徒然なか話

誰も聞いてくれないおやじのしょうもない話

酒井恭次先生のこと

2012-01-03 23:52:48 | その他
 毎年正月になると、とても気になる年賀状が何枚かある。そのうちの1枚が酒井恭次先生の年賀状だ。酒井先生は僕がブリヂストン在職時、ずっとお世話になった方で、横浜工場の産業医を永年務めておられたお医者さんである。今年91歳になられる。先生からの年賀状を拝見すると「あゝまだご健在だったか!」とホッと胸をなでおろす。入社してすぐに新入社員研修を受けたのが横浜工場だったので、その時からお世話になり始め、もう42年が過ぎた。僕が横浜にいたのはその新入社員研修の半年間だけだったが、その後も仕事の上で先生との関係は続いた。最も濃密な関係だったのは僕が本社の労働安全衛生部門にいた時だった。その頃すでにブリヂストンにとどまらず、産業医学の面で幅広く活躍されていた酒井先生には、高齢化が進んでいた社員の健康管理施策を策定するにあたり、いろいろ教えを請うことが多かった。そして夜になると必ず横浜の街に連れて行っていただき、何軒も飲み歩いたものだ。僕が退職してからはほとんど年賀状のやりとりだけになったが、必ず近況が書き添えてあった。その書き添えられる言葉が、ここ数年、戦時中の話が多くなった。今年の年賀状にも「昭和17年10月、西部16部隊に入隊した・・・」と書き添えられていた。西部16部隊とはかつて熊本にあった日本帝国陸軍の部隊である。先生はおそらく、僕のことを考えてできるだけ共通の話題になるように、熊本にいた頃の話を書かれたのかもしれない。そんな心配りをされる姿を想像したら、年賀状だけでなくもっとまめにお便りをしなければ、と反省した一日だった。


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