おじたん。的ぶろぐ生活。

おじたん。である。語るんである。

今ぁこそぉ~別れめぇ~いざぁ~さらぁ~ばー♪

2005-03-17 00:21:27 | 我思う、故に書くなりよ。
の別れ「め」は「目」では無いらしい。

卒業式で歌われる「仰げば尊し」だが、「今こそ別れ目」では無く、「こそ…」に掛かる「む」が転じて「め」になったので、意味としては「今こそ別れよう…」となり、その後の「いざさらば~」に続くんだと、国語の教師辺りは知っていて当然だったらしい。

まぁ、国語でも「古典」に分類されるんじゃなかろうかと思うんだが、私は極つい最近知った。

自分の卒業式とか、全く記憶に無い。それなりに楽しい時期を過ごした上での式だから、記憶に残っていても悪くないのだろうけれど、キレイさっぱりと無い。そんなモンだろう。

他人の卒業式はよく覚えていたりする。中学時代の恩師を母校に訪ね、その担当クラスを卒業まで1年間写真に撮った。毎日とは行かないが、毎週顔を出し、イベントがあればもちろん、普段の授業中でも写真を撮った。よくもまぁ反対されずに許してくれたと今でも思う。撮った写真の中から、それぞれに思い出深い写真を選んで、卒業式にあげた。

この時の彼らの卒業アルバムの集合写真は、私が撮った写真が使われており、他のクラスとは全然違う物になった。学校に写真屋さんが来て、校庭で撮る様な写真ではなかった。なんせ、校長が写っていないワケで、教師は担任だけだったと思う。よく、学校が許したモンだと思っていたが、後年、恩師に聞くと「おれもそう思う…」と言っていた。でも、かしこまって写っている写真を見るより、それぞれが直ぐに思い出せる「顔」が写っているとの事だった。

この卒業式の日、私は2枚目の母校の卒業証書を頂いている。恩師の計らいだが、正式な物ではもちろん無いが、正式な証書よりも思い出の深い物である。正式な証書をもらった頃は、早く高校に行きたくて仕方がなかった。クラスは荒れて、卒業どころでは無かったのだ。学校で勉強が出来る事は無く、家に帰るか、部活の時間に勉強するか、そんな感じだったなぁ。部活へ顔を出せば、違うクラスの頭の良いのがいたわけで、そいつに教わった方が頭に入ったんである。

そんなワケで、自分に関わる「式」の記憶はほとんど無く、他人のでも数えるくらいにしかない。今後もそうだと思う。そもそも、非常に不謹慎な考えで脳が埋まっているので、式に出ても全く関係ない事考えてたりする。友人の結婚式の最中にずっと別の人の「葬式」を思い出していたり、努めてその場の雰囲気から逃避したいという願望の元で妄想に浸ったりする。お経を読んでいるお坊さんのハゲ頭から緑の双葉がにょきにょき生えたらどーなるか? とか。

従って、呼びも呼ばれもしなくなり、私としては非常に気が楽だ。妹が本当に結婚するのを知ったのも式の当日だったし、親族紹介で紹介された記憶もない。苦手な物は苦手なんだなぁ、これ。

従って…かどうか知らぬが、今こそ別れよう。いざ、さらばじゃ! って事だから、次に期待しましょう…と言う解釈なんだと思うよ…。

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