知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

実施可能要件の判断基準と医薬用途発明への適用

2008-08-10 11:35:34 | 特許法36条4項
事件番号 平成19(行ケ)10304
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成20年08月06日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 石原直樹

(1) 本願発明に係る実施可能要件について
ア 特許法36条4項は,「・・・発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載しなければならない。」と定めるところ,この規定にいう「実施」とは,本願発明のような物の発明の場合にあっては,当該発明に係る物の生産,使用等をいうものであるから,実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が当該発明に係る物を生産し,使用することができる程度のものでなければならない

 そして,本願発明のようないわゆる医薬用途発明においては,一般に,当業者にとって,物質名,化学構造等が示されることのみによっては,当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を予測することは困難であり,当該発明に係る医薬を当該用途に使用することができないから,そのような発明において実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明に,薬理データの記載又はこれと同視し得る程度の記載をすることなどにより,当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を裏付ける記載を要するものと解するのが相当である。

イ なお,原告は,本件出願について,マウスにおいて実験不可能な涙腺への局所適用例の記載を要求し,かつ,ヒトの治験を通じて初めて分かる有効量の記載を要求することは,違法である旨主張するが,この主張が,上記アに説示したところと異なる趣旨をいうものであるとすれば,原告の独自の見解であるといわざるを得ず,失当である。

・・・
(8) 小括
 以上のとおりであるから,アンドロゲン等の有用性に関する薬理試験として,マウスを用いた全身投与の実験結果の記載があるのみである本願明細書の発明の詳細な説明に,局所投与に係る本件有用性を裏付ける記載があるといえる旨の原告の各主張は,いずれも採用することができず,その他,本願明細書の発明の詳細な説明に,本件有用性を裏付ける記載があるものと認めるに足りる証拠はない。
 そうすると,本件有効量についての記載の有無について検討するまでもなく,本願明細書の発明の詳細な説明は,特許法36条4項に規定する実施可能要件を満たさないものといわざるを得ない。

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