星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

苔ツアー?①

2018-06-26 06:51:24 | つぶやき
恒例の日帰り京都に行った。以前の職場のいつものメンバー。毎回行きの新幹線の中でどこに行くかを決めるのだが、今回は苔寺を予約してくれた先輩がいたのでまずはそこからスタートとなった。


天気予報を気にして見ていたが、10時頃から3時まで雨。ちょうど活動時間…。前後の日は雨じゃ無いのに、、、まあ梅雨時だから仕方ない。


苔寺は世界遺産に登録されているらしい。まずお経をあげ、説明を聞き、短冊に願い事を書いたら(以前は写経をしていたらしい)庭の散策。入ってくる時に何気なく見ていた蓮の花は、遺跡現場から種が発掘され、2000年振りに復活した古代ハスと言うらしい。びっくり。





庭は二段階になっていて下は池がある庭園、上は枯山水の庭園。枯山水と言ってもよくある砂利で水の流れを表したのを想像するとちょっと違う。でも世界で初めての枯山水なんだそう。


そして、雨がポツポツ降る中の苔の庭!苔は120種類くらいあるらしい。苔の説明をしてくれるが、それぞれ全く違う。あんなにまじまじ苔を見たことが無かった。


一面フカフカした緑の絨毯に覆われ、頭の上には青々とした樹々が伸びている。池にも緑が映って…。なんかこの景色見たことがあるような…。屋久島?行ったことないけど。あ、ジブリの世界かも、と思った。幻想的である。


皆それぞれこの緑の光景を思い思いに写真やらスマホに収めているが、その中で苔に接写して写真を撮っている若い男子3人組がいた。何やらうちの息子に似ている雰囲気を感じたので、こう言った植物を勉強している大学生かしら、とも思った。


観覧が事前申し込み制のお陰で混雑もなくゆっくり鑑賞できた。


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紫陽花

2018-06-09 09:36:39 | つぶやき
 家からバス停まで、または駅までの間を歩いていると今の時期は紫陽花がよく目立つ。鎌倉の有名なお寺に行かなくてもいいんじゃないかという位かなりの紫陽花が咲いているお宅もある。

 毎朝それらの花を見ながら通勤しているが、紫陽花も色々な種類があるみたいでそれらを観察しているのも面白い。

 私が綺麗だなと思ったのは、淡いピンクの花弁にグラデーションが入っていて淵だけがちょっと濃いピンク、中は薄いピンクのもの。こういう和菓子がありそうだと思った。それから濃いブルーの、ひとつひとつの花弁が大きいが枚数が少ないもの。どういう種類とかは分からないがその二つがご近所の紫陽花の中では気に入った。

 桜の時期になると、冬のモノクロの景色から一気にカラーになったという感覚を受けるのだが、そこから色とりどりの様々な花が咲き始めて今は紫陽花。他にも通勤途中に黄色の花をつけた生垣や赤い花をつけた名前の分からない木などあるが植物に詳しくない私はなんという種類かは分からない。

 こんなに住宅や建物でひしめいている現代でもこんなに花が目立つのだから、人工的な建物がそれほどない昔はもっと木々に花が咲くと目立ったのだろうなあと思う。

 紫陽花の見ごろはまだ続きそう。
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別荘があったらいいな

2018-05-27 16:50:20 | つぶやき
金土の近場一泊旅行がここ数回続いていたので、せっかく土日に来たのだからチェックイン時間になったらすぐ行くぞ、と意気込んで?行った。でも午前中歯医者の予約があったので歯医者の前に家の掃除をしなきゃと思い早起きしてせっせと掃除した。というより前日夜からやって半分くらいしてあったのだ。


私はいい加減な性格なので家の中がピカピカという訳ではないのだが、旅行に行く前はかなり念入りに掃除をしてからいく。綺麗な旅館に泊まってから汚い家に帰ってがっかりするのが嫌なのだ。


歯医者の後に本屋に寄って文庫本を二冊買った。時間がたっぷりあるから本を読もうと。地元じゃないので初めて入る本屋だった。小さい個人経営の本屋に見える。小説の棚も新書の棚もすごく狭かった。種類がない。でも書店オススメのポップがなかなか面白く、読んだことない作家の本を二冊選んだ。


着いた旅館はチェックイン開始時間だから混んでいるかと思ったら誰もいなかった。静かである。ロビーから遠くに海が見えた。海に向かって大きくガラスがありそのガラスに向かって座る足湯があったが一度も入らなかった。


割と小さい宿だからかほとんど人に合わない。開放的な露天も4、5回入ったがほとんど貸し切り状態だった。全くの外で屋根も無い。温度もまあまあ。温泉に詳しくはないけど、気持ちの良い露天だった。


帰るときロビーから遠い海を見ながら、自分の別荘ならいいのに、と思った。
また行きたいな。かなり気に入ったかも。

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金曜夜

2018-05-27 12:08:57 | つぶやき
金曜日の夜は職場の子が休んだのもあり、残業で結構遅くなった。この間行ったポイント消費のための思いつき一泊旅行を、当初金曜の仕事終わりに定時ダッシュして行く予定だったのだが、週末に町内会の行事があると分かったのでキャンセルし先週の土日にしたのだ。危ない危ない。金曜にしてたら行けなくなるところだった。

思いつき旅行は、娘を誘ったがバイトやらサークルやら学校やらで暇がないらしく他に行く人もいないので一人で行った。一人で行くのに散財したくなかったのでなるべく近場でリーズナブルな宿にしようと探した。でも露天風呂だけはないと嫌なのでそこだけ気にした。

一人で泊まれる宿は、ビジネスホテルならともかく温泉宿は限られる。しかも直前。あまり迷うことなく選んだがなかなか良さそうな宿だった。


先月MOA美術館に行った時、かなり急な坂をぐいぐいバスで登っていき、熱海は駅周辺のごちゃごちゃした場所のイメージしかなかったので、山の上の方じゃ全然雰囲気違うんだなあと窓の外を見ながら思ったが、さらにもっともっと上った、おそらく山のてっぺんあたりにその宿はあった。途中、泊まってみたいなと思っていた高級な宿の名前なんかも見えた。

しかし、熱海って私が社会人になった頃の30年近く前は、なんだか寂れて廃墟みたいなホテルがたくさんあって廃れた温泉街、のイメージしかなかったが、今はまったく違うんだな。ここ5、6年か10年くらい?で随分と活気を取り戻したみたいで駅前は人で溢れているしお洒落な宿もたくさんある。江ノ島なんかも子供が小さい時はあんまり人もなく空いていて良く歩かせに連れて行ったものだが最近はお洒落になって人でごった返している。行く気にもならない。

天気が良かったので急な崖みたいな向こうに真っ青な海が見えて、行ったことは無いけど外国のどこかみたいだなと思った。バスに乗った人は地元の人も多いみたいで高齢者の人達は途中の団地でほとんど降りた。こんなところに住んでたら日々の買い物やらどうしているんだろうと思ってしまう。車がある比較的若い人ならいいだろうれど。

20分位で着いた。



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路地の裏には

2018-05-26 10:14:50 | つぶやき
4月の下旬に熱海のMOA美術館に行って北斎と広重 冨嶽三十六景と東海道五十三次、を見てきた。

浮世絵が好きだけれども、この二つのシリーズはどちらも好きなので、期限が終わる前に行かなくてはと思い出掛けた。

何時ものことなんだけれど、自分では早く家を出ようと思っているのだが、家のことを何だかんだやっていると遅くなり、閉館時間には余裕があるものの、併設のカフェには間に合わず残念だった。ここのカフェから見える景色が絶景で、あの日は天気も良く絶対見終わったらお茶して帰るぞ、と思っていたのだ。正確にはカフェは空いていたが食べ物が売れ切れで、私はその日起きてトーストとコーヒーを飲んだきりだったので、ひどくお腹が空いていたのだ。私がレジに行くと前の人が最後のパンをお買い上げになった。


仕方なく、バスで熱海駅に戻り、まだ夜ご飯には早いしどこか心地よいカフェはないものか、と半分閉まりかけた商店街をうろうろしたが数軒あったカフェはどこもいっぱい。駅ビルが新しくなったのでその中でも良いかなと駅に戻ろうとしたが、細い路地を入ったところに、コーヒー、パン、みたいな立看板を見つけた。路地の行き止まり。

少し迷ったがお腹が空いていたし雰囲気も古民家カフェっぽかったので入ってみた。

普通のかなり昔のお宅を改造して作った感じだった。お客は常連さんみたいな多分私より若いカップルと観光客らしい初老のご夫婦。それからカウンターに若いこちらも観光客らしいカップル。マダムは私くらいな歳の人。

コーヒーとクルミのケーキを食べた。というかそれしかメニューは無かった。

マダムは常連カップルと話をしているし手持ち無沙汰なので本を読もうと思ったが本を読むには照明が暗すぎた。常連カップルが煙草を吸っているので、煙草を吸わない私が何故か一服したい気分になってきた。コーヒー&シガレットっていう映画もあったしな、コーヒーと煙草合うんだろうな、ここで煙草吸ったら私タバコ中毒にあっと言う間になっちゃうんだれうな、などと考えていると、もう一組観光客連れが入ってきて先にいた初老夫婦と相席になり、話を始めた。

話を聞いているうちに(聞いている訳じゃないが勝手に聞こえてくる)、熱海お勧めの宿、みたいな話になり、私が常々いつか泊まりたい宿の名前が出てきた。女性に人気らしい。やはり。

なんとなく手持ち無沙汰なので、レトロ喫茶好きの娘にラインなんかしつつ、皆帰って行き、常連カップルだけになった。私も帰ろうとお会計を済ませ出ようとすると、出口の木製のすだれ(昭和のお宅によくあったやつ)が顔に当たり、その衝撃でコンタクトレンズが片方落ちた。

いつまでも玄関から去らない私を訝しく思ったのかマダムが出てきた。事情を説明したら常連カップルも出てきて一緒にコンタクトレンズを探してくれた。

コンタクトレンズは玄関の叩きに割れていた。落ちたのを私が踏んだのであろう。

お礼を言って駅ビルのトイレで眼鏡に替え、帰途についた。

なんか、いい人達だったな。

また来ますね、と言ったものの、あの路地にたどり着けるか分からない。
店を検索してもたいした情報は出なかった。
不思議な時間。



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4月半ば

2018-04-14 10:09:54 | つぶやき
あっという間に4月の半分になった。


娘は何校も受けた受験のたった一つ受かった大学に通うようになり、滑り止めで行く気もなくとりあえず受けた大学なので文句を言っていたが、何だかんだと言いながら楽しそうな生活をしている。


そう言えば、桜の散る直前の週末に上野の美術館に行って、最終日直前のブリューゲル展を見に行ってきた。


上野駅は花見客やらパンダ客?やらでごった返していたが私達は美術館に来たので掻き分けて進む。


あまりフランドル絵画は好きではないが、なかなかこんな機会はないだろうと行ってきた。ブリューゲルと言うと、どうしても農民の絵、というイメージだったのだが、ヤン プリューゲルの花の絵は私はあまり知らなくて、かなりの作品を見ることができてなかなか良かった。


で、美術館を出ると、花見客向けの出店が多数あって、夕方だが天気も良く気分も良かったのでついついビールと唐揚げなんか買いつつ花見じゃないけど娘と公園内をブラブラした。去年一年は娘は受験だったので、こうして親子でブラブラするのは久しぶりだ。娘も試験が終わったら毎日のように出歩いていて家に殆どいなかったし。


凄い人出の中、東照宮の中は意外に静かだったので入ってみた。何度も上野に来ているが知らなかった。かなり派手な神社だが外の喧騒に比べたら落ち着いていた。



たまには良いな。こういう休日も。











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久々ですが

2018-04-10 12:30:19 | つぶやき
2月からあっという間に4月になってしまった。
色々あると言えばあるし、無いと言えば無いけど…

鬱々しています。
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さくら

2017-04-09 21:49:43 | つぶやき
毎年桜の時期になると、なんだかそわそわして居てもたってもいられなくなり、かといって平日は仕事で花見どころではないし、でも肝心な土日が雨とか用事があったりとかタイミングが合わず結局桜の時期はあっという間に終わる、そんな感じで毎年過ぎていく。

今年はどういうわけかあまり気にならなかった。心に余裕がないと風流なものには心惹かれないのだろうか、などと考えてみたのだが、桜を今年は全く見ていなかったのだ。一昨日家に帰る途中よくよく観察してみると、家の近所の桜が今年は目立たない。駅まで歩く途中にものすごく大きな桜の木があるお宅があるのだが、その家はいつの間にか枝をだいぶ切ったらしく今年は花がとても少なかった。それからバス通りにある小学校の校庭の桜も毎年見事なのだが今年はやけに目立たない。こちらもおそらく枝を切っていて例年ほど華々しくなかったのだ。今週末は雨の予想というのもあって今年は桜は見られず終わりだなと思っていた。

でも昨日無性に桜のことが気になりだし、昼過ぎから雨も止みそうな予想で、近所の公園の桜を見に散歩にでも出ようかと思った。しかし雨は止みそうで止まない。そこは夜は特にライトアップもしないし人がいなくなってしまう森の中なので諦めた。日曜にもしかしたら小田原方面に行く用事があるので小田原城の桜でも一人で見に行こうかなとまで考えていた。

それが今日、思いがけない場所で桜を見ることができた。こちらは小雨が降ったり止んだりの天気だったが出かけた先はうす曇りだけれど空気は暖かく春の気配だった。山の斜面やふもとやあちこちで桜が咲いていて、桜の他にも菜の花とか名前は分からないけれど春の花なども咲いていた。そこは遠い昔有名な戦が行われたところだったが、そんなことはまったく思えない平和で静かな春の里山、という感じの場所だった。

桜は厳しい冬を超えるほど綺麗に咲くのだとたまたま見たテレビで桜守をしている人が言っていた。温暖化などの影響で日本が亜熱帯化してしまうと桜は見ることができなくなるのだろうか。そう考えると一年のうちでたった1週間程度しか咲かない桜が余計に儚く貴重なもののように思えてくるのだ。自分があと何年生きるのかと考えても限られた回数しか見られない。

今日は非日常的な一日だったな。いろいろと。
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新年

2017-01-08 13:05:13 | つぶやき
昨年末から今年にかけて、穏やかで幸せなお休みを過ごしました。
この一年が、良い一年になると良いと思います。

お正月休みはずっと天気も穏やかで気持ちが良かった。
氏神様にお参りに行き、恒例のおもくじを娘と引くと娘も私も大吉。結ばず持ち帰った。
仕事が始まると携帯に見知らぬ電話が来る。申し込んでいた母の特養さんからの電話だった。
何年待つかもと覚悟していたので思いがけず早く連絡が来たのでびっくりした。

お正月らしいことは何もしなかったけど、本当に幸せなお休みでした。

今年もよろしくお願いします。
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悲観主義、楽観主義

2016-10-16 09:24:17 | つぶやき
 3年前の今頃、私は多分今まで生きてきた中で最大のピンチを迎えていて、今思い返すとよくあの中できちんと仕事に行き家事をしていたなと思う。仕事はともかく家事は最低限しかせず、家の中はひっちゃかめっちゃかではあったけれど。

 母が倒れホームが見つからず、入院している病院のソーシャルワーカーさんや市役所の窓口にも相談したがまったく頼りにならないと思った。同時に離婚に絡む調停の真っ最中で、裁判所の待合室では他の人はほぼ弁護士やら付き添いの家族やらが一緒にいる中、じっと一人で座っていると泣けそうになってきた。でも意地でもこんなところで泣けないと思った。そんな時普段風邪一つ引かない私が高熱を出した。その時の職場は忙しくて有給なんかで休めない。母のことも調停も気が滅入ったが、もう一つ発生した問題がいちばん堪えた。仕事中はもちろん、家でも常に子供がいる、誰にも愚痴は言えない。ベッドに入って寝るときにどっと涙が出てきた。一人車で運転しているときも涙が出て止まらなかった。

 あれから3年が経とうとしている。色々な問題は一応(満足なかたちではないが)片が付き、職場もその後2度変わり、落ち着いてきた。精神的にもあのときが辛いピークで、今はもう穏やかになりどっと涙が出てくるということは無くなった。

 私は子供のころから泣き虫でよく泣いていた。人見知りであったのと家庭の事情が事情だったのでからかわれることも多く、けれど言い返すほど気が強くなく悔しくて泣いてしまうのだ。そのことをあの3年前はつくづくと思いだしたなと思った。ああ子供の頃よく泣いてたな私、と。

 しかしこの3年で、なんというかかなり自分で言うのも何だけれど強くなった気がする。強くなったというか図々しくなったのか。何かあってもどうにかなる、と思うようになった。子供の頃や若い頃は、起こりうる一番悲惨なことを想定して、ああやっぱりそうなる、という思考回路だったようなきがするが、今は、どうにかなるだろ、と思ってしまうことが多い。

 しかし昨日母のころである事があり、私は3年前を思い出し久々に楽天主義から一気に悲観主義に逆戻りしてしまった。あまりのショックに夕食の支度をする気もなくなり、子供たちに仮病を装って部屋に閉じこもりふて寝してしまった。すごく久しぶりに、一気に涙が出てきて止まらない。多分悔し泣きなのだろう。けれど泣いたら翌朝怒りやら不甲斐なさやら訳の分からない感情は少し収まった。

 やっぱりそんなに強くはないのかもしれない。
 

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電球と柿の木と私

2016-10-10 10:32:32 | つぶやき
 離婚をするには物凄いエネルギーがいるとよく言われるが、私はあまりそうは感じなかった。色々調停やら役所や銀行の手続きやら職場の上司に説明やらあったけれども、自分が想像しているほどではなかった。まあ自分で決めたことなので自分で解決するしかないのだからそうするより仕方ない。

 しかし、日常生活の細かいところで、ああ男手が無いって、と思うことはある。まあ男は一応大学生の息子がいるのであるにはあるのだが、何か「これやって」と頼んで嫌な顔をされると腹が立つのであまり頼らないようにしている。

 で、ある日玄関の電球が切れた。玄関の外のである。椅子を置いても届かないし、うちの脚立に乗っても届かない。玄関の中の電気がつくからまあいいだろう、と思いそのままにしておいた。別のある日、玄関の内側の電球が切れた。これは下駄箱に乗ってかろうじて私でも届いたので交換できた。そしてまたある日、今度は1階の廊下の電球が切れた。これもまた椅子でも届かず脚立でも届かない。1階はもう母もいないし誰も使っていないので諦めた。息子は私よりは背が高いがそれほど高くはないので、おそらく届かないだろう。この電球を変えるためには高い脚立を買わなくてはいけないのだろうか。

 家には私が小学1年の時に植えた柿の木があるが、2階に届くくらい伸びていて2階ベランダの半分を伸びた枝が占拠していた。おかげで洗濯物を干すスペースが半分ほどになってしまっている。小さな枝はなんとか切れるがこうたくましく育っているともうこれは植木屋か何かに頼むしかないかもしれないと思っていた。ある日思い立ってホームセンターに行き、園芸用品のコーナーで鋏を買ってきた。家に帰り、一緒に買ってきたフマキラー(庭に蚊がたくさんいる)を振りまき、長靴長袖帽子日焼け止め、の完全防備で鋏を片手に柿の木と格闘した。脚立に乗り、塀に乗り、木に登り半日枝を切りまくった挙句、ベランダは明るくなり洗濯物は以前のように干せるようになった。隣家にはみ出していた枝も切れた。

 私でもやれば出来るんだ、大袈裟かもしれないが本当にそう思った。硬い枝を両腕に力を入れ切ったせいか翌日の筋肉痛が半端なかった。全身筋肉痛。しかし、この達成感は何とも言えないもので、私はその後1週間くらいはベランダの見える窓に立ち、ああきれいになった、と一人悦に入っていた。

 たぶん、何とかなるんだ。何事も。20年かもっと昔の私は、人に依存しないと生きていけない種類の人間だと思っていた。いや、人に依存しないで生きていける人間なんて多分いないので、今でもそれはあるに決まっているのだけれど、でもひとりでも何とかなることはたくさんあるんだ、と思うことは多くなった。

まあただ単に図太くなっただけかもしれない。
 

 
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秋の長雨

2016-09-18 12:52:42 | つぶやき
雨がずっと続くと、不安になる。

これで終わっちゃうんじゃないかと、思う。



暗雲。秋の気配。祝日。


私はあれから20年以上歳をとったはずなのに、
成長してない。

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ネコと喋る

2016-05-04 15:44:47 | つぶやき
私は猫と喋ることができるんじゃないかと思っている。家の近所に野良猫と思われる縞のネコがいる。もう使わなくなった縁側に、捨てようと思って置いてあるダンボールがあるがそこに丸まって日向ぼっこしているときがある。またベランダのカーテンを開けると、すっと逃げていく影が見えることもある。陽当たりが良く家は昼間は誰もいないので、邪魔されない格好の昼寝場所なのであろう。

私が3階のベランダで洗濯物を干していた時は、地面にいる彼女(多分)と目が合って、かなりの距離なんだけれどそこでピタッと立ち止ってこちらを見詰めている。しばらくして歩き出そうとするので、にゃーお、と鳴き真似して気を引くと、また立ち止まってこちらを見つめる。

何度かそうして彼女を見かける時はにゃーお、と声を掛けるのだが、大抵は反応してくれる。また彼女だけでなく道端で出会う見知らぬネコにもそうして話しかけてみるのだか、大抵は立ち止まったり、またニャーオ、と返事をくれる。ただし、私もいい年をしたおばさんなので、周りに人がいる時はそんなことはしない。ただの変人と思われるだけである。

今日、雨が上がったので、やっと車を洗う気になり長靴を履いて脚立など用意していると隣の敷地に彼女がひっそりといた。立ち止まりこちらを見ている。にゃーお、と声を掛けた。たぶんいつもの縞の子だ。ニャーオと返事をする。また声を掛ける。また返事する。手を差し出したら寄ってくる。まったく警戒心がない。飼い猫何だろうか?でも毛並みはボサボサだし首輪もしていない。首を撫でてやる。頭も撫でてやる。逃げるかと思ったら気持ち良さそうにじっとしている。しゃがんだ私の横を体を擦るように歩いていって水道のバケツの水を飲んでまた戻ってくる。私が何か食べ物をくれると思っているのかしら。でも私は中途半端な事は動物にしないので、そういうことはしないのだ。

しばらくそうしていたのち、またお隣の敷地に入っていった。ネコちゃん、私の気持ち、分かった?
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もやもや

2016-03-22 06:42:30 | つぶやき
嬉しいと虚しいが同居。
慣れてるはずなのに。
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GW

2015-05-05 22:56:41 | つぶやき
連休4日目。あと一日で休みも終わり。

なかなか5連休というのはないのでとにかく家の中を片付けようと思っていた。
とくに外出の予定もないし天気も良いので、すこぶるはかどってもいいはずなのだけれど、それほど進まず。まあやりたいなと思っていた片づけの7割がたはできたのではないかなと思う。

1日目草むしり、ベランダの掃除。2日目冬物のニットやマフラーなどの洗濯。それと今は居ない母の部屋の片づけ。3日目はどうにもこうにもやる気が起きなくて、一日うだうだと落ち着かなくしていたけど、納戸の片づけを少しした。本当は朝から出かけようと思っていたけれど出かける気力もなくて、でも夕方になってやっと重い腰を上げて、行ってみたかった湘南T-SITEに行ってきた。

ちょっと前に、代官山の蔦屋書店に行ったのだけれど、こんな本屋さんがもっと家の近くにあったら頻繁に行くのになあ、と思ったらなんと藤沢にできていたのだ。それで絶対に行ってみたいと思っていた。娘と二人で行ったけれど、出かける直前でお腹が痛くなってしまってゆっくりできなかった。今度はもっとゆっくり行ってついでにランチでもしてきたいと思った。

そして今日は、やはりやる気が起きずに、でもゴミの日だったのでこの数日で出た大量のごみを出し、納戸の片づけ中に見つけた以前買った小説を数冊取り出しもう一回読んで、そうこうしているうちに一日が終わっていた。

今日も落ち着かない。
休みは嬉しいが早く連休が終わってほしい。

海の様に広くて深い心が欲しい。
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