林 住 記

寝言 うわごと のようなもの

湯冷め

2011-12-17 | 風に吹かれて

入浴シーンが見られると聞き、「こども動物公園」に駆けつけた。
湯船に43度のお湯を入れ始めるまで、寒い場所で15分も待たされた。

湯船にお湯が一杯になるまで15分もかかった。
大ねずみの分際で、柚子を何個も浮かべてもらうとは待遇がいい。

カピパラ一家の入浴シーンを15分間、いろいろ撮った。
かけ湯の心地良さを覚えたそうなので15分待っても、かけ湯をしなかった。

カピパラに似た青年はヒョウキンで、面白おかしく習性を説明してくれたけど、「閉園までお湯は流しときますからね」と言い訳し、行ってしまった。いい加減なカピパラである。

真夏には卒倒するほど暑かったが、初冬の比企丘陵の寒さは股引穿いてもまだ寒い。
デジカメでデバカメしに行った森生が、先に湯冷めしたようだ。

ハッ・ハッ・ハックショーン。
カピパラの入浴シーンを見ていて、セブンイレブンのおでんを思い出した。

111217


龍を探す

2011-12-16 | うわごと

絆も必要なので、年賀葉書を少しだけれどまだ出している。
来年は辰年、つまり龍の年だ。

毎年、町の百貨店にある正月飾りや郷土玩具を盗撮し、パソコンで加工したものを年賀葉書の挿絵にしている。
しかし、来年の龍にはろくな物がないね。全てがマンガチックで、あれじゃ虎の雲古だよ。
巳年や辰年などにょろにょろ系はほんとに困る。

で、河岸を変えて、ドラッグストアで見つけたものがこれだ。龍に似ていなくはない。
だが、これで出したら嵐を呼ぶだろうな。絆は細るだろうな。
どこかに具合のいい龍はいないだろうか。

111216B


ヒッグス粒子を考えた

2011-12-16 | うわごと

「ヒッグス粒子」が発見されるかもしれない、とか。
かもしれない段階であっても、相当おめでたいことであるらしい。

天声人語氏は3回読んで分かったようだ。
山田紳さんは既に「ヒッグス世界」に思いを馳せたらしい。いやはや。

    

「ヒッグス粒子の世界」に思いをはせると 地上のことは小せえ小せえ(山田紳画)▲

森生は何度読んでも、分からないものは分からないのであります。
ビッグバンもニュートリノもカミオカンデも、サッパリ、ゼンゼン、マイッタマイッタ、なんでありました。

来年のことさえ五里霧中なのに、過去百年以前のことなんぞ、もうどうでもよろし。
さはさりながら、野道を歩きながら「ヒッグス粒子」ってヤツはこんなもんだろか▼、と考えた。

違うだろうな。ノーベル賞は要らないよ。
今夜は寒くなりそうだ。

111216


たそがれ

2011-12-15 | 高麗便り

毎年なけなしの税金を投入し官民挙げて俗悪化させている巾着田を、本当は見たくない。



だが平日の黄昏時なら、畦道を疾走し広場や野原を埋めた車は立ち去り、ガラクタは薄暗がりに隠されるだろう。



予想とおりだった。但し、写ってしまったブザマなモノは極力切取っております。



税金を使ってもいいと思う。高麗の里の原風景を再現するならば。

このヘンで止めとけば無難ですが、以下は醜い巾着田です。



111215B 


道草

2011-12-15 | 高麗便り

巾着田へ行くといっても真っ直ぐには行けぬ。


彩り豊かな周りの山並みや、冬が忍び寄る野原に気が散ってしょうがない。

平日の西武電車高麗駅前には、人っ子二人しかいなかった。


町外れ。遠くもない道を行きつ戻りつ、釣瓶落としの日が暮れる。

巾着田の入口、高麗川に築いた鹿台堰に辿り着く頃には、夕日は多峰主山に沈みかけていた。

続きを急がなくちゃ。

111215A 


秋の林ライス

2011-12-14 | 高麗便り

日射しはさんさん。遅い昼飯は病院の最上階にある三ツ星れすとらんへ。


秋の林から林へと林伝いに、降りつもる落葉の絨毯をさくさくと踏み分けながら行った。


銀杏は黄金色の葉を振り落とし、山々の秋が一層身近になった。


今日の職員定食は落葉色した「はやしライス」である。不味いわけがないよ。

このまま家に帰るのは勿体無い。道草しながら巾着田へ。

撮影は12月12日でした。

111214B 


おきなわからすうり

2011-12-14 | 庭いじり

細工物のように見えるけれど、蔓植物「おきなわからすうり」の実だ。
始めは緑色で、だんだん赤くなるとか。
匠さんの奥さまから頂いた。

まだ一般的な園芸植物ではないようで、ネット上に栽培法があまり見当たらない。
でも種を蒔くだけでゴーヤーのように逞しく成長し、あっと言う間に他の植物を覆い尽くしてしまう由。
「だから庭には植えないほうがいいよ」と匠さんは言っていた。

 

さぁて、どうしようか。
とりあえず春まで飾っておこう。

111214A


カラスたちよ

2011-12-13 | 先輩のお言葉

奈良市内のマンションで、独り暮らしをする中田恵美子さん80歳の思いついた言葉である。

   からすたちよ、窓辺に集まって騒ぎ立てておくれ

   みんなに知らせておくれ

   私が腐乱死体になるまえに

   みごとに独りになりました

   3人も子供を産んだのに

幼時、母を亡くし養父母の元で育った。
23歳で見合い結婚。夫の暴力と女性問題に悩まされたが、食うために耐えた。
独り暮らしは「氷河期と戦国時代の後の平安時代」だという。

   転んで腕を脱臼して入院した3ヶ月の病院生活は湯治みたいだった。

   もしかして私、不幸やったのかな。

   死ぬのは怖くない。看取って欲しいなんてとんでもないが、発見されるまで時間がかかって迷惑かけたくない。

以上、朝日新聞12月10日朝刊「孤族の国・第4部 女たち 2」からです。

111213B


腕前

2011-12-13 | 色めがね

 

荻窪駅近くで開催された、名山・端川両氏ほか大勢の水彩画展である。
3年前よりも明らかに腕前が上がったようだ。

この会には描き方を指導する人がおらず、会員が楽しみながら自己流でてんでに切磋琢磨している由。
そういうのいいですね。

  森生は以前、書道の通信教育に挑戦したことがある。
  通信教育の仕組みはなかなか優れていて、何かとカネを徴収されることになっていた。

  そんなことは相手だって商売だから構わないが、お手本を写して本部に送付すると、直ぐ赤字で直されて返ってくる。
  お手本どおりにキッチリ転写しないとダメなんですね。
  そんなばかばかしいことやってらんないよ、と高い授業料を前払いし道具を揃えたけれど止めてしまった。

で、会員のみなさんの作品の中から不肖森生が気に入ったものを展示します。
額縁のガラスに影が映るなど、ホンモノの価値を大分損なっているけれど、そこはそれご愛嬌。
デジカメの腕前、来年は上げておきますのでご勘弁願いますね。

上から、尾瀬1・2
民家園を行く・深大寺山門・春を待つ奥日光・開拓往時の駅逓所・伊那の里から仙丈岳・太海海岸・大悲願寺山門

作品の周囲を少し切り取り、横幅を揃えるために大きい絵は縮小してあります。

会期は終了しております。
写真をなんとかホンモノに近付けようと弄っているうちに、日数が経過しました

111213A


肖像写真

2011-12-12 | 林住期

同期会にはデジカメを持ってゆかなかった。
幹事でもあるし、昨年の同期会で撮った写真が、あまり好評ではなかったからである。

森生としてはいずれ必要になる葬儀用肖像写真として、パソコンを使い集合写真を一生懸命になって分離し、顔色に修正を加えたが、それが却って仇になったのである。

つまり、薄々自覚していた老醜の実態が、出来上がった肖像写真に歴然として現れたのである。
ご同輩にしてみれば、見たくないものを見せられてしまったのである。

きっとご同輩の葬儀では、何十年も前の全盛期の写真を中央に飾ってあるに違いない。
ま、お互い、どっちが先になるかが問題だけれども......。

  実は、かくいう森生自身もド・アップの写真を撮られたくない。
  光線に気を配り、息を止め、精一杯目を見開き、口角を持ち上げなくてはならないんだよ。

  だから、
こっそり撮らないでね。

   111212B


新しいカレンダー

2011-12-12 | 林住期

同期会は特に問題もなく終わった。今回は13人が出席してくれた。
ロシア料理の分量が少し増えたようだ。味はもちろん「ハラショー」だった。
アルコールは多からず少なからず。飲食とも相棒の呑み助君が店と交渉した成果だ。

今年は信州から珍しい人が出席した。定年退職後ふるさとに帰り、今では地元の名士らしい。
珍人は今住んでる伊那のかんてんぱぱ製の綺麗なカレンダーを全員に配ってくれた。
最近いいカレンダーがなかなか手に入らない。ステキなお土産が嬉しい。(「かんてんぱぱ」ってなんだろう)

西武線沿線にいる仲間だけで忘年会をやろう、ということになった。
帰りの電車で、もう一つ昼間に集まろうということにもなった。みんなヒマを持て余してる。ブログでもやればいいのに。

この一年でまた一人亡くなった。
少なくとも新しいカレンダーが終わるまでは生きてやろう、と決意を新たにした夜だった。
決して大袈裟ではない。

「かんてんぱぱ」は伊那食品工業の愛称でした。
塚越会長が撮ったいい写真が沢山あります。いちばん上の写真はそこから借用し、加工しました。
ごちそうさま。ありがとう。





この記事は「肖像写真」に続きます。
この記事の中にある「昼間の会合」は、前後が逆転しましたが「昼間の酒」をどうぞ。

111212A


年末大掃除

2011-12-11 | 高麗便り

自治会の指示により、団地内の大掃除が行われた。年3~4回行う年中行事である。
夏場や鶏じじいならいいけれど、この寒い時期に朝8時からとは誠にツライ話。

寒くて起きる自信がないので、前の日に「できるだけでも」と一人で掃除を始めた。
同じ事情か、誘ったわけでもないのに二人が加わり、わが班の受け持ち分の大掃除は済んじゃったよ。

実はいくら丁寧に掃いたって、枯葉はまだ幾らでも飛んでくる。雑木林からなら風流だけれど、近所迷惑に気付かぬお宅の葛や薄には腹が立つ。そういうお宅に限ってセコム印を付け、玄関周りだけは綺麗なんだね。

玄関前の道路掃除は誰に指図されなくても、自発的にするのが当たり前。家の裏側だってそうだぜ。
大掃除に参加しないお宅は時間が早かろうが遅かろうが、いつだって参加しない。一体何様だ、ってんだ。

寒くても掃除をすると身体が温まる。暖房費の節約、運動不足の解消、高血圧の正常化、といい事づくめのはず。
だが、こんなことを考えながらやってるから、血圧は高いままなんだ。

111211


2011-12-10 | 遠い雲

朝、障子を開けると雪が降っていた。
こんなに早い初雪は記憶にない。

    雪が降ってきた ほんの少しだけれど

    私の胸の中に 積りそうな雪だった

                        .........「白い想い出」より。

小学生の頃は、温暖な湘南地方でもずいぶん寒かった。
そうして大晦日近くになると、雪が舞うことがあった。雪が降る前は、不思議に寒さが和らいだ。

灰色の空から仄暗い庭に雪がちらつき始めると、とにかく嬉しかった。
そんな日に、牡丹の植込みの中にある井戸の前で、叔母さんに叱られたことがある。

理由は覚えていない。
普段は優しい叔母さんは、父の妹の、きつい美人姉妹の中で、一番綺麗だった。

数年前の母の法事の後、老人ホームで会った叔母さんは、なにもかも忘れた綺麗なお婆さんになっていた。
いま、兄の厳重な管理下におかれ、少なくなった甥や姪はおいそれと見舞うことができない。

叔母さんがいる鎌倉山にも、雪は降っただろうか。
明るい日差しは先の先である。

111210


・の色はうつりにけりな

2011-12-09 | 風に吹かれて

 

御岳山ハイキング写真を届けようとして、隣町坂戸に住む匠さんちに電話した。
「来てもいいけど、ウチの庭より能仁寺の紅葉が見事だから、そっちへ行けば」、と匠さんに言われた。
朝早く奥方と連れ立って行き、感動したそうである。(チクショウめ)

「うぬ、先を越されたワイ、こうしちゃおれん」、と軽で駆けつけたら、門前は大渋滞。
隣の町だから地理に詳しいので、狭い脇道を3方向から攻めたが、全部ダメ。

「これじゃぁ日が暮れるわ、明日来よう」、と引き返し猫額亭に戻った。
車なぞ使わず山伝いに天覧山を越えて行けばよかったのである。

今日、また車で能仁寺へ行った。今日の明日は何故今日になるのかを考えつつ。

流石に平日の今日は空いていた。しかるに、山門を潜りて見ればこはいかに!
紅葉は僅か一日で色褪せ、多くは地に落ち、縮れて、シルバー人材さんたちに掃き集められてしまった。


                         ・ 花の色はうつりにけりないたづらに わが身世にふるながめせしまに ・

まぁ違うけど、最近は小町婆さんと同じような気分だったので、花を葉っぱに変えればいいや。
だが
手ぶらで引き返しては男が廃る。身体折り曲げ植栽に立入り、残んの色香のみ撮って参りました。
もとイロ男は疲れるねぇ。

で、これらの写真は飯能市天覧山下「武陽山能仁寺」の秋色です。来年はガンバリまする。



なお、写真は12月5日夕方に撮りました。だから明日の土曜日は完全に手遅れでしょうね。

     ・ 見渡せば花も紅葉もなかりけり 鄙のみ寺の秋の夕暮れ ・
                                        .......... 森生

                                            ということに明日はなってるはず。

下の記事「もみじ天麩羅」に続きます▼

111209A


もみじの天麩羅

2011-12-09 | 拍手

 手前から紅葉、小菊、むかごの天麩羅。

御岳山ハイキングの記念写真を携え、能仁寺の残念もみじを報告するために、坂戸の匠さん宅を訪問した。
匠さんは令夫人と共に森生を暖かく歓迎してくれ、お昼を振舞って下さった。

 朴葉味噌。

ご馳走は、生まれて初めてのもみじの天麩羅とむかごの天麩羅である。もみじは能仁寺で拾ったもの、とか。
他に熱々の朴葉味噌ときりたんぽ汁も、食後のクラッカーに載せた林檎と杏ジャムも、夫人の手作りだった。
どれもこれも凄く美味く、きりたんぽ汁は大きな汁椀に三杯もおかわりをした。今になると、凄く恥ずかしい。

 柚子の大根巻き。

匠さんは定年退職後本格的に木工を修行し、昨年は洋風箪笥で大きな賞を獲得した。過去記事でその念入りな仕事ぶりを報告しております。(「工房訪問」・「贈る形見」)
夫人は料理だけでなく、創作人形や室内や屋外の飾り物もお得意。以前はピアノの先生だったらしい。

箸置きは白い山茶花。

今後、ご迷惑ながら「林住記」に時々登場して頂きますので、お二人の肖像写真をご紹介しておきます。
あ、お断りしますが、夫人は車を駆って楚々としながら東奔西走しているやに憶測しました。
匠さんはそのまんま。夫人は魔女の形態ではなく行動模写です。勘違いしないでね。

                    夫人は東奔西走。
    それをにこにこ見守る匠さん。

へ~、と驚くステキなお土産を頂きました。
別の記事で見せびらかしますね。

111209B