えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

子供は風の子侠気の子

2010年01月26日 | コラム
はなたれ小僧は元気な子~滝平次郎遺作展~ 逓信総合博物館(ていぱーく) 2月3日まで

 寒風、えりをかきよせてビルの影を中央線の線路に沿って歩いた。まだ二時だというのに、ビルに日の光をさえぎられてしまうとすっかり寒い。神田のほうに歩く。ぶつかった交差点を左に入ると日の光が見えた。光にそってまっすぐ歩いた先が、逓信総合博物館である。110円の入場料で、滝平次郎の作品を250点以上も集めた展覧会は開かれている。

 昨年5月に世を去った滝平次郎は、切手の絵で郵便局とつながっていた。享年88歳。「モチモチの木」や「花さき山」「ソメコとオニ」など、斉藤隆介の絵本をことごとくきりぬいた版画家は1995年を最後に刃物を収めていた。展示のほとんどは、絵本と朝日新聞日曜版に掲載されたきりえで埋もれている。でも彼は生涯、自分を「きりえ画家」と称したことは一度もなかった。彼は版画家だ。線そのものを刃物で切りだす版画家だった。
 
 その暖かさと味わいを十分すぎるほど味わってきた絵本に世界に浸るのはちょっと待とう。1940年代から1970年代前半にこれでもかとつくりあげた44点が最初にどんと待ち受けている。彫り残された黒からたちのぼってくるような線の塊。有島武郎の小説を思い出す「漁禁」の着膨れた体躯は、わずかに残る線が縦じまのどてらとなってこちらを向いている。白の散る青灰色を背景に、目玉をちょっと右上に動かすのもつらいまぶたの線が重苦しい冷えを放つ。あとの200点のぬくもりからはずっとかけ離れた画の数々は、これもまた滝平次郎の一面でしかない。

 彼が「ゆき」「ふき」の二つの作品でヒロインの放つ「おらと死ねッ!」のひと言を絵にしたことを忘れてはいけない。線だけ見れば、可憐な瞳と同じ線がそこにいる。だが雪山をはだしで駆け下る「ふき」の、地を掴んだ直ぐ後の丸まった足先、「ふき」の天を向く喉には気迫がこもっている。これらのシーンは、本展覧会には登場しない。だが44枚の版画は確実にこの二枚へ、いのちがけで立ち向かう人の姿すべてにつながっているのだ。

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