星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

fortune cookies(9)

2008-11-29 16:30:51 | fortune cookies
 暗い中で運転に没頭している信次を見ていると、なぜか自分の場所に帰ってきたという感じがした。たった数時間、親戚の集まる場所にいただけだというのにひどく気疲れした。
「どこか、食事していこうか。」
 信次が前を向いたまま聞いてきた。
「そうしてもいいけど、早く家に帰りたいな。」
 私は本心を言った。お腹も空いていたけれど、私は暖かいお風呂に入って信次と一緒に眠りたいという欲求の方が強かった。今日は家に泊まっていかないと思っていたので私は密かに信次の優しさに感謝した。今ここに、信次がいるというのが単純にとても幸せだと思った。
 私は突然に、信次がもし叔父のように癌になってしまってこの世からいなくなってしまたらということを考えた。まだ40歳半ばだけれど、若くて病気になる人だっているのだ。
「信次が癌になったらどうしよう。」
 私は呟くように思わず口にしてしまった。
「どうしようって言ったって、そんなものなってみなければ分からないだろう。それにお前が苦しむ訳じゃないだろう。」
 漠然と想像したけれども、やはりあまり現実味はなかった。信次は特に持病を持っているわけでもなく、日頃特に不摂生というわけでもなかった。一見とても健康そうに見えた。
 私はもし信次が入院とか闘病ということになったらどうするのだろうと無理やり想像してみようと試みた。奥さんとはもう別れているのだし、子供はまだ小さい。するといちばん彼にとって身近なのはやはり私ではないかと改めて思った。
「信次が病気になったら、私が傍にいてあげればいいんだよね。」
「お前は俺が病気になったら看病してくれるのか。嫌になって俺を捨てるのじゃないのか。」
 信次は少しからかう風に言った。私はそう言われたことに少々気分を悪くした。信次は私をどう思っているのか、という懸念が湧いてきた。信次が私を捨てる、のなら話はわかるけれども、私が彼を捨てるのなんて、例えそれがいかなる理由でも、それは考えられないことだった。信次はそんなこと、思ってもいないのだろう。
「元妻がまさか看病してくれないでしょう。お子さんだってまだ小さい、それにたとえ成人していたってその時どこにいるかも分からないわ。そうしたら、私しかいないのよ。」
 私はこの言葉を言いながら、その時になって初めて私は彼を独占できるのだろうかと考えた。誰にも邪魔されずに、ずっと傍にいることができる。いや今だってそういう立場なのだろうけれども、なんとなくそうとは思えない部分もあった。
「結婚したいのか。」
 今までに何度か聞かれたことだった。今まで答えたことと、同じことをまた答えた。
「したいといえばしたいかもしれない。でも、私は結婚という枠にとらわれている訳じゃないわ。信次とずっと一緒に暮らしていけたら、それだけで幸せだと思う。」
 信次は一瞬だけこちらに視線を投げかけたけれども、運転に支障がでるからだろう、すぐに戻して前を向いた。
「正直俺は、結婚はもういいと思ってる。次もうまくいく保証もないし。養育費の問題もあるからな。」
 この答も何度も過去に聞いたものだった。
「そう。」
 私は暫くの間、暗い夜の街を流れるように過ぎていく対向車の灯りを見ながら黙りこんだ。
「私が求めているのは、いつも傍にいてくれて、家に帰ったら一緒に寝てくれる人がいるということなのよ。帰るところがある、っていうのかな。それが文字通りとある場所、という意味ではなくて。拠り所、というか。」
「それに保証がなくてもか。ただ俺が、傍にいればいいのか。」
 私は保証なんていらなかった。結婚や、家庭や、子供や家族、そういったものを普通の人のように持っているという自分を想像できなかった。
「いいよ。」
 私は信次の、ハンドルを握っていない方の手を探して、そこに触れた。

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空振り。

2008-11-25 07:12:23 | つぶやき
昨日は冷たい雨が降っていた。
ひとつのことを考えていると、あれこれ器用に物事を考えられなくて、
空振り。
夜半に目が覚めたら、雨は嵐のように降っている。

また一週間が始まる。あてのない、長い一週間。
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fortune cookies(8)

2008-11-23 10:41:03 | fortune cookies
 お経が終わり列席者は食事の用意された部屋に集まっていた。叔父が癌であることは周知の事実だったためか、また喪主母娘のあっけらかんとした振る舞いのためか重苦しい空気はそれほど流れておらず、むしろ何か他の行事のために親族が集まったような雰囲気だった。たまたま空いた席に座ろうとすると、横には実父の再婚相手とその子供がいた。さりげなく他の席に移ろうと思ったが、その女の子は「お姉ちゃんここどうぞ。」と屈託ない顔で私に席を勧めた。
「ありがとう。」
 私は反射的ににこりとしてその子の横に座った。
 必然的に私は小さな子供に食べものを取り分けたりあれこれと世話をしてあげることになった。私自身は何も食べる気がしなかったし、反対側の横に座った人は叔父側の親族なのか知らない人だったのでそれはそれで都合が良かった。
「美樹ちゃんは何年生なの?」
 子供に興味のない私は他に特に話題が思いつかずありふれた質問をした。
「5年生。」
 私はもっと下の学年かと思った。背が低いほうなのかもしれない。
「あたし背が低いからよく3年生?とか聞かれるんだ。」
 思っていたことを感知されたのか彼女は自らそう言った。実父も背が低いし、再婚した奥さんも痩せて小柄なほうだから仕方ないのかもしれない。私は自分が小学生の時のことを思い出した。私も背が低くていつも何かで並ぶときはいちばん前だった。
 私は隣でお寿司や唐揚げを食べている女の子をちらちらと見ながら、見ればみるほど自分の小さい時にそっくりだと思った。これでは傍で見ている他人は、私達は年の離れた姉妹か、えらく若い時に子供ができてしまった親子かに見えるだろう。私がもし、今の両親の養子にならずに実の父と暮らしていたら、この子とは同じ屋根の下で暮らしていたのかもしれない。そうしたら案外この子はこんな風になついていたのかもしれない。だいたい年がうんと離れ過ぎているのだから、私達は良好な関係を持てただろう。
「お姉ちゃんはどこに住んでるの?おばちゃん家にはいないよね?」
「お姉ちゃんはひとりで暮らしているのよ。おばちゃん家だとお仕事に通うのに遠いからね。」
「そうなんだ。いいなあ。あたしも一人暮らししてみたいなー。」
 この子に私はどういう存在として映っているのだろうか、とふと思った。お父さんの前の奥さんの子供、ということをきちんと説明してあるのだろうか。それともおばちゃん家のお姉ちゃん、としか言っていないのだろうか。私はまじまじとこの子を見たが何も深いことは知らないような気がした。その時携帯が振動しているのに気が付いた。信次が葬儀場の外まで迎えに来ていた。
「お姉ちゃんもう帰らないといけないから。ごめんね。」
美樹ちゃんは一瞬寂しそうな顔をして「お姉ちゃん明日も来るの?」と聞いてきた。
「来るよ。」
「じゃあ明日ね。」

 私は叔母と従妹に挨拶をし、両親にも一応声を掛けてから外に出た。母親は、家までどう帰るのか、もうちょっと待って誰か親戚の車で駅まで乗せていってもらえば等としつこくくい下がったが、私は家で少しやらなければならない仕事があるからとか何とかごまかして、早く家に帰らなければならないのだと言い訳した。外は先ほど来た時よりもぐっと気温が落ちていて、もう秋も終りになるという感じがしていた。葬儀場の門のすぐ外に信次の車は停まっていた。私が乗り込もうとすると門から車が一台出て行った。プッとクラクションを鳴らして出て行ったところを見ると、誰か知り合いだったのかもしれない。
「お疲れ。」
 信次は私が車に乗り込むとそう言った。
「行きも帰りもありがとうね。今日は用事が・・・なかったのじゃないの。」
 車は静かに走り出した。夜だから1時間ちょっとで着くのだろう。
「夕方からちょこっと娘を見てたけど。もうあれが帰ってきたから。」
 信次は別れた奥さんのことをあれ、と言うのだった。
「そう。」
 私は信次の車に乗るとほっとして、急に疲れがどっと出てきた。
「今日はそのまま、泊まっていくよね。」
 ちらと横に座っている信次の顔を覗き見た。
「そうだな。」
 私は安堵した。これから一人であのアパートに帰って寝るのかと思うと、急に寂しい気分になってしまいそうだった。

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