今朝はたいへん静かな朝だった。
ここのところ近所の学校の運動会が続いていたからだと思うけど、
鳥のさえずりだけで過ごす午前中は格別だった。
さて、ようやく笠井潔氏の『例外社会』を読了した。
全部が理解できたわけではないけど、自分のあたまの中にある雑多なことを、
いくつも「言葉」として整理することができた。
そして、こんなことを考えた。
私が1993年に中国へ行った時、どうしても理解できなかった中国人の言葉があった。
「日本が繁栄しているのは、中国からすべて盗んでいったからだ。
だから、中国は日本から取り返して当然だし、私はあなたであってもいいはずだ。
あなたの持っているものを持ち去るのは、盗みではなく、自分の権利を行使しているだけだ」と。
ほぼ同じ内容のことを、数人の人から言われた。
大学の寮で、服務員のおばさんが私の部屋に入り込み、
棚を物色していたところを注意しても、同じことを言われた。舌打ちとともに。
中国は、おそらく共産党による文革と大躍進をとおして、
日本のぬるい社会よりも先に、使い捨てされる自分をもっとリアルに見ていた。
日本がそれに直面するのは、バブルがはじけた後で、
主に私の世代から始まった就職氷河期によって、正規雇用が非常に厳しくなってから、
とくに非正規雇用になってしまった人たちが先に自覚した感覚だった。
いまは、私の世代なら誰もが感じていることだろう。
私であって、あなたでも、彼でもありうる。そこに差はない。
少し目上の人と話すと、たまに羨ましくなる。
その人と私は同じナルシストであるはずなのに、
目上の人にとって自分は濃く、私にとっての自分は薄いような気がする。
これは、年齢とともに培った自信とは少し違って、
根本的なところで、自分というものの捉え方が違うような気がする。
私は「信じる」ことができない。
私はどこまでも代替可能だし、私が死んでも世の中は困らない。
女性がこの希薄な自分から逃れる方法は、母親になることかもしれない。
でも、夫の収入が減ったことによって外で働かざるをえなくなった女性は、
親としての役割も分担され薄められ、代替可能になりつつあるのではないだろうか。
子どもを虐待する母親のニュースを見るたびに、私はすごく自分とシンクロする。
私でもやりかねない、と思ってしまう。
根源的なところで、自分としてのかたまりの自信がないのに、
身体は空腹や苦痛を訴えてくる。
たまにこれが、わずらわしい。
ただし、私の不安が「言葉」になったので、
この亡霊に悩まされることは少し免除されたような気がする。
これが評論を読むよさだ。
ここのところ近所の学校の運動会が続いていたからだと思うけど、
鳥のさえずりだけで過ごす午前中は格別だった。
さて、ようやく笠井潔氏の『例外社会』を読了した。
全部が理解できたわけではないけど、自分のあたまの中にある雑多なことを、
いくつも「言葉」として整理することができた。
そして、こんなことを考えた。
私が1993年に中国へ行った時、どうしても理解できなかった中国人の言葉があった。
「日本が繁栄しているのは、中国からすべて盗んでいったからだ。
だから、中国は日本から取り返して当然だし、私はあなたであってもいいはずだ。
あなたの持っているものを持ち去るのは、盗みではなく、自分の権利を行使しているだけだ」と。
ほぼ同じ内容のことを、数人の人から言われた。
大学の寮で、服務員のおばさんが私の部屋に入り込み、
棚を物色していたところを注意しても、同じことを言われた。舌打ちとともに。
中国は、おそらく共産党による文革と大躍進をとおして、
日本のぬるい社会よりも先に、使い捨てされる自分をもっとリアルに見ていた。
日本がそれに直面するのは、バブルがはじけた後で、
主に私の世代から始まった就職氷河期によって、正規雇用が非常に厳しくなってから、
とくに非正規雇用になってしまった人たちが先に自覚した感覚だった。
いまは、私の世代なら誰もが感じていることだろう。
私であって、あなたでも、彼でもありうる。そこに差はない。
少し目上の人と話すと、たまに羨ましくなる。
その人と私は同じナルシストであるはずなのに、
目上の人にとって自分は濃く、私にとっての自分は薄いような気がする。
これは、年齢とともに培った自信とは少し違って、
根本的なところで、自分というものの捉え方が違うような気がする。
私は「信じる」ことができない。
私はどこまでも代替可能だし、私が死んでも世の中は困らない。
女性がこの希薄な自分から逃れる方法は、母親になることかもしれない。
でも、夫の収入が減ったことによって外で働かざるをえなくなった女性は、
親としての役割も分担され薄められ、代替可能になりつつあるのではないだろうか。
子どもを虐待する母親のニュースを見るたびに、私はすごく自分とシンクロする。
私でもやりかねない、と思ってしまう。
根源的なところで、自分としてのかたまりの自信がないのに、
身体は空腹や苦痛を訴えてくる。
たまにこれが、わずらわしい。
ただし、私の不安が「言葉」になったので、
この亡霊に悩まされることは少し免除されたような気がする。
これが評論を読むよさだ。