WIND AND SOUND

日々雑感 季節の風と音… by TAKAMI

久々の「カオマンガイ」

2018-04-14 | よしなしごと





相変わらず引越しの疲れを引きずっていて、
一昨日は欠勤、食欲なく、1日でお粥1合しか食べられなかった。
昨日は出勤したものの午前中で早退させてもらった。
しかし!
なんか食べないと吐き気がおさまらないぞと思い、自転車で帰宅途中、
兼ねてから気になっていたアジアンレストランの入り口にベトナムフォーやカオマンガイのメニューが掲げてあるのを見て、
コレならいけそうかも!
…と思い、入ってみた。
おそるおそる「ほんと~~に少なめで…」といって、カオマンガイをオーダーした。

「カオマンガイ」とは、タイ料理で、鶏肉を米といっしょに炊き込み、ニンニクや生姜、唐辛子などの入った辛酸っぱいタレをかけて食べる。
「シンガポールチキンライス」の親戚のようなもの。

このお店のカオマンガイは、お米も普通の日本のお米だったし、タレも全然辛くなく、
本場のカオマンガイとは全く違う食べ物だったけど、パクチーとニンニクの香りに癒されつつ完食できた。

「完食できた」ことがとっても嬉しい。

でも、「カオマンガイ」なら、次回は自分で作る。
なんといってもこのご飯と鶏肉にかける「タレ」が決め手。これは私、自分で作りたし!!
それに、フォーやら、タイ風お粥(お茶漬け?)やら、
これまで封印して忘れ去っていたメニュー、解禁じゃ~~\(^o^)/

ってことで、早速スーパーマルヨシで、「フォー」を買った。
パクチーは乾燥のヤツしかなかったけど、SYOさんちで育ててくれてるもんね♪
このところスーパーマルヨシはアジアン系も充実していて、激辛唐辛子も売ってるし、
近所のスーパーとしてはめっちゃ優秀\(^o^)/


ところで、先日勤務先で、アメリカから一時帰国している社員の方がメロンパンを差し入れてくださった。
近所の商店街の、わりと新しくオープンした話題の有名店のメロンパン。数種類の中から選んでるとき、「息子はどれが好きかな」…と咄嗟に思った。
…あっ、そうか、息子はもういないんだ、私が食べるんだった。
これからも暫くはこんなことが続くのかなあ、、、

これまでの食生活は完全に息子中心で、
息子の嫌いなアスパラとナスはスーパーで手に取ることもなかった。
未だに冷蔵庫には息子の残骸として、卵とソーセージがかなりの量残っています。
スーパーマルヨシでの買い物は、買い物カゴの底にこぢんまりと、自分の食べる分のみ。

これからは、自分の食べたいものを作って食べられる…っていうのも、なんだか不思議な感じ。
暫くはアジアン炸裂しそうかも。



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息子の引越し完了…めっちゃ疲れた

2018-04-10 | 人生妙なり




これは自分自身(&息子)の記録。つまり、普通の「日記」で、自分の為に書いています。(つまんないと思うのです、悪しからず)


初めてジャンボフェリーに自分の車を載せて、高松→神戸~大阪へ、息子の荷物を運んだ。
せっかく車内用の携帯ホルダーを買ったけど、ナビは設定が不十分で現在地を示すだけで全然役にたたず、まあそれでもなんとか殆ど迷わず辿り着いた。
まずは、フェリーを降りたところ(構内)を、どっちにいっていいのか全く分からず逆走していた模様。誘導のおじさんに「そっちちゃうよ!」と言われ、大阪にいくにはどうしたらいいのか教えた貰った!!

macotoさんからの、高速の下をずっと行けばいいんだよというアドバイスと、
「佃」という、息子のアパートの住所の標識が出てきたので、このあたりで高速の下の幹線道路から外れてみようと思ってちょっとふつーの道へ入りこんで、ローソンで訊ねてみようとしたら、
たまたま郵便屋さんのバイクがいた。
その方に目的地の息子の住所を言ったら、郵便局専用ナビ?で調べてくれた。
目的地のすぐそばまでの案内で、とってもわかりやすくて、そこまで行ったらまた別の郵便屋さんのバイクに会った。
そのおじさんは、現地までバイクで誘導してくれた!! なんというダブルラッキー\(^o^)/
「おじさん」たって、2人とも私より若いんですけどね。

大阪の人ってなんて親切なんだ!!

思ったよりあまりにも早く息子のアパートに着いたので、敷地内に車を停めて、駅までの道を歩いてみたり(これも工事のおじさんに尋ね、親切に教えていただく。)
息子が来るまで周辺を散策して時間を過ごした。

息子は入学式からこの日まで2日間ホテル暮らしをしていて、学校が終わって、不動産屋に鍵をもらいに行って、初めての入居。

私が車で運んできた荷物を部屋に運んでから、ホームセンターやスーパーで買い物して、
この地域は、あまり日常生活に必要なものを買うのに充実してないよね~~って話に、、
物価も高松と比べ高い。
特に、駅のスーパーは、2ℓの水が¥100越えしか置いてない( ̄□ ̄;)!!
ライフラインなのにどーする!? 肉も野菜も、品揃えショボく、高松より高い~~~

ウチの近所のスーパーマルヨシがどれほど営業努力をし、品揃えを充実させているかがよ~~くわかった。

2人ともお腹すいてるんだけど、私は全く食欲なくて、(ヘナチョコなので、なんかこのように緊張とか、環境変わるとこーなる)とりあえず幹線道路沿いのしゃぶしゃぶ系のお店に入った。
かなりお高そーだけど、もぉ他を捜す気力もない。
「しゃぶしゃぶ」なら食べられそうかも、、、
そこで、小鍋のしゃぶしゃぶと、その他2品よりどり…のセットをオーダーしたんだけど、
これ、ご飯やお味噌汁がついてない( ̄□ ̄;)!!
全く酒のアテなメニューじゃん。
やっぱ、大阪って、昼から飲む文化!?
初めて息子の専門学校を見学に言った日にも感じた。(この日も食欲ナシだった)
梅田のレストラン街、昼酒大歓迎ムードだったよな~~


鰹のたたき(全部息子が食べた)
蛤と筍の網焼き(これは大変美味しかったので、1個ずつたべられた)
天ぷら盛り合わせ(全部息子が食べた)
豆腐のサラダ(これなら食べられると思ったけど、ごまドレッシングがダメで3匙がんばった)

遅いランチで息子との会話は、
入学式と2日間のガイダンスで、誰とも会話をしていない。自己紹介もない。このままではマズイ俺はボッチ(ひとりぼっち)突入か!?
入学式で、隣のヤツはずっとスマホでLINEしてた。
クラスに数人外国人かいる。

などのような、新しい環境に馴染んでいないものだった。


遅い昼食後、家に帰ってある程度部屋を整えて、調理実習ってことで夕飯用に買ってきたカレーを作る。
油を買い忘れてたが、もぉ~今更買いに行く元気ないし、、、
肉と人参とかなり多めの玉葱を時間かけてじっくり煮込んだところ、野菜の甘みでかなり、いや大変良い仕上がりとなった。油も使ってないので、さっぱりしてるし。
この頃には多少食欲も回復し、グラタン皿にかるぅ~く食べることができた。









とにかくキッチンが狭くて使い勝手が悪すぎ。
最近のワンルームマンションはみんなこんなのか、、
もっと古くてもいいからキッチンが充実してるところがいいのになと私は思ったんだけど、家具、テレビ、冷蔵庫、洗濯機、電子レンジ付きでこの家賃…はとってもお値打ちで、これは逃せない物件だったのだ。


夕食後は、息子推奨のアニメを見つつ眠くなって寝た。


翌日は、朝から本格的にホームセンターとダイソーとスーパーを巡り、リストアップした生活必需品を買う。


なんと、アパートの前の道路が通行止めになっている。水道の工事をしているらしい。
ただでさえ超狭いのに、迂回とな! 全然土地勘ないのにどうする!? 
いやマジで、車一台やっと通れる、公道とは思えない狭さなんですけど。しかも左右には溝!香川県人には想像できない…というか、こんな公道、いまだ嘗て経験ないよ。
どっち行けば安全に広い道路に出られるの??…と右往左往しているところに、近所のオバサンが、、、
「どっち行きたいん!?」
香川ナンバーだから、声かけてくれたのかも?
「そこの道路なんですけど、この鋭角、私には無理なので、息子に他の道を捜しに行ってもらってます」
「ここなら曲がれるよ。私が誘導する。」
「いや、息子に誘導してもらったけど私には絶対無理なので、、、」
「息子さん、免許ないんやろ? 私に任して!大丈夫曲がれる!」

…てことで10分近くかかって、非常に難しい鋭角を彼女は誘導してくださいました。この人、絶対タダモノではない。運転関係の人や。
彼女は、鋭角を無事に曲がりきったら、運転を変わって、広い道路まで行ってくださった。鋭角だけじゃなく、もぉ道自体が狭すぎて、両脇に溝があって、新参者には無理!
なんと親切な方なのだろうか。大阪人の「おせっかい」は、ホントにありがたく、骨身に滲みます。



物干し竿・トイレ掃除用ブラシ・三角コーナーいらず・選択バサミ・ゴミ箱・まな板・布巾(その他数十品目)、、、
何がどこにあるのか捜すのにウロウロしまくり、
こういうとき、お金払ってもいいから「ご案内係り」の人がいてすす~~っと目的の商品のところに次々と連れてってくれたらどれほどラクチンかと、、、
こーゆうシステム、導入してほしいな~~~

正午を過ぎ、息子も私もかなりヨレヨレで「お昼何かたべないとね~~」
せっかく大阪だし、お好み焼きとか食べたいよね…と安易な発想なんだけど、もぉ、近くのスーパーの駐車場に車を停めて、近くのお好み焼きやさんにIN。

ここがまためっちゃ「昼酒」系のところ!!










私たちはスジコン(牛筋とコンニャク)のネギ焼きと、イカとエビのモダン焼きをオーダーした。
オッサンたちが焼酎お湯割りやら、ビール大やらをオーダーしてくつろぎまくっている、、、私も車でなければ完璧に昼酒モードになるところ、、、

そして、めちゃウマかった!! 
高松のお好み焼きと全然違う。高松にもウマいお好み焼きあるけど、根底から違う。
これが本場なのか。

解説大変難しいんだけど、粉のかたまり具合? たこ焼きもそうなんだけど、中の「しゃびしゃび」感。
小麦粉をパンケーキのように固めない、表面はカリカリ、しかしこの絶妙のゲル状で具材を包み込んでいるところがスゴイ!!
う~~~また行きたい、絶対次回は徒歩でいって昼酒飲みたい!!

スジコンのネギ焼きは絶対に近々自宅にて作ってみる。あまりにも美味しかったのに、やはり食欲不振で残してしまい、無念!
モダン焼きは、中華そば入りお好み焼きですが、広島焼きとは違う。これも大変なボリュームで、エビがぷりっぷりの特大で参りました。

その後車を停めさせていただいたスーパーで今夜の食材を買う。
「研修」なので、まあ肉野菜炒めあたりから。

息子は、チャーハンもオムライスもフライも餃子も作れるのだ。
しかし、このミニキッチンの使い勝手の悪さでは…しかも電熱器で炒飯つくる気になれないとエラソなこと言う。









さて。
帰宅後、大量の荷物を運び、セッティングして、いよいよ疲れはピークに、、、

お互い別々にぼぉ~~~っと小一時間。

そしてこの日の夕飯は、塩胡椒のみの肉野菜炒めと、昨日の残りのカレー。
も~この疲れ具合だったら普通ならもぉ絶対外食!ってとこだけど、昨日の「煮込み系」に続き、電熱器調理で「炒め系」がどこまでできるかの実験も兼ねて、、、

それに私、一日の終わりの夕飯とともに缶チューハイも飲みたかったし。
そして、アルコールが身体に浸透していくとともに眠気が追いかけて、、、


翌朝、息子は学校に出かけていき、私は出発の時間まで超暇だったので、冷蔵庫の残り物でカレーを作った。
でも、そのカレーは、市販のカレールゥの作り方に限りなく近く、予め肉と野菜を炒めてから煮込む。
初日に作った野菜の甘みたっぷりのほうが断然美味しかった。


帰りは来た道を帰ればいいのに、最後の「ジャンボフェリー乗り場」に行くところで、迷い、余裕もって出発したのにギリギリセーフだった。
帰途の「43号」(高速の下の道路)で、息子が良い先生や友達に恵まれて、志を果たせますように…と神さまにお祈りしていたら、涙が溢れてきて困った。
タオルやティッシュの入ったバッグは、後部座席を倒した荷物置き場の隅で、走行中取り出すことは不可能。
ひたすら手で涙をぬぐって、声に出してお祈りするのは走行中危険なのでやめた。


無事、予定のジャンボフェリーに乗船できたあとは、もうひたすら泥のように寝た。


2泊の間、とにかく、息子の新居を整えるところまでは母の務め…と思って、ひたすら買い物をしては荷物を開き、後片付けをして、
気持も張り詰めていたので、1日の疲れは一晩で回復したつもりでいたけど、寄る年波には勝てないことを思い知った。

先日、両親が私の大学入学のとき、軽トラで香川から東京まで荷物を運んで来てくれたこと書きましたが、その当時の養父は35歳、母は42歳。若い!!
走行距離は全然違うんだけど、私、この歳でよくやったなーと思うよ。


高松に着いてからすぐにSYOさんに無事帰ったよとTELして、つもる話もいっぱいあるので近所の居酒屋で飲むことになった。
ずーーーーっと食欲不振で、あまり食べられなかったけど、少しずつ「現実」に戻ってきて、
「山芋とろろ鉄板焼き」とか、モロキュウとか、いろんな話を聞いてもらいながら食べて飲んで、最後にはお茶漬けもちゃんと食べられた。


さあこれからは、息子は自力で羽ばたくので、放っておかねば。
放っておく母にならねばなーー



帰りのジャンボフェリーからの夕日(冒頭の画像とともに) 





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息子のアパートに荷物運ぶ

2018-04-07 | 教育ママ日記

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スマホの電池パックが今日届いた。(品切れで入荷待ちだった)
スマホの車内用ホルダーも買った。(ナビ用)
ガソリン満タンにして、タイヤの空気圧もチェックしてもらった。
なんたって17年モノのToppoやからね。
本日これで息子がこれから住む住む大阪に荷物を運びます。









40年前。

私が東京の音大に進学することになった時、
私はブルートレイン「瀬戸」で1人で東京に向かいました。
このブログのどこかにも書いているのですが、出発する前に、私は実家の仏壇に手を合わせ、
「私はもう二度とこの家には帰ってきません。ご先祖様、どうか家族をお護りください」と祈りました。

もうここに住民票を置くことはないって意味ね。帰省はもちろん何度もしてますけど。

朝、ブルートレインの中でスーツに着替え東京駅に着いてから、駅のトイレで顔を洗い歯磨きをして、中央線に乗り換えて立川へ向かいました。白のスーツにピンクのブラウス。これが勝負服。
入学式は「立川市民会館」で行われました。
立川駅からバスで現地に向かいます。
そこには、両親に連れ添われたお嬢さまやお坊ちゃまだらけで、私は場違い感200%…いやそれ以上。
ドレス着た子もいる、、、( ̄□ ̄;)!!
「お母さま…」と叫んでる子もいる( ̄□ ̄;)!!
音大なので、新入生に送る奏楽を、現役のオーケストラが演奏して下さるのですが、何だか霞のかかったような、あまり感動的でない演奏に、私は気持が限りなくどんよりと落ち込んでいったものでした。
私はなんと場違いなところに来てしまったのだろうと…

息子も私のように「ここには帰ってこない」と決心をして旅立ち、志望大学に合格できなかった挫折を味わいながら、入学式に臨んだかも知れない…

私の両親は、軽トラで、私の荷物を運んできてくれました。
そして私のアパートに1泊して翌日帰りました。覚えてないけど、私はもう一晩泊まってと言ったらしい。
でも、両親は仕事があるから延泊はできないといって帰っていった。
帰途、母は劇泣きしたそうです。もう一晩一緒にいてやればよかったと。
その話は、つい先日、息子の荷物を車で運ぶ話をしたときに、母から聞きました。初耳。

ですので、私、いちおー2泊できるよう、シフト&レッスン調整しました。甘いな~~ヽ(`Δ´)ノ

私も、息子を送り出して、荷物を運んだ帰り、泣くんだろうか?
私には、「次いこ次!」みたいな思いがあって、息子がいなくなると同時に、具体的にくっきりとしてきている未来があります。
18年間息子を育ててきたことは、ほんとうに幸せな人生だった。
この私が子供を産んで育てたなんて、奇跡だ…


「いろんな出来事かあって君は泣きじゃくってきたね
だけど泣きやむたびに一段ずつ階段を昇った」
(バースデーケーキ)






私はここで息子ロスに心行くまで浸ろうかと思ったけどこの状況、桜いつまでも咲いてない。「次いかねば!!」



私の今後の計画


1 結婚する
2「ミュージックあにまあと」を大人のPiano&Vocal教室としてリニューアルする
3 教会のワーシップチームとクワイヤーを育てあげる


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お花見ダイジェストつくってみた

2018-04-05 | 光と風と旅

息子が大阪へと旅立ちました。今日が入学式。

息子のアパートの入居は明後日なので、私は引越し荷物を積んで、明後日の早朝に「ジャンボフェリー」で出発します。
17年目の軽なんだけどだいじょぉぶ?
この車での高速走行経験がないので、いちおー、高速の下の一般道を通って行くつもり。
どこまでも危なっかしいね~~~~( ̄□ ̄;)!!


さて。本日の所用までにちょっと時間があるので、ナニゲにこれまでのお花見画像、振り返ってみました。
以前にもアップしてるんですけど、補遺ってことで。
毎年毎年、いろんなシチュエーションでお花見してきた記録は、すごく懐かしいし、ここまでやったら人生の記録…ですね。







2017 峰山公園




2017峰山公園



2017峰山公園



2016 栗林公園



2016 栗林公園



2015 井の頭公園



2014 詰田川



2014 詰田川



2014 塩江



2014 まんのう公園



2014 まんのう公園



2013 男木島



2013 沙弥島



2012 栗林公園



2012 栗林公園



2011 成田山



2011 成田山



2011 峰山



2011 峰山



2010 塩江



2010 塩江



2010 亀鶴公園



2010 亀鶴公園



2010 公渕公園



2010 公渕公園



2010 公渕公園



2010 峰山



2010 峰山



2010 五色台



2010 五色台



2009 白鳥→徳島土成ICの途中



2009 あすたむらんど



2009 土器川



2009 公渕公園



2009 公渕公園



2009 公渕公園



2009 公渕公園






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栗林公園の夜桜

2018-04-05 | 人生妙なり





翌日、4/31には、栗林公園春のライトアップに行ってきました。

こちらも満開。
日曜日なので、お祭りのような賑わいでした。



一昨年だったか、平日の夜に訪れたときはこの小路はひっそりと静かでした。
でも、お祭りのように人で溢れかえったこの雰囲気のほうが好きかも…

芝生の広場には、レジャーシートを敷いてお花見をしている人たちがたくさん!
平日にも、仕事帰りに立ち寄って桜の下で飲んでる人たちが大勢いて、とっても楽しそう。



写ってないけど、この樹の下では、もはや錯乱状態のお花見客が、、、




ここにもね



栗林公園さま、期間限定とはいえ、こんな名勝にて、こんな飲みの場所を設けてくれるなんて、粋じゃん!?
私も、来年こそは…といいながら、結局は静かな佇まいの場所でのお花見を選択してしまうのですが、やはり一度はゼヒとも、名勝「栗林公園」にて、お花見セッションやりたい!!
いかがでしょうか?ランチセッションメンバーのみなさま??






傍らでひっそりと、水面におのが姿を映して佇んでいる桜も…



本日早朝、いよいよ息子が大阪に旅立ちました。今日が入学式。

私は明後日、引越し荷物を載せて、17年モノの軽乗用車で息子の新居に向かいます。
無事に辿りつけるんだろうか。うん、きっと大丈夫。

現地では、息子の新生活のための買い物などやることやって帰ってきたら、私の次なる人生のスタートです。

息子ガンバレ。私も頑張る。




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峰山→我が庭詰田川 お花見ハシゴ

2018-04-04 | 光と風と旅






厳寒の日々がやっと過ぎ去ったら一気に桜が満開になって。
息子の入学や引越しの準備に追われて、今年のお花見はタイトなスケジュールの中むりやりねじ込みました。


峰山、我が庭詰田川のほとり、翌日は栗林公園の夜桜。


満開が土日と重なったこともあって、公渕(きんぶち)公園、亀鶴(きかく)公園など、香川の桜の名所は大渋滞で駐車場も満車との情報の中、
私たちは、亀岡町のスーパーマルナカでお弁当を買って、峰山公園へ。やっつけ感満載。


「はにわっ子広場」は子供連れのファミリーで大賑わいでしたが、そこから少し登ったあたりはとてもゆったりで、視界に人がいません。
峰山には、桜以外の花もたくさん咲いていて、ゆっくりゆったりのんびり花を愛でながら飲めます。
土曜の昼下がり、ほど遠くの子供たちの歓声をBGMに、五感すべてで春を味わい心と身体が歓んでいる…これが花見の王道だろーー!!


























レsジャーシートに寝そべって、下から眺める桜…

のんびり、ほんわりと、暫し現実の重荷をコトリと降ろして…の、良い時間でした。
STRONG 500ml缶は、リーズナブルに短時間で「ほどよく」出来上がっていい感じ、、、、、



しかし!
夕方以降はレッスンと、教会ワーシップチームの練習があり、酔い覚ましに向かわねば!! 次いく。





詰田川のほとり。

我が家から徒歩1分。
目の前には墓地が並び、対岸にはお洒落なラブホが林立しているという地帯。
しかし、この季節、満開でひしめき合っている桜で、ここからはそれらは全く見えません。
ほど近くの街道の橋を渡る車の音と、鳥のさえずりがBGM。
ゆったりゆるゆると飲んで、いつまでも桜に埋もれていたい、、、千鳥足で帰りたい、、、、

毎年そう思いつつ、今年も「酔い覚ましお花見」となってしまいました。




















明日の朝には息子が旅立ちます。
自分の羽で羽ばたこうとする息子をそっと見守っていたい気分。

明日はまた、散る桜に埋もれて「無」になりに行こうかな、、、




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macotoさんとの建築巡り春爛漫ツアー 後編

2018-04-02 | アーティスト魂






この日は、本当にお天気がよくて、お昼に「わら家」でたらいうどんを食べたら汗ばんでしまい、みんな着てきた上着を車の中に脱ぎ捨てて、四国村探訪となったのです。

「四国村ギャラリー」を堪能してから、私たちはさらに坂道を上へ。

そこには満開のチューリップと、灯台、そして灯台退休所(宿舎)。イギリスの「灯台の父」といわれる、ブラントン技師の設計によるものだとか。







photo by macoto



ここでは「はめ殺し」窓のお勉強。
そしてこの洋館、天井だけは和風。
西洋の建築のこと、殆ど何もしらない日本の大工さんが作る洋館、、、、これもまた、驚きや困惑、そして感動の連続であったことであろう、、、、







photo by macoto




photo by macoto




この場所が四国村のいちばん高いところで、ここから、なだらかに下りながら歩きます。
途中、満開の桜や、これから咲く桜に出会い、気分はハイキング。









そ土地の風土や生活スタイルから生まれた建築、どれも個性豊かで、しかも職人さんの技のすごさと心意気が伝わってきます。

四国村だけでなく、私は、地域の博物館、郷土資料館…などを見学するのが大好きなのですが、いつも、その時代、その風土の中で生きてきた先人の知恵に感動したものでしたが、
そこで生きていく人々の住居や、仕事場を造るという仕事は、そこで生活し、働く人の命を守るということだ。




photo by macoto




photo by macoto




photo by macoto



屋根の瓦は、江戸時代後期に普及したそうです。江戸の火災から家を守るため、また、戦争の戦術の変化に伴い、城を守るため…
こうして、命を守るために建築も進化をし続け、今日は、地震、津波から人を守るための、耐震の対策が国や自治体で進められています。
耐震補強ができない場合は、冒頭に挙げた「船の体育館」のように、使用できなくなり、解体となってしまう。

そして、今日は、ほとんどの住宅が「プレハブ」。これは prefabricationが語源。
あらかじめ部材を工場で生産・加工し、建築現場で加工を行わず組み立てる建築工法で、
使用する建材や、設置に要する時間的なロスを徹底的に軽減できることが長所である反面、規格化され融通が利かない構造や、耐久性の低さが短所とのこと。
もはや、「家」も消耗品の時代に、、、、
これが進化の行き着く到達点?


建築とは、本来こういうものではないのだとmacotoさんは熱く語ります。
「プレハブ」は建築とは認められないと。

四国村に集められ、復元された住宅や蔵、作業場などは、それぞれの時代の建築士の知恵と技を結集したもので、風雪に耐え、移築してなおその尊厳が輝いているように感じます。

曲がった木をそのまま梁に使うこと、そのたわみを経験と勘によって導き出すこと。
それらは、物理の計算によってコンピューターに答えを求める現代の建築技術者にとっては、神業のようで、きっとコワくでできないのでは…などと思う、、、
もしも間違って、もしものことがあったら…とか思うじゃないの。


macotoさんは、千利休の茶室についてもたくさん懇々と語り聞かせてくださいました。
なんで、そんなことまで知っとんじゃ~~~!!
というくらいに、建築の世界は無限に広くて奥が深いものなのだ…と、改めて感じました。



photo by macoto




photo by macoto




photo by macoto




photo by macoto







ところでmacotoさんは、CIDP という末梢神経の難病を患っています。以前にも拙ブログでご紹介させていただきました。

四国村を後にし、カフェで暫しくつろいだ後、macotoさんをご自宅までお送りしている折に、この病気についての経緯を、改めていろいろと伺いました。

一般的にはいったん罹ったら、「寛解」と「再発」を繰り返し、完治することはないのだとか。
macotoさんは発症してから2年もの間、激痛と闘い、歩くことも手を動かすこともできず、心砕かれた…という話は、想像に余りあります。
それでも、治療によって、痛みが軽減したら、リハビリに励み、これまた、想像を絶する努力をされたのだとお察しします。
現在のmacotoさんは、「寛解」の時期とのことで、両四肢は痺れはあるものの、日常生活も仕事も普通にできるようにまでなっていらっしゃいます。
このように健常者と何ら変わらないほどになる人は、この病気の患者さん全体の4%しかいないとのこと。
それでも、このまま回復に向かい完治することはなく、あくまでも「寛解」なのだと医師の先生は仰るのだとか。
まあ、それもしょうがないです。医師とは、次の思わしくなくなった場合に備えて、次の治療法を準備しておく、、それが使命のようなものなのだから。元気なときには不要。
安易に「もうここまできたら大丈夫」とは絶対に言えない。
macotoさんが四国村を歩き回る姿は、病気とか、障碍者とは全く思えず、この広い四国村をこんなに颯爽と歩いているのに、いつか再発するなんて信じられません。
いや、信じていません。
macotoさんは、このまま再発せずこれからも颯爽と歩き回る奇跡の人です。


「偶然」も「奇跡」も、表には現れずに常に働いている神さまの業…




photo by macoto







さーーーーて。

息子との生活もあと1日となりました。
自分の羽ではばたこうとしている息子をそっと見守るつもり。




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macotoさんとの建築巡り春爛漫ツアー 前編(追加画像あり)

2018-04-02 | アーティスト魂





3月28日。

息子が建設専門学校に進学するにあたって、一級建築士であり、私の音楽パートナーの、SYO Michael STUDIOの設計者であり、息子の進学する専門のOBであり、このたび息子の先輩となったmacotoさんに、
この機会に、建築について語りつつ、高松の建築を巡るツアーにご案内してほしいと厚かましくお願いしておりました。
SYOさんには運転係としてお付き合いいただきました。

汗ばむほどの陽気で、とっても素晴らしい1日となりました。

どど~~~んと、じっくりと、長々と書きますので、ご興味のある方はお付き合いください。
そうでない方は画像のみご覧いただいて文章はスルーで結構ですので(^_^;)


macotoさんが計画してくださったコースは、



船の体育館(前香川県立体育館)
   ↓
船の体育館展(田町商店街のギャラリー)
   ↓
香川県庁舎東館(車で通過のみ)
   ↓
わらやで昼食(うどん店)
   ↓
四国村



香川の代表的な建物といえば、丹下健三氏による「香川県庁(現在の東館)」と、「船の体育館(旧香川県立体育館)」
これは、小学校の頃から、ナニゲに授業中にインプットされてきました。








特に船の体育館は、今でこそコンピューターの3Dの技術でかなり簡単にできるようになったけれど、1960年初頭に、これをアナログの技術で建設したとは、
どれほどのハードルを乗り越えてきたことか…なんて、これまで現実的に考えてみたこともありませんでした。
いやもうそれ以前に、この建物を、県が…というか、当時の金子知事が「ゼヒに」と、このような流れも、今では考えられない。
高度成長期前期の香川には、こんなにパワーがあったのだなあ…と、ここも感慨深いポイント。

今この体育館は、耐震構造の観点から危険であるとのことで閉鎖となっており、さらに取り壊される方向とのこと。
しかし、建築家やその周辺の方々から、保存を強く求める動きがあり、団体も発足しています。
「どうやって残して保存していくか」についても、いろんな議論があるようで、とても興味深かった。

船の体育館展は、田町商店街の小さなギャラリーで地味に開催されていましたが、
macotoさんと、スタップの方がたは、熱く語り合っていました。




私は、この建造物をを「使えないけど保存する」のではなく、ここを有効利用して市民の活動の場にできるような方向希望。でもそれにもいろんな高いハードルがあります。


私達の世代にはお馴染みの「香川県庁舎東館」も、工事中でした。
耐震対策のため、古い建造物が次々と改修工事中の模様。



ところで、「船の体育館展」に行く前に、macotoさんが若かりし頃、設計に携わった田町のビルに案内して下さいました。
コンクリート打ちっぱなしで、安藤忠雄氏の影響強し、ここまでやるかというほど模倣したのだと説明して下さいました。
そこは、なんと、鈴木一也さんが住んでいらしたマンションでした。1~2Fにはテナントが入っています。
彼が癌で亡くなる前の1年足らずの間、ヴォーカルのレッスンや、キリスト教の洗礼式、引越しの手伝い…などに深く関わり、
お母さまとご一緒にお住まいだったこのマンションの彼の部屋にも、何度か行きました。
エレベーターが旧式な感じで、古いマンションだとわかるけど、デザインがすごく新鮮な感じで、素敵なマンションだなあ…と思っていたら、macotoさんの設計によるものだったとは!

これって偶然? …いえずっと前からもはや偶然とは思っていません。macotoさんとの出会いは。


さて、午前の部、終了。

これから「四国村」に向かいます。


まずは「わら家」(これも藁葺きの古民家を改装した手打ちうどん店)で腹ごしらえ。
4人で「家族うどん」という、鮨桶のようなたらいに入ったうどんを4人で食べました。



そして、いよいよ「四国村散策。


四国民家博物館は源平の古戦場として知られる屋島山麓の地に、四国各地から古い民家を移築復原した野外博物館です。
昭和51年に開設して以来、社会教育の場また観光スポットとして、「四国村」の愛称で多くの方々に親しまれてきました。
自然あふれる約50,000m2の敷地には、江戸∼大正期にかけての地方色豊かな建物が配置されており、当時の生活の様子がうかがえるよう、たくさんの民具も展示されています。

平成14年に新設した安藤忠雄氏設計「四国村ギャラリー」では、絵画や彫刻、オリエントの美術品などを展示し、四国村の新たな一面を見ることができます。
(四国村ウェブサイトより)



四国村には、子供の頃から何度か訪れたことがあります。
でも、こんなに広いことも知らなかったし、安藤忠雄氏の設計による「四国村ギャラリー」があることも知らなかった。
私が観たことがあるのは入り口付近のほんのちょっとの、徒歩40分圏内ぐらいのところだけだったのでした。



さあ、ここから、macotoさんのガイドツアー\(^o^)/











小豆島 農村歌舞伎舞台 photo by macoto


macotoさんのカメラが急に電池が切れてしまい、これは私のスマホでmacotoさんに撮っていただいたもの。美しい~~~~!!!





丸亀藩斥候番所




なまこ壁。
瓦を壁に張り付け、隙間を漆喰を盛り上がったように塗り固めたもの。
雨風に強く、海辺の蔵などにみられる。



photo by macoto



そしてこれがmacotoさんの撮影による同じ場所。撮影したのは数年前とのことなのですが。
こうやって比べると、私がいかにへっぽこかよ~~くわかります。
「なまこ壁」を撮っているのに、私は桜も木の緑も、屋根瓦の影も入れようとして、結果つまんない写真になってしまっています。
この後にもmacotoさん撮影による四国村の画像をお貸し頂いたので、追加アップします\(^o^)/ 






旧河野家住宅


柱や梁、その他木造住宅の基本についてのお勉強。
「ラーメン耕造」の基本中の基本。
もっと沢山画像撮ればよかったと大変後悔しています。
住宅や、砂糖しめ小屋、醤油蔵…などなど、それぞれの目的のための「建築」について、macotoさんの熱い解説が続く、、、



じっくりゆっくりと解説していただきつつ歩いたのに、話に夢中になり、写真を撮りそびれまくって、大変残念。


次の画像は、もう「四国村ギャラリー」の庭です(泣)

…と書いてアップした翌日にmacotoさんから写真、いただきました\(^o^)/



「四国村ギャラリー」の設計は安藤忠雄氏。
四国村創設者の加藤達雄が収集した美術品を展示する美術館として、2002年に開館したとのこと。
こんなんあるなんて、全然知らなかった。

そもそも「安藤忠雄」という建築家を知ったのは、瀬戸芸が始まってからでした。

macotoさんによると、安藤忠雄氏の建築の特色は、

住む人や訪れる人が、光や水や風を感じられるように、
雨が降ったら濡れる、風が吹けば気持いい、肌寒い、「しばれる」…
そして、建物の随所にスリットがあり、光を室内に取り入れる
コンクリート打ちっぱなし、ボルトの穴も埋めずにそのまま、角はぴしっと直角
動線はわざと長い



などなど…(私ちゃんと理解できてるかな? ちゃんとみなさまに伝わってるかな~~)



photo by macoto




photo by macoto




photo by macoto




四国村ギャラリーもまさにそんな感じ。


そして、一昨年、瀬戸芸で安藤忠雄氏設計の「地中美術館」に行ったときにも、正にそれを感じました。


角は直角に決まってるだろ~って思ったあなたのおうちの角や、家具の角、ぴしっと直角でしょうか?
ま~るくなってたり、ちょっと削ってあったりしてませんか?

最初にmacotoさんが案内してくださった若かりし頃に設計に携わったというビルも同じ特徴で、「なるほどぉ~~」と、大きく頷く。



ギャラリーの入り口は、狭く、小ぢんまりとしていて、小さなギャラリーのようで、あまり期待感なし。
展示されている美術品も、さほど多くなく、興味のない人なら、ささっと10分もあれば見て回れます。
でも山の斜面を利用したこのギャラリーは、作品を鑑賞したあとにも屋外に通じる廊下があって、ちょっとした迷路のようです。
そして、屋外の庭がこれ。














屋外に出たとたん、高松市郊外の風景、三木町の山々が見渡せます。
最後までこの素晴らしい景観を覆い隠し、いきなりのサプライズ。これまた画像がない( ̄□ ̄;)!!

…ところをmacotoさんにフォローしていただきました\(^o^)/
こういうところも安藤氏の特色なのだとか。



photo by macoto




photo by macoto











深い縁と絆でガッチリと結ばれている3人。



四国村はこのギャラリーで終わりではありません。
まだまだ続く。


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Nöra での「futari展」にいってきた

2018-03-28 | アーティスト魂





最近、仏生山(ぶっしょうざん)がヤバい!
居心地のいいスポット、美味しいお店、どんどん増えてる!
いや私がこれまで知らなかっただけなのかもね。


これまで、行きまくってたベスト3は
「仏生山温泉」
「竜雲」(うどん)
「山活」(串揚げ割烹)

これだけでももう大満足。これまでにも何度も書きまくりました。しかしその他思いつくだけで


cafeアジール
 
三馬力
バーガーカフェ ビッツ
宮武(うどん)
仏生山天満屋サンド
四国食べる商店
へちま文庫

以上、順不同ですが、仏生山、熱いっす!!


さて、そして新たに、職場の友達から「これまで行ったカフェのランチでいちばん感動した」と強力にオススメされて、もう早速わくわく感満載で行ってきました。
「Nöra」
全く期待を裏切らない、手作り「野良ごはん」。しかもSYOさんちから徒歩10分。
仏生山温泉からも3分。
ちょっと散歩のついでに、めっちゃグレード高い温泉&ランチ♪






そして、この日は、「futari展」という、写真展が開催中でした。

フィルムカメラに魅せられた二人の女の子の写真展。

携帯のカメラで、気軽に撮ったり撮り直したり出来る今だからこそ。
シャッターを切る瞬間の緊張感と、一枚一枚に焼き付けた 二人のその時の記憶を見にいらしてください。

“フィルムカメラで撮る写真は 記録ではなく、空気感を持った記憶。大切に切り取った一枚は、思い出の引き出しがたくさんある”


とのお店からのお知らせを事前にFBで拝見してましたが、予想を上回るとっても素敵な写真展で、
20代の瑞々しい感性がつくりだす「空気感」がすごく素敵で、
写真だけじゃなく、お店の雰囲気もそんな、瑞々しく優しくふわっ…とした空気がひたひたでした。














他のお客様がお食事中なので、壁に展示された全部の作品を観ることができなかったので、
翌日また、ランチタイムを外して訪問しました。

「futari展」は最終日だったので、前日より賑わっていました。
でも、ここは最終日なので、テーブルでカフェタイムを過ごされているお客さまのすぐ隣で図々しく作品を鑑賞しました。
立って作品を鑑賞されてる方はいなかったんですけどね。
アーティストのお二人ともお話ししました。
彼女たちは、昨年の夏にインスタで知り合ったそうで、
約半年でこの展覧会開催に漕ぎつけたとのことで、このテンポ感も、ワカモノならでは。
ほんとに素敵です。

私は指導者の立場にいるけど、生徒さん達との距離感はいつも「give & take」で、若い感性に刺激を受けまくり、
そして自分のLIVEをやって、何か感じてくれる人がいたら…
と、これもまた循環ですね。



ところで私たちもとりあえずカウンターにすわって、飲み物をオーダーしようとしたところ、
アルコール類もあるじゃん♪
じゃあ昼下がりの「ハイボール」いただきま~~す♪♪

…そのハイボールにはライムが絞られて、しかも「お通し」付き!
しかもこのお通し、手作り作りたてでめっちゃ美味し~~~い!めっちゃグレード高いよ!! 
私は前日のランチもとってもよかったのですが、それよりもさらに、コレには感激いたしました。
のんベーなのでスミマセンね~~




あ~~もう絶対いく、これからも通う。

仏生山界隈、ランチして温泉入って、昼下がりにハイボール…もう至福ですわ~~
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春がきた春がきた♪

2018-03-20 | 光と風と旅




終日オフの先週の木曜日。
すごくお天気がよかったので、久々にまんのう町方面へドライヴ。

今年の冬は、ものすごく寒くて、高松に帰ってきて最寒!!の年でありました。
しかも最長!!
この冬は終日オフといっても、「フロメシ」…つまり、ランチとお風呂ばっかり行ってたな~~

久々の「numar」→まんのう公園散策→香南楽湯



「季節を食べる食卓numar」の今日のランチはこんな感じ。







メインディッシュは一応ホエイ豚の角煮なんだけど、お箸で崩せてもちろんもちろんとっても美味しいんだけど、
お野菜の方々(おやさいのかたがた…とお読みください。敬称です(^_^;) )の味がすごく濃くて、それぞれに絶妙な舌触り、歯触りに感動しました。

こんなにはっきりとした味のクレソンをこれまで食べたことがあっただろうか?
この画像、色がぼやけていて、「豚の角煮」には見えなくてまるでスポンジのようで大変不本意なのですけど、
このお肉とソースとクレソンは絶妙のハーモニーでした。






私が最も感動したのは、このグラスの中のレンコン。
厚さ1.5cm ほどのレンコンなのですが、この味とシャキシャキ感が素晴らしい。
素材の味と、食感と、香り。それをうま~く引き出す味付けと火の通し方。
その絶妙さがもぉ~~~すごかったのです。アートよアート。
それが高級料亭や高級割烹じゃなくて、こんなところで不意打ちで味わえるというのが、さらに感動を増幅させます。
大袈裟すぎ??
…いやしかし、私は評論をしているのではなく、素直な感動をなんとか文章で書こうとしているだけです。


「お豆腐と伊予みそ」
お豆腐は、かなりしっかりとした固いものでした。
私には一口では食べられないので、お箸で3,4口に分けていただきましたが、最後の1口でお豆腐とともに、味噌とトマトと柚子?(柑橘系の皮)をまとめて一緒にいただきました。
「これだ~~~~~」…と、これまた感動。
テンション上がるというより、逆に、「~~~~」の最後はもぉ、同化して溶けてなくなる…って感じ。
これもまた、素材同士のハーモニー。


「青菜のお浸し」
こちらは、青菜の肉厚で味が濃く、茹で加減が絶妙。
味が濃いのは野菜ご本体で、味付けは薄く、出汁の香りと一緒になって、青菜を優しく包んでいます。
あ~~~もう、青菜の命が喜んでるのが伝わってくる。

料理ってホントすごいな~~~












「numar」の庭はやっと春♪
まんのう町はこの厳冬、雪で覆われて、香川とは思えない風景ををFBでたくさん見ました。



さてこの後、まんのう公園。

春フェスにむけての準備が着々と進んでいました。もうすぐ春の花で覆いつくされます。
「numar」→まんのう公園 春のお薦めコースですよ~~♪♪

今日は隣接の「自然生態園」をゆっくりと散策しました。



「里山」(さとやま)の自然環境を再現したものです。
資料館の映像室でムービーを見たら、興味津々。また季節ごとに訪れたいな。









クリスマスローズの群生する丘


正体不明の梅が満開  桜かと思った、、、

















自然生態園のスタッフの方に伺ってみたけれど、梅は梅でも種類はふんめ~~~~とのこと。(いや、ちゃんと調べてくださった結果だそうです。)







ところで、息子について補遺。

私は、息子と大阪へ行く高速バスの道中、頭の中を「春が来た」の歌がぐるぐると巡っていました。
息子は息子で、なんだかの曲がずっとぐるぐるしていたというので(曲は忘れた)「おかーさんは何故か”春が来た”だったんだよ」と…
こーゆうことは、書いておかないと、絶対忘却の彼方で、二度と思い出すことはない… まあ、あまり人生において深い意味はないのかもしれないけどね。

でも、あとで調べてみたら、この曲も、高野辰之氏・岡野貞一氏によるものでした。

以前にも拙ブログのどこかに書きましたが、このお二方による学校唱歌で有名なものは、「故郷」「春の小川」「朧月夜」「紅葉」「日の丸の旗」などです。
岡野氏はクリスチャンで、小学生の音楽の授業で「軍歌」ばかりが唱歌として推奨される中、日本の自然を愛でる歌を、尋常小学校唱歌として承認することに尽力したといわれています。


さて。
建設専門学校への進学を決めて大阪から帰ってきてから、息子が尊敬し、目標としている一級建築士のmacotoさんとSYOさん(全面リフォームの自宅をmacotoさんが設計した)と4人でランチしました。
macotoさんは、息子が進学する専門学校の先輩なのでした。

macotoさんとの出会いも奇跡的で、偶然とは思えないほどだったのに、
さらにこのたびは息子が彼の出身校に進学することになるとは…
私が、息子が受験勉強しているときに、もし残念な結果だったときの受け皿を探していて辿りついたところが、偶然にもmacotoさんの出身校でした。
いや、これって偶然???

macotoさんからは、「専門学校は通過点」との力強い励ましの言葉をかけていただき、
さらには、入学までの間に、1日かけて、市内の主立った建築物を案内していただけることになりました。
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息子は大阪の建設専門学校に進学します

2018-03-15 | 教育ママ日記





息子の大学受験の結果は残念なものでした。

ご報告が遅くなりました。ご心配くださっていた方々、ごめんなさい。
応援、お祈りくださったたみなさま、本当にありがとうございました。


息子は、大阪の建設専門学校に進むことになりました。
これが神さまが息子に示された道なのだと感じます。

私は、自分の大学受験の挫折を当時は「神さまが示された」なんて思ったこともなかったけど、
息子も必ずそう思える時が来ると信じています。

息子の入試の結果をうけて、私自身としてはすぐに「次いかなきゃ!次!」ってことで、すぐに翌日の大阪行き高速バスを手配して、
検討中だった専門学校の見学と、できれば住むところも決めたいと思って息子と出かけました。
結果、専門学校の息子が志望している学科の担任の先生に2時間近くの面談をしていただき、住居も決まりました。


今日は、息子というよりよりも私自身の日記です。

大阪に行く道中、実家の家族から、「浪人したらどうか」という主旨の電話やメールが何度もありました。

バスの中や、ホテルで、「俺はこれにどう対応したらいいのだ!?」と困る息子。
「自分で思ってること書けばいいんじゃない?」
といったって、急な展開だから、自分の思いだって整理することもできてない状態だと思う。わかるわけないよね。


私は、息子を無理矢理引っ張ってきてしまったような気がしています。
息子は本当は、数学が大好きで、自分で自覚はなくても、心の奥底では、できることなら私立理系の大学で、もっと数学を勉強したかったのではと感じています。
そんなことは、経済的に無理と本人も母も家族も決めてかかり、浪人しても来年も受験するのは国立。
そして、その結果がもしもダメなら…
それよりも、本人が望んでいる建築の勉強をすぐにできる専門学校に進むのがショートカットで良いのでは?


以上はすべて私自身が考えたことです。
息子がこれからの進路を自分で考えて調べてこのような結論に至ったのなら、私はなにも躊躇も後悔もなく、できることは全部喜んでサポートするよ。
だいたい息子は一貫して「建築家になりたい」と子供の頃から言いながら、さして建築の現場には興味を持たず、
私がこれほどクレーンが好きで、建築現場の様子がおもしろくて、毎日毎日職場のビルから現場を見てときめいていたのに、コイツはその母の話を聞こうともしなかった、、、

ほんとに「建設専門学校」でよかったの?
本人が「やっぱり違う」と思ったときはどうするの?

もうここから先は、私にはどうすることもできない。
これが、私が息子にできる、母親としての最後の「仕上げ」のようなものです。


これでよかたのだろうか? いろんな思いが去来します。
ぎゅぅぅぅ……っっっと切なくなります。


(外伝)

大阪には、行きの高速バスだけ予約して、日帰りになるのか一泊するのかも何も決めずにとにかく行きました。
ホテルもほとんど飛び込み。
冒頭の画像は、行程中唯一の、ホテルのレストランの居酒屋での夕食。
ビジネスホテルのレストランが居酒屋…ってのもスゴイわ~~~ええわ~~

息子は私がその店で3杯も飲むのに付き合ってくれた。

不合格発表以来、ヘナチョコな私は固形物がさっぱり喉を通らず、酒でなんとか流し込む、、、

大阪って、昼から飲みモードなお店がいっぱいあって、梅田に着いてお昼食べたのはたこ焼きやさんだったけど、超ウマかったし、
帰りの高速バスに乗る直前に、なんか食べとかないと…と入ったオムライスの店も、とにかく、いつでも酒フツーにOKみたいな雰囲気、よかったわ~~~

ところで。
息子は、宿泊したビジネスホテルのレストラン居酒屋で、腕時計を外して、そのまま忘れて部屋に戻った。
翌朝チェックアウトの準備をしているとき、息子は腕時計がないことに気付き、店に問い合わせにいったところ、「忘れ物はない」と言われたらしい。
私は、朝食を食べにそのレストランに行ったんだけど、夜と朝ではスタッフが全く違っていて、前夜と違い、数人のオバサンが暇そうに立っていた。
申し送りがちゃんとできてなかったのではないかと思って、チェックアウトの際、フロントにその旨伝えて、見つかったら連絡くださいと言っておいた。
「見つからなければ連絡はしませんので悪しからず。」と言われた。
案の定、それからほどなく見つかったとの連絡があった。
アパートの内覧や契約などで慌しかったので、ホテルに取りに行くことができず、郵送して頂くようお願いした。
そしたら、ホテルフロントの対応女性が「着払いでよろしければ、お送りできます。」と言った。
いんや~~それ、ちゃうやろ。
これ、きっとマニュアル通りなんだろうけど、その前にあった応酬の申し送りはできていないと思われる。
私としては、いったん忘れ物を取りにいったにもかかわらず「ない」と言われたものを後になって「あった」と言われ、その時点では、あとで取りに伺うと言ったものの、時間の都合で行けなくなった。
それを「着払いで送る」とは納得できません…と柔らかく抗議した。
息子は、「そもそも俺が忘れたのが悪いので、そこまでしなくても…」と言うんだけど、「母はクレーム言ってるけど、クレーマーではない」と伝えた。

その後、マネージャーから直にお詫びの連絡があり、元払いで戻って来た腕時計には、丁重な経過の事実報告とお詫びの手紙も添えられており、このホテルのクレーム処理はよかった。
…てか、まあ当たり前だと思うけど、でも、気持ちよかった。




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18歳の卒業旅行

2018-03-06 | よしなしごと


息子の卒業旅行の記事です。
とってもいろんなこと考えさせられました。
プライベートな内容と画像満載なので、「少年時代」に収納しました。
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卒業式外伝

2018-03-04 | 教育ママ日記




息子の卒業式当日のことについては、画像やプライベートなこと満載なので少年時代にアップしました。
パスワードをお忘れのかたは、LINE、メッセンジャー、メールなどでお気軽にお問い合わせくださいね♪
新規の方もお気軽にどうそ♪♪




息子の卒業式用の生花コサージュを発注して、前日取りにいき、冷蔵庫に入れておいた。
ケーキのような箱に入っているのを、帰宅した息子が発見した。

「オカンこれ何!?」
「明日の卒業式用のコサージュだよ。」
「絶対やめて!こんなん着けてこないで!!」

あまりにも拒絶しまくる息子は、このコサージュは髪の飾りだと思ったらしい、、、

高松界隈では、卒業式はブラックフォーマルにコサージュが慣習らしいので、母もそれに従おうとは思うが、私は何にでもスーツに安易なコサージュが嫌いだ。
やはりこの特別な日のためのコサージュは生花。

なにも事情を知らない息子があまりにも激しく拒否りまくるので、「わかった!明日の卒業式には行かない。」…と、まあ、喧嘩になった。
私はブチ切れてコサージュの箱をそのままベランダに捨てた。
その後、事情をわかった息子が「俺が悪かった」というので、私も気を取り直した。

しかしまあ、生花のコサージュって重いんだよね。
スーツに付けるのに、かなり四苦八苦しまくり、きれいな角度で挿すのに何度もやり直し、かなり時間がかかってしまった。


そして、ものすごく到着が遅くなったおかげで、寒い体育館の後ろの隅の、巨大なヒーターの前に席を確保できて、眠くなりそうなほど暖かな卒業式であった。

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Takの卒業式前夜

2018-03-01 | 教育ママ日記





明日は息子Takの卒業式。
私にとっても、ものすごく大きな区切りの日となります。

もうこれから、息子のことを「Tak」と書くのはやめます。


先週末、息子は、公立大学の入試でした。
受験会場は瀬戸大橋を渡っての岡山なので、強風によるマリンライナーの運休に備え、前日から1泊。
私は当然高松駅まで送っていくつもりだったのに、彼は自転車で駅まで行くと言い張ります。
「どこに自転車置くつもり? 高松駅周辺は駐輪禁止区間だよ。24時間以上なんだから、市営の駐輪場に置かないとダメなのよ。
それに、明日の夜は雨なんだよ。合羽持ってくの、荷物になるでしょヽ(`Δ´)ノ
チャリはやめときなさいよ、送るから!」
息子を送りたい母。
しかし、息子は絶対に自力で行って帰ってくるつもりらしい。
今までも重要なことはすべてそうだった。
この様子なら、行ってからも音信不通状態になるに違いないと思った予感的中。
LINE送っても既読にもならない.
入試当日の朝にちゃんと起きられるかの心配も消え去りました。

息子は必ずやり遂げる。


入試が終わってそろそろ帰途に着く頃をみはからって、夕飯は家で食べるのか連絡したら、やっと「家で食べる」とのLINE。

具材を用意していた息子の好物、鶏牛蒡鍋、「めっちゃ疲れた~~~!試験じゃなくて、帰りの電車が。」と開口一番言って帰宅した息子が、鍋の準備の続きをやって、久々に一緒に食事をしました。

受験勉強の日々、息子はダイニングテーブルで勉強して、その合い間に間食、夕飯、夜食…と、ダイニング占領状態の日々なのでした。

二人で鶏牛蒡鍋を囲みながら、彼は自分から
「今日の試験は、かなり手ごたえがあったんだよ。だけど、センターの結果が悲惨だったので、楽観はしてない。倍率も高いし。
でも、これだけ勉強したから、結果がどうであっても、納得できる。」
と申しました。

私はその言葉を聞いて、じょわぁ~~~っと涙が溢れてきて、号泣しそうになりました。「どうだった?」とは聞かないつもりだった。
「泣くなよ」と彼が申すので、かろうじて思い留まりました。

息子は部活を引退してから、本当によく勉強した。
夏休みは、エアコンをかけっ放し、夜中に勉強して、ピアノの椅子の横に布団を敷いて寝た。コールセンターから帰ってきたらまだ寝てたこともあった。
LDKはレッスン室なんだけど、、、レッスンのときは自室で寝てた(^_^;)

そうだ泣くのは結果が出たとき。
私は、結果なんかどっちでもいい。受かっても受からなくてもどっちでもいいんだよ、その時は思い切り晴れやかに泣く。
分岐点からの行く先が決まる時。
それが頑張ったTakに神さまが標された道だよ。



この人は、自分の人生をもう自分で歩き始めているのだなあと、今こう書きながらも涙がじょわぁ~~ですわーー。


今日は、カット&カラーに行って、注文していた生花コサージュを取りにいってきました。

自分の大学の卒業式も、ブラックフォーマルのパンツスーツに生花コサージュで出席したことを思い出しました。
大人に着付けしてもらう袴や振袖が七五三のようでヤだった私。
その時、私は卒業の感慨に耽る暇はなく、もうすぐ次へと気持が向かっていました。

大学の入学式のときも、1人でブルートレイン「瀬戸」に乗って、早朝に東京駅のトイレで歯を磨き、中央線に乗り換えて、入学式会場の立川市民会館に向かったなあ。
実家を出るとき、仏壇に手をあわせて
「ご先祖さま、私はもう二度とこの家で暮らすことはありません。どうか家族をお護りください」
と、お祈りしました。その通りになりました。(帰省は除く)

いよいよ息子にも、そんな18歳の春がやってきた。こんな私の息子だから、自立心旺盛。
これから彼はどんな思いで家を出て行くんだろーなー、、、
正直なところ、寂しくなるだろうなという思いは多少あります。
この部屋から息子がいなくなったら、ものすごくだだっ広く感じるだろうな。
無言の時間が増えるし。
今こうして書きながら過去を振り返って暫し感慨に耽りましたが、
それより今は、これから息子が夢を叶えることに向かっての具体的な一歩を踏み出すのだと思うと、私も「さあ次いこ!」な気分です。


彼はもうじゅうぶんに私を越えて成長したと思っています。


明日の卒業式も彼はチャリ、私は車でいくんだろーなーーー




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ボルシチ作った

2018-02-27 | 宅飲み&うちごはん





ボルシチを作りました。

本格的なボルシチを作ったのは、初めてでした。
東京時代に1度か2度ほど作ったのは、缶詰ビーツ使用。あまり記憶にない、、、

生のビーツをゲットしました。やっほぅぅぅ~~~\(^o^)/


…とかいっても、「ボルシチ」を食べたことがない、「ボルシチ」を知らないというお友達が結構いらしたので、解説させていただきます。


ボルシチは、「ビーツ」とタマネギ、ニンジン、キャベツ、牛肉などの材料を炒めてから、スープでじっくり煮込んで作る。
但し、スープの中身は決まっているわけではない。
それ以外の具としてソーセージ、ハム、ベーコン、肉だんご、鶏肉などの肉類や魚のから揚げ、ズッキーニ、リンゴ、インゲンマメなどを使ったりもする。
ボルシチの素材は地域によって異なり、特にウクライナでは地方ごとに40種類以上のバリエーションがあるが、
いずれもスメタナ(サワークリーム)を混ぜて食べることと、主材料にビーツを使用している点は共通している。
仕上げに入れるハーブはディルが多いがイタリアンパセリでも代用ができる。
ボルシチを特徴づける鮮やかな深紅色は、ビーツの色素によるものである。

(以上Wikipediaより)

Wikiでは、ビーツは「テーブルビート」と記載されていましたが、以下拙記事では「ビーツ」と記載するため、書き直させていただきました。

要するに、ウクライナ地方の伝統的家庭料理で、作り方は地域や各家庭ごとに多種多様。
ルールはなく、ビーツとサワークリームを使う…ということだけかも。


「ビーツ」とは、一言でいうと真っ赤な蕪のような根菜です。
生のビーツ、初めて見たし、初めて買いました。





ま~~そんな薀蓄はともかく、この血のように赤いスープ、大変美味しゅーございました。
こんな真っ赤なボルシチを食べたのも初めてでした。
初めて買った生ビーツ、皮を剝いたら濃い赤ワイン色。まな板が血で染まる!!
「食べる輸血」とか言われるのも納得!栄養価も大変高いそうですよ~ん。


お友達がFBに「ボルシチを作った」っていう記事を上げているのを見て、
も~~~たまらず食べたくなって、生ビーツを求めて彷徨いました。
香川にもビーツ売ってるとこあるんだ\(^o^)/


サヌキス

前出ホムパの記事にも登場のatatachanにおしえて貰った。

自画自賛ですが、感動的に美味しかったのですが、レシピは残念ですがご案内できません。
なぜなら、知る人ぞ知る、私はいつも「超絶できとー」にやってるので、
分量をお伝えできません。
ご興味のある方は、「ボルシチ」でレシピ検索してくださいますよう。m(_ _)m

息子Takの大学入試に向けての最終週の最終日に「ボルシチ」作りました。
最終週は、Takの好きなものを食べさせようと思って、

日 ステガス(ステーキガストというファミレス)でステーキ
月 鶏唐揚げ
火 海老フライ
水 ハンバーグ

…とやってきた。しかし!
どぉ~~~してもボルシチを作りたくなり、終日オフの木曜日は、ビーツを求めて彷徨う。
Takにとっては(給食で食べてなければ)初めてのボルシチ。
絶対ビーフシチューのほうが喜ぶに決まってるんだがな~と思いながらもボルシチの欲求は却下できない我儘な私。

「オカン、今日の晩メシなに?」(休日朝は「今日の昼飯なに?」)と、必ず言うTakに、
「ボルシチ…。」


「おおぉぉぉ!これがビーツか! ホンモノのボルシチが食べられるのか!」との反応。
えっ、ボルシチとかビーツとかって知ってんの?

小学校の頃にグループ学習で世界の中で興味ある地域を選んでその民族や文化、食生活などについて研究するというのがあり、
Takは「ルパン三世 ロシアより愛をこめて」を観て間もなかったので、ロシアの研究のグループを結成し、
そこで「ボルシチ」と「ビーツ」について学んだのだどか。


さて。ボルシチはお鍋いっぱい作りましたので、翌日もボルシチ。
赤く染まって、何がなんだかよくわからなくなってきました。





さらに翌々日。画像はございませんが、後添えのブロッコリー以外はすべて真っ赤に染まり、
玉葱はもちろん、人参もジャガイモも、芯まで真っ赤に染まり何を食べようとしているのかわかりません。
ビーツかと思ったら真っ赤なジャガイモ( ̄□ ̄;)!!
牛スネ肉は殆ど形骸を留めないほどにほぐれています。
それも真っ赤なスープに埋もれているので、どこに肉があるのかもわかりません。
でもコレがウマいんだサイコー!!

まさに「食べる輸血」状態。


ここまで書いておきながらTAKAMI家ボルシチのレシピはお伝えできませんが、
ワンポイント程度ですが、ご提案しておきます。

1 生ビーツは、意外と煮崩れしないのです。ですので、「蕪」のつもりで大きめに切らず、厚さ1cm以下、大きさは10円玉以下ぐらいが良いのでは。
口に入れるときの大きさは大変重要と思います。
2 遠慮しーしー唐辛子1本入れてみましたのが、とってもいい感じたったと思います。
極寒のウクライナ料理に唐辛子はどんなかな~と思い控えめにしました。
極寒の地で食べるわけじゃないので、私としては今後はもーちょっと増やそうかなーと思っております。





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