星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

夕凪(7)

2006-11-03 06:34:34 | 夕凪
 客がレジに並んだので、パートさんは話を中断した。毎日のようにここに立っていると、不特定多数のように見える客の中に、常連というか定期的に立ち寄る一定数の人がいるのに気付く。また客層の流れも、一日の中で微妙に違った。私はほとんど昼間から夕方のシフトが多いのだが、午前中は主婦や子供連れ、昼時はおにぎりやお弁当を買う会社員など、午後になると営業の途中の会社員、夕方になると子供や学生、そして夜になると会社帰りの人が多かった。レジ前にいる親子は、この近所に住んでいるらしく、昼間の時間に何度か見かけた。大抵はジュースやお菓子など、一点だけを買っていった。
 「はい、おねがいします、っておばちゃんに言って。」
 母親に言われて、3歳くらいに見える男の子が、ペットボトルをカウンターの上に、背伸びするように置いた。
 「あらいい子ね~。はいありがとね~。」
パートさんはカウンターから乗り出すように身をかがめて、その子の頭をなでた。彼女は子供が好きらしかった。こういう客に対して、いつもこのような対応をする。私はそんな態度ができることに感心してしまう。私は逆に、空いているときはともかく、混んだときにこうされると少しむかむかとした。子供に商品を持たせたりわざわざお金を払わせたりしている人の横で、次に並んだ客が、大抵はサラリーマンや男の学生なのだが、イラついた表情をして待っているのをよく分かっていた。お店やさんごっこは家の中でやってくれと、内心思った。
「ママあけてー。はやくー。」
 まだ母親が財布にお釣りを閉まっているの間、子供は母親にくっつくようにしてペットボトルを持ち上げた。
「ちょっと待ってなさい。公園に行ってからでしょう。ここじゃだめ!」
 母親は、子供が背伸びするように差し出したボトルを、さっと取り上げると肩に下げたトートバッグにねじ込んだ。
「いまのむの!のどかわいた!」
 次の人のレジをしながら、私はその様子を横目で見ていた。子供は母親の肩から下げたカバンに、ジャンプするようにジュースを狙っていた。だが母親が手を引っ張って、引きずるように歩かせた。
「ほら行くよ!」
「のどかわいたんだもん!ちょーだい!」
 叫ぶように子供は言った。店内を出ても、子供はずっとちょうだいを連発していた。
 
母親と子供の後ろ姿をちらっと見ながら、子育てとはあの状態が毎日毎日続くことなのだなと、考えた。私はたったこの一場面だけでもイライラするのに、世の中の母親はよく我慢できるなと、思った。私は自分が子供を持ったら、ストレスで毎日イライラとするのは目に見えていた。自分が子供を嫌いな原因が、子供というのが、子供というだけで何を言っても許されるという存在であり、何をしても無条件に愛される存在であると言うのが、私には我慢ならないことだからだった。子供というのはそういうものだし、それが子供の特権であり子供の特徴なのは分かっているのだが、世の中の母親たちのように、自分の子供の傍若無人ぶりを、当然のように受け止めてやるような、そんな器量が私には備わっていないのだと、そう思った。私には子供のときから、子供であったのに自分だけが子供ではないような、そんな奇妙な感覚があった。自分の友達なんかを見ていて、その子供の振る舞いや我儘振りを、なんでこんなに我儘が言えるのだろうとか、どうしてこんなに好き勝手にできるのだろうと思い、まるで理解することができなかった。そしてそんな友達の態度を、嫌悪していたし見下しもしていた。レジに並んだ子供に抱いたような感情を、自分が子供でいたときから持っていたのだった。

 また自分が子供のときを考えると、母親代わりの祖母は常に何かにイライラしていたのを覚えている。私は決してあのレジにいた子供のように、駄々をこねたり自分の主張をストレートに表す子供ではなかったし、ましてや悪戯なんてしたこともないような大人しい子供だったが、なぜか毎日怒られてばかりいた。しかしそれは、私に非があって怒られていたというよりも、祖母の機嫌のせいで怒られていたというのも、次第に分かっていった。何かの理由で祖母が不機嫌になると、その矛先が私に向いていた。私は祖母の口から、家を出た母親の悪口や父親の金銭面や女性関係に関する愚痴のようなもの、またあからさまに私に向けた心無い言葉、それらのものが容赦なく出てくるのを黙って聞いていた。私は子供だったが、大人である祖母の、傍若無人ぶりを我慢していた。そして次第に、そういう人間を心底嫌うようになった。だが自分がその立場になって、必ずしも寛容な態度でいられたかどうかと問われたら、まったく自信はない。だから私は、子供を育てる自信が、まったくないのだ。子供という存在をどうしても好きになれないことと、子供を育てる器量がない、その二つは他人には知りようもないが、自分の中には、隠しても隠しようがなく存在する事実だった。
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つい躊躇してしまうこと。 (だっくす史人)
2007-12-07 00:33:12
小説を書いていると、つい読者のこと、殊に知り合いのことなどを意識してしまいます。こんな内容を記すと変に思われやしないか。そんなことを考えて表現を抑えたりしてしまうことがあります。
ブログの世界でも、読者数を増やしたいばかりに当たり障りのない表現を選んだりすることがあるものです。この作品にはそれが全くありません。率直なのです。
「普通の女性はこんな風に思わない」。
そう考えた瞬間、作品の質は落ちていたでしょう。
私はこの作品を上質だと信じます。私に力があれば賞を授与したいくらいです。本当に。
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私の場合は、 (sa0104b)
2007-12-07 01:50:08
だっくすさん、こんばんは。
私の場合は、日常生活をしていて自分の考えていることが周りの人と違う、と思うことが多くて、それをぽろっと言った時にまわりに引かれることがあります。
なので逆に小説を書くことで、その普段感じている違和感を思い切り作品に投影することができる、そのことを発見してから躊躇しなくなりました。
ブログ上の匿名ということもあるかもしれませんが・・・。
勿論、読んだ方にどう受け止められるのだろうという不安のようなものも付いてきますが。
だっくすさんの特別賞、光栄です。いつも過剰なお褒めの言葉を頂いて、汗がでそうです・・・。
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