代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探りたい。

クルーグマンの貿易理論について一言

2008年10月14日 | 新古典派経済学批判
 ポール・クルーグマンが「スウェーデン銀行賞」を受賞した。ちなみにスウェーデン銀行賞は、俗にノーベル経済学賞と呼ばれているが、アルフレッド・ノーベルとは無縁である。まさに「銀行賞」という名にふさわしい、金融業界の、金融業界による、金融業界が世界を支配するための賞といってよいものだった(少なくとも以前は)。
 
 今回の受賞の理由となったクルーグマンの貿易理論は、貿易に収穫逓増の現実と経済地理学の要素を組み込んだもので、反新古典派の立場の貿易理論である。ところが驚いたことに、日本のマスコミはクルーグマンの理論について、「自由貿易の理論を提示」などと解説していた。自由貿易に対する信仰ゆえに事実を捻じ曲げることをいとわない、日本のマスコミの、あまりの愚かさに頭がクラクラする。

 クルーグマンの理論のオリジナルは、伝統的な自由貿易論を否定し、国家の介入による戦略的貿易政策を肯定する理論である。
 新古典派は収穫逓減という間違った前提のもとに、比較優位性にもとづく国際分業体制で国際収支は均衡するという間違った帰結を「証明」している。現実の国際貿易が均衡していないことは、周知のとおりである。新古典派経済学の最大の誤りは、収穫逓減という誤った仮定のもとに、現実には存在しない「均衡」を導き出していることだ。経済学に収穫逓増を持ち込んだとたん、新古典派の理論はすべて瓦解する。そして収穫逓増理論にスウェーデン銀行賞が贈られるのは、これがはじめてのことだ。新古典派の時代の終焉を象徴する出来事といえるのかも知れない。

 収穫逓増の貿易理論は国際収支が均衡しない理由を説明するし、政府介入を正当化する。クルーグマンの理論は、そもそもは伝統的な新古典派の「比較優位論」を否定する、複雑系の貿易理論の端緒となる反自由貿易論だった。新古典派的な比較優位論を打ち崩す内容のものなのだ。

 ところが、クルーグマン本人は、いったんは収穫逓増理論で新古典派の比較優位論を崩し、複雑系の理論に足を踏み入れ始めたかに見えたが、その後、反転して保守化した。1990年代の半ばごろから、収穫逓増の研究を打ち止め、「比較優位論はたいへん美しい理論であり、ただ経済学者だけが理解できるようである」などと述べたりするなど、態度を豹変させたのである。

 おそらくクルーグマンは、新古典派貿易論の枠組みを崩すことで、経済学会から孤立したり、政府から煙たがられたり、スウェーデン銀行賞から遠ざかったりしてしまうのをおそれたのであろう。まあ、平気でこのような「転向」をするのだから、基本的にクルーグマンなんてろくな経済学者じゃない。

 ところが皮肉にも、今回の受賞は、クルーグマン本人が怖くなって研究を打ち止めたところの、比較優位論を否定する収穫逓増の経済地理学的貿易理論だったのである。なかなか笑える話である。
 
 国際的な自由貿易体制が崩れかかっているこの現状で、反新古典派の貿易理論に賞が贈られたことは、時代の要請だろう。国際エリート層が、今後の世界経済体制は自由放任の市場原理主義と決別しなければならないという意志を持つにいたったという事実を反映しているのだろう。

 ちなみに、この領域においてクルーグマン本人の独創性など微々たるものである。本来、賞を贈られるべき人々は他にいる。

 反新古典派の収穫逓増の経済理論(進化経済学・複雑系の経済学と呼ばれる)に賞を評価するのだとしたら、その分野を切り開いたブライアン・アーサー氏に贈るべきであろう。また経済地理学から空間経済学という新領域を切り開いた日本の藤田昌久氏にも贈るべきであろう。クルーグマンの理論は、収穫逓増の問題に関しては、アーサーの二番煎じだし、経済地理学や偶然性に基づく産業立地の点に関しては藤田理論の二番煎じだからだ。

 ちなみに、収穫逓増の前提に立つ経済地理学的な貿易理論の成果をわかりやすく解説した教科書に、The Spatial Economy(MIT press, 2001)があるが、著者は藤田昌久、ポール・クルーグマン、アンソニー・ベナブルスの三氏で、ファースト・オーサーはクルーグマンではなく、藤田昌久氏である。この分野を切り開いたのは藤田氏なのだから当然だ。
 
 
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Unknown (ななし)
2008-10-14 19:30:25
まあ、そこまでお怒りにならなくてもいいじゃないですか。
私は彼の著作や言説を利用するつもりです。
彼はその著作の中で小泉・竹中改革を完全に否定して、日本の不況の原因は総需要の不足であると断定していましたよね。
彼が変節漢かどうかは私は気にしません。
強大な敵=新自由主義と闘う上で彼の言説と受賞を最大限に利用しようと思います。
敵(新自由主義者)は手段を問いませんからね。
竹中平蔵をはじめ彼らの言説が詭弁と嘘八百だらけなのはあなたも十分ご存知のはずです。
大衆を騙して世論を誘導する為なら手段を選んでませんからね。
彼等に対抗する為にはクルーグマン教授の著作と肩書が必要なんです。
そこのところを分かって下さい。
ななし様 (関)
2008-10-14 23:30:10
 いえ、これに関してはななし様とめずらしく意見が異なります。クルーグマンは、アメリカ経済に関しては、わりかし伝統的ケインジアンの路線にそった真っ当な意見を述べているようにもみえます。

 しかし彼が日本経済に要求してきたことはメチャクチャでした。他人の国だと思って、無責任なことを言いたい放題でした。しかも、彼の高圧的な要求ぶりは、まるで宗主国からやってきた行政官が、植民地の行政官に命令するが如しでした。

 要するに、「日銀が輪転機を回して紙幣を増刷し、日本国債を直接引き受けてインフレを起こせ」とマネタリストみたいな主張をし続けたのです。

 そんなことをしていれば、それこそハイパー・インフレになったと思います。インフレ・ターゲット論では、竹中とクルーグマンは同じ立場で、まさに「アホ」そのものでした。

 日銀は、竹中やクルーグマンの「インフレ要求」を断固として拒絶し、決して日本国債の直接引き受けをしませんでした。 
 私は、クルーグマンのアホなインフレ要求を拒絶し続けた日銀にこそノーベル経済学賞を授与したいです。

 この辺のクルーグマンのバカさ加減に関しては、リチャード・クー氏の『日本経済を襲う二つの波』(徳間書店)に詳しく書かれていますので、ご参照ください。

 基本的にクルーグマンは日本人をバカにしているとしか思えません。彼に権威など与えてしまえば、日本はますますアメリカに食い物にされてしまいます。
 
タイミング (Cru)
2008-10-14 23:44:27
今回の受賞はすばらしいタイミングでしたね。(笑)
いつ頃決まったんだろう。

クルーグマンが変節漢で「竹中とグル(笑)」だとは知りませんでした。
スティグリッツの政府発行通貨の話ならネットにちらほらありましたが…
門外漢の私は「クルーグマン教授の経済入門 」を楽しく読んだものでした。

門外漢なもので藤田先生というのを存じ上げないのですが、ノーベル財団のHPの"http://nobelprize.org/nobel_prizes/economics/laureates/2008/sci.html"
にはFujitaという名前が頻出してますね。

Important precursors to Krugman’s analysis were published by Abdel-Rahman (1988) and Fujita (1988), who developed models of location within an agglomeration based on Dixit-Stiglitz monopolistic competition and derived equilibrium patterns of location.
In these models, however, there is no agricultural sector and no migration across regions.

(と、書いてる一方で…)

real-world transport costs appear to be at least as high for agricultural goods as for manufactured products.
This would neutralize the home-market effect (Davis, 1998).
But Fujita, Krugman, and Venables (1999, Chapter 7) have shown that there are similar mechanisms in a world of transport costs in both sectors and differentiated agricultural products.
In such cases, a reduction in agricultural transport costs may trigger agglomeration

In other work, Krugman and several co-authors have bridged the gap between the new economic geography literature and the more traditional research in urban and regional economics (Fujita and Krugman, 1995, Fujita, Krugman and Venables, 1999, and Fujita, Krugman and Mori, 1999).
These contributions seek, among other things, to answer the fundamental question of where and when new cities emerge.
They emphasize how the land requirements of the agricultural sector interact with scale economies of the industrial sector.

(で、結語が…)

His monographs, co-authored with Helpman and with Fujita and Venables, demonstrate the richness of the new theories.
Cruさま (関)
2008-10-15 15:37:54
 ノーベル財団のホームページを見ても、「クルーグマンの業績」とされているものの多くは藤田昌久先生の研究に負っているか、共同でなされた成果ということがよくわかりますね。空間経済学の構築が受賞理由なのに、その分野の草分けである藤田先生が受賞対象とならないのは、どう考えてもおかしいです。クルーグマンなんて、半分は経済ジャーナリストみたいなことばかりしていて、ろくに研究もしていないのに…。

 ここで藤田先生がクローズアップされないで、クルーグマンばかりが権威を高めるというのはどう考えてもおかしいです。

 皆さん、クルーグマンの内政干渉には今後とも十分に注意しましょう。彼の言うことを聞きいれたりすれば、それこそ日本経済は滅ぼされかねません。
 
 ちなみに私ごとなのですが、私が以前『複雑適応系における熱帯林の再生』という本で、アジア経済研究所から途上国研究奨励賞という賞をいただいたときのアジア経済研究所の所長が藤田昌久先生でした。
 審査委員の中にいて、まったく異端のアプローチで、ふつうなら評価されないはずの私の研究を評価して下さったのが藤田先生でした。
 当時の私は極貧フリーター研究者でしたが、藤田先生に評価してもらって賞をいただいたおかげで、その後ようやく定職も得ることができたのでした(37歳でようやく)。藤田先生がいなかったら、私は今も漂う極貧フリーターだったのかも知れません。
ご教示感謝いたします (まろ)
2008-10-15 16:33:52
宇沢先生と同じ鳥取県の出身です。父の実家と宇沢先生の実家とはすぐ近くのようです。
 切れ味のいいフリードマン批判は溜飲が下がりました。

 閑話休題。

 受賞の報せを見て、本屋に行きましたらクルーグマン氏の本はなく、スティグリッツ氏の本を買いました。
 「ブッシュ批判」という部分に惹かれてクルーグマン氏に興味を持ったのですが、なるほど・・・でした。
 ご教示感謝いたします。
まろ様 (関)
2008-10-16 12:02:00
 はじめまして。コメントありがとうございました。もしスウェーデン銀行賞が、ノーベル経済学賞といわれるに等しい内容のものであったとしたら、宇沢先生なんか、もう30年も前に受賞していたはずです。
 あの賞が、米英が市場原理主義イデオロギーに権威を与えて世界に押し付けるための道具になってしまったために、資本主義を批判する宇沢先生に授与することなど決してできなくなってしまったのでした。
 
 けっきょく今でも、米英の世界経済支配を維持したいという戦略は不変なので、クルーグマンには出せても藤田先生には出せないのでしょう。アジア人経済学者に授与して権威を与えることは、米英からみればもっとも忌避すべきことなのでしょう。
 
 ちなみに、アジア人で唯一スウェーデン銀行賞を受賞したインドのアマルティア・センは、ロスチャイルドの娘と結婚しているのです(それがセンの三回目の結婚)。受賞を目的として、金融エリート支配層のインナー・サークルに近づこうとした政略の悪臭がプンプンします。
 センは魂をロスチャイルドに売ることによって、受賞を得たといえるのかも知れません。アジア人の面汚しです。
Unknown (モリー)
2008-10-16 20:48:56
私は、クルーグマンのアホなインフレ要求を拒絶し続けた日銀にこそノーベル経済学賞を授与したいです。


先生、それはやりすぎです。
日銀がゼロ金利と量的緩和をもっと早く止めていれば、今の世界経済の崩壊はもっと違ったものになっていたはずです。クルーグマンが最終的には日本国債の長期金利の上昇によりこの国を滅ぼそうとしていたとは思いますが。
モリーさま (関)
2008-10-16 23:22:14
 はじめまして。確かに、クルーグマンに対する怒りのあまり、日銀にリップサービスしすぎました。
 確かに、日銀がゼロ金利をもっと早く止めていれば、円キャリー・トレードなんかでアメリカに円を吸い取られ続けることもなく、日本の貧困もこれほど深刻になることもなかったのかも知れませんね。

 ちなみに、私は経済学についてはシロートなので、「先生」などではありませんが・・・。
そういえば (sugi)
2008-10-18 13:49:29
話しはずれますが、リカードの比較優位に基づく国際分業論について、槌田敦さんが「この理論は完全雇用が実現している時のみに、参加者全員にメリットをもたらすのであって、完全雇用が実現していない状態では、生産総体は極大化しても比較劣位の側に失業が輸出されるだけだ(教科書では、A国もB国も双方が取得する物財を極大化できる(国レベルまで止まっていて個人個人までは説明されない)と描かれている)。そして、現在の世界は途上国だけが関税障壁が取り払われている世界なのでなおさらのこと、今の「自由」貿易では、途上国へ失業(=貧困)が、押し付けられている」

てな本を出していました。感心したのですが、特にその主張が広まったり、取り上げられることもなく今まで来ているようですが、学問世界ではどのように反論されたのでしょうか。それとも反論もされず黙殺されたのでしょうか。
sugiさま (関)
2008-10-23 02:24:02
 槌田氏は経済学者でないので、彼が何を書こうが新古典派経済学者は基本的に無視でしょう。外野が騒いでも、学会の中に閉じこもっている人々には何の関係もないことですから。
 
 ちなみに、自由貿易が失業者を増やすという点に関しては、塩沢由典先生の以下の論文を参照ください。
数学的に証明しています。
http://www.shiozawa.net/keizaigaku_saishin/index.html

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