「非情のライセンス」のライブシーンが終わると
「甲斐バンドとして、昭和、平成、令和と
共に歩んで来たメンバーが今思うこと」というナレーションが流れ
「現在進行形の甲斐バンド」というクレジットが出て、イチローさんが登場
「もちろん、あのー、共通項があって、バンドは組んだりするんですけども
カッコ悪いもの、カッコ良いもの…というような解釈が
どっかで共通してるから続くんだろうなと思いますし
『えっ!?お前、コレ好きなの?俺、キライだけど』『お前オカシイ』とか
そういう冗談で言ったりしますけど、ナンかそういう…ナンだろね
あのー、自分がこう…ビビッと来るようなものが一致してる部分があるから
その『甲斐バンド』って、くくりかどうか別にして
ミュージシャン同士で…あの…今やってるメンバーもそうですし
甲斐バンドの仲間、サポートやってくれてるメンバーもそうですけども
えー、一緒にもっと組み上げて行けるんじゃないですかね」と語られ
続いて松藤さんが…「まっ、甲斐バンドがないと
今、自分の周りにあるもの全てないと思うんですね
えー、甲斐バンドとして東京に出て来たのが1974年…何年前だよ!?みたいな話ですよね
甲斐バンドに入っていないとすると、福岡にいて、今と全く違う人生だったと思うんですけど
僕、やっぱり、今の人生、大好きですから…
で、そこのベーシックに甲斐バンドがあって…
そうやって出て来てて、で、いまだに甲斐バンドやれてるって
ちょっとイイなあ、カッコイイなあと思います」
…と、おっしゃっていて「オリジナル甲斐バンド」ファンの我が家の住人は
メンバー4人で共同生活を送っていらした頃の甲斐さんが
慣れないドラムの練習に疲れ、帰宅してすぐに眠ってしまわれる松藤さんをご覧になって
「ああ、俺はこいつをここまで連れて来て良かったのかなあって
複雑な気分になったりしたよ、よく…
でも、そんな時、すぐに俺は『こいつらを絶対、一生食わしてやれるくらい
このバンドをビッグなバンドにしてみせるぞ』って、本気で思ったもんね、やっぱり」
…と考えていらしたことを思い出したらしく
「他人の人生変えちゃったんだもんねぇ」と
弱冠21歳の若者の肩にかけられていた重責を思ってウルウル(苦笑)
もちろん、今でも甲斐バンドが活動を続けて下さっていることには感謝しかないみたいです
さて、映像はまたスタジオのトークシーンに戻り…
古舘さんが「甲斐さん、変わり続けていれば若くあれるって
47年目なんて、絶対時間を感じさせないんですかね?」とお訊ねになり
甲斐さんが「フォーエバー・ヤング?ディランも歌ってますよね」とお答えになると
「フォーエバーですよ!ホントにそう思う!
甲斐さん、走ってるからかな?止めないからかな?」と返され
「どうですかね…イヤ、それはちょっと自分では測りかねますね」という甲斐さんの言葉に
「初めてですよ!今日『どうっすかね』つったの
全部、答え出してたから、甲斐さん、もうホントに…」と驚かれてましたが
「いつまでもお若いですね」と言われても
「あ、どーも…」くらいしか応えようがないでしょうし…(笑)
ちなみに…ディランの「いつまでも若く」は「息子を想って書いた」曲らしく
見た目の若さというより、好奇心や情熱、喜びや感動などを失うことなく
いつまでも成長し続ける人間になって欲しいと願ったものだそうで
甲斐さんがずっと心がけていらっしゃること、そのまんまって感じですね?
それはともかく…「ただ、こういうコロナの…コロナ禍の中において
やっぱりもう完全に普通の日常とは違うじゃないですか」と甲斐さん
「だから、やっぱり表現するのも、ホントに貴重な時間を貰って
割いてやってるって感じがすごいするから
僕も、コロナ(禍)になってから初めて、あの…動画配信したんですよ
で、それは『嵐の季節』っていうのと
それから『破れたハートを売り物に』っていう曲(を配信)したんですけど
やっぱり、それはもう、そういう…ナンて言うんですかね?
その隙間っていうか、その『ここの部分でしか発表できない』
『この部分でしか表現できない』っていうの、嗅覚としてね、見つけつつ
もう割りと早目にすぐ動画配信したんですけど…」
…と話されている時に「破れたハートを売り物に に込めたメッセージ」とのクレジットが出て
「『破れたハートを売り物に』っていう曲も、自分で、そのリモートしてる時に
その一節の中に『生きることを素晴らしいと思いたい』って、一節があるんですけど
『あっ!これを歌いたかったんだな』と思ったんですよ」
…って、元々「これを歌いたいがために」お作りになった曲だそうですが
この配信に関しては、そもそもkainatsuさんが、甲斐さんへの誕プレとして贈られた動画に
ビルボードメンバーのお二方と松藤さんが参加なさるという形で出来たものだし
「あっ!これを歌いたかったんだな」というのは、kainatsuさんに対するお言葉ですよね?(笑)
ともあれ…甲斐さんが「『生きることを素晴らしいと思いたい』って
こう…まっ、自分でよく書いたなと思うんですけど
周りを信じて、自分を信じて…自分の勇気を信じて…っていうことじゃないですか
で、そこで、ナンとかみんなで、あの…生き延びるっていうことって
すごいそういう思いって大事だなと思ったんで…」と、おっしゃると
古舘さんは「甲斐さん、やっぱり、そしてバンドはずーっと
これからも旅を続けて行くんですね」と返され
「まあ、そうですね、ナンか…まあここ…ホントにこの10年
ナンか色んな意味で濃厚な10年になってるんで、面白いですね」という甲斐さんの言葉で
「旅の途中経過、また知らせて下さい、私たちにね」とクロージング
ライブシーンの収録後に、2時間半かけて撮られたという、このトークシーン
未公開映像を動画配信して頂けませんかね?(笑)
そして、その「破れたハートを売り物に」のライブシーンでは、お色直しされた甲斐さん(笑)
ビルボードツアーのMCでネタバレなさっていた通り(笑)
鈴木健太さんが、松藤さんのお隣でコーラスに参加されていて
甲斐さんが真似なさっていたという「足を踏ん張って」おられる鈴木さんの立ち姿に
「健太くんって、ホント、いつも真面目だよね」と奥さん
赤レンガ倉庫での「ギャラなし(笑)」飛び入り参加に期待しているみたいです(笑)
ライブシーン終了後…「2012年に世界遺産 奈良・薬師寺で行われ
実に29年ぶりとなったファン待望の野外ライブ
悠久の空間に日本屈指のサウンドが融合した、奇跡の時間をお見逃しなく!」と
「Absolute 薬師寺ライブ」のオンエア日時と
「甲斐バンド45周年のフィナーレを飾るライブをWOWOWにて独占生中継
伝説のナンバー『100万$ナイト』を冠した、この一大野外イベントが
1年の公演延期を経て、いよいよ開催!」と赤レンガ倉庫ライブの告知があり、録画映像終了♪
1時間ガッツリの甲斐バンド、見ごたえがございました!
余談ですが…「収録現場レポート」の最後には
「次々に演奏されるのは、過去の大ヒット曲ばかり。だが、決して懐メロには感じられない
『俺もメンバーもそんなつもりはない』と甲斐は言う
『ダイナマイトが150屯』も『翼あるもの』も、確かに今の歌として響いて来る。何故だろう
極めつけは『破れたハートを売り物に』だった
人間の肉声のコーラスと、コンピュータで編集されたリズムトラックで聴かせるこの曲は
『現在進行形の甲斐バンド』を雄弁に表現していたのだった
コラボでも甲斐バンドは現在のバリエーションを示す
『安奈』は、押尾コータローのアコースティックギターの澄んだサウンドを得て
繊細なラブソングに生まれ変わった
『かりそめのスウィング』は、チャラン・ポ・ランタンの
アコーディオンとボーカルハーモニーが加わって妖しさを増した
『どちらも狙い通りだったね』と甲斐
その昔、デヴィッド・ボウイは『ロックは自己表現だ』と断言した
当時のイギリスでは、若者の音楽を背後で大人たちが操っていたが
それに飽き飽きした者たちが、自分たちの手で
自分たちのポップカルチャーを作ろうと始まったのがロックだった
その原点を甲斐は今も実践し続けている
作詞作曲はもちろん、アレンジや照明、コラボやカメラワークに至るまで自分で演出する
そんなロックの醍醐味が、ぎっしり詰まった収録となった
そして、古舘がこの日の現場で感じたことを
トークセッションで遠慮なく甲斐にぶつける
対して甲斐は真正面から応え、2人の会話はどこまでも深まって行ったのだった
こうしてスリリングでゴージャスな第3弾が完成した
期待に胸を膨らませて、オンエアを待って欲しい」…と記されていたけど
ボクが、こんなに長々と書いたことが虚しくなるくらい、まさにその通りの内容でした(笑)