星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

夕凪(8)

2006-11-04 16:20:55 | 夕凪
 目覚ましが鳴る。この数日で習慣となった検温をする。今朝も頭痛が取れていなかった。36.9度。どうなんだろう、この数値は。何となく下半身に微妙な変化も感じたので、もしかしたらと期待しトイレに入るが、何も変わったことは無かった。
 今日は生理の予定日だった。今日来ないからどうということではないが、何となく今日来るのではないかという予感がした。腰も重いし、昨日の日中もひどく眠かった。間違いなく生理前の体調と同じだった。
 
今日はバイトが無いのだが、バイトがあっても無くても、規則的に6時半には起きている。父の朝食を準備しなくてはならないからだ。
 だしを取って、味噌汁を作る。お豆腐とワカメを入れて、味噌を溶かしていると、吐き気がしそうだった。朝の味噌汁の匂いが好きだという人がいるが、私はこの、朝起きて嗅ぐ味噌汁の匂いが苦手だった。特にワカメとの組み合わせが駄目だった。磯の匂いがすると、吐き気がするのだ。だが、父は朝は御飯でないと駄目なのだ。味噌汁の傍らコーヒーメーカーをセットする。たちまち、芳しい匂いが台所に立ち込める。
「今日は休みか。」
 父がぽつりと言った。もともと私は、自分のほうから話すタイプではないのだが、最近益々父との会話は必要最小限になってきている。
「今日は夜出かける。御飯は支度しておくから。」
 今日は俊と会う予定の日だった。
「あいつか。」
 父は俊のことを、あいつ、と言う。
「そう。」
 父はこちらを見ずに、テレビのニュースの画面を見ていた。 
「今日中には帰ってこいよ。」
「うん。分かってる。」
 
この歳になって門限があるなんて、恥ずかしくて人にはあまり言えない。だが社会人になってからは、それでも少し緩くなって、12時までに帰れば文句は言われなくなった。バイト先のパートさんの娘のように、彼と同棲している人なんてごろごろいるのに、帰る時間を決められているなんて、と思う。だが、父に言っても分かってもらえはしないだろうと諦めている。時間を勝手に破ってしまってもよいのだが、父とごたごたするのが面倒臭いので、しないだけだ。

父の御飯は3分ほどで終わってしまった。父は隣の部屋に行って、新聞を読み出した。
私は出来上がったばかりのコーヒーを飲みながら、つけっぱなしにされたテレビを見ていた。御飯は食べたくないがお腹は空いているので、バナナを食べる。テレビでは3歳の子供が、母親から食事を与えられず餓死したというニュースを流していた。母親は離婚後同棲していた男がいたが、二人で日常的に虐待をしていた疑いがあると報じていた。以前に児童相談所で一度注意をされたが、それから警察への通報がされたかどうかなどの問題点があったと指摘している。数人いるキャスターたちは、この手の事件の度に無念さを感じるということや、児童相談所と警察の連携の問題点や、一度児童相談所で見ていながら何故食い止められなかったのかということを発言していた。

児童虐待などのニュースがあると、私は被害にあった子供をまず可愛そうだと思うと同時に、自分の中に、この母親のような残虐な部分があるのではないかと、そのことを疑ってしまう。児童虐待をする人は、自分も虐待されていたケースが多いと、何かの本で読んだが、その母親が子供のときも、もしかしたら同じようなことをされる環境にあったのかもしれない。それにこの母親は、子供ができてから結婚したようなタイプなのかもしれない。年齢を見てもまだ若い。子供を育てる自覚や愛情が足りてないのに、子供ができたために勢いで結婚してしまったのかもしれない。それで子供に十分な愛情を持てなかったのだろうか。もともと望んで出来たわけではない子供の育児に、自分が責任であるのにそれを放棄してしまったのだろうか。

子供は生まれたら、無条件で愛されるものだと、大抵の人は思うだろう。けれども、そうとは限らないのかもしれない。例え母性の足りない人でも、自分で生んだ子供は可愛いと思うだろうというのは、幻想なのかもしれない、そんなことさえ思う。自分が産んだ子供が、それが例え100%望んで出来た子供ではなくても、可愛いと思えるのが当然ならば、世の中に子供の虐待なんて悲惨なことはなくなる。子供を捨てたり、育児放棄ということもなくなる。だが、そう思えない人が存在するのが現実なのだ。それなら、産む決意をする前に、堕胎するという手段もあるのだろう。あやふやな決意のもとに軽い気持で子供を産んで、その上虐待して死なせたり捨てたりするくらいなら、まだ堕胎したほうがましではないのか。それは言い方を変えれば、人殺し、ということになるのかもしれない。だが、人と言うけれど、受精したばかりの段階で、それを人と呼べるのだろうか。虐待を受けたり暴力を受けたり、人としての正当な扱いを受けられなかった子供達は、どんな気持だっただろう。情けなさ、悔しさ、痛さ、辛さ、絶望、そんな言葉では言い表せられないように思う。生まれてきて意思も感覚も感情もある子供を殺すのと、人となる最初の段階の胎児を殺すのとでは、まったく違うと思うのは私だけだろうか。

私は自分を産んだほとんど記憶にない母親を思うとき、なぜ産まないでいてくれなかったのかと、いつも思った。産んでくれなければ、つらい思いをしなくて済んだのだと、そう思った。それでも私は、まだまだ辛いとは言えないのだろう。親に暴力を振るわれたり、食事も与えられなかったりなど、まるで人として、人格を無視した扱いを受けるということは、私にはなかったから。そういう被害を受けた子供達は、どんな気持でいるのだろう。そう思うと、子供を産んで育てるというのは、固い決意のもと、絶対に子供を不幸な目に合わせないという決心の上に、しなければならないことなのではないかと思う。

私がテレビの画面から目を逸らすと、何時の間にか父は仕事に出かけていた。包んでいなかったお弁当は、何時の間にか持って行ったようだった。

にほんブログ村 小説ブログへ


コメント (6)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 夕凪(7) | トップ | 夕凪(9) »
最新の画像もっと見る

6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
虐待の連鎖を断ち切ろう (佐藤千佳)
2006-11-04 19:03:17
はじめまして、 児童虐待防止の市民活動をしています。検索していてこのページにたどり着きました。
産んだ子供を無条件で愛せるか・・・私も否だと思います。母親にも好き嫌いはあります
先日妹と話話をしました。
妹は、お姉ちゃんはお母さんと違いすぎる。私はまあまあ上手く付き合っていける。弟は無条件に可愛いんだよね。
3人兄弟でもこれだけ違うんですよね。
昔は愛されたくて仕方なかった。
だけど、今は私が母を愛する必要があり、母に感謝しています。
今回コメントさせていただいたのは
実際に親に虐待を受け自殺未遂までし、そこから立ち直ったことを綴った本「みにくいあひるの子供たち」を紹介したくコメントさせていただきました。 不適切だと思いになりましたら削除してください。お願いします。 サークルダルメシアン 佐藤千佳。 http://blog.okadayuki.com

返信する
不適切ではないですよ (sa0104b)
2006-11-04 20:34:10
佐藤千佳さん、はじめまして。
コメントありがとうございました。実際に児童虐待防止の活動をしている方ということで、少し緊張しました。
私自身、自分の今まで背負ってきた体験から色々と感じていることがあり、またこの小説を通して、読んだ方が、結婚について、子供を生み育てることについて、また堕胎について等、何か感じていただければという思いもありました。
サークルのHPは拝見させて頂きます。ありがとうございました。
返信する
Unknown (佐藤千佳)
2006-11-05 20:46:14
返事&サークルダルメシアンのホームページを見に来ていただいてありがとうございます。
こちらは小説だったんですね。では1から読み直します!!
何かを感じるというのは、苦しかったり、悲しかったり、嬉しかったり、感動したり・・・
だからこそ生きている感じがします。
いつも思うんです。人って不思議な生き物だなって
ホームページにいつでも遊びにきてください!!

返信する
そうなんです (sa0104b)
2006-11-05 23:21:38
これは小説だったんです。よかったら1からお読みになっていただけたら幸いです。
HPを拝見させて頂いて、千佳さんの記事も少し読ませて頂きました。コメントを入れようと思いましたが、軽々しく書いてはいけない気もして・・・。私も、母との関係は一言では言えない思いがあるので、共感を覚えました。
また遊びに行かせていただきます。
返信する
1年以上も前だったんだ。 (だっくす史人)
2007-12-07 00:51:37
いやはやどうも、この記事は一年以上も前のものだったということを完全に忘れておりました。
この私のコメントに返事をくださっていたことに改めて感謝いたします。
千佳さんのブログもお気に入りに入れておきました。
親なら子供を愛して当然という考えは単純すぎますね。そうでない親も、そしてその子供もいますから。
ただ、命は愛されることが宿命なのだ、本当はそうなのだ、愛する者がその命の母や父ではなくても、命は愛されるべくしてこの世に遣わされるのだ、と信じたい。もちろん願望ですが。すべての子供が抱えきれないほどの愛を受け取れますように。祈ります。
返信する
その通りですね (sa0104b)
2007-12-07 20:21:53
だっくすさん、

>命は愛されるべくしてこの世に遣わされるのだ、と信じたい。
その通りですね。まったくその通りです。
私も1年以上前ということ、忘れてました。
毎回のコメント、本当に感謝致します。
返信する

コメントを投稿

夕凪」カテゴリの最新記事