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映画「Uボート 最後の決断」〜”Laconia-Order"

2021-12-23 | 映画

映画「Uボート 最後の決断」In Enemy Hands、続きです。
前回タイトルの”Meningitis”は、「髄膜炎」のドイツ語です。

伝染性の死病である髄膜炎に罹患した副長が、
よりによって潜水艦に乗り込んでいたという設定が、
これまでの戦争映画にはなかった新機軸であるわけですが、
その副長はすでに戦闘のどさくさに亡くなってしまいました。

その後、Uボートの攻撃により「ソードフィッシュ」は海の藻屑に。
というのが前回までの話です。

爆発シーンの後闇が訪れ、それから急に画面が妙に明るくなりました。



画面は明るくなり、チーフが妻と過ごすサンクスギビングの映像が現れます。
おそらくこれは彼の妄想なのだろうと誰もが思うでしょう。

現実はこうでした。


彼らはU-821に捕獲され、捕虜になってしまったのです。
服を脱がされ、その格好で乗員の中を歩かされるという恥辱。

本日のタイトルは、その時の彼らの顔を描きました。
映画解説によると捕虜は8人ということでしたが、なぜか
写真が7枚しかなく、誰か一人書き損なってしまいました。
どちらにしても超脇役なので、まあいいや。


ともあれ、オハイオ級潜水艦でもどうかと思われる人数(8人)の捕虜を
Uボートに収容する、というこのシチュエーションが、
この映画の最も大きなツッコミどころです。


Uボート乗員もむろん全員がそう思っていて、艦長の決断を訝しんでいます。

まだ食料はあるから捕虜は補給船に移送する、と艦長は答えますが、
全く捕虜獲得の理由の説明になってません。
クレマーがダイレクトに「なぜ」と聞いても、返事は
「黙って君は補佐をしていろ」で話にならず。

艦長、大丈夫か?


ところで、Uボートの艦長室にはカール・デーニッツの写真が飾られています。

そのデーニッツはラコニア令(Laconia-Befehl)によって、
連合軍の生存者の救助を禁じる命令を出しています。

ここで映画からは外れますが、このラコニア令発令の原因となった
「ラコニア事件」について説明しておきます。

従来ドイツ海軍の艦艇は連合軍の沈没船の生存者を救出するのが通例でした。
しかし、1942年9月、大西洋西アフリカ沖で、沈没したRMSラコニア号の生存者を
救出したドイツ軍のU-156、U-506、U-507は、
連合軍兵士と多くの女性や子供が乗っていることを事前に伝え、
赤十字の旗を立てていたにもかかわらず、
米軍のBー24リベレーターの爆撃を受けたのです。

Uボートが救助した生存者は1,619名、攻撃で死亡したのは1,113名でした。

安導権を破った米軍のパイロットも指揮官も処罰や調査を受けず、
それどころか、B-24のパイロットたちは、U-156を撃沈したと誤って報告し、
その戦功に対し勲章を授与され、事件はなかったことにされました。

この事件後、デーニッツは「ラコニア令」を発令したのです。

沈没した船の生存者を救うために、救命ボートに乗せることや、
横倒しになった救命ボートを直すこと、食料や水を渡すことなど、
すべての努力を禁止する。

救助は、敵船と乗組員の破壊という戦争の

最も基本的な要求に反するものである。
船長と機関長の連行に関する命令は有効である。
生存者は、彼らの発言が船にとって重要である場合にのみ

救出されるべきである。

厳しくあれ。
我が都市を爆撃するとき、敵は
女性や子供を顧みないことを忘れてはならない。

戦後、ニュルンベルク裁判で、検察側はデーニッツを戦争犯罪に問うため
このラコニア命令を証拠にしようとしました。
しかし、そのために米軍の国際法無視の一般人殺害が明るみに出て、
アメリカは大恥をかくことになったとされています。

さらに、この映画の舞台は1943年の後半ということになっていまあす。
ということは、前年にデーニッツのラコニアオーダーは発令されており、
艦長のこの決定はその命令に背くことになるのです。

・・・アウトですね。





不思議なことはまだまだあって、捕虜は見張りなしで機関室に入れられ、
そこで見張りなしで自由に会話しているのです。

このとき一人の水兵が
「やつらはおれたちをユダヤ人みたいガス室に入れて殺すんだ!」
とパニクるのですが、これも大間違い。
ユダヤ人強制収容所のことが明らかになったのはすべて戦後のことで、
戦時中、ましてや一兵隊がこんなことを知っているはずがありません。



さらに、チーフが無理やり引っ張ってきた艦長の様子がおかしい。
キリッとして、チーフに頓珍漢な命令したかと思ったら倒れこんでしまいます。



これは・・・助けたチーフを恨んでいると見た。
これ以降、生存者は艦長はもうダメと見てチーフを最先任とみなし始めました。


敵を助けるつもりで引き入れたのだとしたら許さない、
という「反対派」最先鋒はクラウズ水兵です。

クレマー副長も全く納得していませんが、こちらもまたこちらで、
副長として兵を宥めなくてはならない中間管理職の辛い立場なのです。


捕虜だけにしてくれたのみならず、彼らにはちゃんとした食器に入った
ちゃんとした食事が出されました。
食事を持ってきたUボート乗員に、喧嘩っ早い機関兵曹が、
「失せろこのクラウト!」
(アメリカ人がドイツ人を罵るときの言葉。ザワークラウトから)
などと挑発しますが、彼らは命令されているので無視。

落ち着いて食べられるようにドアも閉めてくれるという気遣いぶりです。


艦長はチーフだけにそっと腕の内側の発疹を見せました。
なんと艦長も髄膜炎に罹患していたのです。
(それにもかかわらず、隣にくっついてご飯を食べるチーフ)


そこにクレマー副長がやってきて、最先任と話したい、と
完璧な発音の英語で言います。

まず、艦長はどうなった、という質問には、
「死んだ」
「艦とともに沈んだのか」
「そうだ」

実際は助かってそこにいるわけですが、
チーフは助からなかったことにして存在を隠しました。

艦長なら他の乗員より命の保障はされるはずですが、
何よりドイツ側に捕虜になったときに、
兵には分からないレベルの機密を尋問されることになります。

それに、「かつての艦長」はすでにここにはいない、というのは、
ある意味嘘ではないと言えないこともありませんし。

 

捕虜は二つのグループに分けられ、手錠で手を天井に拘束されます。
これも現実には馬鹿馬鹿しい設定としか言いようがありません。

二つに分けられたグループのうち、艦長のいるメンバーが
艦長の髄膜炎に気がつき、怯え出します。
排気パイプかなにかに鎖で縛って立ったまま捕虜が3昼夜過ごすうち、
隣に縛られた水兵の腕に発疹が現れました。

 
Uボート乗員もバタバタと倒れていきます。
艦内のあちこちから咳が聞こえてきます。
髄膜炎の怖いのは、頭痛などの症状が出てからすぐ死んでしまうことです。


しかも、補給を行う予定海域には船が来ていません。


そこにいるのはアメリカの駆逐艦だけ。


この今の状況で・・・・。
攻撃を躊躇う艦長に乗員の目が集中しました。
全員の命が彼の命令にかかっています。



艦長が選択したのは攻撃でした。


艦内の空気から、さすがは同業者、捕虜たちは魚雷攻撃が行われると察します。
「攻撃を何とかして止めなければ!」


この映画の「穴」は至るところにありますが、大人がぶら下がったら
簡単に折れる排水パイプに4人を縛っていること、
そんな彼らの近くで魚雷発射作業をすることなどはその最たるものです。


ほらね、あっという間に自由になった。
あとは看守を倒して鍵を奪うだけです。

しかも、艦内を知り尽くしているかのように、魚雷発射ボタンを勝手に押して、
(ペチコート作戦かよ)魚雷を無駄にしてしまうのです。


魚雷の爆発した飛沫でUSS「ローガン」はUボートに気づきました。
ちなみに「ローガン」は実在しますが、APA196の攻撃型輸送船です。
画面の駆逐艦は486の艦番号をつけていますが、この番号は
潜水艦のもので、USS「アイレット」SS-486のものです。

急速潜航をするUボート、乗員は
「人間バラストになるために全員が艦首に向かって走っていく」
というのを再現します。

これも「Uボート」リスペクトかな?



怒り心頭の副長はついついチーフに銃を突きつけてしまいますが、
チーフは冷静に、
「今撃ったら艦体に穴が開くぞ」
あー・・。水圧がね・・・。


駆逐艦から落とされる爆雷を待つ間、落ち着き払っている艦長。


かたやサリバン艦長は、爆雷のどさくさに起こった混乱で
部下を守って自分が銃弾を受けてしまいました。


「艦長が死んだ・・・」


Uボート乗員も、アメリカ軍が伝染病を持ち込んだことに気づきました。
チーフを呼びつけ、それが髄膜炎であると知ります。

身動きできない海底で、広がっていく恐ろしい伝染病。
米独サブマリナーたちは奇しくも「一つのボート」に乗り合わせ、
同じ運命を享受することになったのです。


アメリカ人捕虜が持ち込んだ伝染病が髄膜炎だと知り、
ヘルト艦長は、捕虜を含め生き残ったものに吸入器を使わせる決定をします。
海面では駆逐艦がいつまでも居座ってしつこく爆雷を落としてきます。
(いくら駆逐艦でもそんな暇じゃないと思うけど)


拘束されていた機関員のロマノが亡くなります。
しかし残念ながらこの俳優、ツヤッツヤの肌をしていて、
とても健康そうで、全然髄膜炎で亡くなるように見えません。

せめてもう少しメイクを頑張って欲しかった。



Uボート乗員も次々死んでいきます。
全滅したバンクの前で艦長は頭を抱えます。
頭抱えてんじゃねーよ。おめーのせいだ。


そこにまたしてもチーフの妄想上の妻が登場。
わたしはこの映画を面白かったとは言いましたが、秀作とは一言も言っていません。
こういう、妻を妄想するシーンなどは何もかも陳腐でうんざりしました。


いよいよ空気が乏しくなってきて、艦長は浮上を決断しました。
「下で死ぬか上で死ぬかだ。上ならまだ希望がある」


次の瞬間、Uボートはまるでワープしたかのように浮上しており、
ハッチの下で乗員が貪るように空気を吸っております。(手抜き)
このシーンも『Das Boot』リスペクトといえないこともありません。


さあ、伝染病にかかったアメリカ軍潜水艦乗員捕虜を乗せた結果、
病気はばらまかれるわ反乱を起こされて攻撃失敗するわ、
それこそだからいわんこっちゃないという状態になったUボート。

デーニッツの「人命救助禁止令」をご紹介してまで、
この艦長の決定は現実には1000%起こりえなかったことを説明しました。

映画としても、なぜそこまでして艦長が捕虜を乗せたのか、
それを観客に納得させる義務があるとすら思いますが、
今のところ、それは全く語られておりません。

なにか事件があったかというと、それは「ソードフィッシュ」攻撃前に
艦長の娘が爆撃によって死んだという知らせを受けたことですが、
そこまでショックなことがあったなら、むしろ逆に、
娘の命を奪った連合国の敵への復讐として海上の敵を掃射しそうなものです。

と、深く考えれば考えるほどこの艦長の決定はおかしい、
という結論にしかたどり着かないのですが・・・・・・。



捕虜に食事を運んできたUボート乗員(軍医)が、手元の写真を見て
「家族か?」と話しかけてきます。


互いに息子の名前まで披露しあって敵味方同士和んだのですが、


そこにクラウズがやってきて、写真を破り捨てました。
彼は艦長命令でトラヴァースを呼びにきたのです。



「君の部下は上の命令に忠実か?」
「そうだ」
「なら、もし私が上に立ったとしたら?」
「・・・・・・・?」

ヘルト艦長はトラヴァースチーフに何を提案しようとしているのでしょうか。

続く。



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2 Comments

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船乗りの遺伝子 (Unknown)
2021-12-23 12:49:27
>海面では駆逐艦がいつまでも居座ってしつこく爆雷を落としてきます。
(いくら駆逐艦でもそんな暇じゃないと思うけど)

これは対潜戦闘の基本で、潜水艦を撃沈したという確証を掴む(燃料油の流出とか、乗員の死体が浮いて来るのを確認する)まで、しつこく攻撃します。

>映画としても、なぜそこまでして艦長が捕虜を乗せたのか、それを観客に納得させる義務があるとすら思いますが、今のところ、それは全く語られておりません。

艦艇乗組員は、軍人である前に船乗りなので、たとえ上層部から捕虜を救助するなと厳命されていても、遭難者を救助するのは船乗りの遺伝子に刻まれていると思います。
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USS「ローガン」 (お節介船屋)
2021-12-23 13:20:59
艦影から「フレッチャー」級米駆逐艦で艦橋改造と射撃指揮装置上のレーダーがMK25に換装されているようで1950年代の姿と思われますがマストが3脚となっていないので前半と考えられます。

艦番号が486であればリバァモア級米駆逐艦「ランズタウン」となります。

参照海人社「世界の艦船」No496
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