代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探りたい。

利益相反学者による費用対効果分析と数学の悪用について

2013年12月25日 | 利益相反 その傾向と対策
 昨日の記事の続報。本日の厚労省のワクチンの専門部会で子宮頸がんワクチン接種の勧奨再開は見送られることになったそうだ。「中止」の宣言を期待していたが、そこまでには至らなかった。しかし利権ロビイスト達の強力な干渉にも関わらず、勧奨再開という最悪の事態は見送られたことはせめてもの幸いであった。厚労省にもまだ良識は残っている。

 グラクソスミスクライン社の社員が、身分を隠してワクチンの効果を過大に見積もる論文を書き、それを根拠の一つとして厚労省がワクチンの提起接種を決めていたという利益相反問題について、時事通信が薬害オンブズパースン会議の次のような分析を伝えていた。問題の論文では、驚くべきことに1人につき5万円で年間300億円もかかるワクチン接種費用をゼロとして計算していたという。にわかには信じがたいほどの杜撰さである。引用する。

***時事ドットコムより引用(強調部分は私の判断)*****

http://www.jiji.com/jc/zc?k=201312/2013122500362&rel=y&g=soc

 子宮頸(けい)がんワクチンは医療費を削減する効果があるとの論文を、ワクチンを製造販売するグラクソ・スミスクラインの社員(退職)が身分を明かさずに発表していた問題で、薬害オンブズパースン会議(代表・鈴木利広弁護士)は25日、「自社に有利な結論を導いている」と批判する見解を発表した。
 同会議は問題の論文について、1人当たり約5万円の接種費用がかかるのにゼロとして計算しているほか、がんを防ぐ効果を過大に見込んでいると指摘した。
 厚生労働省は問題の論文を、ワクチンを定期接種対象とする際の根拠として用いていたため、同会議は定期接種の中止を要求。また、副作用の訴えを受けて中止された接種勧奨の再開を厚労省が検討していることについて、「断じて再開すべきでない」とした。(2013/12/25-12:19)

***引用終わり******

 この他、副反応ので苦しむ被害者たちの救済のための医療費も過小に見積もられているのだろう。
 問題の論文では、マルコフモデルという確率モデルが使われている。マルコフモデルは、費用対効果を過大に見せたいとき、難解な数式で素人をケムリに巻くのに好都合であるため、頻繁に使われるようだ。
 
 マルコフモデルと聞いて思い出したのが、この確率モデルを効果的に用いて、中南米諸国を債務危機に陥れるのに一役買ったジョン・パーキンスの次の文章である。パーキンスは、米国のNSAのスパイ(=エコノミック・ヒットマン)として、民間のコンサルタント会社に勤務していた。彼のミッションは、米国の投融資プロジェクトの費用対効果を過大に見積もることによって、発展途上国に返済不能な債務を貸し付けて債務奴隷にすること、それは結局のところその米国主導の一連の新自由主義政策を途上国に押し付けていくことを可能にするものだった。その際にもマルコフモデルが大活躍したという。パーキンス氏は、自著でその事実を暴露し懺悔している。

 ジョン・パーキンス著(古草秀子訳)『エコノミック・ヒットマン』(東洋経済、2007年)の173ページより引用する。

***引用開始*****

 ブルーノが、経済予測をするための画期的なアイデアを考え付いた。それは20世紀初頭のロシアの数学者マルコフの理論にもとづいた計量経済学モデルだった。そのモデルは、経済の特定セクターに関する成長予測に、ある程度の主観的な可能性を織り込むものだった。莫大な借金を抱えてもあまりある利益を得られるのだという主張の根拠として利用するには、それは理想的な道具に思えたので、ブルーのはそのコンセプトを試してみるように私に指示した。
 私はMITの若手数学者ナディプラム・プラサドを自分の部署に招いて、予算を与えた。半年のうちに、彼はマルコフ理論を計量経済モデルに発展させた。私は彼とともに、マルコフ理論をインフラ投資が経済発展にもたらす影響を予測するための画期的な方法として提供する、一連の専門的な論文を作成した。
 それはまさにわれわれが求めているものだった。絶対に返済できないほどの金額を発展途上国が背負うのを手助けするのは、それらの国々のために尽力することなのだと、科学的に「証明する」道具だ。そのうえ、高度な知識をもった計量経済学者でなければマルコフ理論の複雑さを理解したり、それがもたらす結果について質問したりすることはまず不可能だ。

***引用終わり*****

 こうしてパーキンスが開発した、費用対効果を過大に見積もるためのマルコフモデルの手法は、いまも便利な道具として使われ、子宮頸がんワクチンによる甚大な薬害を生み出しながら、グラクソスミスクライン社には巨万の富をもたらすのに貢献しているというわけである。
  
 モラルの低下した科学者たちによる、この種の数学の悪用は世界的な大問題である。
 私もこの間、ダムを造りたいがための国交省とその取り巻き学者たちによる数学悪用を見るにつけ、どう対処したらよいのかと頭を悩ませてきた。彼らの使う数学が、じつは国民の目をごまかすためにのみ考案され、その実態は虚構なのだと暴露しようと努力してきたが、マスコミもそれを理解できないので報道してくれず、そればかりかマスコミからは、「あいつらは分けのわからない議論ばかりして、単にプロジェクトを妨害しようとしているだけなのだ」と悪者にされてしまうのである。

 利益相反科学者たちによる数学の悪用問題にどう対処するか国民的議論が必要だと思う。河川工学分野における数学悪用の事例を書きたいが、これは書き始めると大変に長くなりそうなので、また稿をあらためて。
 
 


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4 コメント

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マルコフモデルの名誉のために (たんさいぼう影の会長)
2013-12-26 23:43:32
 マルコフモデル(マルコフ連鎖モンテカルロ法)の名誉のために言っておきますが、このモデルの事前確率分布として「無情報」を用いることもできますし、過去の実証的データからの予測を用いることもできます。そして、そういう使い方をしている限り、その信頼性は従来の頻度主義統計と大きく変わるところはありません。
 予断に基づいた偏った事前確率を設定した場合にのみ、主観に基づいた過大な(あるいは過小な)予測を導くことができます。
 もう1つは、マルコフ連鎖に基づくシミュレーションの際に、時系列相関があるデータの集団からランダムサンプリングを行った場合にも、誤った結論を恣意的に導くことができます。
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たんさいぼう影の会長さま ()
2013-12-27 14:51:07
 適切なフォローありがとうございました。
 数学というのは中立な道具。それを使う人間の心がけ次第で、真理を守護する役割も、悪の使途にもなり得るものだと思います。
 仮定がない限り数学モデルは作れない。その「仮定」に巧妙に恣意性をしのばせるのが利益相反学者たちの常だと思います。数学を使って「科学的偽装」を施した研究をいかにチェックするのか。とくに最近は学会全体で利権共同体を形成してしまっているケースが見られるので、中立的な外部者が学会全体の利益相反行為そのものをチェックする必要が生じていると思います。この問題、また意見交換できればうれしく存じます。
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やはりこちらも勉強して (たんさいぼう影の会長)
2013-12-27 23:00:04
こういう数学的欺瞞を衝くためには、やはりこちらも勉強をして、利益相反学者たちの論文で用いられているモデルの問題点をあげつらっていくしかないんですよね。
これは、あまり生産的な作業ではありません。しかし、多少は数学を扱える研究者に課せられた「責務」かもしれません。いずれ一緒にやってみますか。
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いいですね ()
2013-12-30 22:13:34
 すいません。こちらへの返信失念していました。

>いずれ一緒にやってみますか。

 ぜひぜひ。
 私は、経済学者の使っている数学がいかに恣意性をしのばせて非現実的な結論を導いているのか、一般向けに分かりやすく書きたいと思っています。本格的にやろうとするとだいぶ骨が折れそうですが・・・・。
 このブログを見ている出版社の方で、そうした企画に興味なかな~。
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