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知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

特許法36条4項の要件を満たさないとした事例

2010-04-15 07:01:28 | 特許法36条4項
事件番号 平成21(行ケ)10158
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年03月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

(2) 判断
ア 本願発明に係る「補助エステル」の特定
 本願明細書には,本願発明による課題解決をするに当たり,当業者において,本願発明で規定したLogP値の範囲内の化合物群の中から,どのような補助エステルを選定すべきかについて,明確かつ十分な記載がされていないと解される。その理由は,以下のとおりである。

 すなわち,エステル化合物については,原告が書証として提出する皮膚外用剤に関する文献について見ただけでも,例えば,・・・が示されているように,多種多様なものを含む
 ・・・

 ところで,発明の詳細な説明の【0020】では,「栄養素をヒトに送達する」という解決課題を達成するためには,補助エステルは,①プロ栄養素の角質層からのフラックス(透過性)が類似するという性質と,②生物変換に関してプロ栄養素と効果的に競合するという性質の両者が必要であると記載されている。
 このうち,②の生物変換に関して微量栄養素(プロ栄養素)と効果的に競合するという性質は,請求項1,11で規定されたLogP値の範囲の補助エステルのすべてが当然に備えているものではなく,当業者が,試行錯誤を繰り返して,生物変換に関して微量栄養素と効果的に競合する補助エステルを選別しない限り,本願発明の目的を達成することができず,本願明細書には,その選別を容易にするための記載はない

 この点について,原告は,補助エステルが,LogP値の範囲内であれば,すべて,前記②の性質を有するように主張するが,同主張は根拠を欠くものであって,採用できない。

実施可能要件の判断事例

2010-04-06 06:52:52 | 特許法36条4項
事件番号 平成21(行ケ)10042
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年03月29日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

 そうすると,上記式36は,前提の異なる装置における具体的数値をそのまま利用する点において妥当ではなく,実験的にみても本願発明の原理が説明されているということはできない

c 以上によれば,本願明細書の発明の詳細な説明は,外部から入力される熱をすべて又はこれに準じる程度の高効率で仕事に変換する原理に関し,理論的にも実験的にも,当業者が実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものであるとはいえない。

(ウ)a 以上に対し原告は,本願発明は,・・・等に技術的特徴があり,これらの点において文献的な利用価値が高く,高度な技術的思想であるから,これにより改良発明の創作が促進され,技術の累積的進歩による産業の発展を図ることが可能となるにもかかわらず,審決が,相対的に利用価値が低い本願発明の実施上の利用に関する記載にのみ36条4項を適用して特許性を否定したことは,「…技術的思想のうち高度のもの」(特許法2条)である発明の「…保護及び利用を図ることにより,発明を奨励し,もって産業の発達に寄与する」(同1条)ことを目的とする特許法1条,2条に違反する旨主張する。

 しかし,特許法等の定める日本の特許制度は,発明をした者にその実施につき独占的権利を付与する代わりにその内容を社会に公開するというものであるから,その制度の趣旨に照らして考えると,その技術内容は,当該の技術分野における通常の知識を有する者(当業者)が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていなければならないものと解されるところ(最高裁昭和52年10月13日第一小法廷判決・民集31巻6号805頁参照),前記のとおり,本願発明は技術常識に照らして実現不可能とされる事項を内容とするにもかかわらず,本願明細書の発明の詳細な説明は,理論的・実験的に,当業者がこれを実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものであるといえないのであるから,当業者が本願発明を理論的又は実験的基礎として新たな発明をすることもまた,不可能というべきである。

新規な課題を見いだした場合の技術常識の参酌

2010-01-24 19:16:23 | 特許法36条4項
事件番号 平成20(行ケ)10276
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年01月19日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 塚原朋一

(イ) この点に関し,被告らは,前記第4の2(2) ア(オ) のとおり,本件明細書の記載に当業者の技術常識を加味すれば,本件特許が特段の過度の試験をするまでもなく容易に実施可能であると主張する

 しかしながら,セボフルランのルイス酸による分解という事象については,前述のとおり,本件特許の優先日当時,当業者はセボフルランのルイス酸による分解という現象そのものを理解していなかったのであるから,そもそも加味すべき「当業者の技術常識」と呼べるものは当時存在していなかったというほかない

 したがって,当業者が,どのような化合物がセボフルランを分解する「ルイス酸」に該当するかについて,実験を繰り返すことなく,その内容を具体的に理解することは非常に困難であったといわざるを得ない。

本件明細書の記載内容の認定に本件特許出願後の文献も参照した事例

2009-10-24 22:33:27 | 特許法36条4項
事件番号 平成20(行ケ)10475
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年10月20日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

第4 当裁判所の判断
1 取消事由1(実施可能要件についての判断の誤り)について
(1) トロイダル型無段変速機の境界潤滑領域における運転状況原告は,本件審決がトロイダル型無段変速機が境界潤滑領域で通常運転されないと認定したとし,それが誤りであると主張する
・・・

(ウ) 上記(ア)によると,「境界潤滑」とは,油膜を挟んだ二面間における,潤滑の状態をいうものである。なお,トロイダル型無段変速機が境界潤滑状態になるのであれば,転動面同士は,局部的に金属接触することになる。
・・・

(イ) 以上によると,本件特許出願当時,トラクションドライブにおいて,駆動側と従動側の転動面同士が直接金属接触を起こすと耐久性に問題が生じることから,トラクションドライブは,高圧下でガラス転移し固化する性質があるトラクションオイルを用い,駆動面と従動面の間にオイルを閉じ込め,油膜が破断されない状態が維持され実用的に使用できる範囲である線形領域(弾性領域,直線領域)において主に動力を伝達することにより,金属接触が生じないようにされた構成となっていたものと認められる。

 なお,このことは,本件特許出願後に発行された以下の文献の記載からも裏付けられる
a 本件特許出願直後に概説書として発行された田中裕久「トロイダルCVT」(平成12年7月株式会社コロナ社発行。甲8の2,甲10の7)には,「・・・。」(1頁1行~2頁1行)との記載がある。
b 平成14年に公開された特開2002-257217号公報においても,トロイダル型無段変速機では,金属接触を行わずに動力伝達を行うものとされている(甲17の3参照)。
・・・

(3) 本件発明の実施可能要件の充足性
ア 原告は,トロイダル型無段変速機は境界潤滑状態でも運転され,表面粗さの大小はトラクション係数の大小に相応することは,当業者の技術的な常識であるから,本件発明は,単に,接触面の周方向のトラクション係数が径方向のトラクション係数よりも大きくなるように,接触面の表面粗さを設定するだけで実施できるから,実施可能要件を充足すると主張する。

 しかしながら,前記(1)(2)のとおり,本件特許出願時に,トロイダル型無段変速機が境界潤滑状態で使用されていたものとは認められず,表面粗さの大小がトラクション係数に相応するとはいえないから,原告の主張は理由がない。また,仮に,境界潤滑状態で使用されるような,通常のトロイダル型無段変速機とは異なるタイプの装置を対象としたものであるならば,そのような内容が明細書に明らかにされている必要があるが,本件明細書にはその点の記載がない

イ したがって,いずれにしても,本件発明について,発明の詳細な説明に当業者が実施できる程度に明確かつ十分に説明されているということはできないから,本件特許は,法36条4項に規定する要件を満たしていないものである。

実施可能要件の立証責任

2009-09-25 20:22:36 | 特許法36条4項
事件番号 平成20(行ケ)10423
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年09月17日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

2 取消事由1(特許法旧36条4項及び6項2号該当性判断の誤りについて)
(1) 平成14年3月12日になされた本願に適用される特許法旧36条は,特許出願につき,その第1項で「特許を受けようとする者は,次に掲げる事項を記載した願書を特許庁長官に提出しなければならない・・・」とし,その第2項で「願書には,明細書,必要な図面及び要約書を添付しなければならない」とし,その第3項で「前項の明細書には,次に掲げる事項を記載しなければならない。①発明の名称②図面の簡単な説明③発明の詳細な説明④特許請求の範囲」とし,その第4項で「前項第3号の発明の詳細な説明は,経済産業省令で定めるところにより,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなければならない」と定めている。

 上記第4項は特許出願における実施可能要件と称されているものであるが,特許制度は,発明を公開する代償として,一定期間発明者に当該発明の実施につき独占的権利を付与するものであるから,明細書に記載される発明の詳細な説明は,当業者(その発明の属する分野における通常の知識を有する者)が容易にその実施をすることができる程度に発明の構成が記載されていることを要するとしたものであるところ,上記のような法の趣旨に鑑みると,明細書の発明の詳細な説明の欄に当業者が実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていること,ひいては当該発明が実施可能であることは,出願人が特許庁長官に対し立証する責任があると解される

数値限定を特定する技術的意義の十分な記載

2009-09-06 17:32:02 | 特許法36条4項
事件番号 平成21(行ケ)10004
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年09月03日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

3 取消事由2(特許法36条4項1号違反との判断の誤り)について
 なお,本件審決は,本件発明1における「ベールの頂面における内接矩形内に位置する部分の少なくとも90%が,平坦な板から約40mm以下離間する程度に,前記ベールの頂面および底面が平坦であり」「,少なくともベールが梱包された後に,外圧に対して少なくとも0.01barの負圧がベールにかかっている」との発明特定事項につき,特定の数値限定を伴うものであり,このような限定を付した構成を採用することにより,本件発明1の課題を解決するものと解されるが,発明の課題解決との関係が明らかであるというためには,数値限定を付した場合の効果(実施例)と,このような数値限定を満足しない場合の効果(比較例)とを十分に記載しておき,技術上の意義を明確にしておくこと等が必要と考えられるところ,本件明細書の発明の詳細な説明をみても,このような記載は見当たらず,してみると,このような数値限定を伴う本件発明1において,かかる数値限定を特定する技術的意義が十分に記載されているとはいえないことから,特許法36条4項1号の規定に適合するものとはいえず,また,本件発明1を引用する本件発明2ないし26についても同様であるとする

 しかしながら,本件明細書の発明の詳細な説明には・・・との記載があり,これらによると,本件明細書には,・・・してしまうという課題があったことについての記載があることが認められる。

そして,本件明細書の発明の詳細な説明には・・との記載がある。
 これに対し,本件明細書には,上記課題を解決するための手段として,・・・,ベールの頂面及び底面が平面であるようにすること,・・・負圧がベールにかかっている状態にすること,負圧の制御方法の記載があることが認められるのであって,本件発明1につき,当業者において,本件明細書の記載により,その課題との関係での数値限定を付した技術的意義を理解できるものと解され,そうすると,数値限定を付した場合の効果(実施例)と,このような数値限定を満足しない場合の効果(比較例)との十分な記載がないから,本件発明1の技術的意義が十分に記載されているとはいえないとの理由のみで,本件発明1及びこれを引用する本件発明2ないし26が特許法36条4項1号の規定に適合しないとした本件審決の判断も首肯し得ないものといわなければならない。

「その物」の全体について実施できる程度の記載を要するとした事例

2009-09-06 16:13:15 | 特許法36条4項
事件番号 平成20(行ケ)10272
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年09月02日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

2 取消事由2(実施可能要件違反の判断の誤り)について
(1) 本願明細書に実施形態を網羅的に実施することの記載を要するとの判断の誤り
ア 原告は,旧特許法36条3項所定の実施可能要件の判断に当たり,本願発明が実施可能か否かは,本来任意に選択された一個の部分(本件では抗体)が生産及び使用をすることができるように本願明細書に記載されていることで足りると解すべきであるにもかかわらず,審決が「網羅的」に得ることが必要であるとした点には,誤りがあると主張する。

 旧特許法36条3項は,「・・・発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載しなければならない。」と規定する。特許権は,公開することの代償として,物の発明であれば,特許請求の範囲に記載された「その物」について,実施する権利を専有することができる制度であることに照らすならば,公開の裏付けとなる明細書の記載の程度は,「その物」の全体について実施できる程度に記載されていなければならないのは当然であって,「その物」の一部についてのみ実施できる程度に記載されれば足りると解すべきではない。したがって,原告の上記主張はその前提において失当である。

イ 原告は,バイオテクノロジー関連の分野では,実施可能要件は,すべての実施形態を網羅的に得ることを要求していないのが現状であり,それを要求することは,出願人に酷な結果をもたらし,ひいては発明を奨励するという特許法の趣旨に反し,著しく不合理であると主張する

 確かに,バイオテクノロジー関連の分野では,発明の詳細な説明において,「欠失,挿入または置換」されたすべての実施態様が具体的に記載されていなくても,特許請求の範囲において,特定のアミノ酸配列を示し,さらに同配列中の「1又は数個が欠失,挿入または置換」等がされた場合をも包含する形式での記載が許容される場合がある。

 新規かつ有用な活性のある遺伝子に関連した技術分野において,当該分野のすぐれた発明等を奨励する観点,及び,仮にそのような記載が許容されなかった場合に第三者の模倣を阻止できず,独占権としての実効性を確保できない不都合を回避する観点から,特許請求の範囲に,特定のアミノ酸配列等を示した上で,同配列中の「1又は数個が欠失,挿入または置換」等がされた場合をも包含する記載が許容される場合があってしかるべきであるといえよう。
 しかし,そのような形式で特許請求の範囲の記載が許される場合であっても,そのことが,当然に発明の詳細な説明の記載については,一部の実施のみの開示によって,実施可能要件を充足するものと解すべきことを意味するものではない

 すなわち,特許請求の範囲に,新規かつ有用な活性のあるポリペプチドを構成するアミノ酸の配列が包括的に記載(配列の一部の改変を許容する形式で記載)されている場合において,元のポリペプチドと同様の活性を有する改変されたポリペプチドを容易に得ることができるといえる事情が認められるときは,いわゆる実施可能要件を充足するものと解して差し支えないというべきであるが,これに対し,上記のような形式で記載された特許請求の範囲に属する技術の全体を実施することに,当業者に期待し得る程度を越える試行錯誤や創意工夫を強いる事情のある場合には,いわゆる実施可能要件を充足しないというべきである。

次の判決も同趣旨。
平成20(行ケ)10273
平成20(行ケ)10274
平成20(行ケ)10275

特定の用途の組成物の実施可能要件の判断事例

2009-08-24 07:29:05 | 特許法36条4項
事件番号 平成20(行ケ)10304
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年08月18日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴
裁判長裁判官 滝澤孝臣


ア 特許法36条4項に定める実施可能要件
 特許法36条4項は,「前項第三号の発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載しなければならない。」と定めるところ,本件発明のように,特定の用途(樹脂配合用)に使用される組成物であって,一定の組成割合を有する公知の物質から成るものに係る発明においては,一般に,当該組成物を構成する物質の名称及びその組成割合が示されたとしても,それのみによっては,当業者が当該用途の有用性を予測することは困難であり,当該組成物を当該用途に容易に実施することができないから,そのような発明について実施可能要件を満たすといい得るには,発明の詳細な説明に,当該用途の有用性を裏付ける程度に当該発明の目的,構成及び効果が記載されていることを要すると解するのが相当である
 さらに,本件発明は,その用途として,単に「樹脂配合用」と規定するのみであるから,本件発明について実施可能要件を満たす記載がされるべきである以上,発明の詳細な説明に,酸素吸収剤を適用する樹脂一般について,本件発明の酸素吸収剤を適用することが有用であること,すなわち,当該樹脂一般について,本件発明が所期する作用効果を奏することを裏付ける程度の記載がされていることを要すると解すべきである

 そこで,以下,上記観点に立ち,発明の詳細な説明に,本件発明の酸素吸収剤を適用する樹脂一般について,本件発明が所期する作用効果を奏することを裏付ける程度の記載があるか否かについて検討する。

イ発明の詳細な説明の記載
・・・

ウ実施可能要件の検討
(ア) 以上の発明の詳細な説明の記載によれば,本件発明が所期する作用効果は,酸素吸収剤を樹脂に適用した際の樹脂のゲル化及び分解並びに異味・異臭成分の発生を抑制すること(以下「本件作用効果」という。)であると認められる。
 もっとも,発明の詳細な説明には,本件発明の酸素吸収剤を適用する樹脂をエチレン-ビニルアルコール共重合体とした場合,対照品と比較して,メルトインデックス,加熱揮発生成物(加熱発生ガス)の量及びフレーバー性能において優れている旨の各実施例の記載があるにすぎない。第1図及び第2図に記載された結果も,エチレン-ビニルアルコール共重合体を用いた場合のものである。
 しかしながら,発明の詳細な説明には,本件発明の酸素吸収剤を適用するのに特に好適な樹脂(エチレン-ビニルアルコール共重合体を除く。)の例として一定の数のアミド基を有するポリアミド類が,本件発明の酸素吸収剤を適用することができるその他の樹脂の例としてオレフィン系樹脂等がそれぞれ記載されているのであって,それにもかかわらず,エチレン-ビニルアルコール共重合体以外の樹脂(酸素吸収剤の適用の対象となるもの。以下同じ。)については,前記したとおりであって,本件発明が本件作用効果を奏するものと確認された旨の直接の記載は一切存在しないのである。

(イ) そこで,発明の詳細な説明に,エチレン-ビニルアルコール共重合体以外の樹脂一般について,本件発明が本件作用効果を奏することを裏付ける程度の記載がされているといえるか否かについてみると,発明の詳細な説明には,・・・・・・旨の記載(同(ケ))があるにとどまり,それ以上の記載はない。

 しかしながら,①,③及び⑥の各記載の実質は,単に結論(相違点に係る構成を採用した本件発明が本件作用効果を奏する旨)を述べるものすぎない。また,②,④及び⑤の各記載をみても,これを,酸素吸収剤を適用する樹脂の特性(化学構造等)を念頭に置いたものとみることはできないから,当業者において,これらの記載の内容が,エチレン-ビニルアルコール共重合体以外の樹脂一般についても,そのまま妥当するものと容易に理解することができるとみることはできない
さらに,発明の詳細な説明には,当業者において,銅及び硫黄が過大に存在することによる樹脂のゲル化及び分解並びに異味・異臭成分の発生を考える上で,エチレン-ビニルアルコール共重合体とそれ以外の樹脂一般とを同視し得るものと容易に理解することができるような記載は全くない。

 以上からすると,発明の詳細な説明に,エチレン-ビニルアルコール共重合体以外の樹脂一般について,本件発明が本件作用効果を奏することを裏付ける程度の記載がされているものと認めることはできず,その他,そのように認めるに足りる証拠はない。

審決における具体的な指摘

2008-10-31 07:03:38 | 特許法36条4項
事件番号 平成19(行ケ)10238
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年09月29日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

(3) 上記(2)ア~オによると,当業者が,本願発明1の規定する6つのパラメータの値をそれぞれ本願発明1において規定する範囲内のものとし,これらのパラメータ値を同時に満たす官能化ケイ酸を製造することに特段の困難はないものと考えられるから,本願明細書の記載が簡略に過ぎるきらいはあるとしても,審決における具体的な指摘が何らないまま,明らかに実施可能要件を満たさないと断ずることは到底できない

 したがって,当業者にとって本願発明1の規定する6つのパラメータ値を同時に満たす官能化ケイ酸を製造することが困難であるとした上で,実施可能要件がないとした審決を取り消すべき理由とはなり得ない旨の被告の主張は,前提を誤るもので失当であるといわざるを得ない。

本願発明に含まれる一部の実施例は記載されている場合

2008-09-21 15:56:30 | 特許法36条4項
事件番号 平成20(行ケ)10199
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年09月18日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

イ検討
(ア) 本願明細書の特許請求の範囲の記載(前記第2,2)及び段落【0032】の記載(前記ア(カ))によれば,本願発明1ないし4において,「複数のブロック単体を係合により結合させて構成され特定の意味を持つ対象物」は,発明の詳細な説明に実施例(前記ア(エ),(オ))として記載された「うさぎ」や「鳥」に限定されていない

(イ) 対象物を「うさぎ」とする実施例に関する記載(前記ア(エ))において,「各ブロック単体は,・・・互いに係合されて組み立てられ,係合を解除することにより分解されるように,文字の輪郭形状を構成する凸部や凹部あるいは孔を適宜の形状や大きさにすることにより形成されている」(段落【0019】)と説明されている。
 しかし, 「うさぎ」の各部分と「R 」, 「A 」, 「B 」, 「B」,「I」,「T」の各文字の輪郭形状を有する各ブロック単体との対応関係については,単に1つの例(・・・ ) が示されているにとどまり, ① 「うさぎ」の各部分と「R」,「A」,「B」,「B」,「I」,「T」の各文字の輪郭形状を有する各ブロック単体との対応関係をどのようなものとするのか,②各「ブロック単体」の凸部や凹部あるいは孔をどのような形状及び大きさとするのか,③各々の「ブロック単体」の凸部や凹部あるいは孔の形状及び大きさの相互関係をどのようなものとするのかについて,これらを決定するに際し,当業者に対する指針となるような記載は見当たらない。

(ウ) 対象物を「鳥」とする実施例に関する記載(前記ア(オ))においても,「各ブロック単体は,・・・互いに係合されて組み立てられ,係合を解除することにより分解されるように,文字の輪郭形状を構成する凸部や凹部あるいは孔を適宜の形状や大きさにすることにより形成されている」(段落【0028】)と説明されている。
 しかし,「鳥」の各部分と「B」,「I」,「R」,「D」の各文字の輪郭形状を有する各ブロック単体の対応関係については,単に1つの例(・・・)が示されているにとどまり,①「鳥」の各部分と「B」,「I」,「R」,「D」の各文字の輪郭形状を有する各ブロック単体との対応関係をどのようなものとするのか,②各「ブロック単体」の凸部や凹部あるいは孔をどのような形状及び大きさとするのか,③各々の「ブロック単体」の凸部や凹部あるいは孔の形状及び大きさの相互関係をどのようなものとするのかについて,これらを決定するに際し,当業者に対する指針となるような記載は見当たらない。

(エ) 発明の詳細な説明の記載を検討しても,「対象物」が「うさぎ」や「鳥」以外の場合について,当業者に対する指針となるような記載は見当たらない

(オ) 以上によれば,少なくとも「対象物」が「うさぎ」や「鳥」以外の場合には,発明の詳細な説明において,①「対象物の名称の綴りから構成されアルファベットからなる」各々の「ブロック単体」を「対象物」のどの部分に対応させるのか,②「ブロック単体」の凸部や凹部あるいは孔をどのような形状及び大きさとするのか,③各々の「ブロック単体」の凸部や凹部あるいは孔の形状及び大きさの相互関係をどのように決定するのか,ということについて,何ら具体的な指針が示されていないから,当業者が本願発明1ないし4を実施しようとすれば,過度の試行錯誤が必要となるといわざるを得ない

そうすると,発明の詳細な説明の記載は,当業者が本願発明1ないし4を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものということはできず,これと同旨の理由(1)アに係る審決の認定判断に誤りはない。

実施可能要件の判断基準と医薬用途発明への適用

2008-08-10 11:35:34 | 特許法36条4項
事件番号 平成19(行ケ)10304
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年08月06日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 石原直樹

(1) 本願発明に係る実施可能要件について
ア 特許法36条4項は,「・・・発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載しなければならない。」と定めるところ,この規定にいう「実施」とは,本願発明のような物の発明の場合にあっては,当該発明に係る物の生産,使用等をいうものであるから,実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が当該発明に係る物を生産し,使用することができる程度のものでなければならない

 そして,本願発明のようないわゆる医薬用途発明においては,一般に,当業者にとって,物質名,化学構造等が示されることのみによっては,当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を予測することは困難であり,当該発明に係る医薬を当該用途に使用することができないから,そのような発明において実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明に,薬理データの記載又はこれと同視し得る程度の記載をすることなどにより,当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を裏付ける記載を要するものと解するのが相当である。

イ なお,原告は,本件出願について,マウスにおいて実験不可能な涙腺への局所適用例の記載を要求し,かつ,ヒトの治験を通じて初めて分かる有効量の記載を要求することは,違法である旨主張するが,この主張が,上記アに説示したところと異なる趣旨をいうものであるとすれば,原告の独自の見解であるといわざるを得ず,失当である。

・・・
(8) 小括
 以上のとおりであるから,アンドロゲン等の有用性に関する薬理試験として,マウスを用いた全身投与の実験結果の記載があるのみである本願明細書の発明の詳細な説明に,局所投与に係る本件有用性を裏付ける記載があるといえる旨の原告の各主張は,いずれも採用することができず,その他,本願明細書の発明の詳細な説明に,本件有用性を裏付ける記載があるものと認めるに足りる証拠はない。
 そうすると,本件有効量についての記載の有無について検討するまでもなく,本願明細書の発明の詳細な説明は,特許法36条4項に規定する実施可能要件を満たさないものといわざるを得ない。

物の発明の製造方法の記載の要否

2008-06-15 20:15:52 | 特許法36条4項
事件番号 平成19(行ケ)10308
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年06月12日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

『2 取消事由2(旧36条4項違反の判断の誤り)について
さらに,念のため,原告が旧36条4項違反の判断の誤りをいう点についても検討する。

(1) 旧36条4項は,「前項第3号の発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載しなければならない。」と規定する(なお,現行の特許法においては,36条4項1号が明細書の発明の詳細な説明の記載につき「経済産業省令で定めるところにより,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること。」との要件に適合するものでなければならないことを規定しており,旧36条4項とほぼ同様の内容が規定されている。以下「実施可能要件」ということがある。)。

(2)・・・
 以上によれば,アークイオンプレーティング法により皮膜を形成するに際しては,その皮膜の物性の一種であるX線回折パターンにおける(200)面,(111)面のピーク強度及びその比であるIa値は,イオン衝撃電力W,堆積速度R,サブストレート(基板)温度Tの各プロセスパラメータにより影響を受けるものであって,特に,皮膜の組成の成分割合により強く影響を受け,そのIa値はその成分割合の選定により大きく変位するものであるということができる

(3) 本件明細書において,本件発明1の被覆硬質部材の製造方法については,前記1(1)エないしカ,ク及びケ(・・・)によれば,・・・ことが示されるだけであって,アークイオンプレーティング法により必要とされる製造条件につき説明するところはなく,また,サブストレート(基板)温度T等の他のプロセスパラメータにつき記載されるところもなく,さらに,その製造条件の中でも,被覆硬質部材の皮膜のIa値に強く影響する皮膜組成におけるTi成分とAl等の他成分の割合につき記載されるところはない

(4) 以上によれば,本件明細書では,被覆硬質部材の製造条件として,皮膜組成の成分割合等のIa値にとって重要であるパラメータにつきその開示を欠くものであって,その記載に係る製造条件のみでは皮膜のIa値を決定又は特定することができず,所定のIa値を保有する皮膜を製造することができないものといわざるを得ない。

 したがって,TiとTi以外の周期律表4a,5a,6a族,Alの中から選ばれる2元系,ないし3元系の炭化物,窒化物,炭窒化物を被覆してなる被覆硬質部材の皮膜につき,そのIa値が2.3以上であると規定する本件発明1については,本件明細書に当該Ia値が2.3以上のものを得る上で特有の製造方法が記載されておらず,本件明細書の発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の構成及び効果が記載されているということができず,旧36条4項に規定する要件を満たしていないことになる。
・・・

(5) もっとも,原告は,本件発明は「製造方法」の発明ではなく,「物の発明」に係るものであり,特有の製造方法は必要ないので,「本件明細書に当該Ia値が2.3以上のものを得るうえで特有の製造方法が記載されていない」として,本件明細書には当業者が容易にその実施をすることができる程度に記載されていない,とした審決の判断は誤りである旨主張する

 ところで,特許制度は,発明を公開する代償として,一定期間発明者に当該発明の実施について独占的な権利を付与するものであるから,明細書には,当該発明の技術内容を一般に開示する内容を記載しなければならないというべきであって,旧36条4項や現行特許法36条4項1号が前記のとおり規定するのは,明細書の発明の詳細な説明に,当業者が容易にその実施をできる程度に発明の構成等が記載されていない場合には,発明が公開されていないことに帰し,発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提を欠くことになるからである

 そうであるから,物の発明については,その物をどのように作るかについて具体的な記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づき当業者がその物を製造できる特段の事情のある場合を除き,発明の詳細な説明にその物の製造方法が具体的に記載されていなければ,実施可能要件を満たすものとはいえないことになる。
 したがって,本件発明は,「物の発明」であるから「製造方法」の開示は必要がないとの原告の主張の見解は正当ではないことになる。

(6) また,原告は,本件発明の「物」は,公知の方法で製造可能であって,前記審決で引用した公知例においても本件発明の「物」ができている場合もあり,本件発明は,既にあった物の中から,特定の技術的目的・効果を奏するもののみを選び出しているから,実施可能要件に違反しない旨主張する

 しかしながら,前記(2)のとおり,アークイオンプレーティング技術においては,そのアークイオンプレーティングによる得られる皮膜の特性は,・・・各プロセスパラメータに依存して変位するものであるところ(乙21),本件明細書には,パラメータ選定に関する指針などの開示がないことから,当業者が,本件発明の条件に合う硬質被覆膜を得るには,膜の成形に関連する多数のパラメータの最適な値を探るために必要以上の試行錯誤を行わなければならないことになってしまうものであって,本件明細書には,本件発明が当業者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の構成及び効果が記載されているとする原告の主張は採用できない

(7) さらに,原告は,本件発明は,発明を特定する技術的条件として特許請求の範囲に「Ia値が2.3以上」を規定しており,この条件を満たしている「物」でさえあればいいのであって,審決が無効とした理由のいずれもそれに該当するものではなく,公知の製造法でもできる「物」の発明である本件特許の無効理由として「特有の製造方法の記載がない」としてされた審決は,「物」の発明である本件特許の技術内容の把握を誤っており,それに基づいてされた判断は違法である旨主張する

しかしながら,上記(5)のとおり,「物」の発明であっても,その「物」が容易に製造可能なように明細書にその「製造方法」を示す必要があるものであるから,原告の上記主張は採用できない

3 以上によれば,本件明細書の記載が,明細書のサポート要件に適合しておらず旧36条5項1号に違反し,また,実施可能要件に適合しておらず旧36条4項に違反するとの,審決の誤りをいう原告の主張は理由がないから,原告主張の取消事由はいずれも理由がないことになる。』

物の発明の実施可能要件

2008-04-13 23:43:44 | 特許法36条4項
事件番号 平成19(行ケ)10171
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年04月07日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

『本願発明は,所定の条件下で測定した比Hdd/Hdeが4以上を呈するという特性を有する複合磁性体を材料とする電磁干渉抑制体及びその製造方法の発明であると認められる。
 そうすると,本願発明(請求項1)において,所定の条件下で測定した比Hdd/Hdeが4以上を呈するという複合磁性体の特性は,あくまでその磁気損失特性が優れていることの数値的指標として,複合磁性体を特定する意味を有しているものであって,かかる特性自体が開示されたからと言って,同複合磁性体の製造方法が開示されたことにはならない
 そして,物の発明については,どのように作るかについて具体的な記載がなくても明細書の記載や技術常識に基づき当業者がその物を製造できる場合を除き,製造方法を具体的に記載しなければならないというべきであり,本願発明(請求項1)も物の発明であるから,製造条件によって特定された複合磁性体を内容としていないとしても,本願明細書(甲2,5)の実施可能要件を満たすため,上記のような意味で,製造方法の具体的な記載が必要であることを左右することはできない。

 さらに,原告が,本願明細書(甲2,5)の実施例に記載された製造条件とそこから一義的に定まる条件に当業者の技術常識を加味すれば決定できる旨主張する条件は,前記2(3)ア,イ(ア)~(ウ),ウで説示したとおり,本願発明(請求項1)の電磁干渉抑制体の材料としての,比Hdd/Hdeが4以上を呈する優れた磁気損失特性を有する複合磁性体を得る目的のために,扁平状の形状を有する軟磁性体粉末をできる限り同じ方向に並べるようにしてその配向度を改善するために設定する条件として開示すべき重要な事項であると認められる。
 そして,これらが,本願明細書(甲2,5)の実施例に記載された製造条件とそこから一義的に定まる条件に当業者の技術常識を加味すれば容易に決定される事項とみることができる具体的な根拠もないから,原告が主張するように,本願発明の電磁干渉抑制体に対する示唆及びその特性に対する目標値を与えれば周知技術を使用している限り当業者が容易にかつ任意に実現できるということはできない。』


誤記のある拒絶理由に基づく審決

2008-03-09 18:55:27 | 特許法36条4項
事件番号 平成19(行ケ)10181
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年02月27日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

『(第4 当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
2 取消事由1(手続違背その1)について
(1)  原告は,審決の判断対象となった本願発明は当初明細書に基づくものであるとし,この当初明細書に基づく本願発明について意見を述べる機会が与えられなかったことは手続違背に当たる旨主張するので,まずこの点について検討する。
・・・

(3) 以上によれば,審決は,
 本願発明の内容について,「平成18年9月6日付け手続補正書によって補正された明細書の特許請求の範囲の請求項1~18に記載されたとおりのもの」(審決の理由「1.手続の経緯・本願発明」の下線部分)と認定していることは明らかであるし,また,
 審決が「2.当審の拒絶理由」として平成18年2月9日付け拒絶理由通知(甲4)の内容を指摘し,かつ,「3.請求人の主張」として原告の平成18年9月6日付け意見書(乙5)及び同日付けの本件補正(甲1)の存在を指摘した上で,「4.当審の判断」において,上記意見書及び本件補正を検討してもなお,本願の明細書の記載は実施可能要件を満たすものではない旨を述べていること
からすれば,審決が審判の対象とする本願発明の内容は,本件補正後の明細書の記載に基づくものであることは明らかというべきであって,審決が本願発明当初明細書に基づいて判断したということはできない

(4)ア これに対し原告は,審決が,その理由中で,出願当初の明細書には存在したが第1次補正により変更されたため本件補正後の明細書には存在しない「紙葉捌き装置8」,「紙葉捌き要素9」との言葉を挙げていることを指摘する
・・・

ウ 以上によれば,出願当初の明細書(甲2)においては「紙葉捌き装置(8)」,「紙葉捌き要素(9)」との言葉が使用されていたものの,これらは,平成15年3月20日付け手続補正(第2次補正)により「刷紙区分装置(8)」,「刷紙区分部材(9)」と変更され,その後の平成18年9月6日付け手続補正(本件補正,甲1)においても,これら変更後の言葉が踏襲されていることが認められる。

 そうすると,上記のような変更があったにもかかわらず,平成18年2月9日付けの拒絶理由通知(甲4)が,第2次補正後の発明の認定として「紙葉捌き装置8,紙葉捌き要素9」との言葉を用いたことは明らかに誤りといわざるを得ないし,審決が,このような誤りを含む拒絶理由通知書の記載をそのまま引用した上で,「先の拒絶理由を覆すことはできない。」とか,「本願は,当審で通知した拒絶の理由によって拒絶すべきものである。」などと結論付けることもまた,理由として不適切であったといわざるを得ない。

 しかし,当初明細書の「紙葉捌き装置(8)」,「紙葉捌き要素(9)」と第2次補正後の「刷紙区分装置(8)」,「刷紙区分部材(9)」とは,表現に若干の異同はあるもののその実質は同一であるということができるし(前記イ(ア)及び(イ)の各【請求項02】~【請求項07】参照),また,これらと本件補正後の「刷り紙区分装置(8)」,「刷紙区分部材(9)」についても,表現は異なるものの,基本的な構成部分は一致しており(前記イ(エ)の各【請求項01】~【請求項07】参照),このことからすれば,これらがいずれも同じ装置ないし部材を指すものであることは明らかである。

 以上に加えて,前記(3)に述べたとおり,審決が「1.手続の経緯・本願発明」として審判対象として本件補正後の本願発明を認定していることなどを併せ考慮すれば,上記拒絶理由通知ないし審決の記載は,明白な誤記であるということはできても,本願発明の構成を取り違えたとまでいうことはできない。』

課題が自明だが実現困難な発明の実施可能性の判断

2007-12-09 23:29:58 | 特許法36条4項
事件番号 平成18(行ケ)10015
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年11月29日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 田中信義

『第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(特許法36条4項及び5項の要件判断の誤り)について
 請求項1の記載では,単に1cm^2 当たり10^3 ~10^6 箇所の決められた位置に,10^3 ~10^6 種類の基板表面成分が存在するという基板表面成分の密度が規定されているにすぎない。また,本件明細書をみても,上記の数値範囲の前後において,基板が有する固有の性質,構造が特別に変化することを示す記載はない。

 しかし,本件発明のような解析装置において,基板表面成分の密度を高めることが課題であって,その課題が自明のものであったとしても,従来,高密度化が技術的に実現困難であったものが,発明によって高密度化を実現した場合には,特許を受ける可能性があるのであり,その場合には,従来実現が困難であったが,発明により実現が可能となった密度の数値範囲を発明を特定する要素の一つとして規定することは妨げられない
 したがって,請求項1の記載が特許法36条4項及び5項の要件を満たしているか否かは,本件発明により高密度化が技術的に実現されたことを前提として判断すべきであるところ,取消事由2において本件出願の実施可能要件(特許法36条3項)が争われているから,まず,この点から判断することとする。

2 取消事由2(特許法36条3項の要件判断の誤り)について
 本件発明に係る解析装置は,1cm^2 当たり10^3 ~10^6 箇所の決められた位置に,10^3 ~10^6 種類の異なる基板表面成分を表面に有する基板を備えるものであるから,発明の詳細な説明に,本件発明を容易に実施することができる程度に記載されている(特許法36条3項)というためには,10^3 ~10^6 /1cm^2 という成分密度で,各成分が基板上に存在するものを製造することができ,かつ,それが解析装置として使用可能なものであることが示されている必要がある

 原告は,黄桃事件判決を挙げて,本件発明の実施可能性を判断する上では,収率は問題にならないと主張するが黄桃事件判決は
「発明は,自然法則の利用に基礎付けられた一定の技術に関する創作的な思想であるが,その創作された技術内容は,その技術分野における通常の知識経験を持つ者であれば何人でもこれを反復実施してその目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体化され,客観化されたものでなければならないから,その技術内容がこの程度に構成されていないものは,発明としては未完成のものであって,特許法二条一項にいう『発明』とはいえない(最高裁昭和三九年(行ツ)第九二号同四四年一月二八日第三小法廷判決・民集二三巻一号五四頁参照)。したがって,同条にいう『自然法則を利用した』発明であるためには,当業者がそれを反復実施することにより同一結果を得られること,すなわち,反復可能性のあることが必要である。そして,この反復可能性は,『植物の新品種を育種し増殖する方法』に係る発明の育種過程に関しては,その特性にかんがみ,科学的にその植物を再現することが当業者において可能であれば足り,その確率が高いことを要しないものと解するのが相当である。けだし,右発明においては,新品種が育種されれば,その後は従来用いられている増殖方法により再生産することができるのであって,確率が低くても新品種の育種が可能であれば,当該発明の目的とする技術効果を挙げることができるからである。」
と判示しているのであり,植物の育種という技術分野の「特性にかんがみ」,植物の再現の「確率が高いことを要しない」と判断したものである

 したがって,本件発明のような「解析装置」についての発明の実施可能性の判断にまで,黄桃事件判決の趣旨が及ぶものではない本件発明は「装置」の発明である以上,常に一定の効果を発揮するからこそ「発明」ということができるものであり,当業者が反復実施してその目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体化され,客観化されたものでなければならない。また,明細書の記載は,当業者が容易に反復して発明の実施をすることができる程度のものでなければならない。』

『(2) ペプチド鎖を基板表面成分とする解析装置について
・・・
 原告は,本件発明が高密度アレイの提供により画期的なブレイクスルーを成し遂げた世界的なパイオニア発明であると主張しているから,本件発明においては,高密度であること,すなわち単位面積当たりの領域数の多さと配列の多様性(基板表面成分の種類の多さ)が重要な意味を有するものと認められる。しかし,本件明細書には,上記のように,低密度で,少ない多様性の基板の製造例・実験例しか記載されていない
・・・

e  以上のとおり,キャッピング工程を各サイクルに設けることが本件明細書に記載されているとは認められない。
 また,本件優先日当時において,基板上におけるポリマー合成の分野において,キャッピング工程を各サイクルに設けて解析の際のノイズを減少させるという技術思想がたとえ周知のものであったとしても,キャッピング工程を各サイクルに設けることが本件明細書の記載から自明な事項であるとはいえない

オ 基板表面成分の密度について
 原告は,所定の成分密度の達成は「基板上に1cm^2 あたり10^3 ~10^6 箇所の領域を作り得るか否かということに他なら(ない)」と主張する
 確かに,単に上記のような領域を光照射の段階で他の領域と区別して作る点に関しては,半導体技術の技術レベルを参酌するまでもなく,前記(2)アaのGの実験にあるとおり,本件明細書の記載からも達成することができることは認められる。しかし,請求項1に記載されているものは,区画として所定の密度の領域を形成するだけでなく,他の領域の成分とは異なる種類の成分を有する領域を所定の種類分(10^3 ~10^6 種類)形成することであり,何十サイクルもの光照射,化学的カップリング反応を経た場合に,どの程度の成分密度が達成されるかは,フォトリソグラフィー技法の解像度に関する技術をそのまま適用して達成することができるものとは認められない。』

『(5) 実施可能要件についての結論
 以上のとおり,本件請求項1~14に記載される基板に関する成分の密度についての数値範囲及び請求項10及び11に記載される成分の純度についての規定がいずれも本件明細書中で技術的に裏付けられていないから,本件明細書は,各請求項に記載された発明を当業者が容易に実施することができる程度に記載されていない。したがって,本件明細書の記載が特許法36条3項の要件を満たさないとした審決の判断に誤りはない。』