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徒然なか話

誰も聞いてくれないおやじのしょうもない話

アマビエのはなし。

2020-08-13 15:50:57 | 熊本
 先日、母のかかりつけの医院へ薬をもらいに行くと、待合室に、今大人気の「アマビエ」を地紙にあしらった渋うちわが展示してあった。山鹿市来民の栗川商店が製作販売しているものだ。この店は、近くの原田食品製造所へ、時々味噌を買いに行く時、前を通るので一度はのぞいてみたいと思っていた店だ。「アマビエ」うちわには疫病を祓うという願いも込められているらしい。
 それはさておき、最近、テレビ番組の「ネーミングバラエティー 日本人のおなまえっ!」(NHK総合)と「新日本風土記」(BSプレミアム)で立て続けに「アマビエ」のことが取り上げられた。両番組とも「アマビエ」は「アマビコ」を聞き間違いあるいは書き間違いをしたものだと断定的に説明していた。特にそれを検証したわけでもなく、「アマビコ」と記された史料が多いからという理由のようだ。僕はこれにはちょっと納得がいかなかった。唯一残る「アマビエ」の図(下図参照)は江戸時代後期の瓦版だという。不特定多数の目に触れる文書の記述をはたして間違うだろうか。話の真偽はともかく、名称については一番正確を期すはずだ。この瓦版のネタ元となった地域では「アマビエ」と呼んでいたと考えるべきだろう。「アマビエ」の「ビエ」は連濁だと考えられるので、「ヒエ」に何か意味があるのではないか。すぐに思い出すのは、「比叡山=日枝の山」「日枝神社」などである。比叡山麓の日吉大社(ひえ社とも)より勧請を受けた神社は日本全国に分布する。「アマビエ」も日枝信仰と何らかの関わりがあるのかもしれない。


「肥後国海中の怪(アマビエの図)」(京都大学附属図書館所蔵)

肥後国海中江毎夜光物出ル 所之役人行
見るニ づの如之者現ス 私ハ海中ニ住アマビヱト申
者也 當年より六ヶ年之間 諸国豊作也 併
病流行 早々私ヲ写シ人々ニ見セ候得と
申て海中へ入けり 右ハ写シ役人より江戸江
申来ル写也
弘化三年四月中旬

「私は海中に住むアマビエと申す者。今年から6年は諸国豊作が続くが、一方では病が流行る。早々に私の姿を書き写し、人々に見せること」と告げて海中に消えた。
※弘化3年=1846年