星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

切手

2017-04-29 23:46:54 | 日替わり
この間昼休みに会社の近くの郵便局へ行った。ゆうちょの通帳がいっぱいになり窓口に行かないと継続の通帳を作れないらしくどうしようかと思って探したら職場の近くにもあった。

ちょうど桜が満開の時期だった。昼間職場の近くを歩かないし駅と会社の最短距離を同じ道しか歩かないので、こんなところにお寺があったり神社があったりするのだなと思いながら歩いた。神社の入り口に桜の木がありその日は穏やかに晴れていたので、そんな風景を眺めながら歩くのは気持ちが良かった。

郵便局は場所をきちんと調べていなければ通り過ぎてしまうくらい小さく目立たなかった。建物の間にこじんまりとあった。昼休みの時間帯は意外と混んでいるのではないかと思って行ったが誰もいなかった。通帳を新しくしてもらい振り込みもあったので少し待った。待っている間切手の売り場を見ながら、かわいいのを買おうかどうしようかなあ、と少し迷った。でも切手を買って私は誰に手紙を出すのだろう、そう考えると買うのが無駄な気がしてやめた。

手紙なんてすっかり書かなくなった。ちょっと前まではなんだかんだで手紙ではなくとも封書を出すことがあった気がするのだが本当にこの5年か10年か分からないがそんなことも全くなくなった。だから切手の出番がない。高校生の頃は手紙を友達と普通にやりとりしていたように思う。だから昔は便せんや封筒を買うのも好きだった。文房具やさんで便箋と封筒のセットなど素敵な柄のものがあると買っておいて手紙を書くのに使った。最近でも和紙の店やおしゃれな文具屋さんあるいは100均でもそういったものを見かけると心惹かれるが、買っても使うときがないなあと思い直し滅多に買うことはない。

使うことはないのに切手を見ると惹かれてしまうのは何故だろう。手紙で出してしまうと手元に残るものでもないのに。


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2017-04-28 06:58:59 | 日替わり
長傘を2本持っている。どちらも子供が生まれる前に買ったものなので20年位使っている。ひとつは銀座のデパートで、もうひとつは当時住んでいた社宅の、最寄駅にある商店街で買った。どちらも当時の(今でも)私には結構なお値段で思い切って買ったのを覚えている。新入社員でもないのにまともな傘ひとつ持っていないのが恥ずかしかったのだ。ひとつはちょっとおしゃれな雰囲気の色合いとデザインで20年たった今でもおしゃれだと思う。もうひとつは無難な感じ。どちらも作りがしっかりしていて20年の間には台風も雪も土砂降りも数えきれないほどあったと思うがびくともしていない。

もうだいぶ前から、多分10年くらい前から壊れてはいないけれどさすがに布の部分は色あせているし、職場も同じところに10年以上いたので、まだこんな古いの使ってるの⁇と周りに思われてはしないかと思ったりもして新しいのを買おうと思ってはいた。でも女って色々物入りで、傘を買い換えるなら靴のほうがボロボロだし下着はよれてきたしストッキングは穴があくし化粧品はすぐ切れるし、という具合に傘というものはいつも必要リストの最後に回されてしまう。何しろ雨の日以外は使わないし。


そんなこんなで買い換えるのを躊躇っているうちにさらに数年が過ぎ、そのうち布の縫い目がほつれてきた。電車に乗って傘を持っているとほつれた糸が目に入る。前の座席の人は、この人こんなぼろぼろの傘何時まで使ってるのかしらと思ってるんだろうな(どれだけ自意識過剰なんだ私は)と気になったりしてついに傘を買う決心をした。


この間丸井で買い物したときに傘のバーゲンをレジの近くでしついて格安だったので一本買った。20年前に買った傘の10分の一の値段である。さすがに安っぽい。でもまた良いものを買って何十年持ってしまって捨てられないのなら安いのでいいじゃないか、ととりあえず適当な柄を選んで買った。

数日後雨が降った。通勤に差したが可もなく不可もなく。その数日後かなり風の強い雨の日があった。何だか心許ない気がして思わず古い糸のほつれた方を持っていった。開くとしっかり感が違う。こうしてやっぱ捨てられない。


もう一本買う時は、少し高くてもしっかりしたものを買おう。

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終わり

2017-04-27 06:56:12 | 日替わり
すべての物事に終わりがある。始まりがあったらそれがどんなに長くてもずっと先かもしれないけれど終わりがある。終わらない何かってあるのだろうか。人には寿命があるからどんなに何かが続いてもいつかは死んでしまう。地球だって今は存在しているけれどいつか消滅してしまうかもしれないし、じゃあ宇宙は永遠に存在するのだろうか。まあ宇宙が存在しても「私」が存在しなければそれは存在しないことと同じなのかもしれない。

朝時間が分かるようにと情報番組を点けているが、今日のひとこと、みたいなコーナーで「向上心のない奴はバカだ」という言葉を紹介していた。夏目漱石の言葉らしい。今の私を叱咤しているように思えた。なんていうタイミングなんだろう。


終わり、というタイトルと、この言葉は私の中ではリンクしている。今崖っ淵を歩いている。崖っ淵状態は多分10年以上続いていて、自分では崖すれすれの場所をはらはらしながらよろよろと歩いているイメージなのだが、意外に崖は深くなかったりする場所もあり崖に落ちたと思っていたらまた這い上がったり、また崖を歩いてると急にお花畑が目の前に広がっていて安堵してたらまた突如崖になったりという感じなのだ。もうだめだ、もうだめだと言いながら崖っぷちを歩き続けていたら、その状態にすっかり慣れてしまったのかもしれない。

今日は職場の朝会で幹部が、「性格は変えられないが意識は変えられる」という話しをしていた。いつも興味なく話を聞いているがまたまた絶妙なタイミングでこの言葉が耳に入ってきた。いや別にそんなことは分かっているのだが、どうしたら意識を変えられるのかが問題なのかもしれない。


終わりたくないことはできるだけ終わりを先に延ばすこと。それだけなんだけど。
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絵本

2017-04-26 06:59:02 | 日替わり
10代の頃、絵本をよく買っていた時期がある。子供の時分は家に絵本なんてなく、いや絵本も本も無かった気がする。唯一一冊だけ記憶にあるのは幼稚園のとき101匹わんちゃん、という絵本を買ってもらった(多分)ことでその時は嬉しくてなんどもその絵本を開いて見ていた記憶がある。


どうして大人に近くなってから絵本を買うようになったかはよく覚えていないのだが、最初はマザーグースの絵本を好きになった。ケイト グリーナウェイという英国の挿絵画家が描いた絵がすごく気に入り買うようになった。東京に児童書の専門店がありそこに行くと色々な絵本があって飽きなかった。子供の頃幼馴染の家に行くと「おさるのジョージ」シリーズがあって良くその子の家で見ていたのを思い出し自分で全巻買ったりもした。


自分に子供が出来ると夜寝かしつけるときに毎晩絵本を読んでやった。上の子は神経質というかなかなか寝ないので一冊どころか何冊も読んだような気がする。毎日本を読んでやりながら、自分が子供の立場だったら何て幸せなんだろう、と密かに思っていた。自分がしてもらいたかったことを子供にはしていたんじゃないかと思う。よくよく考えたら子供のためというよりは自己満足だったのかもしれない。でも本が好きな子供になってほしいと思っていた。今はもう大学生と高校生だが本好きというほどでもない。育児とはうまくいかないことの連続なのだなと思う。


さすがに今はもう絵本は買っていない。でも買ったものは大事にとってある。本棚の整理などしていてたまにぱらぱらと見ると、やはりほっこりとしてしまう。

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うずらの卵

2017-04-25 23:27:49 | 日替わり
この間仕事帰りスーパーで買い物したとき、お惣菜コーナーにうずらの卵の串揚げがあったので何となく買ってみた。懐かしい感じがしたのと、子供のお弁当にちょっと入れてみようと思ったのだ。結局翌日お弁当要らないというのでひと串私が食べた。あれ、私の思っているうずらの卵じゃない。これはポテトだ。うずらの卵だと思って買ったものはじゃがいものから揚げだったのだ、と一人合点したのだがパッケージを見るとやはり串揚げ(うずらの卵)と書いてある。どういうことなんだろう。私の舌がおかしいのだろうか。その後娘がもうひと串を食べた。ねえ、それうずらの卵だった?と聞くとこれポテトだよ、と言う。やっぱり。ではラベルの張り間違えなんだろうか。それにしてもものすごくがっかりした。本当にうずらの卵を串に刺して揚げたのはそれこそ何十年食べてないだろう、という位懐かしいものだったのだ。


うずらの卵って不思議な食べ物だと思う。それ程好物という訳ではないが入っていると嬉しいと思う料理がある。例えば以前の職場でよく頼んでいた中華屋さんの五目焼きそばには必ず入っていた。脂ぎっていてすごく美味しいという代物ではないのだけれどたまに無性に食べたくなって、そしてその五目焼きそばを食べたいと思うときにはうずらの卵を連想してしまう。串揚げもそうで、母は揚げ物は良く作ったけれどうずらの卵の串揚げをすごくたまに作ることがあって、夕食のお皿にこれが盛り付けてあるとなんだか嬉しかった記憶がある。普通の卵はぽそぽそしてあまり好きではないが、うずらの卵は小粒で普通のゆで卵とは違う食感がある。


まだ働き出して間もない頃、学生時代の友人と能登に旅行に行った。夜ご飯をどこかの焼き鳥屋で食べた。メニューにうずら、とあったので私も友人もうずらのゆで卵が串刺しになったものを焼いてあるのだとばっかり思い注文した。出てきたのは親のほうのうずらの肉を串刺にしたものだった。皿の上のものを見て二人でぎょっとした。うずらって卵だけが一般的に食べるものだと思っていた。でも考えてみれば鳥だから鶏のように食べられるのだろう。かなり骨ばっていた記憶があるが一応食べた。

ポテトに化けた串刺しを食べながら、そんなことを思い出した。
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2017-04-24 06:33:02 | 日替わり
かつて犬を飼っていたことがある。小学校か中学の頃どういう経緯でそうなったのかはよく覚えていないが父の仕事絡みの知り合いが、二匹のマルチーズを飼えなくなったということで新しい飼い主を探していた。母犬は叔父の家に、生まれたばかりの子犬は家に来ることになった。


生まれたばかりのマルチーズは本当に生きたぬいぐるみの様で可愛かった。毛が真っ白でふわふわして掌に乗るくらいに小さかった。それまで生き物を飼うのは絶対反対だった母でさえあの愛くるしさには敵わなかったのであろう。それに増して世話をしているうちに情が移って余計に可愛くなったようだ。


しかし母の犬に対するしつけは相当なものだった。昭和一桁生まれの母は私のしつけも相当厳しかったが、それは生まれて間もない子犬に対しても変わりはなかった。畳の上に粗相をしようものなら首根っこを捕まえて鼻っ面をその場所に押し付け「誰がやったの‼︎」と鬼の様な形相で怒鳴る。何度拭いてもあの独特の匂いは消えない。母は何を思ったか誰かから海外旅行土産で貰ったらしい高級香水をそこにプシユっと吹きかけた。6畳一間の狭い茶の間に犬のおしっこと香水の混じった異様な匂いが漂うのだった。


母のしつけが功を奏してか、しばらくすると家の中では絶対に粗相をしなくなった。どうしても雨で散歩に行けないときは風呂場に新聞紙を敷き詰めたところで用をさせすぐ洗い流す。また母は人間の食べ物を絶対に犬に食べさせなかった。生まれて間もない時は、鳥のササミを茹でたものをほぐしてあげていた記憶があるが(そのため今でも私は鳥のササミが嫌いだ。どうしても犬のエサに思えてしまう)、そのとき以外はドライフードを与えていた。


一度だけ人間の食べ物を盗み食いしたことがある。ある日ケーキをお客さんから頂いて皆で食べた。一切れ残ったか誰かその場にいない者のためにとってあったかは忘れたがこたつの上にそのひと切れのケーキがあった。ほんの一瞬部屋に誰もいなくなった隙に、ケーキは消えていた。そしてあの子の口の周りはクリームが付いていて舌でそのクリームをぺろぺろと舐めまわしている。たしかその時は叱らなかったように思う。出っぱなしにして目の前に置いておいたのが罪だった、と言うよりもあまりの可笑しさに怒るどころか笑ってしまったのだ。なんだかあまりにも漫画的な展開に皆が大笑いした。


もう死んでから20年近く経つが今でも色々なことを思い出す。犬はその一匹だけしか飼ったことがないけれど大好きだったし家族みたいだった。


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2017-04-23 17:55:21 | 日替わり
朝は貧血気味で低血圧気味な体質なためか非常に弱い。特に夏の朝がだめだ。体に鉛が何かの重石がぶら下がっているんじゃなかろうかと思うほど重く感じる。今はまだ春だから暑くもなく寒くもなくちょうどいい。でも春と言う季節は好きではない。これからどんどん暑くなることを考えると憂鬱である。



今年の冬は、冬用のカーテンを寝室にしなかった。私の寝室は北以外全てに窓がある。夏は朝から日差しが強いので簾を掛ける。窓には雨戸が無く冬は寒々しいのでレースのカーテンの上にもう一枚カーテンをしていたのだか、築20年ともなるとカーテンレールの部品が無くなってきてカーテンをまともに掛けられなくなってしまった。それでこの冬はレースのカーテンのみで過ごした。


このところ日の出が早くなったので、私が起きると少しして日が昇る。朝起きて真っ暗では無いので清々しい。休日は太陽が明るくて目が覚める。カーテンが無いと何故だか爽やかに感じる。




娘が春休みだったのでお弁当はずるしていたのだが、新学期が始まりまたお弁当作りが始まった。4月から心を入れ替えて毎日作っている。こう言ってはあれだけれども私の作るお弁当は美味しい。娘が好きだからサンドイッチも良く作るがこれも美味しい。だが朝、目が覚めた時の、今日は買い弁にしてもらってもう少し寝てしまえ、という悪魔の声と戦っている。平日の自分が楽するため休日に作り置きして冷凍しておく。今日も二種作った。



なんだかんだと、お弁当作りもあと一年すれば解放される。頑張らなくては。

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さくら

2017-04-09 21:49:43 | つぶやき
毎年桜の時期になると、なんだかそわそわして居てもたってもいられなくなり、かといって平日は仕事で花見どころではないし、でも肝心な土日が雨とか用事があったりとかタイミングが合わず結局桜の時期はあっという間に終わる、そんな感じで毎年過ぎていく。

今年はどういうわけかあまり気にならなかった。心に余裕がないと風流なものには心惹かれないのだろうか、などと考えてみたのだが、桜を今年は全く見ていなかったのだ。一昨日家に帰る途中よくよく観察してみると、家の近所の桜が今年は目立たない。駅まで歩く途中にものすごく大きな桜の木があるお宅があるのだが、その家はいつの間にか枝をだいぶ切ったらしく今年は花がとても少なかった。それからバス通りにある小学校の校庭の桜も毎年見事なのだが今年はやけに目立たない。こちらもおそらく枝を切っていて例年ほど華々しくなかったのだ。今週末は雨の予想というのもあって今年は桜は見られず終わりだなと思っていた。

でも昨日無性に桜のことが気になりだし、昼過ぎから雨も止みそうな予想で、近所の公園の桜を見に散歩にでも出ようかと思った。しかし雨は止みそうで止まない。そこは夜は特にライトアップもしないし人がいなくなってしまう森の中なので諦めた。日曜にもしかしたら小田原方面に行く用事があるので小田原城の桜でも一人で見に行こうかなとまで考えていた。

それが今日、思いがけない場所で桜を見ることができた。こちらは小雨が降ったり止んだりの天気だったが出かけた先はうす曇りだけれど空気は暖かく春の気配だった。山の斜面やふもとやあちこちで桜が咲いていて、桜の他にも菜の花とか名前は分からないけれど春の花なども咲いていた。そこは遠い昔有名な戦が行われたところだったが、そんなことはまったく思えない平和で静かな春の里山、という感じの場所だった。

桜は厳しい冬を超えるほど綺麗に咲くのだとたまたま見たテレビで桜守をしている人が言っていた。温暖化などの影響で日本が亜熱帯化してしまうと桜は見ることができなくなるのだろうか。そう考えると一年のうちでたった1週間程度しか咲かない桜が余計に儚く貴重なもののように思えてくるのだ。自分があと何年生きるのかと考えても限られた回数しか見られない。

今日は非日常的な一日だったな。いろいろと。
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