ゆっくり読書

読んだ本の感想を中心に、日々、思ったことをつれづれに記します。

プランター農園バージョンアップ

2010-10-23 15:41:22 | Weblog
今朝、トマトの実が増えているのに気がついた。
今ごろ実がなるなんて、植えるのが遅かったせいもあるけど、
やはり、夏、アツすぎたんだ。きっと。


そして、今日は、プランターや土を新しく買って、
なんとなんと、イチゴの苗を植えた。


楽しみだ!

枝豆を育てていたプランターの土を動かしたら、
大きなミミズが2匹も出てきた。
どこから紛れ込んだのだろう。
プランターなのに、すごい。

さっそく、枝豆プランターからイチゴプランターに引っ越してもらった。
ホームセンターで、チョコレートコスモスというのを見て、
それもお家に連れてきたくなった。

たまには食べ物ではなくて、お花もいい。

大審問官

2010-10-22 23:30:20 | Weblog
大審問官―自由なき楽園の支配者
ドストエフスキー著、秋津太郎訳、文遊社

やはり、ドストエフスキーはずば抜けて面白い。
いろいろと作品を読んだけれど、私にとって一番印象深いのは『カラマーゾフの兄弟』。
もし、この作品を読んで、ん?と思って、立ち止まったなら、
『大審問官』は読むべきだと思う。

『カラマーゾフの兄弟』を読み、私が一番気持ち悪かったのは、アリョーシャだった。
そして、その気持ち悪かったことの、その真髄を抉るような話が、
この『大審問官』に凝縮されている。
改めて、ドストエフスキーの作品を、ぜんぶ読み直したいと思った。

実は、ここ数日、浄土経典や親鸞の入門書を読み、少しむずむずしていた。

たとえば、ある広い景色が見渡せるところで、
雲の合間から、太陽の光が行く筋も射し込んでいるのを見ると、
特にそれが夕陽だったりすると、
ああ、あそこに阿弥陀様がいらっしゃる、と無条件に思うことはある。

でも、法(ダルマ)へのアプローチとして、
私には、阿弥陀信仰はどうしても、しっくりこない。
一心不乱に念仏をとなえる、というシンプルさも、
悪人こそが救われる、というすべてをさらけだす帰依も、
すでに私は、精神力として持ち合わせていないと思うし、
「いや、違うんじゃないの」と、疑問をもちつつ、
ああでもない、こうでもないと、いろんなアプローチを試みるのが私らしい、と自分で思う。
だから、当分は、回り道しようと思っている。

逆説は、宗教や哲学につきものだと思うけど、
ドストエフスキーのいう「逆説」に、
阿弥陀信仰よりも親近感を覚えるのは、なぜだろう。

正夢にならず

2010-10-21 23:11:07 | Weblog
今朝方、久しぶりに亡き母の夢を見た。

どこかのオフィスで友人と「効率的な家事」について語っていたら、
急に、母が帰ってくることになった。

夢の場合、必ず、1991年より前の元気だったころの母が、
1日だけこちらの世界に戻って来る、という設定だ。
その日は突然訪れ、私には選べないし断れない。

あらら、急に帰って来るなんて。しかも急いでいるみたいだし。
家に帰ってると間に合わないから、外で会いましょう、ということになった。

母は歩くのが速かった。
どこかの喫茶店で待っていたら、すごい勢いで母がやってきた。

「久しぶり! あのさあ、Kちゃんと連絡をとりたいんだけど、
さっきから探してるんだけど、公衆電話がなくって」と言う。
Kちゃんは、母の妹だ。
「ああ、それなら私の携帯を貸してあげるよ」と言って、叔母にダイヤルし、
母に携帯を手渡した。

母の中の時間は、1991年に止まっている。
その時代は、ポケベルの時代で、携帯電話を見るのは初めてだ。
携帯をジッと見つめ、トランシーバーのように顔に近づけ、
「もしもし、わたし、S子(母の名)だけど、Kちゃん? どうぞ」と言った。

私は大爆笑をし、「受話器のように持てばいいんだよ」と言って、
母に、ちゃんとしたポジションで携帯電話を持たせてあげた。
母はにやっと笑うと、「あ、あのね。急にいなくなっちゃって、悪かったね」と叔母に言った。

母は、1991年にくも膜下出血で倒れ、そのまま意識不明になってしまったので、
急といえば急だった。
そして、叔母となにやら私にはわからない話を関西弁でしていた(母は関西出身)。

電話が終わると、「これ、便利ね」と言いながら私に携帯を返し、
「まだたくさん連絡しなきゃいけないから、行くね」と言って、
来た時同様に、すごく勢いで去って行った。

私は、仕事があるし、まあ、いいか。と思って、そのまま、どこかのロケ地に向かった。
収録の合間の待ち時間、携帯電話に母から電話がかかってきた。
「あ、わたし、S子ちゃん」と名乗る。
母はいつも、仕事場から電話をしてくるとき、「母の名前」プラス「ちゃん」で名乗った。
もちろん、周囲には同僚がいる。私用電話だ。

私が、「なに? 仕事してるの?」と言うと、
母は、「そうなのよ。なんだかさあ、会社が倒産することになったらしいのよ。
それでね、私のお客さんたち、急にいなくなったから、ちゃんとご挨拶できなかったうえに、
これで会社が倒産なんていったら申し訳ないじゃない。だから連絡してるのよ」と言った。
隣から同僚らしい若い女の人の声が聞こえて、
「そうなんですよ~。もうどうしようもないから、頼っちゃいました~」などと言っている。

「ということで、今回は、これが終わったら帰らなきゃならないから、まったね~」と
母はノリノリな感じで語ると、電話が切れた。

おいおい、娘の私に対するフォローはないのか。と思いつつ、
携帯電話が使えるようになって、便利になったな、などと全然違うことを考えていた。

今日の昼間、念のため、叔母に連絡をして、母のメッセージを伝えた。
叔母は、最近、和歌山の遠い親戚に不幸があったので、
母が騒いでいるのではないか、と言っていた。

そして、この時間まで、母がいた会社が倒産したというニュースは流れていない。
正夢にならなくてよかった。

母の声は、相変わらず少し低くて深くて、そしてあたたかかった。
でもおかげで、明け方、まだ暗いうちに目が覚めてしまった。

レビューにならない読書感想

2010-10-21 20:22:02 | Weblog
今日、数年ぶりにメールをした従弟からの返事に、
「なに? ついに性転換? それとも、ついてるのを自分で見つけた?」と
1行目から書かれているのを見たときには、血がつながってるってこわい、と思った。
正直に言って、最近は男でも女でもどっちでもいいと思っている。
いずれにせよ、人間としての魅力に性の魅力がつきものなら、
それなりの魅力を維持していきたいな、と思っているところだ。

さて、読書の秋。

『聯愁殺』西澤保彦著、中公文庫

何を書いてもネタバレになりそうなので、何も書けないことに気がついた。
というか、こんなブログであっても、
ちゃんと書く内容は注意しなければならないよなあ・・・。私も。

最初にもった違和感を大切にもっていると、なんとなく最後につながってくる。
その小気味よさと、はまってくることによって見えてくる気味の悪さ。
このギャップがとても面白いミステリーだった。

『木田元の最終講義 反哲学としての哲学』木田元著、角川ソフィア文庫

ハイデガーは、笠井潔さんの小説『哲学者の密室』で知った。
実際に『存在と時間』を読んでも、特に後半は「やっつけ仕事」っぽく感じ、
なんだかすごいことを言っている雰囲気ではあるけど、
すごくフラストレーションがたまる文章だと思った。

そのハイデガーについて、『存在と時間』について、
ずっと研究している木田元氏が、その「とらえ方」を話している。
『存在と時間』は、ハイデガーが書かなかった、書けなかった部分にこそ、
その本の中心となる構想があった、という説明は、なんとなく納得できる。

それでは、書かれなかったところが、
いったいどのように構成されるはずだったのか、という点になると、
私のような素人にはまったく予測できないばかりか、
読後であるいまここでも、自信をもって引用することもできない。

一生懸命、ずっと研究してきた人というのは、すごいなあ、という、
とても陳腐な感想をもったと、今日のところは記しておこう。

個人的な中国との最初の摩擦

2010-10-20 21:10:41 | Weblog
帰り道、すっかり暗くなった。
家のそばまで帰ってきたとき、少し大柄な男性が、ジャージ姿でイヌの散歩をしていた。
じーっと私を見る。ジロジロ見る。

気持ち悪いなあ、と思ったら、その人は中国人だった。
大声で中国語の歌をうたいはじめたから、まず間違いないだろう。

なんだ、中国人か、と思ったときに、ジロジロ見られたのも合点がいった。
中国人の男性は、女性を頭から足先まで、とにかくジロジロ見る。
ぶしつけなくらい見る。
それが普通のようだし、特に意味はないようなんだけど、
たいてい、日本の女性は気持ち悪い、と思う。
久しぶりにその気分を味わった。

最近、中国人に対する印象がだいぶ変化していると思う。
同世代で、中国人留学生と交流したことがあるような人は、
「ここは日本なんだから、日本の文化や習慣を尊重すべきだと思った」と言う。
中国人は、あやまらないし、ひらきなおるし、他人に対してあまりにも非礼だと。

私が93年に北京に留学した時、クラスの女性教師にまず言われたことは、
「私の態度が、あまりにも中国人に対して非礼だ」ということだった。

理由はこうだ。
授業中、ある同級生のフランス女性が、中国は共産主義で男女平等な国だ、と言った。
私はまだ中国に住んで2週間くらいだったから、「へえ、そうなんだ」と思って聞いていた。
そのフランス人と中国人の女性教師は、
男女平等ということで、非常に意気投合したらしく、どんどん話が盛り上がっていった。
中国人の教師に「日本は男尊女卑でしょ」と言われたから、
「日本の男性は、ものすごく仕事を頑張っている。もし体力的な面で女性がかなわないとしても、
それはしょうがない部分もあると思う。男女分業という方法もある。
それに、そのおかげで日本は経済が発展したのかもしれない」と、
留学したばかりのたどたどしい中国語で言ったら、先生が顔色を変えた。
そして、急に、黒板に大きく縦書きで、「毛沢東主義」と書いた。

申し訳ないけど、笑ってしまった。
その直後、「中国人に対して非礼だ。中国共産党を全肯定しないなら、来るべきではない」と。

その女性教師は、結構有名な人だったらしく、
あとで他の中国人の先生にこのエピソードを話したら、
「ああ、彼女は、すごく共産党だからね」と軽く言われた。
そして彼女も次の学期は留学生のクラスを受け持つことはなかったので、
その後、構内でたまにすれ違う以外は会うこともなかった。
今日、ふとそのときのことを思い出した。

いまから振り返ると、どれだけ噛み合ない会話をしたのか、よくわかる。
これも若気のいたり。
それにしても、中国に着いてそうそう、新しい外国人だらけのクラスで、
よくもまあ、不自由な中国語を駆使して発言したものだ。その点は自分をほめる。

満ちてくる

2010-10-19 23:46:33 | Weblog
ラフマニノフの「交響的舞曲」を聞いている。
CDラックに10年くらい鎮座していたのだけど、
伝記を読んだ影響で、久しぶりに聞いてみる気になった。

霧が立ちこめた湖のほとりに立っているような気分だ。

当時の一部の評論家が書いたように、
細部にこだわったら、何か他の曲の真似に聞こえるかもしれない。
でも、私はラフマニノフのフィルターが好き。
どこかで受けた影響が、
彼なりの美意識によって再構築されているから、好きなんだ。

なんでだろう。
全然関係ないのに、急にヒッチコックの「レベッカ」が観たくなった。
バレエのジゼルもいい。

チャイコフスキーの姿がちらりと見えて、
リムスキー・コルサコフの後ろ姿がのぞいた。

なにかが満ちてくる。

やばい、このままだと眠れなくなる。

好きな写真

2010-10-19 20:11:33 | Weblog
ある画家さんに、約40年前、アフガニスタンに訪れたときの写真を見せてもらった。
「写真の色はウソをつくから」ということで、ほとんどがモノクロの写真の記録だった。

バザールや馬に乗った男たちのお祭り。町の遠景。
荷物を運ぶラクダやロバ。
モスクでお祈りしているところの写真がなかったのは、
きっと彼らの祈りに対して敬意を表したからだろう。

すごく豊かでゆったりとした時間が流れていた。
確かに日本と比べたら、粗末な家かもしれない。
でも、とても美しい土地だった。

いい写真、好きな写真が多かった。
見ているうちに時間を忘れた。
なんでこんなに引き込まれるのか、と思って、ふと気がついた。

写真の中には、必ず人がいた。
現地の人が着ている服は、粗末なものが多い。
馬に乗っているうちに裾がほつれてしまった上着や、
砂ぼこりにまみれているようなターバン。
そして、抜けるような白目と大きな黒目で真っ正面から見つめる瞳。
本気で馬を駆り、お祭りに興じる人々。
小さくても、どこかに必ず人間がいた。
大地と一緒に生きる人々が写されていた。

この人は、人間が好きなんだな。
人間に興味があるんだな。

そう思ったときに、私もそうだ、同じだ、と思った。
外国に行ったら、バザールとか八百屋とか肉屋に行く。
日本では便宜上スーパーを利用しているけれど、
本来はもっと雑多なバザールが、市場が好きだ。
誰から何を買うのかがはっきりしている、そんな取引が好きだ。

まだ、デジカメがない時代、フィルムで撮る以上、
タイミングも構図も、しっかり狙っている。
その瞬間にこめられた躍動がダイレクトに伝わってきた。
その画家さんの絵画を見たことはないのだけど、
写真を見ているうちに、ぜひ絵画も見てみたいと思った。

伝記 ラフマニノフ

2010-10-18 20:47:39 | Weblog
ニコライ・バジャーノフ著、小林久枝訳、音楽之友社

小さいころから読書は大好きだったけれど、苦手だったジャンルがある。
それは、伝記。

女の子に「わたし、看護婦さんになるの」といわせるナイチンゲールも、
男の子に「将来は発明王になる」といわせるエジソンも、
いろいろと伝記は読んだけど、ほとんど「読まされた」。
ついでに、小公子・小公女も苦手だった。

だから、ラフマニノフの伝記を買ったはいいけど、
なかなか読み始められなかった。
幼いころラフマニノフの音楽が好きになって、この人の曲を聞くために生まれてきたと思って、
私の一部となって生きてくれて、そしてずっと、もっと知りたいと思っているラフマニノフの世界。

この伝記の素晴らしいところは、
ラフマニノフが、音楽に向かう姿勢やその必然性を描いてはいるけれど、
その音楽については、言葉で多くを語っていないことだ。
この本を読む人ならば、すでにその心にラフマニノフがいる。
そのイメージをくずさないように、ラフマニノフ本人に対してだけでなく、
読者に対する、ラフマニノフのファンに対する限りない誠意が伝わってくる。
まったくもって、「私があなたに、ラフマニノフの魅力を教えてあげよう」なんて思っていない。
伝記としては、第一級だと思う。

だからこそ、読んでいると頭の中にはラフマニノフの曲がなりだす。
そして、そのあと、ごそごそとアルバムを取り出し、
長い間、聞いていなかった普段のお気に入りではない曲も聞いてみるか、という気にさせる。

今日は、久しぶりにヴァン・クライバーンの演奏を聞くことにした。
ピアノ協奏曲第3番。クライバーンに、ひたむきに弾いてほしい。

17時すぎ、会社のお使いで外に出たときに見えた夕焼け。
秋の空だ。

介護について

2010-10-17 19:42:26 | Weblog
会社と会社の最寄駅の間で、よく訪問介護の車に出会う。
先日、寝たきりの人をお風呂に入れるための車が停まっていて、
横を通り過ぎたときに、むかしよく嗅いだにおいがした。

寝たきりだった母の病院に充満していたにおいで、
たぶん体臭と排泄物の混ざったにおいだったのだと思う。

ふと、すごく悲しい気持ちになった。
私はそのにおいがとても苦手で、丸一日、母のそばにいた日には、
自分にもうつってしまったのではないかと、すごく気になった。

いまの介護保険制度が始まったとき、母と私の環境が一変した。
病院は基準介護から完全看護になり、
それまで家政婦さんにお願いしていた母の身の回りのお世話は、
病院にお任せすることになった。
それまでは、家政婦さんに対して、母の体質や好みを言って、
可能な範囲で、そのワガママをきいてもらえるようにお願いすることもできた。
でも、病院に一括だと、それはできない。
確かに介護の人は一生懸命にやってくれるのだけど、個人的な繋がりは消えた。

お金の事情も変わった。
制度が始まる前に比べて支給されるお金は減り、
そのかわりにサービスを現物支給してもらえることになった。
でも、病院で寝たきりの意識のない人が利用できるサービスなどない。
お金がもらえていたころは、スキンクリームや歯ブラシなど、
少し工夫する余裕があったけれども、カツカツでそれも厳しくなった。
母は自宅から遠い病院に入院していたので、私の交通費で赤字になった。

動ける人が動けるままでいるための介護福祉は必要だと思う。
それに、サービスを受けるかたちにしておけば、雇用も増える。
でも、自由に使えるお金が減ると、制度を利用する側としては、
とても画一的な印象を受けることもあると思う。
特に、介護をしている人の逃げ場がより一層なくなる。
お金であれば使用方法を選ぶことができるけど、
サービスの現物支給だと選ぶことができなくなるから。

家政婦さんであれば、この一週間、母の機嫌はどうでしたか? という会話ができる。
でも、病院がシフトを組んでいる介護では、
お世話してくれる人との繋がりが希薄になって、そんな会話はなかなかできない。
そして、私はすごく孤独を感じたのだった。

病院がやるべき医療行為だから、痰の吸引さえ、やってはいけない。
でも、シフトで機械的に流されて行く介護・看護。
社会から隠蔽したい負の存在なら、いっそのこと延命するな、とすら思った。

そして私も、生理的に、母のにおいが嫌いだった。
あんなに好きだった母が、植物状態になり、
においを発するようになったからというだけで、
私は、子どもであるという役割から逃げたくなった。
私が「信じる」ことをできなくなったのは、たぶんあの時からだ。

それは、相手を「信じる」ということではなくて、自分を信じられないということ。
大好きな人でさえ、「不要だ」「見たくない」「会いたくない」と思ってしまった自分を
ゆるせないということ。

責任転嫁をするつもりはないけれど、
基準介護で家政婦さんにずっとお願いしていたら、
心の持っていきようが、もう少し違ったかもしれないと思う。
いまの病院は、もう少し違うのかもしれないけど。

必生 闘う仏教

2010-10-17 15:33:16 | Weblog
今日は読書三昧だ。
『必生(ひっせい) 闘う仏教』佐々井秀嶺著、集英社新書

これもツイッターで知った本。
インドで仏教復興運動を率いる日本人僧侶のお話だ。
とにかく「すげえ」人生。迫力が違う。
そして一途だ。その時々で対象は違ったようだけど、本当に一途。
アツい、を体現されていると思う。

ダライ・ラマ法王もすばらしいと思うのだけど、
そういった「エリート」ではなくて、
最底辺から仏僧となった人、という凄みを感じる。
でも、日本には、歴史上そんな仏僧が何人もいた。
とはいえ、いまの日本の仏僧にこんな人がいるなんて。

ヒンドゥー教徒から、仏教発祥の地である大菩提寺の管理権を取り戻そうとか、
カーストの最下層に生まれた非差別民衆と一緒に暮らそうとか、
とにかく、すごい。

マハトマ・ガンジーは映画のおかげで知っていたけれど、
1947年に独立したインドの法律から、カーストを撤廃したのは、
アンベードカル博士という人だとは知らなかった。

先日、テレビで、インドで最近仏教に改宗する人が増えていると報道していた。
ヒンドゥー教にはカーストがあり、生まれながらにして身分が決まってしまう。
最下層に生まれた人は、教育を受けるチャンスも少なく、就ける仕事も限られている。
でも、仏教ではみなが平等だから、子どものために仏教徒となる、と、
テレビのなかで生活苦に喘ぐお父さんは話していた。
私と同年なのに、ずっと老けて見えた。

この本を読むと、カーストを存続させたい人たちが、
仏教徒の家や村を襲ったりしているらしい。
法律としてカーストはなくなったけれど、人の心はそう簡単には変わらない。
差別は、差別する側にとっては美味なのだから。

また身近なところでいうと、
私が小さい頃によく訪れた高尾山の新たな魅力を知った。
久しぶりに、登ってみようと思う。ロープウエイは使わずに。