<おでいげ>においでおいで

たのしくおしゃべり。そう、おしゃべりは楽しいよ。

世界の経済の動きとわたしとは接点がない。

2023年11月26日 11時19分51秒 | Weblog

1ドル=150円。毎時間ごとのニュースが、刻々の為替変化を報じている。どうやら円安傾向が強まっているらしい。

わたしとの接点はあるか? 

ないなあ。

なくて済んでいるんだなあ。

世界の経済の動きとわたしとは接点がない。これでいいのかなあ? わたしは山の炭焼きの紫いろをした薄い煙。そこにふんわりしてたなびいているばかり。

それって、あんまり褒められたことじゃなさそうだなあ。

なんだか、世界中から置いてけぼりを喰らっているような気もするなあ。

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一生の楽しい時間が溢れて来るソーダ水。

2023年11月26日 10時50分27秒 | Weblog

一生の楽しきころのソーダ水

富安風生

富安風生様、この数日、わたしの遊び仲間をして下さっている俳人様、今朝もあなた様をこの場にお誘いしてしまいました。おイヤかもしれません。 

(わたしと遊んで下さる方なんてこの世にはおられませんから、ついつい異界のあなた様を誘ってしまいます)

今日のあなた様のこの句は、過去回帰の句。どうしてそんなことに?

ソーダ水は夏の飲み物。だから夏の季題。そこにソーダの泡が弾けています。一人で飲んでいるのではなく、仲間と夏の浜辺に来てわいわいなさっている。ベイジングスーツを着た魅力的なおんなの子もいる。波が押し寄せて、裸身に跳ねる。歓声が上がる。

一生の間にはこうしてときおりからりと晴れた快晴の、楽しい日が廻り廻って来ます。それが100回1000回と繰り返されているうちに、人は老いてきます。ほろ苦いソーダ水なんかもう飲まなくなってしまいます。

そして、述懐が始まってきます。過去回帰に、快感の雫の一滴をもらい受けようとします。いいんです、それで。快感の雫が思い出から全部尽きてしまうことはありません。「わたしの一生の間にわたしの楽しい時間があった」という事実が、青春のソーダ水になって、乾いた老いの口を潤わせてくれます。

ところで、わたしの楽しい頃はいつのころだったのでしょう?

何をして何処で誰と過ごしていたのでしょう?

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がっかりさせてしまうことになるかもしれない。

2023年11月26日 10時38分49秒 | Weblog

どうしたんだろうねえ、お爺さんの腹の底の力が、腑抜けを続けている。細って、ぺっそりしている。加えて、今朝からは胸が痛む。大きく息を吸ってもそれと分かる。どうしたんだろうね。

いっしょに山陰日本海の旅に出る友人が、昨日心配して、旅のキャンセルを申し出てきた。「出発までにはあと8日あるから、まあ、大丈夫さ、元気が戻るさ」と返事をしたが、確信はない。がっかりさせてしまうことになるかもしれない。

11月26日になっている。今日は日曜日だ。外はお天気が良さそうだ。風もなさそうだ。光が跳ね回って遊んでいる。外へ出て、無邪気な光の遊び仲間に入りたいが、決断の腰が浮かない。

コメント (2)
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