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湯たんぽを買う

2024年12月15日 | 健康・病気

昨日、茨城の友人と電話で話していたときに、湯たんぽの話になった。
友人は、「湯たんぽはァ、冬には、なくては生きてイゲネェな」とまで言い切った。
私は、「深夜寝るときに、冷え切った布団に入って10分もするとあったまってくる」と話した。
私は、軽井沢で暮らしていた8年前までは、電気毛布の世話になっていた。
でも埼玉に来てからは、寝るときになんの暖房器具も使っていない。
ところが最近、深夜に布団に入ったとき、寒いなと思うときがあった。
それで、「おれも湯たんぽ使ってみっかな」と友人に話した。
私は子どものとき、湯たんぽを使っていたときがあった。
陶器の湯たんぽだった。
なんかその記憶が少しづつ大きくなってきた。

今日、カインズに行って湯たんぽを買うことにした。
カインズ東松山高坂店に入ったところに、冬の季節用品の展示してあるところがあった。
その中に湯たんぽがあった。
小さいのからブリキの大きいのまで展示してあった。
私はこれを買った。

ポリ湯たんぽ 1.7L カバー・ジョーゴ付 880円
午後、湯たんぽに熱湯を入れてソファの隅に置いて毛布を掛けて使ってみた。
暖かかった。
9時過ぎ、女房にお湯を入れてもらって、湯たんぽを布団に入れてもらった。
これから私は12時頃に寝ます。
暖かくなっているはずの布団の中に、身体をもぐり込ませるのが楽しみです。

 

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小倉智昭さん死去

2024年12月10日 | 健康・病気

小倉智昭さん、死因は膀胱がん 事務所が正式発表「今月に入り体調が急変」【全文】

gooニュース
https://news.goo.ne.jp/article/mdpr/entertainment/mdpr-4447045


>【モデルプレス=2024/12/10】フリーアナウンサーの小倉智昭さん(享年77)が9日、
>亡くなったことがわかった。所属事務所「オールラウンド」が公式サイトを通じ正式
>に発表した。

>◆小倉智昭さん、死因は膀胱がん

>事務所は書面にて「弊社所属 小倉智昭(おぐらともあき)が、12月9日15時8分、膀胱
>がんのため逝去いたしました。享年77でした」と小倉さんの死去を報告。2016年に膀胱
>がんを患って以来、長期にわたり闘病生活を送ってきたが「先月に入り強い腰痛を訴え
>検査したところ、骨盤、腰椎および髄膜に転移がみられました」と説明。さらに「今月
>に入り体調が急変し、昨日家族に見守られながら自宅にて息を引き取りました」と状況
>を伝えた。
 (モデルプレス)

今朝6時、「生島ヒロシのおはよう一直線」(TBSラジオ)で生島ヒロシさんが、
小倉智昭さんが亡くなったと話していた。
私は半分眠っていた頭が覚醒した。
私はイヤフォンを外して、隣の布団に寝ている女房に、
「小倉智昭さんが亡くなったってよ」と声をかけた。
「ホント」と女房が応えた。
私は、小倉智昭さんは、まだがんばれるんじゃないか、と考えていた。
残念です。
膀胱がんの先輩として、もう少し、生きていてほしかったです。

私はこれまで九想話に、小倉智昭さんのことを書いてきた。
2021年06月10日 司会者/タレント・小倉智昭
2021年07月12日 がんサバイバースペシャル対談:小倉 智昭×笠井 信輔
2021年08月08日「Changeの瞬間」小倉智昭 さん
2021年10月04日 小倉智昭さんが肺がん公表

小倉智昭さんのご冥福をお祈りします。


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11月に亡くなったひと

2024年11月20日 | 健康・病気

谷川俊太郎さん、92歳で亡くなりました。
毎月、朝日新聞の日曜版に「どこからか言葉が」という連載があり楽しみにしていた。
谷川さんは、「高橋源一郎の飛ぶ教室」(NHK-R1)に何回か出ていた。
(高橋源一郎さんが、谷川俊太郎さんの自宅を訪ねて番組を作っていた)
谷川さんの作品はあまり知りませんが、谷川俊太郎という人間が好きでした。
鉄腕アトムの歌詞は好きです。

俳優火野正平さんが14日、自宅で亡くなった。75歳。
「にっぽん縦断 こころ旅(とうちゃこ)」(NHK-BS)が好きでした。

元横綱北の富士さんが82歳で死去。
北の富士さんの相撲の解説が好きでした。
そのうち復帰するのかな、と思っていたのに残念です。

私が好きだった人が、哀しいことにどんどん亡くなっていきます。
私もかなり自分の死を考えます。

 


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高齢ドライバーの事故と薬の関係

2024年11月13日 | 健康・病気

高齢ドライバーの8割近くが事故前に運転障害薬を使っていた?! 
和田秀樹医師が指摘する、知られざる「薬害」の実態

(毎日新聞 2024年11月9日)

> 実は私も6年ほど前に、糖尿病が見つかった。

> 当時の血糖値は660mg/dLもあり、インスリン治療は必須の状態だった。

> 検査の結果、インスリンが出ていることはわかったため、インスリンを
>使わない治療を行いたくて、相談に乗ってもらったのもこの岡本さんで、
>東京でそういう治療を行う医師も紹介してもらった。

> 今でも私はインスリンを使っていないが、自動車を運転するために、死
>亡率が低いHbA1c7~8%でなく、低血糖の発作がさらに起こりにくい8~9%
>でコントロールしている。

> 車がないと生活できない北海道の北見市で開業している岡本さんは、自動
>車事故の原因が高齢や認知機能の低下より、薬物による意識障害の可能性が
>高いという私の考え方に賛同してくれる数少ない医師でもある。

>運転障害薬は事故の潜在リスク
> 前置きが長くなったが、その岡本さんが論文を送ってくれて、その内容は
>私の想像を超えるものだった。

> アメリカでは、睡眠導入剤や鎮痛剤のような薬が運転障害薬とされているの
>だが、12万人強の高齢ドライバーが起こした人身事故について調査したとこ…

ーこの記事は有料記事です。ー (なのでここまでしか読めませんでした)

和田秀樹医師が指摘することは、
高齢ドライバーの8割近くが事故前に運転障害薬を使っていた?!
高齢のせいだけで交通事故を起こしてはいない。
ということです。
私も現在、血圧・血糖値・尿酸値を下げる薬を毎日飲んでいる。
そのおかげで、血圧も血糖値も尿酸値も基準値以内に入っている。
でもそこまで下げなくてもいいと和田秀樹医師は言っている。
和田秀樹医師は、HbA1cを8~9%でコントロールしているそうだ。
私は10月の検診のときに主治医から、
「HbA1cが5.9%です。素晴らしいです」と褒められた。
果たしてこのことは、ほんとうに私の身体全体のためにいいことなのか?
来週、クリニックに行くので主治医に話してみようと思う。
きっと主治医は、血圧・血糖値は基準値内にしたほうがいいと言うんでしょうね。


【必見】アメリカの論文「高齢ドライバーの事故と薬の関係」


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病院ラジオ「東京・渋谷 リハビリ病院編」

2024年11月04日 | 健康・病気



今朝8時15分からの「病院ラジオ 東京・渋谷のリハビリ病院編」を観た。
初台リハビリテーション病院でやった病院ラジオだった。
脳梗塞・脳出血・脊髄損傷・交通事故などいろんな病気や事故で、
身体が動かなくなった人たちが出ていた。
その病気になるまで健康だった人が、ある日突然身体が動かなくなる。
そういうことが多かったように思う。
みなさん、リハビリにがんばっていました。
患者の人の話を聴いていて、自分ももう少し毎日の暮らしをがんばらなくては、と思った。
私の妻も昨年9月に、膝蓋骨骨折をして12月からリハビリをしていた。
妻は4月から、大学の食堂で週5日パートをしている。
1日4時間、立ちっぱなしだそうだ。
7月の大学の夏休みのときに、妻は膝のワイヤーを取る手術を受けた。

私は、38歳のときにバイクに乗ってタクシーと事故を起こした。
その頃お金がなく車が買えなくて、バイクに乗っていた。
救急車で病院に運ばれ1ヶ月ほど入院した。
今は、そのときのことをあまり詳しく覚えていない。
事故のときに私は、12メートルほど飛ばされたと、
病院から退院しておこなった現場検証のときに警官にいわれた。
事故のときに私の状態を見た人は、「この人は死んでる」と思ったらしい。
私は右足の骨折、それと右膝の靱帯が切れたということだった。
靱帯は生活には支障がないから切れたままでいいと、そのときの医師はいった。
でもそれから私は、歩くときに右足の状態がよくない。
あのときに靱帯をちゃんと治療しておけばよかったのかな、と考える。
それにしてもあの事故を起こして、それだけのことですんでよかったと思う。
下半身不随になってもおかしくはなかった。
あのとき息子たちは小学生だった。

私はこれまで虫垂炎、胆石、鼠径ヘルニア、下肢静脈瘤、膀胱がん、
そして交通事故で入院してきた。
今こうして静かに暮らしていることがありがたいです。

 


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痛む足

2024年11月02日 | 健康・病気

10月ぐらいから私の右足の膝の下が痛くなった。
右足だけで立とうとすると、立っていられなほどだった。
それでも毎朝ウォーキングは続けていた。
右足で立つことはつらいが、歩くことはできた。
しかしこの2・3日は、かなり痛くなってきた。

一昨日の朝、腰にお灸を女房にしてもらっているときに、
「足にもお灸をしてみたら」と女房がいった。
「ここにお灸は効かないじゃないかな」と私は断った。

昨日の夜、女房がいう。
「来週、私がお世話になったあの先生に、診てもらったらいいよ」
昨年の9月、女房が膝蓋骨骨折で診察してもらった医師が、
鶴ヶ島の病院から川越に移動していた。
私は、病院で診察されるのはいやだなと思った。
川越の病院に行くことはめんどうだった。
それでも女房には「来週、病院で診てもらうよ」とは話した。

そんな気持ちのまま、軽い気持ちで右足の痛いところにお灸をしてみた。
お灸が終わって立ち上がってみると、足の痛みが小さくなっていた。
そのことを女房に話すと、
「だから私がいったじゃない」と得意げにいわれてしまった。
私としては、これは意外だった。
まさかあの足の痛みがお灸で治るなんて、と思いながら、腰にはお灸をしている私です。
10月になって足が冷えたから痛くなったのかな?と女房と話した。
それで今日から股引をはいている。
それにしても足の痛みがなくなってよかった。
足が痛くなってやめようとしていた宇都宮餃子祭りに、明日行きます。



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ピーコさん死去

2024年10月20日 | 健康・病気

ピーコさん死去  同性愛者公言し、双子でタレント活動  44歳で左眼摘出  晩年は認知症で施設入所

gooニュース
https://news.goo.ne.jp/article/sponichi/entertainment/sponichi-spngoo-20241020-0345


> 双子のコンビ「おすぎとピーコ」としてタレント活動を展開し、ファッション評論家、
>シャンソン歌手としても知られたピーコ(本名・杉浦克昭=すぎうら・かつあき)さん
>が9月3日、敗血症による多臓器不全のため死去した。79歳。

> 古希を過ぎても精力的に芸能活動を行っていたピーコさんだが、21年ごろから一卵性
>双生児の弟・おすぎに認知症の兆しが見られたため、10年前から福岡で暮らしていた弟
>を横浜に呼んで同居を始めた。

> しかし「老老介護」には限界がある。次第に兄弟仲も悪化。そのうちピーコさんにも
>認知症の症状が現れたため、22年2月に同居生活を解消。おすぎは介護認定を受けて、
>横浜市の高齢者施設に入居した。ピーコさんは1人暮らしを続けていたが、今年8月下旬
>には入院もしていたという。

ピーコさんが亡くなった。
この記事を読むのはつらいです。
私は、ピーコさんが好きだった。
この人の話すことに納得できた。
よく永六輔さんの番組にも出ていた。

おすぎさんも認知症になったようだし、ピーコさんもそのようです。
私も認知症になるのはいやだな。
でも私が認知症になって大変なのは女房か。
歳をとることはさびしいですね。




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池江璃花子さん 白血病完全寛解

2024年09月25日 | 健康・病気

白血病克服の池江璃花子 造血幹細胞移植から5年…
「本日完全寛解を迎えました」と報告 闘病生活振り返る
  (スポニチアネックス)

gooニュース
https://news.goo.ne.jp/article/sponichi/entertainment/sponichi-spngoo-20240925-0199


> 競泳の池江璃花子(24=横浜ゴム)が25日、自身のインスタグラムを更新。
>造血幹細胞移植を行ってから5年が経過し、完全寛解を迎えたことを報告した。
(略)
>造血幹細胞移植を行い過酷な闘病の末20年に復帰。1年後の東京五輪、24年の
>パリ五輪に出場するなど急激な復活劇を見せてきた。

> するとこの日「移植後5年が経ち、本日完全寛解を迎えました!」と報告し
>「退院してからの生活は想像以上に大変で、退院後も別の大きな病気をしたり、
>精神的にも苦しかった時期もありました。元気な自分でいると病気であったこ
>とを忘れる事も多かったです。今でもとても長い5年間だったなと感じています」

池江璃花子さん、白血病の完全寛解おめでとうございます。
過酷な闘病の末、東京五輪・パリ五輪に出場して急激な復活劇を見せてくれたことは、
ほんとうに素晴らしかったです。


池江璃花子の公式インスタグラム(@ikee.rikako)から

さて、私の膀胱がんの完全寛解はあるのでしょうか?
2020年の8月に膀胱がんということが分かり、次のように手術をしてきました。

2020年9月15日 1回目の手術
2020年11月5日 2回目の手術
2021年4月6日   3回目の手術
2022年1月18日 4回目の手術
2023年7月4日   5回目の手術

手術が終わってからは、あの過酷なBCG注入療法を受けてきた。
昨年の7月の手術のあと、現在まで私に膀胱がんの再発はない。
でも膀胱がんは再発の多いがんなので安心できません。
私の完全寛解はいつなのだろう?
5回目の手術から5年たったときなのでしょうか?
主治医に訊いても、はっきりとはこたえてくれない。
膀胱がんは、なにしろ再発の多いがんのようです。


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今日は大学病院外来診察の日

2024年09月12日 | 健康・病気

今日は私の膀胱がんの外来診察日でした。
大学病院の泌尿器科に行った。
6月に膀胱鏡検査を受けて再発はない、と言われてあれから約3ヶ月たった。
今日は、採尿されてその尿の結果を話してくれただけだった。
「尿はキレイですね」ということだった。
次の外来診察は12月と言われた。
それだけで終わった。
私はほっとした。

朝起きたらヘブンリーブルーの花が咲いていた。
小さいです。
このヘブンリーブルーは、去年庭で咲いた花のタネから育ったものです。
2014年に佐久創造館で育てたヘブンリーブルーのタネを、私の庭にまいた。
そのときは大きな花が咲いたのだが、いつのときから花が小さくなった。
それが不思議です。




2024年のヘブンリーブルー


2015年のヘブンリーブルー


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歯科検診

2024年09月10日 | 健康・病気

今日、歯科検診に行ってきた。
昨日電話をして予約をした。
今日の10時45分からだった。
前回は今年の2月に行っていた。
10時半に歯科クリニックに着いて、10時40分から診察を受けた。
歯垢を取ってもらって、10分ほどで診察は終わった。
「歯磨きをもう少しやさしくして下さい」と医師に言われてしまった。
気をつけているんだが、どうしても私はムキになって歯を磨いているようです。
歯を大切にして、死ぬまで自分の歯で食べたいと願っています。

じつは先週木曜日に電話したが、誰も出なかった。
何回電話しても出ない。
先週土曜日にウォーキングの途中で歯科クリニックに行ってみると、
玄関ドアに休診日が書いてあった。
それを見ると9月5日(木)は休診日になっていた。
この歯科クリニックは、休診日がないということを宣伝している。
土日も診察している。
クリニックの都合で休診するときはあるだろう。
だったらホームページに書いておいてほしい。
ここのホームページはあるが2020年以来更新していない。
ホームページぐらい簡単に更新できるだろう。
休診日のページを作って、そこに書いておいてほしい。




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