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雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第二十一回 弱い者苛め

2014-07-14 | 長編小説
 間もなく藤川の宿場町に入らんとしたとき、子供の人だかりがあり、怒号が聞こえる。少し街道をそれた民家の外れだったが、野次馬根性に負けて三太と新平は覗きにいった。十歳前後の大勢の子供に囲まれて、三太たちと変わらない年齢の子供がしゃがみ込んで泣いている。
   「何だ、ただの苛めか」
   「親分、ただの苛めは無いでしょう、あの子、泣いて謝っているのに小突きまわされています」
   「うん、助けてやらんといかんな」
 三太が子供の人垣を分けて入った。
   「訳は知らんが、大勢で一人を泣かすなんて、感心できん」
 ガキ大将みたいなのが、三太の襟を掴まえた。
   「なんだ、このチビ、生意気な格好しやがって、訳も知らずに出しゃばってくるな」
   「正当な訳があるのなら、言ってみなはれ、納得したら、黙って立ち去る」
   「チビの癖に、偉そうな口をたたきやがって、お前から先にとっちめてやる」
 ガキ大将が、三太に平手打ちをした。
   「やりやがったな、訳は言わんでも、わいをどついたことでお前らが悪いのが分かった」
   「やれ!}
 ガキ大将が他のものに指図した。ガキどもは腰に差した竹や棒切れを抜き、一斉に三太に向けた。
   「わいをただのチビやと甘く見るなよ、わいには神通力があるのや」
 ガキどもの中から、嗤いが起こった。
   「神通力だと、ばかばかしい」
 三太は、あれを見ろと指さした。そこには、今まで威張っていたガキ大将が、ベソをかいている。
   「どうしたのだ」
   「手と足が動かない」と、ガキ大将。ガキ共も怯んだ。
   「本当だ、このチビ神通力を使うようだ」
 手足が動かない演技をしているのは新三郎だということは、三太には分かっていた。
   「さあ、次は誰を懲らしめてやろうか」
   「待ってください」
 三太に待ったをかけたのは、苛められていた子だった。
   「おいらが悪いのです」
   「ほう、どんな悪さをしたのや?」
   「はい、寺子屋の前で立ち聞きをしました」
   「勉強しているところをか?」
   「そうです、先生達の話を聞いて、勉強していました」
   「勉強がしたかったのやな」
   「はい、でもおいらの家は貧しいので、束脩(入学金)や謝儀(月謝)などとても払えません」
   「そうだったのか、それでお前達、先生が苛めて来いと指図したのか?」
 一人の生徒が答えた。
   「苛めて来いとは言いませんが、ふてえガキだと罵りました」
   「ケツの穴の小さい先生や、わいが通っていた塾藩の先生はなぁ、金が払えない家の子供にも、やさしく声をかけて、金を取らずに勉強を教えていたぞ」
 鷹之助先生は、お金が払えない子の親が、大根一本でも持ってきてくれたら、大喜びして礼をいっていた。それに引き換え、立ち聞きしたからと生徒達に虐めを教唆するなど、とんでもない先生だ。三太は、佐貫鷹之助先生の人柄が恋しくなった。
 
   「よし、先生に会ってやる、案内してくれ」
   「やめてください、またおいらが泣かされるだけです、もう立ち聞きしませんから、勘弁してください」
   「わいは三太です、お前は?」
   「弥助です」
   「弥助おいで、先生がどんなヤツか見るだけや、行こう」
   「話を荒立てないでくださいよ、おいらもおっ母さんに叱られます」
   「よっしゃ、わかった」

 弥助に案内させて、寺子屋にやって来た。
   「あそこに座っているのが先生です」
   「浪人のようだすな」
   「そうです」
 話している間に、新三郎が浪人にのり移った。ほんの暫くして戻って来た新三郎は怒っていた。
   「あいつ、とんでもない男ですぜ」
 聞けば、盗賊の仲間だそうである。二ヶ月前にこの藩領にやって来て、寺子屋を開いた。教え方が上手いと評判になり、主に商家の子供を優先に入れて、親達にも好評判の指導者であった。
 読み書き算盤だけに収まらず、社会勉強と称して、建築や商売の仕組みなども学ばせて、家の間取り図などを生徒に描かせ、上手く描いた生徒には、成績の上位を与えた。
 
   「その間取り図を見て、大きなお店だけを残して。他は捨てたのですぜ」
   「そんな物、どうするのです?」 
   「主人や使用人の寝所まで描かせて、これを仲間の盗賊に渡すのです」
   「悪いやつやなあ、もうどこか襲われたのですか?」
   「この藩領では、まだのようですが、今夜にもお勤めをするらしいです」
   「的は?」
   「あのガキ大将の店で、造り酒屋の加賀屋です」
   「よっしゃ、代官所に訴えて、岡崎城の与力にも伝えて貰う」
 
 ことは秘密裏に進められた。代官所に訴えると、「三太」の活躍をよく知っている人がいて、疑うことなく手筈を進めてくれた。
   「近隣の藩の商家で、盗賊に襲われて一家皆殺しに遭っている、この集団であろう」
 このことは岡崎城にも知らされ、奉行職を代行する与力も加わって、夕暮れを待ち加賀屋に結集した。お店の主人や、使用人たちは物置蔵に非難させ、役人たちがそれぞれの寝所で待機した。

 深夜過ぎ、盗賊はお店(たな)の前に集まると、難なく潜り戸の付いた戸板ごと外し、盗賊が雪崩れ込んだ。
 盗賊どもは抜刀し、迷うことなく主人の寝所に踏み込んだ。
   「待っていたぞ、盗賊ども、神妙にお縄を頂戴しろ」
   「誰か漏らしやがったな」
 盗賊の頭が叫んだ。
   「馬鹿め、うぬらが間抜けなのだ」
   「糞っ」
 盗賊どもは、一人残らず捕縛された。その中には、寺子屋の先生も混じっていた。

 
   「三太、よく知らせてくれた、礼を言うぞ、それにしてもよく分かったものだ」
 与力が三太に礼をいった。加賀屋の店主も出てきて頭を下げた。
   「命拾いをしました、ありがとう御座いました、お礼を用意しました、どうぞお受け取りを」
   「お礼なんて要りません、それよりお侍さんと旦那さん、この弥助は頭が良い子のようだす、この子に勉強させてやってくれませんか、きっと大人になったら、藩の役に立つ識者になると思います」
 三太はそれだけ言うと、新平を促して、とっとと戻っていった。弥助は、いつまでも三太達を見送り、頭を深く下げていた。
 
 その後の弥助のことは、某武家の養子になり、藩学の師範として活躍したが、三太たちにはそれを知る由もなかった。

  
 藤川の宿に入ったが、まだ日は高い。三太と新平は次の赤坂の宿まで行くことにした。もちろん、赤坂が娼婦の町であるから、心が逸ったと言う訳ではない。多分。
 
 都都逸(どどいつ)の文句がある。「御油や赤坂、吉田が無けりゃ、なんのよしみで江戸通い」然(さ)したる楽しみもない道中で、飯盛り女との一夜が、男達の楽しみであったのだ。

 何故か足取りも軽く歩いている三太を呼び止めた人がいた、ボロ布を纏い、木根の杖を持った痩せ細った老人である。
   「三太、こっちへ来なさい」
   「えっ、何でわいの名前を知っとるのや」
   「わしは死に神じゃ、三太は寿命が尽きかかっておる」
   「あほらし、こんなに元気で、ピチピチしとるのに、何で寿命が尽きかかっとるのや」
   「知らない、わしは天上の偉い神様に命じられてきたのじゃ」
   「おかしいなあ、あっ、もしかしたら命じたのは武佐能海尊のおっさん違うか?」
   「それは言えない」
   「武佐やん、わいにボロカスに言われたから、その腹いせやろ」
   「神が、腹いせなどしない」
   「ほんまかいな、あの武佐やんならやりかねない」

 天上界から、武佐能海尊が降りてきた。
   「何だ、武佐、武佐とわしの名前を出しやがって」
   「わあ、口の悪い神様やなあ」
   「何だ、死に神、どうしたと言うのだ」
   「はい、この三太の寿命が尽きかかりましたので、迎えに来ましたところ、文句たらたら」
   「三太、寿命が尽きたものは仕方が無い、大人しく死に神に従いなされ」
   「何かの間違いですやろ、わいは大きな夢を持って江戸へ向っているのや、それにだいたいおかしいやろ、死に神が昼間にでてくるやなんて」
   「わしも忙しくて、夜だけでは仕事を熟(こな)せんのじゃよ」
   「けったいな死に神やなあ」

 武佐能海尊は、三太が納得するように、天上界で人の命を管理している寿命蝋燭を見せてやろうという。
   「わしに付いて来い、死に神、お前もじゃ」
   「武佐やん、ちょっと待って、新平一人置いて行かれません、一緒に連れて行く」
   
 死に神が我慢できずに三太に言った。
   「この武佐能海尊様はなあ、天上界に身を置く神様ながら、地上に降りて長い間苦行をされた偉い神様じゃぞ」
   「嘘や、天女の水浴びを覗き見しとって、海に落ちて戻り道がわからんようになっただけや」
   「こら三太、ばらすな」

 夥(おびただ)しい数の寿命蝋燭が燃えている管理場に来た。死に神に案内させて三太の蝋燭を見ると、太いながら途中で齧られて折れそうになっている。
   「なんじゃい、わいの蝋燭だけ齧られているやないか、ここに鼠がおるのか?」
   「そうらしい」
   「こら死に神、お前の管理が悪いからやろ、新品の太い蝋燭を持って来い」
   「へい、ただいま…、こんなヤツに命令されるとは…」
 三太が新しい蝋燭に火を移そうとしたら、「ジュジュジュ」と、消えかかる。
   「何や、この蝋燭、濡れとるやないか」
   「鼠が小便をかけたようじゃのう」
   「わいの命、何やと思っているのや」
   「へい、済みません、ではこちらの濡れていない蝋燭を」
   「おいこら死に神、知っていて態(わざ)とやったのやろ」
   「どうして、こんなチビにぽんぽん言われなきゃならんのだ、わしは神様じゃぞ」
   「お前がしっかり管理してないからやないか」
 武佐やんも死に神に注意をした。   
   「鼠は駆除しておけよ」
   「わかりました、どうもすみません」
 三太は自分の太い新品の蝋燭が燃えるのを見て満足した。
   「ついでに、新平の蝋燭も新品に替えてくれ」
   「へいへい、特別にそうさせてもらいます」
   「それから、わいのお父っつあんとおっ母はんと、二番目と三番目のお兄ちゃんの蝋燭と…」
   「こら三太、調子に乗るな!」
 武佐やんが止めた。

  第二十一回 弱い者苛め(終) ―次回に続く―  (原稿用紙14枚)

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「第十九回 神と仏とスケベ 三太」へ
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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第二十回 雲助と宿場人足

2014-07-13 | 長編小説
 岡崎の宿を離れて、藤川の宿に向けて歩いていると、新平が「あっ」と、素っ頓狂な声を上げた。
   「おいら、狸塚で金平糖を落として来た」
   「えーっ、金平糖まだ持っとったのか?」
   「うん、一日一個しか食べなかったから、まだだいぶん残っていた」
   「狸塚のところやと分かっているのか?」
   「うん、それまでは有ったから」
   「もう、諦め、また買ってやるから」
   「もったいない、おいら走って行って探してくる」
   「そうか、ほんならここで待っているわ、狸塚のところに無かっても、遠くに行ったらあかんで」
   「うん、わかった」
 新平は、ペタペタペタと走って行った。
   「新平の草鞋、もう取替える時期や、ペタペタと鳴っている」

 新平の戻りが遅い。
   「あいつ、狸塚に無かったから、お地蔵さんのところまで戻ったのとちがうやろか」
 三太も新三郎も、少し心配になってきた。三太が待っていると、駕籠が三太の前を十間(18メートル)ほど通り過ぎて止まった。
   「おい、ぼうず、乗って行かんか?」
   「いらん、わいには元気な足がある」
   「戻り駕籠だ、安くしてやる」
   「要らんと言っているやないか」
   「小僧、ぐずぐず言わないで乗れ」
 駕籠を置いて、一人の男が三太を掴まえようと戻ってきた。
   「おっさん、悪雲助やな、子供一人やと思い付け込んで、その手に乗らへんで」
   「生意気なガキだ、縛って無理にでも乗せてやる」
   「へん、掴まえてみやがれ、バーカ」
 三太が素早く逃げたので、駕籠舁は諦めて行ってしまった。

   「新さん、うっかりしとった、新平、あの駕籠に乗せられているのと違うやろか?」
   「そうか、あり得るな」
 三太が道に一粒落ちている金平糖を見つけた。
   「やはりそうや、この金平糖、新平が落としたらしい」
   「よし、追いかけよう」

 街道から逸れて「上藤川村へ」と記された道標があった。三太は金平糖を探してみたが、見つからなかった。
   「新さん、金平糖が無くなったのやろか?」
   「いや、まだ沢山残っているような口振りだった」
   「この道に入ったのと違うようやけど、もうちょっと奥まで探そう」
 三太が村への道を少し入って金平糖を探したが見当たらなかった。
 
 街道に戻って暫く進むと、「鎮守の社へ」と記された道標があった。街道から見渡してみると、二~三間入ったところに青い小さな粒がキラリと光っている。
   「あれ、新平の金平糖や」
 うかうかしていると、新平は胴に巻いた晒しに挟んだ一両を奪われてしまう。それを奪うと、新平を池に捨ててしまうかも知れない。

 ひとけのない森の道に、金平糖がバラ撒かれていた。三太は焦った。この奥に新平は連れて行かれたに違いない。
   「今、新平の声が聞こえた」
 三太は、耳を澄ました。
   「親ぶーん、新さーん」  
 男の怒鳴る声も聞こえてきた。
   「煩せえ、ガキを黙らせろ」
   「殺るのですかい」
   「そうだ、静かにしないと、殺っちまえ」
 その場に落ちていた荒縄が新平を捉えている男の手に渡された。
   「親ぶーん、新さーん」
   「うるせえ、早く殺れ!」

 駆けてきた三太が間に合った。
   「新平、助けに来たで、安心しろや」
   「あっ、親分」
 新平の首を絞めようとした男は、三太を見て驚き、新平を掴んでいた手を離した。三太は、この男に駆け寄ると、木刀で「弁慶の泣き処」を、力任せに殴打した。
 男は悲鳴を上げてぶっ倒れ、足を抱えてのた打ち回っている。それを横目に、もう一人の男は薄ら嗤いを浮かべている。 
   「このガキもきやがったぜ、飛んで火に入る夏の虫とは、このことだ」
   「誰が虫や、わいのことをブイブイ(こがねむし)みたいに言うな」
   「お前も金を持っておるのか?」
   「おう、ここにたっぷりな」 
 三太は懐を叩いてみせた。
   「痛い目に遭いたくなかったら、全部ここへ出せ」
   「あほ臭い、痛い目に遭うのはおっさんの方や」
 三太は木刀を男の脹脛に打ち付けたが、男は笑って跳ねのけた。
   「お前の力なんてその程度のものか、こそばゆくもないわ」
 三太は男に首根っこを掴まれて、手足をバタバタさせた。男は三太を抱え込むと、着物を剥ぎ取ろうとした。
   「こら、悪雲助、わいを子供や思って侮ったらあかん、天罰や」
 三太が男の下腹を狙い定めて蹴った。男は「うっ」と呻いて、その場に蹲った。
   「新さん、やっつけてくれて有難う」
   「いいや、あっしは何もしていやせんぜ」
 三太は、どんどん度胸がつき、相手をやっつける腕も少しずつ上げてきた。
   「新さん、こいつらをどうしてやろか?」
   「これで、ちっとは懲りただろう、人殺しはしていないようだ」
   「そやけど新平が殺されそうになった」
   「やつ等の心を探ってみたら、あれは新平を大人しくさせる為の脅かしだった」
   「そうか、ではこのまま放っときます、そやけど…」
   「そやけど何だ?」
   「悔しいから、こいつ等の駕籠を壊してやる」
 三太は、木刀で駕籠をボカスカ殴って、ボロボロにしてしまった。

   「新平、何しとるのや」
   「落とした金平糖を拾っています」
   「そんなもん、馬糞だらけやないか」
   「綺麗に拭いたら、まだ食べられます」
   「やめとけ、わいが買ってやる」
   「金平糖なんか、京まで行かないと売っていません」
   「そんなことあるかいな、熱田みたいな賑わった町のお菓子屋に売ってはる」
   「そうかなあ」
   「ところで新平、駕籠に閉じ込められて金平糖を落としてわいらに教えること、よく思いついたなあ」
   「思いついていません、金平糖を握ったまま手を縛られて、指の間から落としてしまっただけです」
   「鎮守の森の入り口で、金平糖を撒き散らしたのは?」
   「金平糖を握り締めているのを駕籠舁に見つかって、叩き落とされた」
   「なんや、新平は頭ええと感心しとったのに」
 新平が拾い集めた金平糖を、今度は三太が叩き落とした。
   「腹壊すから、やめとけ」
 

 街道を藤川の宿に向って歩いていると、三太は新平の足音が気になった。
   「新平、そこの石に腰掛けて足を出せ」
   「足がどうかしたのですか?」
   「紐が切れ掛かっている」
   「まだ履ける」
   「走っとるときに切れたら扱ける」
 三太は、腰にぶら下げていた草鞋を新平の足に履かせ、紐を結んでやった。
  
   「あそこでも、お姉さんが草鞋を替えている」
   「ほんまや、綺麗なお姉さんか?」
 新平がサササとお姉さんに歩み寄って顔を覗き込んで帰って来た」
   「あほ、正直に覗きに行くな」
   「それなら聞かないでください」
   「それで、綺麗やったのか?」
   「いいえ」
   「えらいはっきり言いよるな、ほんなら黙って行き過ぎよか」
 無視した積りが、三太と女の目が合ってしまった。
   「草鞋の紐が切れたのですか?」
   「いいえ、足の裏に出来ていた肉刺(まめ)が、潰れてしまいまして」
 覗きこむと、本当に肉刺がパカンと開いて、痛そうであった。
   「よっしゃ、わいが手当てしてあげる」
 三太は、竹筒に入れて持っていた水で潰れた肉刺を洗い、田圃に行って綺麗な藁を取ってくると扱いて葉を落とし、茎で指輪大の輪を作った。
 三太の腹から晒しを解き、縦に裂いて包帯を作った。肉刺に藁の輪で囲うようにあてがうと、包帯をしっかりと巻きつけた。三太の晒しが、だんだん細くなっていったが。
   「どや、次の宿まで歩けるか?」
 女は、歩いて見せて
   「大丈夫です、有難う御座いました」
   「どちらまで行かれるのですか?」
   「伊勢の国です」
   「残念だす、わいらは江戸に向っております」
   「私は伊勢の国は菰野藩士、桂川一角の妻、美代と申します」
   「えーっ、あの桂川様の奥方だすか、わいは三太、この子は新平と言います」
   「三太さんたち、桂川をご存知なのですか?」
   「へえ、亀山藩の山中鉄之進様とお知り合いだすね」
   「そう、桂川とはどこでお逢いになられました?」
   「菰野藩の若様の乳母萩島さんの命をお助けしたのですが、そのお礼にと焼きもろこしを二本届けてくださったのが桂川さまだす」
   「まあ、人ひとりのお命をお助け戴いて、もろこし二本のお礼ですか」
   「それでも馬で追いかけてくれたのです」
   「桂川も、何を考えているのでしょうね、本当に御免なさいね」
 しかし、この人も何を考えているのだろう、武家の奥方が伴も連れずに一人旅とは、三太は事情を尋ねてみた。
   「いえね、一太という若い使用人が伴をしてくれていたのですが、突然、江戸へ行って一旗上げたいと言い出しまして、暇を取られてしまいましたの」
   「酷いヤツですね、せめてお屋敷まで奥様を送り届けてから暇をとれば良いのに」
   「まあ、仕方がありません、貧乏侍の使用人なんて、生涯卯建があがりませんものね」
   「そんな無責任野郎が江戸に出て、成功するとは思えません」
   「そうでしょうか」
   「わいらも江戸へ向っていますけど、もし一太と言う人に出逢ったら、文句のひとつも言ってやります」
   「まあ、それは有難うございます、そんなことより、貴方がたの江戸へ行かれる目的は?」
   「商家に奉公することと、棒術を教わることだす」
   「おいらは奉公して、親分みたいに強くなりたい」
   「あら、親分って、三太さんのことですか?」
   「へえ、さいだす」
   「もう既に御強いようですね、それはそうね、わが藩の萩島さまの命を救ってくれたのですから」

 そこへ、雲助駕籠らしいのが通りかかった。
   「私が足を引き摺っているものだから、目を付けられたらしいの」   
   「わいらも先程、わるい雲助駕籠に引っ掛かって、脅されたところだす」

 新三郎が偵察に行ったが、すぐに戻って来た。
   「悪いやつ等じゃないようです」

   「わいの霊能力で占ったところ、こいつらは善い雲助のようだす」
   「あら、ほんとう、では次の宿まで乗せてもらおうかしら」
 美代は、三太の言葉を完全に信用したらしい。
   「ちょいと駕籠屋さん、岡崎の宿までお願いします」
   「へい、有難う御座います、それから坊ちゃん、わしら雲助じゃありません、わしらは、れっきとした宿場人足で、阿漕なことはしません」
   「あれっ、聞かれていたのかいな」
 
 桂川の奥方と別れてすぐに新平が言った。
   「親分は、黙って行き過ぎよかと言うた」
   「新平がブスやと言うたやないか」
   「綺麗やったのかと聞かれて、いいやと答えただけです」
   「わっ、酷いことを言うたな、桂川一角さんに追っかけられるわ」
   「別に知れてないじゃないですか」   
 
  第二十回 雲助と宿場人足(終) -次回に続く- (原稿用紙16枚)

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第十九回 神と仏とスケベ三太

2014-07-09 | 長編小説
 三太と新平は、岡崎の宿に入った。ここに矢作川(やはぎがわ)という大川が横たわり、日本一の長い矢作橋が架かっている。
   「わあ、長い橋や、ここ渡ったら只やろか?」
 三太と新平は駆け出してしまった。その時、三太は自分を呼んでいるような声を感じた。
   「新さん、何?」
   「何も呼びかけていないぜ」 
 また、感じた
   「三太、わしじゃよ」
   「守護霊が二柱になった」
   「守護霊じゃない、わしを忘れたのか」
   「お父っちゃんは未だ生きているし、おっ母ちゃんはわしとは言わないし…」
   「こいつ、とぼけよって」
   「誰も、とぼけとらん」
   「神じゃよ、天上界から海に落ちた…」
   「はいはい、あの覗きの武佐やんか」
   「誰が覗きの武佐やんだ、たこ焼屋のおっさんみたいにいうな」
   「それで、天女はどこに居るのや」
   「天上界にも混浴の岩風呂が出来て、誰も下界に降りて水浴びする者が居なくなったのじゃ」
   「ああそうか、ほんなら用はない、武佐やんもう帰り」
   「わしは客引きかっ」
   「何しに来たん?」
   「新三郎に逢いに来たのじゃ、礼も言いたいし」
   「教えたのは新さんやと知っていたのか」
   「それはそうじゃ、わしは神であるぞ」
   「全然らしくないけど…」
 武佐能海尊(むさのわだつみのみこと)は三太に移り、新三郎に話しかけた。
   「なんやいな、わいを井戸端と間違えとるのか」
 三太の憤懣を無視して、会談が始まった。
   「これ新三郎、天上界へ来て神にならぬか?」
   「あっしが神ですかい」
   「偶々、殖活の神の席が空いてのう」
   「何です? 殖活とは」 
   「生殖活動の神じゃよ」
   「生殖とは?」
   「子作りじゃ」
   「やらしー」三太の口出し。
   「これ、三太は黙っていなさい」
   「そやかて、新さんは幽霊やで、子供を作る道具も無いし、種もない」
   「新三郎に子作りを手伝えといっているのではない、子作り神社に納まって祈願を聞いてやるのだ」
   「新さんは独り身のときに死んで、子作りの経験なんかないのやで」
   「三太は黙っておれというに」
   「あっしには、三太と新平を護るという使命が残っておりますし、守護霊と呼ばれるのが気に入っております」
   「こんな煩いボーズ放っときなさい、天上界に昇る好機であるぞ」
   「こら、おっさん、誰が煩いボーズや、しまいにどつくで」
   「神をどついたりしたら、天罰が下るぞ」
   「天罰が何や、そんなもん酢醤油で食ってやるわい」
   「お前は、天罰とトコロテンの区別もつかないのか」
 新三郎が神妙に断った。
   「この度は、縁がなかったといことで、このお話、他を当たって戴きますように」
   「縁談では無いわ」
   「わーい、断られた、天女連れて出直して来い」
   「煩い三太め、そんなに天女の舞が見たいのか?」
   「舞なんかどうでもええのだす、空中で舞っているところを下から見たいだけだす」
   「やらしー」


 暫く行くと、三体のお地蔵さんが並んで立っている。その向かいには茶店があって、小さな茶店のわりには客が多かった。折よくみんな引き上げて行ったので、二人は床机に腰をかけて、足をぶらぶらさせながら待っていると、お茶を二杯お盆に載せておやじが出てきた。
   「おっちゃん、大福二つ」
   「へい、ただいまお持ちします」
 すぐに大福を持って出てきた。
   「向かいのお地蔵さん、何かいわくがあるのですか?」
   「へい、一番左のお地蔵さんは、夜泣き地蔵さんです」
   「子供の夜泣きを鎮めてくれるのか?」
   「いいえ、ここでヨチヨチ歩きの子供が、お侍さんの乗った馬に跳ねられて死んだのです、その子が夜中になると母親を求めて泣くのか、地蔵さんが夜中に涙を流してヒューヒューと…」
   「恐わっ、けど可哀想やなあ」
   「真ん中は?」
   「あれは、ちんちん地蔵で、お賽銭は二文入れます」
   「三つめは?」
   「あれは、助兵衛地蔵と申します、お賽銭は幾らでも構いません」
   「へー、行きがけにお参りして行こ」
 大福を食べ終えると、夜泣き地蔵の賽銭箱に一文供えて手を合わせた。
   「おっ母ちゃんが恋しいのやろなあ、泣かんと成仏しいや」
 三太が手を合わせていると、新平がお地蔵さんの横で首を傾げている。
   「親分、この地蔵さん、横腹に穴が開いていますよ」
   「あ、ほんまや、こっち側にも開いている」
   「頭のてっぺんがお皿になって、ここにも小さな穴が開いています」
   「なんのこっちゃ、これはからくりや、中に笛が仕込んであって、風が通り抜けるとヒューヒューと音がするのや」
   「頭の皿は?」
   「水を入れる穴や」
 頭から水を入れておくと、風が押し上げ、目の隙間から水が滲み出る仕掛けになっているのだ。
   
   「親分、何だかいやらしい手つきで地蔵さんの前を擦って、どうかしたのですか?」
   「うん、このちんちん地蔵やが、二文入れるとその重みでこの辺から何か飛び出す仕掛けになっているのやないかと…」
   「飛び出しそうなところはありませんね」
   「うん、試しに二文入れてみるか」
 三太が二文入れると、「チンチーン」と、音が鳴った。
   「あほらし、ちんちんは、かねの音かいな」
 さて、三番目は、助兵衛地蔵である。この助兵衛地蔵に限って、着物を着ている。
   「ははーん、わかった、銭を入れると、この着物がパラリと脱げる仕掛けなんや」
 どうせつまらない仕掛けだと思っても、「助兵衛」という名が気になる。
   「よっしゃ、騙され序(ついで)や、一文、二文ときたのやから、三文入れてやる」
 三文供えて待ったが、何も起らない。
   「何や、この仕掛け壊れているのや、茶店のおっさんに訊いてみよ」
 三太と新平はパタパタっと茶店に戻って来た。
   「おっさん、あの助兵衛地蔵、壊れているみたいや」
   「あれは、仕掛けでも何でもありません、参った人のすけべの度合いが分かる地蔵さんです」
   「どう分かるのや?」
   「子供さん、あんたお賽銭を幾ら供えました?」
   「三文だす」
   「あんたは、三文すけべです、しかし、三文言うたら、そうとうのすけべですよ」   
   「ほっといてくれ、辻占以来、また騙された」


 また進むと、今度は道端に「狸塚」と刻まれた木の塚があった。近くの村人らしい男が通ったので、謂れを尋ねてみた。
   「この塚はなあ…」
 男が丁寧に語ってくれた。
   「昔、この場所に…」
   「昔って、どの位昔や?」
   「お前がまだ生まれてない程昔だ」
   「めちゃくちゃ昔だすなあ」
   「この獣道を通って、雌の狸が餌を求めて里へくるようになったのだ」
   「その狸、何か悪さをしたのですか?」
   「いいや、何もせん、ただ田圃で蛙や、ミミズを捕まえて食べるだけだ」
 その狸を罠で掴まえ、狸鍋にして食ってしまった村人が居た。その夜から、五匹の仔狸が山から下りてきて、母親の臭いがするのか、この場所で「クウーン、クウーンと鳴いて親を探すのだった。
 其処へ、村人の権兵衛さんが飼っていた雌の柴犬が通りかかり、五匹の仔狸を権兵衛さんの家に連れて帰った。この柴犬は丁度子育てを終えて、仔犬たちは夫々の家に貰われて行った後で、乳も出なくなっていた。それがどうだろう、仔狸がきてから、また乳がでるようになって、五匹の仔狸を育て上げ、仔狸と共に姿を消してしまった。

 それから、半年ほどして、ひょっこりと柴犬が権兵衛さんの家に帰って来た。どうやら、柴犬は仔狸たちに餌の捕り方を教えていたのだろうと、村中の明るい噂になった。

 仔狸たちの親を狸鍋にして食った男は、「犬でさえもこんなに情があるのに、親狸を食ったヤツの気が知れないと村八分にされ、熱に魘されながら死んでしまった。これは、狸の祟りに違いないと噂が広まって、村人達が少しずつ金を出し合って狸塚を立てたのだった。
   「それから、どうなったのですか?」
   「これで、おしまいです」
   「何か、ほろりとさせるようで、しょうもない話だすな」
   「しょうもないって、それならどうなれば良いというのだ?」
   「その後、月に一度は五匹の仔狸が、権兵衛さんの柴犬のもとへ、木の実や鳥や蛙を銜えてお礼にやってくるようになる」
 三太は話を作る。柴犬も、権兵衛さんも、そんな木の実や蛙に興味がないので放っておくと、仔狸たちはそれを悟ったのか、ある日小判を一枚ずつ銜えてやって来た。次の月も、また次の月も。そこで村人達は考えた。これは、山の何処かに埋蔵金が眠っているに相違ない。今度仔狸が来たら、後を付けて行ってみよう。

 その日から、村人は田畑のことなど忘れて、埋蔵金探しに没頭した。やがて田畑は荒れ放題になり、村人達は、埋蔵金は村の誰かが見つけて、独り占めをしているのではないかと疑心暗鬼に囚われることになった。  
 
 ところが、意外な事実が露見した。村の長者の金蔵の下に穴を掘って、仔狸たちが小判を盗みだしていたのだった。
   「そんな話、ただの村の恥じゃないか」
   「面白いけどあきまへんか?」

  第十九回 神と仏とスケベ三太(終) -続く- (原稿用紙13枚)

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「第十四回 舟の上の奇遇」へ
「第十五回 七里の渡し」へ
「第十六回 熱田で逢ったお庭番」へ
「第十七回 三太と新平の受牢」へ
「第十八回 一件落着?」へ
「第十九回 神と仏とスケベ 三太」へ
「第二十回 雲助と宿場人足」へ
「第二十一回 弱い者苛め」へ
「第二十二回 三太の初恋」へ
「第二十三回 二川宿の女」へ
「第二十四回 遠州灘の海盗」へ
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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第十八回 一件落着?

2014-07-08 | 長編小説

    山中鉄之進は亀山藩の武士である。役職は与力で、与力と言えば江戸と大坂に限られた役職のように思われがちであるが、与力職が置かれている諸藩も多々ある。山中は乗馬を得意とする与力であり、騎馬与力と呼ばれることもある。
 一方、三太達を牢に入れた役人は、江戸や大坂の同心(どうしん)に当たる下っ端役人である。同心は苗字帯刀が許された武士ではあるが、武士と町人の間のような扱いで、重罪を犯せば評定所の達しにより切腹が申し渡される与力に対して、同心は町人と同じく奉行所で裁かれて処刑される。与力と同心は、見た目でもすぐ分かる。与力は袴(はかま)を履いており、同心は着流し(袴なし)である。

 山中鉄之進は、三太達を牢に入れた役人に尋ねた。
   「燃えた旅籠の主人は、店の金は全て持ち出したのか?」
   「いえ、それが盗まれたのか燃えて無くなったのか、三百両程有った小判が全て消えているそうです」
   「この三太達に火付けの疑いを持ったのは何故で御座る」
   「所持していた金子が多いのと、あと、証人が名乗り出たので御座います」
   「子供達は小判を所持していたのか?」
   「一枚ずつですが…」
   「証言を聞かせて戴こうか」
 役人が、まだ三太達の疑いが晴れたとは思っていない根拠となるものであった。
   「この二人が筋向いの旅籠から出てきて火を付け、もとの旅籠に逃げ込んだと証言した男がおります」
   「顔は見ておるのか?」
   「はい、密かに面通しをしたところ、この二人に間違いないと…」
   「それは、どの時点で顔が見えたので御座るか」
   「付け火をして、炎が上がったときだそうです」
   「なるほど、筋は通っている、そのあと、その証人はなんとした」
   「燃えている旅籠のものに知らせようとしたら、中のものが気付き、みんなで大騒ぎして飛び出してきたとか」
   「そうか、ではその証人を此処へ呼んでは貰えぬか」
   「はい、畏まりました、この一件が決着するまでは、遠くに行かないように申し付けております」
 山中は、一人の若い役人が飛び出したあと、もう二人の役人に何やら耳打ちをし、二人も飛び出して行った。
 その間に、山中と三太と新平は、火事の現場を見て回ることにした。
   「山中様、火をつけた表口で、油の臭いがします」
   「犯人は、戸口に油をかけて火を放ったようだな」
 付け火は周到に準備をして行われたようである。こんなことを、宿の一元客、それも子供にできることであろうか。山中は、役人の思慮の無さに呆れた。
   「三太、裏へ回ろう」
 驚いたことに、裏口にも油を撒いて火を付けた形跡があった。
   「これは…、この旅籠の者と泊り客を皆殺しにする計画だったのかも知れない」
 ただ、宿の者の気付くのが早くて、宿の使用人が逸早く泊り客を起こして外へ導いたので、怪我人すら出さずに済んだ。少し遅れていたら全員とまではいかないまでも、多数の犠牲者を出していただろう。
   「恨みによる火付けだすか?」
   「まだ、断定は出来ないが」
 焼け跡を一周見て戻ると、証人の男が呼ばれて来ていた。
   「足労をかけて済まぬ、ちと検証をしてみようと思うのだが」
   「ご苦労様です、何なりとお申し付けください」
   「この二人が向かいの宿を抜け出て来たときであるが、手に何かを持っていなかったか?」
   「さあ、火打ち鉄は持っていたようです」
   「左様か、他に大きな物は持っていなかったのだな」
   「はい、なにも持ってはいませんでした」
   「火打ち鉄を持って、旅籠の表口に立った二人はどうした?」
   「チッチッチッと火打ちを始めました」
   「さようか、音もしっかり聞こえたのだな」
   「はい確かに、その後、戸板に火が点くと、二人は向かいの旅籠に逃げ込みました」
   「では、ここに拙者の火打ち鉄がある、これで其処の板に火をつけてみてはくれぬか」
 男は、はっと気がついたようである。
   「他に、藁の束を持っていたような気がします」
   「そうか、近くの農家で藁の束を二つ貰って来てはくれぬか」
 証人を呼びに行った若い役人が、再び駆け出して行った。

 刻を待たせず、若い役人は藁の束を持って戻って来た。
   「これで宜しゅうございますか?」
   「忝い、足労をかけた」」
 藁の束の一つを証人に渡し、立てかけた板に火を点けてみてくれと命令した。
   「それでは、始めて貰おうか」
 証人の男は、火打ち鉄を「チッチッチッ」と打ち、程なくモグサから煙が上がった。それに息をふっかけ、炎が上がると、藁に移した。
 大人は慣れたもので、藁に火が点くまで今の時間で約二分、藁の火が板に燃え移るまでは三分、計五分の時間で成し得た。
   「では、三太もやってみてくれ」
   「山中様、わいは火を点けたことがないのです」
   「でも、今見ていただろ、あの通りやってみよう」
 左手に火打石とモグサを持ち、右手に火打ち鉄を持って打ち付けたが、子供は大人ほども力がないので、なかなかモグサに火が点かない。
   「熱いっ!」
   「火の粉を掌で受けてどうする」
   「手が小さいから、大人みたいに上手くできない」
 それでもどうにかして、モグサに煙が上がったが、フーフー吹いても炎が上がらない。それでも難儀して藁に火を移せたが板は燃えず、藁だけが燃え尽きた。
   「アチチチ」
   「はやく、藁を手から離しなさい」
 三太は、指の先を少し火傷してしまった。
   「手際よく火を点けても、戸の板が燃え上るまで刻がかかる」
 子供がモタモタ火を点けていたのでは、その三倍も四倍もの刻がかかってしまう。山中は、証言者に向って言った。
   「この子達が付け火をしたとして、その間、その方は火が点くまで、黙って見ておったのか?」
   「何をしているのかなと思って見ていました」
   「おかしいではないか、先程は子供が火打ち鉄をチッチッチッと 打つ音まで聞いたと言ったであろう」
 子供が火を点けるところを目撃して、注意もしないで見ていたことになる。それも、火打ち鉄を打つ小さな音さえも聞こえたのならば、極近くで見ていたことになる。戸板が燃えるまでには、藁が燃え上がっている。その時点で全てを判断出来た筈なのに、咎めもしなかったのは何故なのか。山中鉄之進は、証言者に詰め寄った。
   「すみません、気が動転していたもので…」
   「その気が動転していた者が、付け火をした子供の顔をしっかり覚えていたり、旅籠に逃げ込むところを冷静に見ていたのは何故だ」
 山中の語調が少し荒らげてきた。
   「それに、お前の証言には致命的な嘘がある」
 付け火の真犯人は、火付ける場所に油を撒いている。証言では、筋向いの旅籠から藁を持って出てきた子供が、表口に放火をしたと証言している。
   「何の為に嘘をついた」
   「お役人様の推理に、つい合わせた証言をしてしまいました」
   「その嘘によって、罪の無い子供が処刑されたかも知れないのだぞ」
   「申し訳ありません」
   「まだ有るぞ、表口に火を点けた後、直ぐ向かいの旅籠に逃げ帰ったと証言しておるが、真犯人は裏口にも油を撒き、火をつけている」

   「この三太はなあ、霊能力を持った子供なのじゃ」
   「霊能力と申しますと」
   「人の生魂を感じ取り、その人の思いを知ることが出来る。その霊力で以って神戸藩の若君が拐かされ、大枚の身代金を盗られようとしたのを、若君の命を救い、身代金も取り返したのじゃ」
 役人達が驚いている。
   「菰野藩でも、乳母の萩島が救われたと聞いた、三太、萩島は我が妹なのだ、よく助けてやってくれた」
 これには、三太も驚いた。
   「萩島は、三太殿に礼もせずに別れたと、嘆いておったぞ」
   「いえ、焼き玉蜀黍(とうもろこし)を二本頂戴しました」
   「命を助けて、もろこし二本か、我が妹ながらやすい命だなあ」
   「いいえ、もろこし二本でも、お侍さんが馬で買ってきてくれたのが嬉しかったです」
   「妹に頼みごとが出来る者は、桂川一角であろう、拙者とは一緒に馬術を学んだ仲で、好敵手なのだ」
   「へー、世間は広いようで狭いものだすな」
   「大人の口振りを真似よって」

 証人を呼びに行った役人の後を追った二人が帰って来た。山中の無駄話は、どうやら時間稼ぎのようであった。
   「どうだった?」
   「天井裏に隠しておりました」
   「ざっと、小判で三百両はありそうだな」
   「はい、その通りです」
   「例のものは有ったか?」
   「はい、御座いました、手桶が二つ、何れにも油が染み込んでおりました」
 山中鉄之進と役人二人の会話を聞いていた証人の顔色が変わった。隙を見て逃げ出そうとしたが、二人の役人に両腕を掴まれてしまった。
   「ところで、そなたの名をまだ聞いてはいなかったが…」
 山中は、三太達を牢に入れた役人を見据えた。
   「はい、坂田伝蔵と申します」
   「そうか、坂田氏、金(きん)と言う物は燃えて無くなりはしないものだ」
   「左様でしたか」
   「この証人の家の天井裏から、三百両が見つかったぞ」
 証人の男が、慌てて弁解した。
   「それは、私が火事場から盗んだものではありません」
   「そうか、他の者が盗んだのだな」
   「だ、だと思います」
   「では、あの物はどうじゃ、お前の住処に有った、油桶じゃ」
   「あれは…」
 山中は、三太を呼んだ。
   「ここからは、三太に任せよう、この者の心を読んでみせなさい」
   「へえ、分かりました」
 
 実は、守護霊の新三郎は既に証人の記憶を読んでいて、三太に教えていたのだ。この男、余所者ではあるが、飾り職人と偽り空き家を借り、一ヶ月前からここで一人生活をしている。三人の仲間が泊り客として旅籠に泊まり込み、この証言男が未明に付け火をして騒ぎを起こした。騒ぎに乗じて旅籠内の仲間が盗みを働き、着物を抱えて外へのがれた振りをして証言男の住処に盗んだものを隠したのだ。
 人を焼き殺す意思はないので、最初に火事を発見して騒ぎ立てたのは、泊り客役の三人であった。段取りでは、表口と裏口の戸板を焼く程度の小火(ぼや)で済む筈のところ、消防団として借り出された青年たちがモタモタしたために、全焼してしまったのだった。
 三太は、新三郎の言葉のままに、心霊占いらしく、ほぼ正確に披露した。
   「仲間の名前と、待機先の旅籠がわかりました」
   「おお、流石は三太だ、言ってみなさい」
   「この人の名は嘉兵衛、仲間は、弥太、鬼助、平蔵の三人で、池鯉鮒の東外れの旅籠に逗留して、もう一度この池鯉鮒の宿場で盗みを働く計画を立てています」
   「坂田氏、聞かれたか? 拙者は余所者だ、後は其処許(そこもと)の腕に任せ申す」
   「承知しました」
   「どう決着したかは、後日岡崎のお奉行に伺い致そう」
   「はい、有難う御座いました」
   「手柄を立ててくだされ」
 
 放火は重罪である。江戸の町ではなくとも、死罪は免れない。場合によれば、火刑(かけい)すなわち、火焙りの刑にされるかも知れない。

   「三太、よくやった、せめて岡崎の宿まで、送って進ぜよう?」
   「急ぎの旅ではありまへん、のんびり膝栗毛で旅を続けます」
   「左様か、また何かあれば、拙者の名を出しなさい、知る人ぞ知る山中鉄之進でござる」
   「知らない人は、知らないです」
   「だが、少なくとも、師匠になる亥之吉は知っておるぞ」
   「そうでした」

  第十八回 一件落着?(終) -次回に続く- (原稿用紙16枚)

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第十七回 三太と新平の受牢

2014-07-05 | 長編小説
 三太と新平は鳴海の宿場を通り抜けた。鳴海は桶狭間の古戦場があることでも知られる。また、寺の多いところで、その中の長福寺には、織田信長に敗れた今川義元の首塚がある。

   「お寺なんか見て回っても面白くない」
   「まだ元気がある。あと三里(12km)歩こう」
 それでも、子供の足で三里は過酷である。愚図ぐず歩いて、日が暮れないかと新三郎の心配を他所(よそ)に、二人は熱田(あつた)で食べた櫃まぶしや外郎を思い出して話し合っている。
   「平たいうどんも食べたかったなあ」
   「邪魔されなかったら、まだ食っているね」

 暫く歩くと、道端に座り込んでいる白髪の老婆が手招きをした。
   「婆ちゃん、わいらに何の用や」
 老婆は三太を指さした。
   「お前には、霊が憑いている」
   「へえ、知っています」
   「お前にはしそうが顕れておる」
   「しそうって、しそうの半のことか?」
 三太、知っていてとぼける。
   「それは賽子(サイコロ)博打じゃろう、そうじゃなくて死ぬ相じゃ」
   「へー」
   「へーて、それだけか?」
   「何で死ぬのや、殺されるのか?」
   「そうじゃ、お前に憑いた霊にとり殺されるのじゃ」
   「嘘つくな、わいに憑いた霊は、強いし格好いいし、お父はんみたいに優しいのや」
   「それは見かけだけで、やがて黄泉の国へ連れていかれるのじゃ」
   「ふーん」
   「ふーんて、それだけか、恐くないのか」
   「恐くない」
   「恐くない」
   「それよか、お婆ちゃん、女難の相が出ている」
   「何で、女のわしに女難の相なのじゃ」
 パタパタパタと、雪駄を鳴らして、中年の女が駆けてくる。
   「お母さん、またこんな所で旅人さん相手に死相が出ていると言うているのですか」
 女は、三太と新平に「御免ね」と、頭を下げた。
   「そんなことばかりしているから、近所の人から死相の婆さんと呼ばれるのですよ」

 道草を食いながらも、尾張と三河の国境を越えた。日は落ちかかっているものの、明るいうちに池鯉鮒(ちりゅう)の宿場に辿り着けた。

 宿を取り、一風呂浴びて三太と新平が開け広げた部屋で寛いでいると、隣の客が覗き込んだ。
   「子供さん、二人で旅をしているのかい?」
   「へえ、二人きりだす」
   「ほう、偉いなあ」
   「別に偉くはないです」
 どうせ子供を騙して、持ち金をまき上げるのだろうと、持ち金は全て旅籠の帳場に預けてあるので、警戒もせずに気の無い返事をする。
   「わし、子供好きだから、ちょっと声をかけただけです、警戒しなくてもよろしい」
 もう、新三郎が偵察してきた。
   「この男善人ですぜ」
 新さんの助言に、打ち解けた。
   「おっちゃんは、何処へ行くん?」
   「三島からの帰りだ」
   「お女郎の三島か?」
   「そうだ、その三島でわしの幼馴染の女が料理茶屋で働いているので、戻ってわしの嫁になってくれと頼みに行ったのだが、振られた」
   「おっちゃん、遠い所まで行ったのに可哀想やなあ」
   「わしは正業に就くのが遅すぎたのだ、女には既に言い交わした男が居た」

 食事が来たので、話は中断した。食後、また男がやって来た。
   「退屈だろう、わしが幽霊の出る恐い話でもしてやろうか」
   「幽霊が恐いのか?」
   「そうや、幽霊に惚れられた男の話だ」
 
 旗本の娘お露は、浪人の萩原新三郎に惚れて、恋焦がれるが思いが遂げられずに食べ物も喉を通らなくなり、痩せ細って死んでしまう。お露を死なせたのは、想いを遂げさせてやれなかった自分の所為だと自分を責めて、下女のお米もお露の後を追って自害して果てる。
   「わっ、新三郎やて、新さんと同じ名や」
   「黙って話を聞け」
 やがて、下女と共に墓を抜け出し、長屋暮らしの萩原新三郎の住まいにやってくるようになった。萩原新三郎とて、お露のことを憎からず思っていたが、浪人の身で旗本の娘お露に近づくことは出来なかった。
 そんなお露が自分の処へ夜な夜な通ってきてくれる。新三郎もお露にぞっこん惚れてしまう。夜が更けると、カラン、コロンとぽっくり下駄の音をさせて、下女のお米が下げた牡丹灯篭の灯りを頼りにやってくる。新三郎は、それを楽しみにするようになっていた。
   「わっ、やらし」
   「黙って」
 毎夜、深夜になると新三郎の部屋から女の声が聞こえるので、隣に住む伴蔵夫婦が気になって戸の隙間が覗いてみると。
   「わっ、覗きや、すけべ」
   「黙って聞けと言うのに」
 覗き見て驚いた。新三郎は髑髏を抱いていたのだ。
   「どうや、恐いだろ」
   「恐くない」
   「恐くない」
   「髑髏だぞ、骨ばかりの」
   「萩原はん、どうやって髑髏の乳揉んだのやろ」
   「他は皆骨になったが、乳だけ残っていたのと違いますか」
   「けったいな髑髏やなあ」
 男はあほらしくなって、話をやめてしまった。
   「お前等、幽霊恐くないのか?」
   「恐くない」
   「恐くない」
   「恐い物は無いのか」
   「お化けが恐い」

 寂しい山のゴミ置き場に捨てられた唐傘が、年月を経てゴミの中からもりもりと這い出てきた。
   「わしを使うだけ使って、供養もせずにゴミと一緒に捨てやがって」
 一本足の唐傘お化けは、大きな口を開くと、長い舌をぺろりと出した。
   「恐いー」
   「おしっこちびる」
 幽霊の話は茶化すばかりだったのに、唐傘お化けの話では、二人抱きついて震えている。
   「お前等、馬鹿だろ」
 男は呆れて、自分の部屋に戻ってしまった。


 翌朝早く、大人達の騒がしい叫び声で三太と新平は目が覚めた。
   「火事だ、火事だ、朝火事だ!」
 三太達が泊まった旅籠の筋向いの旅籠が燃えているらしい。泊り客は、寝巻きのままに外へ飛び出し、町の青年団の防火活動を見に行ったが、三太達は子供がうろうろしてはいけないと、帳場に清算を頼み、早立ちに決めた。この気遣いが裏目に出たようだ。

   「これ、其処の二人、何故コソコソ逃げる」
 意地の悪そうな役人が追ってきた。
   「逃げるのと違います、大人の邪魔にならないように出立するのです」
   「今朝の火事は、付け火の疑いがある、お前達どうも怪しいので取り調べるから番屋まで来なさい」
   「わいら、疑われているのですか?」
   「火事騒ぎが見たくて、火を付けたのであろう」
 三太は憤慨した。
   「第一、わいらは火打ち鉄なんか持っていまへん」
   「そんなもの、何処かへ捨てたのであろう、これから調べれば分かることだ」
   「あほらし、子供がそんなことをする訳がないやないか」
   「旅籠が燃えているのに、あほらしとは何事か」
   「火事があほらしいのやおまへん、疑われることがあほらしいのです」
   「子供の癖に、口達者なヤツだ」
   「普段は無口なわいだすが、これが黙っていれますかいな」
   「二人とも、代官所のお牢に入れてやる、黙って歩け」

 番屋へは行かずに、いきなり縄を打たれ、二人は代官所に連れて行かれた。持ち物検査をされて、三太の胴巻きや巾着に、子供にしては大金を所持していることを咎められた。
   「これはどうした、火事場から盗んだのか」
   「違いますよ、上方から江戸への路銀だす」
   「親が持たせてくれたのか?」
   「わいの先生だす、信州上田藩の佐貫鷹之助という塾の先生だす」
 新平の通行手形と、お大名の添え状を見て、役人たちは驚いているようであった。
   「これはどうした」
   「亀山城のお殿様に持たせて戴いた通行手形と添え状だす」
   「盗んだ物ではないのか?」
   「わいは三太で、手形にある新平とは、この子だす」
   「町人の通行手形を、どうして亀山の藩主が発行しておるのだ」
   「そう言われない為の添え状だす」
   「嘘をついても、直ぐに分かることだぞ」
   「添え状まで無視してお疑いなら、亀山藩士山中鉄之進様が身元引受人だす、使いを出してお尋ねください」
   「よし、問い合わせてみよう」
   「その間は、わいらはお牢の中だすか?」
   「そうだ、夜っぴて馬で駆けても、往復一昼夜はかかるだろう」
   「その間、火付けの真犯人は捜さないのですか?」
   「その必要はないだろう、お前達が真犯人に違いないからな」
   「亀山のお殿様は、何の為の添え状だと、さぞお怒りになられるでしょう」
   「そんな姑息な脅しが、わしに通じると思うか」
 役人は、憎々しげに言い放った。まあ、然程(さほど)急ぎの旅ではない、飯もでるだろう。ここでのんびりと休息を取るのも悪くは無い。だが、火付けの真犯人が逃げてしまうではないか。三太はそちらの心配をしていた。

 真夜中に、一人の武士が息堰きって牢の前に来た。
   「三太、拙者だ、山中鉄之進だ」  
 三太は眠い目を擦って、牢の外に立つ鉄之芯之進を見た。
   「あっ、山中様や、わいらの為に遠くから駆けつけてくれたのですか?」
   「そうだ、三太が牢に入れられたと聞いては、駆けつけずにはいられないからな」
   「おおきに、有難うございます」
   「ございます」新平も起きてきた。
   「良い、良い、それより亀山の殿が、余の添え状が信用ならんのかとご立腹でなぁ」
   「すんまへん、わいらの申し開きは通じませんのや」
   「さも有ろう、拙者の思慮が浅かったかも知れん」

   「その手形にもあろう、拙者は上田藩与力、山中鉄之進である」と
 鉄之進が名乗ると、役人たちは畏まっている。
   「この者達は、拙者の知り合いである。すぐに牢から出しなさい」

 三太と新平は、即刻牢から出された。
   「どうして、こんなことになった?」
   「わいらが泊まる筋向いの旅籠が火事になり、大人の邪魔をしてはいけないと、直ぐに旅籠を出立した為に火付けの犯人だと疑われました」
   「そうか、三太どうだ、真の下手人を見つけてみないか」
   「はい、身の証のために是非…」

  第十七回 三太と新平の受牢(終) -続く- (原稿用紙14枚)

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「第五回 ピンカラ三太」へ
「第六回 人買い三太」へ
「第七回 髑髏占い」へ
「第八回 切腹」へ
「第九回 ろくろ首のお花」へ
「第十回 若様誘拐事件」へ
「第十一回 幽霊の名誉」へ
「第十二回 自害を決意した鳶」へ
「第十三回 強姦未遂」へ
「第十四回 舟の上の奇遇」へ
「第十五回 七里の渡し」へ
「第十六回 熱田で逢ったお庭番」へ
「第十七回 三太と新平の受牢」へ
「第十八回 一件落着?」へ
「第十九回 神と仏とスケベ 三太」へ
「第二十回 雲助と宿場人足」へ
「第二十一回 弱い者苛め」へ
「第二十二回 三太の初恋」へ
「第二十三回 二川宿の女」へ
「第二十四回 遠州灘の海盗」へ
「第二十五回 小諸の素浪人」へ
「第二十六回 袋井のコン吉」へ
「第二十七回 ここ掘れコンコン」へ
「第二十八回 怪談・夜泣き石」へ
「第二十九回 神社立て籠もり事件」へ
「第三十回 お嬢さんは狐憑き」へ
「第三十一回 吉良の仁吉」へ
「第三十二回 佐貫三太郎」へ
「第三十三回 お玉の怪猫」へ
「第三十四回 又五郎の死」へ
「第三十五回 青い顔をした男」へ
「第三十六回 新平、行方不明」へ
「第三十七回 亥之吉の棒術」へ
「第三十八回 貸し三太、四十文」へ
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「第四十回 箱根馬子唄」へ
「第四十一回 寺小姓桔梗之助」へ
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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第十六回 熱田で逢ったお庭番

2014-07-03 | 長編小説
 七里の渡しの帆船(ほふね)が宮の宿場に着いた。三太と新平は商人(あきんど)風の旅人のところへ駆け寄り、褒美と言って二両戴いた礼をした。
   「わいは三太、この子は新平だす、江戸京橋銀座の福島屋のお店(たな)に奉公します」
   「そうかい、私は熱田(あつた)神宮さんの近くで、米問屋を営んでおります尾張屋正衛門と言います、またお逢いすることも有るでしょう、気をつけて行きなさい、京橋銀座の福島屋さんですな、覚えておきましょう」
   「おおきに、有難う御座いました」
 
 溺れるところを救った子供と、その母親は、三太と新平のところへ挨拶に来た。
   「子供を助けて貰ったうえに、小判まで頂戴しまして本当に有難う御座いました」
   「三太さん、新平さん、俺寛吉です、もっと大きくなったら逢いに行きます」
   「ほんならちょっと待っていてや、鷹之助先生が持たせてくれた矢立があるから、お店の名前を書いてあげる」
   「今は字が読めませんが、勉強します」
   「わいも、漢字は書かれしまへんのや」


 宮宿は、尾張の国であり、東海道一の大きな宿場町である。三太と新平は、熱田(あつた)の町見物と食べ物の匂いに釣られて出かけた。「わっいい匂い」、「わっ旨そう」と叫びながら歩いていると、両替商が目についた。船上で尾張屋正衛門に戴いた一両を二分と八朱に両替して貰い、懐の巾着から手数料を払った。  
   「鰻(うなぎ)という魚を食べてみたい」
   「みたい、みたい」
 腹が空いていたので、二人前百六十文払って「ひつまぶし」を食べることにした。
   「正衛門さん、いただきます」
   「いただきます」
 二人は小さい手を合わせて、頭を下げた。二人とも初めて食べる味であった。ご飯が見えないくらいに鰻の蒲焼が並べられていた。
   「すごく旨い、世の中にこんな旨いものがあったのやなあ」
 新平は、食べながら涙ぐんでいる。
   「正衛門さんみたいな金持ちなったら、こんなのを毎日食べられるのかなあ」
   「あたりまえや」
 櫃まぶしで、お腹いっぱいになった筈なのに、外郎(ういろう)を売っている店をみつけると二本買った。道から逸れた路地の床机に腰をかけて外郎を食べていると、二十四、五の女が路地に飛び込んで来た。
   「男に命を狙われています、匿ってください」
 女は手を合わせて懇願し、積まれた防火桶の後ろに身を隠した。間、髪を入れずに、侍が追ってきた。  
   「おい、坊主、いま女が此処へ逃げて来なかったか?」
   「へえ、誰も」
   「きません」
   「そうか、やつはくノ一らしい、屋根の上に跳び上がって逃げたかも知れぬ」
 侍は、慌てて走り去った。

   「お姉さん、くノ一か?」
   「坊たち御免な、私は掏摸や盗人ではありません、訳あって何も言えませんが信じてください」
   「宜しおます、姉ちゃんは悪人やなさそうだすから」
   「へえ、おおきに、坊たちは旅人姿だすけど、どちらへ?」
   「あれっ、お姉ちゃん、上方弁になった」
   「上方言葉と、江戸言葉の両方使えるのどすえ」
   「あ、今度は京言葉や」
   「あっちは、尾張言葉も使えるのや、外郎は美味しいやか?」
   「あのねえ、命を狙われているのに、ここで遊んでいてええのか?」
   「あっ、忘れとった、坊たち、これからどちらへ?」
   「江戸だす」
   「丁度良かった、お願いですから、三河の国へ行くまで、私の子供になってくれませんか?」
   「丁度良かったって、わいらも命を狙われるやないか」
   「ばれた時は、私が脅迫してやらせたと言ってください、私は命を捨てて二人を護ります」
   「池鯉鮒(ちりゅう)の宿までやな?」
   「そこには、私の仲間がまっています」
   「わかった、おっ母ちゃん、抱っこ」
   「親分、いやらし」
   「いやらしいものか、おっ母ちゃんやで」

 熱田の町には未練が残る三太と新平だったが、女の命に関わることなので我慢をして池鯉鮒まで付き合うことにした。
   「あ、待って、おっ母ちゃん足が速すぎや、子供放っといて先先行ってしまうやないか」
   「堪忍や、勝手に足が動きよりますねん」
   「やっぱりなあ」

 熱田の町なかを東海道に向けて歩いていると、三太たちの前の方をシャナリシャナリと様子を作って歩く商家の奥様風の女が行く。
   「おっ母ちゃん、あの人綺麗やなあ、匂い袋の香りが歩いた後に残っとります」
   「ほんまや、良家のご新造さんのようだすなあ」
   「お伴を二人連れとる」
   「あのような美しい女のことを花に例えて、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花と言いますのやで」
 話ながら歩いていると、町人の男が一人近寄ってきた。
   「おめえたち、あの御仁を知っていなさるのか?」
   「いえ、知りません」三太が相手をする。
   「あの御仁は、このへんでは有名な川上の後家さんや」
   「綺麗なお姉さんやなあ」
   「そう思うやろが、ところが前に回って顔を見てきなさい」

 三太と新平は。パタパタっと走って川上の後家さんの前に回って「わっ」と、驚いている。
   「まあ、なんや、このお子たちは?」
 後家さんの伴の者が答える。
   「近所の子共たちや、坊や達どうしたのです?」
   「ん? あの…、綺麗なお姉さんやなぁと思うて、見惚れていました」
 後家さんが「綺麗」に反応した。
   「まあ、綺麗やなんて、子供は正直やね」
   「お姉さんのように綺麗な人のことを、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花というのです」
   「有難う、これは御茶の席で出たお菓子や、おたべなさい」
   「綺麗なお姉さん、有難う」
   「どういたしまして」
 三太と新平が、元のところへ戻って来た。先程の男も待っていた。
   「どうや、美しかったか?」
   「赤い顔して、山で獲れた猿みたいやった」
   「おいら、おしっこちびった」と、新平。
   「わあ、ろくろ首以来やなあ」
 男は笑って言った。
   「後家さんの前で、猿やと言わなかったか?」
   「うん、言うてない」
   「そら良かった、あの後家さんの前で、猿なんて言ったら、呪い殺されるところや」
 
 宮宿を離れ、鳴海の宿に向う途中で、五人の武士が追ってきた。「キッ」と身構えようとする女を手で制して三太が言った。
   「刃向ったら負けです、母子を通しましょ」

 あっと言う間に追いつかれた。
   「おい女、どこへ行く?」
   「へえ、池鯉鮒の親戚の家に、この子等を預けに行きます」
 答えるが早いか、武士の一人が剣を抜くといきなり女に斬りかかった。だが刀の峰は返って女の腰で止っていた。
   「あ痛っ、御無体な、わたいが何をしたと言うのです」 
   「おっ母ちゃん、恐い」
 三太と新平が女に抱きついた。
   「恐いことあらしません、そやかて、わたいらは何も悪いことをしていません」
   「うん」

 五人の武士達は、繁々と女を見ていたが、
   「違ったようだ、許せ」
 と、言葉を残して立ち去った。斬りつけたのは、くノ一かどうか確かめたようだ。

   「お姉ちゃん、よう刀をかわさなかったなぁ、かわしていたらバレとったで」
   「子供さん、あなたは何でも良く分かっていますね」
   「わいなァ、人の心が読めるのや、お姉ちゃん、お庭番(公儀隠密)やろ」
 ずばり当てられて、女は戸惑った。正体がばれると、この子たちの口を封じねばならない。女は懐の短刀に手をかけた。
   「お姉ちゃん、止めとき、わいらには強い守護霊が憑いていますねん」
   「正体を知られたら、相手を殺すのが私達の掟です、私もここで自害しますから許して…」
   「わいら、誰にも喋らへんと言っても殺すのか」
   「仕方が無いのです」
   「そうか、ほんなら殺し、守護霊の新さんが黙って見てないで」
 女は短刀の鞘を抜き捨てた。目を見開いて三太に斬りかかったが、その目には涙が光っていた。
   
 暫くの間、女は気を失っていた。気がつくと「ああ、夢でよかった」と、安堵したが、自分の手には短刀が握られ、辺りを見回すと、子供が二人座っていた。
   「お姉ちゃん、気がついたらしいな」
 夢ではなかったが、子供は傷ついていなかった。しかし、何がどうなったのか分からない。
   「お姉ちゃん、わいら先に行くわ、もうお姉ちゃんは信用できへん」
 臥して泣いている女を残し、三太と新平は、さっさと行ってしまった。女は起き上がって子供達の後を追いかけようとしたが、思い直して宮宿の方へ早足に戻って行った。このまま、子供を連れて池鯉鮒の仲間のところへ行けば、仲間に子供達が殺されてしまうと思ったからだろう。

   「お姉ちゃん、自害したらあかんで、生きろ、生きてお江戸でまた逢おうな」

 鳴海の宿場町を歩いていて考えた。日暮れまではまだまだ時間があるので池鯉鮒の宿まで行こうか、それともここで旅籠を取ろうかと迷っていたら、先程の武士が池鯉鮒方面から引き返してきた。
   「お前達、母親はどうした」
   「あれ買え、これ買えと愚図ったら、怒って先に行ってしましましたんや」
   「出逢わなかったぞ」
   「怒った振りをしても子供のことが心配で、どこかそこらに隠れてわいらのことを見ていると思います」
   「さようか、逸れないようにしっかり付いて行くのだぞ」
   「おっ母ちゃんは気が短いから、怒らすと何時もこうだす」

 結局二人は鳴海の宿を素通りして、池鯉鮒の宿まで歩くことにした。

  第十六回 熱田で逢ったお庭番(終)-続く- (原稿用紙14枚)

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第十五回 七里の渡し

2014-06-29 | 長編小説
 渡し舟を降り、掏摸の女と別れて桑名の宿に向けて暫く歩くと、何処からともなくいい匂いがしてきた。歩く先に、「九里よりうまい十三里」と書いた幟旗が立っていた。
   「焼き芋の匂いやで」
   「食べたい、食べたい」
 初老の男が店先の大きな壷に針金で釣った甘藷を、吊り下げていた。
   「おっちゃん、十三里、二つおくれ」
   「いらっしゃい、今、大きいのが焼けたところです」
   「それ、二つでなんぼや?」
 男は焼けた芋を取り出すと、天秤秤で計った。
   「二つで、二十六文です」
 芋は、一つ一つ竹の皮で包んで持たせてくれた。
   「ほんなら、二十六文ここに置くで」
   「はい、毎度有難う、熱いから気をつけて食べなさいよ」
   「わいら、此処へ来るのは初めてや」

 歩きながら、「はふはふ」と頬張っていると、禿頭白髭の老人に呼び止められた。
   「これ、そこの子供たち、半分ずつわしに供えて行きなさい」
   「何や、偉そうに」
   「わしは武佐能海尊(むさのわだつみのみこと)と申す神である」
   「腹が空いているのか?」
   「そうじゃ、もう何日も水しか飲んでいない」
 それならそうと、食べ物をくれと言えばいいものを、供えろなんて威張ることはないではないかと、三太は半ばムカついていた。
   「わかった、こんな食べかけを神さんに供えるわけにはいかないら、もう一個買ってくるわ」
   「済まんのう、それとお茶と握り飯を二個…」
   「厚かましい神さんやなあ、ほな、頼んでみるわ」

 芋屋の男は人助けだと聞いて、特別に冷や飯に梅干を突っ込んで握ってくれた。只かと思いきや、値段も特別高くて、芋と握り飯と竹筒に入れたお茶とで、八十文もとられた。
   「あのおやじ、足元を見やがって」

 それでも、神の「武佐やん」が、喜んで食べたので、三太は「良いことをした」と自己満足していた。
   「武佐のおっちゃん、神さんがなんでこんな所で飢えているのや」
   「わしも、趣味で飢えていたのではないが、戻り道が分からなくて仕方なくうろついていた」
   「何処から来たのか思い出せば、そこから帰ればええやないか」
   「それがのう、天女が三保の松原で水浴びをしているところを、天上界から覗き見ていたのじゃが、身を乗り出し過ぎて海へ真っ逆さまに落ちたのじゃ」
   「えらい、すけべの神さんやなあ」
   「そう、尊敬しないでくれ」
   「尊敬してないわ」
   「あれから何年経ったのであろう、民家のゴミ箱をあさり、厨に忍び込んでは食べ物を盗み、今日まで下界で生きてきたのじゃ」
   「何や、野良猫みたいな神さんやなあ」
   「そんなに、尊敬されては尻がこそばゆい…」
   「してない」

 新三郎が、知恵を貸してくれた。
   「帰り道は、きっと淤能碁呂島(おのころじま)にある筈ですぜ」
 国生み伝説の島、今の淡路島である。伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)が天浮橋(あめのうきはし)からこの島を造り、島へ降り立った二柱の神々は、此処に神殿を建て、結婚をして数々の神を生んだ。
 この島へ降り立ったのだから、この島に天上界へ戻る階段があるに違いない。人の目には見えずとも、神が見れば分かる筈だ。それは、自凝島神社(おのころじまじんじゃ)の何処かに違いない。新三郎は、そのように推理した。

   「そうか、よく教えてくれた、天上界へ戻れたら、お前に利益(りやく)を授けるであろう」
   「そんな気遣いは要らん、三保の松原で水浴びをした天女さんに逢ったら、ちょいちょい水浴びに降りてきてかと伝えてや、わいに声をかけてくれたら、羽衣の番ぐらいするから」
   「すけべ親分、涎が垂れています」
 新平が突っ込んだ。
   「そんなに尊敬しないでくれるか」
   「してない」

 三太は、大切に取っておいた小判を一枚、武佐爺に渡してやった。

 三太は、新三郎に語りかけた。
   「あのおやじさん、自分を神様やと思い込んでいるらしい、呆けがきているのかな?」
   「それが、そうでもないようですぜ」
   「どうして?」
   「心の中を探りに行ったが、跳ね返されてしまった」
   「へえーっ、ほんまもんの神さんか?」
   「そのようです」
   「神さんにしては、ドジな神さんやなあ」
   「ドジでもアホでも神さんは神さんです」
   「誰も、アホとは言っていません」
 そうか、あのおっさん、本物の神だったのかと、半ば呆れながらも心配をしている三太であった。
   「新さん、神さんでも死ぬことがあるのか?」
   「死にますよ、あの武佐能海尊の母君、伊弉冉尊は、火の神さん軻遇突智神(かぐつちのかみ)を生んだときに股間を火傷して、それがもとで死んだのですぜ」
   「わぁ、ドジっ」
 胎児は子宮のなかでは、袋の中で水に浮かんだ状態であるが、この袋が破れて赤ん坊が誕生する。火の神の場合は、袋が破れると同時に燃え上がり、母体の陰部を火傷させたものと思われる。
   「アホ、そんな解説要らんわい」


 更に暫く進むと、今度は中年の上方訛りの男が声をかけてきた。
   「坊たち、お父さんはどこにいますのや」
   「わいのお父っちゃんなら、わいの胸の中だす」
   「そうか、お父さんは亡くなったのか、それは悪いことを訊いてしまいました、堪忍してや」
   「いえ、構いません」
   「死んで大分経つのかな?」
   「へえ、かれこれ三十年…」
 男は「ん?」と、一瞬考えた。
   「大人を揶揄(からか)ったらドンならんな、坊、一体何歳や」
   「へえ、六歳でおます」
   「三十年前言うたら、お父さんもまだ産まれていないがな」
   「そうだす、わいは神の子だすから」
   「ほう、神の子なら、それらしいことが出来るのか?」
   「へえ、逆立ちしてうどんが食えます」
   「それだけか?」
   「団子が一度に五皿食べられます」
   「五皿分、全部口に入れるのか?」
   「わいの一度は、四半刻(30分)だす」
   「そんなもん、普通やないか」
   「わい、普通の神さんだす」
   「もうええわ」

 また暫く行くと、渡し場に着いた。桑名の宿から宮宿への「七里の渡し」である。
   「わあ、広い川ですね」
 新平は海を知らないが、三太は海の傍で育っているので匂いで分かる。
   「ここは海で、わいの育った上方の海に繋がっているのや」
   「海って、めちゃくちゃ広いのですね」
 新平は、広さに驚いて目を丸くしているが、三太は渡し賃を訊いて目を丸くした。
   「大人は二百七十文、子供は百三十五文やて」
 街道を逸れて、陸続きで行ける遠回り道もあるが、七里を甲板に寝そべったままで行けるのは魅力であった。
   
 子供がもう一人乗り合わせていた。三太達より一つか二つ年下のようである。船に乗るのは始めてらしく、「キャーキャー」騒いでいる。
   「煩いガキやなあ」
 船酔いをしないように、仰向けに寝転んで空を見ている三太と新平が迷惑そうにしていた。
   「あっ、はまった!」
 見知らぬ男が大きな声で叫んだ。船縁から波を掴もうとして、頭から落ちたらしい。大人達は騒ぐばかりで、助けに飛び込もうとしない。船頭も、船が沖へ流されるのを危惧してか、躊躇している。三太は後先も考えずに着物を脱ぐと海へ飛び込んだ。
 三太は海の傍で生まれ、潮風と遊んで育っている。海のことは弁えているのだ。手足をばたつかせてもがいている子供に辿り着くと、「クリン」と、とんぼ返りをして海に潜った。
 波間に沈みかけていた子供の頭が水面に浮かび上がった。三太が子供の両足を抱きかかえて水面に持ち上げたのだ。子供は恐怖のために手足をバタバタして暴れ、三太を困らせたが、やがて静かになった。新三郎が鎮めたことは三太にすぐに分かった。
 子供は三太の肩に掴まり、三太は易々と泳いで船に辿り着いた。船に引き上げられた子供はすぐに気がついたが、目を白黒させていた。やがて恐怖が甦り、大声で泣き出した。
 泣いたということは、肺の臓に水が入っていないということである。船客は手を叩いて三太が船に乗り込むのを迎えた。
   「有難う御座いました」
 子供の母親であろう、涙でグショグショの顔で、三太に礼を言った。
   「子供の命を救ってもらったのに、私にはお礼を差し上げる持ち合わせがありません」
   「そんなものは要りません、それより、子供から目を外したのはおっ母ちゃんの落度だす」
   「そうでした、大変なご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
 母親は、三太と乗客全員と船頭にお詫びをした。乗客の商人らしい一人が、三太に声をかけた。
   「お見事、お見事、小さい子供さんなのに、泳ぎと言い、度胸と言い、大人顔負けでした」
   「いえ、それ程でもおまへん」
   「おや、上方のお人でしたか」
   「それよか、わいの褌がボトボトですねん、子供さんの着物と一緒に、帆綱に干させて貰っても宜しいですか?」
   「対岸に着くまで、帆は畳まないので、どうぞ干しなせえ」
 船頭の許可が下りた。褌を外して水を絞っていると、先程の商人が言った。
   「善いものを見せて戴き、国への良い土産話が出来ました」
   「善いものって、わいのちんちんだすか?」
   「違います、そんなもの土産話に出来ません、あなたの救出技と度胸の良さです」
 男は、懐から財布を出し、二両を三太に渡した。
   「ご褒美です」
   「えーっ、子供にこんなにくれるのですか?」
   「持っていて邪魔になる嵩ではありません、取って置きなさい」
   「有難う御座います、わい、さっき神様に一両あげてしまって、ちょっと心細かったところだす、遠慮せずに戴きます」
   「おや、それはまた善いことをなすったのですね。どうぞ、どうぞ、旅のお役に立ててください」
 三太は、先程の子供の母親に、こっそり一両分けてやった。「余裕がない」と、言っていたからだ。

 帆船は、一刻半で対岸に着いた。褌も、子供の着物も生乾きだった。

  第十五回 七里の渡し(終) -次回に続く- (原稿用紙14枚)

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「第一回 縞の合羽に三度笠」へ
「第二回 夢の通い路」へ
「第三回 追い剥ぎオネエ」へ
「第四回 三太、母恋し」へ
「第五回 ピンカラ三太」へ
「第六回 人買い三太」へ
「第七回 髑髏占い」へ
「第八回 切腹」へ
「第九回 ろくろ首のお花」へ
「第十回 若様誘拐事件」へ
「第十一回 幽霊の名誉」へ
「第十二回 自害を決意した鳶」へ
「第十三回 強姦未遂」へ
「第十四回 舟の上の奇遇」へ
「第十五回 七里の渡し」へ
「第十六回 熱田で逢ったお庭番」へ
「第十七回 三太と新平の受牢」へ
「第十八回 一件落着?」へ
「第十九回 神と仏とスケベ 三太」へ
「第二十回 雲助と宿場人足」へ
「第二十一回 弱い者苛め」へ
「第二十二回 三太の初恋」へ
「第二十三回 二川宿の女」へ
「第二十四回 遠州灘の海盗」へ
「第二十五回 小諸の素浪人」へ
「第二十六回 袋井のコン吉」へ
「第二十七回 ここ掘れコンコン」へ
「第二十八回 怪談・夜泣き石」へ
「第二十九回 神社立て籠もり事件」へ
「第三十回 お嬢さんは狐憑き」へ
「第三十一回 吉良の仁吉」へ
「第三十二回 佐貫三太郎」へ
「第三十三回 お玉の怪猫」へ
「第三十四回 又五郎の死」へ
「第三十五回 青い顔をした男」へ
「第三十六回 新平、行方不明」へ
「第三十七回 亥之吉の棒術」へ
「第三十八回 貸し三太、四十文」へ
「第三十九回 荒れ寺の幽霊」へ
「第四十回 箱根馬子唄」へ
「第四十一回 寺小姓桔梗之助」へ
「第四十二回 卯之吉、お出迎え」へ
「最終回 花のお江戸」へ

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第十四回 舟の上の奇遇

2014-06-26 | 長編小説
   「淡路島、通う千鳥の、恋の辻占ーっ」

 女の子の声がする。
   「何や、何や、辻占売りは色町の辻で夜と決まったものや、まだ朝やないか」
   「親分、そんないやらしいことはよく知っていますね」
   「ほっとけ」

 辻占(つじうら)とは、男女連れを相手のお御籤(みくじ)のようなものである。
   「お兄さん、恋占いはどうです? 辻占十文です」
   「あほらし、わいはまだ子供や、何を占うちゅうのや」
   「それなら、旅人さんの知恵籤もあります」
   「そんなん、聞いたこともないわ」
   「例えば、ひとつき十文で食べる方法がみくじに書いてあります」
   「へー、たった十文でか?」
   「はい、その他、旅籠賃二百文を一文も払わずに食べて寝泊りする方法というのもあります」
   「あかん、どうせ夜明け前に屋根を伝ってトンヅラしろと言うのやろ」
   「そんなことさせたら、お牢にいれられます」
   「そうか、ほんなら買ってみようか、なんぼや」
   「はい、十二文です」
 新平は、ひとつき十文で食べる方法が知りたいらしい。
   「ほら、二十四文払うで」

 買っていきなり御神籤を開こうとしたら、辻占売りが叫んだ。
   「旅籠で、ゆっくりと読んでくださいな」
   「わいら気が短いのや、ここで開けるで」
 新平は字が読めないので、三太が読んでやった。
   「ひとつき十文で食べる方法…、 トコロテンを食べるべし」
   「なんや、一ヶ月のひとつきと違うのか」
   「わいのは、旅籠賃二百文を一文も払わずに泊まる方法…、 小粒(一朱金)で払うべし」
 三太は怒った。
   「何やこれ、インチキやないか」
 辻占売りは平然としている。
   「何も嘘を書いている訳ではありません、トコロテンは一突き十文ですし」
   「あほらし、二十四文、溝に捨てたようなものや」
   「それなら、大人の女を泣かす方法っていうのもありますよ」
   「どうせ、頭をどつけとか書いてあるのやろ」
   「そんなことさせたら、お牢に入れられます」
   「またか、ほんなら、悲しい身の上話を聞かせろとか」
   「他人の身の上話で貰い泣きをする人なんか少ないでしょう」
   「そやなあ、わい年増女を泣かせてみたい、それ買うわ」
   「親分、わいも何か買う」
   「ほかに、叱られずに、嫌がられずに、乳を揉む方法なんてのがあります」
 新平が、素っ頓狂な声をあげた。
   「親分に、ぴったりだ」
   「ほっとけ、わいをスケベみたいに言うな」
   「そんな、スケベでないようなことを言わないでください」
   「お前なー、どつくぞ、しまいには」
   「逃げ足は、おいらのほうが速い」

   「どうせ牛の乳を揉めとか、鼠を捕まえて乳を揉めとか書いてあるのやろ」   
   「そんなことをしたら、牛飼いのおじさんに叱られるし、鼠も怒って噛みつきます」
   「そやなあ、人間の乳なのやな」
   「はい、それはもう」
   「ほんなら、それも買うわ」
   「有難う御座います、二十四文です」

   「女を泣かす方法…、 煙で燻すべし、 どついたろか」
   「叱られずに、嫌がられずに、乳を揉む方法…、 自分の乳を揉むべし」
 三太怒り心頭。
   「何も、嘘を書いているわけではありません、あんたさんが変な想像をしただけです」
   「殺してやる」
   「親分、まあまあ落ち着いて…」
 新平が三太を羽交い絞めにして宥めた。


 四日市の宿場を離れると、大川の渡しに差し掛かった。
   「泳いで渡ろか」
   「無理です、渡し舟に乗りましょう」
 二人が相談していると、
   「舟が出るぞー」
 考えている間もなく、二人は駆け込んだ。
   「おっちゃん、渡し賃、なんぼや」
   「大人は十文、子供は五文だ」
 東海道は、本当に渡し場が多い。その都度、十文から五十文の渡し賃を払わなければならない。大きな川でも、ちゃんと橋が架かっているところもあるというのに。ひとつは、川越し人足や船頭の生活を保護する意味もあって、強いて橋を架けないということもあるのかも知れない。


 先に乗った女の乗客が、川に向って「南無阿弥陀仏」と、手を合わせている。
   「おばちゃん、どうしたんや?」
   「ああ、いやいや何でもありゃしません」
   「何か訳がおますのやろ?」
   「へえ、ちょっとだけ」
   「聞いてあげます、辛いことがおましたのやろ」
   「若い頃に、この川で遊んでいた八歳になる倅が折からの鉄砲水に流されて溺れ死にました」
   「わあ、そんなことが有ったのですか、それはちょっとだけやないで」
   「それで、この川を渡るときは野花を流して、念仏を唱えております」
 見れば、小さな花束を持っている。舟が川の真ん中辺りに差し掛かると、女は花束を投げた。
   
 新三郎が呼びかけてきた。
   「三太、気を付けなさい、この女巾着切りですぜ」
   「えーっ、ほんなら倅の話は嘘かいな」
   「嘘も嘘、その息子も掏摸(すリ)だったようです」
   「悪いおばちゃんやなあ」
   「それも。只の巾着切りやない、掏摸の元締めです」
   「ひやーっ、油断も隙もないなあ」
   「あっ、向こう隣の男に目を付けた」
 この女、立ち上がろうとして、よろけて男の背中に倒れ掛かった。
   「ああ、済まんことをしました、お兄さん堪忍してくださいよ」
   「いいよ、いいよ、こんなところで立ち上がったら、若い男でもよろけます」
 男の右側から、女の左手は男の背中に、右手は男の懐に差し込んだ。
   「あっ、やりよった!」
 新三郎が三太に囁いた。
   「あっしが女を眠らせるから、今掏った財布を取り出して、男の足元へ落としなさい」
   「へえ、わかった」

 女は、「かくん」と、気を失った。その隙に、三太は新三郎に言われた通り、女の懐から財布を取り出し、男の足元へ財布を落とした。
   「あっ、おっちゃん、財布落としましたで」
   「あっ、ほんまや、坊、おおきに、まだ江戸まで遠いのに、途方にくれるところやった」
   「おっちゃんも、上方の人か?」
   「そやそや、坊も上方らしいな」
   「うん、東海道は掏摸が多いから、注意しいや」
   「へえ、おおきにありがとさん」

 掏摸の女の気がついた。三太は女に摺り寄ると、小声で言った。
   「おばちゃん、掏摸やろ、それも掏摸の元締めや」
   「えっ、どうして分かった?」
   「わい、人の心が読めるのや」
   「おお恐い、悪いことは出来ませんね」
   「そやで、それに子供が八歳の時に死んだちゅうのも嘘や」
   「よく分かるのですね、御見逸れしました」
   「それから、わいの懐を狙ってもあかんで」
   「はいはい、決して狙いません」
 だが、女が育てていた子供と、八歳の時に別れたのは本当だった。
   「その子、今は何処に居るの?」
   「一度訪ねて来てくれて、水戸で医者をやっていると言っていました」
   「掏摸なんかしとらんと、水戸へ行って一緒に暮らせばええのに」
   「私の本当の子供ではなくて、姉の子供で私の甥っ子です」
   「いつかまた逢えるやろ」
   「逢えるまでに、この首と胴が別れ別れになっていることでしょう」
   「ほんなら、掏摸みたいなもの止めんかいな」
   「それが、そうも行かないのです」   
 遊里で女郎をやるには歳を取り過ぎたし、旅籠の仲居にはなかなか雇ってもらえない。
   「これでも、元は武家の娘だったのですよ」
 姉は信濃の国の上田藩士の家に嫁いだが、姦通の噂を立てられ、四歳の子供を残して夫に手討ちにされたそうである。
   「その子の名は、何て言うのです」
   「佐貫三太郎と言います」
   「わっ、わいその人知っとります、わいの先生、佐貫鷹之助の兄上だす」
   「まっ、何と奇遇、鷹之助さまのお父上はなんと仰います?」
   「亡くなられたときに一度聞いたのやが、たしか佐貫慶次郎でした」
 女は、わっと泣き出した。
   「慶次郎は、私の義兄です、亡くなっていたのですか」
   「はい、昨年だす」
   「三太郎は、信濃へ帰っていたのですね、もう幾つになったのかしら」
   「二十歳を出たばかりですよ」
   「嘘、私が育てた三太郎は、三十歳を超えたはずです」
   「おかしいだすなあ」
   「何だか、話が合っているようで、食い違っているようで」
 新三郎が助け舟を出した。
   「水戸の緒方梅庵先生のもとの名は、佐貫三太郎で、三十歳くらいです」
 
   「そうか、分かった、おばちゃんの言う佐貫三太郎は、水戸の緒方梅庵先生だす、わいが言っている佐貫三太郎は、その名を貰った養子だす」
   「そうだったのですか、佐貫鷹之助さんは、慶次郎兄さんの後添えの子供でしょうね」
   「先生は母上の名を小夜と言っていました」
   「えっ、中岡慎衛門殿の妹の小夜さんですか?」
   「そこまでは知りまへんのや」
   「私の幼友達の小夜さんに違いありません、ああ、逢いたいなあ、お元気でしょうね」

 女は掏摸の足を洗って、何時の日か水戸へ緒方梅庵に逢いに行くと言った。出来得るならば、信濃の国へ戻って小夜と共に慶次郎の墓へ参りたい。渡し舟の上で、この子に逢ったのも、姉の引き合わせかも知れない。あの日、四歳の三太郎を預けるためにやって来た、佐貫慶次郎の顔を思い出した。あれは、姦通の濡れ衣を着せられて、江戸へ出奔した中岡慎衛門を、疑いが晴れたので連れ戻すためにやって来たのであった。
 
   「そう、義兄さんは死んだの」
 女は、「ふうー」と、溜息をついた。実の姉を手討ちにされた恨みと、一時は惚れたこともある義兄への懐かしさが絡み合って胸に痞えていた毛玉を吐き出したような気持ちであったろう。

  第十四回 舟の上の奇遇(終) -次回に続く- (原稿用紙14枚)

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第十三回 強姦未遂

2014-06-23 | 長編小説
 三太と新平は、石薬師の宿場まで来た。どうも新平の元気がない。
   「親分、おいらもう駄目だ」
   「どうした、疲れたのか、それとも腹が痛いのか?」
   「さっき、金平糖を一つカリッと噛んだときに…」
   「どうしたんや、早く言わんかいな」
   「前歯がぐらぐらになった」
 何のことはない、乳歯が抜けかかっているのだ」
   「そんなもん、なにがダメや、当たり前のことやないか」
   「おいら、これからずっと歯抜けか?」
   「それはなあ、赤ん坊の歯が抜けて、大人の歯に生え変わるのや」
 三太は、もう何度か経験している。
   「もう、そこまで大人の歯が生えてきとるのや、早いこと自分で抜いてしまえ」
 鷹之助先生に教わったことの受け売りである。それにしても、新平は初めての生え変わりが遅い。自分は既に三本生え変わっているのに。

 新平は、人差し指でぐらぐらの歯を揺すぶってみたが痛くて抜けない。
   「よし、わいが抜いてやる」
   「嫌だ、恐い」
 そんならと、三太は腹に巻いた晒しを解き、その長辺を歯で噛んでシューッと裂いた。その先を歯で穴を開け新平に差し出した。
   「この穴に歯を引っ掛けろ」
   「それで、どうするのです?」 
   「わいが引っ張ってやる」
 新平は、しぶしぶ歯に晒しを引っ掛けた。
   「ほんなら、わいが走るで」
   「うん」
 三太は晒しの紐を肩に引っ掛けて、「せーの」の合図で走った。
   「こら、わいに付いて走ったらあかん、それも、わいに追いついとるやないか」
 紐は弛んだままで、二人並んで走っている。
   「わいら、駕籠舁きやないのやから、息を合わしてどうするのや」
   「こんなのは余計に恐い」

 新三郎が呆れている。男ならぐらぐらの歯くらい自分で抜けと言いたいのだ。   
   「新さん、なんとかしてやってえな」
   「仕方ないなあ、新平の魂を追い出してやるから、気を失っている間に三太が抜いてやりなさい」 
 気が付いた新平は、痛がりもせずにケロッとしている。

   「この抜けた歯、どうしょう?」
   「下の歯やから、上に向けて投げるのや」
   「上の歯なら?」
   「下へ投げるのや、投げるときに、鼠の歯に換えとくれ と唱えるのや」
   「嫌だ、あんな小さい針みたいに尖った歯に換えたくない」
   「あほ、鼠の歯みたいな丈夫な歯に換えとくれ ってことや」
   「ふーん」
 三太が歯の抜けたところを覗いてやったが、血が少し出ているだけで、抜けた歯のあとに白い物が見える。「それは大人の歯だ」三太は鷹之助の言葉を思い出していた。


 暫く歩くと、太鼓の音が聞こえてきた。
   「どこかで夏祭りをやっているみたい」
 太鼓の音に向けて更に歩くと、浴衣姿の人の行き来が増えてきた。
   「おっ、この石段の上や、微かに焼き玉蜀黍(とうもろこし)の匂いがする」
   「買ってたべましょうよ」
 石段を登りきったところで、子供の声で呼び止められた。
   「これっ、そこなる町人!」
   「チビのくせに、偉そうに何や」
   「私の乳母、萩島が居なくなった、その方たち、探して参れ」
 三太は「この糞ガキ、誰に命令しとるのや」と、いささかムカついた。
   「わいは、お前の家来やない」
   「済まぬが、私の乳母を捜してはくれぬか」
   「ちゃんと礼儀を心得ているのなら、最初からそう頼め」
   「済まなかった、許してくれ」
 もっと生意気に出てくるのかと思っていたら、意外としおらしいところがある。困っているようなので探してやることにした。
 どうやら武家、それもどこかの藩の若君かも知れぬ。「あーあ、また若様か」三太はうんざりしたようである。
 話を聞いてやると、伊勢の国は菰野(こもの)藩の五男だそうである。城から太鼓の音が聞こえ、いてもたってもいられなくて、二十歳の乳母を唆(そそのか)し、こっそり菰野城を抜けてきたらしい。
   「それで荻島さんは、何処へ行くと言ってこの場を離れたのですか?」
   「余が、あの良い匂いがする食べ物を食べたいと言ったもので、それを買い求めに行った」
   「そのまま、戻ってこないのですな?」
   「はい」
 三太は身形(みなり)ですぐに分かるだろうと安易に考えて探しに行ったが、萩島はどこにも居なかった。
   「おかしいなあ、若様を放っといて先に帰るわけはないし…」
 
   「新さん、どう思います?」
   「乳母は拐かされたかも知れませんぜ」
   「こんな人込みの中でだすか?」
   「犯人に、若様が怪我をされたと言われたら、疑いもせずに付いて行くでしょう」
   「目的は何やろか?」
   「若い女なら、悪戯目的かも知れない」
   「ふーん、悪戯って手込めにされることやろ、乳房をモミモミとか、股間に…」
   「親分、そんなに具体的に言わなくてもよろしい」

 神社を囲む森がある。少し奥に普段、人が踏み入るべきでない聖地がある。若殿は新平に見張らせ、三太はそこに踏み入ってみようと思った。
 潅木や下草が生い茂る中、確かに人が分け入った形跡がある。さらに奥へ入ると、人の声が聞こえた。
   「若様には、危害を加えておりませぬか?」
   「お前が大人しくしていれば、危害は加えない」
   「わたくしは、どうなってもいい、若様は無事に城へお帰ししてください」
   「わった、わかった」
 男は三人居る。その内の一人が、女の着物を肌蹴ると、自分の褌を解き女に跨った。
   「わっ、やらし、昼間にあんなことしよる」
 三太は、思わず男達の前に飛び出した。
   「こら、待てい、スケベども」
 行き成り飛び出したので男達は驚いたが、子供と見ると安堵したのか、手が空いている二人の男に指図した。
   「あっちへ追い払え」
 そのとき、女に跨っていた男が横にすっ飛び、仰向けに大の字になり、みっともないものを、みっともない状態で曝け出して気を失った。みっともない状態のものは、見る見る普通のみっともないものに戻った。
 その様子を見ていた残りの二人は、恐ろしくなってのびた男を放り出して逃げていってしまった。
 三太は、のびている男の股間を枯れ葉で隠し、女に声を掛けた。
   「萩島さん、もう大丈夫だす」
 萩島は目を開けると、自分の乱れた姿よりも、若君の心配をした。
   「若様は? 若様はどこですか?」
   「大丈夫だす、わいの仲間が見張っています」
 安心したのか、三太に背を向けて、萩島は自分の着物の乱れを直した。
   「あなた様は?」
   「へえ、通りすがりの者だすが、若様に頼まれて、萩島さんを助けにきました」
   「かたじけのうございます」
   「若様の元へ案内します、わいに付いてきてください」

 三太は、今萩島が遭ったことは若君には言わないでおこうと萩島に提案した。
   「はい、ありがとうございます」

 若君は、萩島と三太の姿を見て、安心したようであった。
   「萩島、どこへ行っていた、心配したぞ」
   「申し訳ありません、道に迷ってしまいました」
   「無事でよかった、これ子供、世話になった」
 「お前も子供じゃ」と、言いかけたが、三太は言葉を呑んだ。関わり序に、この二人を菰野城の門前まで護ってやろうと思った。

   「ではここで、わいらは街道に戻ります」
   「どうぞ、お城にお立ち寄りくださいませ」
   「いやいや、それではご家来衆に不審がられます」
 何事もなかったように、こっそり戻りなさいと、二人に言い含めた。

 三太と新平には、不満が残った。焼き玉蜀黍の匂いだけ嗅いで食べ損ねたことだった。

 いつかのように馬が駆け寄ってきた。
   「また、わいらを追ってきたのか?」
   「そうみたいです、じろじろこっちを見ています」
 やはり話しかけてきた。
   「拙者は、菰野藩の与力、桂川一角と申す、我が藩の若様を助けて戴いたのはそなた達でござるか?」
   「助けたなんて大袈裟なものではありませんが」
   「いや、ことの次第は萩島殿から総て聞き申した」
   「そうでしたか、それで態々(わざわざ)わいらを…」
   「一言、礼をと追って参った、これはほんのお礼の品…」
   「いえいえ、お礼などとんでもないことだす」
 桂川一角は、懐から紙包みを取り出した。
   「荻島殿に頼まれ申した」
 祭りで売っていた焼き玉蜀黍だった。桂川は、早々に引き返した。

   「なんや、ケチやなあ」
 三太がぽつりと言った。
   「だけど嬉しい」
 三太も新平も、満更でもない様子であった。道脇の石に腰掛けて、生温いもろこしに齧り付いた。その所為もあったのだろうか、三太と新平は石薬師を通り越し、四日市の宿まで歩いた。
 
   「へーい、お二人さん、お泊りー」
 元気のいい客引き女に誘われて、宿を決めた。
   「これは珍しい、子供の二人旅ですかいなあ」
   「へえ、そうだす、部屋は一つで、布団も一つでええ」
   「はい、分かりました」
   「あっ、誤解したらあかんで、わいらは、いやらしい関係やないから…」
   「誰も、そんな関係だと思いますかいな」
   「念のために断りいれとかなあかんやろ」
   「そんな断り、入れんでもよろしい」
   「それから、女も呼ばなくてよろしい」
   「呼びません」
   「ああ、さよか」

 宿の窓から見える星空は澄んでいた。あの空のどこかに定吉兄ちゃんが居るのかなと思うと、無性に逢いたくなる三太であった。   
   「兄ちゃん、元気か?」
 死んだ者に元気かはないかと、ちょっと照れた。
   「わいらは守護霊の新さんが居るから心配ないで」
 星がひとつ流れたような気がした。
   「あっ、兄ちゃんが走った」
 兄、定吉の悔しさは、弟の胸にしっかり息づいている。
   「わいなあ、兄ちゃんの分も長生きをして、悪者を懲らしめてやる」

 江戸では、池田の亥之吉こと、福島屋亥之吉が、天秤棒を削り三太用に備えて待っていた。
   「ちゃんと一人で、江戸まで辿り着くのやろか、わいが迎えに行ってやらんとあかんのと違うやろか」
 気が揉める亥之吉であった。

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第十二回 自害を決意した鳶

2014-06-22 | 長編小説
 横道に逸れて、三太と新平にすればかなりの道を歩いた。次の石薬師の宿まで二里の道程を遊びながら、ふざけながら、旅鴉ならぬ二羽の旅雀がのんびりと歩いていると、三太の草鞋(わらじ)の緒が切れた。草鞋の側面に付いたチチと呼ばれる緒を通す輪も切れ掛かっている。近くに草鞋屋はないか探すまでもなく、目の前の茶店にそれがあった。
   「おっちゃん、子供用の草鞋二足おくれ」
   「へい、一足十六文ですから、二足で三十二文です」
   「大人用はなんぼや?」
   「へい、同じ十六文です」
 三太は、些か不服である。
   「子供用はこんなに小さいのに、大人用と同じ値段かいな」
   「へい、さいです、大きくても小さくても作る手間はおなじです」
   「藁は少なくて済むやないか」
   「藁みたいな物はただ同然で、値段は手間賃が殆どです」
 草鞋は、お百姓衆が冬場にセッセと藁を打ち、縄を綯い、一足一足編んだものである。草履(ぞうり)と違い、長持ちするように丈夫に作られている。

 店の主人に説明されて、そんなものかと、三太は納得した。
   「おっちゃんの店に通りかかると、緒が切れるなんて、何か仕掛けでもしているのか?」
   「馬鹿なことを言ってはいけません、そんな仕掛けが出来るなら、うちは茶店などしなくても金持ちになっております」
   「そらそうやな」
   「私は、毎朝欠かさずに近くの草壁稲荷にお参りをしております」
 そのご利益か、旅人が店の前で草鞋を履き潰して、草鞋がよく売れるのだと話した。
   「草壁稲荷神社は、霊験(れいげん)あらたかと専(もっぱら)らの評判です」
 三太と新平も、旅の無事を祈願して行くことにした。

   「あっ、危ない!」
 三太が思わず声をあげた。赤い鳥居に囲まれた二十段ほどの石段であったが、男が転がり落ちてきたのだ。咄嗟に三太が階段を見上げると、一瞬、子供が石段の下を覗いて逃げて行った。
 三太は男に駆け寄り、声をかけた。
   「大丈夫ですか? 医者を探してきましょうか?」
 男は後頭部から血を流していたが、気は確り(しっかり)していた。
   「大丈夫です、たいしたことはありません」
 と、言いつつも顔をしかめていた。
   「おっちゃん、子供に命を狙われておりますで」
   「ええ、分かっています」
 命を狙われているのに平然としている男に三太は興味を持った。
   「代官所には届けてあるのですか?」
   「いやいや、あの子は知り合いです、代官所に届けるなんて、とんでもない」

 三太には、ますますこの男が謎めいて見えた。
   「わいはなあ、子供やけれど霊能占いができるのや」
   「ほう、それは凄い」
   「おっちゃんに、死相が現れとる」
   「当たり前です、命を狙われているのですから」
   「まあ、そうだすけど」
   「それで、わしはどうすればよろしいかな?」
   「ちょっと待っていてや、どうしたらええか占ってあげる」
 男を信用させる為に、三太は新三郎からの情報をひけらかした。
   「あの逃げた子は、おっちゃんのことをお父さんの仇やと思っている」
   「そうです、いくら違うと言っても聞いてはくれません」
   「おっちゃんの職業は、鳶職と占いに出ましたけど」
 この男の名は作太郎という。男の記憶を辿ると、命を狙われる訳が見えてきた。作太郎と幼馴染の鳶職仲間、完次という男が居た。その息子が作太郎の命を狙っている完太である。

 完次は、根は真面目な男であったが、悪い鳶仲間に誘われて賭場に出入りするようになってからは、人が変わってしまった。妻子のある身でありながら、銭が入ると妻には渡さずに、すっからかんになるまで使い果たしてしまう。家計は妻の手仕事で何とか食い繋いではいるものの、妻は借金もせずに遣り繰りしている。
 ある日、作太郎が完次の妻子を見るに見かねて意見をした。完次にはそれが我慢ならずに、地上で掴み合いの大喧嘩をしてしまった。
 鳶職というもの、例え地上で大喧嘩をしようとも、一旦高所の仕事場に就くと、喧嘩のことはケロリと忘れて仕事に神経を集中するものである。
 その日の完次は違っていた。作太郎の意見がよほど応えたのか、しょんぼりとしていたのだ。
   「おい、完どうした、元気が無いぞ」
   「作、さっきは済まん、お前の言う通りだった」
   「ばか、地上の喧嘩を仕事場に持ち込むな、地上に降りたら喧嘩の続きをしようぜ」
 だがその後、完次はふらふらっと立ち上がった時、鳶でありながら足を滑らせて、地上に真っ逆さまに落ち、首の骨を折って即死した。
 
 完次が落ちるところは作太郎しか見ていなかったが、地上で喧嘩をしているところは沢山の仕事仲間が見ている。表だって言わないものの、陰では作太郎の良からぬ噂が飛び交った。
   「作太郎が突き落とした」
 代官所のお調べでは、事故として片がついたが、噂は直ぐには消えなかった。その噂を、完次の息子の完太が聞きつけたのであった。
   「俺が必ずお父っつあんの仇を討つ」
 完太は、密かに父の墓前で誓った。この度の作太郎殺し未遂は、三度目である。だが、作太郎は決して口外をしなかった。事件沙汰として取り上げられては、完太の将来に傷がつくからである。
 と言って、このまま無視をしていると、本当に殺されてしまうかも知れぬ。町人の仇討ちはご法度(はっと)である。完太は殺しの罪で、遠島とまではいかぬまでも刺青刑で、子供ではあるが寄せ場送りになるかも知れぬ。こうなれば完太の将来は、道を外れてしまうだろう。

 作太郎は、思案の結果「自害」を選んだ。こうすれば、自分は完次殺しの下手人にされてしまうが、完太の為にはなる。幸い作太郎は独り身で、親兄弟もない。完次が落ちた場所で、明日は自分が飛び降りようと決意して、幼馴染の草壁稲荷神社へ許しを乞う為にお参りに来た帰りであった。

   「そんな事まで、占いで分かるのか」
 作太郎は、このチビ助の凄さを思い知った。
   「あなたは眷属神(けんぞくしん)に違いない」
 三太は「眷属神って何?」と新三郎に尋ね、稲荷神の使いの狐だと教えられて笑った。
   「わい、狐と違う」

 とにかく、今日は完太の家に行って、三太が完太を説得することにした。説得と言っても、一筋縄では行かない。やはり、完次の幽霊を呼び寄せて、完太と相対させるのだと作太郎には説明した。

 
 完太の家に行ったが、完太は出かけて留守であった。
   「作太郎さん、また完太がとんでもないことを仕出かしたようで、今夕にもお詫びに行こうと思っていたところです」
 完次の妻が土間へ下りて土下座をした。
   「弁解の術もなく、ただ無駄に時を費やした俺が悪いのです」
 作太郎は、完次の妻を抱き起こした。息子の完太には仇扱いをされているが、この完次の妻が自分を信じていてくれるだけでも救われているのだと感謝の意を伝えた。

   「早く紹介してくれないとあかんがな」
 三太が焦れて、作太郎の肩を叩いた。
   「この子供は三太と言いまして、幽霊を呼び寄せることができます」
   「霊媒師さんですね」
   「へえ、そうとも言います」と、三太。
 ころころ肩書きが変わる三太、説明するのも面倒くさいので子供霊媒師で押すことにした。
   「完太さんの前で、完次さんの霊を呼び出して、完次さんの話を聞いて貰います」
   「霊媒師さんの口を通してですね」
 完次の妻が訊きなおした。
   「いいや、それやったら完太さんはインチキやと思いますやろ、わいらはこの場を離れて直接完次さんと話合って貰います」
 今までに知った霊媒師とは違う。妻は、自分にも夫に合わせて欲しいと念願した。例え幽霊であっても、亡き夫と逢いたいと思う妻の思いが、新三郎に伝わっていた。

   「おっ母、ただ今」
 三太が稲荷神社で見かけた少年であった。歳は十一・二であろうか、日焼けした精悍な顔立ちであった。だが、そこに作太郎が居ることに気付くと、黙って外へ飛び出そうとした。
   「完太お待ち、この霊媒師さんがお父さんに合わせてくれます」 
 お父さんと聞いて、一瞬立ち止まったが、思い直して飛び出してしまった。
   「へんっ、インチキ霊媒師の寝言なんか聞けるかい」
   「誰がインチキ霊媒師や、逃げるなら逃げてみろ、わいが連れ戻してやる」
 三太も負けずに意地を張る。三太の言葉を無視して外へ飛び出した完太であったが、戸口でへなへなと座り込んでしまった。
   「作太郎さん、完太さんをここへ連れて来とくなはれ」
 半ば気を失っている完太を、作太郎は抱きかかえて座敷に座らせた。
   
   「完太さん、お父っちゃんの完次さんがここへ帰って来ましたで」
 今、気を失いかけた完太が、しゃきっとなって家の中を見回した。

   「完太、完太、俺だ、親父の完次だ」
 完太の胸にがんがん伝わってくる。完太を見守っていた四人は、外へ出て待つことにした。
   「親父か? 本当に親父か?」
   「そうだ、去年の稲荷神社のお祭りで、二人で食べた狐餅、あれは旨かったなあ、おっかあにも買って帰ったじゃないか、思い出したか」
   「いや、ずっと覚えていた」
   「そうか、そうか、おっかあに御守りも買って帰ったなあ」
   「うん、おっかあ、喜んだ」
 完太が覚えている筈である。これは、完太の記憶から出たことであるから。
   「完太、聞いてくれ、俺が屋根から落ちたのは、作太郎に突き落されたのではないのだ」
 賭場に入り浸っていることを、地上で作太郎に意見されて、「かっ」となって喧嘩をしてしまったが、自分が悪いと反省して、屋根の上で作太郎に謝ろうとしたのが悪かった。足元に神経を集中しなければならないのに、疎かになってしまい、足を滑らせてしまったのだと話して聞かせた。
   「おっかあと、完太には苦労をかけて済まない事をした、許してくれ」
   「うん」
 完太は納得したようであった。代わって完次の女房が入ってきた。
   「お前さんかえ、逢いたいよう、顔を見せとくれ」
   「悲しいが、それはできない、お前にも苦労をかけて済まない」
   「そんなことはいいのだよ、それより、ずっと此処に居ておくれな」
   「それも出来ない、俺はあの世にしか居られないのだ」
   「寂しいね」
   「お前さえ良ければ、作と一緒になってもいいのだよ、作となら俺は嬉しい」
   「嫌ですよ、わたしゃ死ぬまでお前さんの女房ですからね」
   「そうか、だが気が変われば作の情けを受けなさい」
   「変わるものですか」
   「俺がお前達に出来ることは、あの世でお前達の無事と幸せを祈ってやることだけだ」
   「お前さん、それで十分だよ」
 新三郎は、女房に話しかけていて完次になったような気持ちになっていた。


   「完次さんとの話は済みましたか?」
   「はい、有難うございました」   
   「完太さんは、もう作太郎を仇と付け狙いませんか?」
   「うん」
   「よし、それなら仲良く暮らしてや」
   「はい」

   「ああ、もし」
 作太郎が三太を呼び止めた。
   「占い料はいかほどで…」  
   「そやなあ、今そこの茶店で草鞋二足買うたんや、ちょっと高いけど堪忍してや、三十二文貰っとくわ」

  第十二回 自害を決意した鳶(終) -次回に続く- (原稿用紙16枚)

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