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雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第三十五回 青い顔をした男

2014-09-11 | 長編小説
 こちらは江戸の京橋銀座、雑貨商福島屋亥之吉の店先である。表を綺麗に掃除して水を撒き、いつ客がきても買い物をして貰える状態にして亥之吉旦那以下、使用人たちも持ち場に着いた。

 帳場に正座して亥之吉がぽつりと呟いた。
   「遅い」
 番頭が不安そうに訊いた。
   「旦那様、何が遅いのでございますか?」
   「上方からこっちへ向かっている小僧さんや」
   「旦那様が心待ちにしていらっしゃる三太さんと新平さんですね」
   「別に心待ちにはしとりませんが、命の恩人の弟さんから預かる大切な子供ですよって」
   「旦那様の命の恩人ですか?」
   「そうじゃ、緒方梅庵と能見数馬という蘭方医の兄弟が居りまして、その能見数馬は後の信州上田藩の与力と藩医を兼ねた、わしの大親友佐貫三太郎さんだすのや」
   「へー、与力と藩医を兼ねるなんて、どこの藩にも居ないでしょうね」
   「本人は医者として元藩主のご隠居の主治医を任されておりましたが、父上の佐貫慶次郎さんが急死されて急遽こんなことになりはったのです」
   
 この佐貫三太郎は江戸の長屋育ちの町人である。母親は酔って暴力をふるう夫から三太を連れて逃れようとしたが、父親の知ることになり、三太だけ連れ戻された。だが、新しい女が出来ると三太が邪魔になり、猫の仔を捨てるように寺の境内に置き去りにした。それを緒方梅庵(当時は佐貫三太郎)に拾われ、その後、佐貫慶次郎の養子になった。
 佐貫慶次郎に実子佐貫鷹之助が生まれ、その子が自分の養子になった年齢になると、もとの三太に戻り江戸へ出て実の母親を探した。三太は自分が捨てられていた寺で母親と再会するが、父親もまた母親を探しに寺へ来て、ここでも母親に暴力を振るう。それを止めようとして、護身用に持っていた懐剣で父親を刺してしまう。
 親殺しの罪は、例え十にも満たない子供であっても重罪であるが、時の北町奉行の温情で、奉行の知人である水戸藩士能見篤之進に身柄を預ける。篤之進は三太を自分の亡き息子能見数馬の名を付けて養子にする。
 だが、三太が処刑を免れて生きていることを知った佐貫慶次郎は、能見篤之進に頭を下げて三太を返してもらった。捨て子の三太は、佐貫三太郎が武士を捨て、緒方梅庵と名を改めて医者になったので義兄の名を貰い、水戸では能見数馬、そして再び佐貫三太郎になった。
 現在、新平と旅をしているチビ三太は、佐貫三太郎の義弟佐貫鷹之助の教え子である。


 
 漸く、駿河の城下町を出て江尻宿に向かったところで女に声をかけられた。年の頃なら二十七・八、料理茶屋の中居と言ったところであろうか。
   「ちょいと、そこの可愛いお二人さん」
   「何や、何か用か?」
   「あたしの子供になってくれないか」
   「それはあかん、わいにはおっ母ちゃんがおりま」
   「嘘の親子でよろしいです」
   「何の為に?」
 この女、どうも怪しい。三太は心の中で眉に唾を塗る。
   「商家で女中に雇って貰いたいのですが、女ひとりだと怪しまれますの」
   「子連れやと、余計雇ってくれませんやろ」
   「そこは演技の為所(しどころ)で、夫を亡くし、子供の為に懸命に働く母親で同情を買うのです」
   「その後わいらは、どうなるのや?」
   「知人に預けるということで、雇い主に承知してもらったらお二人さんは放免です」
   「放免て、わいらを罪人扱いやないか」
   「お駄賃、一人二十文でどうです?」
   「わい等、先を急ぎますので、御免被りますわ」
 三太と新平が行こうとすると、女はいきなり短ドスを三太の頸にピタリと押し付けた。
   「冷たい、何するのや」
   「グズグズぬかすと、これが喉に刺さるぞ」
 女は、強い態度に出てきた。
   「ああ恐い、おばちゃん、何を企んでいるのや?」
   「煩い、黙って付いて来い、余計なことをぬかすと命が無いよ」

 三太は新三郎に話しかけた。
   「この女、盗人の手引女かも知れませんぜ」
   「言う事を聞いて、企みを探りましょうか」と、三太。
   「では、女の言う事を聞いて、付いて行ってみましょう」
 新平にも、そっと伝えた。

 女の言う通り、女はあっさりと商家で雇って貰うことが出来た。
   「それでは、明日から働かせて頂きます、一生懸命働きますので、宜しくお願い申し上げます」
 女はしおらしく挨拶をすると、三太と新平を連れて戻っていった。
   「女は子供の為なら、あんなに一生懸命になれるのですね」
 商家の番頭が、旦那さまに話しかけた。女がなかなかの美人で色っぽく、番頭はいたく気に入った様子であった。

 女は、三太と新平に四十文渡すと、早くこの地から立ち去れと命令し、その足で仲間と繋ぎを取りにいった。新三郎が女に憑いていったことは言うまでもない。その後を三太と新平も付けた。

 女は盗賊の手先であった。明日の夜、女を雇い入れた商家を、この女の手引で襲うらしい。新三郎が戻ると、二人は番屋に走った。役人が子供の訴えを信じるかどうか心配であったが、ここでも三太のことを噂で聞いて知っている者が居た。

 女は初日であるにも関わらず、よく働いた。使用人にも小僧から大番頭まで優しく尽くして、早くも好感を持たれた。
   「よい人が来てくれましたな」
   「本当に助かります」
   「料理も上手くて、これからの賄い料理が楽しみだ」

 その夜、女は夜中に起きだし厠へ行くようであった。寝ている人に気兼ねしてか、廊下を音も立てずに歩いていった。土間へ下り、表戸のところへ行き、内から潜戸をそっと叩いた。すると、外からもトントンと叩く音が聞こえた。
   「頭、今開けます」
 女は、囁くように言うと、閂を外して潜戸を開けたが、だれも入って来なかった。女は「おや?」と思い外へ顔をだすと、いきなり「御用だ!」と、取り押さえられた。役人たちのそでに、三太と新平が居た。
   「しまった、こいつらを殺しておけばよかった」
 女は、無念そうに吐き捨てた。離れた場所に、女の頭目以下仲間たちが、後ろ手に縛られて引かれて行くのが見えた。

 お店の中で、女が盗賊の仲間だと知らされていたのは店主だけであった。使用人達は驚いた。もしかしたら、今頃自分たちは寝首を掻かれて息絶えていたところだったと想像して、震え上がった。

 盗賊は、非情働きで知れた名うての悪党である。商人の家に押し込むと、女、子供も構わずに殺害し、小判ばかりか、小銭まで奪って去る、人呼んで津波党の十二人であった。やることは荒っぽいが、周到でなかなか尻尾を出さず、役人たちは困り果てていたところだった。
   「三太さん、大手柄でした」
   「いえ、手柄をたてたのはお役人さんたちで、わいはこっそり訴えただけのチッくりガキだす」

 三太と新平は、江尻宿を向けて旅立った。

   「親分、また江尻の番屋に二晩も泊まってしまいましたね」
   「うん、でも何人かの命が助かったのや、亥之吉の旦那さまも、喜んで許してくれはりますわ」
   「そうかなあ?」

 幾らも行かないところで、男が声をかけてきた。
   「その懐に入っているのは狐だろ?」
   「そうだす」
   「五十文で買ってやろうか」
   「どうするのです?」
   「儂は毛皮屋だ、冬まで飼っておき、綺麗に冬毛が生え揃ったら、毛皮を剥がします」
   「それで、この狐のコン太は、どうなりますのや?」
   「狐の肉など食えないので、穴を掘って埋めます」
   「死ぬのか?」
   「それはそうです」
   「あかん、コン太はわいの友達や、殺す訳にはいきません」
   「値を吊上げる積もりか? それなら六十文ではどうです?」
   「値やない、友達や言っているやないか」
 コン太が懐で歯を剥いている。話していることが分かるのだろうか。
   「コン太、売たりはしまへん、安心しろ」
 男は三太に「あっちへ行け」と怒鳴られて、諦めて去り際に、
   「お前馬鹿か、拾ってきたものを六十文で買ってやろうと言っているのに」
 捨て台詞を残して去った。

 
 暫く行ったところで、新平が「鶏の鳴き声が聞こえる」と、呟いた。
   「ほんまや、あのお百姓さんの家、軍鶏を飼っているわ」
 コン太が暴れだした。
   「わかった、わかった、卵分けて貰いに行こう」
 二個分けて貰って、幾ら払えばいいと尋ねると、二個十文で良いという。町では一個百文もするところがあると話して一朱払おうとしたが、受け取らなかった。
   「おっちゃん、ありがとう」
 十文払ってお礼を言って卵を貰ってきたが、コン太が食べたくて我慢が出来ずに懐から飛び出そうとする。一つお椀に割入れてやると、新平がコン太の椀に指を突っ込んだ。
   「卵って、そんなに美味しいものか?」
 ぺろりと舐めて、一言「味無い」と呟いた。
   「人間は、焼いたり蒸したりして、塩を付けてたべるのや、そやけど、これはコン太のもんや、新平にはやらん」
 新平は「要らん」と、嘯いた。

 
 寄り道ばかりしていたので、頑張って興津(おきつ)宿まで行った。宿を取り、夕餉にでた鮎の塩焼きが旨かった。ひとっ風呂浴びて、二人は畳に寝転がって盗賊の話をしていると、隣部屋の男が声をかけてきた。
   「ちょっとお話をしても宜しいか?」
   「へえ、どうぞ何なりと」
   「昨夜のことですが、明日旅にでるということで、早い目に床に就きましたが…」
   「へえ、それで…」
   「旅のことを考えると楽しくて、夜が更けても目が冴えていたところへ…」
   「へえ、へえ」
   「表戸をどんどんどんと叩く者がいます」
   「夜更けに?」
   「戸を開けてやりますと、幼馴染の金助が青い顔をしてズボッと佇っていたのです」
   「なんか、恐い」
   「話を聞いてやりますと、その男が寝ていたら、表戸をこんこんこんと叩く者がいます…」
   「へえ、もしやお化け?」
   「いいや、金助の友達の銀次でした」
   「ああ、びっくりした」
   「銀次の申しますには、寝ておりますと表戸をどんどんどんと叩く者が居ます」
   「まただすか」
   「表戸を開けてやりますと、青い顔をした男がズボッと佇っていました」
   「ふーん」
   「その男の言うことには」
   「青い顔をした男が佇ってましたのやろ」
   「ところが違うのです」
   「ええっ、違うのか?」
   「今度は、真っ赤な顔をした男が佇っていました」
   「もしや、赤鬼?」
   「その男の言うことには…」
   「何や、何を言うたのや」
   「俺、酒に酔うてます」
   「---」

 隣部屋の男は笑いながら部屋へ戻って行った。
   「あほか、あのおっさん、わい等を子供やと思いやがって、あんなしょうもない話をしにきやがるねん」
   「おしっこ、ちびりそうやった」新平は、内心ホッとした。

   「さあ、はよう寝よ、コン太も欠伸しているわ」
 三太は寝ようとしたが、何だか目が冴えて眠れなかった。新平はもうぐっすり眠っている。その時、三太たちの部屋の障子をこんこんこんと叩く者がいる。
   「誰やいな」と、三太が起きて行き、障子を開けてやると、青い顔をした女がズボッと佇っている。
   「あら、兄さん、御免なさい、厠(かわや=便所)と間違いました」
   「どこに障子戸の厠があるのや」
 三太は腹を立てた。翌朝、宿の者に女のことを話し、誰だったかを確かめて、一言文句を言ってやろうとしたが、女の泊まり客は、腰が曲がった婆さん一人だった。女中さんの中にも昨夜の女は居なかった。

 宿を出て、新平に話をした。
   「その女、化け物やったかも知れん」
   「何の?」
   「顔が大きかったから、団扇のお化けかも…」

 二人、「わーっ」と駈け出して行った。(落語小噺より)

  第三十五回 青い顔をした男(終) -次回に続く- (原稿用紙17枚)

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猫爺のエッセイ「大宇宙と天地創造の神」

2014-09-04 | 長編小説

 ■大宇宙とは?
 我々が普通に宇宙と呼んでいるのは、銀河系宇宙のことである。 その円形の銀河系宇宙の果てたとこまではヒッグス粒子で満たされているとして、その先はどうなっているのだろう。そこからは真の無のスペースであろうと空想する。そこから更に無限の広がりを私は仮に大宇宙と呼ぶことにした。その広がりの中には、銀河系宇宙規模の宇宙が無数に存在するだろうと空想する。
 我々の地球は、その銀河系宇宙の砂粒のごとき太陽系の惑星である。どう考えても宇宙の中心ではない。宗教的宇宙は、すべて地球を中心に考えられているようだ。


 ■天地創造の神
 宇宙を創造した神が日本に日本人の姿で在らせられる。しかも、我こそ天地創造の神なるぞと、A5版のビラを信者に配布させておいでになられる。天地創造の神であらせられるならば、何をご遠慮なさるのか、神のご意思に背く人間は、全て滅亡させて、信者のみの世界をお造りになれば宜しいものを。
 地球改造、太陽系改造論などをお打ち立てになられ、太陽系惑星の並べ替えなど如何なものでしょう。太陽から見て木、土、金、火、水、地なんて如何でありましょう。地球は氷の星となり、金星に神の造り給いし「この世」に、信者たちをお引越しさせればよいものを。


 ■宇宙人現る!
 銀河系宇宙にも、私が空想する大宇宙にも、宇宙生物は必ず存在する。だが、その様相は我々の想像を絶するものかも知れない。地球上で発見されたとされる宇宙人は、人間にクラゲ、蛸、爬虫類などを合成したような地球生物に執着したものばかりだ。それは地球人が空想したものだからだろう。
 
 私も宇宙人を想像してみた。これは、ショートショートのネタにとっておこう。

 

猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第三十四回 又五郎の死

2014-09-02 | 長編小説
 三太と新平が府中宿の辺りをきょろきょろしながら歩いていると、コン太の耳が何かを捉えてピクンと反応した。三太が耳を澄ましてみると、馬の蹄の音である。
   「わっ、またアイツや」
 案の定、大久保彦三郎の家来、逸心太助であった。

   「わい等にまだ用があるのか?」
   「いやいや、拙者はそなた達を駕籠で鞠子宿まで送るようにと大久保の殿にお願いしておいたのを、殿が忘れていたそうで、こうして謝りに参じた」
   「それだけのことで、馬を疾ばしてか?」
   「お詫びに、兎餅を持って参った」
   「うーん、わい等はすぐに食べ物にごまかされるからな」
   「そのような訳ではござらぬ」
   「ほんなら、約束を違えた詫びに、その場で切腹せい、わい等は餅食いながら見物する」
   「嫌や!」
   「何で?」
   「痛いもん、それに血ぃ出るし」
   「それでも武士か、わいの口振りの真似をしてからに」
   「わかった、それでは鞠子宿まで、この馬で送ろう、馬には乗ったことはあるか?」
   「へえ、鈴鹿峠で」
   「よし、二人は鞍に跨って、三太殿はしっかり前で手綱に掴まって、新平殿は三太殿の腰をしっかり持つように」
   「ちょっと待ってや、府中から鞠子まで送られたら後戻りになります」
   「上方に向かって旅をしているのではなかったか?」
   「違います、江戸に向かっているのです」
   「なんだ、そうであったか、では江尻宿までお送り致そう」
   「やっぱり、送って貰うのはやめます」
   「何でやねん?」
   「あんさん、何時から上方人なりはったのや?」
   「三太殿の影響でござる」
   「折角、駿府の城下町を通るのや、もっと見物して行きますわ」

 三太、新平は、ここで逸心太助と別れることにした。
   「駿府へ来たら、太助さんに逢いに行きます」
   「拙者も江戸へ行くことがあったら、二人の顔を見にいくで御座るねん」
   「上方言葉の真似はやめなはれ」 
 手を振って別れた。
   
 駿府の町を、あっちへふらふら、こっちへふらふら、飯を食ったり、甘酒を飲んだり、食い気にかまけていると、四・五人の若い女が三太達を見ている。
   「ねえ、あれ三太と新平違う?」
   「あら、そうだわ、あの旅雀よ」

   「聞こえたぞ、誰が旅雀や」
   「わあ、喋った」
   「喋らいでか」

   「怒った顔が可愛いい」
   「新平ちゃんも、こっち向いて」
   「お手手を握らせてー」

   「あんなこと言いよる、こいつら頭おかしいのと違うか」
 
   「懐の犬も可愛いい」
   「ほな、お前ら一列に並んで しゃがめ」
   「何をするのです?」
   「一人ずつ、お乳触ってやる」
   「これ三太、そんな下衆なことをしてはいけません」
 新三郎が咎めた。
   「そやかて、あの子等を見てみいな、一列に並んでしゃがんだで」

 構わずに行こうとしたが、思い留まって一言訊いてみた。
   「何でわい等の名前を知っとるのや?」
   「とても強いと、評判だからです」
 三太がニヤけた。
   「そうか、そんなに強いと噂なんか?」
   「はい、それはもう」
   「食いねえ、食いねえ、兎餅食いねえ、江戸っ子だってねぇ」
   「いいえ、駿河っ子です」
   「ああ、さよか」

 娘たちが、キャーキャーと、兎餅を食っている隙に逃げてきた。
   「あーあ、親分、兎餅全部やってしまった」
 新平が軽蔑顔で三太をみる。
   「ええがな、わいが買うから」
   「そんなことじゃない、折角、太助さんが馬を疾ばして届けてくれたのに…」
   「そやなァ、わいが悪かった」
   「以後、気を付けるように」


 コン太が朝から何も食っていない。三太達があれこれ食べるのを見ても大人しく待っていたが、とうとう「くぅん」と、餌を強請った。
   「コン太、焼き鳥を食おうか?」
 コン太が焼き鳥と聞いて、懐でもがいた。
   「今日は小さく剞まずに、焼いて塩を振らないで食べてみようか」
 コン太の分は、白焼きを買って、そのまま串を外して椀にいれてやった。ちょっと苦労をして齧っていたが、時間をかけて一本平らげ、足踏みをしながらお代わりを待っている。
   「おっちゃん、白焼きもう一本」
   「へーい、ただいま」
 もう一本平らげて、満足したのか、何処かへ跳んでいってしまった。

   
 男が、何やら喚きながら走ってきた。
   「死体ぇだ、死体ぇだ、安倍川に死体ぇがあがったぜ!」 
 死体など、そんなに珍しいものではない。人里はなれた叢に、旅人の行倒れがあっても、まるで犬か猫の死体のように放置されている。
   「死んだのは、旅人やなくて地元の人らしい」
   「親分、行ってみましようよ」
   「おーい、コン太行くぞ」
 コン太が、丸くなって走ってきた。

 死体は河川敷に寝かされて、筵を掛けられていた。まだ身元は分かっていないらしく、役人たちが盛んに筵を捲って死体を観察しては被せ、腕組みをしながら考えている。
   「仏さん酒臭えぜ」
   「酒に酔って川を歩いて渡り、深みに落ちたのではありませんか?」
   「夜中にか?」
   「何か急用があったのでしょう、追手から逃げるためとか」
   「それじゃあ、事故か」
   「刀傷もありませんからね」

 三太と新平は、少し離れたところから見ている。
   「事故死やて、普通夜中に一人で川を渡るか」
 新三郎も「事故死」だと思っていないらしい。
   「あの死体、水死ではなさそうですぜ」
   「それは何で?」
   「仏さん、水を飲んでいねえです」
   「わい、確かめてくる」
 三太は、ちょこちょこっと死体に近付くと、筵をめくり死体の腹を足でぎゅっと踏みつけた。
   「こらぁ、仏さんを足蹴にするやつがあるか、罰があたるぞ」
 三太は役人に追われて逃げてきた。
   「やっぱり水を飲んでなかった」
   「それに、三太も見たか? 首に荒縄の跡が付いていた」
   「絞殺だすか」
 その時、五・六人のヤクザ風の男と、姐御肌の女が慌てて駆けつけてきた。
   「うちの若い衆に間違いありません、又五郎です」
 言って、女はボロボロと涙をこぼした。又五郎は色白の男前で、お役者又五郎と呼ばれていた。節義と任侠を重んじ、女の誘いにうかうか応じる男ではないことは、親分も知っていた。

 新三郎は、女に目を付けた。この姐御は、一家の親分の女房に違いない。その女房が、一家の若い衆の死に、大粒の涙を零すのは女々し過ぎる。
  
 三太が子分風の男に近寄り、そっと訊いた。
   「あのお姐さん、気の毒だすなあ、あんなに泣いてはる」
   「あの人は、一家の親分の女将さんで、何時もは気丈夫で、泣いたりしねえ人だ」
   「余程、気にかけていた人やろなあ」
   「ところで、お前さんは何処の子供だい」
   「いや、ちょっと通りがかりの子供だす」
   「ややこしいところに首出すな、そっちに引っ込んでおれ」
   「へえ、すんません」

 三太は新三郎に話かけた。
   「あの女、怪しいですなあ」
   「へい、又五郎の死に、何らか関わっているのは確かだ」

 新三郎は、女を偵察に行った。
   「女は殺していないが、又五郎を死に追い遣ったのは、あの女ですぜ」
 あの女房は浮気者で、若くて男前と見れば誘惑をして遊び、親分にバレそうになると、「男から誘惑してきた」と、告げ口をして指を詰めさせたり、時には殺させたりしていた。
 
 又五郎の場合は、どんなに言い寄られても誘惑に乗ることはなかった。可愛さ余って憎さ百倍と、無いことを作り上げて親分に言いつけたが、親分は「又五郎に限って」と、一笑に付した。

 だが、言いつけられたことを知った又五郎は、自分が弁解しても親分は絶対に信じてくれないと早合点をし、蔵の中で頸を括って自害した。暗黙の抗議であったのだ。

 子分から、又五郎の死を最初に知らされたのは、出かけていた親分に代わって女房であった。何の落ち度も見当たらない又五郎の自害を親分が知ったら、過去に遡って自分に言い付けられて死んでいった子分達のことまで問い質されると思い、事故死に見せかけようと一旦死体を隠し、夜中に女房に忠実な子分達に死体を川に捨てさせた。

   「罪が無い又五郎さんが気の毒や」
   「事実を知って、このまま通り過ぎるのも気が重いですね」
 三太は、この親分に逢いに行くことにした。又五郎の屍は、すでに棺桶に納められていた。
   「子供だすが、又五郎さんに焼香をさせて貰えませんか」
   「子供さん、あんた又五郎を知っていなさるのか?」
   「へえ、よく知っています」
   「それなら遠慮せずに焼香してやっとくれ」

 宗旨別のしきたりなどは知らない三太だが、側にあった抹香を指で摘み、火のついた炭が入った香皿にくべて腹を踏んだ侘びをした。親分らしき人の前に進み、一礼して「親分さんにお話があります」と告げた。
   「子供衆がわしに?」
   「へえ」
   「そうか、では奥の座敷で聞こうか」
   「いいえ、皆さんにも聞いて欲しおますので、ここでお願いします」
   「わかった、話してみなさい」
   「わいは子供だすが、霊媒師でもあります」
   「ほう、又五郎の霊を呼び出してやろうとでも言うのか?」
   「へえ、その通りだす」
 周りの者は驚いているが、流石親分である。
   「何を言い出すのかと思えば、あいにくわしは幽霊など信じないので帰っておくれ」
   「では、直接又五郎さんの話を聞いてください」
   「なに直接?」
   「へえ、そうだす、それから信じようと信じまいと、親分が判断してください」
   「わかった、又五郎に逢わせておくれ」
 親分には目を閉じて貰い、三太は外へと出て行った。何が起こるのかと固唾を飲んで見守る子分達のまえで、突然親分が叫んだ。
   「おおっ、お前は又五郎か」
 あとは静かに又五郎の話を聞いているようであった。女房の顔色が変わり、親分が黙っている間中、そわそわ落ち着きがなかった。 
   「それは、本当なのか?」
 暫くの沈黙を破って、親分が叫んだ。
   「あっしは幽霊です、死んで何故に嘘をつきましょうか」新三郎の演技である。
 親分が急に又五郎の棺桶に向かって頭を下げた。
   「又五郎、許してくれ、みんなわしの所為だ、わしが馬鹿だったばかりに、あたら若い命を無駄に奪ってしまった」
 親分は、女房に言い寄ったと聞かされて指を詰めさせた男たちを奥の座敷に連れていった。
   「何故、本当の事を言わずに指を詰めた」
   「それは、姐さんの立場が悪くなると思いやして」
   「そうか、庇ってやってくれたのだな」
   「へい」
   「だが、女房の性悪さを思い知らされた」
 親分は子分達に詫び、女房に離縁状を書く決意をした。  

   「親分さん、わいらはこれで失礼します」
   「ちょっと待ちなさい、礼金をまだ払っていないぞ」
   「礼金など要りません」

 この日から十日目の早朝、この親分と里に戻っていた元女房が、何者かに殺害された。又五郎の二歳違いの弟半五郎が、兄の仇を討ったのだと噂されたが、定かではない。
    
  第三十四回 又五郎の死(終) -次回に続く- (原稿用紙16枚)

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「第十七回 三太と新平の受牢」へ
「第十八回 一件落着?」へ
「第十九回 神と仏とスケベ 三太」へ
「第二十回 雲助と宿場人足」へ
「第二十一回 弱い者苛め」へ
「第二十二回 三太の初恋」へ
「第二十三回 二川宿の女」へ
「第二十四回 遠州灘の海盗」へ
「第二十五回 小諸の素浪人」へ
「第二十六回 袋井のコン吉」へ
「第二十七回 ここ掘れコンコン」へ
「第二十八回 怪談・夜泣き石」へ
「第二十九回 神社立て籠もり事件」へ
「第三十回 お嬢さんは狐憑き」へ
「第三十一回 吉良の仁吉」へ
「第三十二回 佐貫三太郎」へ
「第三十三回 お玉の怪猫」へ
「第三十四回 又五郎の死」へ
「第三十五回 青い顔をした男」へ
「第三十六回 新平、行方不明」へ
「第三十七回 亥之吉の棒術」へ
「第三十八回 貸し三太、四十文」へ
「第三十九回 荒れ寺の幽霊」へ
「第四十回 箱根馬子唄」へ
「第四十一回 寺小姓桔梗之助」へ
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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第三十三回 お玉の怪猫

2014-08-27 | 長編小説
 鞠子宿(まりこしゅく)に入った。コン太は三太の懐の中だが、決して眠らせてもらえないために不機嫌である。
   「鞠子宿は寂しい宿場やなあ」
   「うん、旅籠も少ないし、店も少ない」
 次の府中宿は大きな町で、駿府(すんぷ)城の城下町である。駿府城は徳川家康が隠居して居住した城で、江戸、大坂に次いで大きな町である。

   「新平、府中宿の方から、馬が走ってきよるで」
   「まさか、おいら達に用があるのと違うでしょうね」
   「うん、まだ府中へは行ってないものな」
 あんなのに蹴られたら死んでしまう。うろちょろしていて無礼討ちにでもされたらつまらない。コン太のように叢へ寝転んでやり過ごそうと話し合った。

   「三太どの、三太どのと新平どのであろう、そこに隠れたのは」
   「へ、別に隠れているわけやおまへんけど、何でわい等の名前を?」
   「他藩の者から聞いている、拙者は駿府の重役、大久保彦三郎が家臣、逸心太助と申す」
   「あの、魚屋の一心太助?」
   「魚屋ではない、これでも武士の端くれだ」
   「えらいすんまへん、あの一心太助さんの親分は、大久保彦左衛門様だした」
   「人違いか?」
   「へえ、さいだす」
   「そうか、そなた達を霊能者と見込んで頼みがあり迎えに参った」
   「頼みとは?」
   「屋敷に憑いた化け物を退治して貰いたい」
   「げっ、化け物、わい等は旅を急ぎますので、他の霊能者へ…」
   「それが、そうはいかないのだ、色々肩書を持つ者にお祓いなどして貰ったが、埒があかない」
   「化け物やて、唐傘だすか、提灯だすか?」
   「それが、化け猫で御座る」
   「それでは、わい等はこれにてさよなら…」
   「これっ、逃げないで聞いてくれ」

 話はこうである。彦三郎の一人息子彦四郎は、女癖が悪くて、町で気に入った娘を見つけると、無理矢理に屋敷に連れ込み、飽きると捨てる。一ヶ月前に、町でお玉という娘を見染めて、「私には許嫁がいます」という娘を、「腰元として雇い、行儀見習をさせる」と屋敷に連れ込んだ。お玉は一年という約束で屋敷勤めを承知した。お玉の両親も、お武家のお屋敷で行儀見習いができると喜んで娘を差し向けた。お玉は年老いた猫を飼っており、その黒猫と共に大久保の屋敷に上がった。
 
 それから一ヶ月間は彦四郎は手出しをしなかったが、一ヶ月後の夜、我慢が出来ずにお玉を自分の褥(しとね)に連れ込んだ。お玉は武士の娘ではなかったが、護身の為に懐に匕首を忍ばせていた。
   「私には末は夫婦と誓い合った殿方がいます、それ以上私に近付くと、喉を突いて死にます」
 武士の娘のように覚悟を見せた。彦四郎は構わずにお玉の上に覆い被さり、その弾みでお玉は喉を突き、血しぶきを上げて息絶えた。

 その時、お玉が可愛がっていた黒猫が、お玉が流した血の海に踏み入れ、お玉の血をペロペロと舐めた。

   「キャー怖い」
 三太が音を上げた。新平は腰を抜かしてその場にへたりこんだ。
   「あきまへん、やめてください、わいも腰が抜けます」
 
 逸心太助は、なおも話を続けた。黒猫はその場に倒れているお玉の体を跨ぐと、彦四郎を睨みつけて何処ともなく去り、消息はぱったり消えてしまった。

   「怖い、もう止めて」
 新平は泣き出している。

 ある日の真夜中、彦四郎が目を覚ますと、障子に女の影が写っている。
   「お玉か、迷って出たな」
 彦四郎が、刀掛台から左手で長刀を掴み刀の柄に右手をかけると、足で障子を開いた。障子に映る影は消え、女の姿はない。廊下に出てみたが、やはり姿はかき消えて雨戸はぴったり閉まっていた。
   「おのれお玉、姿を現せ、八つ裂きにしてやるわ」
 部屋に戻ると、消していた筈の行灯に火が入っている。その行灯に黒猫が頭を突っ込んで「ピタピタピタ」と油をなめている。
   「化け猫め、この彦四郎が退治してやる」
 黒猫めがけて刀を振り下ろすと、猫の姿も行灯のあかりも消えて、行灯が真っ二つに裂け、油が流れでた。こんなことが幾日か続き、彦四郎は夜も眠れないようになってしまった。昼間は死んだように眠り続けるが、夜になると刀を握ったまま、空(くう)を睨にらんで「ぶつぶつ」独り言を呟く。食事も碌に摂らないので、家来が食事を進めようと近づけば、「おのれお玉」と斬られそうになる。
 父、大久保彦三郎は、祈祷師などを呼び寄せたが、大金を取るだけ取って、いい加減な祈祷でお茶を濁すばかりであった。

   「三太どの、この通りだ、化け猫を退治してくだされ」
 太助は、幾度も頭をさげた。
   「嫌や、怖いもん」
   「怖い、怖い」
 太助は、腰の大小を抜き、地面に並べると、つま先を立て開脚し座り込んだ。
   「このままではおめおめと戻れぬ、三太どの介錯を頼む」
 と腹を曝け出し、大刀を手に取ると三太の手に渡そうとした。
   「あのなー、子供に介錯が出来る訳ないやろ」
   「それでは、切っ先を拙者の左胸に向け、その辺りから突進してくれ」
   「嫌や、そんなことしたら、わいは侍殺しでお縄になり、首を撥ねられますわ」
   「では、構わぬ、拙者が切腹して七転八倒しておっても、見捨てて去ってくだされ」
   「うん、わかった」
   「三太どの、足を止めて済まなかった、許してくれ、さらばに御座る」
 太助は、小刀を両手で持ち。切っ先をわが腹に向けて腕を伸ばした。その腕を、力を込めて曲げようとしたとき、動作がピタリと止まった。
   「三太、もう太助さんを虐めるのは止めなさい」
 新三郎が切腹を止めたようであった。
   「虐めていないもん、本当に怖いのや」
 太助は止まったときの姿勢のまま、横に「コテン」と倒れた。
   「化け猫の対処は、あっしがやりますから、三太達は大久保の屋敷で「安倍川餅」でも食べながら待っていてくだせえ」
 安倍川餅はこの辺りの名物である。

 太助の気が戻った。
   「ここは、冥土なのか? 冥土というところは、こんなにも明るいところなのか」 
   「ばーか、わいを試したくせに」
   「それは何故に?」
   「わいが刀を持った手を止める前に、自分で止めていたやろ」  
   「ばれましたか」
   
 主人の大久保彦四郎は憎めても、この男はどうしても憎めない。結局、新三郎に従うことになった。
   「新さん、この男のいうこと、どこまで本当やろか」
   「嘘は言っていませんぜ」
   「そやけど、あの可愛らしい猫が化けるやろか」
   「それもないでしょう」 
   「ほんなら、彦四郎が嘘をついているのですか?」
   「幻覚でしょう、幻覚を見る程も、お玉を死なせた自分を責めているのだと思います」
   「何から手をつけましょうか」
   「まず、黒猫を探しましょう、老衰しているようだが、まだ生きているかも知れません」
   「どうやって探すのや?」
   「コン太に任せましょう」

 大久保の屋敷に着いた。彦四郎に逢おうとしたが、刀を振り回して人を寄せ付けない。新三郎が指示する。
   「誰かが切られてはいけない、刀を取り上げましょう、装飾用の刀剣を持ってくるように言ってくだせえ、床の間に飾っている刀の中身は竹光でしょ」
 竹光の刀はあったたが、彦四郎が自分の刀を手放さない。厠までも持ち込んでいる。そこで仕方なく新三郎がチョンの間、失神させることにした。
   「刀が軽くなったのも気がつかないらしい」
 新三郎が笑っている。
   「さあ、次は黒猫を探そう、屍かも知れんぞ」
 三太がコン太を懐から出して歩かせた。
   「コン太、猫は知っているやろ、座敷に下りて探してくれ」
 コン太は、キョトンとして立っていたが、突然においを嗅ぎはじめた。
   「わかったのか?」
 コン太は、厨を指して走って行った。
   「干し魚の臭いでも嗅いだのとちがうか?」
 だが、すぐに姿を消した。外へも出ていない。一体何処へ消えたのかと不思議に思っていると、厨の床が開いている部分があり、床下に味噌樽、醤油樽、漬物樽などが並んでいる。その樽と樽の間に隙間が開いている部分がある。そこからコン太が飛び出してきた。
   「コン太、どうしたんや」
 三太が下におりて、隙間を覗いてみると、目が二つ、キラリと光っている。黒猫が死期を覚り、蹲っているのだ。気力はないが、目だけは爛々としている。
 錆びついた鍵を壊し、床下に入る鉄格子を開けてもらい、三太は黒猫に水を飲ませてみた。黒猫は美味そうにペチャペチャと三口、四口舐めると、眠るように死んでいった。
 黒猫の屍は、お玉が眠る墓を見下ろす山の斜面に埋葬した。

 彦四郎は、新三郎が憑き、お玉の霊を演じた。
   「私は自害しました、けれど、そうさせたのは彦四郎さまで御座います、ですが、お玉は彦四郎さまを恨みますまい、他の女をお玉の二の舞いにしない限りは…」
 
 お玉と言い交わした男の心を読むと、お玉の妹にお玉を見ていることがわかった。
   「お玉は、貴方様を今もお慕いしています、ですから私は妹と一心同体となり、貴方様と添い遂げたいと思います」

 夢か現か幻か、男はお玉の姿が見えたように思えた。声も聞こえたと思い込んだ。しかし、声ではない。新三郎の心が、男の心に直接伝達した思いだ。
   「お玉、お玉は戻って来てくれるのか? 妹の中に」
 男は、お玉の妹を愛しく思った。


 三太は、大久保彦三郎の前に出た。
   「彦四郎さまは、もう大丈夫だす、日に日に良くなられるでしょう」
   「忝ない、よくぞ化け猫を退治してくれた」
 退治したのではない。葬ったのだ。三太はそう言おうとしたが止めた。
   「謝礼は如何程であるか?」
   「わいは要りません、それはお玉さんの仏前にお供えになり。お玉さんのご両親に頭を下げてあげてください。彦四郎さまがお元気になられましたらご一緒に…」
   「必ず」

 こんなことで、二泊もしてしまった。しかも、大久保の屋敷で安倍川餅など出なかった。
   「府中宿まで行って、自分で買って食べなさい」
 新三郎はそっけない。せめて、黒猫を見つけたコン太にはご褒美をと、畦道の木から青い実を一つ採ってコン太に食べさせた。コン太は喜んで青い実に齧りついた。
   「どないしたのや、吐き出したりして」

 どうやら渋かったらしい。それ以後、木の実を与えるときは、三太が一口食べてからでないと食べなくなった。
   「わいに毒味させとるのや、こいつ」

  第三十三回 お玉の怪猫(終) -次回に続く- (原稿用紙15枚)

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第三十二回 佐貫三太郎

2014-08-24 | 長編小説
 時は飛んで、信州(信濃の国)は、早くも秋の風情に染まり初めていた。佐貫三太郎は、義父慶次郎存命の折には上田藩候の父である隠居の主治医を兼ねた町医者をしていたが、義父亡きあと、上田藩士となり、士席藩医として、一般武士や、町人である使用人の病を担当する一方、義父の役職であった与力も兼ねていた。

 三太郎が馬に乗って、弟子の佐助に手綱を取らせて帰宅した。
   「母上、三太郎ただ今戻りした」
 佐貫家の役宅である。
   「先生、お帰りなさいまし」
 弟子の三四郎が飛び出してきた。続いて妻の佳代が赤子を抱いて迎えにでた。
   「旦那様、お帰りなさいませ、今日、慶介が伝い歩きをしましたのよ、褒めてやってくださいな」
   「おお、そうか、慶介でかしたぞ」

 奥から義母の小夜が出てきた。
   「三太郎お帰り、江戸の福島屋亥之吉という方からお手紙がきていますよ」
   「何だろう? 何かあったのかな?」
 手紙は、元小諸藩士の件であった。十四年前、上司の不正を被り、詰め腹を切らされた藩士の子息が藩を追放されて浪々の身にある。なんとか救ってやることが出来ないかとの相談である。
   「亥之吉め、わしの性格を見抜いたうえの相談だな」
 弟子が、厩(うまや)に馬を繋ぎに行くのを「ちょっと待て」と、止めて三太郎は再び馬に跨った。
   「ちょっと小諸藩まで行ってくる、後を頼むぞ」
 三太郎が駆け出そうとしたところを、妻の佳代が引き止めた。
   「旦那様、小諸へお出かけでしたら、私の実家に寄って、弟たちの古着を沢山戴いたお礼を言ってきてくださいな」
   「何だ、使い走りか」

 佳代の実家は、小諸藩士で、佳代が長女で下に十歳を頭に三人の弟がいる。彼等が小さい頃の着物を母が丁寧に保存をしていたのを、佳代がお願いして頂いたものだ。佳代の母は、先様に失礼になりませんかと心配していたが、三太郎が行ったときに「喜んで頂戴します」と言ったので、後日、届けてくれたものである。

 小諸城に着くと、丁度義父田崎策衛門が下城するところであった。三太郎は義父を馬に乗せ、自分は手綱をとって歩いた。
   「父上、小諸藩士で、十四年前に切腹なされた山村堅左衛門という勘定方のお侍をご存知ですか?」
   「存ずるも何も、拙者の無二の親友で御座った」
   「それでしたら、話が早う御座います、そのご子息の堅太郎殿が江戸の友人宅にご滞在中です」
   「そうか、堅太郎が無事であったか」
   「はい、お元気の模様です」
   「妻は夫を恥じて、拙者が訪ねる前に早まって自害しおったが、八歳の堅太郎は屋敷を追われて行き方知れずになっておったのだ」
 義父策衛門が当時の勘定奉行の目を盗んで堅太郎を探させたが、行方は知れなかった。
   「婿殿、堅太郎に拙者の屋敷に来るように言ってくださらんか」
   「はい、承知しました」
   「堅太郎が仇と狙うべき当時の勘定奉行は、出世して幕閣に納まり手が届かないが、もし罪でも犯して小諸藩に戻されることでもあれば、拙者は藩侯に申し出て、堅太郎に仇を討たせようと思う」
   「では、山村堅太郎殿を呼び寄せますので、父上、宜しくお願い申し上げます」
 話しながら妻の実家義父田崎策衛門の屋敷に着いた。
   「婿殿、ちょっと寄って行かぬか?」
   「慶介を連れずに私だけ寄ったのでは、田崎の母上に叱られてしまいますよ」
   「ははは、さもあらん、またこの次に致すか」
   「はい、父上」
 三太郎は義父田崎策衛門を門前まで送り届けると、馬に跨って帰っていった。
  
   「母上、佳代、ただいま戻りました」
 佳代が出てきた。
   「旦那様、実家の母上にお礼を言ってくださいましたか?」
   「いえ、父上に申しておきました」
   「あら嫌だ、お父様にそんなことを話したのですか?」
   「わしだけが逢いに行ったら、田崎の母上に叱られてしまいますよ、なぜ慶介を連れて来なかったと」
 小夜が笑いながら顔を出した。
   「先様も、初孫ですものね、その点、私は一日中慶介と遊んだり、お風呂に入ったり、おむつを替えたり、有り難いことです」
   「あら、何だか慶介をお母様に押し付けているようじゃありませんか」
   「いいえ、押し付けて貰って、感謝しているのですよ」
   「やっぱり、押し付けられていると思っていらっしゃるのですね」

 三太郎は、弟子達と顔を見合わせた。
   「何処でも、嫁と姑というものは、諍うものなのだよ」
 小夜と佳代の耳に届いたらしい。
   「まあ、私を鬼嫁みたいに言わないで頂けます」
   「そうですよ、私は意地悪の姑ではありませんからね、ね、佳代さん」
   「はい、お母様」

 また三太郎が囁いた。
   「仲が良いのやら悪いのやら、正体が掴めない」
 また、聞こえてしまった。
   「正体だなんて、私はお化けではありません」佳代が言うと、
   「わたしも、首が伸びたりしませんからね」小夜も負けずに言う。
   「あら、そうだ、お母様の首が伸びるので思い出しましたが…」
   「伸びません!」
   「首を長くして待っているのですが、鷹之助さんはまだお帰りにはなれませんか?」
   「あと一年はダメでしょう」三太郎が答えた。
   「早くお逢いしたいわ、さぞかし初々しくて、お父様に似たいい男振りにおなりでしょうね」
   「いいえ、鷹之助は私に似ております」
   「あらま、そうですか?」
   「何です、そのがっかりしたような返事は…」
   「また、始まった」

 そこで奥から「大奥様、お食事のご用意ができました」と、女中の声。
   「あの大奥様っていうの、何とかしたいわね」
   「と、仰いますと」
   「例えば、私が奥様で、佳代さんのことは若奥様と呼ばせるとか…」
   「いいえ、慶介もそろそろ物心がつきます、ちゃんとお婆様と呼ばせるので、使用人にもそう呼ばせましょう」
   「もうお止しなさい、味噌汁が冷めてしまいます」
 三太郎はそう言って止めたが、本心は面白いので、もっとやらせたいのであるが…


 更に時は飛んで、ここは江戸京橋銀座の雑貨商福島屋亥之吉のお店(たな)である。亥之吉の女房お絹が、店で働いていた亥之吉に声をかけた。
   「あなた、信州の佐貫三太郎さんからお手紙がつきましたよ」
   「さよか、待ってましたんや」
 亥之吉は手紙を読んで、小躍りをして自分のことのように喜んだ。荷運びの手伝いをしていた山村堅太郎を呼び寄せ、手紙を見せた。堅太郎は、涙を流して手紙を読んでいたが、いきなり土下座をして亥之吉に礼を述べた。いや、チビ三太と亥之吉と見知らぬ佐貫三太郎に礼を言ったのだ。
   「堅太郎さん、お前さんは武士だす、無闇に町人に土下座などしてはいけまへん」
 父上の仇討ちこそ出来ないが、お家を再興して父を慰めることが出来る。読み書きは父に学び人並みにできるが、勘定方の仕事は何も出来ない。他人より二倍も三倍も努力して、早く父に追いつきたい。涙と土下座の意味は、その決意の表れであったのだ。
 翌日、支度をして信州の小諸を向けて旅たった。別れ際に、餞別と店を手伝って貰ったお給金と、五両の小判を懐紙に包んで亥之吉から貰った。明日は晴れて中山道追分宿を経て北国街道へ入り、懐かしい浅間山の麓、小諸へ直行である。

  -小諸馬子唄-

   ◎浅間根越しの 焼野の中で あやめ咲くとは しおらしや

   ◎小諸出てみろ 浅間の山に 今朝も煙が 三筋立つ

   ◎浅間山さん なぜ焼けしゃんす 裾に三宿(追分宿、沓掛宿、軽井沢宿) 持ちながら


 時はもどる。三太と新平は、まだ岡部宿あたりでうろちょろ。
   「ほれ、コン太、叢で遊んでこい」
 地面に下ろしてやったが、コソコソっと木影に入ってコテンと寝てしまった。
   「こらっ、寝たらあかん」
 コン太は三太を逃れて叢に飛び込むと、姿が見えなくなってしまった。
   「あいつ、やけくそになっとる、野犬に食べられても知らんぞ」
 コン太を放って行くふりをしても反応がない。「コン太出て来い」と三太が叫んでも知らぬふり。
   「コン太、そんなところで寝とったら、野犬に食われてしまうぞ」
 言葉の意味が解ったのか、コン太は叢から飛び出して来て、三太に追いつくと前に行儀よく座った。
   「コン太、山に帰っても、お前のおっ母ちゃんは、お前を自分の子供だと迎えてくれへんで」
 三太のお説教が続く。
   「コン太がもっと大きくなって、鼠くらい捕れるようになったら山へ放してやるから、今はまだわいの言うことをよく聞いて、わいから離れないようにしいや」
 コン太は大人しく聞いているようだ。
   「な、コン太わかったな」
 コン太は少し頷いたように見えた。
   「ほんまに分かったのか?」
 コン太は、反省しているように見えた。
   「わかったらそれでええ、ほな、行こうか」
 反応がない。
   「何や、座ったまま寝とる」

  第三十二回 佐貫三太郎(終)-次回に続く- (原稿用紙13枚)

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第三十一回 吉良の仁吉

2014-08-21 | 長編小説
 清次郎はお見合いに出かけて留守であったが、迎えに来た村長の使用人は気が気でなく、清次郎が出かけた先を尋ねて一刻も早く逢おうと足を運んだ。
   「いょっ、仁吉じゃないか、こんな処まで旦那さまのお使いか?」
   「清次郎に逢いに来たのだ」
   「えっ、俺に?」
   「そうだ、お前に戻って貰いたい」
   「何処へ? 村長のお屋敷にか?」
 清次郎は意外そうであった。 
   「俺はクビになった身だ、どうして?」
 仁吉は、一部始終を話して聞かせた。清次郎は、仁吉の話を聞いて憤りさえ覚えた。
   「それは無理というものだ、俺はお嬢さんに惚れてなどいないし、常に距離をおいて仕えてきた」
   「旦那様は、身分に拘る厳しいお方だから、わし達はお嬢さんを好きになってはいけないものと常に距離を置いていたなァ」
   「そうだろ、俺はお嬢さんの婿になろうなんて夢にも思わなかった」
 強がりでも何でもない、清次郎の正直な思いである。清次郎は続ける。
   「真面目に、一生懸命仕えてきたのに、お嬢さんが俺に好意をもったからと、紙くずでも捨てるように追い出されたのだ」
   「それと…」
 清次郎は続けようとして、止めてしまった。自分の中で言ってはいけないことと封じていたことだ。
   「清次郎、俺に言ってもいいぞ」
   「いや、止めておく」
   「では、俺が言ってやろう」
 仁吉は、知っていた。
   「お前が旦那様に責められたとき、お嬢さんは自分の片思いであることを告げず、庇うこともしなかった」
   「俺はそのことでお嬢さんを恨んでなどいない」
 清次郎がお払い箱になろうとしても、お嬢さんは一言も言わなかった。仁吉もその場に居たから、憤りを覚えたものだ。
   
   「では清次郎、戻る気はないのか?」
   「はっきり言おう、その気はない」
 清次郎が見合いをした先は、見合い相手の娘も、その両親や祖父母にも清次郎は気に入られ、清次郎もまた快く養子縁組を受け入れたのだった。
 明後日にも結納がとどく段取りになっている。清次郎も、この善き人々の為に、身を粉にして働き、生涯を賭けて護る決心をしたところだ。
   「仁吉、お前には無駄足を踏ませてしまったが、わかってくれ」
   「そうか、俺も男だ、くどくどは言うまい」
 だが、仁吉はお嬢さんが不憫であった。戻って何と報告しようかと考えてみても、よい思案などない。帰り道、突然仁吉の目前の景色が潤んだ。大粒の涙がハラハラと落ち、草鞋に吸い込まれて消えた。

 仁吉は、ありのままを報告した。村長は怒りを露わにして、仁吉を叱りつけた。
   「この役立たずが、どうして縄で縛っても連れ戻さなかった、これで娘が死んだら、どうしてくれる」
   「申し訳ありません」
   「ええい、お前の顔など見たくもないわ、クビだ、即刻出て行け! 清次郎はわしが刀にものを言わせても連れ戻す」
 仁吉は、そこに居た三太にも頭を下げて、再び主人に向いた。
   「旦那さま、仁吉は只今出て行きます、その前に言わせてください」
   「なんだ、給金か?」
   「旦那様、お嬢様がこのようなことになられたのは、旦那様のその傲慢さが原因ではありませんか」
   「使用人の分際で何をぬかすか」
   「仁吉は、たった今、クビになりました、使用人ではありません」
   「娘は、狐の霊にとり憑かれたのじゃ」
   「いいえ、それは違います、三太さんの前ですが、お嬢さんは狐憑きではありません」
 たとえ三太が妖術を使う御食津神で、狐が憑いていると言われても、娘をここまで怯弱にしたのは、狐に憑かれた所為ではなく父親の傲慢さにあるのだと言う。娘は自己を抑えて、その不満を内に向ける為に、不満が溜りに溜まって自分を攻撃するようになったのだと仁吉は自分の意見を曝け出した。
   「三太さんは、お嬢さんと清次郎を添わせてやろうと一芝居打ったのです、そうでしょう三太さん」
   「ばれていましたか、その通りだす」
 村長は怒りだした。
   「どいつもこいつもわしを誑(たぶら)かしやがって、三太、お前はわしから大金をせしめる積りであったな」
   「そうや、千両箱一つ位にはなると皮算用した」
   「三太さん、御免」
 仁吉は、三太の冗談を本気にしたらしい。
   「嘘や、金儲けの積りはない、仁吉さんのお嬢さんを思う気持ちに、絆されたから来たのです」
 仁吉は、もう一度村長に向って言った。
   「お嬢さんの命はあなた次第です、その傲慢さを改めなければ、お嬢さんは本当に亡くなるでしょう」

 仁吉はクビを覚悟していたようだ。自分の荷物はまとめられ、小さな風呂敷に納まっていた。
   「三太さんと新平さん、帰りは藤枝まで駕籠でお送りしますと言ったのに、こんなことになり申し訳ありません」
   「わい等が駕籠に乗るときは、拐かされたときだけだす、なあ新平」
   「うん、金平糖落としたし」
   「金平糖?」
   「いえ、こっちの話だす」
   「それでは、その辺まで一緒に行きましょう」

 三人で歩きながら、三太がぽつりと言った。
   「仁吉さん、これからどうするのです」
   「わしは三河の国、吉良の浪人の倅で、太田仁吉ともうします」
   「お侍さんでしたか」
   「故郷に戻り、改めて身の振り方を考えます、多分、堅気を逸れて、任侠の世界に身を投じることでしょう」
   「憧れの侠客は居るのですか?」
   「勿論、清水の次郎長親分ですよ」
   「そおかあ、わいもだす」

 三太は、仁吉が給金を貰っていないのを思い出した。
   「仁吉さん、博打は強いのですか?」
   「いいや、やったことはありません」
   「わいと組んで、一稼ぎして帰りませんか?」
   「恥ずかしながら、わしには元金がありません、全くの文無しです」
   「貰ったものですが、ここに二両あります」
   「如何様をするのですか?」
   「神の力を借りるので、やっぱり如何様かな?」
   「いいですよ、これから遊侠の世界に身を投じようとするわしです、教えて貰えば何でもします」
 
 田中城の城下町、藤枝で賭場を探した。探すと言っても、遊び人風の男に尋ねると一発で教えてくれた。ここでも新三郎の活躍で、あっさりと二十両を手に入れた。勝って戻りぎわ、金を取り戻そうと追って来た男達に取り囲まれたが、仁吉はあっと言う間に追い返してしまった。
   「仁吉さん、強かったなあ」
   「あれは、わしの力ですか? 違うでしょう、わしは三太さんに護られているような気がしていましたよ」
   「いえ、仁吉さんの実力で、すごい度胸の良さの勝利だす」
   「本当かなあ」
   「ほんとうです、わいは何もしていまへん」
   「では、そう言うことにしておきましょう、元手の二両が二十両になりました」
   「元手の二両は、わいに返して貰って、残りは仁吉さんのものです」
   「せめて、折半にしましょうよ」
   「子供が大金をもっても、碌なことがありまへん」
   「そうですか、では有難く頂戴します、またいつか何処かで逢えるのを楽しみにしています」
 
 太田仁吉と別れて街道を往きながら三太は考えた。
   「ちょっと待てよ、わいは仁吉さんの遊侠の世界入りに、背中を押してしまったかな?」
   「ヤツの度胸の良さが、身を滅ばさなければいいのですが…」
 新三郎も気掛かりのようであった。


 仁吉は、この後清水次郎長一家に草鞋を脱ぎ、やがて三州吉良へ戻って「吉良一家」を構えたが、二十八歳の時に、荒神山に於いて鉄砲で撃たれて亡くなっている。後の世に、こんな歌が流行るのだが、この時の三太達には知るすべもなかった。

    海道名物、数あれど  三河音頭に打ち太鼓
    ちょいと太田の仁吉どん  後ろ姿の粋な事 

    嫁と呼ばれてまだ三月  ほんに儚(はかな)い夢のあと
    行かせともなや荒神山へ  行けば血の雨、涙雨


 コン太の機嫌が悪い。三太に近寄る人があると、歯を剥きだしている。眠いのに寝かせて貰えないからだ。
   「その代わりに、軍鶏(しゃも)の肉を買ってやるからな」
 藤枝の城下町をぶらぶらしていると、お菓子屋があった。
   「金鍔(きんつば)を買う」
   「おいらは、芋羊羹がいい」
 コン太が金鍔の臭いを嗅いで、がっかりしたように「ぷい」と、横を向いた。
   「なんや、軍鶏の肉と違うやないか」
 とは言わなかったが、それらしい文句を言っているようだった。

   「あった、あった、あのお店に「かしわ」と書いた看板が出ている」
 軍鶏の生肉と、焼き鳥を売っている。
   「おっちゃん、この子が食べられるように、軍鶏の肉を細かく切ってほしいのやけど…」
 コン太を見せた。
   「あいよ、どれくらい要る?」
   「二十匁(もんめ=75g)でも多い位やけど、ややこしいやろか」
   「可愛い仔犬の為だ、わけて上げましょう」
   「その代わり、焼き鳥を二串貰うわ」
   「へい、有難う」

 歩きながら軍鶏の串焼きを食べていると、コン太が懐から「呉れー」と前足を伸ばす。
   「コン太は、こんな塩辛いものを食べたらあかん」
 三太たちが焼き鳥の匂いをさせて食べているので、コン太はどうにも我慢ができない。体ごと懐から出てきて、よじ登ってくる。
   「しゃあないなあ、軍鶏(しゃも)の肉食わせてやるわ」
 コン太を地面に下ろして、腰からお椀を外すと、さっき買った肉を入れてやった。コン太は息つく間もなく「ペチャペチャ」と、平らげてしまった。更に、お椀を舐め続けるとお椀が逃げて、お椀ごと溝に落ちてしまった。
   「よう落ちるヤツや」

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「第十四回 舟の上の奇遇」へ
「第十五回 七里の渡し」へ
「第十六回 熱田で逢ったお庭番」へ
「第十七回 三太と新平の受牢」へ
「第十八回 一件落着?」へ
「第十九回 神と仏とスケベ 三太」へ
「第二十回 雲助と宿場人足」へ
「第二十一回 弱い者苛め」へ
「第二十二回 三太の初恋」へ
「第二十三回 二川宿の女」へ
「第二十四回 遠州灘の海盗」へ
「第二十五回 小諸の素浪人」へ
「第二十六回 袋井のコン吉」へ
「第二十七回 ここ掘れコンコン」へ
「第二十八回 怪談・夜泣き石」へ
「第二十九回 神社立て籠もり事件」へ
「第三十回 お嬢さんは狐憑き」へ
「第三十一回 吉良の仁吉」へ
「第三十二回 佐貫三太郎」へ
「第三十三回 お玉の怪猫」へ
「第三十四回 又五郎の死」へ
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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第三十回 お嬢さんは狐憑き

2014-08-19 | 長編小説
 コン太は、三太の前に座り、三太の顔を見て「くぅん」と甘えて鳴いた。
   「あかん、懐に入れたら寝てしまうやろ」
 昼間は寝かせないようにしなければ夜が煩い。コン太を置いて発とうとすると、コン太がピクンと何かを感じたようであった。首を上に伸ばして、耳を動かしている。
   「コン太、どうした?」
 再び三太の顔を見ると、農道を山裾に向けて走り出した。時々止まっては振り返り三太を見て、付いてきているのを確認すると、また駆け出した。
   「コン太、早く走れるのやなあ、ちょっと休憩や」
 コン太が戻ってきて、三太の着物の裾を噛んで引っ張る。
   「休憩もさせへんのか、これでうんこするだけやったら怒るで」
 だが、三太の耳にも「ケィーン」と、狐の仲間を呼ぶ鳴き声が聞こえた。

 若い狐が罠にかかっていた。金具に足を挟まれて、逃げようと暴れていたが、暴れる程に金具は足の傷を広げていた。
 罠にかかった狐にコン太が近付くと、狐は白く尖った歯を剥いて寄せ付けなかった。三太が近付くと暴れまわり、手の打ちようがない。
 コン太は、若い狐の前にきちんと座り、暫くの間「クウンクウン」と、甘えるように鳴いていると、若い狐は急に大人しくなった。コン太が近付き、傷口を舐めても、歯を剥かず、暴れもしなくなった。
   「コン太、何を言うたのや?」
 コン太は、三太に何も伝えないが、若い狐を助けてやってくれと言っているようであった。三太は若い狐にそっと近付くと、狐は足を屈めて地上に這いつくばった。
   「そっか、それがお前の服従の姿勢か」
 三太が罠を外してやろうとしたところ、山の方角から男が走り寄ってきた。若い狐は再び暴れだした。
   「こら、わしの罠に掛った狐を盗む気か」
   「いいや、わいは稲荷神や、この子を助けに来た」
   「何が稲荷神だ、コソ泥の癖に」
   「ほんなら、この子を買います、何ぼで売ってくれる?」
   「狐は、二百文で売れるのだ、子供がそんな大金を持っていないだろう」
   「よし、一朱で買って、この子は逃がしてやる、文句はなかろう」
 三太は懐の巾着から一朱銀を一枚取り出して、男に渡した。
   「わかった、売ってやろう、だが手傷を負った狐をお前の手で罠を外してやれるかな」
   「外せるとも、わいは稲荷神やと言うたやろ」
 三太が罠に繋った狐に手を差し出すと、狐は大人しく、為すがままになっている。狐の足を締め付けていた罠を外してやると、小川に連れて行き、傷口を綺麗に洗ってやった。更に、三太の背中の荷物から傷に効く軟膏を取り出して塗ってやった。
   「もう、里へ出て来るなよ、怖い罠が仕掛けられているからな」
 若い狐は、傷ついた方の足を引き摺りながら、山を目掛けて逃げていった。途中一度止まって、後ろを振り返ったが、再び走り始めると、二度と振り向かなかった。
 
 罠を仕掛けた男は、その一部始終を見て首を傾げている。「このガキは、只者ではないな」と、感じたからだ。
   「おっちゃん、無闇に狐を
殺して、祟られんようにしいや」
   「どうすれば、祟られない?」
   「商売やから仕方がないけど、偶には稲荷神社に参ってや」
 男は少し考えていたが、思い切って三太に打ち明けた。
   「わしの田畑は場所が悪くて秋になっても痩せて稔らないところが多いのじゃ」
 一生懸命に働いているのに、年貢を納めれば、家族が食う分にも足りなく、借金が増える。偶に掛かる猪や狐で得た収入で、その借金を返しているのだと言う。

 三太は、どう答えてやろうかと守護霊の新三郎に尋ねてみた。
   「あっしが代わって答えやしょう」
 
 新三郎が、男に語りかけた。
   「おっちゃん、そう言いながらも、猪や狐が捕れて何とかやっていけるから、安心しているのやろ」
 田圃の水が干上がっているところがある。罠に感(かま)けて、草茫々の畑もある。田畑を正念場と考えて、もっと大切にしなさい。稲荷神即ち、御食津神(みけつしん)は、農業の神であり、五穀豊穣のご利益があるとされる神だ。
   「もっと田畑と稲荷神を大切にしなさい」
 それだけ言うと、新平が待っているところへ戻っていった。

   「もう、遅いなあ、何をしていたのです?」
   「罠に繋った狐を助けてきたのや」
   「ふーん」
 コン太が「クゥン」と、甘え鳴きをした。
   「腹が減ったのやな、よし卵を食べさせてやろう」
 旅籠で、少し漆の剥げた椀をコン太の為に貰ってきた。懐に入れて持ち歩くと邪魔になるので、指物大工の工房で穴を開けて貰い、腰に下げている。
 コン太は、喜んで「ペチャペチャ」と、あっと言う間に食べてしまった。
   「よし行こう」
 
 島田宿から藤枝宿までは二里(約8km)である。途中、コン太が疲れて座り込んでしまった。
   「懐へ入れてやるが、寝たらあかんで」
 コン太を懐へ入れてやったが、首を引っ込めると寝てしまうので、頭だけ外に出して、左手で襟を押さえて頭を引っ込ませないようにして歩いた。それでも寝そうになったら、右手でコン太の瞼を開けて、眼に息を吹っ掛けた。
   「がぅ」コン太は、少し怒っている。
 
 歩いていると、男が叫びながら三太たちを追ってきた。
   「お稲荷さん、待ってください」

   「わい等のこと、お稲荷さんやって、稲荷寿司みたいに言いよる」
   「狐連れとるからでしょう」
 男が追いついてきた。
   「どうしたのです?」
   「わしは、島田新田村の村長(むらおさ)の使用人ですが、田吾作にお稲荷さんと逢ったと聞いてとんできました」
   「田吾作さんとは、罠を仕掛けて狐を掴まえようとしていたおっさんですか?」
   「そうそう、あの罰当たりです」
   「何か言っていましたか?」
   「いえ、聞いて欲しいのは、わしの主人のお嬢さんのこってす」
 路肩に座り込んで話を聞くことにした。その間、コン太は草叢へ遊びに行った。

 新田村の村長の娘が元気を無くして、時には錯乱状態になり、ろくに食べる物も食べられず、医者は匙を投げた。霊能力を持つ占い師を呼んで占ってもらったところ、娘には狐の霊が憑いていると言われた。そこで祈祷師を呼び、祈祷をして貰ったが、さっぱり回復は見られず、日に日に衰えていく娘を見て、両親は悩み苦しんでいるという。
   「お稲荷さんの神通力で、狐の霊をお嬢さんから追い出してくだせえ」
 男は、話しながら涙ぐむ程の主人思いである。
   「わかった、会ってみましょう」
 とは言ったものの、また後戻りかと、三太はがっくりだった。それを察知してか、男は言った。
   「お戻りのおりは、駕籠で藤枝あたりまで送らせます」

   「では、お嬢さんに逢いに行きましょ」
   「ご足労ですが、どうか宜しくお願いします」

 村長の屋敷内は、憂いが漂っていた。使いの男が村長に三太を紹介すると、子供と見て一瞬怒った表情をしたが、藁にも縋る思いからであろうか、娘の両親と三人の使用人が立会い、娘に逢わせてくれた。
 娘は、すっかり衰弱していた。痩せ衰え、目だけで三太を迎えた。
   「お嬢さん、わいは三太と言います、こっちは、わいの供で新平だす」
 娘は、頷く元気も無いようであった。
   「お嬢さんに狐の霊が憑いていると言われて除霊に来ました、狐のことなら安心してわい等に任せなはれ」
 娘は、ゆっくりと瞬きをした。これが頷く代わりらしい。
   「今から、お嬢さんの心を読みますが、宜しいですか?」
 またしても、ゆっくりと瞬きをした。

 新三郎が、娘の心を覗きにいった。記憶を辿っていくと、清次郎という名が出てきた。以前、ここの使用人であったが、村長は娘が清次郎に惚れていると分かると、さっさとクビにして、実家に帰らせてしまった。身分が違うという理由だ。
 村長は苗字、帯刀が許されているとは言え、身分は武士ではなく町人である。「何が身分だ」三太は憤りを覚えた。

 三太は両親に尋ねた。
   「最近、狐の襟巻きを手に入れましたやろ」
 お嬢さんが、それをさかんに気にしていたのだ。
   「はい、わしの父が来年還暦なので、贈り物にと買い求めました」
   「元凶はそこにおます、狐の霊は、その襟巻きに憑いてきたのです」
 新三郎からの情報をもとに、三太が即興で作った嘘である。
   「狐の霊は、取り敢えず襟巻きに戻しましょう」
 襟巻きを持ってこさせ、娘の胸元にそっと置いた。
   「狐よ、襟巻きへ帰れ!」
 三太が呪文のように呟いたところ、部屋の隅に座っていた使用人の男がばったり倒れた。新三郎と三太は、「つう」と言えば「かあ」である。三太と新三郎連携の臭い芝居が始まる。
   「あ、狐のヤツ逃げよったな」
 三太は倒れた男のところへ襟巻きを持って行った。
   「こらっ狐、ジタバタするな、わいは御食津神である」
 三太が怒鳴ると、倒れていた使用人が正気に戻り、きょとんとしている。
   「お、戻ったな」
 三太は襟巻きを自分の懐へ仕舞った。懐のコン太が驚いて、懐から逃げ出そうとしたが三太が襟を押さえていたので叶わぬと分かると、縄張りに他の狐が侵入してきたと思ったのか、怒って歯を剥きだした。
   「これ、コン太、怖れなくてもええ、仲間や」
 コン太が大人しくなって、襟巻きのにおいを嗅いでいる。
   「襟巻きは、後ほど霊を追い払ってお返しします」
 今は霊が娘から離れ、落ち着いているが、このままでは又も他の狐の霊に取り憑かれる恐れがあるが、この世の中で娘を霊から護れる男が一人だけいる。三太はそう告げた。
   「それは、誰です?」
   「わいは見たことも逢ったこともない男やが、名前は清次郎と言う」
   「清次郎? あいつが?」
   「そうです、清次郎さんの他には、お嬢さんを護れる人は居りままへん」
 逢ったこともない男の名を出した三太を、どうやら村長は信用する気になったようだ。
   「そうか、清次郎か」
 村長は溜息をついた。
   「お嬢さんの命を助けるには、その男と添わすしか手がおまへん」
 早く清次郎を呼び寄せないと、近々清次郎に縁談が持ち上がる。そうなれば、お嬢さんは狐の霊に取殺されるだろうと急(せ)かした。
   「清次郎さんには、狐の霊除けの神通力を授けたい」

 使用人に清次郎を呼びに遣ったが、行って戻ると夜になってしまう。今夜は村長の屋敷に泊めて貰うことになった。

 使用人が清次郎の家に着いたところ、清次郎は出かけて留守だった。
   「清次郎は、然(さ)る村役人に見初められて、その娘と先様のお屋敷でお見合いをしております」
 清次郎の兄が応対した。

  第三十回 お嬢さんは狐憑き(終) -次回に続く- (原稿用紙15枚)

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第二十九回 神社立てこもり事件

2014-08-14 | 長編小説
 夜が明け、三太たちが目を覚ますと三太と新平の間で丸くなってコン太が寝ていた。夜中中走り回ってふざけていたのが嘘のようである。
   「こらコン太、寝かせへんで」
 三太がコン太の瞼を抉(こじ)開けたが、眼球は微動せず、熟睡している。三太が拳でコン太の頭をコツンとすると、一瞬「わう」と、噛み付こうとしたが三太であることを確認すると、また眠ってしまった。
   「しゃあないヤツや」

 三太たちは旅籠で弁当を作ってもらったが、コン太の餌が思い当たらない。人の食べるものは、濃い塩味が付いている。コン太には食べさせられない。とりあえず鶏卵を二つ分けて貰った。

 この時代以前の人々は、「残酷だ」と、鶏卵を食べなかった。しかし、この時代になって、無精卵は元々生命が宿っていないということが知れ渡り、町の人々も食べるようになってきた。だが、養鶏は かしわ(鶏肉)の為のもので、鶏卵を得る為の養鶏でなかったことから、鶏卵は希少食材であり、高価であった。
   
   「ぼったくられたけれども、なんとか二個わけて貰った」
   「おいらたちの弁当より高いですね」
   「仕方ない、何をたべさせたらええのかわからへんから」
   「肉が手に入っても、食べやすくしてやらねばなりませんね」
   「コン吉に、詳しく訊いておけばよかった」
   「コン吉って?」
   「ほれ、わいを呼びに来た大人の狐がおったやろ」
   「親分は、動物と会話が出来るの?」
   「そうや」

 広い川原に着いた。大井川である。大井川は、通称「暴れ川」といって、雨が降り続くと氾濫して幾日も渡れなくなる。川の両岸の旅籠は「川止め」をくった旅人でごったがえす。いわば儲け時なのである。従って、旅籠賃や遊興費で文無しになる旅人も居るわけで、その人達の為に只で泊まれる仮屋が設けられていた。
   
   「おっちゃん、一人何ぼで渡してくれるのや」
 川越え人足の男に声をかけた。
   「今日は、ひとり五十文だ、あそこで木札へ買ってきてくれ」
   「日によって渡し賃がかわるのか?」
   「水嵩によって変わるのだ」
   「ふーん、子供でも五十文か?」
   「そらそうや、渡す手間は一緒だ」
   「ほんなら、両肩に一人ずつ乗せて渡ってくれるか、ほんなら二人で五十文やろ」
   「そうだなあ、よし、そうしてやろう」
   「おっちゃん、おおきに有難う」
   「二人で五十文だが、その犬も木札一枚貰うぜ」
   「わっ、こんなに小さいのをか?」
   「気に入らないのなら、その犬だけ泳いで渡らせば良い」
   「殺生や、まだ赤ちゃんなのに」
   「赤ちゃんでも犬は犬や、犬や猫は人並みと決められている」
   「そうか、これが犬やなかったらええのやろ」
   「そやな、兎とか鶏なら荷物並みに只や」
   「そうか、よかった、こいつは狐やねん、名前はコン太だす」

 川を渡っていると、となりで人足の背で渡っていた男が声をかけてきた。
   「三太さんと新平さんじゃないですか」
 どこかで見かけたような男であった。
   「どこかで逢いましたのやろか、わい等の名前を知っていなさるお方」
   「ほら、お忘れかい、今切りの渡しで助けて貰った船客です」
   「そうだすか、これは御見逸れしました」
   「確か、お江戸までの旅でしたな」
   「へえ、さいだす」
   「路銀が足りなくなったのではありませんか?」
   「あ、渡し賃値切っているところを見られてしまったようだすな」
   「はい、偶さか」
   「値切るのは、上方人の血筋だす、習性みたいなものかな?」
 
 大井川を渡れば、島田宿である。
   「おっちゃんは、何処まで行くのや?」
   「この島田へ来たのです、此処に弥都波能売(みずはのめ)神社という水の神様を祀る神社があり、わしの末娘が巫女をやっています、大井川の恵みを感謝して、こうしてお参りさせて貰っています」
   「ほんまは、娘さんの顔を見にくるのですやろ」
   「まあそういうことですわ」
   「では、わい等もお参りして行きます」
   「それは宜しいことです、是非ご一緒致しましょう」

 神社に着くと、本殿の外で人集が出来ている。三太と新平と男が本殿へ入ろうとすると、神主に止められた。
   「今、三人の巫女を人質にとって、本殿に立て籠もっている二人の賊がいます」
 賊は、巫女を縛り上げ、匕首を一人の巫女に突きつけて、五百両もの大金を要求しているのだという。役人に知らせたら、即二人の人質を殺害し、一人の巫女を人質にとって逃げおおせ、その人質も殺すと共に、社に火をつけに来ると脅しているのだ。
   「その巫女の中に、わしの娘も居ますのじゃ」
   「お父さんでしたか、申し訳ありません」神主が頭を下げた。
   「そんなことより、何としても巫女さんたちを助けねばなりません」
   「こんな神社のこと、直ぐに五百両もの大金を用意することが出来ません」
 氏子(信者)に集まってもらい、借財をお願いしているところだという。

   「その必要はおません、わいがその賊を退治してやりましょ」
 三太がしゃしゃり出た。
   「何を言うのですか、相手は屈強な男二人で、巫女が三人人も人質にとられているのですよ」
 大井川の渡しで一緒になった男が口を挟んだ。
   「このお子達は、普通の子供ではありません、今切りの渡しで、五人の海盗を撃退したのです」
   「それは凄い、どうか巫女たちの命を助けてやってください」
   「わかりました、神社に立て籠もるやなんて、罰当たりなヤツ等を遣っ付けてやります」

 三太は、一人で本殿に入っていった。賊たちは身構えたが、子供とみると怒鳴りつけた。
   「子供はこんなところへ入ってくるな、お前も殺すぞ」
   「そんなこと言わないで、わいも寄せてくれや」
   「馬鹿かお前は、これが遊びにみえるのか」
   「強盗ごっこですやろ?」
   「そう思うのなら、此処へ来てみろ、この匕首で耳朶を切り落としてやる」
   「そうか、ほんなら近くへ行くで」   
   「耳朶切り落とされてもいいのか?」
   「二個あるから、一個ぐらい無くなってもええわ」
   「何だ、このガキ、わしらを弄っているのか?」
 そう叫びながら、男はばったりと倒れた。少し間合いがあって、倒れた男が起き上がると、もう一人の男に匕首を向けた。
   「兄貴、どうした、俺だよ、仲間だよ」
   「煩い、わしはお狐様だ、お前の仲間ではない」
   「兄貴、正気に戻ってくれ、俺だ、俺だよ」
 ようやく、この男は巫女から離れた。兄貴と呼ばれた男は、尻込みする男の匕首を払い落とし、拳を鳩尾に一発ぶち込んだ。
   「う… 兄貴…」
 三太が巫女たちの紐を解いたので、その紐で伸びている男を縛り、兄貴はもう一度気を失った。その兄貴を縛ったのは三太であった。

   「この男達は、番屋に突き出してください」
 人質にとられていた巫女たちは、安堵のあまりぐったりして、男の娘は父親に縋って泣いた。
   「な、凄いでしょう、わしもこのお子等に命を助けられたのですぜ」
 娘を抱いて落ち着かせながら、男は皆に自分の手柄のように吹聴した。
 
 まだ興奮醒めやらない氏子たちを後にして、三太と新平はこっそり抜け出て、神社を後にした。

   「あれっ、あのお子たちは何処へ行かれた?」
 てんでに氏子たちが騒いでいる
   「消えてしまいましたな」
   「見ましたか、あの子の懐に狐が居ましたぜ」
   「お稲荷さんだったのかも知れません」
   「同じ神様のよしみで、退治しに来てくれたのでしょうか」
   「誰も、一言のお礼も言っていませんね」
   「ほんとうだ」

 三太達と一緒に来た男が提案した。
   「わしが後を追いかけて、礼を言いましょう」
   「でしたら、ここに二両あります、これを差し上げてください」
 神主が二両差し出した。
   「ご心配無く、それはわしがお出ししましょう」
   「有難うございます、それもこれも、お父さんのお陰と、水神さまのご加護でございます」
 
 
 コン太が「クゥン」と鳴いた。懐から出して下ろしてやると、柔らかい土を探して穴を掘りはじめた。うんちが終わると、三太の元へ戻らずに、草叢の中へ入っていった。草叢からぴょんと頭を覗かせたと思うと、姿を消す。しばらく待ってやることにした。コン太はぴょんぴょんやっていたが、漸くバッタを銜えて草叢からでて来た。誇らしげに三太にバッタを見せると、やおらバシバシっと食べ始めた。
   「コン太、凄いぞ、自分で餌が捕れるのや」
   「ほんとだ、偉い、偉い」
 何度かバッタを捕らえてきては、三太に見せてバシバシ食っていたが、満腹したのか飽きたのかバッタを食わないで玩具にしだした。態と逃がしては、跳びついて捕まえる。

 巫女の父親だと言っていた男が、三太達に声を掛けてきた。かなり早足で追ってきたとみえて息急き切っている。
   「何かまだ用がありましたのか?」
   「弥都波能売(みずはのめ)神社の神主さんに頼まれまして、これをお届けに来ました」
 男は、懐紙に包んだ小判を差し出した。
   「巫女を人質にとられ緊張が解れたとたんに心放心して忘れてしまい、礼も言わずにお帰ししたことを悔やんでおられました」
   「礼なんか、要らないのに…」
   「お礼の気持ちには到底届きませんが、どうぞ納めてあげてください」
   「ん? これは神主さんからの頂き物とちがいますね」
   「わかりますか?」
   「へえ、おっちゃんの財布から出したものです」
   「三太さんに嘘はつけませんね、やはりお稲荷さまでしたか」
   「何で?」
   「それ、懐にお稲荷さまの使いのお狐さんが…」
   「おっちゃん、間違っています、お稲荷さんの使いは白狐だす、この子は狐色の狐だす」
   「あっ、本当だ」

 路銀も、ちょっと使い過ぎたので、差し出された二両は有難く頂戴した。

 コン太は、ふところに入れずに歩かせてみた。峠の登りでは放っていかれても歩こうとしなかったコン太だが、平地と分かると、ヨロヨロと腰がぶれながらも元気よく付いて歩いた。困ったことに、草の背丈がコン太に丁度良い草叢を見つけると、腹も空いていないのにバッタ捕りに行ってしまう。三太と逸(はぐ)れたとわかると、いつまでもその場に座り込んで迎えをまっている。まだ、自分が野犬や狼の餌になることがわかっていないようだ。

   「コン太、来い」
 三太に呼ばれると、一目散に駆け出してくるコン太ではあった。

  第二十九回 神社立てこもり事件(終) -次回に続く- (原稿用紙15枚)

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「第十六回 熱田で逢ったお庭番」へ
「第十七回 三太と新平の受牢」へ
「第十八回 一件落着?」へ
「第十九回 神と仏とスケベ 三太」へ
「第二十回 雲助と宿場人足」へ
「第二十一回 弱い者苛め」へ
「第二十二回 三太の初恋」へ
「第二十三回 二川宿の女」へ
「第二十四回 遠州灘の海盗」へ
「第二十五回 小諸の素浪人」へ
「第二十六回 袋井のコン吉」へ
「第二十七回 ここ掘れコンコン」へ
「第二十八回 怪談・夜泣き石」へ
「第二十九回 神社立て籠もり事件」へ
「第三十回 お嬢さんは狐憑き」へ
「第三十一回 吉良の仁吉」へ
「第三十二回 佐貫三太郎」へ
「第三十三回 お玉の怪猫」へ
「第三十四回 又五郎の死」へ
「第三十五回 青い顔をした男」へ
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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第二十八回 怪談・夜泣き石 

2014-08-12 | 長編小説
 三太と新平は、急勾配の登り道に差し掛かった。小夜の中山である。峠に至るまでに、木碑が立っていたので、道行く人に尋ねると脇道の奥に「夜泣き石」があると教えてくれた。特に気にも留めずに峠まで来て茶店で休憩すると、出てきた老婆に話しかけてみた。
   「坂の途中で、夜泣き石と描いた木碑があったが、あれは何だすか?」
   「お教えしますが、近付かない方がよろしいですよ」
 そう前置きをして、他に客も居ないことから、長々と詳しく話をしてくれた。
   「あれは、十年前のことです…」

 掛川の商家に嫁いで若女将になっていた娘が、島田宿の実家の父が倒れたことを伝えに来た下男に聞き、居ても立ってもおれずに不在の夫が帰るのも待てずに、生まれて一年目になる末の息子を背負って実家を目指した。途中小夜の中山に差し掛かったとき、雲助駕籠に目をつけられて駕籠に乗せられた。
 女が下ろされたのは街道を横道に逸れた草深い山道であった。女は草叢に倒されて我が子が見ているところで散々弄ばれた。
   「顔を覚えられたので、番所に駆け込まれないように始末をしておこう」
 相談している男たちに、
   「お願いです、どうか命だけはお助けください」
 女が泣いて頼むのを冷やかな目で見て、女の帯紐を取り、首に巻きつけた。
   「どうぞ子供の命だけでも助けてやってください」
 悲痛な叫びを残して、女は事切れた。泣き叫ぶ子供を足蹴に倒し、二人の男は、女の財布を抜き取り、空駕籠を担いでさっさと走り去った。

 この山道は、人は滅多に通ることはない。子供は母親の元へ這い寄り、動かぬ母に縋って泣き叫び、やがて母にもたれて餓死した。母子の亡骸が見つかったのは、それから十日も経ってからであった。
 女の亭主が、女房の帰りが遅いと心配して、女房の実家を訪ねたことから、行方知れずになっていることを知った。

 女房は実家に戻っては居ず、病に倒れた父親は既に亡くなっていた。腰を抜かさんばかりに驚いた亭主は、それから人を使って妻子を探したが見つからなかった。それでも諦めきれずに、一人になっても探し続けた。

 ある日、小夜の中山に差し掛かったところで、客待ちをしている雲助駕籠を見つけた。
   「十日程まえに、子連れの女を乗せなかったか?」と、尋ねてみた。
 駕籠舁は、「知らぬ」と答えたが、その時に薄ら笑いを浮かべたのを亭主は見逃さなかった。もう一つ引っ掛かったことがある。決して「駕籠に乗ってくれ」と言わなかったことだ。

 妻は子供を背負って小夜の中山の勾配をさぞかしきつく感じたであろうと思った。そんな折に駕籠屋に声をかけられたら、焦る気持ちからきっと応じたに違いないと亭主は考えた。
   「そうか、分かったぞ」
 妻子は、この峠の枝道の何処かに拘束されているか、殺されているに相違ないと、亭主は虱潰しに探し回った。

 妻子の屍のある位置は、はからずも妻子が教えてくれた。街道から脇道に逸れて暫く歩くと、普段なら気がつかないような獣道を見つけて立ち止まると、風に乗って僅かだが腐臭が漂ってきたのである。
   「やはり殺されていたのか」
 それでも、微々たる希望を捨てずに獣道に入ると、目の前が真っ暗になった。見覚えのある妻子の着物が目に付いたからだ。

 亭主は引き返し、穴掘り鍬を買い求め、再び亡き妻子の元に取って返すと、目印になる大きな石の前に穴を掘り、妻子の亡骸を埋葬した。
   「来年まで待ってくれよ、立派な墓を建てて、迎えにくるからな」
 それから亭主は、月に一度は花と線香を手に持って遣って来ては自分の落度を詫び、一頻り話をして帰っていった。
   「番所に届けても、行き倒れとして取り扱われてしまうのだ」
 町人の仇討ちはご法度である。あの駕籠舁が殺ったに違いないとは思うが証拠はない。何もしてやれないままに月日が流れた。

 秋も深まったある日、亭主は噂話を耳にした。小夜の中山で夜泣きをする石があるという。その場所というのが妻子の亡骸を埋葬した場所らしく、そこにある石は「夜泣き石」と、名付けられていた。

 亭主は考えた。例え泣き声なりとも聞いて、あやしてやりたい。その日は昼間に参るのをやめて、夜泣きの声が聞こえるという真夜中に行くことにした。旅籠をとり、夜中になるのを待って、提灯の灯りを頼りに石の前に来てみた。真夜中になるのを待つこと半刻、どこからともなく、子供の泣き声と、女の啜り泣きが聞こえてきた。
   「許してくれ、あの日わしが戻ったときに、お前達のことを聞いて後を追えばよかった」
 子供の泣き声が聞こえる。
   「こわかったろう、ひもじかっただろう、助けてやれなかったお父っあんを勘弁しておくれ」
 だが、その後も夜泣きの声は続いた。
   「月に一度と言わずに、十日に一度は来るからな」

 それから十日目の夜、夜泣き石の前まで来ると、道の真ん中に空の駕籠が置かれていた。不審に思い、辺りに提灯の灯りを向けてみると、駕籠舁の二人が折り重なって死んでいた。番所に届けて経緯を話したが、駕籠舁たちは外傷もなく、首を絞められた形跡も、毒を飲まされた様子もなかった。
   「なんらかの病気であろう」
 この不自然な状況下で死んでいる駕籠舁たちを、いとも安易に片付けてしまった。
 

 峠の茶屋の婆さんは、三太たちに言った。
   「どうじゃ、怖いだろ」
   「いいや、怖いことない」
   「おいらも怖くない」
 老婆はほんの少し眩暈がした。
   「この話は、まだ続きがある」
 老婆は、そう言って話を続けた。

 この亭主、心労と疲労の為に、寝込んでしまった。夜泣き石のことが気掛かりで、死んだ妻子の夢ばかりを見る毎日であった。
 だが、毎晩深夜になると提灯の灯りが夜泣き石を目指してふらりふらりと歩いていくのだ。それを見つけた近くの若い村人が後を付けて行ってみると、提灯を持っている筈の人影が見えない。目を凝らして見ても誰も居ないので、声を掛けてみた。
   「もしもし、こんな夜更けに何処へ行きなさる」
 提灯が振り返り、パカンと大きな口を開くと、長い舌をべろべろと出した。
   「へえ、ちょっと夜泣き石のところまで主人の代わりにお参りを…」

 それを聞いた三太と新平は、抱き合って震えた。
   「怖い!」
   「おいら、おしっこちびるー」

 老婆はキョトンとしている。
   「何です、少し時をおいて怖がるなんて」
 提灯お化けの話は、老婆が話したものではないらしい。三太と新平は峠の下り坂を転げ落ちるように逃げて行った。

   「三太達を急かせるには、これに限る」
 新三郎が呟いた。
   
 
 三太と新平は、金谷宿に入った。
   「怖かったなあ」   
   「おいら、提灯を見たら思い出す」
 新三郎は、それを聞いて「ちょっとやり過ぎたかな」と、反省している。幽霊を怖がらないのは、自分の存在の所為であろう。しかし、お化けに関しては度が過ぎる怖わがりかたである。何とかしてやりたいような、このままの方が面白いような、新三郎の迷うところである。

 
 三太と新平は、道草を食ったので疲れてしまった。この辺で旅籠をとろうと相談していたらコン太が「クゥーン」と鳴いた。
   「どうした、腹が空いたのか?」
 下ろしてやると、ちょこんと行儀よく座って三太の顔を見上げている。
   「そうか、腹が減ったのか、よしよし」
 明日まで置いたら腐るかも知れないので鶏の皮と卵を食べさせることにした。竹の皮に包んだ鶏皮は、痛んでいないようであった。前に置いてやると、尻尾こそ振らないが、喜んで食べているのが分かる。その場の土に浅い穴を掘ると、食べ終わってあいた竹の皮を乗せ、少し窪みを付けて卵を割って載せた。
   「コン太、うまいか?」
   「うん」
 代わりに返事をしたのは新平であった。


   「お客さん、犬をお部屋に上げて貰っては困ります」
   「赤ちゃんやさかい、外へ繋いだら野犬に食われてしまう」
   「それでしたら、土間に繋いでくださいな」
   「ひとりにさせたら、寂しがって鳴きます、それにこいつは犬やおません、狐だす」
 女中は驚いて番頭を呼びにいった。
   「お客さん、狐なんか捕まえて飼ったりすると、祟りがありますよ」
   「わいは稲荷神の使いだす、何で使いの者に祟りなんかありましょう」
   「ふざけていると、狐共々追い出しますよ」
   「では、稲荷神の神通力をお見せしましょう、女中さん、よう見ていてや」
 「つう」と言えば「かあ」で、新三郎は三太のしようとすることは心得ている。
 三太は、「コン」と叫ぶと、番頭が「ふんにゃり」と、崩れ落ちた。女中も腰を抜かしたようである。
   「わかりました、早く番頭さんを元に戻して…」
 番頭は気がついて、きょとんとしている。その番頭に身振り手振りで、今見た状況を女中は説明している。
   「糞やおしっこで畳を汚しませんか?」
   「それは大丈夫だす、わいがお尻を舐めて始末しますさかい」
 新平が、「げっ」と吐きそうになっている。
   「嘘だす、ちゃんと教えてくれますさかい、わいが外へ連れ出します」
   「戸締りは、ちゃんとしてくださいよ、夜中は物騒ですから…」
   「へえ、泥棒が来たら、わいが退治をします」

 昼間、寝てばかりいたコン太、夜は三太を遊びに誘う。ぴょんと跳ね上がっては、三太の股間を目掛けて飛びつく
   「こら、わいのちんちんで狩の練習をするな」
 足の指に噛み付いたり、耳たぶを舐めたり、これでは三太が寝不足になってしまう。
   「よし、明日からは、昼間は寝かせへんで」
 それには、昼間に遊んでやるしかないと、覚悟を決める三太であった。

  第二十八回 怪談・夜泣き石(終) -次回に続く- (原稿用紙13枚)
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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第二十七回 ここ掘れコンコン

2014-08-04 | 長編小説
 掛川の城下町を横目に見て、日坂宿に入った。立派な事任八幡宮(ことのままはちまんぐう)がある。どうやら、お祭りの準備が始まっているらしい。気の早い鼈甲飴の出店が、子供を集めている。
 少し本殿から離れたところで、二つの人垣ができている。炙り出し売りと蝦蟇の油売りである。見るからに胡散臭い、喋り上手のおやじが、客を集めている。

   「さあ、霊験あらたかなるこの一枚の真っ白な紙に、神様に教わりたいことを書いて火で炙ると、あら不思議、神様のお答えが文字で顕れるよ」
 香具師(やし)は三枚の紙を出して、「さあ、試してみたい者は居ないか」と、客を見渡す。待っていましたとばかり三人の男が手を上げた。遅れて三太も「はい」と、手を上げたが、子供は駄目だと撥ねられた。
 懐のコン太が、何事かと目を覚まして頭を出した。体を反らして三太の顔を見上げたが、三太が怒っている様子も、怖れている様子もなかったので、安心して頭を引っ込めた。

   「この紙の右端に、神様に伺いたいことを書いてわしに返してくれ」
 三人の内一人が、「おいらは字が書けねえ」と返そうとすると、香具師は、
   「わしが書いてやるから、言いなさい」
 男は何やらコソコソ言っていたが、香具師が達筆でサラサラっと書いた。他の二人が書き終るのを待って、香具師は三枚の紙を客に見せた。

   「では、神様に伺ってみよう」
 と、一枚目の紙に書かれた文字を読み上げた。
   「俺の嫁さんになる女は、どこの誰か?」
 香具師は、厳かに紙を蝋燭の火で炙った。
   「まだ、当分現れず」と、黒々と表われた文字を読み上げて周りの客に見せると笑いが起きた。
   「まだ、神様さえ分からないそうだ、がっかりせずに自分で見つけなさい」男はなさけなそうな顔をして首を竦めた。

 次の紙を手に取った。
   「嚊のへそくりは、何処に隠してあるか?」
 香具師は、これを書いた男を咎めるように言った。
   「お前さん、了見が悪いや、嚊のへそくりで女郎買いに行こうという魂胆だろうが」
   「違う、違う、ちょっと博打で稼いで、倍返ししてやろうと思いまして」
   「さようか、了見が良いのか悪いのかよく分からんが、神様に伺ってみよう」
 紙を炙ると、文字が表れた。
   「釜戸の横の、水瓶の下に隠しておるそうだ、くれぐれも女房を泣かしなさんなよ、さもないと神罰が下るぞ」」
 書いた男は、これ見よがしに文字が表われた紙をヒラヒラさせながら、喜んで帰って行った。

   三枚目は、「これは深刻だ、女房が居なくなったそうだ」
 紙を炙ってみると、表れた文字は、
   「お前の女房は、駆け込み寺へ逃げた、手遅れなり」
 男は、泣きそうな顔をして、帰っていった。

   「一枚、百文じゃが、今日は八幡様のお祭りにより、たった三十文でお分けする」
 客は、わしも、おれも、と、買い求めて帰って行った。三太も買おうと巾着袋から三十文を出そうとしたが、新三郎が止めた。
   「あれは、インチキですぜ、炙ると出る文字は、予め酢で書いてあったもので、試した三人の男は さくら と言って香具師の仲間です」
   「なんや、それでお伺いとお答えがぴったりと合うのか」
 三太と新平は、ひとつ勉強をしたようである。

 そのすぐ横手では、武士の仇討ちのように襷と鉢巻をした男が刀をキラつかせて客を集め、口上を聞かせている。
   「さあ、お立会い、取り出したるこの長刀、見ての通りよく切れる代物…」
 懐より和紙を一枚取り出した。
   「一枚が二枚、二枚が四枚、四枚が八枚、八枚が十六枚、十六枚が三十二枚…」
 最後は紙吹雪となって、上に撒き散らした。
   「大根もこの通り、すっぱり切れるよお立会い」
 当たり前だが、その切り口の綺麗なこと。
   「抜けば玉散る氷の刃、この抜き身を素手で握ってみせよう、だが、慌てなさるな」
 香具師は懐から蛤を取り出した。
   「このまま刃を素手で掴めば、掌に刃が食い込んで血が滴るのは当たり前」
 香具師はぴったり閉じた蛤を抉じ開けると、練り油のようなものを見せた。
   「これが、筑波山は中禅寺の光誉上人が作り上げた陣中薬、蝦蟇の油だよ」
 蝦蟇は蝦蟇でも前足の指が四本、後ろ足が六本と言う四六の蝦蟇、筑波山中に棲息する四六の蝦蟇に鏡を見せると、己が姿に驚いて、タラリタラリと脂汗を流す。それを集めた蟾酥(せんそ)らしいとされるが、蟾酥は現代でも医薬品として扱われている漢方薬である。
   「さあ、お立会い、この蝦蟇の油を掌にチョンと付けて延ばしておく」
 その手で刃を握り締め、おまけにその拳を客に力任せに縛らせた。
   「これで刀を抜き取って見せる」
 香具師は、大仰に気合とも唸りともつかぬ大声を張り上げて刀をスーッと抜き去った。    
   「さあ、お立会い、切れてなかったら蝦蟇の油の威力だ」
 拳を結んでいた紐を解くと、まとめて懐に押し込んだ。
   「さて、手を開いてみよう」
 香具師は、ゆっくりゆっくり掌を開いていった。
   「これ、この通り、切り傷どころか擦れた痕もないよ、お立会い」
 客は、「わあーっ」と感嘆の声を上げる。

   「それだけではない、お立会い、今からこの刀で拙者の前腕に傷を付けてみよう」
 言うが早いか、前腕の内側に刀の刃を当てた。そのまま刀をスーッと滑らせると血が噴出した。香具師はすぐさま腕を曲げて出血を止めるように傷口を隠し、刀を置いて蝦蟇の油を人差し指にたっぷりと付けた。
   「傷口に蝦蟇の油を塗って十を数える間だけ待ってくれ」
 香具師は十を数えると手拭いを取り出し傷口を拭くと、
   「これこの通り、たちどころに傷は治って元通り」
 客は「やんや」の喝采。
   「一つ二百文だ、ちょっと高いがゆるしてくれ、大阪夏冬の陣で使われた有名な救急薬だ」
 値段が高いということも、蝦蟇の油がよく効くように思わせる一因でもある。
   「一つおくれ」
   「わしも…」
 客が客を釣り、蝦蟇の油もよく売れていた。

 
   「新さん、さっき切った傷が消えている」
   「これは、どちらも手妻(てづま=手品)です」
   「手妻なの?」
   「最初のは、鉛で作ったコの字形の物を手に隠し持って、握るときに刃に被せてから握ったのです」
   「そうか、刃は鉛を滑っていたのか」
   「次の手妻の種は、一寸(いっすん=3㎝)程に切った魚の腸の一方を糸で括り、紅を水で溶いたのを入れてもう一方も糸で括った物を用意しておき、腕を切ると見せかけてこれを潰していたのです」
   「へー、すごい手妻の腕だすなあ」
   「そうですねぇ」
   「蝦蟇の油は偽物だすか?」
   「本物の蟾酥は、高価な漢方薬ですから、二百文やそこらで買えません、牛脂か何かで作った偽物でしょう」
   「なーんや」

 結局、鼈甲飴を一つずつ買い、八幡さまにお参りして神社を後にした。
   
 
 暫く歩くと、コン太が「くぅん」と鳴いた。
   「コン太どうした? お腹が空いたのか」
 三太の懐から出たがっているようだ。下ろしてやると、街道脇の空き地に転がるように飛んで行った
。「くんくん」と、嗅ぎながら空き地の端にいくと、やおら後ろ足で土を掘りはじめた。
   「何か、ここ掘れワンワンをしている」
   「親分、もしかしたら、宝物を見つけたのかもしれません」
   「そうか、大判小判がザクザク出てきたら、わいら大金持ちや」
   「それはいけないよ、お上に届けなければ」
   「一両くらいやったら、コン太のご飯代に貰ってもええやろ」
 コン太は突然穴掘りをやめると、クルッと後ろを向いて「何を見ているのだ」という顔をして三太達を見た。
   「何? 一緒に掘れというのか?」
 コン太は、三太の目を見ながら、「ぷりぷりっ」と、ウンチを垂れ、後ろ足で穴を埋めた。
   「ちっ、あほらし」
   「だけど、行儀が良いじゃないですか」
   「そやなあ、おっ母ちゃんの躾がよかったのやろ」

 コン太は、脇に流れる浅い小川に飛び込んだ、水の中で転がっている。どうやら体を洗っているらしい。三太は農道に落ちていた荒縄で束子を作り、コン太の体を擦ってやると、気持ちよさそうにおとなしくじっとしていた。
   「おまけに、コン太はわい等よりも綺麗好きみたいや」
 三太は濡れたコン太の体を拭いてやろうとしたが、コン太は体をブルブル震わせて、水滴を飛ばしている。勢いがよすぎて後ろ足が宙に浮き、その反動で腰が砕けても、懸命に水滴を飛ばし続ける。ようやく得心すると、行儀よく座って三太を見上げ、抱き上げてくれるのを待っている。
   「まだ濡れているからあかん」
 ちっとは歩かせてやろうと、三太が行きかけてもコン太は座って待ち続けた。
   「コン太、早くおいで」
 コン太は動かない。三太が見えなくなってもコン太はきちんと座ったままである。
   「あいつ、強情張りやなぁ」
 三太は根負けして戻ってみると、コン太は山の方に体を向けて、やはり座っている。近付いてみると、何やら悲しげに忍び音を漏らしている。
   「コン太、どうした、おっ母ちゃんや兄弟が恋しいのか?」
 その三太の声に、振り向いて嬉しそうに飛んできた。
   「わいがコン太を躾けようと思うているのに、わいがコン太に躾けられているみたいや」
 コン太は満足そうに、三太の懐に収まった。


 ここからは、東海道の三大難所の一つとされる「小夜の中山」という峠にさしかかる。
   「コン太、お前知っていたのか? それで歩こうとしなかったのやろ」
 コン太は懐から体を出し、背伸びをして三太の顎を舐めた。
   「人間の世界には笑って誤魔化すって言うのがあるけど、コン太は舐めて誤魔化すのやなあ」

 鈴鹿峠は馬の背で越えたが、この峠は自分の足で越えようと、三太と新平は話し合った。

  第二十七回 ここ掘れコンコン(終)-次回に続く- (原稿用紙14枚)

「チビ三太、ふざけ旅」リンク
「第一回 縞の合羽に三度笠」へ
「第二回 夢の通い路」へ
「第三回 追い剥ぎオネエ」へ
「第四回 三太、母恋し」へ
「第五回 ピンカラ三太」へ
「第六回 人買い三太」へ
「第七回 髑髏占い」へ
「第八回 切腹」へ
「第九回 ろくろ首のお花」へ
「第十回 若様誘拐事件」へ
「第十一回 幽霊の名誉」へ
「第十二回 自害を決意した鳶」へ
「第十三回 強姦未遂」へ
「第十四回 舟の上の奇遇」へ
「第十五回 七里の渡し」へ
「第十六回 熱田で逢ったお庭番」へ
「第十七回 三太と新平の受牢」へ
「第十八回 一件落着?」へ
「第十九回 神と仏とスケベ 三太」へ
「第二十回 雲助と宿場人足」へ
「第二十一回 弱い者苛め」へ
「第二十二回 三太の初恋」へ
「第二十三回 二川宿の女」へ
「第二十四回 遠州灘の海盗」へ
「第二十五回 小諸の素浪人」へ
「第二十六回 袋井のコン吉」へ
「第二十七回 ここ掘れコンコン」へ
「第二十八回 怪談・夜泣き石」へ
「第二十九回 神社立て籠もり事件」へ
「第三十回 お嬢さんは狐憑き」へ
「第三十一回 吉良の仁吉」へ
「第三十二回 佐貫三太郎」へ
「第三十三回 お玉の怪猫」へ
「第三十四回 又五郎の死」へ
「第三十五回 青い顔をした男」へ
「第三十六回 新平、行方不明」へ
「第三十七回 亥之吉の棒術」へ
「第三十八回 貸し三太、四十文」へ
「第三十九回 荒れ寺の幽霊」へ
「第四十回 箱根馬子唄」へ
「第四十一回 寺小姓桔梗之助」へ
「第四十二回 卯之吉、お出迎え」へ
「最終回 花のお江戸」へ

次シリーズ三太と亥之吉「第一回 小僧と太刀持ち」へ

猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第二十六回 袋井のコン太

2014-07-31 | 長編小説
 袋井で待ち伏せしていたらしい狐のコン吉に別れを告げようとすると、コン吉が呼び止めた。
   「三太さん、待ってください、お願いがあります」
   「何や、お願いて」
   「仔狐を助けてやって欲しいのです」
   「どないしたんや」
 訳を尋ねると、まだヨチヨチ歩きの仔狐が穴に落ちたらしい。母親狐が一生懸命に助けようとしたが叶わず、諦めて何処かへ行ってしまったと言うのだ。
   「えらい諦めが早いおっ母さんやなあ」
   「狐は一度にたくさんの仔を生みますので、一匹にかかりきりになると、ほかの仔たちが飢え死にします」
   「そうか、わかった、その穴はここから遠いのか?」
   「いえ、近いです」
   「ほんなら行ってやろうか」

 新平は恐くなってきた。三太の周りを野犬がうろつき、吼えているのか、食べ物を強請っているのか、ギャウギャウと啼いている。三太もまた、なにやらグニュグニュと独り言を呟いている。
   「親分、しっかりしてくださいよ」
 そうかと思うと、今度は山犬について山道に入っていった。
   「もー、何ですか、山犬の餌にされてしまいますよ」
 新平は山犬だと思い込んでいるが、実は狐である。新平は残されるのが嫌なので、仕方なく三太の後に続いた。
   「まだかいな」
   「もう少しです」
   「さっきは、すぐ近くだと言ったやないか、もう一里近くは歩くで」
   「あと、ちょっとです」
   「わいを騙したんとちがうか?」
   「そんな、騙したりしませんよ」
   「なにしろ、狐やさかいに、化かしたのか?」
   「もうそろそろです」
   「お前は四本足やからもうすぐでも、わい等は二本足やで」
 もうそろそろだと言ってからでも、三丁(330m)ほど歩いた。

   「ほら。キャンキャン鳴いているのが聞こえるでしょ」
   「うん、聞こえた」
   「親を呼んでいるのですよ」
 こんな山の中に、何の為にこんな深い穴を掘ったのだろうと思うくらいの穴だが、穴の口径は小さく動物を捕獲する落とし穴とも思えない。
   「多分、山犬が兎を捉えた穴でしょう」
   「わあ、可哀想に、小さい狐の仔が落ちとる」
   「親が尻尾を垂らしたのですが、銜える力が無くて」
 三太の腕では届かず、穴の入り口を広げて三太の上半身が入るほどにして、ようやく仔狐に手が届いたが、仔狐は怯えて三太の指に噛み付いた。
   「痛てっ、あかん、掴ましよらん」
   「済みません、俺が言って聞かせます」
 コン吉が何やらゴニョゴニョと呼びかけると、牙を剥いていた子狐がおとなしくなった。
   「もう、噛みません、お願いします」
 三太はそっと手を入れたが、こんどは大人しく弛んだ首の皮を掴ませた。
   「何と言って大人しくさせたのや?」
   「はい、この人は、お前のお父っあんだよと…」
 今度は、懐きすぎて、抱き上げると三太の口を舐めようとする。餌をねだっているのだ。
   「何を食べさせたらええのやろか?」
   「はい、この時の用意に、カラスの卵を盗っておきました」
 コン吉は近くの木の根元を掘って、カラスの卵を三つ取り出してきた。一個割って掌に載せると、腹が空いていたのであろう、息つく暇もなく舐めてしまった。
   「ほら、もう一個や」
 これも、あっと言う間に舐め尽くした。
   「これが最後やで」
 舐めてしまうと、もっと食べたい様子で行儀よく座り、三太を見上げている。
   「早く、おっ母ちゃんのところへ行き」
 仔狐は、ただただ三太に付き纏うばかりである。
   「コン吉、お前がこの仔のおっ母ちゃんの処へ連れて行ってやり」
   「それが、他の仔たちを連れて、何処かへ行ってしまったのですよ」
   「ほんなら、お前が育ててやり」
   「俺の群れに、こんな他所のチビ助連れていったら、仲間にかみ殺されてしまいます」
   「もう、難儀やなあ、どうしたらええのや」
   「三太さん、育ててやってください」
   「あほ、わいは旅の途中やで、こんなん連れて旅が出来るかいな」
   「そこを何とか」
 言いつつ、コン吉は草叢に姿を消してしまった。仕方なく仔狐を置き去りにしようとすると、仔狐は一生懸命に「はぁはぁ」と荒い息をしながら追っかけてくる。三太が見えなくなったら、「クゥン、クゥン」と呼びながらそれでも追いかけてくる。後戻りをして抱いてやると、全身で喜びを表現して、三太の腕を舐め回す。
   「親分、そんな山犬の仔を捕まえて、どうするのです?」
   「親に見捨てられたのや、新平、お前と同じやで」
 三太にそう言われて、新平の仔狐を見る目が変わった。頭を撫でてやろうとしたが、仔狐は「ウー」と牙を剥いて噛み付こうとした。三太は仔狐に言って聞かせた。
   「この子は、お前の兄ちゃんやで、噛んだらあかん」
 言った三太自信が驚いた。話が通じたのである。仔狐はおとなしくなって、次に新平が手を出すと、ペロペロと舐めた。

 仔狐を連れてどこまで行けるかわからないが、無下にするわけにはいかない。かくして、仔狐を懐に入れての旅が始まったのである。
   「餌はカラスの卵ですか?」
   「あれは偶々そこに有ったから食べさせたのや、鶏肉や鶏卵が旅籠に頼めば買えるやろ」
 だが、鶏卵は高級食材である。一個十文位は取られるだろう。
   「その分、わい等の買い食いを節約せんとあかん」
   「辛いですね」
 そんな話をしながら歩いていると、子狐は安心したのか懐で丸くなって寝てしまった。


 掛川宿に入った辺りだ、見知らぬ男に声をかけられた。
   「子供さん、それ狐と違うのか?」
   「へえ、そうだす」
   「そんなのを持っていたら、お稲荷さんに祟られますぜ」
   「親に見捨てられた仔狐だす、助けてやったのに祟られるなら、お稲荷さんに文句の一つも言ってやります」

 また少し進むと、別の女が声をかけてきた。
   「そんな狐の仔は、三文の値打ちもない、山に捨てて山犬の餌にでもしなさい」
 これには、新平が怒った。
   「山犬の餌なんて、この仔の身になってみな、あんたが山犬の餌になれ」
   「おお恐い」

 暫く歩くと、鶏を飼っている農家があった。丁度老婆が鶏に餌を与えているところだった。
   「おばさん、鶏の卵を分けて貰えませんやろうか」
   「へえ、ありますよ、何個要るのですか?」
   「二個も有ればええのですが」
   「おや? 懐から狐が頭をだしていますね」
   「そうだす、この仔のご飯だす」
   「そしたら、良い物があります、今夜食べようと潰した鶏の皮を猫の為に残してあります、あれを差し上げます」
   「まだ小さい子供ですので、食べられるやろか」
   「今、お湯が煮えたぎっていますから、茹でてあげます」
   「おばちゃん、優しいね、動物好きか?」
   「へえ、家には猫と兎が居ます」
   「それと、鶏もですやろ」
   「あれは、食用ですから」

 言っている間に、茹で上がった。それを細かく刻んで竹の皮で包んでくれた。
   「それから、鶏の卵が二個でしたな、これもあげます」
 くれぐれも、卵を孵化させようと暖めたらいけないと教えてくれた。雄鶏と交尾をしてできた卵ではないので、暖めると腐るだけだそうである。
 
 ちなみに、鶏の皮をコン太に与えると、「ハグハグハグ」と唸りながら、あっと言う間に食べてしまい、反り返って三太の顔を見ながら舌なめずりをしている。帰りに水路の近くの地面に下ろしてやると、自分で水を飲んだ。
   「残りは明日のご飯や」
 コン太は三太の懐に戻ると、諦めてまた寝てしまった。
 
 日坂宿に向けて歩いていると、茶店があった。
   「新平,コン太のご飯は貰ったので、わい等何か食べよか」
   「牡丹餅が食べたい」
   「よっしゃ」
 床机に腰掛けて、二人前注文していると、女がチロチロ三太の膨れた懐を見ている。女は、三太達のすぐ後ろに腰を下ろした。
 お茶と牡丹餅が出くると、コン太が目を覚まして皿の中を覗き込んだ。匂いを嗅がせると、クンクンと嗅いでいたが、興味なさそうに首を引っ込めてしまった。
   「お兄さん達、どちらまで」  
 後ろの女が声をかけてきた。
   「へえ、ちょっと江戸まで」
   「あらそう、そんなに遠くまで…」と、言いながら馴れ馴れしく肩に手をかけてきた。三太は無視して牡丹餅に舌鼓を打っていると、女がいきなり叫んだ。
   「痛い」
 懐を見ると、コン太が牙を剥いて「ウー」と、唸っている。どうやら、女は三太の懐の膨らみを巾着だと思ったらしい。振り返って女をと見ると、もうそこには居なかった。
   「あははは」
   「親分、思い出し笑いなんかして、どうしたのです?」
   「さっき後ろに居た女、掏摸やった、わいの懐へ手を入れて、コン太に噛まれよった」」
   「コン太の初仕事ですね」
   「そうや、コン後とも、お頼もうします」
   「駄洒落かいな」 

  第二十六回 袋井のコン太(終) -次回に続く- (原稿用紙13枚)

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「第三十六回 新平、行方不明」へ
「第三十七回 亥之吉の棒術」へ
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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第二十五回 小諸の素浪人

2014-07-29 | 長編小説
 二回目の賽が振られた。三太からの指示は「丁」
   「丁だ」
 ツボ振りがツボを開こうとしたとき、一瞬だが眩暈(めまい)がしたようである。だが、相手に気付かれまいとしてか、何事も無かったように怪しげな手つきでツボを開いた。
   「にぞうの丁」
 ツボ振りが少し首を傾げた。これで一対一である。

 三回目の賽が振られた。勝負はこれで決まる。三太からの指示は「半」
   「半だ」
 山村堅太郎は、一声大きく半の目に賭けた。ツボを開こうとしたツボ振りは、またしても眩暈に襲われた。
   「ゴケの半」
 
 ツボ振りは慌てた。こんな筈はないと思ったのだ。
   「いかさまだ!」
   「おかしな事を言うではないか、拙者は賽にもツボにも手を触れておらん」
   「わしに術をかけただろ」
   「術でお前のいかさまを封じたとでも言うのか」
 ツボ振りは、黙り込んだ。
   「三十二両分のコマだ、ショバ代二両差っ引いて三十両貰って行くぜ」
 
 他の客が見ている場所で、いちゃもんをつけるのはまずいと思ったのか、三十両は渡してくれた。山村と三太が外へ出て間もなく、六人の子分達がばらばらっと飛び出して追ってきた。
   「おい、何かイカサマをやっただろ、勝ち止めはさせねえぜ」
   「どうする気かね」
   「決まっている、ここで腕の一つもぶった切ってやる」
 長ドスを抜いて、山村堅太郎に向けた。
   「山村さん、ここからはわいの出番や、そっちへ退いていてや」
 三太が山村の前に飛び出し、両手を広げた。
   「ガキは、引っ込んでおれ」
   「へん、ガキはガキでも、そんじょ其処らのガキと違うのや」
 一人の子分が三太を追い遣ろうとドスの切っ先を下げて三太を掴まえようとした時、三太はスルッとしゃがんで身を交わし、木刀で男の足を払った。
   「痛てェ、この糞ガキめ」
 だが、その後、男はクルっと後ろを向くと、仲間にドスを向けた。新三郎が男の生魂を追い出して自分が男の魂として収まったのだ。
   「こら、何をするのだ、喧嘩の相手が分からなくなったのか」
   「喧しい、わしは悪者を退治するのじゃい」言ったのは新三郎である。
   「馬鹿、わし等はお前の仲間だ」
 男は聞く耳を持たず、仲間に斬りつけた。返り討ちに遭い、チョコッと肩口を切り付けられると、気を失って倒れた。斬りつけた男もまたおかしくなって、ドスを仲間に向けた。
   「こらっ、ちょっと待て、あのガキを見てみろ、仲間内で遣りあっているわしらを見て、ゲラゲラ腹を抱えて嗤っているではないか」
 仲間にドスを向けた二人目の男も聞く耳を持たず、仲間にチョンと切っ先で腕を突かれて気を失った。
   「こらっ、そこのガキ、お前は狐か?」
 三太が「コン」と鳴き真似をすると、三人目の男はその場に崩れて気を失った。
 
   「なんでい、だらしねえ兄貴たちだなあ」
 残りの三人が、一斉にドスを翳して三太に向って走ってきたが、真ん中の一人は一瞬足を止めると、ドスの峰で前を行く二人の頭を次々と叩いた。
   「痛てえ、何をしやがる」
 どうやら新三郎、二人を相手に暴れたくなったようである。これまた仲間である筈の男が、ドスを構えて真剣な顔付きで向って来る。
   「待ってくれ、お前は狐に操られているのだ、頼む、正気に戻ってくれ」
 二人は堪らず、賭場の親分の元へ駆け込んだ。   
   「親分、てえへんです、あの父子は狐ですぜ」
   「馬鹿野郎! 何を寝呆けたことを言ってやがる」
   「あの小僧の強いこと、人間業とは思えねぇ」
   「だから狐だと言うのか」
   「ツボ振りのいかさまを封じたことと言い…」
   「何をぬかしやがる、客の前だぞ」
 親分は平手打ちをこの子分に一発かました。
   「いかさまだと、この賭場はいかさまをしていたのか」
 客が騒ぎ出した。
   「いかさまだ、いかさまだ、金返せ」
 そこへ三太が一人で入ってきた。
   「われは、御饌津神(みけつしん)が遣わしたる狐である」
   「このガキ、子分どもを誑かしよって」
   「ガキとは何事、神をも恐れぬ戯け者め、天罰じゃ」
 突然、親分が阿波踊りのように踊りだした。これには、子分達ばかりか客達も驚いた。
   「祟りじゃ、お狐さまの祟りじゃ」
 そこで三太は厳かに、
   「負けたものは、取られた分を返してもらいなさい、勝ったものは戻さなくてもよろしい」
 
   「新さん、引き上げようや」
 三太は踊っている親分に囁いた。途端に親分はグニャリとなって崩れ落ちた。


 その夜、旅籠の部屋で三太達は遅くまで話をしていた。山村堅太郎の先々のことが三太の気になったのだ。三太というよりも、新三郎が同郷のよしみで気に掛けていたのである。
   「結局、三十両手に入りました」
   「わいが出した元手一両を引かなあかんがな」
   「あ、これは失敬、二十九両でした。
   「わいは、一両返してくれたらそれでええ、二十九両は、山村さんにやる」
   「そんな、せめて折半で…」
   「かまへん、かまへん、銭儲けはわい等でまた考える」
   「忝い」
   「そやけど、博打でもっと増やしたろと思ったらあかん、博打は一度きりにしいや」
   「はい」
   「女郎買いも、はまってしまったらあかん、二十九両なんかすぐに無くなる」
 新平が突っ込んだ。
   「親分も」
   「アホ、わいに女郎買いが出来るのか」

 三太は思いついて山村に声を掛けた。
   「上田藩と小諸藩は近くですやろ」
   「そうだ、隣の藩だ」
   「上田藩に、佐貫三太郎と言うお侍が居ますのや」
   「どのような御仁でしょう」
   「上田藩士で、わいの先生の兄上や、他人が難儀しているのを放っておけないお人よしだす」
   「善い人のようですね、だが見ず知らずのお方を頼って行く訳にはいかないが」
   「わいがこれから棒術と商いを教えて貰う師匠の親友でもあるのや、師匠に紹介して貰おう」
   「父上の切腹は十四年も前のことだし、お狐さんでさえも今更どうにもならないよ」
 お狐三太は考えたのだ。三太の師となるべく京橋銀座の福島屋亥之吉に会い、信州上田藩の佐貫三太郎に一筆認(したた)めてもらおうと言う魂胆である。自分のことであれば、他人の褌で相撲をとるようなものだが、ことは自分の手が届かない侍の世界のことである。佐貫鷹之助先生の自慢の兄上であるから、必ず引き受けてくれて、悪い様にはしない筈である。これは三太の一存ではなく、以前は佐貫三太郎の守護霊であった新三郎の入れ知恵であることは言うまでもない。
   「山村さん、わい等を連れて旅をしていては路銀も時間もかかりますやろ」
 おとなの早い足で一足先に江戸へ行き、自分の思いを三太郎に手紙で伝えてもらい、返事を待ってから上田に向わせるか、紹介状を持たせて即刻上田に向って貰うか、師匠の亥之吉にお願いしてみようと思ったのだ。
   「師匠にわい等のことを訊かれたら、後半月はかかりそうだと答えてください」
   「何故、連れてきてはくれなかったと咎められたら…」
   「わい等の足でゆっくりと歩き、見聞を広げて江戸に着きたいと言っていたとか何とか言っといてください」
   「そうか、最後の自由を楽しみたいのだな」
   「へへへ」
 
 翌朝、一足先に江戸へ向う山村堅太郎に別れを告げた。



 話は飛ぶが、山村堅太郎は京橋銀座の雑貨商福島屋に着いた。京橋銀座で通りがかりの人に尋ねると、「ああ、それなら…」と即、答えてくれた。
   「立派なお店だなあ」
 堅太郎の気持ちは、萎縮気味であった。自分は痩せても枯れても武士なのだと自分を奮い立たせて店に飛び込んだ。
   「いらっしゃいませー」
   「済まぬ、客ではないのだ、ご主人の亥之吉さんにお逢いしたい」
   「へーい、ただ今お呼びします」
 暫くして、前垂れ姿の若い男が、暖簾を掻き分けて出てきた。
   「へい、お待たせしました、わたいが亥之吉でおます」
 三太と同じ、べたべたの上方訛りである。
   「旅の途中で、三太さんという子供さんに出会いまして…」
   「ああ、三太だすか、ここへ来るはずだすのに、遅いから何かあったのではないかと心配しておりました」
   「三太さん達は、お元気でした」
   「さよか、それは良かった、それでどこに来ていますのかな?」
   「それが浜松宿で、わい等はゆっくりと歩き、見聞を広げて江戸に行くから先に行ってくれと言われまして」
   「あいつ、物見遊山の旅やと思っているらしい、先が思い遣られますわ」
   「でも、しっかりした強い子供さんです」
   「さよか? ところでさっき、三太さん達と言いはりましたが、連れがいましたか?」
   「はい、新平という同い年の男の子が」
   「へー、どこの子やろ、鷹之助さんからは、何も伺っとりませんが、さて?」
 山村堅太郎は、事情をすべて話し、佐貫三太郎さんを紹介してもらうように頼んだ。
   「あのお節介焼きの三太、三太郎さんにそっくりだすわ、いえ、三太と三太郎さんは他人でっせ」
 そのお人好しの、お節介焼きが、亥之吉には気に入っているらしい。

   「宜ろしおます、すぐに佐貫三太郎さんに手紙を認(したた)めます、返事が来るまで、我が家でゆっくりしておくれやすや」
 この亥之吉さんも、お人好しのお節介焼きに相違ないと思う山村堅太郎であった。

 自分は不幸を背負って生まれて来て、四面楚歌で天涯孤独な自分だと諦めていたが、世の中、善い人も居るものだと、前途に少し灯りが射した思いがした。もし、佐貫三太郎からの返事が、たとえダメであっても、決して恨まずに生きていこうと心に決めた山村堅太郎であった。


 時は戻って、三太と新平は、袋井宿辺りでうろちょろしていると、何処からか三太を呼ぶ声が聞こえた。 
   「三太さん、三太さん、俺、狐です」
 草叢からキツネ色の狐が飛び出した。
   「へ? 狐? 名前は?」
   「まだ無い」
   「どこで生まれたの?」
   「頓と見當がつきません」
   「この辺の山の中やろけど」
   「薄暗い、じめじめした所でクウンクウンと啼いて居た事丈は記憶して居るのですが」  
   「わい等、この一節どこからかパクってないか?」
   「気の所為ですよ」  
   「わいが名前をつけたる、コン吉はどうや?」
   「三太さん、そんな在り来りの名前は嫌ですよ」
   「何でわいの名前を知っているのや」
   「餌を求めて里をうろついていたとき、三太さんの昨夜の活躍を見たのですよ」
   「あはは、見られていたのか」
   「コンと一声啼いて、大の男を気絶させた」
   「コン吉も、人間に化けられるやろ」
   「まだ出来ません」
   「油揚げが大好物か?」
   「三太さんは油揚げ好きですか? 食べないでしょ、それは嘘ですよね」
 狐とお喋りしていると、新平が突然怒ったように大声を上げた。
   「親分、新さんと話すときは口に出さないでくれます?」
   「新さんと話していないよ」
   「じゃあ、独りごとですか? 気持ちが悪いなあ」
   「ん? 新平には見えなかったのか?」
   「何を?」

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第二十四回 遠州灘の海盗

2014-07-26 | 長編小説
 新居宿から舞坂宿までの二里は、帆船(ほふね)で渡る「今切の渡し」である。船に乗り込んだ三太と新平は、景色を見ていると船酔いをするので、仰向(あおむ)に寝そべっても人に踏まれない船首に陣取った。陽が当たるので尻に敷く菰(こも)をそれぞれ頭から掛けた。
 気持ちよくなって、まどろんでいると「がつん」と、船が何かに突き当たった。船客の悲鳴が起り、女の泣き声が混じった。
 どうやら、船と船が衝突したらしい。相手の船から、男が二人三太たちの乗った船に飛び移り、一人がいき成り抜刀した。もう一人は、笊(ざる)を船客たちの前に置いた。
   「有り金をここへ入れろ、後で調べて隠していると分かれば斬る」
   「どうか、命は助けてください」
 船客は、財布、巾着などを笊に放り込む。
   「私は泳げません、どうか船を沈めないでください」
   「どうか、命ばかりは…」
 どうやらこの海盗、持ち金を吐き出させると、最後に船を横倒しにして悠々と遠州灘に引き上げていくらしい。それを人から聞いて知っている船客が幾人か居て、ヒソヒソ話している。
 
 三太が起き上がり、財布や巾着が入れられた笊に近寄ると、海盗の一人が怒鳴りつけた。
   「子供は退いていろ、邪魔だ」

 それでも三太が近付くと、男が三太の首根っこを掴んで、船首に追い遣ろうとした。
   「こら、悪党! わいを甘く見るな」
   「煩せえ、これは海賊ごっこをしているのではないぞ、おとなしくしていろ」
 三太は、頭を拳骨で「こつん」と、殴られた。
   「痛っ、やりやがったな」  
 言うが早いか、三太は男の股間を後ろ蹴りにしようとしたが、男の足が長くて届かなかった。仕方が無いので足の甲を踏みつけると、男は気を失ってしまった。明らかに新三郎の仕業である。
   「このガキ、仲間に何をしてくれた?」
 今度は前向きだったので、見事男の金的を蹴り上げた。
   「痛え!」
 この男も気を失って倒れた。いくら金的に命中したからと言って、三太ごときの力で気を失うわけが無い。やはり新三郎が倒したのである。
 それを見ていた三人目の男が乗り込んできた。
   「このガキ、大人二人を倒しやがって、お前は化け物か?」
 三太は、舌をべろべろと出して見せた・
   「バーカ」
 男は怒って、三太を掴まえ、湖に投げ込もうと迫ってきた。その時、男は平衡を崩し、よろけたところを三太が尻を蹴飛ばすと、倒れる体を船縁で支えようとしたが、手が滑って頭から湖水に落ちてしまった。
 三太は、笊に入れられた財布などを甲板にバラ撒くと、笊を海盗船に投げ入れた。
   「心配せんでもええ、自分の財布を早く仕舞って」
 船客達は、三太の働きを見ていたから、恐怖心は薄らいだようである。夫々の自分の持ち物を探して懐に収めた。
 
 三太は、やおら着物を脱ぎ、胴巻き、巾着ともに新平に託すと、海盗船が近寄るのを待って飛び移った。
   「わいが、退治してやる、かかって来い!」
   「何を小癪な」
 海盗は後二人である。強がっているが、明らかに動揺している。
   「どうしたんや、わいが恐ろしいか」
 怖気付いてはいるが、刀を持っていることが勇気の後押しをしたのか、三太に斬りかかってきた。だが、剣の先が三太に届く前に、気を失ってぶっ倒れた。残りの一人が、先程海に落ちた男を船上に引き上げようとしている。三太はその後ろに回って、背中を蹴って湖面に落とした。二人が水に浮いているうちに、三太は櫓(ろ)を流し、倒れている海盗の剣を奪い、船の帆綱を切り、落ちてきた穂を切り取って湖面に捨てた。

 三太は水に飛び込むと、抜き手を切ってと言いたいが、可愛く蛙泳ぎでスイスイと渡し船を追った。もし、上空から三太の泳ぎを見たら、ほんとうの蛙に見えたであろう。
 海盗の船は、暫く同じ場所で漂っていたが、やがてゆっくりと海を目指して動き始めた。その動きを不審に思った関所の役人が目を付けた。どうやら、手配中の海盗であったような…。


 三太は船に着いた。船客の二人の男が三太の腕を持って船に引き上げてくれた。一瞬の静寂があって、一人が三太に拍手を送ると、それに釣られて皆が手を叩いた。
   「小さいのに、強かった」
   「すごい子供だ」
   「わしは泳げないから、もうだめだと思った」
   「わたいもだす」
 船客たちが喜びの声を立てている傍で、面目なさげに座り込んでいる浪人がいる。誰もが当たらず障らずそれとなく蔑視している。三太が浪人の傍へ進み出た。
   「兄ちゃん、腹が減って元気がないのか?」
   「面目ない」
   「ほな、今朝旅籠で用意してもろた握り飯やる」
   「お前の昼飯が無くなるだろう」
   「わいは連れの分を半分こして食べる」
   「そうか、すまんのう」
 昨日の朝から、水しか口にしていないそうである。
   「この船賃払ったら、文無しじゃ」
   「これからどうする積りだす?」
   「そうだなあ、どこかの旅籠で、風呂焚きにでも使ってもらおうかと思っている」
   「お国はどこだす?」
   「信州じゃ」
 新三郎がピクリと反応した。
   「父は小諸藩の勘定方で、糞真面目だけが取り柄の男だったが、上司の悪事を一身に被って切腹して果てた」
 母は、夫の無実を信じてやることが出来ずに、「世間に顔向けが出来ない」と、八歳の自分を残して自害したのだという。その後は、父の友人の屋敷に使用人として住み込み、真面目に懸命に働いたが、十五歳の時に主人の金をくすねたと濡れ衣を着せられ、たった二朱を与えられて放り出された。
 今日、二十二歳になるまでは、山家の爺に拾われて薪売りをしていたが、その爺も昨年の暮れに死んだ。
   「自分一人くらいは、何をしても食っていけると思ったのだが…」   
 浪人は、急に黙ってしまった。
   「お兄ちゃん、わいは三太、この子は新平だす、江戸へ行って棒術を習い、強い男になります」
   「俺は素浪人山村堅太郎だ、希望のあるお前たちが羨ましいよ」
   「どこかの藩に仕官しないのですか?」
   「小諸藩を追放された身で、忠臣、二君に仕えずの風潮のなか、その望みは浜の真砂から一粒の砂金を見つけるに等しい」
   「では、父上の無実の罪を晴らして、小諸藩に返り咲けばええと思う」
   「そんなにあっさり言わないでくれよ、十四年も前のことだぜ、藩主も上司も代替わりしている」
   「きっと事実を知っている者が居ると思うが」
   「小諸のことは、夢のまた夢だ、目を閉じると優しかった父と母の面影が浮かぶ」

 話をしていると、船が対岸の舞阪宿に着いた。船客全員が集まって、三太に礼を言った。
   「わいは三太だす、またどこかで逢ったら、宜しくおたのみ申します」
   「親分、何を名前売っているの」
   「そやけど、何処で逢うかわからへん」
   「出会ったら只で泊めて貰って、娘と一緒の布団で寝かせて貰うのだろ」
   「新平、よく分かるようになったなあ」
   「すけぺ」

 山村堅太郎は、このまま別れる訳にはいかない。なにしろ無一文なのだから何とかしてやらねばならないと三太は思っている。

   「山村さん、博打はするのか?」
   「いや、一度もやったことはない」
   「ほな、一度だけやってみようや」
   「元手が無い」
   「わいの一両が元手や」
 どうやら、博打好きの新三郎の入れ知恵らしい。とにかく三人で腹ごしらえをして、四里の道を歩き浜松宿まで来た。三太と新平もしっかり歩いたので、浜松で旅籠をとったときは、まだ陽が射していた。
   「女将さん、この辺りに賭場はあるかい?」
 山村に尋ねさせた。
   「はい、少し離れていますが、ございます」
   「そうか、では泊めて貰おう」
   「へーい、三人さまお泊りー」
   「父子なので、部屋は一つで宜しい」
   「承知しました」

 草鞋を脱ぎ、脚盥で土を落としてもらうと、明るい部屋に通された。食事が来るまでに一風呂浴びて綿密に打ち合わせをした。
   「わいを膝に座らせて勝負が出来るとええのやが、引き離されたら山村さんの心に呼びかける」
 試しに、新三郎が山村に移り話しかけた。
   「どうや、分かるやろ」
 山村は驚いた。三太が山村から離れても意思が伝わって来る。やはりこの子は、只者ではないと恐怖さえ感じた。
   「勝って帰ろうとしたら、差しで勝負しようと言ってくる、これは必ずいかさまなので、わいが言う通りにしてや」
 山村は神妙な顔付きで頷いた。
   「飯食ったら出かける、新平は旅籠で待っていてや」
   「おいらも行く、親分と新さんがやられて帰らなかったら、おいらどうすればいいのか分からない」
   「新平、考えてみいや、わいは殺されるかも知れんが、新さんは殺されることはない」
   「あ、本当だ、おいらのところへ戻ってくれるのか?」
   「そうや」
   「それなら、行っていらしゃい」
   「現金なやつ」

 賭場は、荒れ寺の本堂であった。一畳程の盆布のど真ん中に壷振りが片膝ついて座り、その真向かいに中盆がどっかと胡坐をかいている。客はもう詰まっていて、盆布の周りを取り囲んでいた。
   「遊ばせて貰うぜ」
 子供を連れた浪人が入って来た。
   「へい、いらっしゃい」
 三下がコマ札の交換係を案内した。暫く待っていると、場所が開いたので山村がそこに座り、三太を膝に座らせた。
 
 賽コロが振られ、中盆の「はった、はった」の掛け声に、客が丁半に別れてコマをはる。三太は山村の指を二本掴んだので、「丁」にはった。
   「グッピンの丁」
 山村の前にコマが寄せられた。一両を全部賭けたので、二両になった。
   「かぶります」
 賽が振られて、三太が指を一本握ったので、「半」にはると、
   「しぞうの半」
 あっと言う間に、山村に十六が両転がり込んできた。
   「そろそろ、止めさせてもらおうか」
 金に換えようとすると、中堅が寄ってきた。
   「お侍さん、ついていますなあ、最後にわしとそれ全部賭けて差しでやりませんかい?」
   「そうか、よしやろう」
 差しで勝負は、賽一個を三回振って、丁か半かを先に二度当てると勝ちになる。ただ、ツボを開くときのツボ振りの手つきが怪しい、ツボを被せた時には、賽はツボ振りの手の中に納まっており、ツボの中は空っぽだ。賽はツボを開くときに押し込まれるので、出目はツボ振りの思うが侭になる。
   「気が散るので、子供さんは離れて貰えますか」
 案の定、ツボ振りは三太を離しにかかった。
   「三太、父ちゃん勝負するからそっちに座っておとなしく待っていなさい」
   「うん」
 三太は山村から離れた。
 一回目の賽が振られた。三太(実は新三郎)から「半」と意思が届いたので、「半」に張った。ツボを開くと六の目で、丁であった。ツボ振りはにんまり笑った。

  第二十四回 遠州灘の海盗(終) -次回に続く-  (原稿用紙15枚)

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第二十三回 二川宿の女

2014-07-19 | 長編小説
 恋とは、仄々としたものと、情念を燃やすものがある。通常「初恋」と言えば、前者を指すことが多いが、三太の場合は瞬時一過性ではあったが後者であった。自分の命を溝にすてることになろうと、寿々を護ってやりたいと思う情念であったのだ。
 叶わぬ夢と悟り、一瞬にして自分の独占欲を拭い去り、寿々の憧れの人であった長者の若様に寿々を託した離れ業は、子供とは言い難い情念の自己処理法であった。
 三太が抱いたものが愛情であれば、寿々が幸せになれたかどうか気になる筈であるが、三太はただただ寿々の住む村から遠ざかりたかった。

 吉田の宿場で旅籠をとる積りで来たが、もう一足延ばして、二川宿(ふたがわしゅく)まで歩いた。旅籠をとったときには、日はとっぷりと暮れ、もう旅籠の提灯に火が入っていた。
   「おや、めずらしい、子供さんの二人旅ですか」
 三太と新平の世話をしてくれる若い女中が声をかけた。 
   「そうですねん、お江戸まで行きます」
   「あらまあ、折角の可愛い三度笠が弾けていますね」
   「ああ、それ踏んでしまったもので、折れたんだす」
   「お父っつあんが、近くで笊籬屋(いかきや)をしています、持っていって修理して貰いましょう」
   「お願いします、お代金は如何ほど…」
   「要りませんよ、お父っつあんは、わたしの言うことなら、何でも聞いてくれます」
   「修理にお金がかかるようやったら、言うてください」
   「はい、わかりました、それとお二人さん、着物が汚れていますので洗っときます」
   「明日朝までに乾きますやろか」
   「はい、お任せください、もし朝になっても生渇きでしたら鏝で乾かします」
   「おおきに、お姉さんは優しおますなあ」
   「弟みたいで、世話を焼きたくなるのです」
   「なんや、弟か」
   「それから、下帯も脱いでくださいな、一緒に洗濯します」」
   「いやです、スッポンポンやないですか」
   「そこの浴衣箱をご覧なさいな、寝間着の間に下帯を挟んでおきました」
   「うわぁ、気が利くぅ」
   「ほんとだ、おいらの分もある」
   「大人用だからちょっと大きいかも知れないけど、大は小を兼ねるでしょ」
   「兼ねる、兼ねる」
 三太は平気で褌をとったが、新平は恥ずかしそうにしている。
   「親分、下帯くらい自分で洗いましょうよ」
   「かまへん、かまへん、お姉さんが洗ってやろうと言ってくれるのやからお願いしよ」
   「恥ずかしいし」
   「そうか、新平はよくおしっこちびるからなあ」
 新平は膨れっ面である。
   「なにも、人前で言わなくても」
 新平の復讐である。
   「親分、お寿々ちゃんに惚れて涙ぐんで別れてきたと思ったら、また別の人に惚れたな」
   「ほっとけ」

 だが、新平の突っ込みは間違いであった。三太はこの女中にお寿々の面影を見ているのだ。その日、寝床の前に座り込み、行灯の灯りで、道中合羽の綻びが綺麗に繕われているのを、一頻り眺めていた。三太は寝言でたった一度だけ、「お寿々ちゃん」と、呟いた。後にも先にも、それっきりである。
  
 
 翌朝、着物と下帯は乾き、三度笠はきれいに修理されていた。
   「お姉さんおおきに有難う」
   「いいえ、どう致しまして」
   「あとで、宿の主人に叱られることはおまへんか?」
   「この旅籠の女将は、私の一番上の姉です、私は嫁入り修行を兼ねて手伝っているだけです」
   「それで安心しました、ほな、発たせてもらいます」
   「お姉さん、ありがとう」
 新平もピョコンと頭を下げた。
   「いいえ、どう致しまして、また二川を通ったら、お泊まりくださいね」
   「うん」



 二川宿(ふたがわしゅく)を発って暫く行くと、池の縁に腰をかけ、しょんぼりと水面に小石を投げている三太たちと年の変わらない男の子がいた。
   「どうしたのや? 悲しいことがあったのか?」
   「なんでもない」
   「お前、池に身投げするつもりか?」
   「この池の水汚いから飲んだら病気になる」
   「崖から飛び降りるつもりか?」
   「おれ、高いところ恐くて立たれない」
   「首でも括るつもりか?」
   「俺、木登り下手やから、縄をかけられない」
   「わいは、からかわれているのか?」
   「そんな積りはない」
   「わいらも子供や、子供同士やないか、何か胸に痞えることがあったら、話してみいや」
   「俺の姉ちゃんが男にさらわれてしまった」
   「えーっ、拐かし?」
   「それららしいことをされた」
   「らしいことって、何や?」
   「嫁に行った」
   「何や、あほらし、それやったら目出度いやないか」
   「目出度くない、あんな男と夫婦になるなんて」
   「そんな悪いヤツか?」
   「悪いことはしない」
 三太は次第に焦れてくる。
   「ほんなら、お姉ちゃん、幸せになったのやないか」
   「そんなことない、苛められているに決まっている」
 新平が口を出す。
   「嫁に行ったら辛いこともあるけど、嬉しいこともあるのだ」
   「嬉しいことって?」
   「夜に男に抱かれて、嬉し泣きするのだ」
   「新平、ちょっと待て、その嬉し泣きって何や?」
   「布団の中で、男に裸にされて…」
   「そやから、それ何はやねん」
   「両足を広げられて、その間に男が入る」
 男の子が怒り出した。
   「お姉ちゃんは、そんなことしない」
   「いいや、みんなするのだ」
   「お姉ちゃんにそんなことをする男は、俺が退治してやる」
   「おいらは、男と女のことはよく見て知っている」
   「嘘だ、嘘だ、そんなこと嘘だ」
   「それから。男は褌を外すと…」
   「こら新平、やめろ、子供が衝撃を受けるやないか」
   「今から家に帰って、匕首を持ってくる」
 男の子は本気である。走って帰ろうとするのを三太が止めた。
   「新平、今のは嘘やろ、この子のお姉ちゃんは、そんなことせえへん」
   「それがするのだ、それをされたくて嫁に行くのだから」
   「新平、しまいにはどつくで」
 三太は男の子を宥めた。
   「こいつ、嘘つきやねん、こんなやつの言うことを真に受けたらあかん」
 だが、新平は続ける。 
   「その後、男と女は…」
   「新平、もうええと言っているやないか」

 男の子は、三太が宥めすかして、ようやく興奮から醒めた。お姉ちゃんはきっと大切にされて、幸せにしていると思うから、今から覗きに行こうと、三太は提案した。
   「遠いのか、お姉ちゃんのところ」
   「隣村だ」

 この村では、大きい部類に入る農家であろう。母屋の入り口の横が牛小屋で、三頭の牛が藁を食っていた。その内の一頭が三太たちに気付き、「もーぅ」と鳴いた。
 家の周りには垣根がなくて、大きな柿木が青い実を付けていた。三太たちは横に回ると、縁側に歳を取った猫が寝そべっていた。障子は開け放たれていて、奥から男の子の姉が出てきた。
   「みいちゃん、ご飯ですよ」
 猫は顔を上げて姉を見上げて「みゃー」と鳴いたが、興味なさげにまた寝てしまった。
   「あなた、みいちゃん、元気が無いのですよ」
 奥から、姉の亭主が、その大柄で精悍な姿を見せた。
   「みいは、もう年寄りだからなぁ」
   「何歳くらいなの?」
   「みいは、わしが生まれた年に、わしの鼠番に親父が貰って来たのだ」
   「そうね、赤ん坊は乳の匂いがするから、鼠に指を齧られると聞いたことがあります」
   「わしと同い年だから、かれこれ二十歳になる」
   「二十歳で年寄りなんて、何だか可哀想」
 と、言いながら姉は奥に入っていったが、直ぐに亭主を呼ぶ声がした。
   「あなたも、ご飯よ」
   「あなたもって、わしはみいちゃんのついでか?」
 夫婦の笑い声が聞こえた。
   「お母さん、里芋の煮転がしの味、見てくださいな」
 奥から、カチャンと音がして、姑の声がした。
   「うちの嫁は、憶えが早いのう、もうわしの腕前の上を行っておるわ」
   「まあ、嬉しい、合格ですのね」
   「お爺さんも、嫁が煮た里芋を食べてみなされ」
   「お爺さんと呼ぶのは、孫が生まれてからにしておくれ」
 また笑いが起こった。

   「お姉ちゃん、幸せそうだすな」
   「うん」
   「もう、お姉ちゃんの亭主を退治しまへんか?」
   「うん」
   「ほんなら、突然顔を出したら心配するから、姉ちゃんに逢わずに帰ろうな」
   「うん」
 弟としてお姉ちゃんを祝ってあげようよと三太が言うと、男の子は納得した。三太と新平は男の子を家まで送って、また旅の続きが始まった。

   「新平は、おっ母さんのことがあるから、それが心の傷になっているのや」
   「ごめん、ついむきになって言ってしまった」
   「かまへん、かまへん、ところで新平」
   「ん?」
   「あの後、男と女はどんなことをするのや? 続き言い」


 二川宿から白須賀宿(しらすかしゅく)までは一里ちょい、白須賀宿から新居宿までも一里ちょっとである。難なく歩いてきたが、この新居宿から舞坂宿までは、浜名湖を帆船で渡る「今切の渡し」である。

   「親分、七里の渡しでは、海に落ちた子供を格好よく助けたね」
   「あれなあ、新さんが居たからできたことなんや、わいみたいな小さいのが、溺れている子供に近付いたら、しがみ付かれて、わいも命を落とすとこやった」
   「新さんが子供に移って、大人しく親分の肩を持ってくれたのか」
   「そうや、わい一人では、まだ何も出来へん」

 新三郎は思い出していた。新三郎の遺骨を探しに鵜沼まで旅をしてくれた能見数馬は、江戸の経念寺に新三郎の墓を建ててくれた少年である。
 新三郎は、それまで守護霊として数馬に憑いて行動を共にしていたが、阿弥陀如来の許しが下りて、浄土へ戻って行ったその日に、数馬は強盗に刺されて死んだ。
 もし、自分が護っていたならば、そんなことはさせなかっただろうにと、悔やんでならなかったのだ。
   「三太は、決して途中で放り出して成仏したりはしないからな」
 密かに誓う新三郎であった。

  第二十三回 二川宿の女(終) -次回に続く- (原稿用紙15枚)
 
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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第二十二回 三太の初恋

2014-07-17 | 長編小説
 赤坂の宿と御油の宿は目と鼻の先である。御油まで歩いた三太と新平は、草鞋屋を見付けたので子供用を二足買って、一足ずつ腰に下げた。土産菓子屋に入り、金平糖も見付けたので、新平と約束して通り買ってやったが、新平はポリポリっと、一度に全部食べてしまった。
   「一日一個ずつたべるのやないのか?」   
   「何処にでも売っているのなら、大事に食べなくてもいい」
  
 御油から、吉田の宿まで約二里の道程、何事もなければ夕暮れまでには着ける筈である。   
   「また何かおこりそうやな」
 三太は、そんな予感がした。

   「もしもし、旅人さん」
 若い女の声が三太達を呼び止めた。
   「そら来た、今度は何だす」
 女の顔を見て、三太は驚いた。
   「わっ、天女さまや、武佐やんの使いか?」
   「天女であろう筈がありません、ただの村娘です」
   「綺麗や、鄙にはまれな別嬪でござるな」
   「まあ、鄙にも美人が沢山居ますよ、だいたい、鄙には美人が居ないと思うのが間違いです」
   「ごめん」
   「あらま、素直な旅人さん」
   「わいらに、何か御用だすか?」
   「はい、ここから吉田にかけて、人里をはなれますので…」
   「田圃ばかりだすね」
   「こわいので、お兄さんがたに付いて歩いてもよろしいでしょうか?」
   「かまへんけど、わいらは子供やから頼りないで」
   「いいえ、見ていて何だか強そうで、なまじ大人よりも頼り甲斐がありますわ」
   「そうか、お姉さん、目が高いわ」
 新平が口出しする。
   「親分、言い過ぎです」

 女は、吉田藩ご領地の吉田村の娘で、御油まで使いに来た帰り道だそうである。この辺は物騒で、娘は信頼できそうな旅人を見つけては、付いて歩かせてもらうのだと語った。
   「お寿々と申します、旅人さんは、お二人だけ旅ですか?」
   「へえ、わいが三太、この子は新平、江戸に向っとります」
   「まあ、遠くまで偉いのですね」
 三太は、こんな物騒な道を、娘一人で使いに出す両親の気が知れないと思った。
   「両親は、早くに亡くなって、叔父に引き取られたのです」
   「そうやろなあ、本当の親やったら、心配で一人で使いになんか出さへん」
   「使いなら、まだ良いのですが、私はもう十二歳です、そろそろ旅籠に奉公に出され、飯盛り女にさせられます」
   「年期奉公だすか?」
   「いいえ、期限のない女郎勤めで、叔父夫婦は旅籠からお金を受け取り、わたしの借金として生涯付きまといます、私が自由になれるのは、死ぬときでしょう」
 それを聞いた三太は、口数が少なくなってしまった。

 御油の宿から、一里半も歩いただろうか、寿々が「もう直ぐ叔父の家の近くです」と、名残惜しそうに口を開いた。村へ入ると、金持ちらしい大きなお屋敷に出入りする人々が、なにかしら暗い表情をしていた。
   「何かあったのでしょうか?」
 新平が尋ねた。
   「長者さまの若様が、ご病気になられたのです、江戸の名医を呼んで診てもらったところ、朝鮮人参さえも効かず、後一ヶ月の命だと宣告されて、旦那様と奥様が泣いてお暮らしなのです」
   「それで、皆さんがお慰めに来ているのですね」
   「そうなの、若様がお気の毒で仕方がありません」
   「お寿々ちゃん、若様が好きだったのでしょ」
   「あら、恥ずかしい、身分違いですわ」

 三太は、相変わらず黙っている。
   「三太さん、新平さん、さっきから気掛かりでしたが、お二人とも縞の道中合羽が綻んでいます」
   「知っています」
   「私が縫って差し上げますから、家にお寄りくださいませんか?」
   「男を引っ張り込んだら、叔父さん夫婦に叱られるでしょう」
   「大丈夫です、叔父夫婦と子供二人は親戚にお呼ばれで、多分帰ってくるのは夕方です」  
 寿々の運針は手馴れたもので、二つの合羽をチクチクと見事に縫いあげてくれた。
   「いま、お茶を入れますからね」
 寿々は、女房のように甲斐甲斐しく釜戸に火を熾すと、湯を沸かして茶をいれてくれた。
   「ごめんなさいね、お茶菓子が何も無くて」
   「いいえ、どうぞお構いなく」
 二人黙って熱いお茶を飲んでいたら、叔父夫婦と子供二人が帰ってきた。叔母は三太達をみるなり、声を荒げた。
   「何だ、この子たちは? 拾ってきたのか?」
   「違いますよ、お世話になったので、お礼にお茶差し上げようと思って…」
   「ふん、お茶代五文ずつ、ちゃんと貰っときなさいよ」
   「そんな、お礼なのですから…」
   「お茶の葉は、ただではない」
 お寿々は、泣き出した。
   「そんな酷いことを言わなくても…」
 
 今まで無口だった三太が、突然怒ったように大声を出した。
   「十文くらい払いまっさ、あんた、お寿々ちゃんを、飯盛り女になんぼで売るのや」
   「売るやなんて、人聞きの悪いことを言うな」
   「ほんならお寿々ちゃんを、わいの嫁にほしいと言うたら、なんぼ取るのや」
   「子供が何を言いだかと思ったら嫁だと」
   「そうや、なんぼだしたらくれるのや」
   「そこらの並の子だったら相場の二十両だろうが、この子は特別器量よしだ、三十両だ」
   「人聞きが悪いと言いながら、やつぱり三十両で売るつもりやないか」
   「ほっときやがれ、ガキにとやかく言われる筋合いはない」
   「よし、三十両作ってきてやる、それまで売るなよ」
   「お前、何者じゃい、三十両の金が直ぐに出来るわけが無い」
 三太は、新平を促して、お寿々のもとから飛び出した。

 向ったのは、長者の屋敷であった。自分は子供であるが、霊能者である。霊力で若様の命を助けたら、三十両くれと掛け合った。最初は馬鹿にして、追い払らわれたが、新三郎が若様に憑き、「その子に逢いたい」と、言わせた。

 この屋敷の主人も、死にかけている息子の頼みを聞かないわけにはいかず、三太は若さまの寝所に案内された。今まで、寝返りさえ儘ならぬ病人が、ひょっこりと半身を起こしたものだから、主人は驚いた。
   「よく分かりました、どうか息子隆一郎の命を救ってやってください」
 主人は、頭を畳みに擦り付けて三太に頼み込んだ。

 三太は、一旦長者の屋敷を辞すと、人の居ない場所に行き、死に神を呼び寄せた。もし、死に神が無視するようであれば、武佐能海尊を呼ぶ積りであった。
   「なんじゃ、死に神、死に神と、気安く呼びやがって、またお前か」
   「へえ、三太でおます」
   「どうした」
   「お願いがあります」
   「何だ、殊勝にお願いだと?」
   「わいの蝋燭と、この村の死にかかっている男の蝋燭を交換して欲しいのです」
   「アホか、そんな物と交換したら、三太が死ぬことになるのだぞ」
   「へえ、わかっています」
   「その男の命が、自分の命より大切なのか?」
   「いいや、違います、この村のお寿々ちゃんを助けたいのです」
   「三太、お前の命と交換してもかい?」
   「へえ」
   「ははーん、三太そのお寿々に惚れたな」
   「へえ、出来たら将来、わいの嫁にしたいのです」
 取り敢えず死にかかった男の蝋燭を見に行くことにした。それが三太の寿命になる訳だ。
   「長者の倅と言ったな?」
   「へえ、たしか隆一郎と言いました」
   「隆一郎の蝋燭はこれじゃが、別に消えかかってはいないぞ」
 三太は驚いた。今にも死にそうで、寝返りさえも打てなかった男の蝋燭が、三太の蝋燭と同じように太くて赤々と炎を上げていたのだ。
   「何や、江戸の名医が聞いて呆れるわ、やぶ医者やないか」

 三太は、死に神に詫びを入れた。
   「三太め、ようやくわしを神様らしく扱いよった」
 死に神は、満足気であった。

 三太は新平を連れて長者の屋敷に戻ってきた。若様の寝所に入ると、厳かに口を開いた。
   「若様、死に神は退散しましたぞ、もう安心だす」
   「本当か、わたしは助かったのか?」
   「へえ、でも、一つ条件がおます」
   「それをしないと、助からないのかい?」
   「へえ、また元へ戻るでしょう」
   「それは?」
   「この村の、お寿々という娘を嫁に貰うことです」
   「ありがとう、お父っつあん、聞きましたか、お寿々ちゃんを嫁にとれば、私は死ななくても良いのです」
 主人夫婦は、「うんうん」と、頷きながら喜びの涙を流していた。
   「ただし、お寿々ちゃんを苛めて泣かせたりすると、若様の病気はぶり返します」

 三太と新平は、お寿々のところへ寄って、ことの次第を話した。
   「えっ、三太さんのお嫁じゃなくて、若様のお嫁になるのですか?」
   「へえ、わいはまだ子供です、大人まではまだまだ遠すぎます」
 その日のうちに、長者の屋敷からお寿々の叔父のもとへ使いがきた。三十両は、結納金として叔父に渡された。叔母の態度も一変して、「お寿々、お寿々」と、お寿々が長者の若奥様になったときに仕返しをされない為の予防線を張っていた。

 三太と新平はお寿々に別れを告げて旅にたとうとしたとき、お寿々が駆け寄ってきた。
   「三太さん、新平さん、ありがとう、あなたがたのことは一生忘れません」
 お寿々は、三太たちがお膳立てをしてくれたことはよく分かっていたのだ。
   「お嫁にいったら、どんな苦労が待っているかも知れませんが、そんなときはお二人を思い出して頑張ります」
 お寿々の目は、涙ぐんでいた。三太もまた涙ぐんだが、これは嬉し泣きではなかった。

 吉田の宿まで、あと一里足らずの道程を、三太は黙って歩き続けた。新平も子供ながらにも三太の気持ちがわかるようで、二人の間に気まずい沈黙が続いた。

 吉田の宿場町に入ったとき、三太が大きな声で言った。
   「もう、わーすれた」

  第二十二回 三太の初恋(終) -次回に続く-  (原稿用紙14枚)

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