知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

商標法4条1項8号の解釈-人格的利益を有するか否か

2008-09-21 15:55:36 | 商標法
事件番号 平成20(行ケ)10142
事件名 商標登録取消決定取消請求事件
裁判年月日 平成20年09月17日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

第5 当裁判所の判断
1 取消事由について
(1) 商標法4条1項8号は,「他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号,芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称」を含む商標について,その他人の承諾を得ているものを除き,商標登録を受けることができないとするものであるが,この規定の趣旨は,人が,自らの承諾なしに,その肖像,氏名,名称等を商標に使われることがない人格的利益を有していることを前提として,このような人格的利益を保護することにあるものと解するのが相当である(最高裁平成17年7月22日判決・集民217号595頁)。

 そして,かかる見地からすれば,肖像,氏名,名称のほか,これらと同様,特定人の同一性を認識させる機能を有する雅号,芸名,筆名について,また,氏名,名称,雅号,芸名,筆名の各略称についても,同号による保護を及ぼす必要が生ずるが,氏名,名称が,ほとんどの場合に,出生届出や登記申請等の所定の手続を経て決定され,戸籍簿や登記簿等の公簿により確認することができるのに対し,雅号,芸名,筆名や上記各略称は,無方式で決定され,これを確認する定まった手段等もないのが通常であって,このような意味で恣意的ないし曖昧な部分を残し,当人の認識と周囲の認識との間に食い違いが生ずるような場合もあり得ることを考慮して,同号は,雅号,芸名,筆名及び氏名,名称,雅号,芸名,筆名の各略称については,同号による保護の要件として,著名であることを必要としたのに対し,氏名,名称については,著名であることを要しないものとしたと解することができる

 もっとも,同号の適用に当たり,他人の氏名,名称等を含む商標について,当該他人の人格的利益を侵害するおそれのある具体的な事情が存在することは,著名性を要する雅号,芸名,筆名及び氏名,名称,雅号,芸名,筆名の各略称に関して,著名性の有無を判断する際の1要素となり得ることは格別,同号の規定上,人格的利益の侵害のおそれそれ自体が,独立した要件とされているものではない

(2) しかるところ,上記第2の1の(1)のとおり,本件商標の構成中の漢字部分のうち,第1字目は「霊(靈)」の,第3字目は「会(會)」のそれぞれ異体文字と認められるから,同部分は実質的に「霊友会」と書されているのと同じというべきであり,この点は,原告も争っていない。
 そして,「霊友会」は,本件の登録異議申立人である霊友会の名称(フルネーム。甲第15号証の1,2)の表記そのものであるから,本件商標が,他人の名称を含むものであることは明らかであり,かつ,当該「他人」である霊友会の承諾を得ていないことは,原告も自認するところである。そうすると,本件商標は,商標法4条1項8号により商標登録を受けることができないものであるといわざるを得ない


(3) 原告は,商標の使用により他人の人格的利益を侵害するおそれがある場合に初めて,当該商標が商標法4条1項8号の「他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号,芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称」を含む商標に該当するものと解すべきである旨主張する
 しかしながら,同号の立法趣旨が,氏名,名称等を,承諾なく商標に使われることがないという人格的利益を保護することにあるものとしても,上記のとおり,同号の規定上,他人の氏名,名称等を含む商標が,当該他人の人格的利益を侵害するおそれのある具体的な事情が存在することは,同号適用の要件とされているものではない。すなわち,同号は,他人の肖像,氏名,名称を含む商標,並びに他人の著名な雅号,芸名,筆名及び氏名,名称,雅号,芸名,筆名の著名な略称を含む商標については,そのこと自体によって,上記人格的利益の侵害のおそれを認め,商標登録を受けることができないとしているものと解されるのである
したがって,原告の上記主張は失当である。


(4) 仮に,他人の氏名を含む商標であっても,その使用が当該他人の人格的利益を侵害するおそれが全くない場合には,商標法4条1項8号の適用がなく,当該商標の登録を受けることができると解するとしても,本件においては,本件商標の使用が霊友会の人格的利益を侵害するおそれが全くないとの事実を認めるに足りる証拠はない。

 この点につき,原告は,天理教事件最高裁判決を引用,・・・,本件商標の登録が霊友会の人格的利益を侵害するものということはできないと主張する。

 しかしながら,天理教事件最高裁判決の原告の引用する判示部分は,宗教法人が,その名称を他の宗教法人等に冒用されない権利を有し,これを違法に侵害されたときは,人格権に基づきその侵害行為の差止めを求め得ることを一般的に肯定した上,他方で,宗教法人は,その名称に係る人格的利益の1内容として,名称使用(教義を簡潔に示す語を冠した名称の使用を含む。)の自由を有するから,甲宗教法人の名称と同一又は類似の名称を乙宗教法人が使用している場合において,当該行為が甲宗教法人の上記権利を違法に侵害するものであるか否かは,乙宗教法人の名称使用の自由に配慮し,甲宗教法人の名称の周知性や乙宗教法人が当該名称を使用するに至った経緯等の諸事情を総合して判断すべきであるとし,当該事案に係る具体的事情の下では,乙宗教法人に相当する被上告人の名称使用が,甲宗教法人に相当する上告人の名称を冒用されない権利を違法に侵害するものではないと判断したものである。

 すなわち,天理教事件最高裁判決が,宗教法人の名称に係る人格的利益(名称権)について判示したものであることはそのとおりであるとしても,宗教法人の名称に係る人格的利益(名称権)を違法に侵害するか否かが問われているのは,他の宗教法人の名称の使用行為であり,当該他の宗教法人も,その人格的利益の1内容として,名称使用(教義を簡潔に示す語を冠した名称の使用を含む。)の自由を有するゆえに,当該名称使用行為が違法な侵害行為とされるか否かの判断に当たっては,その名称使用の自由に配慮し,上記諸事情を考慮すべきものとしているのである

 これに対し,本件において,宗教法人の名称に係る人格的利益(名称権)を侵害するおそれがないといえるかどうかが問題となるのは,商標の登録ないしその使用行為であり,かかる行為は,商標を使用する者の業務上の信用(商標法1条参照)という,取引社会における経済的利益に係るものであって(現に,本件商標に係る指定商品及び指定役務の大部分は,宗教法人の本来的な宗教活動やこれと密接不可分な関係にある事業と直接の関係を有するものではない。),宗教法人の名称の使用がその人格的利益に基づくのと比べ,法的利益の性質を全く異にするものであるといわざるを得ない。

 そうすると,天理教事件最高裁判決が指摘したのと同様の諸事情により,本件における,本件商標の使用が霊友会の人格的利益を侵害するおそれがないといえるか否かの判断をなし得るというものでないことは明らかであり,かかる意味で,天理教事件最高裁判決は,本件と事案を異にするものである。

次も同趣旨を判示。
事件番号 平成20(行ケ)10143
事件名 商標登録取消決定取消請求事件
裁判年月日 平成20年09月17日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟

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