林 住 記

寝言 うわごと のようなもの

緑なすはこべは萌えず

2008-01-22 | 歌の翼に

雪は降らなかったけれど「雪の降る町を」を口ずさんでいる。
この歌を作曲した中田喜直は、生前、詩の大切さを語りました。

  サザンの桑田クンの旋律は、とても美しい。
  でも、日本語の扱いが極めてぞんざいで、残念です。

と。全く同感ですね。

雪の降る町は「みどりなす春の日」の「みどりなす」がいい。
そこで、緑なす・緑なす・・・と呟いていたら、

  みどりなすはこべは萌えず 若草も敷くによしなし

を思い出した。
これは島崎藤村の有名な「小諸なる古城のほとり」の一部です。

これに「千曲川旅情のうた」を加え、弘田龍太郎が作曲。
8分を超える長さと、歌詞が古風なので、今は殆ど歌われない。
でも忘れ去るのは勿体無い音楽遺産です。

手許にある古いレコードでは奥田良三が歌っている。
奥田のベルカント唱法は、管弦楽伴奏を従えながら、
藤原義江のように調子ッ外れに聞こえ、実は好みではない。

だが、詩と旋律が断然良いので紹介します。
声に出して読みたい、歌うような美しい日本語遺産です。

  千曲川旅情のうた

  小諸なる 古城のほとり
  雲白く 遊子悲しむ
  緑なす はこべは萌えず
  若草も 敷くによしなし
  しろがねの 衾の岸辺
  日に溶けて 淡雪流る

  あたたかき 光はあれど
  野に満つる 香りも知らず
  浅くのみ 春は霞みて
  麦の色 わづかに青し
  旅人の 群はいくつか
  畑中の 道を急ぎぬ

  暮れ行けば 浅間も見えず
  歌悲し 佐久の草笛
  千曲川 いざよふ波の
  岸近き 宿にのぼりつ
  濁り酒 濁れる飲みて
  草枕 しばし慰む

   昨日またかくてありけり
   今日もまたかくてありなむ
   この命なにをあくせく
   明日をのみ思ひわづらふ

   いくたびか栄枯の夢の
   燃え残る谷に下りて
   河波のいざよふ見れば
   砂まじり水巻き帰る
   嗚呼古城なにをか語り
   岸の波なにをか答ふ
   過にし世を静かに思へ
   百年もきのふのごとし

  千曲川 柳霞みて
  春浅く 水流れたり
  ただひとり 岩をめぐりて
  この岸に 愁をつなぐ

    

昔は島崎藤村は青少年の必需品だった。
人前で口には出さないけれど、

  まだ上げ初めし前髪の
  林檎の下に見えしとき
  前に挿したる花櫛の
  花ある君と思いけり

くらいはコッソリ覚えていたものだ。
これは有名な詩「初恋」の導入部です。

森男も一時、藤村に入れ込み馬篭に行ったことがある。



その後滅茶苦茶に慌しい会社に入社。
名作「夜明け前」は年を重ね落ち着いたら読むつもりだった。

今はあの頃に較べたら滅茶苦茶に落ち着いている。
しかし視力体力気力がすっかり衰えてしまい「日没前」。
結局、代表作はまだ読んでいない。

この岸に愁を繋ぐ か.....。

奥田良三の歌唱では、段落部分が「朗吟」になります。
藤原義江は直木賞小説「漂白者のアリア」が面白い。ウィキだけでもご一読を。
▲挿絵は安野光雅/いわさきちひろ画。
               



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