幸せアップ+α

TVを見ていることが多いし、いろいろ感じることがある。

「自分を動かす名言」つづき6

2016-05-10 17:21:46 | 

コメント欄は閉じておきます。

〈 家庭 〉

* 幸福な家庭はみな一様に似ているが、不幸な家庭は、いずれもさまざまに不幸である。  

レフ・トルストイ

* 愛は家庭から始まります。まず、家庭から始めてください。

やがて外へと愛の環が広がっていくでしょう。  マザー・テレサ

 

〈 時間 〉

* 「明日は、明日こそは」と、人はそれを慰める。この「明日」が彼を墓場に送り込むその日まで。  

イワン・ツルゲーネフ

* 過去のことは過去のことだといって片付けてしまえば、

それによって、我々は未来をも放棄してしまうことになる。  チャーチル

* 時の翼に乗って悲しみは飛び去る。  ラ・フォンテーヌ

 

〈 人生 〉

* 人生は将棋と同じで、よみの深い者が勝つ。  枡田幸三 棋士

* 人生は退屈すれば長く、充実すれば短い。  フリードリヒ・フォン・シラー

* 人生とは自転車のようなものだ。倒れないようにするには走らなければならない。  アインシュタイン

* 危険が身に迫った時、逃げ出すようでは駄目だ。かえって危険が二倍になる。

決然として立ち向かえば、危険は半分に減る。何事に出会っても、決して逃げるな。

W.チャーチル

* 若いうちに数回失敗することは有益である。 T.H.ハックスレー

 

〈 賭け事 〉

* 一文も賭けなければ、一文も儲からない。  英語のことわざ

* 薬があるからといって、毒を好んで飲むべきではない。  親鸞

* 勝たんと打つべからず。負けじと打つべきなり。  吉田兼好

 

〈 幸福と不幸 〉

ソ連は社会主義社会だったので、生活に必要な最低限の物資は

安価に提供されていた。

だが、常に入手できるのは黒パン、白パン、ジャガイモ、塩、マッチなどのみ。

それ以外の物資は欠乏しており、一般の商店で良質の肉や野菜を入手するのは

至難の業だった。

ルイノックと呼ばれる自由市場ではそれらが売られていたが、ひどく値段が高かった。

私は外交官だったので給与もよく、そこで買い物して生活することもできた。

だが、それではロシア人の気持ちが理解できないと考え、

基本的にルーブルだけで生活するようにした。

朝起きると、まず昼食、夕食をどうやって確保するか考える。

美味しい大衆食堂は行列が長い。マイナス15度の屋外で1時間待たされ、

10分で食事を終えるようなことになると、不幸な気持ちになる。

大衆食堂の食事の値段は国定価格でどこも同じ。

人気のある食堂を発見し、そこでよく食事をした。肉がひと切れ入った

ボルシチとカツレツを食べながら「ああ幸せだ」と感じたものだ。

モスクワにいると、1年に2回、強い幸福感を味わう。トイレットペーパーを購入したときだ。

ソ連ではトイレットペーパーが大変な欠乏品で、普通のロシア人は新聞紙で尻を拭いていた。

トイレットペーパーは紙専門店で半年に1回くらい入荷される。

その日は会社や役所を休んで行列にならぶ。

トイレットペーパーのロールに紙ひもを通し、タスキがけにした

「戦利品」を持ち帰るときの幸福感を今でも覚えている。

生活必需品の入手について悩まなくていい日本での暮らしを、私はとても幸福に感じている。

 

* おのぼりなされ。あるいはお下りなされ。同じことじゃよ。  ゲーテ

* 人間が幸福であるために避くべからざる条件は勤労である。  トルストイ

* 明日、なにをすべきか分からない人は不幸である。  M.ゴーリキー

 

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ソ連が社会主義社会の頃の生活は、平等をうたいながら平等とは

程遠い社会なのだろうと何となく分かっていたつもりでしたが、

佐藤優氏が暮らしていた時の話は驚きでした。良質の肉や野菜が高額では

健康な生活も難しい。トイレットペーパーの話も信じられませんね。

ソ連が崩壊しロシアになったけれど、今の生活はどのようなのでしょうか。



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