「とりあえずビールもらっていいかな?」とぼそっと言った。ビールと言っても国産のものから地ビールから外国産のものまで数種類のビールがあった。
「通彦どうする?どのビールがいい?地ビールとか色々あるよ。」
メニューを通彦のほうに見せながら聞くと、彼はネクタイを緩めながら少しかったるそうに「いいよ普通に、生で。」と答えた。私はなんとなく通彦がやはりいつもと違うとまた感じ始めた。先ほど気のせいだったと思ったもやもやとした気分が、また雨雲のように湧いてきて心を支配し始めた。

 メニューを通彦のほうに向けてもちっとも乗り気でない様子だった。しかし、私もいざメニューをよく見て気が付いたのだが、ポテト料理の店だとは分かっていたけれど本当にじゃがいも料理ばかりなのだった。その他にもじゃがいもでないビールに合う料理が色々とあるのだろうと思っていたのだったが、サラダから揚げ物、メインディッシュやデザートに至るまで、ほとんどすべてにじゃがいもが使われているのだった。

 「ここね、ポテトの専門店らしいの。りか子先輩が教えてくれて。」
 言い訳がましく聞こえたかなと思いながら言ってみた。私の職場の先輩のことはいつも話しているので通彦も知っていた。だが彼はいつものように会話に乗ってこなかった。一向に、今日は何の為に会っているのかも気づいていないかのようだった。メニューを一応見てはいるが何か別のことを考えているようにも思えた。仕事で何かトラブルでもあって気持ちがまだ職場なのだろうかと考えた。

 「いいよ、適当に頼んで。俺あんまり芋って好きじゃないから。」
 「そうなの?」
 通彦はいつも飲むときはビールばかりで、メニューにあれば必ずフレンチフライを頼んでいた。デートで私が手作りのお弁当を持参して、ポテトサラダを作ることもあったがそれも普通に食べていた。そうだったのか。嫌いだったなんて。
 「ごめんね。今日せっかく通彦の誕生日なのに。たまには目新しいところと思ってここにしたのだけれど・・・。」
 私は自分の企画能力のなさにがっくりときてしまった。やはり、もっとシックな店を予約してコース料理でも頼んでおけばよかったのか。そういうところは気を使って嫌だと以前通彦が言っていたので、ビール好きな通彦のためにここにしたようなものなのに。

 店内は私たちの他に客が一組いるだけだった。最初に私が店に入ったときは誰もいなくて、そのうちに一組やって来てそれだけだった。情報雑誌にも載っているくらいだし、りか子先輩もおいしいよと言っていたのだから、もっと盛況している店だと思っていた。店内にはジャズでもクラシックでもない環境音楽のようなぼやけた音楽が流れていた。もう一組の客は反対側のほうのテーブルに座っていて、私たちの会話は他の何かにかき消される訳でもなくくっきりと宙に浮いていた。私は少しも落ち着かなかった。

 「店変える?まだオーダーしてないし。」
 あまりに盛り上がりに欠ける展開になってきたので、思い切って言ってみた。
 「いいよ別に。お前の好きなもの頼めばいい。」
 時間も遅くなってきたので、ビールとフレンチフライとその他ビールに合うようなものを数点頼んだ。注文を一通り終わると、また沈黙が訪れた。


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天使が通り過ぎた(2)

2007-10-28 21:30:34 | 天使が通り過ぎた
 金曜日の東京駅は相変わらず人でごった返していた。ごみごみした駅構内を新幹線乗り場まで向かう。発車まで1時間ほどあったが慌てて乗りたくないのでいつも早めに来てしまう。どこにも行くあてがないので待合室でしばらく待っていることにした。スーツケースや旅行かばんを持った旅行者や、明らかに出張と思われるビジネスマンなどが、入ってきてはしばらく椅子に腰掛けまた出て行く。コーヒーを飲みたかったけれど人の出入りが多く落ち着かないので新幹線に乗ってから車内販売のコーヒーを飲もうと思った。

 向かいの椅子に若い男女の二人組が座っていた。大学生かそのくらいの年齢と思われる二人組だ。女の子はお洒落をしてカラフルなキャリーバッグを横に置いていた。男の子のほうが二人分の飲み物を買ってきて彼女の横に座ると、二人で何かパンフレットのようなものを読み出した。これから向かう先の地図か何かのようだった。二人で必要以上にくっついて顔を寄せ合ってパンフレットを覗いている。その横には50代か60代と思われるご夫婦が、やはりキャリーバッグを前に置いて二人並んで座っていた。ご主人はしきりに時間を気にしているようで何度も腕時計を確認していた。奥さんのほうがたまにご主人に話しかける。耳の傍に口を向けてよく聞こえるように話している。その都度ご主人はうなずいてまた時計に目をやった。二人でどこか旅行にでも行くのか、それとも冠婚葬祭か何かの為に遠くへ向かうのだろうか。

 この待合室にいる人間で、一人でいるのはほとんどがビジネスで新幹線に乗ると思われる人ばかりのような気がしてきた。あ、この人はひとりだ、と思っても後で連れが現れる。本当に出張でもなくひとりきりでいるのは私だけかもしれない。黒いワンピースに厚手のジャケットを羽織って、小ぶりの旅行かばんを提げている私はどう見てもビジネスウーマンの出張には見えないだろう。本当だったら私も、通彦と二人でここにいるはずだった。最近は仕事で休日のほとんどが潰れていた通彦が、やっと休みが取れそうだからどこか一泊旅行に行こうと、珍しくお泊りプランを立てたのだった。ただ、私のほうが行きたい行きたいと言って、今思えば通彦はあまり乗り気ではなかったのかもしれない。

 あの日ポテトとビールの店に早く着いた私は、通彦が現れるのを今か今かと待っていた。仕事の後で待ち合わせるときは、たいてい通彦が遅れてくるのが常だった。ひどい時には2時間近く遅れる。だがそういう時はあらかじめ遅れるからとメールをくれるので、メールがないということはそれほど遅れないということを意味していた。だからあまり気にはしていなかった。そのうち来るだろうと思っていた。

 待ち合わせの時間より30分程経ってもまだ通彦は現れなかった。その間2度ほどウェイターがやって来てお飲み物だけ先にお持ちしましょうか、と訪ねてきた。その都度、もう少し待ちます、と答える。さすがに心配になってきて通彦にメールをしてみる。返信はなかった。

 まったく普段の待ち合わせと何ら違うところはないと思っていた私の頭の中に、少しづつ不安が広がってきた。もしかしたらこちらに向かう途中に事故にでもあったのではないのか。それとも今日午後に会議か何かがあって、それが長引いてメールすることもできないのだろうか。もしかしたら今日の約束そのものを忘れている?でもそれだったらメールを見て思い出すだろう。一体何が起こっているのか。それとも私の思い過ごしなのか。

 様々な思いが頭に上がっては消えているうちに、入り口の扉が開いて、ドアについているカウベルがからんと鳴った。見ると通彦だった。通彦は入るなりざっと店内を見回し、窓際の隅に座っている私に気が付いた。私がほっとして笑顔を向けると、それには反応せずにやや不機嫌な顔つきでこちらに向かってきた。そんな通彦を見て私は言いようの無い不安を覚えたのだった。

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天使が通り過ぎた(1)

2007-10-27 15:44:36 | 天使が通り過ぎた
 今まで生きてきた20と数年の中で、いつが人生最悪の日だったかと問われたら、それは先週の今日のことだと、今の私は答えるだろう。そんなことが人生最悪かと、色々な経験を積んだ大人からは笑われてしまうような、それは誰の身にも起こりえるありふれた出来事かもしれない。でも、あの日私は自分がこの世の中でもっとも不幸な人間になったように思えたのだ。あの夜のことを思い出すと、ただもう、恥ずかしさがこみあげてくるばかりで、私はどうしていいのか分からなくなる。勿論あの日のことをこれから当分は引きずって生活していくのだろうし、あの気分を決して忘れないと思う。いっそのことすべて忘れてしまえればいいのだろうけれど。

 1週間前のあの日、仕事を終えて会社の通用門を出ると、外は細い糸のような小雨が降っていた。辺りは薄暗く、そして肌寒かった。本格的な冬に入ってしまえば厚手のコートやマフラーに身を包んで、逆に暖かな気持ちになれるのだけれど、秋の、中途半端な寒さというものは却って寒さが強調されるようで落ち着かない。冷え冷えとした風は手首や胸元や足元に吹いて余計に寒さを感じさせる。ただ秋というだけで、しばしば寂しい気分に陥るのは、夕方急に日が落ちるようになることやこの中途半端な寒さのせいもあるかもしれない。

 だがあの日通彦と会うまではそんなこと思わなかったはずだ。今思い出すあの情景は、薄暗く陰気で寒々とした印象に思えるけれど、最初はもっと高揚した気分だったはずなのだ。あの日は通彦の誕生日だった。仕事を終えてから、職場の近くのレストランで食事をして帰るはずだった。いや食事はして帰ったのだったが、まさかあの時点ではあの後あの様な展開になるとは思ってもいなかった。

 会社の通用門を出た私は、少し急ぎ足で駅まで歩いた。並木通りは仕事を終え駅に向かう人がほとんど皆同じ方向に向かって歩いていた。たまにすれ違う人とは、ぶつからない様に傘をよけながら歩いた。時間的余裕はあったので急ぐ必要はまったくなかったのだが気持ちがちょっとだけ急いていた。前に歩く人を傘が邪魔をして追い越せず少しイライラした気分になった。早く通彦に、会いたいと思った。持っていた紙袋が雨で濡れないようにと、慎重に傘を差した。

 紙袋の中には、誕生日プレゼントが入っていた。ネクタイ。先週1週間何にしようかと散々迷った。仕事帰りに駅に寄って、何がいいかとぐるぐるぐるぐる店を歩き回った。通彦に聞いても何が良いかとは決して言わない。俺はいらないと言う。結局仕事に使うもので、あっても困らない物と思いネクタイにした。いつも来ているスーツに合うように色と柄を選んだ。どういう反応をするだろう。あまりお洒落に関心がないので、さっと見てありがとうと一言言ってお終いだろう。でも、自分の贈った物を通彦が身に着けていることを想像すると、それは嬉しいことだった。

 駅にたどり着くとガードの下を通り越して線路の反対側に出た。映画館やバーや洒落たレストランがある地域だ。今日の店は私がセッティングした。いつも行く店はたいてい決まっているのだが、たまには違うところもいいだろうと探していたら、職場の先輩がここなんかどう、と教えてくれた場所だ。ポテト料理とビールがおいしいらしい。情報雑誌にも載っていたので、まあまあ美味しいのだと思う。通彦はビールが好きなのでそこにしようと決めた。

 映画館の角を曲がって狭い路地に入って行く。情報雑誌から切り抜いた地図を見て店を探した。全体に木をふんだんに使用した感じの外観に、ドアノブや窓枠が赤で塗られている店がそこだった。扉を押して中に入る。まだ約束の時間より10分早かったがどこかで時間をつぶしても落ち着かないのでここで待っていようと思った。脱いだコードは小雨が染みていて少し湿っぽかった。紙袋も慎重に持ったはずだったけれど水分を吸ってくしゃっとしていた。名前を言って予約してある旨を店員に伝えると、窓際の席に通された。

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砂粒

2007-10-14 17:56:33 | つぶやき
私のこの前にいる人は、いったい誰なんだろうと思うときがある。

私はこの人の過去も、今何を考えているかも、そして自分をどう思っているのかさえも、知らないのだった。

そんな時、自分は海岸の、小さな砂のひと粒のように感じる。

無数にあるうちの、ひとつ。


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