星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

休日(5)

2007-08-08 13:50:05 | 休日
 綺麗にラッピングされ、小さなマスコットがリボン代わりについた包装を受け取り、子供服売り場から離れるとそのまま地下の食品売り場に向かった。昼を過ぎていた食品売り場は結構な人で混雑していた。主婦に混じって近辺で働いていると思われるOLさんたちが昼食を買っていたりしていた。私はケーキ売り場の一角にあるベーグル屋さんで足を止める。ここのベーグルがとても美味しいのだ。もちっとした生地でまわりは硬く、中に入っている具も種類が豊富だった。アボガドと海老の入ったベーグルを一つ買う。食べるかわからないが義母に買っていってあげようと一瞬思ったがやはりやめた。義母は多分こういったものは口にしない。数軒先にあるコーヒーショップでカフェオレを持ち帰り用にしてもらい、エレベーターに乗った。

 私の他にもかなりの人達が乗ってきた。Rのボタンを押す。1階で半数ぐらいが降り、同じくらいの人が乗ってきた。2階の連絡通路のある階に着くとまた大勢が降りていった。それからほとんど各階で止まっていき、最後のRのところでは私一人しかいなかった。

 エレベーターを降りると外の光がまぶしく感じらる。風がやや強いようだった。屋上はちょっとした公園のようになっていて所々に木々が植わってその下にベンチが配してある。柵のほうに向かって設置してあるベンチもある。柵の下はビルが立ち並ぶごちゃごちゃとした街の様子が見下ろせて、ずっと遠くには海が見えた。天気がいいので今日の景色はまあまあだろう。夜のほうがネオンや光に紛れごみごみとしたものが見えないだろうから、もう少し綺麗に見えるに違いない。以前は屋上にペットショップがあって子供達が遊ぶ遊具が置いてあったと記憶しているが、今は以前水槽だったと思われる囲いしかなくて、ちょっとしたガチャポンのような機械しか置いなく、寂れた印象がある。
 
 奥に進んでいってあいているベンチを探す。この空間は、デパートの中で買い物をしている人とは違う種類の人たちがいるような気がする。参考書を広げている学生や、ぼーっと外を見ている一人でいるおじさんや、数人でおしゃべりしている中年の女の人達。奥さんが買い物をしている間子供を遊ばせているのではないかと思う若いお父さんやデパートの社員と思われる制服を着たOLさん。吸殻入れの近くでタバコを吸っているビジネスマン。皆現実の時間からちょっとだけ離れてぼーっとしているように見える。サラリーマンやOLさんたちは疲れたように見えるし、一人でいるおじさんはどうしてここにいるのだろうと思える。奥さんが買い物をしている間の、暇つぶしなのだろうか。

 私は木の陰になっているあいているベンチを見つけて腰掛けた。先ほど買ったベーグルとコーヒーを紙袋から取り出す。ぼーっと外を見つめた。一人で喫茶店に入るのは苦にはならないけれど、騒がしいのが嫌だった。隣に女ばかりのグループなどが座ったりしようものなら、読書に集中できないしなんとなくせかされるような感じがした。きちんとした食事はしなくていいのだが、ちょっとお腹を満たせれば、それでいいのだ。ある日、ペットショップを探してここにやって来たら意外と一人でいるにはいい空間だと発見した。肝心のペットショップはもうなくなっていたのだが、それ以来どこにも行くあてがないが時間を潰したいときにはよくここに来る。なんとなくではあるが、私みたいなふらふらとしている人たちがここに集まっているような気がする。時には怪しい人もいるのでそういうときには退散するのだが。

 何も考えずにベーグルを食べる。アボガドのねっとりとさっぱりした感じが美味しいと思った。アイスカフェオレを飲む。これからどんどん暑くなるのだろう。真夏にはここはこれないな、と思う。それに夏休みのデパートは嫌だ。子供達がうようよしている。正確には、子供を連れたお母さん達。子育てしているけど、自分も磨いているのよとアピールしているような綺麗なお母さん達。私は、どりらも頑張っていないなあ、と思う。別に女を磨いて小奇麗にいたいなんて思わない。そうする必要がないように思う。何にがんばるのだろう。子供もいない。仕事だって、誰にでもできるような単純なことの繰り返しだ。でもこれといってやりたいことなんてない。一生懸命家事をこなす?完璧な主婦として?でもそんなことどうってことないことだ。子供のいない家の家事なんてさほど大変でもないのだ。それに家にはお義母さんがいる。お義母さんが食事だってちょっと油断していると作ってくれるし、私より先回りしていろいろとやってくれる。別にやってくれと頼んでいるわけではないけれど、あなたは働いているのだからいいのよ、とそう返される。働いているっていったって、キャリアウーマンのようにばりばりと働いているわけではないのだから、そんな気遣いをしてくれなくたっていいのに、と思うが、それほど向きになることでもないようにも思う。私はあまり深く考えないことにしているのだ。そうしてくれるのならそうしてもらう。私は別に逆らわないし、主張もしない。ただ、毎日が平和に過ぎたら、それでいいと思っている。

 結婚をしたとき、なんとなく自分の人生の道筋が、まるで周囲が何もない平原に一本道が通っているような感じに、ずっと先まで見えてしまったような気がした。これからお金を貯めて家を買って子供ができて、子供が大きくなるまで子供中心の生活を送って、そうして気がついたらいわゆる老後、っていう年代になっているのだろうと。結婚という人生の一大事を決めてしまったら、あとは自動的にそれに伴って人生ってある程度は決まってしまうのだろうと、そう思っていた。別にそれに嫌悪感を抱いていたわけでもなく、ただ、客観的に、そうなるのだろうと、そう思っていた。旦那がいて、子供がいて、家族、というものを形成していく、そういったことに何の疑問も抱かなくて、それが当たり前だと思っていた。自分がそういう生活環境で育ったようにそういう家族、というものを自分も作り生活していく、そう当然のように思っていた。自分が何のために生きるとか、自分はどう生きたいとか、そういったことなんて考えたこともなかった。結婚したら自動的に、そういう生き方をするものだと思っていた。

 世の中のほとんどの人が当たり前のようにやっていることが、自分も安易にできることとは限らない、そう思う日がくるなんて考えてもみなかった。結婚した当初は子供ができるとかできないとか、そういったことを真剣に考えてもみなかった。真剣に考えなくても当然できるものだと思っていた。体のトラブルなんて抱えたことはなかったし、生理は順調に来ていた。自分の体に不具合があるなんて思ってもいなかった。いや、正確には不具合なんてないんだ。私の体に不具合はなかった。だから普通に、妊娠してもいいはずの体なんだ。それなのに、何故か子供はいつになってもできなかった。できないとなると欲しいと、強烈に思ってしまった。今考えたら、別にできなくてもいいのかもしれない。結婚する前はそれほど執着していたことではなかったではないか。将来子供は何人欲しい?なんてふざけて友達と話したりするときは、まあ普通に2人くらいかなあ、とか、そんな感じに答えていたのではなかったか。私ぜったい最低3人は欲しいわ、とか、ぜったい女の子が欲しいわ、なんて、そう答えるタイプではなかっただろう。ただ、そう考えるまでもなく、結婚したら子供ができて家庭を作る、それが自然だし自動的にそうなるものだと思っていたのだ。

 あの日見えた道筋は、今はどう見えているんだろう。今は、霧の中の視界が悪い道路を、ナビもなく迷っているようなものだ、そう思った。どちらに進んでいいのか分からない。どこにいるのかも分からない。

 向こうの喫煙場所でタバコをすっているスーツを着た女性が見えた。暑いので上着は脱いでいる。細い目をして煙を吹き出していた。ここの来るとたばこを吸っている人が無性にうらやましくなる。とても美味しそうに見える。なぜだか分からないけれどとても気持ちがよさそうなのだ。私は歩いてエレベーターの乗り口の、自動販売機のある場所まで向かった。予想したとおりタバコの自動販売機があった。よく分からないけれど軽そうなメンソール系のタバコのボタンを押した。白地にピンクのパッケージの、いかにも女性向けの箱がぱたん、と落ちてきた。先ほどの喫煙場所を振り返ると、もうスーツの女性はいなくなっていた。少しほっとしてそちらに向かう。ビニールの包みをはずして、一本取り出す。ライターがないことに気がついた。ぎこちなく指にはさんだ細いタバコを見つめた。私は何をしているんだろう。
 
 一人のサラリーマンが近づいてきて喫煙場所で立ち止まった。この人もタバコを吸うのに違いなかった。思っていたとおりライターとタバコをポケットから出し、火を点ける。私はその一部始終の動作を見つめていた。タバコを指に挟んだまま、じっとその人を見つめていた。
「あ、火貸しましょうか?」
 不意にその人が話しかけてきた。愛煙家なら、そういった気遣いがすぐできるものなのだろうか、と思いつつ、どう答えていいのか分からず、考え込んでいると、考え込んでいる間もないほどすばやく、ライターをカチッと押してこちらに向けた。
「どうぞ。」
 ここまでされているのに、引っ込みがつかなくなった。だいたい、今までの人生の中でタバコなんて吸ったこともないのに、どうしたらいいのだろう。だが、タバコをはさんだ指は勝手に相手の差し出した火のほうに向けられ、なんとなくの真似ではあるがそれらしい手つきで火は点いた。
「ありがとうございます。」
「いえ。」
 会話はそれだけだった。サラリーマンは30代半ばくらいに見えた。ビジネスカバンを提げ、それとは別に分厚いファイルを抱えていた。最近は公共の場所でタバコがすえるところも限られているから、営業の途中こういったところで吸っているのかもしれなかった。
 私は初めてのタバコを吸うという行為を、どうしたらよいかと思ってしまった。見よう見まねでつまんだタバコを口に持っていった。おそるおそる吸ってみた。最初は軽く。そしてすぐ息を出した。これといって何ともなかった。苦いとか、苦しいとか、咳き込むとか、そういったことはまったくなかった。次にもう少し大きく吸ってみた。そして大きく息を吐いた。ため息を大きくつくように。けれど何も身体的変化は見られなかった。そのことに少し自信がついたかのように、もう今までずっとタバコを吸ってきたのよとでもいうように、普通に吸っては吐いてみた。どうってことなかった。サラリーマンは一本だけ慌しくj吸い終わると、ちょっとこちらに会釈して立ち去っていった。

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