WIND AND SOUND

日々雑感 季節の風と音… by TAKAMI

三国志にハマっとります

2017-06-04 | 三国志沼


「三顧の礼」
フトンのように見えるのは、諸葛亮が今後主君に仕えるために諸国を旅して作った地図




このところ三国志にハマりまくっているTAKAMIでございます。
ついに全95編、おわた………
DVDにして32枚。
前半2度。そして、後半2度目に突入しています、、、

壮大で感動的でありました。


ナゼこんなことになったかというと、私がお世話になっている美容室のオーナーからお借りしたという、それだけのこと。
書けば長くなるので割愛。ワタクシ、三国志には、全く興味ありませんでした。

「三国志」を読まれた方は、拙ブログをご訪問下さっている方には殆どいらっしゃらないと思うので、内容詳細は割愛します。

今から約2000年前のこと、日本には、まだ文字さえもなかった時代、
中国ではこのような壮絶な戦乱の時代が展開されていたのか。
そして、ものすごく魅力的な人物が次々登場して、現代とは全く違う戦国時代の価値観の中で展開されるストーリーを観て、
脳ミソがぐちょぐちょに掻き回されたって感じ。
戦乱の世の価値観は、現代のゆるゆるの日本とは全く違っています、当たり前ですが。
常に死が一寸先にあるところを生きる。
言い換えれば、明日死ぬかもしれないことが当たり前の日常。

しかし、全編終わって、なんたる虚脱感、虚無感、、、
栄枯盛衰、超魅力的な登場人物も、すべて戦や病に倒れ、次々と死んでいきます。



諸葛孔明


司馬懿

決戦直前にして2人で語るシーンですが、こんなん実際にはあり得ません。
超絶緊張感の中で、この笑顔を敢て切り取った。
別の世なら、或いは天国でなら、この2人の天才は、こんなふうに語らって過ごせたのであろうなあ、、、





「天命」という言葉が度々出てきますが、これはキリスト教における「神の計画」と同義なのではと…

「諸葛孔明」という名前ならご存じのかたはいらっしゃるかと思いますが、
この人は、軍事においても、政治においても「天才」だったようです。
けれども、このストーリーでは、あくまでも「人間孔明」として、「神」のような側面は描かず、最後まで義を重んじる軍師として描かれていました。
彼は、天文や気象さえも掌中にして、次々と勝利を収めますが、
その孔明でさえ、志ならず、病に倒れて死にます。ああ無常、、、救いがない、、、

諸葛孔明さまに心を寄せている私としては、「司馬懿、どうせならここで焼き殺されろ!」
…などと思ってしまうのです。
火責めにあって焼き殺される予定が、突然の豪雨で火が消えて、孔明の策が失敗に終わる。(史実がどうかは不明)


やっぱ、こんな無常な三国志に浸かっていると、やっぱりここは「救い主」に登場してほしいよ…と、正直思いました。


しかし、ヨーロッパではビミョーな時間差あるけど、まさにローマ帝国がキリスト教を弾圧しまくっていた時代。
「暴君ネロ」は有名で、キリスト教徒をコロッセオで空腹のライオンの群に襲わせ、見せしめに処刑した話は有名ですが、
当時はまだ単発的で、この後もっと弾圧が激しくなっていきます。
数え切れない殉教者が、、、
こちらも「明日は死ぬかもしれないのが当たり前」な時代。
これまた話は別なので、ここは割愛。


しつこいですが、当時日本には文字すらもなく、邪馬台国が魏国に使者を遣わしたことが魏志に記されているのみ。


さて、三国志。
命乞いをする者、ハラを括って我が首を差し出す者、土壇場で自害する者、君主が自分に仕えて欲しいという願いを聞き入れず、自ら斬首を申し出る者…
それぞれの場面、とても壮絶で深く考えさせられます。


今、現代のこんなゆるゆるとした緊張感のない安穏とした日々の中で、
明日は死ぬかもしれないこの瞬間、自分は本当は何をするべきなのかなんて、考えられない。
生まれて半世紀以上、そんな緊張感を持って生きてきたことなかったし、これからもないと思う。
…てゆーか、絶対わからないよ、その感覚。
私は全く愚鈍で凡庸ゆえ、、、
私達は、家族のことを大切に第一に思うことが当たり前な人生を送れることを神に心から感謝しなくてはいけないと思います。


でも、天変地異あります。そのうち必ずといわれている。
地震、津波、まさかのミサイル攻撃…!?
いつまでも永遠に今の状態が続くわけがないのです。
いつか必ずやこれまでの価値観は崩れ去るであろう、、、


…という重~~~い話は、とりあえずおいといて。



人の名前や顔がなかなか覚えられない私は、この大量の登場人物が把握できず、
死ぬときになって、「ああ、この人は、あの時登場した人だったのか…」となります。
でっ、やはり1回ではダメだということで、2度目を、、、、


2度目ともなると、細かいところにも目が届くようになり、
特に、宴席の食事や、酒器などが気になります。
いや酒器は最初から気になってたけどね(^_^;)

いんや~~それにしても、さすが、大陸の漢民族、よく飲み、よく食べるようす。




これは、主君と客人の数人での宴席の模様



これでも見た目かなり質素…でも量はめっちゃ多い!




これが一人分。
とりあえず、これだけ出して、お好きなだけどうぞ…ってカンジ??
残ったらどーすんだ? それともホントに漢民族は、全部食べるのか( ̄□ ̄;)!!
お誕生パーティーなどのときは、もっとスゴイです。
わざわざそこを捜し出してきて画像撮るのめんどうなので、割愛しますが、、、、

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三国志に触れて (なかちゃん)
2017-06-05 20:18:08
初めてたかみちゃんがこちら側の岸に立ってくれたようで嬉しく思います。期待せんといてと云われたけど、この時代の空気感がよく説明されていると思います。
所詮、三国志を観たり読んだりして、感想を書くなんて至難の業です。

三国志は登場人物が3千人を越え、複数の名家が家督争いをしたり、有力な諸将が支配権争いをしたり、また滅びゆく王朝内部でも継承争いがあったりで、複雑を極めています。
陰謀あり、寝返りあり、あるいはそう見せかけておいて寝首を掻く。相次ぐ戦乱で国土は荒れ果て、領民の心は荒廃するばかりです。
最終的には司馬懿の孫・司馬炎が晋で天下統一するものの、その後はまた五胡十六国時代という乱世に突入します。
 それは京を灰塵し、再び戦国時代を創出した応仁の乱に似ているかもしれません。
でも、乱世の歴史はどの国も同じようなもので、悲惨な結末が虚無的であろうと、生身の人間が賢明に生きた軌跡です。1800年前の古代中国の物語とはいえ、同じ人間の生きた証です。
それを知って、それを面白いと感じ、それに感動しただけでも、心の大きな収穫だと思います。

そして歴史は色々なことを提示をしてくれます。
書かれていることは史実なのか?とか、現代を過去の歴史に置き換えて今を分析してみるとか、それを踏まえて未来を予測してみるとか、歴史を楽しむ支枝は無数に天に伸びています。
温故知新と云いますが、この三国志という物語は、たくさんの面白い素材が詰まっているように思います。

ただひとつだけ疑問。
「天命」とキリスト教の「神の計画」は同義?が、信仰を持たない私には理解できません。天命とは変えることのできない人の人生を云うのでしょうが、なぜそれが神によって計画されたものなのでしょうか?
天命がすべて神に計画されたものだと云ってしまえば、何の議論も育ちません。つかみどころのない天命だからこそ、人は自ら考え行動し、創造があると思います。天命は決してあらかじめ計画されたものではないと考えます。
むずかしい話になりました。

私にとって3世紀初頭の三国時代を学べたことは、今ハマっている古事記や邪馬台国を理解するうえで、貴重な素材となりました。そのきっかけを作ってくれたたかみちゃんに心から感謝申し上げます。
返信する
♪なかちゃん (TAKAMI)
2017-06-06 17:55:01
♪なかちゃん

私の稚拙な感想文(にもなっていない)に、かくも長いコメントをありがとうございます。
三国志は遠く中国大陸の歴史なので、揚子江を歩いたり、諸葛亮のお墓参りに行くこともかなわず、
どうぜならもっと若い頃から大河ドラマなど観て、私も日本の戦国時代に興味を持っていれば、なかちゃんのようにこの年になって、あちこちのお城を巡りつつ戦国武将たちに思いを馳せたりなんかできてよかったのになあ…
と、後悔してもしょうがないですが。
昨日、ランチの時間に、職場の友達に三国志の話をちょっとしたら、
なんと、横山光輝氏の漫画三国志を全巻読んだという人がいました。
私は早速、レッドクリフでは、周瑜と諸葛亮が仲良しのようだけど、史実はどうなんじゃ~?と聞いてみましたところ、
やはり横山氏の漫画でも周瑜は諸葛亮を妬みまくっていたとのこと。
しかし、これも原作は正史ではなく、三国志演義を原作としているようですね。

中国との国交が回復するまで、三国時代の資料などが入手できにくかったため、
服装や武器、その他の表現に誤りがあったとも。
今回のDVDは本国の作品でありますから、その店はぬかりないだろうと思いきや、
哲舟氏という三国志専門家の方が、「曹操が長い長い箸で食べているあれはなんなんだ?この時代に米を箸で食べるでもあるまい」と、疑問を呈しておられました。

私、そういうのって、すごく興味があります。
服装や建築、そして琴の演奏。
小喬が琴を弾いているとき、片手の爪を切りそろえ、片手は伸ばしていたのを見逃していません。
どこまで時代考証が厳密にできているのか、それほどまでに文献が残っているのか、
さすが大陸!
卑弥呼の映画なんて、何もわからないからファンタジーとして創るということになったのだろうし。

さて、「天命」ですが。
私には、「運命」と「天命」という言葉はかなり違うニュアンスに感じます。
「運命」とは流れゆくままな感じ。「天命」とは、天の意志を感じる言葉であります。
なかちゃんにとっては「天」とは無為自然とか、そんなイメージなのでしょうか?
はじめに神が天と地を創造し、「ハイあとはアンタたち被造物たちでどうぞ」ってことなく、おわりまで、あめつちを貫いて「ある」と感じる。
「神の計画」はキリスト教用語で、わかりにくくてすみません。
これはもぉ、感覚なので、語れません。悪しからずm(_ _)m



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三国志と三国志演義 (なかちゃん)
2017-06-07 19:43:16
よかったじゃないですか。
三国志を通して知り合いの意外な一面が見えたり、今回のDVDの脚色が分かったりで、、。
三国志に限らず、国内にしろ国外にしろ、歴史を語り合うというのは楽しいものですね。

三国志は、たかみちゃんが云うように、陳寿のかいた「三国志」と、明代初頭にに書かれた「三国志演義」を区別しなければなりません。
前者は三国時代からわずか50年後くらいの正史で、後者はそれから千百年後に書かれた長編歴史小説です。史実かどうかを判断するには、もちろん前者の翻訳本を丹念に読むしかないでしょう。(それは気の遠くなほどしんどい)

例えばその違いの一例として、俗にいう「天下三分の計」は魯粛の基本方針だったようです。それは魏の勢力があまりに強大だったから、とりあえず第三勢力(蜀韓)を作っておいて、呉は孫権自ら皇帝となり、天下の推移を見守ろうとするものですから、正に天下三分案。
これに対して、孔明の「隆中対(りゅうちゅうたい)」は、魏自体の討伐が目的です。そのため弱小の劉備軍は一時的に呉と同盟して、強力な魏軍に対抗することになりました。三分案は孔明にとって手段であって目的ではなかったのです。たまたま魯粛の外交政策と孔明の戦略が同盟という形になっただけです。

この両者の基本方針を後世の「演義」は、孔明を英雄として描きたいがための脚色だったようです。だから踏ん切りのつかない孫権に対して、呉の議場で孔明が説き伏せたという事実はないようです。
「演義」は全体を通して、劉備と孔明を善玉、曹操を悪玉という勧善懲悪の筋書で書かれているようですね。
「演義」は小説なんだから仕方ない、と云ってしまえばそうなのですが、ずっと後世の私たちにとって、史実と創作を見分けるのは本当に至難の業です。

吉川英治氏の「三国志」やもろもろの小説、そして漫画やアニメも「演義」がベースになっているようです。たかみちゃんの観たDVDやレッドクリフもしかりです。
でも、小説にしろ映画にしろ作者のなにがしらのメッセイージがあるわけですから、それはそれなりに楽しめばいいと思います。

「本当に史実なのか?」という疑問は、歴史にはいつもついて回ります。それを自分なりに資料を集めたり、現場を見聞したりして、自分なりに解釈するのが歴史を楽しむ醍醐味かもしれませんね。

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 (TAKAMI)
2017-06-08 17:09:02
♪なかちゃん

へぇ~~っっ!
「天下三分の計」は魯粛の基本方針とな!
これは三顧の礼のときからの諸葛亮の基本方針なのだとばかり…

しかし私、魯粛好き。ストーリーの中では地味ですが、実は影の存在感がええわ~。
それから、曹操は、三国志においては悪役なのかも知れないけど、
私としては、曹操の、凡人の価値観を超えた宇宙的?ともいえる価値観はすごく魅力的で、ものすごいキャラクターと思ってます。

私が好きなキャラクターは、まあ当然諸葛亮、続いて趙雲、そして曹操。
劉備三兄弟ももちろん好きだけど、曹操はスゴすぎます。

そして、なかちゃんの仰るように、作者のメッセージというのが重要ですよね。
一方、「史実はどうだったのだろう?」というところから始まる放浪?も、、、

ちょっと前の話だけど、「屋嶋城」を見にいったときのこと、
なかちゃんは、なんでここに城が…と、ご自分で検証していたよね。
私も、ちょっとずつではあるけど、興味はあるのです。
またゼヒ、ちょっとずつお話し、お聞かせいただければ嬉しいです♪♪
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Unknown (なかちゃん)
2017-06-08 23:25:14
三国志のなかで、私も一番曹操が気になりますね。
好き嫌いは別として、どこか信長に似た多面的なカリスマ性があって、人心掌握術だとか、領民の支配方法など、また機会があれば探ってみたいと思います。

屋嶋城に関連しては、私のブログ「備中散歩~鬼ノ城を訪ねて」を。
歴史の捉え方に関しては、最新の「土佐散歩~安徳天皇の眠る横倉山(その7)」で、「それなりに」まとめています。
読んでなかったら、お暇なときにどうぞ。
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 (TAKAMI)
2017-06-09 20:54:08
♪なかちゃん

大変申し訳ないのですが、「信長に似た…」とか、先の「応仁の乱に似ている…」とかいうのが、私にはわかりません。とほほほほ、、、
屋島城についての記事は、その後のやつも読んでますよ。
最近のはちょっとサボっとりました。
私も、じっくり読ませていただきます。

ところで、職場の友達が私のブログを読んでくれてるんだけど、
なかちゃんと私のこのコメントのあまりにも長いやりとりを
「コメントバトル」などと仰っておりました(^_^;)
「いや、ここだけじゃなく、facebookでもやりまくってるよ」と申しておきました。
バトルってのがウケるでしょ~~\(^o^)/
いんや~~~ホント、よく語りまくっとりますね。
三国志についてわかってくれる人、なかちゃんしかいませんから、、、
あとはこれを貸してくれた美容室のオーナーだけど、美容室でカットのの一時間程度では語り尽くせん!
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