犀川の河川整備を考える会

犀川の辰巳ダム建設を契機に河川整備を考え、公共土木事業のあり方について問題提起をするブログ。

【能登半島地震】能登半島地震災害で受けた支援を振り返る(その3)

2024年09月06日 | 能登半島地震
 災害が発生すると他所からやってくる不届きな奴もいる。
 わが村では一時避難場所から自宅へ戻ったところ、見知らぬ男が家から出てきて逃げて行ったとか、
 親戚の相撲部の青年が、各家を出入りしている見知らぬ男を見つけて警察に突き出したとか、災害現場で窃盗をはたらく者の噂を多数、耳にした。
 そのうち、パトカーの巡回が頻繁に行われるようになっていやなニュースは、ほとんど聞かなくなった。
 石川県警はもとより、警視庁だ、神奈川県警だ、埼玉県警などと表示した、全国から応援のパトカーが走り回っていた、今も走り回っているが(^^;)
 他所からやってくる不届きな者には天敵だろう。
 
 金沢に避難直後は、新聞やテレビ、ウェブで情報を収集して状況把握。
 まずは住処、避難場所の宿泊施設も好意の提供で、契約しているわけではなく、一時的に1月末まで、その後は未定。
 そのため、2月以降の避難場所の確保のため、家屋の下見や手続き。
 そして、遠隔地からもできる、被災家屋にかかわる諸々の手続き。
 まずは、罹災証明書の申し出(罹災の証明、支援・義援金の受け取り、税金の減免、仮設住宅への入居のため等々)、
 電気、水道などの一時停止届の申し出などなど。
 被災した家屋については、交通が渋滞している上に、被災家屋周辺の道路も寸断されて危険という状態で確認のために戻ることを断念。
 日頃、親しくし、現地で頑張っている人に連絡を取ってできる応急措置を依頼。

 方々から、お見舞いや被害確認の連絡が入る。
 幸いに、家内ともども怪我などの被害はなかったので元気な様子を伝える。
 また、金沢の親戚を訪ねて近況報告。 
 ただ、家内が老齢と心労の所為もあるのだろう、初めての腰痛が出て接骨院通い(-_-;)
 
 遠隔地からでもやるべきことは多々あったが、それでも10日もすれば、余裕ができる。
 近くに最近開館した人気の大図書館を利用、能楽堂の観能、美術館での工芸品鑑賞、加えて知り合いとの交流などなど(^^;)

 その間、多くの方々から支援を受けた。
 被災者支援団体からの食料、衣料提供。
 身内や知り合いからのお見舞い金と食料品の受領。
 公的な支援金(家屋の損壊程度による、当方の場合、一部損壊)を受けた。※

※ 災害義援金:居住家屋の損壊程度によって異なるが、当方は一部損壊で以下の通り。
 能登町災害義援金・町民一人3万円
 能登町被災者応援給付金・町民一人3万円
 石川県災害義援金・町民一人5万円
 石川県災害義援金(第二次配分)・町民一人3万円
 合計 一人あたり14万円

※ちなみに、「義援金」と「支援金」の違い
 被災地支援の募金には、大きく分けて「義援金」と「支援金」がある。
 義援金は全額が直接被災者の手元に分配され、生活の再建などに役立てられるもの。
 支援金は寄付する人が応援したい団体などを自分で選ぶことができ、使い道もその団体の判断で柔軟に活用できる違いがある。


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