WIND AND SOUND

日々雑感 季節の風と音… by TAKAMI

太古の森

2018-11-08 | 光と風と旅





11/1終日オフ。
メタセコイアがそびえる「太古の森」を5年ぶりで訪れました。
懐かしい場所。
FBともだちが画像をアップしていたので、すごく行きたいな~~って思ってたら、先週平日オフの木曜日に、SYOさんが「今日は太古の森にいってみよう」と、、、、
いやーん、以心伝心じゃ~~ん


まずは、潟元の「瀬戸きぼう恵味屋」さんでお刺身ランチ。
ここのお店については拙ブログには殆どアップしてなかったのでしたが、お刺身のランチが(いやきっとその他もすべて)あまりにも美味しい。
そして、麦焼酎のお湯割りが絶妙の温度と濃さと量で、ものすごく美味しく、ついつい昼酒に突入してしまう。
という理由で、このところかなりヘビロテです。






何故これまでご紹介しなかったかというと、いつもランチタイムは予約しないと喰いっぱぐれる可能性高く、隠れ家にしておきたかった。
それから、画像がいつも上手く撮れない。
すべてが美味しいので、すべてを入れ込もうとしていつも失敗している。これも失敗画像。↑
やはり、これは小鉢ひとつひとつを激写するべきだ。
しかし、そうるすと枚数が多くなるし、一つ一つ激写で紹介していたら、本当に「絶対行ってみたい」と思う人続出でますます喰いっぱぐれる確率が、、、、


いつも席につくと、お茶は温かいのと冷たいのとどちらにしますかと訊いてくださる。
ある夏の日、初めて冷たいお茶を所望したところ、めっちゃ美味しいグリーンティーが供された。
タダでこれを頂いていいのかというほど、甘くて苦くて、濃さ絶妙なのでした。



感動の余り画像も撮ったんだもんね!



と、まあここまでは書かせていただきましたけど、お店のHPはないようですので、安易に他サイトは紹介しません。



ここまではイントロダクション。



さて、このあと懐かしの太古の森へ。

前回行ったのは、5年前の3月だったようです。
中1の息子とSYOさんと3人で。
メタセコイアがそびえ、恐竜たちが3体、活動のときを静かに待っている。

…って感じなんですっっっ!!
「静寂」なのです。
どこの公園を訪れたときより、「静寂」を感じるのは何故かなあ、、、、

私見では、「メタセコイア」の森だからなのでは…と勝手に思っています。私、樹齢の長いサボテンや老木と、「交信」まではできないけど、ナンカ感じることできるような気がしてます。
細かいことは割愛ですが、これまでいろんなことを、何度も体験してきました。











すごく大好きな場所なのです。
そこに、恐竜が3体。



トリケラトプス




ティラノサウルス




息子を餌食にするディメトロドン




5年前に息子がこいつの餌食になったので、私もゼヒとも餌食になってみたかった。
静寂の中でじっと佇んでいるこの子たちも、なんだかシュールで、宇宙の長針と短針が重なったとき、息を吹き返す…みたいな空気感。




息子に対抗して、本とは頭から喰われて、足が出てるのをやりたかったけど、ムズかった!



ここから入るんだけど、美味しかった焼酎お湯割りでほろ酔いの私には、この中を逆さまに昇ることがコワくてできなかった!!
次回はゼヒともシラフでやり遂げたいっす!!



5年前に訪れたときに拙ブログにアップした時、中1の3月だった息子と、もう3人で行動するのはそろそろ終わりかも…と書きました。
そんな、思いいれの終日オフだったっけな。


この日も、神さまの作品のような雲が湧き上がって、素晴らしい景観でした。









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山田家 「釜ぶっかけ」卵付き

2018-10-19 | 美味礼讃




時系列むちゃくちゃです。
1週間前だかのとある終日オフの日、山田家でランチしました。

「釜ぶっかけ」卵黄つき。

釜ぶっかけの薬味は、ネギ、大根おろし、すだち、生姜、海苔、すりゴマ…です。
それに、所望とあらば卵黄がついてくる。

さ~~どうやって食べるんだコレ!?!?


前者の薬味に卵黄もごちゃ混ぜにすることには大変抵抗ありますから私。

でっ。
前回大変困ったので、今回は器をもう一つずつ頂くことにしました。
これですべて解決。










ぶっかけはぶっかけ、釜玉は釜玉で、2度味わう。


山田家「釜ぶっかけ」ファンのみなさま、臆せずゼヒとも、「器をもうひとつください」といいましょお!!
小ぶりだけど、決してとり皿のように小さくはない器を快く持ってきて下さいます。


この季節、山田家は、引き戸がすべて取り払われ、開放感満載。

仏生山温泉もです。

時系列むちゃくちゃですが、先日は仏生山温泉の炭酸泉で昼寝しまくりました。

生活逼迫しまくっており、なかなか県外には行けない私ですが、
こんなに近くで、至福の時を過ごさせていただいています。






















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かみさまのさくひん

2018-10-19 | 光と風と旅



昨日10/18の午前~お昼過ぎの空は感動的でした。

どこを見上げても、雲が次々と湧き上がって、次々と表情を変えて、

いつまでもずっと眺めていたかった…


















































































































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みかうさカフェLIVE・発表会~ストリートライヴ

2018-10-16 | クレーンが好き





ブログには周知しそびれまくっていましたが、10/13(土) 志度のオレンジタウン、「みかうさカフェ」でLIVEやりました。
久々にTAKAMIのLIVE。
これまでかなり長い間、自分主体のライブは、息子の受験もあって、自粛モードでした。
お誘いいただき、ゲストヴォーカルとして出演させていただくことはあったけど。




息子も、大学受験の結果は残念なものだったけど、自分の好きな道の専門学校に入学し、
前期の授業は、1度寝坊で1教科欠席しただけ。
学費減免申請のために皆勤狙ってたので、コレだけは残念だった。
しかし、前期試験の成績は大変よく、後期授業料の一部(半額以上)減免の申請が通りました。

あ~~よかった! めっちゃ嬉しい!!!
「息子の成績は大変良く…」なんて、これまで息子の人生18年の間…まあ主に中高生の間、ほぼ底辺だったし、あり得なかったよ。
ちょっといっぺんだけ自慢させて~~~

100点が4教科 90点台が7教科 80点台が2教科(これがめっちゃ不本意とのこと)。
あ~~~一度こんなん、書いてみたかった!!!

…ってことで、私はこれからは安心して自分の音楽活動に勤しむ!
彼はさらに成績を上げようと、必ず放っといても頑張る。


今回のLIVEも、私としてはSYOさん、類さんにお招きいただいたので、ゲストヴォーカルなつもりだったんだけど、
「TAKAMI主体のLIVEでいきましょう」と言われ、
そんなら、日本の歌や、自分のオリジナルなどを中心に。
…ってことで、「JAZZ LIVE」と銘打っていながら、JAZZのミュージシャンのバックで、TAKAMIワールドをやらせていただきました。





















すごく久々だったので、正直なところ、テンションの持っていきかた、かなり忘れてしまってました。

LIVE2ステージが終わったあと、「セッションタイム」を設けました。

類さん主宰のライブではいつも最後はセッションタイムで、音楽やってる主にワカモノたちが楽器を持ち寄って集まってセッションやります。
とはいっても「セッション」とは、JAZZならでは…な感じなんだけど、TAKAMIのお客様もJAZZ系じゃないけどミュージシャンいっぱいいるし、楽器と楽譜持ち寄ってその場で「せぇの!」でできるだろう…って、ゼヒともやってみたかった。
とっても新鮮なセッションでした。




他にもいっぱい演ったけど、画像の許可をいちいちするのがめんどうで、コレ1枚にて…。




もう、JAZZもクラシックもポップスも、なんでもアリのセッション、すごく爽やかでよかったな。
そして、JAZZ系ワカモノたちが活性化していることがすごく嬉しかった。
私のピアノの生徒さんたちも、こんな空間に連れてきて、参加させたい。
こんなぶうに一生音楽とかかわってほしい。


さて。次は来月、私の生徒さんたちの発表会です。
あと1ヵ月余り。
これまでも発表会ではソロ演奏以外に、毎回ミュージシャンの方たちとのアンサンブルをやってきました。
私の生徒さんたちは、これが初回発表会から当たり前と思ってやっています。
今年は諸事情で規模を縮小して、SYO MichaelSTUDIOでの発表会となりますが、ミュージシャンとのアンサンブルは全員やります。

その次には、12月、教会のストリートライヴ。
ここは、もぉ、神さま賛美路線で、炸裂しまくる予定。
私も息子の母として、、、ヤル時はやりまくります。


今年もいい1年を締めくくれそうだな~~~~

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息子帰省中

2018-09-15 | しろかねも くがねも玉も何せむに…







息子帰省中。

まったりな中にもいろいろ超絶新鮮な日々を過ごしていて、何をどうやって書いてよいものか、非常に考え込みます。
まあ、一言でいうと、息子はもうこれまでの息子と違う。
すっかり成長したのです。
心から嬉しい。寂しくはない。これホンネ。

しかし、母はこれから何処に向かっていけばよいのか…
18年間母として生きてきた自分のアイデンティティの足元がが揺らぐのを感じた。


帰省5日目の昨日、起きたらベランダいっぱいに洗濯物が干してあった。

エッ、私、夜中に洗濯したっけ? ヨッパで記憶のない時に干したのか??
…と、まずはふつ~~に思うんだよね~~~ん、、、
これまでにも、財布が行方不明になった時にはヨッパで徘徊してコンビニとかに置き忘れたのかもとか…
おにぎり用の海苔が行方不明になったときには、ヨッパで飲みながら全部食べてしまったたのかもとか…
アイメイク専用リムーバーが行方不明になった時には、古くなったからヨッパで思わず捨てちゃったのかもとか…
どれもすべて後日ちゃんと発見したのだけど、(財布は数日後、海苔は1ヵ月後、リムーバーは数ヵ月後)
絶対あるハズと思いつつ、記憶のないヨッパな私が夜中にナンカしでかしている可能性を危惧してしまうのですとほほほほ。



さて。洗濯物はすべて私のやり方で干してあった。
しかし、違うところがひとつだけあった。
ハンガーが足りずに干せないTシャツを、洗濯カゴのフチにかけて干してある。

ここここれは!?
やはり私が寝たあとで、夜中に息子が干したのだ。
これさえなければ、私は確実に、ヨッパで自分で洗濯して干したのだと思い込むところだ。

息子と私のTシャツもジーンズも、バスタオルも、私のやり方で干してあった。
加えて私のぱんつもブラジャーもフツーにそよそよと風に揺れている。

こんなことはもちろん初めてなので、私は大変混乱しました。
やっべ~とか、どっひゃ~~ん…とか、そーゆう表面的な問題ではなく、、、、
表現する言葉がありません。
「私の息子がこんなことをするようになったのか」
とでも言えばよいのか。



画像はイメージです




そしてさらに、昼には息子が炒飯を作りました。(冒頭の画像)
「お昼は炒飯かスンドゥブチゲ雑炊かどっちがいい?」
「炒飯なら俺のほうが上手い。」
いやまあ、これは一応想定内。
彼は高校時代から炒飯を作るのは得意だった。そして、一人の昼とか、自分の分だけ作っていた。
息子の作る炒飯は私のそれよりはるかにウマいことも知ってる。
息子は北京鍋を豪快に振れるのだ。
でも2人分を振るのは鍋の大きさ的にムリがあったので、2人分を作ることはなかった。

ダイニングテーブルで一緒に炒飯を食べる「昼ごはん」を想定していたところ、
「何もいわずにコレを喰え」といって、息子は私のPCデスクに炒飯を持ってきて置いていった。
初めて食べる、ちゃんと一人分の、息子が作った炒飯。

美味しいとか、感想述べるなってこと?

もぉ、見ただけで美味しいとわかる。
これをPCデスクでこのまま一人で食べろと、、、その意図もわかる。
自分の分はこれから作るのだ。
息子が作った超絶美味しい炒飯を、一緒に食べながら「美味しいね~」とか、ペラく言われたくないのだ。


まあこれが昨日の、母としての衝撃的出来事なんだけど、息子が帰省してから5日め。
彼にとっては、季節はずれの帰省なので、あまり友達と会うでもなく、わりとゆるゆるとした日々を過ごしているようだけど、そんな中で毎日他愛もないいろんなことがあった。


初日に息子は、夕飯のハンバーグをこねるのを手伝ってくれながら、私にこれまで育てて貰った謝意をさりげなく表明した。
ここから始まっていたような気もする、、、

2日目は本人所望の鶏牛蒡鍋…であるが、連日晩ご飯で語りを入れまくるのも気詰まりなので、お互い自分の観たいアニメとかドラマを観つつゆるゆると。









3日目は息子が大変お世話になった、書人で息子の習字の先生の池田秋濤センセのNAYA-NANYAにお邪魔して、昼うどんを挟み、ものすごく長い間語りまくった。
まあ殆ど語って下さったのは秋濤センセだったのだけど、私はセンセのお話を伺いながら、この方はほんとに偉人だと心から思いました。
あまりにも気さくで讃岐弁すぎて、みなさんセンセのこと、ある程度は「めっちゃええ人」とか思ってるかもしれないけど、この絶対にブレることのない愛に溢れるセンセの生き方のスゴさを心底わかっとらんやろ!?!?
センセは、私たちの車が見えなくなるまでお見送りして下さいましたが、息子はそれを認識してました。
そして、「秋濤センセって、ホント~~~に凄いよね、偉人だよね」という私に共感していた。



センセに連れてっていただいた「町川」



松茸うどん 大変美味しかったのに画像がブレまくりで超残念!




そして夜はSYOさんに焼き肉をご馳走になり、私が寝たあとも夜中に2人で語りまくったらしい…
息子は小2のときにSYOさんと知り合ってからず~~~~っと3人でいろんなところに遊びに行きまくった。
SYOさんと息子が初めて会ったのは私の車の中で、私が「しょうまいけるさんよ」と紹介した。
当時私はSYOさんとお付き合いもしてないし、SYOさんのことは殆ど何も知りませんでした。
息子は、家に帰ってから自分の地球儀を持ってきて、SYOさんに「しょうまいけるさんのおうちはどこ?」と言った。
これが、私とSYOさんと息子のお付き合いの始まりだったのです。
この出会いについては、SYOさんとの結婚披露宴にて詳細に語りたいと思っておりますので、興味のある方はゼヒご参加くださいね。
だけど、当然だけど思春期になって、中学~高校時代は疎遠になっていた。
そんな時代も乗り越えて、大人同士として、SYOさんと何を語ったのかは私の知るところではない。
私を除いたSYOさんと息子の人間関係が成り立っていっている。


4日目は、息子の提案で、じーちゃんと私と3人で、私の母方の祖父母のお墓参りに行った。
息子にとっては全く面識もないのだけど、「先祖のお墓」ってことで、義理を通していると思われる。


祖母のお墓は庵治の高台にあるので、廃墟となっている昔住んだアパートにも立ち寄りました




ベランダの鍵が開いていたので侵入させていただきました


2Fの私の部屋だったところ 当時は海が見えたけど、今は埋め立てられて景色は変わりました




久々の「しんせい」(セルフうどん)



景色も味も懐かしい…



…とまあ、そういうワケで、息子はちゃんと無事に成長した。
その息子に対して私は今後どのようなスタンスで対応したらよいのか。

ってとこなんだよね~~~ん!!!!

息子が成長した後のことなんか全く考えとらなんだ!!!地震でした。これまで経験のない進度5強以上。
私はずっと母であり続け、息子に背中を見せ続けるものだという感覚があった。まあ、今後もそれはそうかもしれない…
しかし、親子って、こんなふうな「逆転」の時があるのか。
それに気付くことができた私は親として本当に幸せだと思います。
激泣きしました私。すぐ激泣きする私。
そしてこの逆転、意外としゅるっっと越えました。


「母の世話をしよう」と息子は思っているのだ。
私は素直に「老いたら子に従う」スタンスになればよいのだ。
求められたときにだけ言葉を添えればよいのだ。
何も言わず洗濯物を畳んで息子の部屋に置いておけばよいのだ。





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夏休みダイジェスト

2018-09-08 | よしなしごと



ブログ、サボりまくっていますので、このたびどど~~~ん!と、まとめてアップします。ごめんなさいね~~


冒頭の画像は、池田秋濤センセが毎年催していらっしゃる流し素麺。
これまでもいろんなお友達と参加させていただきましたが、今年はSYOさんと2人、ちょっと寂しい、、、
嘗ては息子がセンセのお宅で育てているメダカを流して踊り食いしたことも…
しかし、激暑の夏、ここには涼しい風が吹き渡り、風鈴が鳴り、さらには、訪れた方の「書」がさらさらと音をたてて、素敵でした。



いつも、「君が代斉唱」「国旗掲揚」から始まるこの宴。
秋濤センセが畑にミニトマトを採りにいってなかなか帰ってこないので、SYOさんと私は、フライングして勝手に素麺流して食べた(^_^;)
しかし、やりました、儀式。バツが悪いとはこのことだな~~~
素麺の途中でトマトもころころとリズミカルに流れてくるのもいいんだな~これが。

そして、最後に、本日の思い出、感想を「書」にしたためるというのが、今年の趣向。

空気ごて んまい!

これわかる?





エシカルガーデン

この日は台風の影響で、雲がものすごく早く流れていく昼下がり。
相変わらず、休日は安定の「メシ・フロ」です。
息子が少年の頃は、公園、海、山、いろいろ行ったけどな~~~












ラフォン LIVE

久々のSYOさんとのデュオ。
30分のステージでしたが、リハが楽しかったな。
SYOさんとは、いつでも、うちでもSYOさんちでも音楽、できるけど、「リハ」となると、テンションが違う。






SYOさんもうちょっとかわいい顔しまい




庵治探訪

最初は、潟元の「恵味屋」さんでランチ。
これ、休日にはかなりのヘビロテ。





この日は庵治一周ってことで、まずは私が小6の頃に住んでいたアパートのサボテンに会いに…
このアパートは廃屋となっていて、雑草が生え放題、このサボテンも、嘗ての主から置き去りにされ、自力でずっと棲息しているようなのです。
私はこの子を自宅に連れて帰ろうと試みましたが、ダメでした。あまりにもデカすぎて、重くて、トゲトゲもあり、断念して、時々会いに来ることにしました。





私、ホント、庵治に思い入れあるんだよ。
一生、私にとって特別な場所なんだなーーー





これは武居観音岬。
四国最北端(ってあまり説得力ないけど)
小6の夏休み、私はここに、おそらく1時間近くかけて一人で自転車で来て、石投げしたり、観音様にお参りしたりしていた。
ここも、当時とはかなり変わっています。








まっそんな「センチメンタル」なこともありーの、浸かっちゃいました、思いいれの海に!!!
アホですが、ここまでやると、すご~~~~~~く満たされるんだよねーーー。








あとは、SYOさんちで採れた野菜などなど…



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東京帰省…死を思い昼酒うどん

2018-09-04 | 人生妙なり


最初はカッシーと古巣の「HUB」で昼酒♪




8/31~9/2の2泊3日、東京に帰省してました。

アップしてるのは殆ど「うどん店」の画像ばかりだけど、これだけを目的に行ったわけではありません。
「うどん」の場面以外は「写真撮ろう」という意識が全然ありませんでした。

3年ぶりの東京。目的は嘗て東京で濃い時間を過ごした懐かしいお友達にそれぞれ会って語りまくること。

あっという間だったけど、一緒に過ごして下さった方々、本当にありがとうございました。
なんだか、「オムニバス」な帰省とでもいうかなあ、、、



ゲリラ豪雨の「長谷川」(大泉学園)で最初に飲んだ酒。名前は忘れた。


FBやブログなどで、近況はわかっていてもやっぱり実際にお会いして、直接顔をみて声を聞いて空気を共有するのって、ものすごく嬉しい。
SNSがあるからこそ、時間と距離の経過とともにフェイドアウトしていかず、ずっと保たれる…っていうのもあるなあ。

昼酒夜酒飲みまくり、このブログには絶対書くことのできない内容の濃~~~い話を語りまくり、、、
いや、ブログどころか、両隣に他のお客様のいるところで、はらはらドキドキするようなモノスゴイ人生報告を聞いたり、、、

みなさん、それぞれ、自分のこと、息子さんや娘さんのこと、要介護の親御さんのこと、いろんなことを抱えててスゴイ。

結婚した人、離婚した人、それぞれみなさん、「打ち止め」ではなく、まだ次の人生があります。

東京時代よりも、ドラマはいっそう展開しており、今回お会いできた方々お一人お一人、あまりにも濃くて「ちょっと要約して書く」なんてこと絶対ムリ。



スミマセン、コレも美味しかったけどなんなのか忘れました…



…しかしいずれは収束して、いやしないままでもピリオドを打つ時がくる、それぞれの人生。
そこに確実に近づいていっているのだってことを、ずっしりと想う時間が少しずつ増えてきた。

その前に親の介護…とかあるんだけど、うちの両親まだまだ元気なので、そこをすっ飛ばして、自分の人生のピリオド、、、ってなんで??


というのも、私の周囲には、独身男女がかなり多い。一般的な方の周囲よりも相当多いと思う。
加えて、結婚してるけど子供は産まないというご夫婦も、かなり多い。
私の友人の大半がミュージシャンや、音楽関係者だからかなと思います。
しかし、これが普通に暮らす一般的な夫婦の形態になりつつあるかも…という気もしています。



茄子とイチジクの胡麻和え (すごっ!めっちゃ美味しかった!!私も作るよ~ん♪)


ハーフのひやかけは、感動的でした。思わず画像撮る前に食べて噛み千切ってしまったわい!



そんな中、今の自分がやがては迎える最後のときってこれからどうなるの??
今やってるお葬式や、火葬のやり方、墓地への納骨って、このままでは時代のニーズに合わなくなるんじゃないの?
いやもうすでになっているのでは?

…と、私は兼ねてから思っているのであります。

どぉよ??



さぬきうどん店にこんなお通しが、、( ̄□ ̄;)!!



数年前に、私の父と、高校の1年先輩を1週間の差で見送って壮絶だったとき、まずは「親族でなくては病状の説明を受けられない」という壁にぶちあたりました。
私の父のパートナーさんは何十年も連れ添いながら入籍しておらず、また、私は1年先輩のSさんとは、知り合って1年足らずのヴォーカルの生徒さんというだけにもかかわらず、
他に付き添いの親族が誰もいないってことで、彼の死に立ちあい、葬儀から納骨まで、深くかかわることとなりました。


私は人の死というのもは、遺された人に託せばよいのだと大昔から思っていたのです。
私が死んだら、私の葬儀や葬方やお墓や、そんなことは、「しきたり」のことなど一切どうでもよく、
私の死(を越えて次の世界にいくということ)を最も大切に思ってくれている人のやりたいよーーにやってくれれば良いと。
今日では、これまでの慣例で、家族や親族が葬儀の主催者であったり、また相続も火葬もなにもかも「血族主体」だけど、これが現代の人の死に方に合っているとは思えません。
私はSさんの死~納骨に立ち会って、本当によかったと思っています。



お通しの、苦くて正しいゴーヤーのお浸し、そして日本酒はワイングラスで供される…


数年前、私のバンドである「WIND AND SOUND」でゲストプレイヤーにお招きしたことのある、嘗てのとても有名なプロのビッグバンドの主力メンバーであった方が孤独死しました。
詳しいことは全く知らされませんでしたが、結局彼は親族のもとに引き取られ葬られたのではないかと推察します。
親族にとっては、何十年も交流がなく、大変迷惑なことだったのかも知れません。
一方、私たちミュージシャンにとっては…少なくとも私にとっては、どれほど触発され、感動を与えて下さったか。
…でも、お別れの機会はありませんでした。

これから、こういうお別れはきっとかなり増えていくと思います。
葬儀も相続も、このような血族主体って「このままでいいのか?」と感じます。



いりこのピクルス 伊吹島のいりこは、ハラワタも甘いという話で盛り上がりました


こんな話を、このたび上京の折に、約10年ぶりぐらいでお会いした弁護士のお友達S氏に話したところ、スゴイ話を伺いました。
裁判所から成年後見人に選ばれた弁護士の方が、被後見人の死、火葬、遺骨の収集にまで立会い、若い後見人は知識不足のため、長い間その遺骨をどうしていいかわからず、 ご自分の事務所の棚に何ヵ月も保管してあったのだとか。

この遺骨がそのあとどうなったのかは伺ったけど忘れましたが…
遺骨なんてどうでもいい、大切なのは天国へ行くその時なのだ…と、個人的には思うのですが、、、遺された人にとっての、人の死の煩雑なことについて、私、上記のように感じています。






閑話休題。


私はこのたびの「東京帰省」で、東京のうどんを食べるのをとても楽しみにしていました。
香川出身、東京在住の同窓生たちは、しょっちゅううどんを食べて、ウマそうな画像をFBにアップしているのです。
いいな~いいな~…と、いつも美味しそうなうどんの画像を見て指をくわえていたのであります。
東京のうどん屋では、蕎麦屋のように、酒の種類とアテが豊富で、まずは飲んで、〆にうどんを食べる…というスタイル。
これ素敵。香川ではあり得ないスタイル。
香川のうどん屋は、短時間でささっと食べてさっさと立ち去るというところだからね。



野菜の天ぷら、初めてホンモノ見ました


そして、器も盛り付けもとても美しい。
それていて、堅苦しくも高慢な感じでもなく、ゆるゆるとくつろげる。
こんなお店、香川にもできてほしい~~~!!
「新東京讃岐うどん 花は咲く」新宿御苑前店





うどんを食す達人の耕造さんが「香川からの客人をうどん屋さんへ案内する会」と大袈裟な会合の名前を付けて予約を入れて下さったので、
もう、大将自ら店の外に出て私たちを迎えてくださり、帰るときも、タクシーを拾える場所までご案内して下さいました。

また、耕造さんは、予約のできないこちらのお店では、ゲリラ豪雨のものすごい中、開店前から20分以上も店の外に並んで下さいました。香川からの客人の私(と、みっちゃん)のために!!!
素敵すぎます。
普段なら開店前から長蛇の列なのだそうですが、さすがに豪雨なので並ぶ人はいませんでした。
そして、私たち3人のために、定刻より早く暖簾を出して下さいました。






うどんを食す達人は、もてなしの達人でもあるのだなあ、、、とっても素敵。



それをいうなら、私の東京における音楽パートナーのカッシーもギターの達人であると同時に、もてなしの達人だ。
彼はさりげなく超絶ジェントルマンなのだ。(あははは、書いてる指が笑ってる…が、ホントにホント)
彼はいつも、さりげな~~~く私を酒と音楽でもてなしてくれる。
私が「このところLUSH LIFEが好きなんだよ、弾いてみて」って言うと、私がいない間に楽譜を探して、ナニゲに譜読みしてみてくれてる。
私はカッシーのギターで歌ってみたいなと思ってたんだけど、めっちゃ難しい曲だし、あまり演奏されることはないし、なんとなくしつこく言うのもなあ…と思ってたけど、
最後の日に、一応、弾いてみて~…と言ったら、なんと彼はソロで弾いてくれたのだ。
「LUSH LIFE」を1日でソロで弾くなんて、スゴすぎる。やっぱりカッシーはすごい、素敵。
やっぱりいつか、カッシーのギターで「LUSH LIFE」がやりたい。

私が一緒にフラミンゴやってた頃より、もぉ、全然成長してて、ただでさえ以前からスゴかったのに、さらに上手くて素敵すぎる。






そして、今回は、息子が保育園時代にとても可愛がっていただいたKファミリーのところで1週間お世話になりました。(私じゃなく息子が)
息子は、Kファミリーの三男坊として受け容れてくださり、一人で東京の主だった建築を見学しながら、毎日伸び伸びと過ごしたようです。
伸び伸びしすぎなんじゃないのぉ~~!?!?ってほど。


でっ、まあいろいろはしょりまくりましたが、まとめとしては

東京帰省楽しかった!めっちゃ幸せ!!



最後になりましたが、息子のとーちゃん、SYOさん、ご協力ほんとにありがとうございました。




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「マドラス」のカレー知ってる?

2018-08-16 | 美味礼讃






ローカルな話題ですみません。

「マドラス」っていうカレーやさん、知ってる?
覚えてる人、いませんか~~?
確か私が中学生の頃にオープンして。当時は中央通りの、国税局の隣?あたりにあった。
駐車場もあって広くて、当時、まだインドかリーとかナンとかも当然なくて、普通のカレーといえば楕円形のちょっと深いお皿にライスとカレーが半分ずつになって入っていた頃。
「マドラス」のカレーは、平べったい円形のお皿にターメリックライスが敷き詰められていて、グレイビーボートのカレーを、スプーンで一口ずつ掬ってライスに乗せて食べるもの。
すごくコクがあって、すごく美味しかったけど、値段は結構高かったような気がして、中高生が友達と一緒にそうそう行けるようなところじゃなかった。
でも、すごく美味しかったので、ごくごくたっっっま~~に清水の舞台から飛び降りて行ったな。
5回前後ぐらいは行ったかなあ~~

それ以降の記憶はなくて、東京に住んでた頃、帰ってきたらもうそのお店はなくなっていた。

そして、その「マドラス」は、今、菊池寛通りの中央公園の南側で、規模を縮小して、奥さまがやっていらっしゃいます。
味は当時と同じ。
オーナーだったご主人が亡くなり、場所は中央通から、高松市街のどこぞやの繁華街のあたりに場所を移して、ずっと続けていたそうな。
そして、また元あった場所の近くに戻ってきたのだとか。

レシピは当時のまま。
殆ど千切りキャベツのミニサラダにフレンチドレッシングがかかっているところも当時のまま。
カレーは、お皿にライスとカレーが一緒に敷き詰められてるところは変わってるけど、
味は、もぉホント、昔のままで、すごく懐かしい。
仕事の日のランチに\780は私にとってはかなり贅沢なのですが、たま~~~に行きます。

インドカリーでも、欧風カレーでもない、独特な香りと甘みがあって、カリーといえば激辛を求めてしまう私にとっても、全然激辛じゃないけどすごく懐かしく癒される味なんだよね~~ん。

そして、食後のホットコーヒーはすごく小さなエスプレッソのようなカップなんだけど、
私にとっては3口ぐらいで飲めてめっちゃってほどよいのよ。
カレーの〆って感じでね。


しかし今日は午後から90%雨予報だったので、バスで行ったのに帰りも全然降らなくて、バス代とマドラスで1000円以上かかってしまったヽ(`Δ´)ノ
チャリで行けばよかった~~~!!


ローカルな話題でごめんなさい。


今日は職場でとってもプンプン<`ヘ´>な出来事があったのですが、
ここで少しなごみました。





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リモコン洗った( ̄□ ̄;)!!

2018-08-06 | よしなしごと


>




実は20日ほど前に、自室のエアコンのリモコンを洗ってしまいました。
遠近両用眼鏡も一緒に。

私これまでに、数多の洗う必要のないものを洗濯機で洗ってきました。
今ここですぐに思い出すだけでも

息子の紙パンツ
息子の保育園の連絡帳
ティッシュ
息子の生徒手帳
コンタクトのケース(中身ごと)
ピアス
イヤフォン
小袋入りのアメ

まあ、私の責任じゃないヤツもあります。
…が、いちばんやらかして後悔したのは「紙パンツ」でした。
洗濯機の蓋をあけたら、きらきらと無数の小さなまあるい粒が輝いているのよね~~~、、、
その後の対処はほんとにほんとに大変でした。
身に覚えのあるみなさまもいらっしゃることでしょぉ!!
なんでこんなに何度もやらかしたのか、今となってはさっぱりナゾであります。


でっ、今回の「エアコンのリモコン」「遠近両用眼鏡」

息子がいなくなってから、大きな洗濯機でタオルケットやシーツを洗う機会が増えて、
「さ~~今日はお洗濯お洗濯!」とばかりベッド周りをひっぺがしてまるごと洗濯機に入れたら、
その中にリモコンと眼鏡が紛れてたのでした。
酔っ払っていたわけではありません。朝だったし。

さすがにこんな人いませんよね(-_-;)

洗濯の途中でなんだか音が変なので気がついて引き上げましたが、時既に遅し。
リモコンは液晶のところが水でひたひたになって、空気が気泡となってぷっかりと、、、
眼鏡はちょっと曲がったところを直すだけで無事でしたけど。

乾けば復活するか!?と思って、数日間ずっと放置してみました。
電池ももちろん取り替えて、液晶の気泡がなくなったところで「よーし乾いたかも」と思って「運転」しようとしましたが、やはりムリな様子、、、

その間毎日、本体の「応急運転」スイッチで対処しておりました。
温度も風量も全く調整はきかず、暑すぎる夜は、何度もじっとりと汗ばんで目が覚め、そのたびに脱水及び熱中症防止のため、水分補給。
あーもうこのままじゃダメだ、そろそろリモコン買いにいかなきゃな…と思っていたある朝、お友達からTELが。
まあ、雑談なんだけど、「昨日は暑くて夜中に何度も目が覚めた」話をして、リモコンを洗ってしまった話しなどもしたところ、
「TAKAMIちゃんは相変わらずだね~~~」などと言われ、
そうか、相変わらずなのか私…と、昔も紙パンツを洗ったことなど思い出したのでありました。

そして、それをきっかけに、死んだと思っていたリモコンをなんだかふと手にとってみたのでありました、、、
そしたら、液晶が復活してるじゃないの!!

スイッチ入れたら、作動する!!
直ったのだ\(^o^)/

リモコン買うお金が節約できたとかそーゆう次元じゃなく。
もうダメだ死んだ…とすっかり思ってたのがさりげなく、何事もなかったかのように完全に復活してるこの感動、、、

まあ、こんな経験をされる方はそうそういないでしょうし、同調してくださる方もいないとは思いますが、書いておきたかった!


みなさま、こんなことはなさらないでしょうけど、もしリモコンを洗濯してしまったら、根気よく20日間ぐらい放置してみてくださいね。
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授乳教習所

2018-07-20 | しろかねも くがねも玉も何せむに…







息子を産んだ後の「授乳地獄」…について「ソレ知りたい?」と書きましたが、誰も反応して下さいませんでした。
大変残念なのですが。敢えて書きます。
書きたいのです。

ちなみに、盲腸の痛みと陣痛に関する記事も発見しました。


激痛…盲腸 VS 陣痛(前編)


激痛…盲腸 VS 陣痛(後編)



当時は、まだブログを始めたばかりで、内輪で賑わっていて、たくさんのコメントを頂いていました。
なんだかのびのびと書いててすごくよかったな~~~


陣痛ピーク時の「宇宙のミラクルパワー」はほんとにこれまでの人生において一番の感動体験でしたが、
その後の入院の1週間は苦難の授乳教習所のような日々でした。
授乳の訓練だけのための日々。
こんな人あまりいないよね。

私の乳首(失礼)が特に大きいというわけではないと思うのですが、息子の小さい口にはでかすぎで、
大人の口の中に「みかん」かなにかをぼし込む(讃岐弁;むりやり入れる)感じなんだよね。

私がもともと口の中の容積が狭く、普通の人が一口で普通に食べられるような餃子やにぎり寿司なども、大変食べにくいのです。
無言でもぐもぐする時間が普通の人の倍はかかる。

まあそういうことだから、息子にも遺伝したらしい。
そんなワケで息子はうまくおっぱいが吸えない。
お腹がすいたら、必死で口をこれでもかというくらいに開けて吸い付きにくるんだけど、
毎回のお食事タイムは必死で、「ああもうこれくらいでいいや、疲れた」…となっていたのであろうと思われる。

経験者はご存じかと思うけど、あまり上手に吸ってくれないと、母乳もあまり出なくって、バッドスパイラルに陥ります。
なので、その分を自分で搾乳することに、、、、
この作業が超絶痛くて大変で時間はかかるわ、3時間ごとの授乳でただでさえ睡眠が分断されてるのに、
3時間ごとに起きて授乳が終わったあと長い時間かけて絞って、へとへとになって寝て、うとうとしてたら、もうすぐまた次の授乳タイム。
もう私はへろへろなのでした。

同じ部屋で、10代と思われる子がママになったらしく、これまた少年のようなパパや、少年少女のお友達が面会に来るんだけど、
彼女はめっちゃ元気で、面会のお友達にも冗談を言ったり、なんといっても
「私、こんなに元気なのに、ヒマで退屈や~~~」と友達に言ってるのがとっても印象的でした。

え~~~私はこんなへろへろなのに、いや、ヨボヨボともいえる、、、
お友達が会いにきてくれても、元気よく対応なんでできないし、
授乳と自分の食事以外の時間は、とにかく少しでも寝ていたかった。

これが10代と40手前の体力の差なのだと、ひしひしと感じたね。
トイレに行くにも、手すりをつたいながらヨレヨレと歩いていったな~~
やっぱり、出産ってものすごく消耗するんだよね。40手前の出産は消耗激しすぎる。


もぉホント、私は心から、女子はどんな事情があっても子供を産むことをお勧めしますし、
それならなるべく若いうちに…とお勧めします。
産んでからでも、自分のやりたいことは必ず叶う。
こんな時代に後世に子孫を残すことは生んだ子供がかわいそうだと思うご夫婦数多と思われます。
しかし私はそうは思いません。
子供は親の教育によって、必ず親を超えて成長します。そうやって子供が親を超えていくことで世界は良くなっていくのです。



退院してからは、母がまかしときっ!とばかり、張り切って私の食事の世話や、息子の沐浴を手伝ってくれました。
…というより、全部やってくれた。すごく楽しそうだったなあ。

私の食事は、炭水化物たっぷり、野菜や水分たっぷりの「しゃびしゃび」系なものばかりで、
母乳が出やすいようにとの配慮満載のものばかりでした。
そして、私が息子の飲む母乳の量にナーバスになっている時に、粉ミルクを買ってきて、
新生児は1回に70~80mlと病院で教わったのに、私に内緒で180mlも飲ませていたらしい、、
あとで聞いた話だけど、その時に知ってたら「絶対やめて!!」と、怒りまくっただろうなあ…
でも、息子は元気に育ったのだし、「赤ちゃんでもお腹いっぱいになったら飲むのやめる」と母は申しておりました。
私が授乳で睡眠不足にならないようにとの配慮だったらしいけど、
おかげで、息子は満腹で寝て、私は夜中に起きずにすんだよ。

授乳に関しては、ほんとにナーバスで近視眼的になっていた私に対して、母も気を使いつつ、
息子にはおおらかに接してくれていたのだなあ…と、
「ばあちゃん」の存在の大きさについて、今こうして書きながらも、改めて感じています。





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息子を産んだときのこと(加筆修正)

2018-07-17 | しろかねも くがねも玉も何せむに…





このブログを始めたのは、息子が4歳の時。
…ってことは14年。

息子に関するいろんなことを画像とともに記録できてほんとによかった。

しかし、息子を産んだときのこと、書いたことないかも。
いやもしかしたら記憶にないだけで拙ブログのどこかにあるかも…
盲腸の痛みと出産を比較した記事がどこかみあるかもな、、、



ここで、書いておきたくなりました。
私の出産について。

妊娠から…となるともうあまりにもものすごいストーリーで膨大になりそうなので、とりあえず出産についてのみ。


…といっても、やはり妊娠中からの話から始まるんだけど、
私は妊娠中もLIVE活動も仕事も普通にやっていて、ある日、お腹の張りがすごくて、
仕事を休んで病院に行ったら「切迫早産」と診断され、そのまま入院となりました。
予定日まで3ヵ月以上、ももうこのまま出産まで入院ってことに、、、
しかし、私は退院できたのです。
たいした「切迫早産」じゃなく、点滴の効果で、開きかけた子宮口はそれ以上広がることはありませんでした。
そして、臨月に飛行機で実家に帰って予定通り、香川で出産することができました。


高齢妊娠、出産なのでしたが、突発的ではなく、実は私の中では予定妊娠だったのでした。
LIVE活動をどうしても続けたかったけれど、子供も絶対産みたかったのでした。
もうこの歳が子供を産むギリギリの年齢であろう…と、、、

そのように、積極的な妊娠をした私の心構えは、「出産に前向きに挑む」というものでした。
定期的に通っていた産婦人科の出産カウンセラーみたいな方に、あなたの出産のイメージとはどんなものですか?と聞かれ、私はそう答えたと記憶してます。
カウンセラーは、それぞれの妊婦さんの希望する出産のイメージになるべく近いお産ができるように妊婦の心身を陰で支えてくださるという役割のようです。


そして、いろいろはしょって、いよいよ出産当日。
午前中、お腹の張りの感じで「いよいよ来たか!」とわかります。
少し様子をみてから病院へ。そのまま入院となり、陣痛室(だったかなー)で待機。
夫にも連絡していたので、ラッキーにも陣痛が極限に達する前に来てくれました。
取るものもとりあえず東京から駆けつけてくれた夫は、陣痛室で弁当を食べながら、私の腰を力の限り押してくれます。
夫が来るまでは母が付き添ってくれて、腰を押してくれてましたが、夫はめっちゃ力強く心強かった。
「ヒッヒッフ~~」というのは雑誌でお勉強はしていたけれど、そんななまっちょろいものじゃなく、この激痛には、夫の渾身の力をこめた「腰押し」で対応。
これから生まれようとしている子どもとその両親の3人の、超~~~絶な共同作業。
これまでの経験を超越した、あり得ない、ホントにあり得ない痛み、もがき……と書いている今は、全くもう忘れているのですけどね。

と、そこへ「宇宙のミラクルパワー」がやってきた。
私、こんな痛みもうこれ以上耐えられないんですけど、、、どーすんの??ってところで、さらなる痛みが襲ってくるときに、「宇宙のミラクルパワー」としか言いようのない自分の中には絶対持ってるんじゃないのが来たんだよ。
その「ミラクルパワー」は、介添えをして痛みを和らげてくれるのでなく、さらなる痛みを乗り越えるパワーを供給してくれる感じ。
私の自力で、この痛みに耐えられるワケがないのです。これはもぉホントに宇宙のパワー。
私は宇宙と一体となって、宇宙と同化してこの命を生み出すのだ…と、ホント、これは、痛みの極致の中での究極の感覚と究極の感動だった。



女子はみんなこうやって様々なかたちでの出産を乗り越えてくのだなあ、、、


分娩台に乗っかったときには、もう陣痛はおさまって、赤ちゃん出口のソノ部位とかセンセや看護師さんに触られるとなんだかくすぐったくて笑ったりしてたような。
息子の頭が出てきかけてるところを鏡で見せて貰って「頭の毛がくるくるじゃ~~ん!!」と思ったり、かなり冷静だったっけな。
そして、いよいよ出てきた息子のオギャーの第一声は、私からしたらなんだかとてもか弱くて、おいおい、大丈夫なんかい?って思ったっけな。
でも、とにかく「オギャー」と肺呼吸をしてくれて、もぉ~~安堵感ひたひた。

生まれる瞬間は、陣痛の極致のときの「ミラクルパワー」体験からすると、なんだかフツーに生物の「娩出」って感じ。



五体満足、ほんとうに健康体で生まれたことに神さまに感謝しました。


しかし、母には、その後授乳地獄が待っていたのであった。
ソレ知りたい?

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息子帰省の3日間

2018-07-16 | よしなしごと





金曜の夜から月曜まで3連休で息子が戻ってきていました。
夏休みではなく、奨学金の手続きの書類のためで、明日は授業なので慌しく帰って行きました。
私のこの連休は大変慌しく殆ど息子をかまうこともメシ作って食べさせることもできませんでした。






まずは「フラウエンコール」という薦田義明先生率いる合唱団の定期演奏会。
私は、団長(教会関係のお友達)から「モツレク」(モーツァルト レクイエム」の歌詞の日本語訳を本番でステージ背面に流すというのを頼まれ、お引き受けしました。
夕方からはレッスンがあるので、「モツレク」が終わったら、帰らねばならず、本番を聴くことはできませんでしたが、午前中たっぷり2時間余りのリハーサルをじっくりと客席で聴かせていただきました。
大変有意義でした。
薦田先生、めっちゃコワい先生だけど、ものすごく一生懸命で、いやもう必死で、熱意が伝わりまくります。
先生の指摘(殆ど怒鳴り)は、私も共感できることで、「あっ、それはちょっとなぁ」と私が感じるころ、先生はすかさず怒鳴りまくります。
そして、練習の最後に先生が仰った「みんなには一人ひとりが表現者として自立してほしい」という言葉、とっても共感しました。




一杯の姿撮りそびれました もう最高~~~


その後、自宅でのレッスンが終わってから、SYOさんの家の近所の「山活」へ!
(めっちゃ美味しいけど全然気取ってない穴場の割烹串揚げやさん)
息子と3人で行くのは何年ぶりだろう、、、
息子は高校の部活に顔を出し、後輩たちと遊んだあとで現地で合流。
最後に行ったのはたぶん中2だったかな。
あまりにも久しぶりだけど、子どもの頃はほんとによく3人で行って、カウンターごしに魚や貝のこと教えてもらったり、時には閉店後にマスターとコマで遊んだり、
ほんとにほんとにものすごくお世話になりました。




  


5年ぶりぐらいで行った息子は、何もかもがものすごく美味しいと、俺はこんな美味しいものを食べて育ったのかと改めて感動してました。よかった~~\(^o^)/
ホント美味しいんです!!!



息子が思春期になってから、3人で行動を共にしなくなってしまったけど、
こうやってまた3人で食事に行くことができて素直にとっても嬉しい。
3ヵ月ぶりに会う息子は、少しの間に大人になったなあと感じました。
限られた仕送りで、自活して、無遅刻無欠席で学校に通ってるって、本当に偉いなと思います。
息子の通う専門学校からは、定期的に出席状況についての通知が来るのです。

私はゆる~~い大学生活の前半2年、一般教養なんてサボりまくってたもんね。



2度目の出席状況通知。これを見ると、よし、母も頑張って働かねば!ってすごく思う。




2日目は、息子は昼は友達と遊び、夜は祖父母の実家に行きました。









私は生醤油中華そばをいただきました 昨日は山田家さんのうどんだったもんね♪



3日目の今日は、ランチに「竜雲」(うどん)に行き、その後、建築家macotoさんの会社に遊びにいきました。
macotoさんは、以前にも何度もご紹介した建築家で、SYOさんのスタジオの設計、施工者であり、あるときCIDPという難病に罹り、今でも病気と闘っていらっしゃいます。
完治することのないこの病気になって、健常者と変わらないほどまでに回復するのは4%なのだとか。
私はひたすらにmacotoさんの仕事やご家族に対する熱意や愛によってここまで回復されていらっしゃるのだと、本当にいつも尊敬しています。
そのmacotoさんとの出会いも奇跡なんだけど、息子が建築家を志し、macotoさんのご出身の専門学校の後輩になる…というのも奇跡…というより、
これは神さまのご計画であります。きっぱり。

macotoさんの体調にも波があり、今回は息子がmacotoさんにお会いできるのか微妙というところでしたが、叶いました。


こうして、息子は、短い高松帰省の3日間、濃い日々で、きっと満足で帰っていったと思う。
だけど、私は息子になんにも作って食べさせられなかったよ。


さて。冒頭の画像は我が家のLDK兼レッスン室なのですが、息子は自室にベッドがあるにもかかわらずここで寝るヽ(`Δ´)ノ






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「ダシアン・ライス」

2018-07-09 | 美味礼讃






このところ「だし」暴走の記事が続きまくっていましたが、
ついに、先日、教会の「ワカモノ夕食会」(若者夕食会)というイベントで、17名分の「だし」を作ることになりました。
先月の「ワカモノ夕食会」では、「フランゴ・コン・キアーボ」というブラジル料理を作ったのですが、
「暴走だし」は、もぉここまできたら私のオリジナルといっても過言ではなく、それだけに料理名がなく、
「耕造さん」という高校音楽部時代の先輩(この方こそ私を「だし」に導き?ここまでハマらせた張本人)が、連日のような私のFB投稿記事と画像を見て、不憫に思い?命名して下さったのが、「ダシアン」=「dashi + asian」


おおおぉぉ~~~!!
さすがプロ!!!(詳細は割愛、、めっちゃレジェンドな広告代理店の方)

他にも、TAKAMIの名前入りのかわいいネーミングを考えて下さった方などもいらしたのですけど、
さすがに自分の名前を料理名に入れて名乗る?のはこっぱずかしくてね~~~
ホントに、みなさま、却下でごめんなさいです。


…しかし、本番の画像はナシです。
当日はそれどころではなく、、、、

でも、数日前の試作品はあります。(冒頭の画像)

豚バラ肉をカリカリベーコンのように焼いて、それをご飯(本番は雑穀米)の上に敷き詰めて(本番は経費節減のためぱらぱらと乗せる)
たっぷりと「ダシアン」をかけ、ご飯と混ぜ混ぜして食します。
胡瓜のカリカリ感、茄子のしんなり食感、トマトのジューシーな味…
そこにパクチー、大葉、そして唐辛子。
いろんな味や香りが混ざりあって、えもいわれぬハーモニーを醸し出します。

実は私、この試作品のときに、初めてご飯に「ダシアン」を乗せて食べてみた。
いんや~~~もう素敵すぎます。

ゼヒともみなさま一度お試しください\(^o^)/

味付けは、ナンプラー、レモン汁、スイートチリソース。
そんなんないよ…って??
いんや~~これだけのために入手する価値ありますって。




ラスクに乗せて食す、、、♪



いずれ、「カオ・クルク・カピ」というタイの混ぜご飯もやりたいな。

チャーハンや、炊き込みご飯の常識を超えたワンプレート混ぜ混ぜごはん。
私も「ダシアン」からさらに発展させたいな~~




ついでに…ってことでもないんですけど、美味しく幸せなランチタイムなどなどの画像もせっかくなのでアップしとく。


先日、豪雨の日に行った「瀬戸きぼう恵美屋」さん







豪雨の土曜日にもかかわらず、ランチタイムのお店はほとんど満席。
「お造り定食」もぉ~~美味しすぎ。
私、正直申しまして、ちょっと明日は休みでよく飲んだ…って時の翌日午前中はあまり食欲ないのです。
しかしここではそんなときにも絶対に完食。



お刺身だけじゃなく、これは鯛のカマ。しゃぶり尽くしましたヽ(^o^)丿



たんごぶ後、酒は控えていたので、久々の昼酒。オーナーのお心遣いなのだかわかんないけど、めっちゃ濃くて美味しかったよ(*^_^*)






こちらは「山田家」さんの「ひやかけ」









大葉、梅干、大根おろし…などが食欲そそりまくり、よく飲んだ翌日に(またソレ!?)

つまりは、身体が歓んで受け入れる感が良きかな~~~!!

しかも、デザートに抹茶ラテとわらび餅もいただいてしまった。

このお店のメインのお座敷での、平日ならではのゆるゆるまったり感… 超いいっす、、、

   




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私がクリスチャンになった訳

2018-07-02 | キリスト教のこと


深い群青の「ガリラヤ湖」



「求道者ドキュメント」のカテゴリーを読み返したら、結構私、いろいろキリスト教について書いてるじゃ~~ん。
でも、洗礼を受けることとなった過程については書いてなかったよ。
なんでこのズボラでチャランポランなTAKAMIがクリスチャンになったのか…
しかも、いきなりどぼ~~ん!とお風呂のようなところに入れられるのが洗礼。(教派にもよる)
私もある友人から突然クリスチャンになったと言われたときものすごくびっくりして、経緯を詳しく語ってもらったこともあったので、この際だから語らせていただきます。
先日の勢いです。



オリーヴ山から見た神殿跡



私は物心ついた頃から「世界は神さまによって創られた」と信じていたのでありました。
洗礼を受けるに至ったのは、その「神さま」というのは、キリスト教でいうところの神さまだと思ったからなのですが、まあもう少し詳しく語ります。

家は仏教だったけど、「仏様」というのがよくわからないので、子供の頃から、お祈りは、私が信じている世界を創造した神さまにしていました。
お祈りはほんとうによくしていました。
フツーの日常でも私によくないことが襲いかかりそうなときもです。
たとえば、吐きそうなとき。
私は子どもの頃、よく吐いていました。
「吐きませんように」
コレ、めっちゃ子供の私にはシビアだったよ。
お祈りしても吐く時は、神さまがそのほうがいいんだよと言ってくれたんだ…と、、、そんな心も養われたような気がする、、、


中学生のある日、たまたま、イエス・キリストの生涯についての映画をTVで観ました。
私はその頃、宗教にとても興味があり、、この映画にめっちゃ感動してイエス様が大好きになり、カトリックの桜町教会に行ってイエス様の絵葉書や、お祈りの本などなど買って、デスクにイエス様の絵葉書を飾りました。
礼拝に行く勇気はなかったけど、桜町教会のイタリア人のシスターとお友達になり、ある時期、文通もしていまました。
教会学校用のテキストも貰って、聖書を読みながら問題を解いたりもしていました。




オリーヴ山のオリーヴ



中学生のある日私は両親に「洗礼を受けてクリスチャンになりたい」と言いました。
しかし母に、「それはもっとじっくり考えてからにしたほうがいい。」と言われました。
何故なら、クリスチャンになったことによって、人生でいろいろ悩んだり、壁にぶち当ることがあるかもしれないからと、母は頭ごなしではなく、丁寧に言ってくれたので、
こんなに真剣に言う母に従おうと思ったのでした。
それはきっと「結婚」に関することなのだと、中学生の私にもわかりました。




異邦人伝道の基点「皮なめしシモンの家」




でっ。
月日は流れ…
私は、息子に「神さま」のことを伝えたかったのです。
私はどの宗教の信者にもならなかったけれど「神さま」を信じて過ごしてきました。
このことを息子に伝えたかったのです。
学校の「道徳教育」ではなく、私が、神さまを信じてきたことを伝えたいし、
息子にも「神さま」を心の根幹に持ってほしいと願いました。
それには、教会学校に通わせることが良いであろう…と思いました。
私が信じている「神さま」とはキリスト教における「神さま」なのだと思えたのです。




ゲッセネマの園からカヤバ官邸へと続く石段





クリスチャンでない私が、何故息子を教会学校に…??

初代夫が教会学校に通っていたという話を、結婚披露宴の時に、新郎側の、お父さまの仕事関係の方からのスピーチで聞きました。
初代夫は、小学生の時、雨の日も風の日も、自転車で教会に通ったのだとか。
へぇ~~~そんなこと全然知らなかったよ。
初代夫とそんな話をしたことも全くありませんでした。
だけど、この人はそんな素地があるから、こんないい人なんだ…と、私は素直に感じたのでした。
さらに教会というところは、出入り自由で、教会学校に通っても「洗礼」を受けなくてはいけない…などというところではないのだとも。
なので、安心して息子を託せる…と思いました。
息子は毎週楽しみに教会に通うようになりました。
私と息子が所属している教会は偶然にも初代夫が通っていたところで、披露宴でスピーチをして下さった方は今でもそこの教会員なのです。




ナザレのハートのクローバー




私といえば、息子の月謝を払うようなつもりで、礼拝にも時々参加し、献金していました。

私が音楽活動をしていることを話すと、牧師先生は、私を教会のいろんなイベントに用いて下さるようになり、賛美(神を讃えて歌う)の根幹に深くかかわることになっていきました。
そして、どの歌も、歌えば神さまと繋がり、水道の蛇口を開けるように流れ出てくる…と感じました。
自分が生きている今と、イエス・キリストの時代が折り紙を折って角と角が重なるように一瞬にして重なる。
こんなミラクルな経験を音楽を通して幾度もしました。
私が大学時代に歌った宗教音楽はなんだったのだろう…全く「聖書」という文言はなかったな。

それでも洗礼を受けたいとは思いませんでした。
私は、今でもこれでじゅうぶんイエス・キリストを信じているし、このままでいいと思っていました。

でも、教会員の方たちも、牧師先生も、私と息子が受洗することを待ち望んでいて、それを拒む理由はなにもありませんでした。
このような経緯で、私は音楽からキリスト教と繋がりました。




エルサレムの奇跡の夕暮れ




前回も書いたように、洗礼を受ければクリスチャンになる…のではないのです。
私は、いったいいつからクリスチャンだったのだろうか…
中学の頃、イエス・キリストの映画を観て、イエス様が大好きになったあの時から、私は救われていたのだ…と思います。
キリスト教でいう「救われる」とは「福音の3要素」を信じることです。
一度救われたら、それを失うことは絶対にありません。








洗礼を受けるに至るまで、実に40年という年月がかかりましたが、
その間、神さまはずっと私のことを見守って辛抱強く待ってくださったのだ…と思います。
とうちゃん(神さまね)、ホントにありがとう…です。

洗礼を受けるということは、クリスチャンになるための儀式ではなく、福音を信じたので、これからは神さまの法則に従って歩みます(なるべく)とまあ、そんな感じ。



…とまあ、時々こんな感じで、キリスト教関連の記事も書きたいと思います。
お付き合いくださいね。



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「福音の三要素」

2018-06-29 | キリスト教のこと






ご存じの方もいらっしゃると思いますが、私はクリスチャンなのです。
ですので、たまには聖書やキリスト教についての記事も書きたいのです。
どうかお付き合いください。



私は、中川健一先生の「ハーベストタイム」というサイトが大好きで、一時、これにハマりまくっていました。いや、いまでもハマっています。
聖書の冒頭の、創世記1章1節「初めに、神が天と地を創造した。」
これは、きっとクリスチャンでない方も、聖書を読んだことがない方もご存じなのではないでしょうか。

キリスト教は、「一神教」。 宇宙は神が創造した。…これが私としてはしっくりくるのです。
…というより、「当たり前じゃん」なのです。中学生の頃から。
ビッグバンから始まって、この宇宙は偶然にできて今日に至っているとはとても思えませんし、
神さまがたくさんいてそれぞれにその場所や人の願い(学業、安産、商売etc.)をそれぞれに管轄しているというのも私にとっては思春期の頃から違和感ありました。
私はクリスチャンでない頃に神社仏閣にお参りしても、いつも「御神体」とかどうでもよく、「天地を創造した神さま」にお祈りをしていました。

実は30代の頃、初めて伊勢神宮にお参りに行ったとき、「なんだ、ここにもやっぱり人間を祀ってるのか…」と、ちょっと失望したことも申し添えておきます。
修学旅行で日光東照宮に行ったときも、人間徳川家康を祀っているのか…と、なんとなく納得できない思いあったし、、

人間をどんどん、どんどん遡っていけば、神さまに到達するのでは…という思いがありました。
日本神話って、そういう世界だと思っていたのでした。人間は神さまに繋がっている神さまの子供なのだと、、、

「初めに、神が天と地を創造した。」
中川先生の「ハーベストタイム」では、ここから始まって、創世記の全章をとても詳しく楽しく、1回約1時間のメッセージで解説をして下さっています。
私としては、好奇心の「塊」…というよりは、トゲトゲのように、ぷるぷるのように、ベクトル状態になって、次々と聞きまくりました。

昨年三国志にハマりまくりましたが、ハマり方としてはまあ、あれと似たようなものです。

創世記の登場人物は、ものすごく人間的…というか、人を殺したり、欺いたり、妻が複数いるし、身勝手この上ないような人物が次々と出てくるのです。
そして、神はそんな人間と向き合って、約束を交わしたりする。
中には神に対する深い信仰を持っている人もいるけど、そんな人物でも、日常生活的に清く正しい人が深い信仰を持っているというわけではない…

なんじゃこりゃ~~!? な世界。

そして、創世記の次には「出エジプト記」
「モーセの十戒」のストーリーです。
これもまたハマりまくりました。

三国志にハマりまくっていたことは記事に書きましたが、旧約聖書にハマっています…とは、正直いって自分自身の「信仰」のこともあるので、なんだか書きにくかったっす。
拙ブログに、宗教色はあまり出したくないという思いがありました。








さて。ハマりまくった旧約聖書の「創世記」と「出エジプト記」が終わって、次は「新約」にいってみるべきだな。
「新約」とはイエス・キリスト以降。「紀元後」
イエス・キリストの生涯を記した「福音書」についての解き明かし。
これもまた壮絶で、グサグサと突き刺さりまくりました。

キリスト教の「福音」(良い知らせ)というのは
1イエス・キリストは私の罪のために死んだ
2イエス・キリストは死んだ後墓に葬られた
3イエス・キリストは、死んだ後3日目に復活し、現在も私のために生きて働いている

これを信じて受けいれる人には、次のことが起こる。

1過去、現在、未来の罪がすべて許される(ローマ8:1)
2神の子となる特権が与えられる(ヨハネ1:12)
3永遠の命が与えられる(ローマ6:23)


まずは「罪ってなによ」ってところで、殆どの人がひっかかります。私もそうでした。
私はそんなにひどい人間なのか罪びとなのか、それなりに頑張ってるし、すごく前向きに、これまでも挫折を味わっても、自分の人生、頑張って自分で切り開いてきましたけど。

「罪」とは、聖書的には、「的はずれ」ということのようです。「神さまに向かっていない状態、背を向けている状態」

私個人的には、具体的に私の「罪」とは人を心の中で裁くことだと思います。
心の中で人を批判したり、人と自分を比較して、私のほうが正しい…と思う。
それのどこが悪い、そんな聖人君子になんかなれねーよ、、、、
そーなのだ、人は努力しても聖人君子になんかなれない。

イエス・キリストが私の罪を背負って十字架で死んだ。だから私の罪は赦された。
そして3日目に甦って今でも私のために生きて働いている。
…なんて、ムシが良すぎまくりです。私の罪をイエス・キリストになすりつけてるじゃないの。
…と、このように、キリスト教というのはなかなか、努力を美徳とし、悟りを目指す日本人の性質には受け容れられません。

しかし、神の側からの視点?に立ったとき、「信じるだけでいいんだよ」と、
神さまがどれほど愛に満ちて人を救おうとしているか、神の愛のスゴさが魂にずしずしときます。

今年も父の日チャペルコンサートにお招きいただきました。

去年は「Lush Life」を歌いました。今年は「酒とバラの日々」を歌いました。
どちらも、退廃的な人生の歌で、普通教会で歌うのははばかられるような歌詞なのです。
でも、私は、こんな酒に浸りきった荒れ果てた人たちのことをも神は見捨てない、信じて頼ればその瞬間に神の腕に抱かれて救われるのだと思えます。
「神よ私をお赦しください」じゃなくて、「とーちゃん助けて!」と願えばよいのだ…と、これは今日感じました。マジです。

私がのんべーだからか あはははは♪♪


ちょっとご紹介。キリスト教入門サイトです。
これも私がハマっている中川健一先生のサイトの一部。
ちょっと覗いてみませんか?

聖書入門.com 3分でわかる聖書

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