星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

夕凪(11)

2006-11-18 09:34:34 | 夕凪
 店を出た私たちは、駅までの道をぶらぶらと歩いた。酔った体に、外の空気は心地よく感じられた。それほど飲んでいなかったはずだが、瞼が重く感じて、体はふわふわとしていた。
「そんなに飲んで大丈夫なのか?」
 俊がこちらを伺って、言った。俊と繋いだ手は、とても暖かく感じた。
「私が?それとも・・・?」
 もし妊娠していたら、お酒なんか飲んでしまって大丈夫なのだろうか。少し自棄になっていた私は、急に心配になってきた。
「お前がだよ。」
 繋いだ手に、一瞬だけぎゅっと力を入れて、俊は笑って言った。勿論、今の私のひとことで、それ以外のことも心配になってきたかもしれない。
「平気。そんなに飲んでないから。」
首を伸ばして俊の顔を見上げた。そしてにっこりと、少し大袈裟に微笑み返した。私は酔うと、なんだか機嫌が良くなる。いつもは表情の変化に乏しいとよく言われるが、お酒を飲んだときは、自分でも顔の表情が豊かになるのが分かった。
「私のいとこに、ちょっと前赤ちゃんが生まれたんだけどね、確か彼女は母乳で育ててるけど、よくビール飲んでるわ。タバコも吸ってるし。でもタバコは良くないよね。」
ずっとこのまま、俊と手を繋いで歩きたいと思った。このまま、ずっと、寄り添って歩いていっても、大丈夫な気がした。
「お前、勝手なことするなよ。」
もうすぐ駅につく頃、真面目な顔して俊がそう言った。俊の顔を見ていると、私はなんとも言えない気分になった。この優しい、表情が好きだった。目を見ているだけで癒されるような、少し下がり気味の目が、好きだった。この人は、私を捨てたりは、多分しないだろうと、この顔を見ていると思うのだった。
「うん。」
「あとで体に何かあったら、困るだろう。」
立ち止まって、じっと目を捕らえられた。俊が言葉のうえだけで言っているのではないことが感じられた。
「そうだね。」
私は、最悪の事態は避けられるのではないかと言う気がしてきた。物事はもっと単純に、シンプルに進むのではないかと、そういう気がしてきた。子供ができた、俊は結婚してもいいと言っている、私は俊が好きだ、それだけで、方向は決まってくるのではないかという感じがした。それから後のことは、気の持ちよう、努力、そんなもので補うしかないのだと、そんな考えに傾いてきた。
「子供がいても、幸せになれる?子供も、生まれてきてよかったと思うと思う?」
「当たり前だろう。」
びっくりした顔で、そう言われた。私の質問は、多分彼にとってとんちんかんなのだろう。でも、大事なことは、生まれてきた子供が生まれてきて幸せだと感じることではないのだろうか。
「そっか。」
「お前はそう、思わなかったのか?生まれてきて良かったと、思ったことないのか?」
俊は率直にそう思ったから聞いたのだろう。でも、こんなこと、真正面から聞かれたことなんて、今まで一度もなかった。
「なかったかな・・・」「でも、俊と出会えて良かったな。」
「それならいいじゃないか。今そう思うのなら、それでいいじゃないか。」
私は前を向いていた俊の、横顔を見つめた。ああ、そういう考えもあるのだと、たった今気付いたように、俊の横顔を見つめながら思った。俊と出会えたことは、生まれてきたからこそ出会えたわけで、生まれてこなかったら、当たり前だけれど俊と出会うこともなかった。そういうことなんだと、目から鱗が落ちた気分だった。
「もし子供ができたとしても、少なくとも俺とお前はそれをよかったことだと思っているだろう。生まれてきたら、子供を酷い目に合わせようなんて、思っていないだろう。子供が生まれてその子がどう思うかなんて、俺たちには分からないよ。その子がどう思って生きていくなんて、今から分からないよ。でもな、その子が大きくなっていつか、生まれてきて良かったと思うときが一度でもあれば、それでいいんだと思うよ。うまく言えないけれど。」
俊の言葉は、分かったような分からないような心持がした。けれど、この人は、ただ何の悩みもなく、生きている人でないような感じがした。私が物事を悲観的な方向へ考えるとしたら、まったく別の方向に物事を捉える人なのだと思った。そして、そういう人が傍らにいるのなら、私はなんとかやっていけるかもしれないと、希望のようなものが湧いてきた。
「私はね、自分が子供を酷い目に合わせるんじゃないかと、それが心配なの。子供が、私から生まれなければ良かったと、思うんじゃないかと、それが心配なの。私みたいな思いを、させたくないの。」
また俊は、繋いだ手をぎゅっと握った。
「そう思わせたくないと分かってるなら、そうしなきゃいいだけだろう。」
俊はこうして、私の心の中の、こんがらがった紐を、するすると解いていく。私が延々と逡巡していたことを、いとも簡単に方向付けしてしまうのが、不思議でならなかった。
「そうか。」
「お前は考えすぎだよ。それは心配なことはたくさんあるよ。誰だって子供を生む前は、そんなこと思うだろうし、分からないことだらけなんだからな。でも、最初から何も不安のない奴なんていないし、自分でしたくないと分かっていることは、しなければいいだけなんだよ。」
やっぱり、お前は考えすぎだと、言われた。その通りかもしれない。
「まあでも、まだそうと決まった訳じゃないし。お前ひとりじゃない。」
また予想どうりの言葉が出た。でも、私は、ひとりじゃないのだ。それが分かっただけで、充分じゃないか。
「そうだね。」「まだ分からないし。こんな話してるのが、あとで馬鹿みたいと思うかもしれないしね。」
私はまた、にっこりと笑った。こんなに心が軽くなるなんて、今日俊と会う前は思ってもいなかった

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2 コメント

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ずいぶんと読んでしまいました。 (だっくす史人)
2007-12-07 01:27:07
あまりに面白いので(筆力がありすぎるので)、ここまで読んでしまいました。あとはまた明日。つぎの展開が楽しみでもあり、また不安でもあります。
俊は私にそっくりだあ。と、うそでも言わせてください。
(子供はいませんが)、妻が一生に一度でいいから「生まれてきてよかった」と思えるようにするというのが私の努めなのです。まだ、ダメみたい。
では、また来ます。
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嬉しいです (sa0104b)
2007-12-07 21:01:27
続きが楽しみ、と言って頂けるのは、本当に嬉しく、また励みでもあります。
だっくすさんのような旦那様をもった奥様は、きっと、幸せな方です。
読んでいただいて、本当にありがとうございます。
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