幸せアップ+α

TVを見ていることが多いし、いろいろ感じることがある。

ことわざ^^

2013-10-31 08:52:14 | 生活

時々、思い出す諺です。

「思い立ったが吉日」、「君子危うきに近寄らず」、「急がば回れ」などです。

息子に聞いてみたら「果報は寝て待て」って言っていた~

そういわれてみれば、そのように生きている~、まったく

私は打って出る半沢直樹のような人が良いのだけれど、それとはちょっと正反対のよう。

「急がば回れ」は、着実な方法だし。私は着実を好み、息子は妄想しているのか。

「果報は~」は、幸運は人力ではどうすることもできないから、あせらないで静かに時期のくるのを待て。

人力ではどうすることもできないことは多いけれどね。

次女に聞いてみた。

「ペンは剣よりも強し」

そして、スティーブ・ジョブズの言葉: 

「今日が人生最後の日だったら、今日やろうとしていることをやりたいと思うか?」 

以外に真面目な答えだった。シュールな所があるけれど・・・。

ジョン・レノンの言葉も言っていたけれど、検索したけれど、その言葉は見当たらなかった。

彼の言葉は、共感するものが多かった~。ジョブズのも!!

長女には今度、聞いてみよう。そんなこと、メールしても、決して返事は来ないだろうし。

もう、3人とも、ちっとも似ていないって思うこと多い。

皆さんも好きな言葉を教えてください~ 

 

 

 

 

コメント (4)

「ファミリーヒストリー」は、戦争で、しなくてもいい苦労の連続

2013-10-30 15:20:41 | TV番組

 最近、見たTVです。

ファミリーヒストリー「藤原紀香~中国の大地に誓った父の覚悟~」

 

紀香は、父が中国東北部満州で生まれたとは聞かされた。

しかし父は幼かったため、当時の記憶がない。父の家族はなぜ満州に渡ったのか。

取材を通じて新事実が明らかになる。

藤原紀香は、かつて父から、父が中国東北部満州で生まれ、

引き揚げの際に母と妹が亡くなったという事実を聞かされていた。

しかし、父は「それ以上のことは記憶にない」という。

以来、紀香は気になっていた。父の家族はなぜ満州に渡ったのか。

引き揚げの際、何が起きたのか。取材を通じて新事実が次々に明らかになる。

家族が暮らした家が見つかり、祖父母を知る人の証言を得られた。

紀香は、涙を抑えきれなかった。

 

紀香さんのお祖父さんは満州開拓者として満州に渡り、1度、日本に帰ってきて、お見合い結婚をして、

2人で満州へ帰っていった。大変な中でも幸せに暮らしていた。

そして、紀香さんのお父さんと妹が生まれた。

その当時、お祖父さん一家の隣に住んでいた女性がインタビューに答えていた。

お嫁さん(紀香さんの祖母)は、とても優しくしてくれて、自分のお姉さんのような存在だったと。

もう、92、3歳でしたが、お元気で、当時のことをよく覚えているそうです。

その後、戦争でソ連軍が攻めてきて、日本に逃れることになったが、

列車の線路が爆破されていて、途中、何日も歩いて駅までたどり着いた。

その間、銃撃されて亡くなった人や、栄養不良のため、病気で亡くなる人も多かった。

その時の生存者もインタビューに答えていました。皆、高齢者です。

歩いている途中で妹2歳が病気で亡くなり、駅にたどり着いた時、祖母も病気で亡くなった。

故郷・和歌山にたどり着いた時の様子を親戚の人が話していました。

祖父はボロボロになっていて、紀香さんのおとうさんは(3、4歳)ブルブル震えていたと。

祖父は満州のことを一切話さなかったので、紀香さんのお父さんは、

詳しいことは、このTVで知ったようでした。

満州で住んでいた場所へNHKの取材班が訪ねて行き、家のあった場所も見つけました。

紀香さんとお父さんは、そこへ必ず行こうと話し合っていました。

お祖父さんはお父さんに、常に前を見て生きることを教えたそうです。過去は問うなということでしょう。

お父さんは猛勉強して、現在、建築事務所を経営しています。

私も見ていて、涙、涙でした。戦争さえなければ、満州開拓団というものもなかったし、

戦争の罪深さをつくづく思い知らされました。

 

コメント (4)

「そして父になる」やっと、見に行けました

2013-10-29 07:01:25 | 映画

コメント欄は閉じておきます。

10月は、とっても予定が多かったので、映画を見に行く日がありませんでしたが、

「そして父になる」を、やっと見に行きました。

最近、終わりそうになる頃、見に行くことが多いかも。

最初、見る気満々でも、だんだんその気がなくなり、見ない映画も多いのですが、

これは、是非、スクリーンで見たいと思っていました。

見ようと思っていた人たちは、とっくに見ているでしょうし、空いていました。

映画の半ばくらいからは、涙を拭き拭き見ていました。

自然に涙が出て来てしまいます。

自分に置き換えて見てしまいます。もし、自分だったらどんな心情になるのだろうと・・・。

あちこちの国際映画祭で上映されたのですね。

(カンヌ、トロント、サン・セバスチャン、バンクーバー、釜山) 韓国では12月に公開されるそうです。

親子を描いているので、全世界で受け入れられる映画なのでしょう~!

福山さんの話:

「国が変わっても人種が変わっても、届くものは届くんだと。

しっかり届く作品はあるというのを目の当たりにすることができた。

だから、あまり決めつけずに『これがいい!』と感じた気持ちを

信じてやった方がいいなということを、あらためて感じました」

 

コメント

「ごちそうさん」楽しみに見ています~

2013-10-26 13:55:59 | ドラマ

コメント欄は閉じておきます。

朝ドラ「ごちそうさん」は、だんだん面白くなってきました。

189cm、174cm のビックカップル

 

ヒロインは食いしん坊~。

相手役の悠太郎@東出昌大はファション・モデル出身でカッコいい~。

今朝は、ヒロインめ以子@杏のお見合いでした。

お見合いの前日、め以子は悠太郎を好きなのですが、うまく伝えることができず、

夜、目が冴えて眠ることができません。悠太郎も、やはり眠ることができません。

見ていて、泣けてきました~。← 私って単純!?

お見合いのさ中に、め以子が、皆に謝って、その場から、立ち去り

悠太郎が大学のボート部の助っ人に行っている川堤に振袖姿で駆けつける。

(映画やドラマでよくあるシーン。ウエディングドレスが多いけれど・・・)

前半のクライマックス・シーンでしょう~。

「あまちゃん」より、私には面白いです。

Because, あまちゃんには東出昌大に匹敵する俳優がいなかった、って私の好みですが・・・。

俳優で見ている

 

コメント

横浜市・金沢文庫、金沢八景付近

2013-10-23 07:54:48 | 散策

コメント欄は閉じておきます。

昨日は中学時代の友人たち4人で横浜市・金沢文庫、金沢八景方面の散策をしました。

半年振りに会いました。以前は、数年に1度くらいに会っていたと思うのですが、

最近は、いつ会えなくなるかわからないで 良く会うようになりました。

台風が日本に近づいているので、曇り空でした。秋晴れなら、より良かったけれど。

2人は県外から2時間以上かけて、こちらまで来てくれました。

 

横浜市金沢区にある称名寺北条実時が創建した、

鎌倉文化の中心とも言える名刹です。

境内には鎌倉時代から残る金沢文庫があり、

今も鎌倉文化研究の中心的な役割をしています。

称名寺市民の森に囲まれた、境内に入ると都会の喧騒を忘れさせてくれます。

称名寺にはたくさんの国宝や重要文化財が残されていて、

その一部は境内にある神奈川県立金沢文庫で見ることができます。

写真はお借りしました。

春のお花見は日本情緒を体感できるでしょう~。

境内に入ると、鎌倉時代にタイムスリップしたような風景です

今はイチョウが少し色づいていました。

金沢文庫では特別展「東大寺」を開催していました。

 

最近は円安ということもあり、海外から日本を訪れる人々が増えています。

TVで彼らが浅草・浅草寺を観光している姿をよくみますが、

こちらの方が日本の歴史を感じられて良いのにって思いました。

浅草寺より、渋いですが・・・。都心からも電車で1時間かかりませんし、

近くの野島公園の展望台は、

 晴れた日には遠く丹沢、富士の山並みや房総半島を望むことができ、

平潟湾の夕照は昔と変わらない美しさを楽しむことができます。

 
旧伊藤博文金沢別邸は、初代内閣総理大臣を務めた伊藤博文公により、

明治31年(1898)に建てられた茅葺寄屋根の田舎風海浜別邸建築です。

平成18年(2006)11月、横浜市指定文化財に指定されましたが、

建物の老朽化が著しかったことから、平成19年(2007)、

現存しない部分を含め創建時の姿に復元することになり、

平成21年(2009)10月に庭園と併せて竣工しました。

 

写真

部屋からの眺めは、庭の先は海で、気持ちの良い別荘でした。

4年前から見学できるようになったのですね。

見学者も少なかったので、事務局の方がいろいろと説明してくれました。

伊藤博文の年表の中から、エピソートを話してくれ、

明治って面白い時代だと言っていました。

ここも、知る人ぞ知るという所でしょうか。

 

広重が金沢八景を描いています。

江戸時代はこのような風景だったのですね。

金沢八景から、シーサイドライン(モノレール)に乗って、

終点まで行き、海の景色を楽しみました。

コメント

コメント

コメント記入