星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

foutune cookies 最終章

2009-05-09 08:57:06 | fortune cookies
「隆さんとの見合いがあったのは、それからしばらくしてからだったわ。その話がどんどん進んでいくうちに、私はそこに自分の居場所を見つけたような気がしたの。私はその頃、とても荒んでいたのだと思うわ。過去のことや母親のことがあって、もう何だか色々なことがどうでもいい気がしてた。それにそれまであまりいい感情を持っていなかった育ての親に対しても、もっと感謝の念が湧いて来たわ。子供を捨てる人もいるのに、人の子を育てるって大変なことだったんだって、本当に馬鹿みたいなんだけど、やっとその時気が付いたの。」

 美沙子姉さんは一気にそこまで喋ると、先ほどの険しい顔はまたいつもの穏やかな表情に戻っていた。
「それにね、隆さんのご両親も、とても良い方たちなのよ。隆さんもご両親も、私のそれまでのことをいろいろ知っていて、知っていた上で、それでも構わないと私を受け入れてくれたの。それに今も大事にしてくれる。自分が受け入れられるっていう感覚かな、そういうのを初めて知ったのかもしれない。」
 
私達は多分、自分の身に起こったそれまでの人生を、自分のせいではないにしろ後ろめたく思って生きてきている。何かが欠けている自分。欠けている何かを、埋めようともがいている自分。でも所詮そんな人や場所は存在しないんだろうと諦めている自分。育ててくれた両親を感謝しなければと思おうとしている自分。でも本当は、そうじゃなく、無条件で愛したり愛されたりする相手を、切望しているのに違いないのだ。きっとそういう存在が、この世でいるのだろうと信じてみたい気もするし、またそんな人なんていないと思っている自分もいる。だから美沙子姉さんの言う、受け入れられたっていう感覚、というのは、多分美沙子姉さんにとってやっと辿り着けた感覚だったのだろうと思う。それが今の旦那さんであって旦那さんの家族だったのに違いない。

「そろそろみたいだよ。」
 いつの間にか美沙子姉さんの旦那さんが近づいてきていた。叔父さんの火葬が終了したようだった。美沙子姉さんはこの時は完璧にいつもの姉さんの顔に戻っていた。その澄んだ表情を伺っていると、今この場で話していたことは、まるで誰か別の人の身に起こった出来事のように思えてくるのだった。



 それからの数日間、私は美沙子姉さんの話してくれたことを何度も思い出した。私がそれまで抱いていたイメージ、自分を産んだという人と現実の世界で会う、ということが、自分の想像していたようなものではなかったからなのか、美沙子姉さんの話してくれたことが、まるで自分に起きた出来事のように何度も何度も頭の断片に浮かんでくるのだった。 

私は今までのように変化のない毎日を過ごしていた。私の目下の心配事は、相変わらず信次とのことだったけれど、信次と過ごす何気ない時間の中に、美沙子姉さんの言った言葉が、ふと浮かんでくることがあった。例えばこの間、信次と日曜に出掛ける約束がまた直前にキャンセルになった。娘の面倒を見なけらばならないとのいつもの理由だった。私はいつものように静かにそれを受け入れ、いつものようぽっかりと空いた時間を過ごした。怒ってはいけないことは分かっていた。そういう人を、好きになったのだから。だがその反面、信次のすべてが自分のものであったらいいという傲慢な気持ちも湧きあがって来るを抑えられなかった。それは不可能なことであるし、相手を束縛するということは、そんなのはただの自分本位な思いだろうと思ったりした。その時に、受け入れる、という言葉が浮かんできた。美沙子姉さんの過去も何もかも、きっと隆さんは受け入れたのだろう。そう思ったとき、見た目では美沙子姉さんがしっかり者の女房で隆さんが甘えん坊の夫という風に見えていたとしても、本当の隆さんはもっと広く優しい心をもった頼りになる旦那さんなのだなあと思った。だから美沙子姉さんは穏やかな顔をして旦那さんと仲睦まじく暮らしているのかもしれない。

「そんなのって奇跡よ。」
 私は美沙子姉さんが言った言葉この言葉を、その後頭の中で何度も何度も思い出した。
 自分がどうしようもなく好きになった人と、めでたしめでたしって結婚してその人と一生離れないで暮らすのは奇跡だと話していた姉さんは、穏やかな表情でゆったりと話すいつもの姉さんとは少し違った感じがした。でもその言葉を言った姉さんが、その一方で「何があっても好きな人と離れちゃだめよ」と言ったのも、また姉さんのそれまでの人生を物語っている気がした。どちらも姉さんの本音であって、姉さんの複雑な思いがその言葉に凝縮されているようだと思った。私は壁の時計を見た。信次との待ち合わせの時間まであと1時間だった。昨日まで予定はなかったのに、娘の予定が変わったからと急に会うことになったのだ。たまには、こんなこともある。私は少し浮かれながら、出掛ける支度に取り掛かった。

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fortune cookies(18)

2009-04-18 21:45:17 | fortune cookies
「宴会に遅れてやってきたのはわざとじゃなくて、それは全くの偶然だったらしいの。本当に仕事が遅くなって遅れてしまったって。でも私の姿をもしかしたら垣間見れるかもしれないって思うと、どうしても宴会には行かなくちゃって、それでタクシーと飛ばしてきたと。そしてロビーに飛び込んで急いで場所を聞いたら、名札が目に入ったと。それは間違いなく同じ苗字だった。その時にこの子がって思って咄嗟に体の特徴を確認したって。目の中の黒い点とか、口や鼻や耳の形、特徴のある爪の形、そしたら間違いなくこれは自分の子供だろうと思ったって。」
 私はその場面を想像して、何とも言えない気分になった。その美沙子姉さんの母親と言う人が、その瞬間どんな気持ちでいたのかが、分かるような気もしたし分からない気もした。
「そういうのって分かるのかな。何十年も会ってなくて、子供の頃に別れて大きくなって会っても、自分の子供だって分かるのかなあ。」
 
私は子供っぽいことを聞いてしまった。よくテレビなんかで何十年ぶりの親子再会とかのシーンをしていると、あれは分かるものなのかなあと常々思っていたのだ。それに何十年離れ離れの他人も同然だった人と、再開した瞬間にああしてひしと抱き会えるものなのだろうかと思ったりするのだ。
「多分あの人は分かったんだと思うわ。宴会をやっている間も、ずっとずっと幼い頃の私の姿を思い出していたって。生まれたばかりの頃の私の顔の特徴や、耳の形とか爪の形が自分にそっくりだと思ったとこを思い出したって。だから間違いなくこれは自分の子供だって思ったって。」
 
美沙子姉さんはずっと目線をテーブルに落としたまましばらくそこで沈黙した。じっと動かずに一点を見ていた。姉さんがあまりにも長い間微動だにしなかったので、私は姉さんの顔を覗き込んだ。
「姉ちゃん大丈夫?」
 美沙子姉さんの眼に、うっすらと涙が浮かんでいた。涙は頬を伝って降りてはこなかったけれど、もし瞬きをしたらそれは止めどなく流れてしまいそうだった。 
「私はね、本当は、ずっとずっと、自分を産んだ母親という人に、私を置き去りにしたことを後悔していると言ってほしかったのよ。私はそのことを、どうして私を置いて家を出て行ってしまったんだろうってそのことを、ずっとずっと考えて生きてきたの。だから、ただその一言を言ってもらえたら、私はそれまでの人生を、ずっとそのことばかりを考えていた人生を、無駄でなかったと思えたと思うのよ。」
 
私は美沙子姉さんを直視することができなかった。美沙子姉さんの言いたいことは私にも分かるような気がした。美沙子姉さんの人生は、それは私の人生も同じことが言えると思うのだけれど、最初から大きな穴があいていたのだ。母親の不在という、大きな穴が。私達は無意識に、その大きな空洞を、時には何かで埋めようとしたり、なぜ穴が空いているのだろうととめどなく考えたり、また時にはその穴をまるで無いと思おうとしたりしてきたのだ。でも、間違いなくそこに大きな空洞はあって、それは何をしても埋まらないものだということも薄々分かっているのだ。
「でもね、その手紙をもらった後でその人と二人だけで会ったんだけどね、そういうことは何も言ってくれなかった。ただ、どれだけ自分の結婚生活が悲惨で、結婚相手がひどい人で、そして舅や姑に嫌なことをされたかってことだけ。そして自分が再婚してどれだけましな人生になったかって。そういうことを延々と話す訳よ。」
 
私は何と言っていいか分からなかった。大きな穴をなんとか埋めようと、ずっと模索してきた美沙子姉さんのそれまでの人生は、実の母親に会ったということで、いっそうかき乱れてしまったのではないかと思った。


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fortune cookies(17)

2009-04-04 14:20:26 | fortune cookies
 私は美沙子姉さんのその話を、まるで自分に遭った出来事のように感じていた。物心付いた頃から、自分の母親はどんな人物なんだろうと、何度も何度も繰り返し想像したことであった。残されたアルバムには自分の幼い時の写真はほとんどなく、当然自分を産んだ実の母親の写真は全く残されていなかった。想像の中の自分の母親像は、ぼんやりとした形はあったのだけれど、どんな顔をしてどんな背格好をしているなんて全く分からなかった。薄ぼけた、影のようなものを想像するしかなかった。私がいつも頭の中で広げる場面は、ある日道端でばったりと実の母親に出会うというものだった。実の母親が私のことを心配して家の傍まで私を探しに来るのだ。一目その姿を見ようとよその家の壁の蔭からじっと私を見ている。そこに偶然私が通りかかって私はなぜかそれが自分の本当の母親だと分かる。想像上の母親はいつもみすぼらしい格好をしていて、自分の子供を手放したことにひどく後悔をしているのだ。それが私が子供のころよく想像していた実の母親との再会シーンだった。今思えばまるで安っぽいドラマか何かのようだったし、勿論実の生活でそのような場面に遭遇することもなかった。

 姉さんの衝撃的な告白に、私はどう反応していいか分からなかった。勿論そのことに美沙子姉さんがどう感じてその後の母娘の関係はどのようになったのかということに興味があった。だが美沙子姉さんの表情を見ていると、それは美沙子姉さんの人生の中で起こった苦々しい体験のようだというのが察せられた。美沙子姉さんはこの先を話そうかどうかと考えているかのように少しむっとした顔をしていた。

「ごめんね姉ちゃん。変なこと聞いちゃったみたい。」
 私は自分から聞き出したことではないのに、美沙子姉さんに申し訳ないような気がしてついそんなことを言った。
「いいのいいの。こんな話、多分私誰にも話せないし、里江ちゃんならなんとなく分かってくれると思ったから。私こそ勝手にこんな話してごめんね。」
 美沙子姉さんの表情は先ほどの和やかな雰囲気から一転し、固く陰気な様子に変わっていた。この出来事が美沙子姉さんに何らかの影響を与えたのだろうということが分かる気がした。
「その後ね、もう一度会ったの。またホテルを訪ねて来たのよ。」
 姉さんは一呼吸して、もう空になったコーヒーカップを一旦持ち上げてまた置いた。
「今度は名指しで、私の名前を言って訪ねて来たわ。土曜日だったと思う。あの宴会の会った時の日から、随分と経って春になってたと思う。ホテルのロビーから外に植わっている桜が見えるんだけどね、その桜が結構散ってるなあっていう時期よ。」
 私は無言で話の続きを聞いた。
「それで手紙を渡されたの。この間のこと覚えているかしらって。宴会のあった日のことよ。あの時はありがとうって。これ読んでくださるかしらって。その時はまだ私とは何の関係もないただのお客だと思っていたから、その時もかなり訝しく思ったわ。フロントやってるとね、ご贔屓にしてくれるお客さんとか結構頂き物をしたりするんだけれど、でもたった一度宴会場を案内しただけで普通お礼なんかくれないから、宿泊客でもないし、だから又変な客だなあって少し思ったの。でも身なりはごく普通の、まあただの主婦には見えないけど仕事してる普通の中年の女性に見えたし、嫌がらせって風でもないし、とりあえず受け取ってみたわ。」
 
 私はその美沙子姉さんの母親と言う人が、美沙子姉さんの名前と眼の中にある点と体のあちこちに自分の子供だという片鱗を確認して、その桜の咲いている日まで、きっといろいろと逡巡したのだろうなと想像した。迷って迷って、でもやはり自分の娘だと思う人ときちんと話をしたいと思ったのだろうと。
「仕事の休憩時間にその手紙を見たの。気になって仕方無かったから。何か嫌がらせかもしれないともほんの少し思ったし。そしたら、長々とした手紙だったわ。自分が若い頃に子供を手放してそれからの人生が書いてあったわ。家を飛び出してしばらく東北の実家に帰って、それからまた上京して職を探したって。それから再婚して今では中学生の子供がいるって。それであの日、宴会があった日に実は私のことをそれとなく知っていたのだと書いてあったわ。離婚後もうちの親戚を知っている知り合いと音信があったから私があのホテルで働いていることをそれとなく知っていたって。でも訪ねようとは思わなかったって。今さら目の前に出て行って私の人生に関わったところでどうしようもないし、私がどう思うかと思うと決心がつかなかったって。でも偶然、職場の忘年会があのホテルでやることになって、それからは気持ちがぐらぐらと揺らいで、ただ姿を確認して、それでいいじゃないかと思っていたと。最初はね。どのセクションで働いているか分からなかったから、もしかしたら会えないかもしれないし、会ったとしてもそれが私であるかも分からないかもしれないしって。」
 
 美沙子姉さんはだんだんと早口になっていった。自分の感情を抑えて、誰か関係ない他人のことを話しているようだった。でも目が一点に据えられて、それはもしかしたら湧き上がる感情をあえて抑えているのではないかとも見受けられた。

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fortune cookies(16)

2009-03-15 18:00:14 | fortune cookies
「私が美沙子姉さんの立場だったら、多分耐えられそうにないな。旦那さんのご両親と同居して、職場も一緒って、私なら耐えられないと思う。美沙子姉さんは窮屈に感じないの?」
 私は美沙子姉さんの少し疲れたような表情を眺めながら、ついそんなことを聞いてしまった。美沙子姉さんは四角いガマ口の口金を開けたり閉めたり相変わらずしながら答えた。
「まあね、窮屈かもしれないけれど。たまにはちょっと嫌だなって思うときもあるけれど。」
 それから少し間を置いて、ちょっと思案してから話を続けた。
「里江ちゃんは私が本当の親と小さい時別れたってことは知ってるよね?」
 美沙子姉さんは唐突にそんなことを言い出した。
「知ってるよ。」「だって、私と一緒だもん。」
 美沙子姉さんは少しだけ微笑んだ。悲しいような、優しいような微笑みだった。

 私達はお互いに、お互いの生い立ちについてなんとなくは知っていたけれども、それについて話す機会はなかった。私たちに限らず、親戚中が当然知っていることなのだが、誰もそのことについて当事者である私たちにそのことを悟られるような話しかたはしなかった。それは幼かった私たちに対しての配慮だったのかもしれないけれど、時々それは不自然だと思うときもあった。そんなこと私は知っているのに。そして皆だって知っているのに、なぜ知らないかのように話すのだろうと思うことも多々あった。私は美沙子姉さんがその暗黙の了解を破ったことに意外な感じを受けた。と同時にそれまで私たちそれぞれが受けていた違和感のようなものが、ここで自然に、私たち二人の間では自然に取り払われたように思えたことに、ちょっとした嬉しさのようなものを感じた。

「実はね、私実の母親に会ったことがあるのよ。」「これ、誰にも内緒よ。」
 私は美沙子姉さんの話が意外なほうに向かったことに興味を覚えながら話を聞く体制に入った。それは私が今までの人生の中で、何度も繰り返し想像したことであった。まだ見たこともない、というかとうに忘れてしまって記憶にすら残っていない自分の母親への果てしのない想像を現実にしたような話しなのだろうと思うと、まるで自分のことのように興味がわいた。私はじっとその話に聞き入った。
「私がホテルで働いていた時のことなんだけど、ある日ね、ホテルのレストランで宴会の団体さんがいたんだけれど、年末だったかしらね。その中にね、私の母がいたのよ。」「私はフロント係だから、当然いつもフロントにいるんだけどね、ある夜、慌てて入口から入ってくる女の人がいて、宴会に遅れて来たみたいなんだけれどね、フロントに駈けてきて自分の会社の宴会はどこかって聞いてきたのよ。」
 
私はその場面を想像した。美沙子姉さんの働いていたホテルは何度か訪ねたことがあったので、その光景は私の頭の中で自然に展開されていった。そして、美沙子姉さんが、母親であるのに、その人、と言ったのを聞き逃さなかった。
「私はそそっかしい人だと思ったわ。だって宴会なんて表の看板に普通書いてあるじゃない。誰誰様御一行って。かなり急いでいたみたいでタクシーから降りてすぐフロントに走ってきたのよ。で、私が何階のどこのお部屋ですと案内すると、その人はありがとう、って言ってカウンターを去ろうとしたの。でも、去り際に、ふっと目が合ったのよ。その後すぐ立ち去ろうとした瞬間にもう一度じっと私を見たわ。目の中を覗きこむように、じっとね。」
 美沙子姉さんもその時の場面を頭の中できっと再現しているのだろうと思った。目が時々、焦点が合わなくなって上部をさ迷っていた。

「それからね、その人の視線が私の名札に移ったのがよーく分かったの。私、何かその人に失礼なことを言ったかしらって思ったわ。フロントにいるとね、色んな人がお客でやってきて、ちょっと気に入らないでトラブルっぽくなると名前を聞いて去っていく人がたくさんいるから。名前を言えってね。だからその人も私のことを会社側に何か文句を言うために名前を記憶しているのかと思ったわ。」
 私は美沙子姉さんの母親という人が、姉さんの眼の中にある小さな点を確認したのだなと思った。美沙子姉さんの白目のところには生まれつき小さな黒い点があったのだ。それからまさかと思って、そして名前を確認したのだろう。
「その人は名札を見ると、もう一度私の顔をじっとのぞき込んで見たわ。それから、私にもわかるくらいにあからさまに顔のいろいろな部分をじっと見て、それから私の手元も見たわ。私はちょっと気味悪くなって、隣にいた男の先輩の方を伺ったの。何か、変質者っていうか、ちょっとおかしい人なんじゃないかと思いだして。でも私が隣の先輩の様子を見ようと思っているうちに立ち去った行ったわ。また、ありがとう、って小さい声で言ってね。」

 私は美沙子姉さんの実の母親が、美沙子姉さんと別れた後にどのような生き方をしたのかは当然全く知らなかったのだが、その様な事が世の中に起こりえるのだなあと、まるで小説の中の話ではないかと思った。この広い世界の中で、偶然に自分の生き別れた娘の働いているホテルに、用事があってくることなんてあるのだろうか。それはそうなるように、まるで台本のように仕組まれたことのように美沙子姉さんの人生の中に起こったのだろうか、と考えた。

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fortune cookies(15)

2009-02-22 16:15:21 | fortune cookies
「ねえ、こんなこと聞いたら怒るかもしれないんだけど」
 私はやはり、こんなことを聞いたら美沙子姉さんに失札ではないかと思いながらも、逆にこんなことを聞けるのは美沙子姉さんしかいないかもと思いながら尋ねてみた。
 「恋愛が先か、結婚が先か、って私は思うんだけれども。人の紹介って謂わば結婚が先だよね。結婚が前提っていうことだから。そんなに結婚をしたかったの?」
 美沙子姉さんは少しの間無言でこちらを見ていた。この子にむずかしいことを言っても分かるかしら、とでも言っているかのようだった。
「それはきっと、すごく好きな人がいてどうしようもなく好きな人がいて、その人とめでたしめでたしって結婚できて一生その人と離れないでいられるのがいちばんの幸せだと思うわ。でもね、」「そんなのって奇跡よ。」
 
私は美沙子姉さんの顔に少し影が出来たように感じた。気のせいかもしれないけれど。美沙子姉さんは私に対しての質問に、どうしてそんなことも分からないのかなあ、と言うような表情をして見ていた。
「そういう人もいるかもしれないわ。すごく普通に、そういう経緯をたどって結婚していく人もいれば、その自分の好きな人を離さないために死ぬような思いをする人もいるかもしれない。それに、順調に好きな人と結婚できたとしてもその結婚生活がうまくいくかもわからないわ。」
「そうだね。」
「まあ、私は根性が足りなかったのだと思うわ。そういう、恋愛に対しての。だから自分にたまたま巡ってきた運命にうまい具合に乗っかっちゃったのかもしれないな。それに、あの頃の私は、自分が誰かを熱烈に好きでいるよりも、誰かに好かれ結婚するほうが幸せになるだろうって、思い込んでいた節があったかもしれない。」
 
姉さんはハンドバッグの中から何気なく四角ばったガマ口を取り出した。たばこケースだった。
「姉ちゃん、ここ、禁煙だよ。」私は正直ぎょっとした。
「ああ、そうだった。いけないいけない。」
 美沙子姉さんはたばこは吸わない人だったと思っていた私は、なんだか意外なものを見てしまったようにそのガマ口を見つめた。
「時々隠れて吸ってるんだ。でも本当に時々。」
 姉さんはガマ口の口を開けたり閉めたりしながら呟いた。
「そうだったの。隆さんは知ってんの?」
「知ってるけど家では吸わないから。本当に、時たま。ね。」
 姉さんは口ではそう言っているけれど多分そこそこ日常的に吸っているのではないかと思った。でなければ咄嗟にこういう行動はしないだろう。
「姉ちゃんストレス溜まってるの?」
 私が聞いたところで、正直に家の事情や気持なんかを話してくれるとは思わなかったが、つい聞いてしまった。
「まあね。結婚したら誰だってそこそこあると思うけれど。でも私、呑気だからさ。」
 
私はなんというか消化不良のようなものを感じた。美沙子姉さんに聞きたかったことは、もっと本音の、本当の気持ちなんだけれど、そんなものは中々私なんかには話してくれないのだろう。いや誰だってそんなは容易く人に話すようなことはしないのかもしれない。私は美沙子姉さんの顔を何気ない風をしながら観察していた。本当は、もっともっと別の、言葉にはできない気持ちがたくさん封印されているように思えた。姉さんは良い嫁として親戚の評判もすこぶる良かった。ご主人のご両親の商売を手伝い、自分の親の面倒もよく見ていた。他に男の兄弟もいるのに、美沙子姉さんの両親はあえて養子の美沙子姉さんに老後を見てもらうつもりでいるらしかった。その為に介護の資格を取るための勉強もしているということも聞いていた。
「私は美沙子姉さんみたいに、いいお嫁さんにはなれないなあ。きっと。」
 私は無意識に本音をつぶやいていた。
「私いいお嫁さんじゃないよ。そう見えるだけ。」
 美沙子姉さんは少し遠くを見つめながら小さくそう言った。

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fortune cookies(14)

2009-02-11 17:44:50 | fortune cookies
「ねえ、美沙子姉ちゃんは隆さんと結婚するとき、何が決定打だったの?」
 私はコーヒーカップを置くと、なんとなく何時も疑問に思っていたことを唐突に美沙子姉さんに尋ねてしまった。熱烈な恋愛の終焉から一転、どうしてお見合いで紹介された人と短期間で結婚することを決めてしまったのだろう、と思っていたから。
「どうしたの急に。」
 私は一瞬、まずいことを聞いてしまったかと思って言葉にしたことを後悔した。だがその割に美沙子姉さんはにこにことしてこちらの表情を伺っていた。私は少し言い訳じみた言い方で追加した。
「私ね、信次とは結婚をしたいとは思わないの。結婚って何か、自分たち同士の問題ではなくて、家と家っていうか、そういう付き合いとかが面倒になるだけって感じがして。」
 これは正直な私の意見だった。
「そうね。確かにね、もうひとつ家族が増えるというか、面倒が増えるということは確かね。」
「私は信次と一緒にいたいとは思うの。たまにとかでなくね、日常的にそばに居てほしいと。離婚した奥さんとか娘さんとか、そういった人たちに気兼ねせずにね、二人だけでいられるならそれならいいのだけど。じゃあ結婚したいのかと言われたらそうじゃなくて・・・。」
 私が本当に聞きたかったのは、どうして熱烈な恋愛関係にあった当時付き合っていた人と結婚しなかったのだろうということだった。相手のご両親の反対があったりしたのは聞いていたが、でもただそれだけで諦められるものなのだろうかと、それ程好きで愛していた人をそんなに簡単に諦めることができるのだろうかと単純に思った。

こんなこと言ったら恥ずかしいんだけど、と前置きしてから美沙子姉さんは答えてくれた。
「隆さんが結構ああ見えて押しが強かったのよ。どうしても、って。それで何だろう、自分が必要とされる場所があるのかもって思ったって言うか。」
 美沙子姉さんは少し照れているようだった。
「こんなこと言ったら姉ちゃん嫌な気になるかもしれないけど、なんか結婚することが結構早く決まっちゃったから。どうしてそんなにすっぱり決断できたのかなあ、って。」
 私には、美沙子姉さんが、自分の意思というものを押し殺して、両親や周りのいいなりになって結婚を決断したように見えたのだ。それはその前の人との婚約の破棄とか、その前の段階の既婚者とのお付き合いがあったことや、そういったことがあったために自棄になってしまったのではないか、とも思えた。自分の恋愛や人生に、自棄になってしまったのではないかと。
「どういう風に言っていいか分からないけれど、自分がいる場所、っていうのが、やっとできた風に思えたのかな。だから割とすんなり、ああ、この人と結婚してもいいやって、思ったのかもしれないわね。」
 美沙子姉さんは正直に答えている風に見受けられた。

「あ、思いだした。」
 美沙子姉さんは穏やかな笑顔でこちらを向きながら喋った。
「ずっと前にさ、里江ちゃんの家に泊まったじゃない。叔母さんが入院するとかで。」
「うんうん。」
「あの時にクッキー作ったじゃない、おみくじの入ったやつ。あれでさあ、里江ちゃんが作ってくれた紙にさ、私23歳で結婚するって書いてあったんだよね。でね、里江ちゃんは知らないかもしれないけど、私隆さんと結婚するまえに実は結婚の約束までいった人がいたのよ。それがね、23歳のときでさ、結婚が決まった時里江ちゃんのおみくじ思い出しちゃってね。」
 私は自分の聞きたい方向になぜか美沙子姉さんの話が向ってくれたので少し驚いた。
「私も覚えてるよ。私のは好きな子と席が隣になるってやつだった。私は席が隣にならなかったけど。じゃあ、その時結婚してたら、私の占い当たってたね。」
 私は美沙子姉さんの顔を少し伺った。美沙子姉さんは特に表情を変えることもなく相変わらず穏やかな面持ちで「だめになっちゃったけどね~」と笑って言った。もう、美沙子姉さんの中では、その事は感傷的になる材料ではないのだと思った。
「どうしてその人と結婚しなかったの?」
 私は自分が、子供じみたこと聞くなあと思いながらもこの機会を逃すともう二度と聞く機会はないのではないかと思い聞いてしまった。
「若かったのよね。何も分かってなかったのかな。多分。」
 私はまた、美沙子姉さんとの年の差を、最近ではまったく感じなくなっていた年の差を感じた。と同時に、これ以上深い説明はしたくないのだという答えだなと思った。
「私里江ちゃんてある意味偉いと思うわ。私が里江ちゃんだったら信次さん、だっけ、相手の人に結婚して結婚してって迫っちゃうわ。今思えば結婚なんて別に囚われる必要なんてなくて、大事なのは一緒にいるってことなのかもしれないって思うわ。形はどうであれ。結婚て、大雑把に言えば本当に家と家が結婚するようなものだもの。」
 美沙子姉さんはため息ともつかない言葉を発し、コーヒーをまた一口啜った。

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fortune cookies(13)

2009-02-01 10:36:08 | fortune cookies
 私がその人を、美沙子姉さんの旦那さんになる人を初めて見たときの感想は、「なぜこんなおじさんと?」というものだった。半分白髪の、スポーツ刈りがうんと伸びたような髪型、いろいろな色と柄の入ったセーター、ジーパンでなくスラックスを穿いていた。職業柄か肌が陽に真黒に焼けていた。

「私の従姉妹たち。で、この人が隆さん。」
 美沙子姉さんは両方にざっと紹介をした。私はテーブルの向こう側に並んだ二人を見て、どう見ても違和感のあるカップルだと思った。こういう人のお嫁さんは美沙子姉さんみたいな人ではなく、何というかもっと違う人がお似合いの気がした。私だけでなく多分他の従姉妹も多少なりともそういう感想を持っていたようだったが、私よりも普段から親戚とのやりとりが多い他の従姉妹達は、もう既に美沙子姉さんの旦那さんになる人に対しての、大まかな情報を持っていたようで私ほどの驚きはなかったようだった。

「新婚旅行はどこに行くんですか?」
 ひとしきり、おめでとうと挨拶したり、私達が用意した結婚祝いの品を渡したりとが済むと、美沙子姉さんの次に年長の従姉妹が隆さんに質問をした。
「あー沖縄に。3泊4日で。」
 この短い返答の中にも、この人の性格が表れているようだった。ゆっくり朴訥とした話し方は、何となく東北方面の出身の人のように思えたが、勿論この人は地元の人なのだった。けれど、ぼそぼそっという話し方ではあるけれど話すことは好きなようで、そこから先この人は沖縄の魅力についてのんびりと語りだした。私は美沙子姉さんの表情を伺った。特に困惑した感じでもなく、その訥々と話す様子を見守っている感じだった。外見上は実際の年齢よりもうんと年が離れているように見える二人だったけれど、会話をしている雰囲気はどちらかと言ったら美沙子姉さんの方がしかりとした姉さん女房のような感じだった。
  
 私がその時に抱いた印象は、あれからもう10年以上経つのだけれどほとんど変わりがなく、おっとりとした旦那さんに優しくてしっかりした奥さん、というのがこの夫婦に対して私が持つイメージとなった。うんと年上の旦那さんなら、美沙子姉さんは甘えられるのかなというのは逆だったようだ。むしろ旦那さんが美沙子姉さんに甘えているように傍からは見える。子供がずっとできなかったというのも余計にいつまでも仲睦まじいご夫婦という雰囲気を損なわないのかもしれないと思った。

 美沙子姉さんと旦那さんは、いつ会っても穏やかな雰囲気だった。熱烈の恋愛の末に結婚したカップル、という風にはやはり見えなかったけれども、結婚した当初から、もう既に結婚をして随分と年数の経っているような雰囲気を醸し出していた。美沙子姉さんから結婚生活の愚痴を聞くこともなかったし、旦那さんのご両親と同居しているにも関わらず、その不満というものも聞いたことがなかった。結婚と同時に仕事を辞めた美沙子姉さんは、旦那さんの実家の家業の手伝いをしていた。旦那さんは家業を継がなかったけれども、その兄弟が家業を継いでいたようでその店番をしたり事務仕事の手伝いをしていたようだった。家も旦那さんの実家の、狭いふた部屋だけが夫婦の自由に使える領域で、仕事に行っても向こうの親戚の人ばかりだというのに、それが苦にならないのかもしくは顔に出さないだけなのか、いつでも穏やかな顔で穏やかにおっとりと話す美沙子姉さんなのだった。

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fortune cookies(12)

2009-01-14 00:12:15 | fortune cookies
 私が高校生の時、美沙子姉さんが結婚するということになり、その直前に女の従姉妹だけでお祝いのために集まろうという話になった。母方の兄弟姉妹には私と美沙子姉さんを入れて5人の従姉妹がいた。美沙子姉さんがいちばん年上で、私がいちばん年下だった。私達は美沙子姉さんや他の従姉妹が住んでいる地元の、若い人向けのカジュアルなレストランでそのお祝いお食事会を開いた。

 私は美沙子姉さんが、アルバイト時代の不倫の恋に破れ、そして職場で知り合った、噂では背の高い素敵な銀行マンとの婚約も破棄になったことをその時既に知っていた。美沙子姉さんは当時地元にあった中堅建築会社の受付嬢をしていた。背も高くすらりとして顔立ちもはっきりとしていたから、きっと高感度も高くもてたのだろうと思う。当時学生だった私の目から見ても美沙子姉さんは素敵なお姉さんだった。親戚の中ではいちばんの美人だし、控え目なしゃべり方や落ち着いた雰囲気は、本当の年齢よりもずっと大人に見えた。たまに用があって美沙子姉さんの勤め先のある駅に行くときは、姉さんを訪ねるとお茶をおごってくれたり食事を御馳走してくれたりした。姉さんはいつもピンクの受付嬢の制服を着ていて、お昼の休憩時間になるとおいしいお店に連れて行ってくれたりした。

 私は美沙子姉さんの婚約が破棄になったことは知っていたけれども、その理由まではその時は知らなかった。子供を堕ろしたのを知ったのはもっとずっと後のことで、当時は知らなかった。それなので今度結婚することになった人はどんな人なんだろうと興味津津だった。遠い親戚の紹介で知り合って、年が10歳ほど離れているということだけを知っていた。美沙子姉さんのお相手なのだから、うんと年上の素敵な男性なのだろうと勝手に期待をしていた。

 集まった私たち従姉妹は、美紗子姉さんが自分たちの中でいちばん早く結婚するということもあって、結婚にまつわる話に興味深々だった。でもそれは結婚生活における肝心の要素ではなくてもっと表面的なこと、例えば結婚式にはどんなドレスを着るのかとかどんなところに新居を構えるのかとか、料理は自分で作れるのかとか、そういったことだった。結婚してみれば当然そんなことは分かるはずなのだが、そんなことは結婚においてちっとも大切な部分ではないのに、当時の私にとって結婚とはつまりその程度のことだった。自分に将来やってくる出来事として捉えることができないもの、そういうものだったのだ。

 ドレスはこんなもの、お料理はこんなもの、結納はどんな風にしたか、彼の職業、お見合いの時の第一印象はどんなだったか、等私たちの質問は矢継ぎ早に美沙子姉さんに向かった。美沙子姉さんは特にはしゃぐ風でもなく、いつもの美沙子姉さんらしくゆっくりとその質問に答えていった。美沙子姉さんは結婚を前に不安がったり興奮したり緊張したりと、そういった態度が微塵も見られなかった。どちらかというと淡々としていた。まるで自分のことではない風に客観的にそれまでに起こったこととそれから起ることを説明しているように見受けられた。私はそんな美紗子姉さんの態度を見るたびに、やはりそれは恋愛結婚と見合い結婚の差なのではないかと思っていた。前に付き合っていた人とは職場恋愛だったのだろう。でも今度の人はお見合いだから、何というか美沙子姉さんは自分で自分を納得させているように私には見えた。私にはそう見えたのだけれど、他の従姉妹は姉さんが淡々と喋るのに過剰に反応して、きゃーとか熱いわねーとか仲いいわねとかいう相槌を逐一入れていた。

 美沙子姉さんが結婚後は旦那さんのご両親の家に同居をするという話を聞くと、もともと持っていなかった結婚への憧れのようなものが、さらに無くなっていくのが自分でも分かった。美沙子姉さんの旦那さんの実家の二階の一部分、つまりふた部屋だけが美沙子姉さんとその旦那さんの居住部分らしかった。結婚したら今の受付嬢の仕事も辞めるらしかった。それは仕事を続けるとか辞めるとかの選択肢はなしに、結婚したら辞めるもの、との見解が当然とされているような話しぶりだった。

「あ、来たわ。」
 本当は女だけで集まるというはずだったのだけれど、せっかくだから旦那さんになる人も紹介してよという話になり私たちはその人を待っていたのだった。そしてその人が今現れレストランの入り口に皆の注目が集まった。

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fortune cookies(11)

2009-01-13 15:53:11 | fortune cookies
叔母と従妹、それから私たち親族は告別式が終わると焼場に向かった。まるでエレベーターでどこかに行くように、叔父を乗せた台は向こう側に消えていった。
待合室として用意された部屋に入ろうとすると「ねえ、里江ちゃん、ラウンジでコーヒー飲もうよ。」と美沙子姉さんが声を掛けてきた。
「旦那さんはいいの、放っておいて?」
 私は美沙子姉さんに一応聞いてみた。
「いいのいいの。たばこ呑みたいって外に出てったわ。」
 
 私達は斎場の一角にある喫茶室でコーヒーを頼んだ。美沙子姉さんとこんな風に話をするのは、随分と久しぶりだった。昨日も少し話したが、挨拶程度の話だけだったのだから。
「ねえ、里江ちゃん昨日彼氏が迎えに来てたでしょう?車で待ってたよね、青い車。」
 美沙子姉さんは少しいたずらそうな顔をしてみせた。私は多分、親戚の伯母さんなんかにこんなことを聞かれたら面倒臭くて完全否認してしまうところだけれど、美紗子姉さんは口が堅いし何より私にとっては実の姉さんのような存在という感覚だったので簡単に吐いてしまった。
「そう。美沙子姉ちゃん見てたの?」
 私は昨日信次の車に乗ったとき、どこかの車がクラクションを鳴らしたことを思い出した。
「私も昨日みんなより先に帰ったのだけれどね、ちょうど旦那が車をこっちに回してきたところにね、里江ちゃんが出てきて誰かの車に乗ったって言ってたから。」
「そう。」
「良かったね~。優しいじゃない、こんなところまで迎えに来てくれてさ。」
 私は美沙子姉さんの顔を見ながら、今朝信次が何のメッセージもなくいなくなったことを思い出した。
「でもね、バツいち子持ち。ていうか多分バツいち。」
「別にそれでもいいじゃない。その、多分バツ一、ってのはなあに?」
 私は信次が、もともとは会社の取引先の人でたまたま行われた食事の席で知り合ったということ、その時まだ信次は離婚前だったということを手短に話した。
「でもね、私、信次が離婚した後からつきあったのよ。それに信次が離婚した原因は私ではないし。知り合ったときにはもう既に奥さんと別居していたのよ。」
「なら問題ないじゃない。どうして“多分バツいち”なの?」
 私は2年ぶりに会ったというに、美沙子姉さんに雪崩のように信次とのことを話始めた。
「だって、信次は離婚してるからフリーだし、私だって独身で何も問題はないはずなのに、どう考えてもまるで私たち不倫カップルみたいなのよ。私は正直信次にどう思われているのか分かんないときがあるわ。もしかしたらいいように使われているだけなのかもしれないって思ったり。もしかしたら離婚したとか言って本当は奥さんと別居しただけなのかもと思ったり。いくら娘が訪ねてくるからってマンションにも勝手に行ってはいけないっていうのおかしくない?急に予定が入ってじゃあ今日は会えない、とか、そんなのばっかり。」
 
 美沙子姉さんは私の顔をじっと見つめて、そして少し微笑した。美沙子姉さんにとって私はまだまだ甘ったるい小娘に見えるのだろうか、と美沙子姉さんの顔を見ながら思った。
「里江ちゃんは、彼のこと本当に好きなの?」
「好きに決まってるよ。信次が居なくなったらどうしようって、そればっかり考えてるんだもん。」
 美沙子姉さんは何でこんなこと聞くのかと思った。
「なら、離れちゃだめよ。何があっても。」
 美沙子姉さんは真面目な眼をしてそう言った。私は美沙子姉さんがそれを軽い気持ちではなく本気で言っているのだということをなんとなく感じた。

 私は頭の隅で、美沙子姉さんの過去のことを考えていた。おおっぴらには親戚中知らないことになっているが、美沙子姉さんは若い頃アルバイト先の上司と不倫をしていたという過去があった。その恋は相手の奥さんが怒鳴り込んできて終わったのだったが、美沙子姉さんはその男が妻子持ちだということを知らなかったのだ。その男は離婚していると美沙子姉さんには言っていた。その敗れた恋の後、とある会社に就職をして美沙子姉さんは普通の職場恋愛をした。そして婚約までしていた人がいたのだが、過去の不倫のことが相手の両親に知れ、そのことが原因で婚約を破棄されたという過去もあった。姉さんはその時妊娠をしていたが、相手の両親に何が何でもと頼まれ、子供は堕ろしたのだった。親戚中でこの話は知らないことになっているが、私は伯母たちが集まった席でそういった類の話をしていたのをかつて聞いていたことがあり知っていた。

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fortune cookies(10)

2008-12-18 16:03:26 | fortune cookies
 アパートに帰りつくと私はソファもたれかかりそのままうずくまった。頭が酷く痛んだ。脈拍と同時にこめかみのあたりがずきんずきんと締め付けられるようだった。どこかに出かけて変に気を使うと必ず頭が痛くなるのだ。
「大丈夫か。」
 信次は私の顔を覗き込みながら言った。私の眼の高さに屈んで顔と髪を撫でた。私は反射的にその手の上に自分の手を重ねた。信次の手はごつごつとしていた。
「ただの頭痛。少しだけ寝かせてくれる?少し眠ると頭がすっきりするから。」
 私は信次の上半身を引き寄せて、すがるようにその胸に顔をくっつけた。シャツの上から伝わってくる体温と信次の匂いで私は少し落ち着いた。そのまま目を瞑ると地面がぐらんぐらんと廻っているような感覚がした。だが信次が、じっとそのままの体勢でいてくれたので私は安心して目を瞑っていた。
 
 しばらくして、ふっと時間が経過したような感じがして目が覚めた。信次の体は相変わらず私の顔の横にあった。体の上にはブランケットが掛かっていて、小さな間接照明ひとつだけが付いていた。壁に掛けた時計の秒針と、信次の呼吸の音しか聞こえなかった。私はしばらくじっとしていた。じっとして信次の体温を感じていた。頭痛は少し和らいでずきずきとした痛みはなくなっていた。私はぬるま湯につかっているようなほんのりとした温かさを感じた。このままずっとこうしていたかった。朝までこうして、一つのブランケットにくるまっていたいと思った。私が頭を少し動かすと信次が「起きたのか?」と呟いた。
「ごめん。相当寝てしまったみたい。今何時なの?」
 信次は時計を見もせずに、「うーん、夜中だろう。」と言った。
「先にベッドで寝ててくれればよかったのに。」
「何だか気持ちよさそうだったから。俺がどこうとしたら、お前が手探りでくっついてくるんだもの。子供みたいだな。」
 私は信次の顔を見ながら、思わず笑みをこぼした。顔がすぐそばにあったので、そしてそのまま軽いキスをした。

 その後熱いお風呂に入ってから、きちんとベッドに入って眠った。私は体を横にして丸くなり信次に後ろから包まれているような体制で眠りについた。私は満ち足りた気分だった。こういう時間には他のことを考えなくても済んだ。ただ温もりと、信次の体温と、体と、息遣いがすぐそばにあるのを感じているだけで良かった。こういう時間は最も幸福を感じる時間だなと思った。

 だが目が覚めるとまたしても信次は居なかった。途中ベッドを抜け出したのは覚えていたけれど、トイレにでも行ったのかと思っていた。カーテンの隙間からは朝日が弱々しく差し込んでいた。私は起きあがりのろのろと告別式に行く支度をし始めた。昨日確かに信次は私とぴったりとくっついて寝ていたはずなのに、今はもういない。今日はひとりで出掛けなくてはいけない。何時の電車に乗ればいいのだろうと頭の中で考えた。
 
 コーヒーをひとり分入れ、ゆっくりと飲んだ。頭は意外にすっきりとしていたけれど、なんとなくどこかに影があるような、ほとんど快晴なのにどこかで雲が発生しているような、そんな感じだった。信次は今日こそは子供のつきあいなのか仕事なのか。いつもこうして何も知らせずに去って行ってしまう。紙にでもメモをして、今日は子供の当番です、とか、急に仕事になりました、とか書いていってくれればいいのに、もしくはメールを入れておいてくれればいいのに、と思う。そんなに手間暇かかることではないのに。それともそういうことを逐一私に報告する義務もないのだし、またそういうことを私に言わなければならないということは彼にとっては縛られていると感じることなのだろうかと考えた。

 告別式は昨日と同じ雰囲気で滞りなく進められた。弔問に訪れる人は通夜よりはずっと少なかった。昨晩と同じようにじめっとした雰囲気ではなく、母娘は努めて明るい態度で列席者に接していた。
 
 出棺間近の時間になり、列席者はお棺に花を入れ始めた。順番に並んで棺の中を花で埋めていく。それから出棺の時間になり、列席者たちで少しづつお棺に釘を打って行った。その時、今まで毅然とした態度で臨んでいた叔母と従妹が突然嗚咽し始めた。それにつられて他の親戚も涙を流し出した。もう、この顔を見ることができない、この姿も灰になる、この世に姿さえ存在しなくなる、という事実が箱を閉めるという行為によって急激に訪れたのだろうか、と私はその光景を見ながら思った。叔母と従妹は「お父さん、お父さん」と何度も何度も言っては堰を切ったように涙を流していた。私はその姿を見て今までからっとした態度でいただけに、余計に母娘の気持ちを思わないではいられなかった。それと共に死んでしまってここまで悲しい思いに囚われる人が私にはいるのだろうかと思った。例えば育ての父親が亡くなっても私はこれほどまで悲しくなるのだろうか、実父ならどうなのだろうか、と目の前の光景を凝視しながら考えた。私はどちらの父が死んだとしてもそれほど悲しくはないのではないか、と想像してしまった。そしてそのことを考えついたということに罪悪感のような、後ろめたさのようなものを感じた。天涯孤独、という文字が急に頭の中に浮かんだ。私は最初から最後まで結局はひとりぼっちなのかも知れない。誰とも、明確な絆というものを結ぶことができないのかもしれない、と思った。


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fortune cookies(9)

2008-11-29 16:30:51 | fortune cookies
 暗い中で運転に没頭している信次を見ていると、なぜか自分の場所に帰ってきたという感じがした。たった数時間、親戚の集まる場所にいただけだというのにひどく気疲れした。
「どこか、食事していこうか。」
 信次が前を向いたまま聞いてきた。
「そうしてもいいけど、早く家に帰りたいな。」
 私は本心を言った。お腹も空いていたけれど、私は暖かいお風呂に入って信次と一緒に眠りたいという欲求の方が強かった。今日は家に泊まっていかないと思っていたので私は密かに信次の優しさに感謝した。今ここに、信次がいるというのが単純にとても幸せだと思った。
 私は突然に、信次がもし叔父のように癌になってしまってこの世からいなくなってしまたらということを考えた。まだ40歳半ばだけれど、若くて病気になる人だっているのだ。
「信次が癌になったらどうしよう。」
 私は呟くように思わず口にしてしまった。
「どうしようって言ったって、そんなものなってみなければ分からないだろう。それにお前が苦しむ訳じゃないだろう。」
 漠然と想像したけれども、やはりあまり現実味はなかった。信次は特に持病を持っているわけでもなく、日頃特に不摂生というわけでもなかった。一見とても健康そうに見えた。
 私はもし信次が入院とか闘病ということになったらどうするのだろうと無理やり想像してみようと試みた。奥さんとはもう別れているのだし、子供はまだ小さい。するといちばん彼にとって身近なのはやはり私ではないかと改めて思った。
「信次が病気になったら、私が傍にいてあげればいいんだよね。」
「お前は俺が病気になったら看病してくれるのか。嫌になって俺を捨てるのじゃないのか。」
 信次は少しからかう風に言った。私はそう言われたことに少々気分を悪くした。信次は私をどう思っているのか、という懸念が湧いてきた。信次が私を捨てる、のなら話はわかるけれども、私が彼を捨てるのなんて、例えそれがいかなる理由でも、それは考えられないことだった。信次はそんなこと、思ってもいないのだろう。
「元妻がまさか看病してくれないでしょう。お子さんだってまだ小さい、それにたとえ成人していたってその時どこにいるかも分からないわ。そうしたら、私しかいないのよ。」
 私はこの言葉を言いながら、その時になって初めて私は彼を独占できるのだろうかと考えた。誰にも邪魔されずに、ずっと傍にいることができる。いや今だってそういう立場なのだろうけれども、なんとなくそうとは思えない部分もあった。
「結婚したいのか。」
 今までに何度か聞かれたことだった。今まで答えたことと、同じことをまた答えた。
「したいといえばしたいかもしれない。でも、私は結婚という枠にとらわれている訳じゃないわ。信次とずっと一緒に暮らしていけたら、それだけで幸せだと思う。」
 信次は一瞬だけこちらに視線を投げかけたけれども、運転に支障がでるからだろう、すぐに戻して前を向いた。
「正直俺は、結婚はもういいと思ってる。次もうまくいく保証もないし。養育費の問題もあるからな。」
 この答も何度も過去に聞いたものだった。
「そう。」
 私は暫くの間、暗い夜の街を流れるように過ぎていく対向車の灯りを見ながら黙りこんだ。
「私が求めているのは、いつも傍にいてくれて、家に帰ったら一緒に寝てくれる人がいるということなのよ。帰るところがある、っていうのかな。それが文字通りとある場所、という意味ではなくて。拠り所、というか。」
「それに保証がなくてもか。ただ俺が、傍にいればいいのか。」
 私は保証なんていらなかった。結婚や、家庭や、子供や家族、そういったものを普通の人のように持っているという自分を想像できなかった。
「いいよ。」
 私は信次の、ハンドルを握っていない方の手を探して、そこに触れた。

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fortune cookies(8)

2008-11-23 10:41:03 | fortune cookies
 お経が終わり列席者は食事の用意された部屋に集まっていた。叔父が癌であることは周知の事実だったためか、また喪主母娘のあっけらかんとした振る舞いのためか重苦しい空気はそれほど流れておらず、むしろ何か他の行事のために親族が集まったような雰囲気だった。たまたま空いた席に座ろうとすると、横には実父の再婚相手とその子供がいた。さりげなく他の席に移ろうと思ったが、その女の子は「お姉ちゃんここどうぞ。」と屈託ない顔で私に席を勧めた。
「ありがとう。」
 私は反射的ににこりとしてその子の横に座った。
 必然的に私は小さな子供に食べものを取り分けたりあれこれと世話をしてあげることになった。私自身は何も食べる気がしなかったし、反対側の横に座った人は叔父側の親族なのか知らない人だったのでそれはそれで都合が良かった。
「美樹ちゃんは何年生なの?」
 子供に興味のない私は他に特に話題が思いつかずありふれた質問をした。
「5年生。」
 私はもっと下の学年かと思った。背が低いほうなのかもしれない。
「あたし背が低いからよく3年生?とか聞かれるんだ。」
 思っていたことを感知されたのか彼女は自らそう言った。実父も背が低いし、再婚した奥さんも痩せて小柄なほうだから仕方ないのかもしれない。私は自分が小学生の時のことを思い出した。私も背が低くていつも何かで並ぶときはいちばん前だった。
 私は隣でお寿司や唐揚げを食べている女の子をちらちらと見ながら、見ればみるほど自分の小さい時にそっくりだと思った。これでは傍で見ている他人は、私達は年の離れた姉妹か、えらく若い時に子供ができてしまった親子かに見えるだろう。私がもし、今の両親の養子にならずに実の父と暮らしていたら、この子とは同じ屋根の下で暮らしていたのかもしれない。そうしたら案外この子はこんな風になついていたのかもしれない。だいたい年がうんと離れ過ぎているのだから、私達は良好な関係を持てただろう。
「お姉ちゃんはどこに住んでるの?おばちゃん家にはいないよね?」
「お姉ちゃんはひとりで暮らしているのよ。おばちゃん家だとお仕事に通うのに遠いからね。」
「そうなんだ。いいなあ。あたしも一人暮らししてみたいなー。」
 この子に私はどういう存在として映っているのだろうか、とふと思った。お父さんの前の奥さんの子供、ということをきちんと説明してあるのだろうか。それともおばちゃん家のお姉ちゃん、としか言っていないのだろうか。私はまじまじとこの子を見たが何も深いことは知らないような気がした。その時携帯が振動しているのに気が付いた。信次が葬儀場の外まで迎えに来ていた。
「お姉ちゃんもう帰らないといけないから。ごめんね。」
美樹ちゃんは一瞬寂しそうな顔をして「お姉ちゃん明日も来るの?」と聞いてきた。
「来るよ。」
「じゃあ明日ね。」

 私は叔母と従妹に挨拶をし、両親にも一応声を掛けてから外に出た。母親は、家までどう帰るのか、もうちょっと待って誰か親戚の車で駅まで乗せていってもらえば等としつこくくい下がったが、私は家で少しやらなければならない仕事があるからとか何とかごまかして、早く家に帰らなければならないのだと言い訳した。外は先ほど来た時よりもぐっと気温が落ちていて、もう秋も終りになるという感じがしていた。葬儀場の門のすぐ外に信次の車は停まっていた。私が乗り込もうとすると門から車が一台出て行った。プッとクラクションを鳴らして出て行ったところを見ると、誰か知り合いだったのかもしれない。
「お疲れ。」
 信次は私が車に乗り込むとそう言った。
「行きも帰りもありがとうね。今日は用事が・・・なかったのじゃないの。」
 車は静かに走り出した。夜だから1時間ちょっとで着くのだろう。
「夕方からちょこっと娘を見てたけど。もうあれが帰ってきたから。」
 信次は別れた奥さんのことをあれ、と言うのだった。
「そう。」
 私は信次の車に乗るとほっとして、急に疲れがどっと出てきた。
「今日はそのまま、泊まっていくよね。」
 ちらと横に座っている信次の顔を覗き見た。
「そうだな。」
 私は安堵した。これから一人であのアパートに帰って寝るのかと思うと、急に寂しい気分になってしまいそうだった。

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fortune cookies(7)

2008-10-31 02:34:58 | fortune cookies
 メールを送信し会場の席に戻ろうとしたとき、私の実父の姿が見えた。再婚した奥さんとその奥さんとの間に出来た子供も一緒だった。私は久しぶりに実父を見た気がした。普段はまったく接点がないし顔を合わすこともないけれど、親戚の冠婚葬祭では必然的に顔を合わす。私は話をするのが億劫なので顔を合わせても特に何も話さない。そもそも違う家族として何十年も生きてきた以上話題はまったくないし、それに再婚した奥さんはどうも私のことが嫌いなようだということが、私と接するときの態度で分かっていた。再婚した奥さんは実父よりも一回りほど若く、また再婚してしばらくしてから子供が出来たので、まだ子供は小学4,5年くらいに見えた。
「こんばんは。お久しぶりね。」
 私が目礼だけして通り過ぎようとすると、その奥さんから声を掛けられた。自分から私に声をかけてくることなんて今までなかったように思うのでずいぶんと珍しいことだなと思った。
「お久しぶりです。美樹ちゃん随分と大きくなって。」
 私は会話をする内容が見つからないので傍らにいた子供に半ば話すようにそんなことを言った。その時何年か振りに、というかこの子が生まれた直後写真で見せられた以降初めてだと思うのだが、私はその子の顔の造作を真近で見た。そして目を見張った。その子の顔は私の子供の時の顔とどう見ても瓜二つだった。奥二重の眼、はっきりとした眉、猫っ毛の髪。細かい全部の顔のパーツをそれぞれ見ていったら当然違いはあるのかもしれないが、ぱっと見たときの印象がまるで小学生の時の私の顔そのものだった。今までこれほど顔をまじかで見たことがないので気がつかなった。私の心の中を見透かしているかのように、実父の奥さんは話をしながら私の顔をじっと見つめていた。目が、口とは違うことを話しているような感じで喋っていた。
「もう始まるみたいです。」
 私はその直視をする視線に耐えられなくなってそう言った。葬儀社の人が会葬を始めると弔問者に声を掛けていた。人ごみをかき分け私はそそくさと席に戻った。

 葬儀の間、不謹慎かもしれないけれど私は死者を悼む気持ちで心を満たされていたわけでなく、まったく別のことを考えていたりした。父親を亡くした従妹は感情を乱すこと無く弔問客に丁寧にお辞儀をしていた。本当は父親や夫を亡くした家族というものはそれどころではない心境なんだろうけれど、こういう場ではそう振舞うしかないのだろう。叔父は会社を営んでいたので仕事がらみの弔問客は列をなして並び、丁寧な長いお経は永遠に続くのではないかと思われた。

 私は漠然と死ぬということについて考えていた。だが死というものと自分がどうもうまく結び付かなかった。例えば自分が癌だと宣告されて命があと数カ月しかないと分かったときに、死というものは突然に現実的な問題となるのだろう。死ぬ恐怖が自分の思考の大半を占め、その恐怖で夜も眠れなくなる日がくるのだろうか。その時自分は何をしておかなければと思い又何について後悔をするのだろう。今の自分にはそんなことは具体的に何一つ思い浮かばなかった。お経の後いろいろなお話を住職さんはしていた。仏教の難しい話を砕いてわかりやすく話ていたので私は退屈だと思っていた話に興味を持った。命の儚さについて説明をしていた。掌の上に落ちる雪のように命は儚いと。すぐに溶けてしまうように儚いのだから、毎日精一杯生きなさいと、そんな趣旨のお話だった。私は自分の人生のことについてそれほど深く考えたことはなかったが、自分の今の生活を見つめて精一杯生きていると言えるのだろうかと考えた。

 私が物心ついてから考えてきたことはとにかく自立をしたいということだけだった。家を出て自由になる、そのことばかりを考えてきた。その意味では今の生活は私にとってそこそこ快適だと言えた。仕事の面でも趣味の面でも、取り立ててこれを達成したいという野望のようなものも持っていなかった。私の目下の心配事は信次との関係くらいだった。だが信次と結婚したいという希望はなるべく持たないようにしていたし、信次との関係はいろいろと懸念事項はあるけれど問題はないほうと言えた。また恋愛が人生の生きがいのようなものというのもどうなんだろうという、冷めたもう一人の自分の意見もあった。
 
 だが自分の奥底の願望はそうじゃないのだと、多分自分自身でも薄々分かっているのだ。安定した生活とか平和な結婚生活なんて、ちっとも希望していないのだと自分では思おうとしているのだが、本当は、自分の芯の部分ではそうではないのではないか。私は自分がその考えを今思いついたということを忌々しく思った。そんなことを望んでいないと思っているほうが幸せな気がした。そのほうが人生は生きやすいと思われた。期待してないと思っていたほうが気苦労もないし体力も使わないからだ。だめだったときの落胆も消耗も少ない。私は信次が本当は自分のことをさして大切にしないと思って、だから自分でも期待していないのではないかと思った。いや期待しているのだが期待していない振りをしている、期待してないと自分で思い込んでいるのではないかと。本当は信次は自分だけの信次でいてほしいし、離婚した妻や子供なんかより自分だけを最優先してほしいと、私だけのために存在してくれる信次でいてほしいのだと思っているのではないのか。でもそれが叶わないからそう思っていない振りをしているのではないかと、ぼんやりとそんなことを考えた。これでは私は最初からやる気がないようなものだ。
 一生懸命に生きるっていうのはどういうことなんだろう。

 私は失うことを恐れているのだろう。自分では私は身軽なのがよいのだと思っていた。心を依存する人間がいない方がよいのだと。だが信次だけは違った。私は信次だけは失いたくなかった。自分には心を許せる家族も、友達もいないと思っていたのだったが、信次にだけはそう思いたくなかった。私がいまいちばん死んだら困る人、それは信次だった。父や母が死んでもそれほど感情は乱れないと思うが、信次が自分のもとからいなくなることを想像すると、私は今の従妹の心境が理解できた。なぜいなくなってしまったのだろう。なぜ死んでしまったのだろう。恐らくその気持ちでいっぱいになってしまうだろう。さっきまで血の通っていた人間が、もう話すこともできない。肉体はここにあるのにそれは物みたいに動かない。

 私は今日初めて涙を流した。叔父を悼んでというよりは、自分の愛する人がこの世からいなくなったときのことを一瞬でも想像したからだった。弔問者に向かってお辞儀をしている叔母と従妹が、急にか弱い女二人に見えた。


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fortune cookies(6)

2008-10-09 01:56:20 | fortune cookies
 通夜の会場で美沙子姉さんを前に話していると、他の親戚にはない親密な感じがするのが分かる。私が勝手に慕っているだけなのかもしれないが、こういう気の乗らない冠婚葬祭の席で美沙子姉さんを見つけると本当にほっとするのだった。私は姉さんを至近距離で見つめながら、相変わらず美しい顔をしていると思った。この間会ったとき、それも確か2年ほど前の親戚の葬儀だったような気がするのだが、その時よりもやや皺が増えたような気もしたが、それは却って不自然な若作りとは無縁の年齢を重ねた魅力というものを表しているように思えた。そんなことを思っていると姉さんの旦那さんが近づいてきて叔母さんが呼んるからと言って二人は向こうのほうへ行ってしまった。

 席に残された私は通夜の式が始まる前に携帯をオフにしておこうとディスプレイを開いた。メールが来ていた。私にメールをよこすのは信次くらいしかいなかった。ここまで送ってきてくれたのだから当然通夜にいるはずだと知っているし、明日も会わないことになっているので何だろうと思いながら開いてみる。終わったらまた迎えに行こうかとあった。私はその文面を何度も読み、そして考えた。これはどういうことなんだろう。そのまままたうちに泊まっていくのだろうか。明日は告別式だし、それに明日、信次は娘をどこかへ連れて行く日になっていたのではなかったか。

 信次は離婚した妻との間に小学生の娘がいた。彼女の母親が土曜や日曜に用事や仕事があるときは信次が預かるということになっているらしかった。急に予定や仕事が入るのか約束があっても前日や当日キャンセルになることも多かった。それであまり土日は期待をしないようにと心掛けていた。明日もその予定だと聞いていたのだが、急きょ予定が変更になったのだろうか。信次の予定は急に変更することも多く、そういう事情があるということを承知で付き合っているのだから文句も言えないのだが、それでも時折、楽しみにしていたことが不意に中止になることがあると、私は遠足の当日が雨だった子供のような気分になった。面と向って文句は言わないし、大人げないと自分でも思っているが、それが態度に表れているときもあるらしく、仕方がないだろう、とその都度言われた。そんなことは自分でも分かっていた。

 娘がいつ訪れてくるか分からないという理由で、事前に連絡を入れないで信次のマンションへ行くと困った顔をされた。子供がいない私には分からなかったが、自分の父親に新しい恋人ができるということは断じてあってはならないことなのだろうか。そんな時私の心の中では薄暗いもやが発生した。もしかしたら信次は妻と離婚しているのではなく、単に別居しているだけなのではないか。もう別れているのであればどんな女と付き合っていようが関係ないのではないのか。不安は私の頭の中でどんどんと膨らんでいった。子供をどこかへ連れて行かなきゃならないから会えない、と言われると、本当に子供と会っているのだろうかと思うときもあった。性格の不一致で別れたということだったが、本当はそうでなく信次の浮気で別れたのではないのか。考え出すと思考は際限なく悪い方向に向かっていくのだった。

 それにしてもさっきここまで送ってきてくれたのにまた迎えに来てくれるなんて珍しい。どうしたのだろうか。信次は時々気紛れなところがあった。私が疑心暗鬼になるような発言を次々に平然と言ってのけるときもあれば、こうして意外な優しさを発揮するときもあった。その都度私は感情の波を上下させられた。疑問に思う点はたくさんあれど、優しい時があるから嫌いになれないのだった。そもそも私から信次を嫌いになるなんて考えられないことだった。悔しいけれど、信次が私を思う気持ちより私が信次を思う気持ちのほうが断然強いというのを意識せずにはいられなかった。信次が私から離れていくことに恐怖すら感じていた。メールを打とうと、参列席の椅子を立ってロビーの隅の人気ないところに向かった。

 時刻はいつの間にか通夜の開始時刻に近くなっていて、親族は続々と到着してきているようだった。久し振りに見る顔の親戚とすれ違うたびに、逐一挨拶をしながらロビーを横切った。私と顔が会って挨拶はしたものの私が誰か分からない人も何人かいて、そういう人はたいてい傍にいる別の親戚に、あらどこの娘だっけ?と耳打ちしていた。ほら、○○の、とその人が私の実の父親の名前を言うと、ああ、○○のねー、とそれだけで後に続く言葉を納得するのだった。私はこういうとき自分が悪いわけでもないのに非常に気まずい思いにとらわれた。久しく会わない親戚の誰かと会うたびに、私は過去の自分を瞬時に連想し、そして親戚の中での自分の微妙な位置を感じずにはいられないのだった。やっぱり信次の言葉に甘えて迎えに来てもらおう。瞬時にそう思い手短に返信文を打った。ありがとう。じゃあまた迎えに来てくれる?先ほど別れたばかりなのに私は無性に信次が恋しかった。

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fortune cookies(5)

2008-10-05 21:50:25 | fortune cookies
 美沙子姉さんが私の家に滞在していた数日の間に日曜日が多分あったのだろう。学校が休みのある日、姉さんは「今日は里江ちゃんと一緒にクッキーを作ろうか。」と提案してくれた。クリスマスが近かったせいかもしれない。私は張り切ってエプロンを出してきて準備した。その日は朝から冷え込んでいて、北側にあった台所は午前中特に寒く朝からダルマストーブを点けていた。姉さんはクッキー作りに必要な器具を台所のあちこちの扉を開けて探し出したが、まず秤が見当たらなかった。ゴム製のヘラとかクッキー型とかも見当たらなかった。母はお菓子作りの類はいっさいしない人だったし、洋風の料理もほとんどしなかった。
「そんなにきっちり計らなくても多分大丈夫。」
 姉さんはそう言いながら、母が何かに使えるかもしれないと取ってあったイチゴの入っていたプラスティックの空きパックを使って、器用に粉と砂糖の分量を量っていた。粉ふるい器も無かったのでザルで粉をふるった。ゴムべらはないが普通のスプーンで粉と卵を混ぜた。私がやらせてやらせてと連発するので、姉さんは卵を割ったりとか粉をふるったりとかの作業を適宜私にやるように言ってくれた。母は台所を汚されるのを嫌って食事の後片付けはさせても料理の手伝いなどは一切させてくれなかった。私は自分が少し背伸びをしているような気がしてとても嬉しくなった。姉さんは生地の半分にココアを混ぜブラウンの生地を作り、それとプレーンの生地を海苔巻のようにぐるぐると巻いて輪切りにし、渦巻き柄の生地を作った。
「すごいー。美沙子姉ちゃん何でも出来るんだねー。」
 普通の食事もまるでお母さんのようにてきぱきと作ってしまうのですごいなと思っていたが、お菓子作りまで出来てしまうのを見て私はますます憧れの眼差しで姉さんを見つめていた。

「里江ちゃんも何か好きな形で作ってみる?」
 まだ生地は半分ほど残っていた。
「うん、作る作るー。」
 私は二つ返事で答えた。
「そうだ、フォーチューンクッキー作ってみようか。」
「フォーチューンクッキー?なあにそれ?」
 私は聞き覚えのない名前に興味を持った。
「あのね、クッキーの中にね、占いのようなおみくじのような紙が入っていてね、食べる時にそれが出てきてね、なんか素敵な言葉が書いてあるのよ、それを読むの。」
 そんなものは聞いたことがなかった。おみくじが中に入っているクッキーなんて。
「姉ちゃん食べたことある?」
「ないよ。」
「じゃ何で知ってるの?」
「うーん、映画かなんかで見たのかなあ。分かんないけど。アメリカにある中華料理屋さんで食事すると出てくるみたいなのよ。ちょっとそういうの作ってみたいよね。」
 私にはうまく想像できなかった。アメリカの中華料理屋さんに何でクッキーがあるんだろ?おみくじって外国にもあるのかな。英語で何かが書いてある?それとも中国語で?
 美沙子姉さんはいつも母がてんぷらを揚げたときにお皿に敷く紙を細く小さくハサミで切って、それを10本くらい用意した。
「これに何かいいこと書こう。何か嬉しくなることね。」
 
私と姉さんはそれぞれ背中を向けて紙に小さい文字で書きだした。私は、占いのようなもの、という姉さんの言葉を思い出し、何となくいつも読んでいる少女マンガの雑誌の占いページに載っているような文面を思い浮かべ書いた。今日のラッキーカラーはブルー、とか憧れのあの子に偶然出会えるかも、とかそんな類のものだ。
「じゃあ小さく畳んで生地に入れよう。」
 私たちは生地に紙を入れ丸め、オーブントースターに入れた。オーブンなど家には無かったが、姉さんは多分これでも大丈夫だろうとのことだった。私はクッキーが焼けるまでオーブントースターの脇を離れなかった。だんだんと甘い匂いが台所の中に漂ってきた。早く焼けないかな、と焼きあがるまでに何度も何度も言ってしまった。

 クッキーが出来上がると、姉さんはやけどするから、と言ってすぐには味見させてくれなかった。私はおみくじの入ったクッキーが気になって仕方なかった。あまりに私がまだかまだかと催促するので一つだけじゃあ開けてみようと言って開けてみた。二人でこれ、と選ぶとせーのと言って同時に中の紙を出してみた。
「今度の席替えで好きな子の隣になれるかも。」私は読み上げた。
「あなたは優しくて背の高い人と23歳で結婚できるでしょう。」姉さんも読み上げた。
 私は姉さんと顔を合わせるとなんだか恥ずかしくなって笑ってしまった。姉さんは私の浅はかな文面を「わー、23歳で結婚できるんだあ。そうなんだー。」と喜んだふりをしてくれた。

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