詠里庵ぶろぐ

詠里庵

なんだか梅雨

2009-06-28 23:18:56 | 日々のこと(一般)
らしくなく真夏日だったり土砂降りだったりします。それも一日のうちに。小型の傘をカバンに入れるか本格的傘を手に出かけるか、いつもより天気予報に目が行きます。

ところでテレビの天気予報、なんとかして欲しいといつも思います。
見たいときにはチャンネル変えてもやってなく、うまいことやっていても地域ごとに順繰りにやるので、大抵自分の関係する地域に来る前に集中力がとぎれて別のことをし始めて、気がついたときは通り過ぎています。知りたいときに177に電話すればいいと思うかもしれませんが、昔の177天気予報もひどいもんでした。ドミソドーとチャイム音で期待を持たせる割には「オホーツク海の低気圧は東に移動し・・・」などと始める。そんなことどうでもいいので、いつになったら自分の地域に到達するのやら。受話器を耳にあてたまま他のことを始めて聞きそびれ、再度聞く羽目にということもありました。これは電話会社の作戦か?(最近の177天気予報はマシになりましたが)

テレビの天気予報、基本的には昔から進歩がありませんが、最近いいのを見つけました。朝6時前のNHKの天気予報。余計なおしゃべりやBGM皆無で、「各地の天気です」のあと天気マーク入りの地図をしばらく放映。「今日の気温です」のあと最高最低気温の地図をしばらく放映。風や注意報・警報も同様。これなら常時自分に必要な情報を自分で見つけられます。これでいいんです。ラジオや電話は一次元の時系列信号だから仕方ありませんが、テレビは二次元画像なんですから。

それにしても、無音のなか、ポツ、ポツと「気温です」「風です」と言われると、ペチャクチャとしゃべり続けられるよりかえって聞き逃しません。のべつ幕無しに何か音が鳴っている音楽よりも、休符に混じって必要最小限の音が緊張感を伴って発せられるウェーベルンやノヴェムバーステップスのような音楽の方が集中しやすいのと似ているのかもしれません。
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紫陽花

2009-06-14 17:42:19 | 日々のこと(一般)
の季節です。今日は紫陽花で有名な神社に行きました。初詣かと思うような人手と縁日の賑わいにびっくり。いろんな種類があるので、カメラを持って来なかったことが悔やまれました。たとえば、Wikiから拾ったこれは垂れ下がったヒヤシンスかというよな風情ですが、垂れ下がってなく立っているものがありました。種類によって色が変わる位相がずれているので、色々な色が一時期に楽しめます。

紫陽花はとても好きな植物ですが、他にそれと似ている植物がないので、非常に特異で不思議な感じがします。Wikiによるとこれがバラ目アジサイ科アジサイ属なんだそうです。バラって何なんでしょうね? 桜、サクランボ、梅、モモ、スモモ、リンゴ、花梨、梨、枇杷がバラ科ってことは知っていましたが、アジサイがバラ目? 似ても似つかないですよね。

今日は晴れて景色の色も映えましたが、アジサイには雨とカタツムリが似合います。アジサイに限らず、植物の群生や遠景を楽しむなら晴れの日、近景やアップを楽しむなら柔らかい雨の日が合っているように思います。

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辻井伸行さん

2009-06-09 21:20:49 | 日々のこと(音楽)
のヴァン・クライバーンコンクール優勝のニュース、いいニュースですね。4年前のショパンコンクールで批評家賞をとったときも、ただでさえ童顔なのに当時は本当にポチャポチャした少年でしたから、今でも「さん」じゃなくて「君」あるいは「ちゃん」という感じがします。そのときもOp.10の演奏、すばらしかった。本当に明るい、天使のような演奏です。

ところでヴァン・クライバーン、不思議な郷愁を感じます。彼が23才で第一回チャイコフスキー国際コンクールで優勝したのはキューバ危機より少し前の1958年。小学生になっていなかった私は知る由もありませんでしたが、冷戦がピークに達しかけているときに音楽の宝庫ソ連がアメリカに差をつけようと創立したコンクールの第一回目で絶賛を博したアメリカ青年は、確かに世界平和に少なからぬ貢献をしました。それを私が身近に感じたのはその数年後、チャイコ1番とラフマニノフ2番をカップリングした有名なLP盤を姉が買って来て、その解説を読んだときです。就職してほどない姉の趣味で、たたむとカバンのようで開いてレコードをセットすると本体からはみ出るほどの小さなポータブル蓄音機でよく聴いていました。フルトヴェングラーの「驚愕/40番」盤とともにレコード聴き始めの頃でした。世がいくぶん落ち着いた今からすれば少々荒削りに聞こえるクライバーンの演奏も、コンドラシンやライナー指揮下のオケと一体となって情熱的で、当時の平和への願いの高揚感にピッタリはまっていました。

その後次々と現れたピアニスト群像の中で演奏活動が聞こえて来ないクライバーン。そしていま新進ピアニストに手厚いサポートを用意することで有名になったクライバーン・コンクール。彼の貢献を見ると、1次元の価値観でものごとを見てはいけないことを感じます。ピアニスト=至高の演奏をするかどうか?がもちろん第一義的ですが、それが全てではありませんね。

辻井君、あ、辻井氏の今後の活躍が楽しみです。
コメント (3)
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ボヘミア

2009-06-03 12:43:29 | 日々のこと(一般)
の片田舎に来ています。自然も街並みもたいへん目の保養になる所ですが、どうしてこんな所でシンポジウム?というくらい不便な所です。まあそういうのは結構あり、以前コルシカ島で宿舎からシンポジウム会場まで毎日草をかき分けかき分け通ったのよりずっと普通ですが。ここもひとたび会場を出ると英語は通じないし、ネットがなく、泊まっている民宿に無線LANがあると聞いたものの接続できる地点と時間帯が限られ、やっと「未明に廊下の片隅がいい」ことを発見してこれを投稿しています。日本だといま勤務時間ですね。ワークショップ自体は面白く、いろんな最新研究に接することができますが。

ボヘミアといえばモラヴィアも近く、レオシュ・ヤナーチェクを思い出しますね。さすがにチェコ人やスロヴァキア人には有名な作曲家らしく、こぞってブルノにすばらしい記念館があるぞ、とか、生地のホクヴァルディに行くべきだとか言います。もちろん、そんな時間はありません。でもここの村でも、ヤナーチェクはこんな風景でこんな食事で育ったのか、という気にはなります。

かくして、遠路出張すると、将来ゆったりと夫婦で訪問したいものだという候補が溜まる一方です。

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