星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

些細なこと

2008-08-29 09:27:38 | つぶやき
火曜日に、良いことがあったので今週はとても穏やかな気分で過ごしている。
人から見たら多分とても些細なことなんだけれど。そのことを考えると私は嬉しくなって顔が緩む。
毎日の生活は、こうした些細なことの積み重ねでできているのだと思う。
誰にも言えないけれどちょっとした嬉しい出来事、とか。
私は単純だ。
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夏の読書

2008-08-19 20:42:40 | つぶやき
職場に来るお客さんで、順番待ちをしている間に本を読んでいる人がかなりいる。本好きな人は少しでも暇な時間ができるとすかさず本を読むものだ。私がそうだからよく分かる。

たいていの人は本にブックカバーを掛けているので何を読んでいるのか分からない。ごくたまにカバーを掛けていない人がいる。そういう時私はその人がどんな本を読んでいるのかとても気になって、さりげなく題名をチェックする。学生さんは参考書や新書だったりすることが多いのだけれど、英語のペーパーバッグの人もたまにいる。一度とても驚いたのは、本ではないのだけれど、「横浜が大火事」のような見出し(違うかもしれない。忘れたけれどとにかく大惨事みたいなこと)が一面に大きく書かれた新聞を読んでいる人がいて、え、何が起こったの?そんなすごいことが怒ったらニュースでやるし今頃大騒ぎしてるだろう、と疑問に思いながらちらちらとその新聞を見ていたら、どうやら古い過去の新聞(を復刻し印刷したもの?それとも嘘の新聞のようなもの?)のようだった。びっくりした。

昨日見た人は、手にジャン・ケルアックの「路上」を持っていた。まだ多分10代か20代そこそこの若い男の子。それからもう一人は30代から40代に掛けての男の人。夏目漱石の「こころ」を読んでいた。

夏休みになると本屋にいわゆる名作、というものがずらっと並ぶ。結構読んでみたことがないものが多いので、読んでみようかなと思うものがある。昔読んだものでももう一度読んでみようかなと思ったり。

私が今読んでいるのは、源氏物語(のダイジェスト版のようなもの)。この間源氏物語千年、の京都に行って読んでみたくなったから。結構影響されやすいかもしれない。でもあれは、原書ではとても読めません・・・。現代語訳で誰かのを読んでみようかなと思っている。

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金曜日

2008-08-17 12:56:58 | 読みきり
 23日は金曜日なはずだった。翌日の土曜日でもいいのではないかと思ったけれど、だんなは土曜日に何か用事があるようだったので金曜日にした。心の中で、ああ、9年なのだ、と思った。9年。10年なら、と思ったが9年なのだから特に余計な贈り物や何かはしなくてもよいだろう。東京のほうにまで出て行って、どこか気の利いた店を探して予約をしてみても良いかなと考えたけれど、店を検索しているうちに面倒臭くなってしまった。それで結局、地元にあるいつもの店に予約を入れた。高級フレンチでも居酒屋でもどうでもいいと思っている彼の食事態度を見ていると、店にこだわって探したりするのが馬鹿らしくなってしまう。

 先に言ってきたのはだんなの方だった。結婚記念日、どうする。私はなんとなく今年も結婚記念日がやってくるとは思っていながらも、それが暗黙の了解で毎年の恒例行事となっていることを分かっていながらも、あえて口には出さなかった。もうそれは形だけのものだったから。少なくとも私にとっては。1年目、2年目、3年目くらいまでは本当にそういったことが楽しいと思えた。ああ、2年前のあの日、私は結婚したのだったわ、と懐かしく思ったりした。それから5年目のときは、お互いにプレゼントを交換した。私は彼に時計を贈り、彼は私に安いけれども一応ダイヤのペンダントをくれた。今考えると、それらの行為はいかにもという感じがしてどこか陳腐に思えるけれど、その時は自分が結婚というものを決断しそれを何年も継続してきていることに対してのある程度の感慨のようなものがあった。それからさらに4年が過ぎたわけだけれど、もう私は、そういった結婚に対してのセンチメンタルのようなものはほとんど持っていない。私が結婚生活を継続しているのはそれが習慣になってしまっているから。でも、大抵の人にとって、そういう風に結婚生活は過ぎてゆくのかもしれない。

 じゃあ、仕事終わったらメールするから。そう言ってだんなは出て行った。私も。私は答えた。だんなはどこの店を予約したのかも聞かなかった。どこの店かというのは、彼にとってどうでもいいのだろう。時々思う、どちらかの携帯の電池が切れて連絡できなかったらどうするのだろうかと。職場にいるときはいいが、出てしまっていたらどうするのだろう。私の携帯の電話番号を暗記しているのだろうか。そう思いながらも私はあえてそれを口にしない。諦めて帰ってくるだけのことなんだろう。そして私も予約をキャンセルして家に帰る。特に彼をなじることも無く、もう、仕方ないわね、の一言で終わってしまうのかもしれない。明日出かける予定があるんだけど、あまり遅くはならないだろう?そう一言付け加えてだんなは言った。予定があるから、と彼は言った。予定。私は深く聞かないけれど、仕事ではない何かの予定。そうなの。食事したら帰るだけだから、大丈夫よ、と私は何ともない感じで返す。

 職場に出勤し、コーヒーメーカーのそばで自分のカップを準備していると、隣の係の上司が近づいてきた。おはよう。一言そう言うと、目と口元がにっこりと笑った。私はこの人の目が好きだ。顔の皮膚が柔軟なのか笑うとやわらかく大きな皺が口の横にできる。私はその皺の感じも好きだ。その皺を見ていると犬みたいだと思う。そしてその皺が優しそうな雰囲気を醸し出しているように思う。髪も、この年代にしては珍しくナチュラルに少し余計に伸びていて、そこを好ましく思う。私はガラスの丸いポットから自分の分と彼の分のコーヒーを注ぐ。そうしている間に、彼が、来週の水曜日はどうかな、と言う。ちいさな声で。私は台にこぼれたコーヒーの染みを布巾で拭きながら、いいですよ。と答える。それがまるで何か他のことを聞かれたみたいに。淡々と。じゃあ7時に。それだけ言って彼は自分の席に戻っていく。

 それから来週の水曜日まで、下手したら彼と口を聞くことはないかもしれない。違う係だし仕事の関連もない。用がないのだ。あるとすれば、こうしてコーヒーを注ぎにここに来るときだけ。この機械がこのフロアにはここにしかないから。たまたまここに来て鉢合わせになり、一言二言会話を交わす。ただそれだけの間柄だったのだ。ある時何かの行事でたまたま話をしたことがあった。仕事の打ち上げか何かの立食パーティーのような席で。浮かれている人達の列から外れている人の中に彼がいた。僕は飲まないんだよ。無礼講状態で乱れている人たちをよそ目に、静かにオレンジジュースを飲んでいた。そうですか。お酒は嫌いなんですか?いや、好きだよ。でもこういう場では一切飲まないんだ。そうなんですか。そういう態度に好感が持てた。珍しい。それから何が好きで何が嫌いかの話になった。本当はワインが好きなんだ。私も。焼酎は嫌い。私も。和食は好き。私も。実はスパゲッティを作るのが得意かな。簡単だから。そうなんですか。私も得意かも。おいしい店があるんだけれど。今度行って見る?それで私たちはある日食事に行くことになった。すごく自然に、何のやましさもないような感じで。

 今日仕事は退屈だった。私は何度も時計を見ては時間の経つのが遅いと感じていた。来週やるはずの仕事の準備までもしてしまった。掛かってくる電話も少ない。事務所の中は静かで今日は定時で帰れそうな気配が漂っている。5時半になると机の上を片付けロッカールームに向かった。

 あら、今日は早いわね。どこかこれから行くの?ロッカールームに行くと隣で着替えている他の部の年上の女性が声を掛けてくる。はい。今日結婚記念日なんで、食事に。あらいいわねえ。素敵ね。そのワンピースも素敵よ。彼女は私の黒のワンピースをちらと横目で見ながら言った。私は自分たちの結婚記念日のことなんて言わなくても良かったことだと思う。まあそれは、たわいもないことだけれど。何年目なの?彼女が化粧を直しながら聞いてくる。9年目です。ああ、そんなに経つのねえ。早いわねえ。彼女とは特に親しくはないが同じ会社に長くいるのだから私が結婚したことも知っている。じゃあ、楽しんできてね。そう言って彼女はバッグを持って部屋を出て行った。私も化粧を直す。一応家にただ帰るわけではないのだからと、いつもよりは念入りに直した。バッグから大き目のピアスも出してつける。胸元には一応、5年目の結婚記念日でだんながくれたペンダントをつけている。私がこうしていつもよりお洒落をしてきても、多分だんなは気づきもしないのだろう。彼はいつものようにいつものスーツを着て、そういえば朝何を着ていたか私はまったく見ていなかったが、来るのだろう。そもそも店がどこかさえ聞いていかないのだから、そんなことは一切考えていないのだろう。

 40分遅れてきただんなは、目の前でビールを飲んでいる。フレンチなんだけれど、ビール。まあ好きなものを食べて飲めばいいのだろうけれど。私はスパークリングワインのぽつぽつと浮かんでくる泡を眺めつつ向かいに座っただんなをちらちらと見ている。ご機嫌な顔をしている。コースでいいじゃん、と言うので面倒臭く適当なコースを頼んでしまった。最初に運ばれてきた前菜の盛り合わせを、3口で食べてしまうと次の料理までの時間が余ってしまいだんなはビールをがぶがぶと飲む。私のも食べる?一応聞くと、いいよ、大丈夫、と答える。だんなは仕事のことを絶え間なく喋っている。私は適当にその時々で多少言葉を変えながら、相槌を打つ。へえ、そうなの、それで、ふうん、大変ね。彼も私が真剣に聞いているかどうかなんて、あまり関係がないようにとめどなく喋っている。話すことで彼の中のちょっとしたストレスが解消されるのであろうか。私がどう思うかとかは関係なく、話すことに意味があるのかもしれない。

 彼のお皿の中に、さやインゲンの炒めた物と仔牛の煮込みが残っている。嫌いなものは絶対に食べず、好きなものを最後に取っておく。子供みたいだ。私はもうほとんど満腹状態に近いお腹に、無理してお肉を切り分けて入れる。だんなはもうパンを4回くらいお代わりしているかもしれない。それでも足りなさそうな感じだ。私は自分のお皿からお肉の半分を切り分けて、だんなのお皿に移す。もうお腹いっぱいで。でもデザート食べたいからと言って。

 向かいの席のだんなの話を聞いてだんなの顔を眺めながら、私はこの間隣の係の上司と食事に行ったときのことを思い出していた。フレンチだった。肩の凝らない、カジュアルな店。私たちはコースをいつも取らない。お酒と、軽く食べるものを数品、好きなものだけチョイスして頼む。前菜やサラダばかり頼むときもある。そして必ずデザートを頼む。飲むのも好きだけれど甘いものも彼は好きなのだ。そして最後にコーヒーを飲む。彼とどこかへ行くときは、私は本当に食べることを楽しんでいる。彼はたくさんのことを私に話す。彼と同じ年の仲のよい奥さんのことや、二人の年頃の娘たちのことや飼っているラブラドールレトリバーのことや趣味のことなど。その中にまったく不健全さは感じられなく、私は純粋に話を聞くのを楽しむ。運ばれてきたお皿から料理を取り分けて食べる。お酒と、食べ物と、それがおいしいと感じながら食べることに幸せを感じられるところが、私たちは似ている。カラオケにも行かない。がぶがぶとお酒だけ飲んで泥酔もしない。食べることが目的でたまに会い、向かい会って目を見ながら話をする。でもその中に、後ろめたさは一切ない。私たちは携帯の番号さえ教えあっていない。アドレスも。いつもあのコーヒーサーバーのところでひとことふたこと会話を交わし、日時を決め、そして当日確実にそこで会う。健全な時間に別れ、それぞれの家に帰る。

 もういっぱいビールを頼んでいいかな、だんなが言う。頼めば。そんないちいち聞かなくても。だんなは手を挙げるとウェイターが近寄ってくる。ビールを。ご飯まだ物足りない?私は一応聞く。いや、もういいよ。デザートも来るし。来年は違うところへ行こうか。焼肉屋さんとか。わたしはふざけて言う。いいね、焼肉屋。そうだな。だんなは満更でもないような口ぶりで言う。私は焼肉屋なんて別に普段行けばいいんだから、と内心思う。デザートが運ばれてくると私はうっとりと眺めて、まず目で楽しむ。それからどこから食べようかと思う。そうこうしているうちにだんなは一口食べ、お前にやるよ、これ、と言ってデザートのお皿をこちらへよこす。ビール飲んじゃったからさ。私はもうこれ以上入らない。そんなに食べれないよ。私は答える。アイスクリームがだらりととけてソースのように皿に広がる。だんなはもう、喋ることがないのかひとり静かにビールを飲んでいる。

 週が明け水曜日がやってくる。やはりあれから隣の係の上司とは一度も会話を交わしていない。フロアを横切ったときに、ちらと見たけれどどうも今日は朝からいないようだ。私は考える。今日のことは覚えているのだろうか。急に出張にでもなったのか。

 夕方ほぼいつもの時間に仕事は終わり、7時までには余裕があった。ゆっくりと着替えてから待ち合わせに向かおうと思う。隣のロッカーの人が、あら、今日も素敵な洋服着てるわね、と私に声を掛ける。すごく似合っているわ。さらっと私の全身を見て言う。ありがとう。私は答える。自分で無意識にお気に入りの洋服を着てきたことに気づく。どこか出掛けるの?彼女は続けて聞いた。私はどきりとする。いえ。特に。反射的にそう答える。彼女の家とはまったく反対方向だし、待ち合わせの場所はあまり皆がいかないような駅だから会うことはないのだろうと思う。別に見られても、何もやましいことなんてないけれど、と思い直す。

 待ち合わせの場所に着く。目印に何をモチーフにしているかわからないが像が立っている。その脇に時計があって、その下には同じように待ち合わせをしている人が多数いる。通り過ぎる人たちをぼんやりと眺める。たくさんの人が目の前を通り過ぎて、流れていく。ずっとそうして見ていたら、めまいがしそうになった。オブジェの横の時計を見る。20分過ぎた。自分の腕の時計を見る。20分過ぎている。そしてまた、顔を上げて遠くを見る。今日だんなは飲み会があると言っていた。どこで?咄嗟に聞いた。会社の近くの居酒屋。私は素っ気無く、そう。と答えた。ここから遠い場所だ。私も食事会があって遅くなるから。ちょうどいいわね。私は言う。そうか。それ以上深くはお互いに聞かない。だんなは素直に、飲み会のときは飲み会と言い、ほかの用事のときは予定があって、と言う。私が深く聞かないのを承知している。仕事の絡みの用事なんだと思っている振りをする。大変ね。色々。そうだな。それでお互いその話は終わりになる。

 不意に私の目の前を人影が遮った。ごめん。隣の係の上司がやってきた。少しばつのわるそうな茶目っ気のある顔でこちらを見た。客観的にその顔を見てかわいいと思う。少年みたい。でも忘れてなかったんだと思う。あの日今度の水曜ね、と言ったきり。そして今日は水曜だ。私は意外に自分がほっとしているのに気が着いた。何食べようか。会うとまず必ずこう言う。何食べようか。今日はちょっと軽めのもので。私は彼に、この前の金曜日、結婚記念日で食事に行ったことを告げる。そうか。おめでとう。もう9年にもなるんだね。でも9年まえ私たちはまったく違うセクションで仕事をしていて、知り合ってもいなかった。なんだか結婚しているって雰囲気ないな。彼は言う。そうですか。子供がいないからですかね。私は正直にそう言う。若いからかな。何気なく言ったみたいだが、何を基準に若いと言っているのだろうと少し思う。

 テーブルの上にワインと、プロシュートとチーズの盛り合わせ、ムール貝のワイン蒸しが並んでいる。狭い店内はカウンター席がほとんどと、数席テーブルがある。照明がほどよく落ちて静かにクラシックが流れている。カウンターに二人で並んで座りながら、ムール貝を手でつまんで食べる。ちらと横を見るとこちらを見て微笑んでいる。おいしいですよ、これ。私は少し首を向こうに向けて言う。たくさん食べな。子供に言うように彼が言う。誰かが何かを注文するとにんにくの匂いやソースの匂いやらが漂ってくる。静かすぎでもなく、話声が聞こえないくらいうるさいわけでもない。それにカウンターに隣同士で座っていると顔をくっつければささやき声だってよく聞こえる。今日は水曜日だからワインをあまり飲むのはやめよう。そう思いながらもおいしいものを食べているとワインが進んでいく。私は飲むと少しだけ饒舌になる。今日はあまり食べられない、と言いながらパスタを頼む。カニのパスタ。魚介類ってどうしてこんなに美味しいエキスが出るのだろう。フォークを口に運びながら思う。ちょっと鮮度が落ちると異様な匂いに変わっていくのに、料理に染みこんでいるこの独特の旨みや香りは何とも言えず食欲をそそる。ムール貝をつまんだ指は、いつもでも貝の匂いがついている。その指を舐める。

 彼は家族の話をしている。下の娘さんが大学のどの学科に進んだとか、出掛けるときはいつも奥様と一緒だとかいう話をしている。私は普通に相槌を打つ。そうなんですか。そして時々適切な質問をする。それからふと、私のことを奥さんに話したことはあるのだろうかという疑問が湧く。でもその疑問は口にはしない。自分の若い部下で地方出身者の子がいるので、家に呼んで食事をした等と言う話もする。私のことも、じゃあ今度、家に遊びに来ればいい等と言うかもしれない、とほんの少し思うが、それはまずないだろうと思い直す。私は相変わらず彼の口の周りのやわらかそうな皺を観察し、そのまま視線を移して目を見る。目が合って笑う。楽しいですか。不意にそんなことを聞いてしまう。そうだね。なんだか落ち着くね。そう彼は返す。

 私たちはやはり2時間ほどで行儀よくその店を出る。お手洗いに寄って丁寧に化粧直しをして出てくると、彼は出口で携帯メールを打ちながら待っていた。今から帰る。駅に着いたら迎えに来てくれ。そういう文面が浮かんできた。彼は悠然と携帯をポケットにしまう。私はそれを見ていなかった風ににっこりと微笑み、お待たせしました、と言う。私はメールもしない。だんなは私より遅く帰ってくるだろう。

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travel

2008-08-09 21:49:52 | 読みきり
 「行ってくるよ。」
 夫が出て行った。

 夫が食べた朝食の皿を洗ってしまうと、リビングに掃除機を掛ける。それからお風呂とトイレと洗面所の掃除をする。今日は丁寧にしなくてもよいだろう。掃除なんかしなくてよいくらいだ。けれども体が、毎日の繰り返しの作業に馴染んでいて、頭で考えていなくても勝手に動く。

 一通り終わると、寝室に行き、また掃除機を掛ける。ベッドカバーを直し、クッションを整えると、夫が脱いで無造作に置いてある、カーディガンをハンガーに掛けた。その度に、なぜ自分でやらないのかと思うのだが、最近はそういう気さえ起きない。ただ、体が、自動的にそういう動作をしているだけだ。

 寝室の窓ガラスが、少し曇って汚れているのが目に付いた。乾いた雑巾を持ってこようと、反射的に体が動きそうになるが、止めた。今日はそんなこと、しないでいよう。

 リビングの時計の、音楽が鳴った。まだ9時だった。焦って掃除をしたけれど、考えてみたら急ぐ理由がなかった。今日は遅く出かけたほうがいいのかもしれない。いつもの出かけるときの癖で、気が焦ってしまう。早く出かけて早く帰ってくるという、習慣が身に付いているのだ。

 クローゼットを開けて、肩掛けのトートバッグを取り出す。これで充分だろう。下着1セット、Tシャツ、化粧道具をぽんぽんと入れた。本棚の前に行き、小説を2冊加える。それから何が、必要なんだろうと考える。思いつかない。

 車のキーを差し込む。
 エンジンを掛けずに、シートに座ってしばらく考えた。車で出掛けようと思っていたが、今日は止めておこうと思った。電車で出掛けたほうが、旅気分を味わえる。きっとそうだろう。駅まで歩いていって、そこからのんびりと電車で行こう。車が置いてあったほうが、夫が帰ってきた時不審に思われないだろう。すぐに帰ってくると、思うだろう。

 車から降りる。そのまま駅に向かった。ふと足元を見ると、いつものドライビングシューズを履いてきてしまっているのに気が付いた。でもきちんと磨いてあるし、歩きやすいからいいだろう。カバンからマフラーを取り出して、首に巻く。手袋も出してはめた。

 なぜか早歩きになってしまい、あっという間に駅に着いた。電車に乗るのが、随分と久し振りのような気がした。路線図を見て、目的地までの切符を買う。一度乗り換えるだけでいいようだ。ちょっと考えてから、特急の、指定席の切符を買い足した。なるべく静かな席に座りたいと思った。一人になることに、没頭したいのだ。

駅のホームは、風が吹きさらしになって、余計に冷たかった。マフラーを顔まで引っ張って覆う。もう家を出たのだから、家のことは考えずに、一人の世界を楽しもうと思った。電車が入ってくると、空いているボックス席を探して座り、持ってきた本を取り出す。家にいて読もうと思っていたのに、なかなか読む暇がなかった。家事をきちんとしようとすると、きりがないということに気がついた。結婚して子供もいない私たち夫婦を、金銭的にも時間的にも余裕があって、何の気兼ねもなく悠々自適に暮らしていると思っている知人がほとんどだが、それは夫の性格を知らないからだ。 病的に潔癖症である夫は、私のする家事の、何もかもが気に入らないようになってしまった。子供がいるわけではないのだから、辞める必要がないのに、精神的にも肉体的にも苦しくなった私は、仕事を辞めた。でも、それが、もっと事態を悪化させる原因となった。仕事を辞めて家にいる私は、さらに完璧な家事を求められた。終わったそばから、これみよがしに掃除をやり直しされたことが、何度あるのだろう。それだったら夫がすべての掃除や炊事をすればいいのだが、働かないで家にいるならお前がやるべきだと主張して聞かないのだった。家にいるのが苦痛になった私は、短時間のパートに行くようになった。けれども、家事は、毎日完璧にやらなければ許されない。嫌ならパートを辞めろと言う。

 本を読みたいはずが、知らないうちにそんなことを考えていた。夫の考えはおかしいと、パート先の主婦仲間は言う。フルタイム社員であろうがパート社員であろうが、働いているのには変わりが無い。いまどきの専業主婦 だって、それほどまできちんと家事なんかしていない。夫のハウスキーパーになるために結婚した訳ではないのだ。それなのに、なぜ、うちの夫は私にそこまでの完璧さを、要求するのだろう。

 出会った頃は、そんな人だとは思わなかった。きちんとした人だとは思っていたが、病的と呼べるほどの潔癖さは、感じられなかった。それは確かに、デートの待ち合わせの時間に遅れたことは無かったし、独り暮らしをしているアパートへ行っても、男の部屋の割にはきちんと整頓されていた。靴はいつも磨かれていたし、髭はきちんと剃られていた。結婚してすぐの頃は、私に完璧さなど要求していなかった。よくいる子供のいない共働きカップルのように、夕食を作るのが面倒なときは外食し、休日の朝は遅くまで布団に潜り込み睡眠を貪り、一緒に休暇が取れる日はちょっとした旅行に行ったり映画を見に行ったりした。いつの頃から、こんなにきりきりとし始めたのだろう。体調がすぐれなくてソファに横になっている私を、怠け者のように言ったり、疲れて帰ってきたときに作った有り合わせの夕食を見て、手抜きだ、と言うようになったのは。たった今ガス廻りの掃除を終えたばかりなのに、仕事から帰ってくるなり、もう一度やり直し始めたりするようになったのは。

 パートの仲間に、そんなことをぽつりぽつりと話すようになると、皆が、あなたのご主人は少しおかしいと、言うようになった。仕事が大変で、何かストレスがあるのではないの、とか、浮気をしているのではないの、等と言われた。いっそのこと浮気でもしてくれていたら、どれほどいいかと思う。そうして別れてくれたほうが、お互いのためだろうと思うのだ。それなのに、私が、あなたの希望にそった妻にはなれそうもないから別れてくれと、いくら懇願しても、決して首を縦には振らないのだ。それが不可解だと思う。パートの仲間は、そこに触れてはいけないと思って口にはしないが、子供が出来ないのが原因の一端を担っているのだとも思う。私はひと通りの検査をして、どこにも体の異常がないのが分かった。でも夫は、検査をしようとしない。子供をそれほど欲しくない私は、それでもいいと思っている。けれども夫は、本当は子供がほしいのかもしれない。でも私は悪くないのだから、仕方が無い。離婚を拒む原因も、その辺にあるのかもしれないと思った。

 パートの仲間のひとりが、しばらく実家に帰ったら?と言った。私の両親は、歳をとってから離婚しそれぞれ再婚しているので、両方の家に顔を出しにくかった。どちらの家に行っても、私の居場所はなかった。それぞれの新しい配偶者は、悪い人ではないし、むしろ私に気を使ってくれ、親切に、本当の親のように接してくれるが、それが却って私に気を使わせた。そう答えると、別のパート仲間が、家出しちゃいなさいよ、と言った。家出?!とぎょっとして答えると、そんな大袈裟な家出ではなくて、プチ家出よ、と答えた。何も言わずに、ちょっとした近場に出かけてそのまま連絡せずに遅く帰る、のだそうだ。それくらいのことをしたら、あなたのご主人も、あなたがいないとどれほど寂しいとか心配かとかがわかるはずよ、と笑って言った。

 その話を聞いてから、私は密かに家出のことを想像し、その自由な感じに酔いしれた。自分のおこづかいから、残ったわずかな額を貯金にまわし、パートで得た夫に気付かれない臨時収入は、すべて貯金にまわした。最近ちっとも夫婦で旅行などにも行かなくなってしまったので、頭の中で想像する家出のことは、余計に楽しいことに思えた。パートの仲間が回してくれる雑誌に載った、都会の居心地のよさそうなホテルや、一人旅の女性に優しい宿、等の特集を見ると、密かにチェックをして、こんなところもいいなと、思い描いた。そうしていると、完璧さを求められる家事も、それほど苦ではなくなった。家出を敢行した暁には、それが元で離婚を言い渡されても、それはそれでいいとさえ思っている。家を追い出されても構わない。そうしたら私はフルタイムで働く職をなんとか探し、ひっそりと慎ましく、独りで生きていくだけのことだ。

 気が付くと、特急に乗り換えるターミナル駅に到着していた。ここからは指定席に座って、余計なことが頭をもたげないよう、持ってきた本を読もう、と思った。電車を降りると、特急の改札に向かった。

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恋愛小説

2008-08-04 02:50:45 | つぶやき
やらなければいけない用事があったのでそれが終わるまでは小説は読まない、と決めていたけれど、その用事が終わった途端ものすごく本が読みたくなる。本屋さんに寄って恋愛小説を2冊買ってしまった。昨日は本屋で見つからなかった読みたい本と(これも恋愛小説)ついでに検索していたら読みたくなった本とを併せて3冊、アマゾンで購入してしまった。

早速早い夕ご飯が終わったので(今週は子供達もいない)読み始めたが、夕飯の時ビールを飲んでしまったせいかいつのまにか眠ってしまった。いけない。

今から読むかな。明日休みだし。
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