「福島三天神」のひとつ。
・上ノ天神:福島天満宮
・中ノ天神:中の天神跡
天神さんなので、瓦は梅の紋入り。
「wikipedia:天神社 (大阪市福島区)」
「この三社の存立についてその昔、
大阪を代表する天満天神の夏祭り「船渡御」を堂島川の下流で行われ、
行宮の位置は天神橋下流から鉾流し神事によって、
その鉾の流れ着いたところを行宮と定めていたので、
これらの三社は、その時の行宮の跡とする説がある。」
(大阪市福島区:名所・旧跡 福島天満宮)
「天保新改攝州大阪全圖」天保8年(1837年)。
「下ノ天神」の隣に「横超寺」(ピンク色でマーク)とありますが、
今はこのお寺はありません。
福島三丁目にある本遇寺さんのHPによると
明治23年に本遇寺さんと合寺されたそうです。
「實地踏測大阪市街全圖」大正元年(1912年)。
赤丸が下ノ天神、緑色が中ノ天神、黄色が上ノ天神。
※「福島区の風景・街並み」
・上ノ天神:福島天満宮
・中ノ天神:中の天神跡
天神さんなので、瓦は梅の紋入り。
「wikipedia:天神社 (大阪市福島区)」
「この三社の存立についてその昔、
大阪を代表する天満天神の夏祭り「船渡御」を堂島川の下流で行われ、
行宮の位置は天神橋下流から鉾流し神事によって、
その鉾の流れ着いたところを行宮と定めていたので、
これらの三社は、その時の行宮の跡とする説がある。」
(大阪市福島区:名所・旧跡 福島天満宮)
「天保新改攝州大阪全圖」天保8年(1837年)。
「下ノ天神」の隣に「横超寺」(ピンク色でマーク)とありますが、
今はこのお寺はありません。
福島三丁目にある本遇寺さんのHPによると
明治23年に本遇寺さんと合寺されたそうです。
「實地踏測大阪市街全圖」大正元年(1912年)。
赤丸が下ノ天神、緑色が中ノ天神、黄色が上ノ天神。
※「福島区の風景・街並み」