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2021年の墓碑銘

2021-12-31 19:10:18 | 日々のこと(一般)
年の瀬にこのブログ恒例の「今年の墓碑銘」です。主に科学分野と芸術分野から合計10人、独断で書いています。
今年は思い出に残る人が多かった・・・

[1]チック・コリア(Chick Corea、2月9日。アメリカのジャズピアニスト作曲家。享年79才)
 オールラウンドピアニスト兼作曲家。ピアノはアコースティックもエレクトリックも、ジャンルはジャズ、ラテン、フュージョンからクラシックまで、編成はソロ、トリオからバンドまでと幅広い。しかし何といってもデュオだ。ハービー・ハンコックとのピアノ・デュオやゲイリー・バートン(ヴァイブラフォン)とのデュオがすばらしい。作曲家としては「ラ・フィエスタ」「スペイン」や「セニョール・マウス」など。それにしてもフィエスタのサビの部分はショパンワルツ第五番作品64の129節目からのパッセージに似ている。

{2}濱田滋郎(はまだ じろう、3月21日。日本の音楽評論家、スペイン文化研究家。享年86才)
 続いてまたスペイン音楽の大家。亡くなるまで日本フラメンコ協会会長。こう言うと狭いジャンルの人と思われるかもしれないが、とんでもない。クラシック全般に信頼のおける評を書かれ、評論でありながら音楽のように品格が漂う。たまたま当ブログのブックマークの「Moments musicaux」の執筆者であるピアニスト内藤晃氏のファーストアルバム「プリマヴェーラ」に寄せて、濱田滋郎氏が音楽芸術誌に寄稿した文章があるが、こんな感じである。

[3]スティーヴン・ワインバーグ(Steven Weinberg, 7月23日。アメリカ合衆国出身の物理学者。享年88才)
 重力・電磁気力・弱い力・強い力。この四種の力のうち弱い力の定式化を行ったことによりノーベル賞を受賞したのがグラショー、ワインバーグ、サラムの3人。このうちワインバーグは有名な一般向け書籍「宇宙創成はじめの3分間」を書いた。

[4]益川敏英(ますかわ としひで、7月23日。日本の理論物理学者。専門は素粒子理論。享年81才)
 続いてまた素粒子の分野。小林・益川理論により小林誠とともにノーベル賞を受賞したことで有名。京都大学から京都産業大学に移り、数年後京都産業大学の益川塾の塾頭となる。その益川塾に呼ばれて講演をしたことがある。益川先生も来られているのだろうかと思ったが、おられず、若い先生がたが仕切っていた。

[5]スティーヴン・ウィーズナー(Stephen J. Wiesner, 8月12日。アメリカおよびイスラエルの理論物理学者。享年78才)
 1970年という早い時期に「共役コーディング」を提唱し、その応用として「原理的に偽造や複製ができない通貨」を提案した人。歴史上最初の量子情報の社会実装の提案だが、投稿論文はreject続きで、1983年にやっとpublishされた。これを元に1984年の量子暗号(BB84)が生まれた。量子情報処理(量子コンピューター・量子通信・量子暗号などの実現や使い方の研究をする分野)は前世紀から今世紀にかけての第1次ブームが廃れたあと現在は第2次ブームであるが、第1次ブームの担い手の間では知らぬ者のなかった有名人だった。現在の第2次ブームの担い手の間では必ずしも有名ではない。直接話をすると特に変わったところはないが、こちらから話題を振らないと会話が続かないところがある。

[6]斎藤雅広(さいとう まさひろ、8月8日。日本のピアニスト。享年62才)
 芸大在学中から颯爽と現れたこの人の演奏は衝撃的だった。筆者がテレビで見たのはプロコフィエフのピアノ協奏曲第3番。その頃から芸大のホロヴィッツと呼ばれていた。それからだいぶ経ってやはりテレビで見たときは、オヤジギャグを発するユニークキャラとしてピアノの指導をやっていた。腕前は相変わらずだったが、ややイメージに戸惑いを感じた。そして今年62才で亡くなったと聞き、非常に惜しい人を亡くしたと思った。

[7]ミシェル・コルボ(Michel Corboz, 9月2日。スイスの指揮者。享年87才)
 この指揮者の演奏はFMで放送されたフォーレのレクイエムしか聴いたことがないが、それ一つだけで強い印象に残っている。
 かつてフォーレのレクイエムと言えば、アンドレ・クリュイタンス指揮パリ音学院管弦楽団でソプラノがビクトリア・デ・ロスアンヘレス、バリトンがフィッシャー・ディースカウのEMI版が断トツの定盤だった。この演奏は全体に温かく、音場もオーソドックスなステレオで、何といってもロスアンヘレスの美声、そしてさらに何といっても全てを包み込むようなディースカウの柔らかいバリトンが印象的だった。
 これに対して彗星のように現れたミシェル・コルボ盤は、違った意味で衝撃的だった。張り詰めたような大きな無音の音場の中に、ソリスト達が分散したようなオケの空間、そして合唱やソロの歌手達も空間的に分離したような定位で音源が分離して聞こえる。ボーイソプラノは良い意味で少年っぽい声で、ロスアンヘレスのような大人のソプラノがビシッと決まった音程を出すのと対照的に少し揺れる、揺れるけど純粋な子供らしい声だ。そしてフッテンロッハーのバリトンはディースカウと対照的にクリアーなバリトン。この二つの対照的な録音演奏を思い出すだけでも気持ちが豊かになる。

[8]神谷 郁代(かみや いくよ、10月6日。日本のピアニスト。享年75才)
 この人の演奏は訃報を聞くまで聴いたことがなかったが、ショパンのマズルカが出色だというので興味を持っていた。ショパンの作品の中でも50曲ほどあるマズルカは、ポーランドの民族音楽が精神的な源になっているので、どんな世界的なピアニストであろうと、筆者はなかなか納得できない。いや筆者がマズルカ(詳しくはマズルやクヤヴィヤクやオベレクがある)の精神に精通しているわけではないが、いわゆる洋風クラシックの演奏には違和感を覚えるのだ。そんな中ではニキタ・マガロフが一番納得が行く。神谷郁代の演奏はマガロフに似ているとどこかで聞いたことがあるので、いつかは聴きたいと思っているうちに亡くなってしまったのだ。どこかに音源はないものだろうか?
 そういう検索をしているうちに、最近神谷郁代がチェルニーの前奏曲とフーガを録音したという情報に出会い、CDを買ったのだ。あの練習曲作曲家のチェルニーがバッハみたいに前奏曲とフーガ? しかしこれが、聴いてみると、何と音楽的な! これまでチェルニーで最も音楽的な作品はチェルニー30番練習曲だと思っていたが、まだまだ知らないことが世の中にはいっぱいあるものだ。

[9]ベルナルト・ハイティンク(Bernard Johan Herman Haitink, 10月21日。オランダの指揮者。享年92才)
 この指揮者は、筆者が若いころよく聴いていた。あまり目立った特徴はないのだが、癖が強くないだけに、曲を知るにはもってこいで重宝した。感謝の気持ちを込めて合掌。

[10]ネルソン・フレイレ(Nelson Freire, 10月31日。ブラジルのピアニスト。享年77才)
 この人は、筆者が学生の頃、南米の四羽ガラスの1人と言われていた。その4人とは、
・ブルーノ・レオナルド・ゲルバー 1941- (アルゼンチン)
・マルタ・アルゲリッチ          1941- (アルゼンチン)
・ダニエル・バレンボイム     1942- (アルゼンチン)
・ネルソン・フレイレ       1944-2021(ブラジル)
だ。それぞれ今も立派なピアニストだ。バレンボイムだけは指揮者としても活躍するようになったが。筆者はこの4人の活動が大変好きだ。
 この中でフレイレ(当時日本ではフレアーと呼ばれていた)は特別な思い出がある。来日リサイタルをテレビだったかFMだったかで聴いたところ、ヴィラ=ロボスの「赤ちゃんの家族 第1集」という、8曲から成る全15分ほどの組曲を演奏したのだ。これが非常に印象に残り、さっそく本郷三丁目のアカデミア(現在の位置とは若干違う場所にあった)に飛んで行って楽譜を探したら、一冊だけあるのがすぐ見つかったのだ。値段は今でも覚えている780円。即買ったのはいうまでもない。以後この組曲は筆者の第一のレパートリーになりました。
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