喜ぶことがありました。いまアシュケナージ親子(ウラジミールとヴォフカ)が来日して2台ピアノのためのコンサートをあちこちでしていますが、先週から研究室に滞在している外国人のヴィジターを連れて、妻とともに大阪でのコンサートに行ったのです。実はヴォフカ・アシュケナージには20年ほど前、3ヶ月ほどレッスンに就いたことがあるので、公演後会えたらと思いました。サイン会でもあればと思って。
しかし何もなく、会場にはCD販売員以外にスタッフも見あたりません。後でわかったのですが、昔からウラジミール・アシュケナージは演奏会が終わったらのんびりせず、すぐ次の演奏の地に出発するらしいのです。さて、ひとり学生バイト風にも見える頼りなげな会場案内係がいたので、どうせわかりませんと言われると思いつつも、Vovkaの昔の知り合いだけど楽屋で挨拶できないかと訊いてみたのです。そしたら意外にもサッと携帯を取り出して連絡を取ってくれて、「どうぞ」となったのです。
知り合いとは言ったものの、20年前のことなのではたして覚えているか全く自身はありませんでした。しかし私を見るなりすぐ名字を呼んで、名前も四文字中三文字まで自力で言いあてた後、全部を思い出してくれました。それから話が弾みましたが、父親であるピアニストの巨星ウラジミールが来て退出をせかしました。初めて聞くその声は低いバリトンでした。そろそろtrainの時間が、とか言いつつも、ウラジミールもヴォフカもCDにサインしてくれました。(後で読んだそのCDの解説に「演奏会後飲みに行こうと言っても、アシュケナージはすぐ次の演奏の地に出発する、とイツァーク・パールマンがこぼしていた」とあったのです。)
久しぶりで子供のように喜びました。たまにはこんなこともあっていいですよね。
しかし何もなく、会場にはCD販売員以外にスタッフも見あたりません。後でわかったのですが、昔からウラジミール・アシュケナージは演奏会が終わったらのんびりせず、すぐ次の演奏の地に出発するらしいのです。さて、ひとり学生バイト風にも見える頼りなげな会場案内係がいたので、どうせわかりませんと言われると思いつつも、Vovkaの昔の知り合いだけど楽屋で挨拶できないかと訊いてみたのです。そしたら意外にもサッと携帯を取り出して連絡を取ってくれて、「どうぞ」となったのです。
知り合いとは言ったものの、20年前のことなのではたして覚えているか全く自身はありませんでした。しかし私を見るなりすぐ名字を呼んで、名前も四文字中三文字まで自力で言いあてた後、全部を思い出してくれました。それから話が弾みましたが、父親であるピアニストの巨星ウラジミールが来て退出をせかしました。初めて聞くその声は低いバリトンでした。そろそろtrainの時間が、とか言いつつも、ウラジミールもヴォフカもCDにサインしてくれました。(後で読んだそのCDの解説に「演奏会後飲みに行こうと言っても、アシュケナージはすぐ次の演奏の地に出発する、とイツァーク・パールマンがこぼしていた」とあったのです。)
久しぶりで子供のように喜びました。たまにはこんなこともあっていいですよね。
昨日はたまたま舟歌を聴いていて、先生の解説を読んでいたらアシュケナージのことが。ああ、この記事だったんだなあと改めて読み返しました。